(四)-2
「だけどよぉ、こんなに闇雲に探して見つかるのかよ? だいたいこっちの世界に逃げてきたって言うけどこの近くにいるとは限らないじゃん。地球は広いんだぜ」
公園のベンチにミズルと並んで腰かける。木々の合間から漏れる日が足元にチラチラと揺れた。
「魔界からサーチした時は確かにここらの座標にいたんだ。あれは基本面倒くさがりでめったに自分で動かないからおそらくここからそう遠くない所にいるとは思う」
「ふーん。それで大きさは? 鼠みたいのだともうお手上げだぞ」
「魔界にいた頃はちょうどあれくらいだった」
ミズルが指したのはおばさんに引き連れられた薄茶色の小型犬だった。
「けれどここに来てどれほどの魂を吸ったかはわからんが、それに比例して大きくなっているだろう」
「魂を吸う?」
「そうだ」
「だったら魂を吸われた生き物はどうなるんだ? 死んじゃうのか?」
「死にはしない。しかし魂が無いのだから人形のように眠り続ける。まぁ、そんな無防備な状態の時に肉体的損傷を受けたり栄養の補充を怠れば死んでしまうのだがな」
人形のように眠り続ける。……まさか。
「最近、この街で突然意識を失くす人が続出してるんだ。なぁ、ミズル、それっ
て……」
「ほう。ヴァゴスの仕業に間違いあるまい。どうやら近くにいるのは間違いないようだな」
「だったら、被害者が被害にあった場所を調べれば探す範囲は狭まるかも」
ケータイをいじって意識喪失事件のニュースを探した。こちらの世界では意識を失くす原因はいまだ特定されていないから、いったいどれからが意識喪失事件なのかは明確にされてはいないが、三週間前、西赤岡町で突然三人の人が意識を失くして倒れたのを発端に被害が増えだしたように書かれている。
「おっ? 久瀬? 久瀬じゃないか?」
名前を呼ばれてケータイから顔を上げると、青のジャージ姿の男が走りながら手を振ってやって来る。あのとぼけた顔には見覚えがあるぞ。俺の担任だ。
「高宮先生じゃん」
「そうだ。赤岡南高等学校一のイケメン教師、高宮健司先生とは俺のことだ」
自己紹介でスベった高宮先生は人懐っこい笑顔を浮かべて俺の前で足を止めた。額には汗がてらてらと光っている。
「しかし学校の外で会うとなんだか新鮮だな」
「本当だね」
「この天気だから外に出ずにはいられなかったか? うん。健康的でよろしい!」
「いやいや、本当なら引きこもっていたかったんですけどねぇ」
チラッと隣を見ると高宮先生がそっと耳打ちしてきた。
「そちらの個性的なファッションセンスの女の子は? まさか、久瀬の彼女か? この野郎」
「ち、違うよ! 俺の妹!」
「金髪なのに?」
「じゃなくて、いとこ!」
「金髪なのに?」
「でもなくて、あの、えーっと、そうそう父さんの知り合いの子なんだ。遊びに来たんで街を紹介してやってくれって頼まれて、はははははは」
「本当だろうなぁ」
「本当だって」
「ちぇっ、つまんねーの。彼女だったら月曜にみんなの前で報告しようと思ったのにぃ」
「あんた、どんな先生なんだよ。それより先生こそここで何してんの?」
「見れば分かるだろ? ジョギングじゃん。休みの日はこの公園でよくジョギングするんだ」
「えー。三十手前の独身男性なら普通は彼女とデートじゃないの? 俺の常識がおかしいのかな」
「皮肉感がハンパない口調はやめろ。お前らみたいな悪ガキの相手をするには体力作りが必須なんだよ。先生に幸せになって欲しいなら、くだらない問題を起こして手を煩わせるんじゃないぜ、少年」
決めポーズがこれまたお寒い。
「本当にそれぐらいで彼女が出来るんなら大人しくしてるんだけどなぁ」
「お前はいちいち鋭い言葉で斬りかかって来るな! いいもんいいもん。俺はいつか、国民的美少女級の女性と付き合ってお前をギャフンと言わせてやるんだ。覚えてろよ、バカ久瀬ーっ!」
先生はまるで小学生のような捨て台詞を吐いて走り去った。なんとも威厳の無い背中。
「今の騒々しいのはなんだ?」
ミズルが不思議がるのも正しいリアクションだ。
「俺の学校の担任教師。悪い人じゃないんだけど、あのテンションがたまに疲れんだよな。おっし、そんじゃ行くか?」
「どこへだ?」
「意識喪失事件が多く起きてるとこ。西赤岡って町だよ」
「まあ待て、まずはこのシュワシュワを飲んでからだ」
「そんなの行きながらでも飲める」
ベンチから立って急かすと「人間の寿命は短いからな。哀れだから付き合ってやるか」とミズルはペットボトルをくわえて立ちあがった。