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絶望的魔人奇譚  作者: 星六
14/24

(六)


 牛木町で倒れた人数に対して救急車の数は絶対的に足りなくて、途方に暮れていた所へニュースで牛木町の惨状を知った太郎の父さんが太郎と連絡が取れなくなったのを不審に思って帰って来てくれた。太郎のお父さんはやりきれない怒りや苦しみ、悲しみを感じていたに違いない。それでも冷静に対処して太郎を抱えると車へ運んだ。そして何もしていない俺にお礼を言うや、すぐさま車を出した。俺はその車を見送った後、激しい怒りに襲われて近くの電柱をぶん殴った。拳の先が火が付いたように熱い! 痛い! けど、こんなのなんでもねーよ!




どこをどう通って帰って来たのかは覚えていない。とにかくこみ上げてくる怒りを押さえるのに必死だ。自宅アパートの外付け階段を強く音を鳴らして上り、部屋のドアを開ける。リビングへ続く横引き戸は開いていて、ミズルがテーブルに頬杖をついてテレビを観ているのが見えた。


「おやっ? 帰って来る時間が早いのではないか? もう少し遅くなると言って出て行ったろう?」


 俺に気付いたミズルが笑みを浮かべる。神経に触る笑顔だった。不愉快だ。


「それより、貴様、昼食後のデザートが無かったぞ。今度からはちゃんと用意しておけよ」


 ふざけんじゃねぇ。


「お前、今日はずっとここにいたのか?」


 声が震えた。


「そうだが?」


「ヴァゴスを探しに行かないのかよ?」


「か弱い私に歩いて探せと言うのか? お前が帰って来るのを待っていたんだ。ほら、自転車とやらを出してもらおうか」


「魔力があればなんとかなんじゃねーのか? 昨日、溜めたんだろ?」


「魔界に帰るためにもあまり使いたくないんでな」


「うるせぇよっ!」


 何をヘラヘラしてやがんだよ。


「お前、今、街がどうなってんのか分かってんのか? たくさんの人たちが大変なことになってんだぞ!」


「そうか。ならばそろそろヴァゴスも見つけやすくなっているだろうな」


「なんだよ、それ。お前はやっぱ悪魔なんだな……」


「はははははは。何を当たり前のことを」


「もう分かったよ。いますぐここから出てけ」


「貴様、誰に物を言っている?」


「全部お前のせいだろ? お前が魔界とやらでヴァゴスをしっかりと見張っていねーからこっちの世界まで逃げられて、俺たち人間はそのとばっちりを受けてんじゃねーか! 良いか? これだけは覚えとけよ。もし太郎になにかあったら俺はお前を絶対に許さねーからな! 悪魔だろうがなんだろうがぶちのめしてやる!」


 強くミズルを睨みつける。こんなにも他人に敵意を向けたのは生まれての初めての事だった。そんな俺の脅しも悪魔には通用しないらしい。笑顔を消したミズルはとてもつまらなそうな顔をして「ふん」と鼻をならした。


「くだらん。くだらんぞ、貴様」


 ミズルは立ちあがると蔑みの目で俺を見て近づいてくる。


「私をぶちのめすとは?」


「そ……それは」


 ミズルの目が大きく見開いた。


「私をどうやってぶちのめすのか? と訊いている!」


 一喝と共にミズルの影が天井まで不自然に立ち上って広がり、部屋中を覆って、薄暗い部屋がより深く陰る。ただの影じゃない。魔界の不穏な空気を存分に含んだ不吉な影。これは本能? 膝ががくがくと震えて歯がカチカチとなって腰が砕けた。見開いたミズルの瞳の奥、人間が太刀打ちできない黒い光がある。血の気が引いた。瞬間、ミズルが影ごと俺に覆いかぶさって来るような錯覚に恐怖して俺は縮こまり目を強く閉じた。


「人間ごときがつけ上がるな」


 ミズルの気配は震える俺の横をヒタヒタと通り、恐ろしい影を引きつれて玄関の方へ遠のいて行く。


「ミ……ミズル……」


「貴様ごときをぶちのめすのは簡単だ。私の言うぶちのめすとは貴様の腹を裂いて内臓を取り出し、それを貴様の口へ突っ込んだ後に頭を踏みつぶすというものなのだが、しかし、それでは体や服が汚れてしまう。よって私はこのまま去ることにしよう。侮蔑の心をここに残して」


 ミズルは静かに戸を閉めて部屋から出て行った。体の震えが止まらない。あんなとんでもない奴と数日を過ごしていたなんて……。


「なにが侮蔑の心を残すだ。蔑まれるべきは、自分の失敗で俺たちに迷惑をかける恥知らずのお前の方だろうが!」


 俺はなんて情けないんだ。相手がいなくなってからじゃないと文句を言えないなんて。本当に情けないよ。




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