一章(3)
五人並んでバナナ門を……ゴホン、正門をくぐる。結局、駅前のファミレスに行くらしく、電車を使うオレと駅近くのマンションに住んでいる桐生も一緒に歩いている。
「そういやラッキー。さっきの自己紹介で言ってたことって本気なのか? それともウケ狙いか?」
オレが首だけ後ろに向けて訊けば、ラッキーは憤慨したようだった。
「ウケ狙いなんかじゃないよ! 私は本気だもん!」
「へー……」
「私ね、ずっと信じてるの。いつか、白馬に乗ったかっこいい王子様が私を迎えにきてくれるんだって。その人が、私の運命の人なのよ! だから、いつ来てくれてもいいように、料理裁縫洗濯掃除、なんでもできるようにしてるの!」
「すごいな。それだけできりゃ王子様じゃなくても結婚できるだろ」
「やだ! 白馬の王子様がいい!」
「けどなあ。今時リアルに白馬で迎えに来る男がいるやろか。こう、道交法的に」
「いっそ白いチャリか原付か、車とかでもいいんじゃねー?」
嵐と奉助もおもしろがっている。オレ的には、とりあえずホントに白馬に乗った男が現れたらまず怪しむべきだと思う。
オレたちの反応が気に入らなかったのか、ラッキーは隣の桐生に泣きついた。
「もう、ひどくない? 男の子ってロマンがない!」
「ええ、そうですね。私は、幸さんの夢はとても素敵だと思いますよ。ぜひ、王子には薔薇の花束を持って来ていただきたいですね」
「わあ! いいね、すごくかっこいい!」
さすが女子同士は通じ合うものがある……いや、ラッキーと桐生だからこそ意気投合してるんだろうな。二人とも思考回路が普通じゃなさそうだし。
「つーかさ、いまラッキーのこと幸って呼んだよな? なんで?」
奉助が、器用にも後ろ向きに歩きながら尋ねる。
「あだ名ですよ。私は人に独自のあだ名をつけるんです。本人が断固と拒否してきた場合は考え直しますが」
「ヘー。なあなあ、じゃあおれたちにもあだ名つけたのか?」
「ええ」
「なんて?」
大きな目を爛々と輝かせながら桐生を見つめる。
「『イノウエ君』、『お奉行殿』、『白の君』ですよ」
桐生の目の動きを見てると、どうやら奉助が『イノウエ君』で、嵐が『お奉行殿』。んで、オレが『白の君』。……おい、オレだけなんか毛色が違うくねえか?
「え、なんでおれ『イノウエ』? おれ、相川だけど」
奉助が自分を指差しながら目を白黒させている。オレも由来はぜひ聞きたい。
「『あ』は『い』の上でしょう?」
「?」
奉助にとっては謎かけの答がまた謎かけのようなものだったらしい。やっぱり目は白黒させたままだ。
「つまりな、お前の名字の最初の字である『あ』は五十音表で言えば『い』の上にあるやろ? そっから取ったんやんな?」
「正解です」
嵐の解説に、奉助はようやく納得がいったようだ。
「ほな連ちゃん。オレはなんで『お奉行殿』?」
「嵐と呼んで欲しいとおっしゃっていたので。『春野嵐』……『春の嵐』と言えばやはり桜吹雪ではないかと。『桜吹雪』からは江戸時代の名奉行、遠山の金さんが連想されるので、『お奉行殿』と。気に入らなければ『金さん』でも構いませんが?」
「……」
嵐は微妙な顔つきで黙ってしまった。そりゃそうだ。桐生にはなんの恥じらいもためらいもないのだろうが、こっちとしては大いに恥ずかしい。奉助のようなありそうな呼び名ならいざ知らず……。
たっぷり三十秒は腕を組んで考え込んでいた嵐は、ゆっくりと口を開いた。
「……その二つやったら、『お奉行殿』の方かなあ。そっちの方がかっこよさそうやし」
「分かりました」
って、おいぃ⁉ いいのかよ、それで!
オレが唖然としている間に、話はオレのことへ移っていた。
「で、なんで和泉のやつは『白の君』なんだ?」
「一番なんかかっこいいよね」
「和泉言うたら和泉式部やろ。式部とかでもかっこよかったんちゃう?」
「いや、お前ら、ちょっ……」
「名前の『翼』の方から取ったのです。翼と言えばやはり『白』でしょう? ですが白だけでは面白くもかっこよくもないので」
「ああ、なるほどなー」
「いやいやいやいや」
オレ以外の三人はなんか感心してるけど、ちょっと待て。マジでちょっと待て。そして当の本人置いて話してんじゃねーよ。
「なんだよ、和泉」
「なんだよじゃねーよ。オレは嫌だぞ、そんな変なあだ名。普通に和泉か翼で呼べよ」
「でも、これが私だから」
「そういう話じゃねーだろ。頼むから普通に呼んでくれ。恥ずかしいから」
オレの主張は何一つ間違ってないはずだった。なのに。
「かっこいいと思うのですが」
「どこがだよ。なんか痛い奴みたいじゃねえか」
「恥ずかしいと言いますが、放送禁止用語は使ってませんよ?」
「そういう問題でもねえよ」
なぜか反論されてしまった。
「だいたい、お前もなんでそんな変なことすんだよ」
「私自身は変だとは思っていないからです。私は常に真面目で本気ですよ」
桐生は揺るがない。その態度になんとなく腹が立って、つい刺々しい口調になってしまった。たぶんそれは、オレにも似たようなところがあって、それを恥ずかしいと思っているからだろうな。
「あれか。最近噂の中二病ってやつか。自己紹介の時にも変なこと言ってたしな」
だが、桐生はその侮辱ともとれる発言すらさらりと流してみせた。
「中二病の定義をしっかり把握していないので確実なことは言えませんが、世間一般から見ればそうでしょうね。この天然の髪色もあって、会う人は皆そう言います」
桐生の瞳には、悲壮や諦観の色はなかった。少なくともオレには見えなかった。ただ、それはそういうものだと受け入れている感じだった。
(こいつ、冷静ってレベルを超えて冷静すぎだろ)
日本語はおかしなことになったが、単純にそう思った。同時に、こいつをどうにかするのは無理だということも分かった。
大きく、とても大きく息を吐き出してオレは言った。
「ああ、もう分かったよ。いいぜ、好きに呼べよ。ただし、ああ呼んでいいのは桐生一人だからな。お前らは普通に和泉って呼べよ」
奉助たちに釘を刺す。皆ちゃんと返事をしてくれたから良かったぜ。
「ついでに申し上げておきますと、私の自己紹介でのセリフは十八世紀の経済学者、アダム・スミスの言葉ですよ」
「はい?」
「アダム・スミスが著書、『国富論』の中で述べた市場原理のことです。個人的な行動が集まった結果、社会全体に利益を与えるという機能を指す言葉です」
「……お前さー。変なことばっか知ってるよなー」
奉助が頭からぷすぷす煙を出しながら言った。桐生は少し首を傾げたが、一言。
「だってかっこいいじゃないですか」
四人と別れ、半分寝ながら電車に揺られていたオレは危なく降り過ごすところだった。駆け込み乗車ならぬ駆け出し降車で注意を受けたオレは、空きっ腹を抱えて家に帰ってきた。
「ただいまー」
キッチンから母親が顔を出す。未だにオレが幼稚園の頃にあげたエプロンを着ている。正直に言って、かなり気恥ずかしいんだが。
「おかえりー。お昼スパゲッティでいい?」
「ああ、うん」
「それで? どう、クラスは。楽しそう?」
「んー……」
冷えた麦茶で喉を潤す。ああ、うま。
「なんつーか、担任含め、変人だらけのクラスだった」
「へえ。一年後が楽しみね」
「あ? なんで」
「アンタがどれだけ変人になるかと思って。ほら、朱に交われば赤くなるって言うでしょ?」
「勘弁してくれよ……」
ちなみに、奉助の言っていた『ゴーゴーカー大会』ってのは『ゴーカート大会』、『えんよう合宿』は『遠泳合宿』のことだった。
奉助の間違いもおかしいが、行事自体もおかしいよな、これ。