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竜の墓標が朽ちるまで  作者: よしゆき
第一章 潜む竜
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第九話 竜との交戦

 竜殺しケイゴの姿が見る見るうちに小さくなり、森の中に吸い込まれるように消えてしまった。

 ルーラス・ラフェードをはじめとする騎士たちは川の中で呆然としていたが、しばらくすると落ち着いてきたのか互いに顔を見合わせた。


「どうします? 竜殺しはああ言っていましたが――」


「どうもこうもない。彼の言った通り、我々はこの周辺で待機だ」


 ルーラスはどうするべきか迷っていた騎士に、ケイゴの指示通りにすると言い切った。

 しかし、ルーラス以外の騎士たちはどうにも納得していないようだった。


「何故です? 確かに約束はしましたが、その時とは状況も違います。既に傭兵団の奴らが好き勝手に動いているというのに、我々が竜殺しの指示に大人しく従う理由は無いはずです」


「――別に私は約束を守るために、彼に従った訳じゃないよ」


 ルーラスの口から出た言葉を聞いて、騎士たちの気が静まった。


「皆、先ほどの彼の動きを見ただろう? 恐らくは魔力を使った身体能力の強化だろうが、あそこまで凄まじい物は見たことがない。うちの団長でも彼には勝てない。完全に住む世界が違う」


「しかし、せめて加勢を、でなければここに来た意味が、我々の存在価値が――」


「あんなものを見せられて――悔しいのだな」


 騎士たちの誰もが感じていたのだろう。

 竜殺しの圧倒的な実力を見たことによる――劣等感。

 ここに集められた騎士は皆、実力を買われ招集された。各々が自分の強さに自信と誇りを持っていた。だからこそ、待っているだけで何も出来ないのは――非常に心苦しいのだ。 

 無力であるのが――耐えられない。

 

「同感だ。私も悔しい――」


 だが、悔しいと思う気持ちはルーラスも一緒であった。


「世界は広い物だと知っていたつもりたが、それすらもおごりだったのだからな。想像以上に世界は広い――そして想像していたより私は弱かった」


 ルーラスの弱気とも思える発言に、他の騎士たちは思わず顔を下に向けた。

 この中で一番強いはずのルーラスからこのような発言が出たことが、彼らの心に更なる追い打ちをかけたのだ。

 しかし、ルーラスは――そこで笑った。


「だからこそ我々はここで死ねない!」


 ルーラス・ラフェードは柄にもなく大きな声を出した。


「――我々は知ることが出来た。もっと上があることを知れた。我々はもっと強くなれる。だが、ここで感情の赴くままに竜に挑んでもし戦えない体になってしまったらどうする? もし死んでしまったらどうする? もうこれ以上、我々は上には行けなくなるぞ。私は耐えられない! そんなこと、今の屈辱以上に耐えられない!」


 次第に、騎士たちの表情が息を吹き返す。

 皆、同感なのだ。

 こんなところで終われない。

 これ程の悔しさを残したままで、良いはずがないと――。


「――とりあえずは、なんとかなりましたか」


 ルーラスは聞こえぬように小声で呟くと、活気の戻った仲間たちを見て静かに安堵した。

 

 安堵した――そのつかの間。

 ルーラスの魔術が迫り来る危機を感知した。


「――敵!」


 ルーラスは叫び、他の騎士たちも警戒態勢に入る。

 彼が戦闘時常に発動している魔術『臆病者の瞳孔』は敵の殺気と、己に迫る死の気配を敏感に感じ取る。この魔術は正しい仕組みが解明されておらず、一説では第六感を強化しているとされている。

 この魔術によりルーラスは突然の奇襲に対応出来る他、視認不可能な背後からの攻撃もかなりの確率で反応することが可能であった。


「気配は、この川の先か?」


 ルーラスは川の上流を見るが、そこには何もない。

 敵意の気配はするが、敵の姿は見えない。


「竜なのか? しかし姿が、どういうことだ?」


 ルーラスは更に強化魔術を発動。

 手に持っている剣と盾を魔力で強化し、迫り来る敵意を迎え撃とうとする。


   ***


「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 森の中を走っている俺の耳に、おどろおどろしい唸り声が届いた。

 人間ではどうやっても出せないその声を聞いて、確信する。


「――竜だな。近い」


 一瞬急ごうかと考えたが、事前に聞いた竜の説明を思い出し、俺は走る速度を上げるのを止めた。

 情報が正しければ今回の竜は『槍のようなもの』を飛ばすらしい。

 しかも視界外からだ。

 今もいつどこから飛んでくるのかわかったものではない。

 ただ、傭兵団が相手をしているなら、その間はそちらに注意が向いているはず。


 ある意味、今が接近するチャンスか?

 俺がそんなことを考えながら走っていると、前方に見える木に寄りかかっている人の姿を確認した。


「あのデカい体は、あいつか?」


 そこには先走ってこの森の中に入っていた張本人であるレイバンの姿があった。


「おい、あんたこんなところで何してんだ? 他の仲間はどうした?」


 ふてぶてしい態度で話し掛けながら俺は、レイバンの体の状態を確認する。

 体に痣や少量の出血が見られる。まあ、まず死にはしない怪我だろう。

どうやら負傷していたために、木に寄りかかり休んでいるようだった。


「ちっ、竜殺し。もう来やがったか――」


 怪我しといて何言ってんだ、こいつ?

 俺は思わず本心を口にしそうになったが、そんなことより先に今こいつには聞くことがあった。


「そう、もう来たから竜の場所教えてくれ。あと何かわかることがあったら情報も」


「誰が、てめぇなんぞに教えるか」


 まあ、そうだろうな。

 俺は予想通りの答えをレイバンは返してきた。

 駄目元で言ってみたけど、元から当てにはしていない。


「じゃあ、勝手に探すからあんたはそこで休んでろ、さっきの声でだいたいの居場所は把握してる」


 そう言ってこの場を離れようとすると、レイバンが俺の肩を掴んだ。

 これには、さすがの俺も頭にきた。睨み付けるように奴を見る。


「何のつもりだ?」


「てめぇは、俺たちが竜を倒すまでここで黙って待っておけ。あと少しで竜は倒せる。竜殺しとかいう奴の力を借りなくても倒せるんだよ」


「おまえ、やられてるだろう」


「こんなの軽い怪我だ。今すぐ戦線に戻って、さっさと竜を片付ける」


 面倒だな――。

 俺は肩を掴んでいたレイバンの右腕を、掴み返す。


「がっ、あああっ!」


 骨が折れない程度に弱く掴むと、レイバンが痛みで情けない声を出す。

 言ってわからないのなら、体に教えるしかないだろう。

 俺が手を離すと、レイバンはその巨体を縮め両膝を付いて座り込んだ。奴の右腕には俺が掴んだ跡が痣となり、くっきりと残っている。


「威勢だけ良くてもどうにもならんだろ」


 そう言って俺は移動を開始する。


「クソが、待ちやがれ!」


 この場に及んでもレイバンの奴は俺を制止しようとする。

 だが、これ以上構っていられるか。

 俺はレイバンを完全に無視して、先ほどの声の方角へ向かった。

 進むにつれて、争う音が聞こえてきた。

 傭兵たちの怒声が響いてきた。

 徐々に辺りに生えている木の数か減ってきていた。

 そしてその先に――戦場が見えた。


 そこは比較的辺りに比べて木が少なく、空が大きく見えていた。

 まるで自然に出来上がった戦闘場所とでも言うのだろうか。

 木という遮蔽物が少ないその広場では、異形の存在が大きく映る。


 竜だ――。

 話に聞いていたとおりの、普通の形状とはかけ離れた姿の竜だ。


 その竜は、まるで風船のように丸々と太っていた。

 体長はおよそ二メートル半といったところか。

 口はワニのように少し伸びており、その手は大きいが幽霊のように垂れている。

 また、カンガルーのような足を使って、二足歩行で歩いていた。

 羽は付いて折らず、尻尾に至ってはかなり短く殆ど無いに等しい長さだ。


「見つけたぞ、竜――」


 まだ距離はあるが姿は確認した。

 俺は一気に走る速度を上げる。

 走りながら戦況を確認する。


 ――本当に善戦しているな。

 四人の傭兵が竜を相手に奮闘している。

 驚いたことに傭兵たちは本当に互角とも思える戦いをしていた。

 いや、むしろ有利なのか?

 傭兵四人は竜相手に囲むように位置を取り戦っていた。よくみると、竜の体には無数の斬り傷が存在している。


「グオオオオオオオオオオッ!!」


 竜はその手を大きく振り上げ、正面にいた傭兵に攻撃を加えようとするが、動きが鈍重なので当たらない。

 一人の傭兵が攻撃を誘い攻撃を回避すると、その隙を狙って三人が一斉に竜に向かって斬りかかっていた。

 そして一度斬りかかると、無闇に追撃はせず引き下がる。

 竜が斬りかかってきた傭兵たちを払おうと腕をぶん回すが、既に三人の傭兵は後方へ戻り間合いをとっていた。


「よし! このままの状況を維持するぞ。アイルしくじるなよ!」


「当たり前だ。こんなところで死んでたまるか」


 傭兵たちは竜との戦いに手応えを感じている。しかし、動きを見るに決して竜を甘く見ていたり、油断している様子はない。

 ――ルーラスのところの騎士といい、意外と良い動きをする。

 俺は普通に感心した。

 なるほど、あの動きならそこらの人間相手ならまず負けないだろう。

 ザコ竜が相手なら勝てなくも無い――。


 そんなことを思いながら俺が走っていると――。

 俺が竜の姿を見ていると――。

 竜殺しの能力が発動した。


 ――ビガラオ。

 その時、俺の脳裏に奴の名前が浮かんだ。

 俺の持つ竜殺しの魔眼が反応し、奴の名前を知らせた。 


 あの竜の名前は――ビガラオ。


「あの竜――名前持ちか!」


 違う! 少なくとも、あいつはザコじゃない!

 名前を持っている竜の特徴はただ一つ。

 一定以上の強さ、及びそれに伴う能力を持っていること――。


 そういえば見たところあの竜は、ビガラオは例の話にあった槍を使用していないように思える。もし使っていれば、傭兵の死体の一つでも転がっているはずだ。

 やっぱり釣りか。奴はまだ、本気を出していない。

 俺は森を抜けて、ビガラオと傭兵たちの戦っている場にたどり着く。

 そして、即座に――叫んだ。


「退け! そいつはまだ本気じゃない! 俺が囮になる隙に逃げろ!」


 四人の傭兵の視線が俺を向いた。

 こいつ一体何言ってんだ? ――という、明らかな侮蔑の視線で全員が俺を見た。

 一匹の竜の視線も同じように俺を向いた。

 ビガラオの目の色が――明らかに変わった。


 ――確実に敵性認識された。


「やるしかないな」


 俺は魔力を体に流し込むと、一気に踏み込みビガラオのはみ出ている腹に向かって拳を叩きこんだ。

 大太鼓を叩いたような音が響く。奴の腹が衝撃で波打つ。

 竜の口が嗚咽をするように、間抜けな開き方をする。


「もう一発だ。吹っ飛べ――」


 更に俺は、ビガラオの腹を目と鼻差の先で確認できる位まで接近すると、肘を曲げたまま下から上に拳を振り上げた。

 地面を揺らすような踏み込みに、拳に魔力をたっぷり注ぎ込んだ俺の渾身のアッパーは竜の腹に抉り込むように突き刺さる。


 丸い竜の巨体が――飛んだ。


 俺の打撃により、ビガラオの巨体はまるでゴムまりのように弾み転がる。

そして、そのまま進行方向に存在した巨木に豪快にぶつかることにより、奴の体はようやく静止――続いて、千切れるような音が鳴る。


 巨木が衝撃に耐えられなかったのだろう。ビガラオの当たった箇所が大きな音を鳴らし始めた。

 木はそのまま大部分を支えられず、ゆっくりと動き出し――ビガラオの上に倒れ込む。

 ビガラオは木の下敷きなった状態でも、ピクリとも動かなかった。


「少しは効いたな――」


 よし! 気絶したのか動かなくなった――今のうちに息の根を止めよう。

 俺は呆然としている傭兵たちを無視して、ビガラオのそばへ近寄っていく。


「――こいつ素手で殺せるか? こんだけ太ってると首の骨折るのも大変そうだ。というかこいつ首あるのか? 肉の中に埋まってんじゃ――」


 そんなことをブツブツ言いながら俺がビガラオに向かって歩いていると、背後から叫び声が聞こえた。


「てめぇ! 竜殺し! 俺たちの獲物を横取りしやがったな!!」


 振り返るとそこにはレイバンの姿があった。

 あの男、しつこすぎるだろう――。

 すると、今まで頭真っ白になっていた仲間の傭兵たちも我に返ったのか、レイバンと同じように俺を非難し始める。


「そ、そうだ。おまえが出しゃばらなくても俺たちだけで十分だった」


「何が、退けだ! 俺たちを動揺させてまで、手柄を取りたかったのか?」


「きっちり止めさしやがって! 弱らせたのは俺たちだ!」


 こいつら、うるせー。

 それにしても、随分と好き勝手な言われようである。

 あとこいつら、もしかして今のでこの竜が死んだと勘違いしてんのか?

 まあ普通は、あの竜殺しの力を見ればそう勘違いも仕方がないが――。


「おまえら、うるせーぞ。話は後で――」


「グォオオオオオオオオオオオオオオアアアアッ!!」


 背後で木の動く音と竜の唸る声。

 上にあった木を払い、ビガラオが動き出したか?


 ちぃ――早いな。

 俺はそのままビガラオを殴り殺そうと、振り向く。


「なっ?」


 さっきより――速い?

 それと同時に奴の大きな手が俺の体を弾き飛ばした。

 咄嗟に腕での防御には間に合ったが、今度は俺がボールのように地面を転がる。

 服に穴が開き、皮膚が擦れる。血が滲む。


 くそっ、あの野郎! 能力使わないだけじゃなく、動きもわざと鈍くしてたな。

 おかげで完全に見誤った。

 俺は速度が緩んだところで即座に起き上がり、右手と右膝を地面に付いた状態でビガラオを睨む。


 戦闘は――まだまだいけるな。

 防御した両腕が痺れるが、この感覚ならあと数秒で直る。

 それにしてもあの筋肉だか、脂肪の塊だか知らないが、舐めたことをしてくれる。


「おまえの速度は把握した。――次は殺す」

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