四章(3)
* * *
町中に警報の耳障りな音が響いたとき、私はまずレーダーをチェックしました。
神は、異世界人と自分の世界の人間を、それぞれが放っている生命の波長の違いで区別しているそうです。今回、茉莉花の姫が用意して下さったのは、その波長を捉えるために神の力を借りて開発された特殊なレーダーです。索敵範囲は、ここを拠点に半径約千キロにも及ぶと聞いています。
これが我が家に設置されてから二ヶ月あまり。せめて、お父さんが心安らかに旅立つまでは、何事も起こらないように願っていたのに……。
「来たか」
ベットに寝たまま、お父さんが目を開けてこちらを見ていました。
「みたいだな……。この町が戦場になるなんて、今でも信じられそうにねえわ」
お母さんはそう言って頭をかくと、私のほうを見ました。
「連。やっぱりお前だけでも……」
「いやです」
困ったような顔をされても、これだけは譲れません。
「私の気持ちは変わりません。私だってお父さんのそばにいたい。のけ者なんかにしないで下さい」
「……分かったよ」
そこで私は王子様に連絡を取りました。案の定渋られましたが、元々女性には甘い人。卑怯ではありましたが、情に訴える泣き落としで押し切りました。
携帯電話から耳を離すと、私はかねてからの不安をもらしました。
「……本当に、今からやってくるコア・コルーンはあの二人だけなのでしょうか」
「? そりゃどういう意味だ、連」
「このレーダーは、異世界人がどこにいるかは分かりますが、何人いるかは分かりません。もしかしたら、この二ヶ月の間に自分たちの世界へ帰還し、大部隊を率いて向かって来ていることも……」
「いや……。それはないよ」
「何故ですか?」
ベットの隣の椅子に腰掛けると、お父さんは私の頭を大きな手で撫でてくれました。
「そもそも、なぜ彼らは二人という少人数で派遣されてきたと思う?」
「えっと……」
私が答えにつまっていると、お母さんが私の隣に座って答えました。
「彼らの目的がお前一人……いや、コア一つの探索だからだな? たかだかそれだけのために、大人数を送り出す必要はねえ」
「そうだ。時間がかかることは容易に想像がつくし、まったく未知の場所でもある。そんなところへ貴重な人材を一部隊分も派遣することはリスクが高すぎる。それなりの腕前の者に一任したほうがいい」
「それなりの腕前……。つまり、不測の事態にも自分たちで対処できる人たちだということですよね。それは、向こうの世界でかなり優秀な者たちなのではないですか?」
「ああ。だが、選ばれているとすれば、実戦にまだ出ていない学生身分の中でもっとも優秀な者だろう。実戦経験のある本物の兵士を、こんなところへ送り込んでいる余裕は無いはずだ」
そして遠い目をしました。その瞳に映っているのは白い天井などではなく、私の知らない彼の世界なのでしょう。
「……彼らは、破滅と隣り合わせで生きているからな」
「破滅と……?」
「そんな顔をするな。お前が心を痛めることはないよ、連」
物騒な単語に眉をわずかに寄せると、お父さんは苦笑しました。けれど、続けた言葉はとても悲しそうで、つらそうなものでした。
「おそらく彼らは……あの世界は、罰を受けているんだよ」
「? それは……どういう……」
「神殺しという大罪を犯した罰さ。世界と神は、切っても切り離せない表裏一体のものだった。それを私たちは殺した。神がいなくては生きていけぬというのに、その神を、他ならぬ私たち自身の手で殺してしまった。神の加護を失った世界は亡びるだけだ。だから、彼らの滅びは必然なんだよ。この世界に来て分かった」
自分の生まれ育った世界が、お父さんの家族や大事な友人たちが、滅びの道を歩んでいる。それを知らせることもできず、ただここから思うだけというのは、どれだけつらいことでしょう。
そう思う一方で、私は心の中で不安がますます膨らんでいくのを感じていました。
「ならば、お父さん。彼らがこの世界を完全に支配しようと総力を挙げて侵攻してくるということはありませんか? もしそうなら、白の君たちだけではとても押さえきれません!」
思わず立ち上がると、隣からお母さんに「どうどう」と押さえられてしまいました。
「落ち着きなさい。大丈夫だから」
「どうして言い切れるんですか?」
「今回、向かってきているのが変わらず二人だと言える根拠でもあるんだが……彼らが総攻撃を仕掛けてくることは、まずない。一時帰還して装備を整えるぐらいはしているかもしれないが、そもそもあの二人にも大事な任務を与えられたというプライドもあるだろうし……そうそう援軍は派遣されない」
「なぜ……ですか? 彼らが滅びの道を歩んでいるのなら、私たちの世界を乗っ取ろうとしてもおかしくはないはず……!」
「だから大丈夫だ。心配しなくていい」
ベットから手を伸ばし、私の肩を軽く叩きました。いつもの、安心感を与えてくれる大きな温かい手。少し、不安の雲が晴れたような気がしました。
「あの世界が滅びに向かっていることに気づいているのは、神とうまく共存しているこの世界を見た私だからだ。彼らはそんなこと、微塵も思っていないさ」
「そうなのですか?」
「ああ。私があの世界を去って十五年になるが、そこは変わっていないはずだ。なぜなら彼らに……いや、私たちにとって神を殺したということは、何よりも誇り高いことだからだ」
三人称から一人称へ。お父さんの目がわずかに輝いたことからも分かります。
やはり、お父さんは私たちとは違った世界の人なのだと。
「何者にもできぬであろうことを成し遂げたという誇り。私ですら、そのことを思えば今でも鼻が高い気がするよ。お前たちには分からないかもしれないが……」
「そうだな。まあなんとなく、としか言いようがねえな」
お母さんが苦笑混じりに言いました。
「そうだろうな。……神を殺したことを誇りにしているからこそ、なぜ今さら他の神が統べる世界へ行かねばならないのか。神の支配に異を唱え、ようやく勝ち取った自由を、なぜ捨てねばならないのか。……私たちは、そう思ってしまうんだ」
私が何を言うこともできずにいると、母が肩をすくめると皮肉を込めて言いました。
「愚かとしか言いようがないが、今回ばかりはそれに感謝だな」
「そうだな……」
そっと父が呟いたとき、曇って薄暗い窓の外が一瞬キラッと光りました。そしてすぐに訪れる微細な震動。
「ついにおでましのようだな」
窓辺に立ち、お母さんが緊張した顔で呟きました。遠くで黒煙が上がっています。
すると、ピッピッという軽い電子音が隣にある私の部屋から聞こえてきました。それは、王子様から渡された通信機器の呼び出し音でした。
「もしもし」
急いでボタンを押して返事をすると、久方ぶりに聞く白の君とイノウエ君の声がしました。その後ろで、車が走っている時の独特の音がしています。
『おう、桐生か』
『久しぶりだな!』
「ええ、二十日ぶりですか」
『そんぐらいになるかー』
間延びした声のイノウエ君を、白の君が「しっかりしろよ」という意味を込めて叩いたのでしょう。イノウエ君の「いって!」という声が小さく漏れてきました。
『時間がねえからさっさといくぞ。桐生、お前も状況は分かってんな?』
「はい。ついに彼らが攻めてきたのでしょう? そしてお二人はそれを迎撃するために出陣中——」
『ま、大げさだけどその通りだ。お前が家から動く気がないのは聞いた。気持ちは分かるし、無理に避難しろとは言わねえことにした。それでも、万が一危なくなったらちゃんと逃げ……『まーだそんなこと言ってんのかよ、和泉は!』
白の君にかぶさって、イノウエ君の呆れたような声がしました。
『さっきすっげえやる気だっただろー。なんでまたそんな弱気になってんだよー』
『弱気とかじゃねえよ! 注意! 警告! 何があるかわかんねえんだからよ』
『そんなことならないように、おれたちで守るんだろ!』
『そうだけど、ホントに万が一ってことがあるだろ? 伝えるぐらいはしとかねえと、その万が一の時、桐生だって困るだろうが』
『むー……』
思わず笑いを誘われますが、がんばってこらえます。
「コホン。分かりました。本当に命の危機となれば、私も逃げることを約束しましょう。ですが、私はお二人を信じています。必ずお父さんを守ってくれると」
『任せとけ!』
『お前も一緒に守ってやるよ!』
二人とも間髪入れず、同時に答えてくれました。特に、あとの白の君の返事は、大変心に響きました。
『それでだな。何かあったときすぐに連絡が取れるように、この通信機器は常に繋いどけってことだから。もしかしたら、オレたちの声とか爆発音とか聞こえて、やかましいかもしれねえ』
「了解しました。私のことは気にしないでもらってけっこうです」
『通信だけな!』
すかさずイノウエ君がそう言いました。一瞬虚をつかれたような気がしましたが、精一杯の感謝を込めて頷きました。
「……はい」
『まあ、オレたちにも言えることだけどな。お前もオレたちのことは気にするな。ただ、何かお前から見て気づいたこととかがあれば、遠慮なく言ってくれ』
「分かりました。では、さっそく一つだけ」
『なんだ?』
白の君の声に緊張が走ります。
「既にお二人とも分かっていることかもしれませんが、レーダーであの二人組の移動の速さを見るかぎり、何らかの飛行物体を使用している可能性があります」
『飛行物体?』
「はい。白の君のように生身で飛んでいるのではなく、どんな形かは分かりませんが、機械を使って移動しているのだと思います。父によれば、『コア・コルーンの中には、優れた跳躍力で空を飛んでいるのと同じくらい速く、自由に空中移動することができる者もいるが、本物の鳥のように空を飛ぶことはできない。何らかの補助装置が必要だ』とのことです」
『なるほどなー。じゃあまずはそれをぶっ壊すか!』
『そうだな。桐生、今みたいに気づいたこととか真さんの仮説とか、とりあえず分かったことがあったら、その都度教えてくれ!』
「分かりました。……ご武運を」
『おうよ!』
勇ましい二人の返事の裏で、ブレーキ音とドアが開く音がしました。
* * *
片側二車線の大通りに、他の車や人の姿はない。オレたちを送ってくれた運転手さんは、「お気をつけて」とだけ言い残して車をUターンさせた。薄情だと思わない気がしなくもないけど、しょうがねえよな。
「来い、オレの背に! 白の翼!」
「吼えろ、哮れ! 不知火の拳を奴らに知らしめんが為‼」
そして、オレの背には真っ白な大きな翼が、奉助の腕と足には炎のようなオレンジの光が揺らめいた。
「よかったな、噛まずに言えて」
「おう。でも、イマイチどういう意味か分かんねえんだよなー」
……まったく。ホントにこいつという奴は。
「お前といると、何か考えてるオレがまじでアホに思える」
「なんだよ、いま考えることなんて一つだろ?」
「フッ。それもそうだったな」
そして、声が揃った。
『とにかくあいつらをぶっ飛ばす!』
タイミングよくと言うかなんというか、ちょうどオレたちが見上げる目の前の空に、金髪とピンク髪の例の二人組が現れた。
「行くぞ! まずはあいつらから羽を奪って、地面にたたき落とす!」
オレは銃を構えると、曇天へ飛び立った。
「おっしゃあ!」
奉助は地面を陥没されるほど勢いを付けて跳躍、パチンコ玉のように道路の両側のビルを蹴りつけながら、あっという間に上空までたどり着いた。




