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絶望的魔人奇譚  作者: 星六
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(三)-1


 俺の部屋へ入るなり、仮装少女は大きな目をより大きくして驚きの声を上げた。


「おお~。これが人間の巣かぁ。低っ! 狭っ! ちっちゃ! 何もかもが人間同様、みみっちい! 身の丈をわかっているのだな!」


 仮装少女は部屋中を走り回り、ベッドの上に飛び乗るとピョンピョン飛び跳ね出してドレススカートがふわりと舞うと邪な願望が頭を過って目がそこに行ってしまう。


「しかし、これはこれで機能的なのかも知れん。私のベッドなどはこのベッドの数十倍は大きいからいちいち下りるのが大変だしなぁ」


「あんまり飛び回んなよ。埃が舞って汚いだろ」


「はっはっは。それもそうだ。私としたことが柄にもなく高揚してしまった。いやいやすまん。なにせこんなにせせこましい場所に入ったのは初めてでな」


「せせこましくて悪かったな! ったく、そこらのクッションでも敷いて座ってろ。今、夕飯を作っからさ」


「作る?」


 仮装処女はベッドから跳ねて、くるくると前方宙返りを見せながら床に着地し、不思議そうに訊ねた。


「そうだ。今日はカレーだ」


「カレー?」


 このガキ、完全にナメてんな。それとも本当に魔界の住人になりきってるのか? その歳でカレーを知らない人間が日本にいるわきゃないだろーが。


「人間は食べ物をそのまま食べないのか?」


「は?」


「これを食べるのだろ? だったらこのまま食べればいい」


 やってきて人参を掴んだ仮装少女はそれをそのまま口へ運ぼうとしたので、阻止した。


「普通、調理すんだろ」


「調理?」


「あー。ったく。材料を切ったり煮たり焼いたり混ぜたりした方がおいしいだろ」


「ふーん。ああっ! なるほど。人間の胃は弱いのだな。だから食べやすいように手を加えないとまともに食べられないのに違いない。はははははは、なんと不便な生き物よ。人間に生まれてくるくらいなら、魔昆虫に生まれてくる方がよほどマシだわ。はははははは」


 いかん。もうキレそう。さっさと作っちまおう。


 俺の部屋はユニットバス付きのワンルームアパートで、玄関からリビングに通じる廊下に小さなキッチンが備え付けられている。そこでまな板を出して野菜を切ろうとした時、大人しくしてればいいものを仮装少女はまたもややってきて物珍しそうに俺をじろじろと見やがるのだ。


「なんだよ」


「私にもやらせよ」


「へ?」


「私も手伝うと言っている」


「いいよ。邪魔くさい」


「いーやーだ。私もやる!」


 な、なんだよ、散々料理するのをバカにしてたくせに急に駄々こね始めやがって。でもこいつの頭を理解できる奴なんてこの世にいやしないだろうな。面倒は避けるべし。今日はとことんそんな日だ。


「わかったよ。じゃあお前は野菜を切ってくれ。俺は俺で鍋出したり、サラダ作るからさ」


「うん!」


 仮装少女は目を輝かせた。……こいつってばたまにナイスな顔を見せるんだよな。この極度の妄想癖がなければ超絶な美少女なのに、もったいない。やはり神は二物を与えないのか。


「痛っ!」


 声が聞こえて反射的に顔を動かすと仮装少女が左手の人差し指を鍵状に折り曲げている。白い肌だから指先の腹が切れてそこから赤い血が盛り上がっているのがすぐに確認出来た。


「切ったのかよ? 大丈夫?」


 その手を取って確認する。そんなに深くはないようだけど、痛みがしみると思う。


「くそ。魔力がゼロの状態だからこんな傷の一つも直せやしない」


 仮装少女は眉を八の字に曲げると乞うような目で俺を見た。反則的な目をこちらへ向けるな。


「今、消毒液と絆創膏持って来てやるから待ってろ」とその場を離れようとした時、手を掴まれた。


「どこへ行く? 舐めよ」


「な、舐め……る?」


「そうだ。早くしろ。傷口からウイルスが入ってしまうだろう」


 いや、だから科学的治療を施した方が良いのでは? 舐めるなんて根拠のない民間療法だろ。


「早くしろと言っている!」


 命令口調とは真逆の請うような瞳と共に目の前へ差し出される人差し指。俺はそれをそっと掴んだ。そして血が流れる指先を見詰めた。白魚のような指とはこの事を言うのだろうか? そんなことを考えながら俺はゆっくりと彼女の指を口にふくんだ。今まで口に入れたどんな物よりもその指は弾力あって柔らかくて、……そして舐めた時の血の味、脳髄を電撃が貫いて意識が飛びそうになる。


「もっと強く吸え」


 従っていた。傷口から毒を絞り取るように俺は指を吸う。そこで少女が指を引いて、“ちゅぽん”と音を立てて指は俺の口から離れた。


「うん。もう大丈夫だろう。さぁ続きだ」


 少女は満足気に指の傷を見るとふんふんと鼻歌交じりに俺に背を向けた。そして俺は胸がドキドキと音を立てているのに気づいた。顔が熱い。赤くなっているのかも知れない。ひょっとしてこいつに異性を感じたのか? 少女を見る。今、まさに皮も取っていないジャガイモを左手でがっしりと抑えて、叩きつけるように包丁を振りおろそうとしている所で、恐怖に髪の毛が逆立った!


「ばっか! あぶねーよ!」


「え? 何が?」


「てめぇ、自分の指を切断したいのか? いいか? まずはこのピーラーってので皮を剥いてだな、そして野菜を押さえる手をこんな風に猫の手にすれば指まで切らなくて済むんだよ」


「ええ~。こまごまとして面倒臭いな」


「指がなくなるよりマシだ!」


 一瞬でもこいつにときめいた俺がアホらしくなるぜ。



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