(九)-2
自転車がないからアパートに帰った頃には東の空が白んでいた。朝が近い。高宮はどうなったかわからないけどきっともう学校には来ないだろう。だけど太郎やみんなには近いうちにまた会える。日常が戻って来る。この生まれ来る今日を眺めながら確信した。
外付け階段を上り、自分の部屋の前に立つ。ミズルが空けた穴を粘着テープとダ
ンボールで補修したドアを開けた。
「ん? 遅かったな、修介」
「…………」
俺は幻覚を見ているのか? それとも夢? いやいやそんなはずはない。今はギンギンに目が覚めてる。なのに、ミズルが冷蔵庫を漁って魚肉ソーセージを口にしている姿が目に映っているんだ。
「な、なんでここにいんの?」
「え? 帰るって言わなかったか?」
「いやいやいやいや、帰るっつったら魔界へだと思うじゃん! ここにはもう用はないとか言ってたし!」
「あれは海にはもう用が無いと言ったんだ。あそこの風はべたついて髪に悪そうだったしな」
「じゃあ何? お前、まだこっちの世界にいんの?」
「うん。飽きるまでいるぞ」
魚肉ソーセージをくわえながらの、さも当然と言った態度が気に食わない。
「おいおい、冗談じゃねーぞ。そのお前の背中にしがみ付いてるヴァゴス、そいつが、ここにいたらこの世界が滅ぶじゃねーか」
「さっき魂を引き寄せる役目のある角を折っておいたから再び生えてくるまでは大丈夫だ」
「問題はそれだけじゃねぇ。お前のイカれた食欲が一番の問題なんだ」
「うるさいのう。だいたい貴様は自分の置かれている立場がわかっているのか? 貴様は私の下僕なのだぞ。もし私が魔界へ帰るのなら、当然、貴様も一緒にだ」
「へ? 俺が魔界に? そんなの嫌だ!」
「だったら私がここにいるしかあるまい? 寛大な心の持ち主のご主人様に感謝せよ」
ミズルはとびっきりの笑顔と共にウインクをよこす。俺はあの殺人ビームが出るんじゃないかと恐怖して顔をひきつらせた。が、ビームは出ずにミズルは「きゃはははは」笑いながらリビングへ入り、ベッドに寝転ぶと雑に服を脱ぎ始めてヴァゴスと共に毛布にくるまった。
ああ、せっかく戻ってくると思った日常がまた遠のいていく。神様、どうかお助け下さい。今、我が家には悪魔がいます。
<END>




