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一章(2)

 この学校は全校生徒約六百人。従って体育館もまた広い。さすが私立っていうか、市立の体育館みたいな観客席が後方だけだけど設置されてるのには驚いた。

 入学式は特に面白いこともなく進んだ。隣の奉助なんて鼻提灯出しながら一番前で寝てる。いびきかいてないだけマシか?

 ところが、在校生祝辞の時になって一変した。

 まず「バッバババーン!」という効果音が鳴り響く。奉助の鼻提灯がパチンと割れて、「へっ?」という声とともに顔があがった。

 壇上でスポットライトを浴びて立っていたのは、凛々しい顔つきをした女性だった。肩できれいに切りそろえられた赤い髪に、氷色の目。マイクの位置からそれなりに身長が高そうだと伺える。そして、

 「芽吹いたばかりの菫のようなあどけない乙女達よ。君たちの入学を心から歓迎しよう。私は、第五十七代生徒会長の牧ノ宮まきのみや立芳はるかだ」

 聞き心地のいいアルトで、堂々とスピーチを開始した。

 ……って、ちょっと待て。今この人「乙女達」って言ったよな? え、ここ共学でオレたち男子もいるんッスけど。

 「君たちは今、緊張と不安で冬の子リスたちのように震えているかもしれない。だが、心配は無用だ! 悩める乙女達に、我々生徒会は常に門戸を開いている。その可愛らしい顔を、美しい瞳を、青春の苦い涙で汚してはいけない。甘く、また時には不敵に、乙女は常に笑顔でいなければならない。自身に解決できぬ困難にぶつかった時は、遠慮なく我々に救いを求めてくれ。必要とあらば、我々は乙女の盾にも剣にもなろう! では、まだ初々しき乙女達よ。三年間、心行くまで楽しんでくれたまえ!」

 そして牧ノ宮先輩は颯爽と壇上から去った。

 ……結局、オレたち男子には一言も無しかよ。

 すると、今度はポニーテールの先輩が出て来て、またスピーチを始めた。あれ、今の牧ノ宮先輩はなんだったんだ?

 「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は生徒会書記の住吉愛莉すみよし あいりです」

 住吉先輩のスピーチはごくごく普通のスピーチだった。ただ、最後に一言付け加えた。

 「先ほど壇上に立っていた牧ノ宮は大変な女尊男卑思考を持っていますが、むやみに理不尽なわけではありませんし、生徒会にも男子生徒はちゃんといますので、どなたでも安心して気軽に相談に来て下さいね」

 あー。なるほど、女尊男卑の生徒会長か。納得。

 その後は大きな波乱無く、入学式は終了した。オレは半分寝たままの奉助のケツを蹴りながら教室へ戻った。


 オレたちは教室に戻ってきたが、コタツさんは配るものを忘れたと言って職員室まで引き返していった。

 一度は席へついたが、先生がいなくなったものだからみんな歩き回って新しい友達を増やしている。すると、唐突に奉助が大声を上げた。

 「おい見ろよ、和泉! あいつの髪すげー青!」

 「え?」

 青い髪と聞けば、オレは一目で心奪われた今朝の女子しか思い浮かばない。

 果たして、奉助が指差していたのは桐生連その人であった。

 ……言っとくが、オレは心奪われただけで惚れちゃいねえからな! きれいな景色見て感動するのと同じだからなっ‼

 「なあなあ、お前の髪スッゲーきれいだよな! これ、染めてんのか?」

 気がつけば、奉助は桐生のところへ行って、髪の毛を手に取りながら至近距離で話しかけていた。おいおい。いくらなんでも馴れ馴れしすぎねえか?

 オレは奉助の態度にほんの少し、ヒきながら嵐のほうを見れば、嵐も「げっ!」と言う顔で桐生のほうへ向かった。オレもそれにならう。

 「私も思ってた。深い海みたいな、きれいな青色だよね。いいなー、カッコいい! マンガのキャラみたい!」

 「なあ、きれいだよな!」

 奉助は、桐生の後ろの席の女子と桐生の髪について盛り上がっていた。オレは奉助に近づくと、その頭を軽くはたいた。

 「いてっ」

 「お前な、初対面の相手に何してんだよ。しかも女子に! ちょっとはこう、なんだ、デリカシーってやつをだな……」

 「でりかしーってなんだ?」

 「うっ……」

 なんではたかれたか分かってない奉助の疑問に、オレは返答につまった。オレだってデリカシーの意味なんて知らん。ただ、こういう時に使ってもいいような言葉な気がしただけで……。

 「あー、もー。ニュアンスだニュアンス! 雰囲気で分かれ!」

 としか返せなかった。奉助は不満そうにぶーたれてるが、仕方ないだろ。オレも意味分かってねーんだからよ。

 嵐が桐生に頭を下げる。

 「ゴメンな、嫌な思いさせて。悪い奴やないんやけど、人との距離感がやたら短うて」

 「いいえ、お気になさらず。これほど真っ直ぐに髪を褒められたのは初めてです」

 桐生が小さく頭を振る。桐生の声は平坦で、感情が読み取りにくかった。

 「お名前、教えてもらってもいいですか」

 「ん? おれ?」

 奉助が自分を指差し、桐生は首を縦に振った。まあ、本当にイヤだったなら相手の名前なんて聞かねえよな、普通。呪うとかじゃなければ。

 「おれは相川奉助。お前は?」

 「私は桐生連です。よろしくお願いいたします」

 「つらね? つらねって読むのか、あれで」

 オレは、つい口を挟んでしまった。

 「ええ、そうですよ」

 「ヘー。てっきり『れん』って読むのかと思った」

 「初見の人はだいたいそう読まれますね。あなたは?」

 桐生の目が真っ直ぐにオレを捉える。朝は冷ややかに見えていた眼鏡の奥の黒瞳にも、今度は相応の温かみが感じ取れた。

 「和泉翼だ。よろしくな、桐生」

 「ええ。こちらこそ」

 そして桐生は体の向きを変え、オレたちと机を挟んで反対に立っていた嵐を見上げる。

 「オレは春野嵐や。よろしくな、連ちゃん」

 ウインクが嫌味なく決まるイケメンは滅べばいいと思う。そして名前違うだろ、お前。

 「……はい、よろしくお願いします」

 桐生が答えるまでに、少し間が置かれた。よって、慌てた嵐の弁明が行われる。

 「あ、あれ。気に入らんかった、この呼び方。オレ、基本的に女の子は下の名前で呼ぶんやけど」

 マジか。それは奉助の距離の近さばりにひくぞ、オレは。

 「いえ、新鮮でしたので。両親以外にそのような呼び方をされたことがなかったものですから」

 「あ、そうなんや」

 「えー、なんで? 可愛い名前してるのに。じゃあ、私も連ちゃんって呼ぶ! ……いいよね?」

 桐生の後ろに座る女子が、最後不安げに桐生を見る。

 「ええ、構いませんよ」

 「わーい。ありがとう!」

 女子はにこっと笑って自己紹介を始めた。

 「私は寿ことぶき明日香あすか。日常生活でラッキーなことが多いから、小学校の時からあだ名はずっとラッキーなの。だからみんなもラッキーって呼んで!」

 にこっと笑って片手を上げた彼女を見て、オレは思った。

 ラッキーは金髪に近いぐらいの茶髪を左右のわりと高い位置で結んでツインテールにしている。そして、その体型は女性らしくふくよかで、オレはどうしてもポ○モンのラッキーを連想してしまう。オレの中で、ラッキーのあだ名の由来はポケ○ンとなってしまった。

 「かわええあだ名やな」

 「ラッキーってたとえばどんな?」

 「えっとね、給食のじゃんけんじゃ二回に一回は勝ってゼリーもらえたし、くじ引きとかも三回に一回は好きなの当たるし、テストのヤマカンも五、六回に一回は当たるよ!」

 「「「いいな、それ!」」」

 男三人見事にハモる。超うらやましい!

 「素晴らしい才能ですね」

 「他にもね……」

 指折り数えていくラッキー。そのとき、スピーカーから演歌っぽい曲が流れてきた。

 『まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき……』

 「あら、『初戀』ですね。島崎藤村の」

 「へ?」

 「そういえば、歌謡曲にもなっていましたね」

 シマザキトーソンのハツコイ。誰それ何それおいしいの? 桐生を覗く全員が沈黙して、首が九十度に傾いている。

 いや、待て。オレは知ってる気がするぞ、知ってる気が……気がするだけだな。オレがそんな文学的なことを知ってるはずがない。

 その『初戀』がまだ流れてる中、コタツさんが戻ってきた。……そうだった。これまだ授業(?)の途中だったんだった。すっかり放課後の気分でいたぜ。

 「はいはい、皆さんお待たせしました。席に戻って下さいね。これから大事な書類を配りますよー」

 「んじゃ、またあとでなー」

 「じゃあねー」

 席に戻って初めて、オレは気づいた。桐生と話していた間、今朝のようなプレッシャーを感じなかったことに。

 (今朝のあれは……きっとアレだ。シチュエーションの問題だ)

 初めて会った美少女と静かな教室に二人っきりというシチュエーションが、必要以上にオレの身体を強ばらせたに違いない。うん、絶対そうだ。


 健康調査票や生徒手帳などが配られ、お楽しみの自己紹介タイムとなった。

 「では、無難に出席番号順でいきましょうか」

 そう言うと、コタツさんはドアにもたれかかった。奉助はオレのほうを見て自分を指差した。

 「じゃ、おれから?」

 「お前の出席番号は?」

 「一番!」

 「じゃあお前が一番最初だ。出席番号ゼロ番とかマイナス一番なんていねえからな」

 「そっかー」

 丸めた画用紙を持って、意気揚々と奉助が教壇へ出向く。なんだあれ?

 「出席番号一番、相川奉助です! ザユーのメーは『のり巻きと糸巻きと遊び心』!」

 クラス中が爆笑の渦に巻き込まれた。奉助が広げた画用紙にはでかでかと『相川奉助の座右の銘は〈ノリと勢いと遊び心〉‼』と書かれていた。おそらく、奉助が言い間違えるのを見越した嵐が持たせたんだろう。

 オレは、この笑いが収まらないうちにと思って、奉助に交代のジェスチャーを送る。真面目に注目されての自己紹介なんてイヤだろ?

 「出席番号二番、和泉翼! 黒目黒髪胴長短足のザ・普通! 座右の銘は『明日には明日の風が吹く』! よろしくお願いします!」

 早口で言い終えて、さっさと自分の席へ戻る。何人が聞いてたかなんて知らん!

 「なんか選手せんせーみたいだったな」

 奉助が朗らかに笑いながら迎えてくれた。こいつの笑顔は読めねえ。おもしろがってるのか、バカにしてるのか、感心してるのか。

 「ほっとけ」

 軽く唇を尖らせて答える。

 そして、自己紹介は次々進んだ。

 「出席番号十四番、桐生連。私がここにいるのは、神の見えざる手に導かれる予定調和の秩序、その一端です。この先、私や世界がどう移ろうのか、楽しみにしております」

 クラスのあっちこっちから忍び笑いが漏れる。オレも自分の耳を疑ったが、それより一切の恥じらいを見せない堂々とした姿が印象的だった。

 「寿明日香です。ラッキーって呼んで下さい。乙女座のO型で、将来の夢は白馬の王子様のお嫁さんになることです!」

 こっちはこっちでずっこけた。

 「オレは春野嵐。……本名は由宇やけど。出席番号は三十二番やな。皆のアイドル嵐クンをよろしくな」

 キラッと白い歯が眩しいイケメンスマイル。滅べ。

 おもしろがった女子が「嵐くーん」なんて呼んでる。うらやましいわけでは決してないが、うっとうしい。……嵐、滅べ。

 で、最後は担任の小松原辰之助さんだったわけなんだが……。

 「僕は机が大好きです」

 に始まり、

 「ひとつひとつ違う木目の複雑な流れ。これは机の個性です」

 とか、

 「この学校の机は持ち上がりなので、皆さんはいま自分が使っている机を三年間使うことになります。いわば、高校生活におけるパートナーです。真摯な態度で向き合い、しっかりとした信頼関係を築いて下さい」

 とか。延々三十分とオレらはコタツさんの机に対する愛を聞かされた。奉助は、今度こそいびきをかいて寝てる。教室を見回しても、寝ている人は少なくない。まあ、春眠暁を覚えず、春宵一刻値千金なんて言うもんなー。……オレも寝てるな、うん。

 ところが、最後の一言は寝ていた奴ら全員を叩き起こすだけの迫力があった。

 「皆さん、僕は机が大好きです。なので、机に故意に傷をつけるようなことは一切許しません。落書きも同様です。そのようなことをすれば……地獄を見ることになりますよ」

 教室を一陣のブリザードが駆け抜けていった。

 先生、純粋に恐ろしいです。

 そのとき、ちょうどキーンコーンカーンコーンというチャイムが鳴った。コタツさんはもとののんびりした顔に戻って、パンッと手を叩いた。張りつめていた空気が一気に緩む。

 「ああ、もうこんな時間ですか。では、今日はこれで終わりです。明日は身体測定などがあるため授業はありませんが、遅刻をしないように。八時半の本鈴には間に合うように来て下さいね」

 「先生、質問があります」

 誰かが手を挙げた。

 「この学校でチャイムを聞いたのって、今が初めてだと思うんですけど、先生は予鈴や本鈴が鳴ったって言ってましたよね?」

 みんな同じような顔で頷いている。オレだってそうだ。

 「ああ、そうですね。それを注意しておくのを忘れていました。ありがとうございます」

 コタツさんが小さく頭を下げる。そして、頭を掻きながら、どう説明しようかという顔で話し始めた。

 「えー、この学校は独特のチャイムをしてまして。今は普通の、わりとよくあるチャイムでしたけど、基本的に毎日毎時間違うチャイムの音がします。今日は校長先生と教頭先生の挨拶、そして舟木一夫の『初戀』でしたね」

 「えーーっ⁉」

 一気に教室がざわめく。そりゃそうだ。誰もあんなおっさんの一言や歌がチャイムだなんて思わねえだろ。

 「あっはっはっはっは! マジかよ、おもしれー! そんなことあるのかよ!」

 奉助が腹を抱えて笑ってる。オレは、正直「ないわー」って思ってたんだが、こいつを見てるともうなんか、どーでもよくなって、最終的に一緒に笑っていた。

 「はい、静かにー!」

 コタツさんが声を張る。思いのほか大きくてしっかりした声だった。

 「これらのチャイムのように、皆さんの想像もしないことが起こるかもしれませんが、すぐに慣れるので心配しないで下さいね。私は三ヶ月もかかりましたが」

 いや、アンタはもともとが変人だからたった三ヶ月で慣れたんだよ……。

 とかって思ったけど、これでオレが一ヶ月とかで慣れちゃったらどうしようか。

 「号令係などはおいおい決めていきたいと思っていますが、しばらくは私が号令をかけますね。では、起立。……気をつけ、礼」

 「ありがとうございましたー」

 生徒が一斉にバラけ、教室中を雑音が満たす。

 地声がでかい奉助が、桐生たちにも聞こえるように大声を出した。つまり、オレの耳は鼓膜が破れる寸前。

 「なー! みんなでこのあと一緒に飯食いにいかねーかー?」

 「わー、いいねー。どうする、連ちゃん」

 「申し訳ありませんが、今日は持ち合わせがなくて。残念ですが、またの機会にさせていただきます」

 「マジかよー。和泉は?」

 「……悪ぃがパス。金がねえ。入学式もとっくに終わって母さんも帰ってるだろうから、もらうこともできねえしな」

 「チェッ、つまんねーの」

 奉助は手を頭の後ろで組んで、唇を尖らせた。それをなだめるのは、ほうほうの体で女子の集団から逃げてきた嵐だ。

 「まあまあ、また明日行けばええやん。……やないとオレ、女の子に捕まって死んでまうかもしれん」

 ふっと遠い目の嵐。自己紹介の時のイケメンスマイルが効いたのか、朝以上の数の女子に囲まれて末恐ろしくなったのか?

 「情けねえなあ、アイドルさんよ」

 「茶化さんといて、和泉。高校って冗談通じひん人多いねんなあ……」

 どこか悟ったようにしみじみと呟いていた。なんだ、こいつ意外とヘタレだな。ま、オレも集団の女子高生を相手にしようとは思わねえけど。だって怖えじゃん。

 奉助とラッキーはどこの店がいいかなどで盛り上がってるが、行かない桐生はこっちの会話を聞いてたようで、

 「毒を食らわば皿まで、と言うでしょうに」

 と言って、嵐を震撼とさせていた。

 「ちょ、ま、それはないで、連ちゃん……」


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