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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第二章 最強再来
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第五十三話 されど困難は迫り続ける

 時は夕刻、日が沈もうとしている頃だった。

 北地域と東地域の境界付近に作られた巨大な拠点が、巨大な夕陽に照らされて赤色に染まっている。

 そんな夕陽をぼけーっ、と見ながら入り口を警備している二人の兵士は気怠そうに立ちながら会話をしていた。


「奴ら竜を退治しに行ったまま帰ってこないな」


「そうだな」


「もし、全滅してたらどうするんだろうな、というか全滅しないで欲しい。もし誰一人として帰ってこないようだったら、俺偵察に行かされることになってるんだよ。ただでさえ、最近は目玉の化け物がうろついてるっていうのに――死ぬ、絶対に死ぬ」


 兵士の一人が生気を無くしたように力なく呟く。

 しかし、もう一人の兵士は逆に気楽な様子で不安そうなようすなど欠片も見られない。


「そんなに焦るなって。今回は割と本気の討伐部隊を送ってるんだ。王都の超強い奴らが何人も加わってるんだろう?」


「なんか四騎士とか呼ばれてる奴らだよな。話によると、あの手練ればかりが集まっていることで有名な王族親衛隊より強いって話だが――」


「みたいだな。というかおまえ王族親衛隊に会ったことあるか? 俺は王都にいるときに模擬戦をしたことあるんだが――とにかく強いんだ、あいつら。昔は口だけ達者な貴族たちで構成された金食い虫の無能集団だったのに、隊長が代わった今じゃ本物の武闘派だ。一人一人の練度が高すぎる。正直、あそこの隊長に限っては十人かがりで挑んでも勝てるとは思えない。それぐらい強かったぞ」


「へー、そんなに強い奴らより更に強い奴らが竜退治に行ってるのか――それ、もしかしてなんとかなったんじゃないか?」


「いや、なんとかなるだろ? 化け物を倒すために我が国きっての化け物たち集まってるんだぞ?」


「はは、それもそうだな。これで勝てなかったこの先どうするんだって話だ――」


 そう言って二人の兵士は笑った。

 不安を飛ばすように笑っていた。


 そして、そんな笑っている二人の視界に二つの影が向かってきているのに気がついた。遠くから夕陽に照らされ馬に乗った兵士が二人――。


 その二人は、瞳の竜の討伐に向かった部隊の者だった。

 必至な形相をしながら馬に乗る兵士は叫ぶ。


「治療準備を頼む! こちらは負傷者が多数出ている! 戻って来たときにすぐに治療を受けられるように――頼む! それに向かいも馬車も出してくれ! 歩けない奴も沢山いるんだ! 人手を、人手を、とにかくこちらに寄越してくれ!」


 ***


「優先すべきは重傷者の治療だ! 治療する奴の順序を間違えるなよ! 明らかに軽傷の奴は外で待ってろ! おい、誰か布もってこい、足りねぇぞ!」


「おい! そこの今は警備なんていいからこちらを手伝え! え? 治療なんて出来ない! そんなことおまえに期待しておらん! そこのケガ人の鎧を外せ、服を脱がせ、それぐらいは出来るだろう? ああっ? なんでもいいからさっさと、やれ!」


 夜になった拠点では怒声が響き渡り、医者と兵士が忙しなく動き回る。

 瞳の竜討伐の部隊が多くの負傷者を連れて戻って来たのだ。

 そして、戻って来た者たちの消耗具合が、戦いがどれだけ厳しいものだったかを物語っていた。


 兵士の一人は痛みに悶え、唸っている。

 もう一人の兵士はここまで生きて帰って来れたと微笑むと、そのまま死亡した。

 他にも錯乱状態に陥り、怪我した体で暴れている者もいた。


 ――まるで地獄だ。

 兵士の誰かが呟いた。


 そんな阿鼻叫喚に陥っている拠点の中を一人の男が確かな足取りで突き進む。

 瞳の竜討伐の指揮をしていた男――レバンだ。

 更にその背後にはギレウスとウェルバーが付いてきていた。


「おい、あんた。その右肩の傷、治療しなくていいのかよ? 服も血だらけなんだから着替えた方がいいんじゃねーか?」


 目玉の化け物たちとの戦闘で負傷したレバンを見て、ギレウスが声を掛ける。

 だが、当のレバンは自分の体など興味ないといった様子で歩みを止めようとしない。


「僕なんかに治療の人手を取るぐらいならもっと、別の人間を見たほうがいいだろう。重傷者は沢山いるんだ。それに僕は一刻も早くウェイレムに会って今回の報告と、今後の対応を検討したい。治療を受けてる時間が惜しい」


「あー、わかった、わかった! じゃあ、見た目ほど傷も深く無さそうだから俺が傷を見てやるよ。ある程度の傷の手当てぐらいならできるからな。俺も報告に加わりながらあんたの傷を見る。これならいいだろう?」


 すると、レバンはギレウスに振り向き、軽く頷いた。

 要するに頼むということだろう。


「この、男は――」


 ギレウスは深いため息を付いた後、一緒に歩いているウェルバーに向かって頼み事をする。


「悪い、ウェルバー。俺の私物の場所知ってるだろう? 簡単な応急処置ぐらいならできるように物が揃えてあるから持ってきてくれ」


「わかりました。ちょっと行ってきます――けど」


「けど、なんだよ?」


「あれだけ嫌ってたレバンさんの傷を見ようとする辺り――やっぱりギレウスさん、お人好しですね」


「うるせぇ、さっさと行ってこい」


 ギレウスとウェルバーの二人はそんなやり取りをしていたが、前を歩いていたレバンは待ってく気にしていないのかやはり歩調を緩めない。


 そのまま彼は真っ直ぐ歩き続け、曲がり角から鉢合わせたウェイレム、そしてその部下であるロイスと合流した。

 ウェイレムは歩きながらレバンに話し掛ける


「その様子じゃ勝てなかったようだね」


「そんなことは最初から想定済みだろう」


「まさか。負けるとわかっている戦いに四騎士を投入するほど、私も愚かではないよ。勝率は低いと思っていたが――そうか。四騎士と竜殺しを投入しても勝てなかったか」


「それ以前に、あれは人間がどうこうできる生き物じゃないな。現状全く勝ち目が見えない――」


 勝ち目が見えない――レバンは確かにそう言った。

 ウェイレムはそれを聞いて表情は変えないが、口を閉じた。

 その後を歩いていたロイスは明らかに不安そうな顔になっていた。


 そうこうしているうちに、彼らは会議に使うテントに到着した。

 男たちは次々と乱暴に席へと座り、ロイスだけは内容を記録するために紙を用意し始める。

 ロイスが記録の準備をしている間にレバンはウェイレムに残りの重要な人員についての現状を伝える。


「一応言っておくと、四騎士と竜殺しは誰一人欠けることなく生存だ。ケイゴとミレイユは疲労が凄まじく、既に寝ている。マリア、シルヴィス、リプリスの三名は中が落ち着くまで外で見張りをするそうだ。つまりマリアはこない。まあ、僕もマリアには用がある。これから話す内容については後で僕の方から伝えておこう」


 レバンは淡々としていた。

 特に感情を見せることもなく、必要な用件をただ済ませるように――。


 そして、しばらくレバンの顔を眺めていたウェイレムは言った。


「思ったんだが、レバン――君はこんな状況でも変わらないのだな」


 それはウェイレムの率直な感想だった。

 回りの兵士たちはあれだけ疲弊している。

 四騎士や竜殺しケイゴがいても勝てなかった。

 そして、先ほどレバンは瞳の竜パープリーアテントについて――勝てる見込みがないと言った。

 つまり現状を一言で表すならば――絶望的だ。


 ウェイレムは表情には出さないでいるものの、何も思っていない訳ではない。

 部下のロイスに関しては明らかに表情を曇らせていた。


 だが、レバンは違うのだ。

 この絶望的な状況にも関わらず、彼は微塵も堪えていない、肝が据わっている。

 ずっと通常通り――。

 そんな風にウェイレムには見えたのだろう。


「そうだな――慣れている、からじゃないか?」


 そして、レバンという男は特に興味なさそうに言った。


「負ける戦いは今まで幾つもしてきた。追い詰められたことも山ほどある。どのように思われているか知らないが、これでも足掻き続けてきた人間なんでね。もう慣れたんだろう」


 その男はこれが当然だと、口にした。

 レバンにとってそれは特に意味はなく、含みもなく、素の意見のようだった。


「それじゃあ、今回で得た情報を整理した後に、今後の方針や作戦を考えようか」


 そして、レバンは当然の様に話しを進めた。


 ***


「とりあえず、追撃はなさそうか」


 四騎士の長を務める老婆マリアは、真っ暗になった周辺を見渡しながら呟いた。

 もしかしたら、目玉の化け物辺りが追撃に来る可能性をあるかもと危惧したが、そんな様子もない。

 拠点の中は兎も角、外に限っては静かな夜が続いている。

 近くではたいまつの炎が揺れているだけだ。


「やれやれ、私も疲れているんだけどねぇ」


 本来なら周辺の警備など彼女はやらない。

 そんなのは下っ端の仕事だと思っているからだ。


 しかし今現在、拠点の中は大量の負傷者が帰還したことによりかなり騒がしいことになっている。

 彼女は騒がしいのは嫌いだ。

 うるさいのが嫌いだ。


 だが、状況が状況である。

 あそこにいる者たちは殆どが切羽詰まっている。


 それを咎めるほどこの老婆も空気が読めない訳ではない。


 そして、ミレイユ以外の四騎士はまだ余裕があることはある。

 だからきっと、今の状態こそが適材適所ということなのだろう。


「マリア、話がある――」


 すると、両腕を組み突っ立っていたマリアの傍に近づき、呼ぶ声がした。

 それは美しくも落ち着つきのある女性の声だ。


「ほう、今日は珍しいね。ミレイユだけじゃなく、あんたまでその口を開くとはね――どうしたんだい、シルヴィス?」


 暗闇の向こうから白銀の鎧を身の纏った女性が現れる。

 四騎士の一人であるシルヴィス。

 瞳の竜との戦いでは、竜殺しの弓を扱い遠距離から支援を行っていた女騎士だ。


「用件は二つある」


「へぇ、なんだい?」


 シルヴィスは用件だけ伝えに来たと言わんばかりに、すぐに本題に入った。

 マリアもシルヴィスの性格を知っているのか、腕組みをしたままだ話しを聞くようだ。


「一つ目。予想はしてはいたことだが、瞳の竜とあの目玉の化け物たちの目は繋がっていると思ってほぼ間違いないだろう」


「理由は?」


「瞳の竜は当初、私から矢を受けても何も反撃しなかった。明らかに邪魔な存在になっていたにも関わらず放置していた。だが、目玉の化け物たちがこちらに到達した途端に、奴は自らこちらに攻撃をしかけてきた。それが理由だ」


 マリアは黙って聞いているだけだ。

 シルヴィスは話しを続ける。


「恐らく、最初から瞳の竜は私のところまで攻撃を届かせること自体は可能だっただろう。だが、その段階では命中させるだけの目がなった――だから攻撃してこなかった」


「けど、目玉の兵隊を送りつけることにより、瞳の竜は初めあんたに狙いを定めることが可能になった――と?」


「そうだな。実際かなりの精度だったぞ。もう少し反応が遅れていたら私は跡形もなく消えていた。まあ、私も虫で殆ど同じ事ができるんだ。竜に出来ぬ道理はないだろう」


「はっ、確かにそれもそうだね。なるほど――合点がいった」


 そう言って黒騎士の老婆は納得した。

 マリアは瞳の竜との戦闘時のことを語り出す。


「奴との戦闘中――私はミレイユが作った氷の壁の向こうから攻撃を仕掛けた。剛炎烈破ごうえんれっぱ鬼雷砲きらいほう――当たれば確実に土手っ腹に穴を開けたあの攻撃を――あの竜は待っていたかのように防いだ」


「私も虫でそれは少しばかり確認している。魔力障壁を張った目玉の兵隊がちょうど良い具合に配置されていたな」


「よくよく考えればあの時背後から、目玉の化け物どもが迫っていた。そうか、そういうことか。私が仕掛けようとしているのも見られていた、ということだな。――本当に、厄介だね」


 マリアは兜の下で、忌々しいと歯を食いしばる。

 そして、不満そうな声で考えを語り始めた。


「だとすると、今この国で一番戦力の流れを把握しているのはあの瞳の竜ということになる。なんせ、自分の兵隊であり文字通りの目玉でもある化け物をこの国中にばらまいているんだからね。こちらが大勢の兵隊を動かせば否応無しに把握される。もっとも、距離によっては目玉の化け物の視界を共有できないなんてこともあるかもしれないが――」


「マリア。そんな楽観的な考えはよしたほうがいいだろう。今日戦って感触で理解した。瞳の竜の能力は我々の常識の遙か上にある」


「あんたに言われなくてもわかってるよ。全く、泣きたくなるね――で、もう一つの件は?」


 シルヴィスは用件が二つあると言ったのだ。

 つまり何かしらの話がもう一つある訳だ。


「今日の戦闘中、私の事前に放っていた虫が目玉の化け物たちに積極的に潰されていた。端的に言ってこれは私の能力がバレていると言っていい。だが、私は虫を瞳の竜の前でも、目玉の奴らの前でも放ったことはない――つまりだ」


 シルヴィスは特に躊躇もなく、悪い話を口にする。


「この国には――瞳の竜に組みする裏切り者がいる可能性が高い」


「そうか」


 マリアはしばらく黙った後、シルヴィスに尋ねた。


「シルヴィス。あんた、自分の能力を把握していると思う人間――どのぐらいいると思う?」


「どうだろうな? 正直なところ、特に隠していた訳でもないからな。そこまで広まっては居ないと思うが。ただ、私の知らない人間が私の能力を知っているという可能性もなくはない」


「ふむ。まあ普通に考えてあんたの能力を知っている者といえば――私に、ミレイユ、リプリスは勿論、デュラム、ウェイレム、ロイス、タルス――竜殺しの小僧もだな。レバンはどうだ? タルス辺りから聞いているか? ああそれに、第一王子の馬鹿も知っていたな、となるとあの付き人の槍男とあの盗賊女も知ってると考えていいだろう」


「第二王子も知っているな。第三王子はどうだろうな、あれは数年前から行方不明になっているんだろう? 第一王女は知っている。第二王女は――たぶん、知らないだろう。王族親衛隊のルネイドもそうだな。あそこの奴らは皆、知っているだろう」


「その他にも知っているのは上にちらほらいるだろうね。他国の奴らは――さすがにわからんな。はー、挙げてみると思っていたより出るもんだ」


「あと、付け加えるなら――本当は虫など潰されていないが、いや潰されたとしてもいいか。実は竜と契約した私が内部を攪乱するためにワザと話をマリアに流したという場合もありえるかもな」


 シルヴィスが意地悪そうにマリアに言った。

 マリアは少しばかり気怠そうに顔だけシルヴィスに向ける。


「なるほどねぇ。まあ、その場合は私が何も言わなければ、話は広がらないわけだ」


「ふっ、そうだな」


 そして、シルヴィスは兜の下で笑ったような声を出した。


「とにかくだ、マリア。私から言えることは瞳の竜と契約した裏切り者が身近なところにいる可能性がかなり高い――翻弄されないように気をつけろ。ただでさえ、劣勢だ。まあ、瞳の竜の強さが現状止まりであるならば、最悪あのケイゴという男が本気になれば倒せるだろうが――それは好かないのだろう?」


「ああ、そうだ――それは私が意地でもやらせない」


「なら、早めに対処した方が良い。おっと人が来たな――」


 そう言うとシルヴィスは音もなく、暗闇の中に姿を消した。

 そして、また別の足音が近づいてきた。


「隣、失礼するよ。あなたに聞きたいことがある」


 腕に包帯を巻かれたレバンが、マリアのとなりにやってきた。

 男は特に何を見る訳でなく、前方に広がる暗闇を見ている。

 そして、ねぎらいの言葉もなく、最初から本題に踏み込んだ。


「ケイゴたちの仲間である妖精から聞いた話なのだが――上位の竜と人間が契約できるという話は本当か?」


「それは本当だね。過去に一人、契約し一緒に行動していた竜と男をまとめて殺したことはある」


「――そうか。次の質問だ。リリスは瞳の竜の羽が無くなっているのは人を契約したからではないかと言っていたが――あの竜が人間と契約しているという可能性はあるか?」


 そして、数秒考えた後、マリアは言った。


「――いや、知らないね」


 ***


 北地域の荒野。

 夜になり月が土や岩ばかりの大地を優しく照らしていた。

 そんな月下の下には、一体の巨大な竜も存在した。


 そしてその竜を取り囲むように、約三千の目玉の化け物が漂う。

 大量の目玉の軍団が渦のようにゆっくりと回りながら、辺りに目を光らせる。

 本体である竜を守る為に目玉は監視を続けなければならないのだ。


 それは酷い傷だった。

 体の至る所に傷がある。

 自分で焼いた左前足が酷いことになっていた。

 この竜がここまでの傷を負うのも久しぶりのことだった。


 だがら、瞳の竜パープリーアテントは体を地面に寝かせ休んでいた。

 なんとか蛇の竜ヴァルケローを退いたものの、蓄積された疲労と傷はどうしようもない。

 いくら最強の竜と呼ばれている存在でも限度というものがあるのだ。


「キュウイイィィ――」


 見ると数体の目玉の化け物がパープリーアテントの体を治療していた。

 ある個体は傷口を押さえ、ある個体はその部分に触手から治療液をぶっ掛けている。


 パープリーアテントは竜である。

 故に自己治癒能力も高く、休んでいれば傷などは綺麗に元通りとなる。

 だが目玉の化け物たちによる治療を行うことにより、更に早く傷の回復を早めることが可能だった。


 本来なら七、八割まで回復するのに十日は掛かるだろう。

 だが、このまま集中して治療を行い続ければおよそ六日間でそれと同程度まで回復する。

 瞳の竜は傷の具合からそのように判断した。


 とにかく早く治療しなければいけないのだ。

 いくら三千の目玉の化け物に囲まれているとは言え、ここは敵の庭。

 何が起こるかわからない。

 早めに体を治すにこしたことはない。


 また、いつこのように――敵が来るとも限らない。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 それは竜の咆哮だった。

 瞳の竜の周辺を回っていた目玉たちの視線が一カ所に集中する。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 再度、竜が吠えた。

 だが、雲が空から降る月光を遮り、その姿はきちんと確認出来ない。

 まっ赤に光った二つの赤い目だけが暗闇の中で目立っている。


 ゆっくりと、それは歩いてくる。

 パープリーアテントより少しばかり小さいぐらいのその竜は何かを引き摺りながら、暗闇の中を進んでいた。

 そして、体中から奇妙な音を出していた。


 次の瞬間――暗闇の向こうから巨大な生き物の死骸が投げられ、瞳の竜と目玉たちの前に転がった。


 それは二十メートルほどの竜の死骸。

 しかし、その大きさに反して、その死骸が落ちた時の音は軽いものであった。


 しかし、それは当然のことだ。

 なんせ、その竜の外見は何事も無いように見えるが実際は――内臓やら骨やらを全部喰われ、中身が空っぽだったのだから。

 重さもその分軽くなるのは至極当然のことなのだ。


 ――月を隠していた雲が徐々に晴れる。

 ――暗闇が徐々に取り除かれ、辺りは弱いながら光を取り戻す。


 そして、その竜は姿を現した。


 その竜の名は――触手の竜エン・ターピア。

 瞳の竜が体中に目を持っているのなら、その竜は体中から触手を生やしていた。

 腕や足、背中などは勿論、口の中からも幾つもの触手が蠢いている。

 まるでイソギンチャクが体中に付いているような、気色悪い風貌の竜だった。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 更なる成長の為、絶え間なく栄養を求めて彷徨うこの竜は、瞳の竜とその配下である目玉の化け物たちに臆することなく襲いかかった。

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