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二章(1)

 

 さて、こうしてオレのおかしな高校生活は始まったわけだ。

 しっかし、テストに筆跡鑑定を出す先生やら一晩で校庭に自分の顔を描いた先輩やら。

 どーも、変人はオレのクラスに始まったわけではないようだ。

 部活勧誘の時なんか、ほとんど鬼ごっこだったぜ。

 放課後は、上下左右から伸びてくる手に捕まらず正門まで辿り着けるかの勝負だった。

 そうでなくとも、ロッカーや背中に次々チラシは貼られたんだ。

 (きっと机に貼られなかったのは、閻魔より恐い某先生がいるからだ)

 結局、オレはスポーツ同好会、生徒会、タロット研究会、化け学の党に入った。

 それぞれ、奉助、桐生、ラッキー、嵐に拉致られた結果だ。

 

 次は「承」に当たる部分だ。

 オレたちの身に起こった、小さな変化。




  二限目  夏休み 


 ミーンミーンミーン……。

 どっかで蝉が鳴いている。蝉の鳴き声ってだけで暑さが倍増する気がする。クソっ。

 「゛あーーー。ったく、なんでこんなくそ暑いなか学校なんかに……」

 七月も後半、世の中の学校で次々と夏休みが始まる時期になった。私立水ノ木学園高等部も例外ではなく、おとついから夏休みだ。けど、最初の一週間には補習が入っている。強制ではないが、「できるかぎり」とか「受けることが望ましい」とかって案内のチラシに書いてる時点で半強制だろうが。

 「あぁぁぢ〜」

 人目も気にせず大声でわめく。チャリに乗っている間はまだいい。熱風だけど風があるから。けどな、今みたいに信号待ちをしてる時はつらい。おまけに影無し。

 入学式の時こそ電車で行ったけど、オレの家から学校まではチャリで通えない距離じゃない。定期代もただじゃねえし、オレは片道二十分えっちらおっちらとチャリを漕いでいる。

 「和泉!」

 そんな時、横断歩道の向こうから声をかけられた。ハンドルに腕を置いてそこを枕に顔を伏せていた顔をあげれば、若干揺らいだ姿の嵐が片手に奉助の首根っこを掴んで、空いているもう片方の手を振っていた。

 「よう、お守りはつらいな?」

 「毎年のことやしな。おかげで腕の筋力が衰えへんわ」

 シャーとチャリで横断歩道を渡り、二人の前で降りる。補習が始まってから三日、毎日嵐は奉助を引きずって現れる。

 「いーずーみーー……」

 「よう、奉助。大丈夫か?」

 「ぜんぜん〜」

 「みてえだな」

 奉助の声に、いつもの覇気はない。補習初日、この奉助の姿を見た時は天変地異の前触れかと思ったぜ。

 「いまだに信じらんねえよ。お前が一番オレらの中で夏っ子そうなのにな」

 「ほんまになあ」

 三人並んで……いや、二人並んで一人は引きずられて学校へ歩き出した。

 「で、お前が一番夏に弱そうだと思ってたんだけどな、嵐」

 チラッと横の嵐に目をやれば、にっこりと笑われた。六月の終わりから、嵐は男にしては長めの後ろ髪を縛るようになった。それがまた色気があるっつって評判になっている。

 「よう言われるわ。けど残念。オレ、夏が一番好きなんや」

 「常夏の太陽のような奉助がダウンして、高温多湿なこの日本の夏を何よりも嫌いそうなお前がテンション上がるとか。世の中不思議なもんだな」

 「せやなあ。ああ、そうや、オレ毎年奉助んとこの家族とキャンプしとるんやけど、今年は和泉もどうや?」

 「あー。行きてえけど、金もねえし……。けっこう生徒会の用事も入ってたりするからなー。ほら、夏休み終わったらわりとすぐ文化祭があるだろ?」

 「ああ、その準備でか」

 「そうなんだよな〜」

 正門へと続くこのなだらかな坂は、この時期けっこう応えたりする。日差しは強烈で、もはや「暑い」ではなく「熱い」と言ったほうが正しい気すらしてくる。

 「ほら、もうすぐ着くぞ」

 伏せられたままの奉助の頭を軽くはたく。か細いうめき声とともに顔を上げた奉助は、すぐに眉間にしわを寄せた。

 「……あれ、なんだあいつら?」

 「あん?」

 「あれ」

 奉助が指差したものを、オレも嵐もすぐには分からなかった。奉助の指先を辿り、よくよく目を凝らしてやっと何を指差していたのか分かったぐらいだ。そして、先の奉助と同じように驚きの声をあげた。

 「はあ? どんなかっこしてんだ、アイツら」

 「頭おかしすぎやろ。沸いとるんちゃうか」

 それは、黒い長袖長ズボンを着た二人の人間だった。陽炎で揺らめいて、ひどく存在が認識しにくい。ほぼ影と同化して見えていた。

 「なんであんなかっこしてんのや。実は内側に冷えピタが貼りまくってあるとか?」

 「そんなんするぐらいなら普通に半袖半ズボンになりゃいいだけの話だろ」

 「うへえ〜。アイツらもう見てるだけであっちーんだけど」

 「にしても奉助。お前もよく見えたな、あんなの」

 「だっておれ両目とも視力二・五以上だし」

 「それも大概おかしいけどな。今はそれ関係ないと思うぞ」

 三人で顔を寄せ合ってひそひそと話していたオレらは、その二人が近づいてきていることに気がつかなかった。

 「失礼」

 「うおっ⁉」

 三人の喉が鳴る。慌てて振り返って見れば、金髪に茶色い目の男が、オレたちの前に佇んでいた。そいつは肩とか袖とか胸とかになんかジャラジャラつけた詰め襟を着ていた。

 「な、なんだよ」

 目の前の男は、奉助よりも身長が低いし、年だってたぶんオレたちと同じくらい。なのに重圧感だけが半端無かった。

 「最近このあたりで青い光を見たことはないか」

 「へ?」

 「青いって……えーと、大通りのレストランの看板は青いネオンサインやけど?」

 「いや、そういう人工物ではなく、人の身から放たれた青い光だ」

 「ひ、人の身から……?」

 「え、人って光るのか⁉」

 「あー、その、うん。悪いけど、知らねえや」

 「……」

 金髪の男は、オレたちの言葉の真偽を確かめるかのように、じっと睨んでくる。ウソなんかひとっつもついてねえのに、心臓バクバク冷や汗びっしょり。

 「だから言っただろ、無駄だって」

 微動だにせずオレたちのほうを睨んで来る男に声をかけたのは、少し離れたところで門柱に寄りかかっていたもう一人の、ピンクという珍しい髪色の女だった。

 「おら行くぞ、チビ」

 一瞬だけこちらに視線をよこして、女は背を向けて歩き出した。

 「黙れ、デブ。……手間をかけた」

 男はオレたちに挨拶(……うん、たぶん)をすると女のあとを追った。二人はすぐに角を曲がってオレたちの視界から消えた。

 「……いったいなんだったんだろうな、アイツら」

 「……さあ。けど、ああいうもんにはヘタに関わらんほうがええやろ。なんかヤバそうやったし」

 「だな」

 さっきまでの暑さがうそのように、体は芯まで冷えきっていた。……と。

 「あー! 牧ノ宮先パイだ!」

 「なにっ⁉」 

 駆け出そうとする奉助を全力で引き止める。同時に、一気に現実へ引き戻されたように思えて、不思議と安心した。とりあえず、忠犬かお前は!

 「なーにすんだよ」

 「何じゃねえよ。てめえ、自分の格好見てみやがれ」

 「おれの格好?」

 「そうや。それが問題なんや」

 水ノ木学園に風紀委員は存在しない。存在しないが、不定期で鬼の(男にとって)生徒会長殿による服装点検が正門前で行われているのだ。なにせ入学式の次の日にいきなり行われたこの服装点検で、多くの新入生が般若というものを現実に見たほどだ。とにかく、この正門でさえきっちりとしておけば、牧ノ宮先輩の魔手からはひとまず逃れられる。

 ということで、オレたちはその場で互いの服装をチェックし合った。ちなみに減点が五十まで溜まると、「その腐った性根を叩き直してやるっ!」っつーことで、いずこかへ強制的に連れて行かれるそうだ。んで、帰ってきたらまったくの別人になっていると。

 あと、この減点ルールってのは牧ノ宮先輩が独自に考案したものらしく、別に校則ってワケじゃない。だから、生徒たちの大半は詳細は知らないだろう。なのにオレが知ってるのは、ひとえにオレが生徒会の一員であるが故。

 オレと嵐はボタンがあいている程度だったんだが……奉助はと言えば、シャツは出てるわ、ネクタイをしてないわ、シャツのボタンは第三ボタンまであいてるわ、腰パンしてるわ……。

 「奉助、お前減点四。いや、男だから×2で減点八だな」

 「えー。だって暑いじゃねえか……」 

 「それをあの生徒会長殿に言える勇気あるか? 奉助」  

 「ない」

 即答。ああ、そうだろうとも。

 「ほんま、和泉が生徒会入ってくれて助かったわ。どこがアカンかすぐ分かる」

 「だよなー。持ち物検査の日とかいろいろ教えてもらったし」

 「そこぐらいしか役に立てねーよ。……っと」

 正門前に、きっちりと夏服を着こなした牧ノ宮生徒会長が腕を組んで立っていた。

 「おはようございます」

 「ああ、おはよう」

 牧ノ宮先輩がオレたちをじっと観察する。さっきの男とはまた別の緊張感が体を縛る。

 「相川奉助、よし。春野由宇……お前は存在自体がうっとうしいが、違反はないな」

 「毎度のことですけど、あんまりやないですか。オレの扱いが」

 イケメンの嵐は女子をたぶらかす存在として、女子至上主義の牧ノ宮先輩には早々に目を付けられてんだ。

 「お前が気にすることではない。……そして和泉翼、よし。三人とも通っていいぞ」

 「ありがとうございます」

 正門をくぐり、自転車置き場についたところでようやく緊張を解いた。

 「あー。やれやれ」

 「なんやあの人には体育会系のノリで接してまうわ」

 「ちゃんと挨拶しろー、とかべつに言われてねーのにな」

 なんてことを言いながら、三人でゆっくり四階まで階段を上った。

 そして、鳴り響くチャイムに驚いて廊下を全力疾走するまであと三十秒。


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