四章(2)
「久しぶりだな、お前らあ!」
「おかえりー!」
オレと奉助は教室に入った途端、クラスメートに取り囲まれた。なんか、二ヶ月間の留学に行ってたことになってるらしく、牧ノ宮先輩たちにそれっぽい土産を持たされた。
「すっげえ楽しかったぞー」
「ほら、みやげだー! たくさん食べろー!」
『うおお! 太っ腹ぁ!』
節分の豆まきよろしく、個包装の菓子をばらまく。
「久しぶりだね。相川くん、和泉くん!」
「ラッキー!」
イエーイとそれぞれハイタッチ。やべえ、思った以上に懐かしさを感じる。
「元気やったか、和泉」
「嵐。おう、なんとかな。お前らのほうは? ……って、これ見てたら特に何もなさそうだけどな」
「せやなあ。文化祭準備のあの日に比べたらぜんっぜん、平和やったでー。体育祭で一位とったぐらいやな」
「そりゃすげえな。で、桐生は? 来てねえのか?」
一瞬、嵐とラッキーが顔を見合わせた。こっちが事情を呑み込めないで「?」を頭の上に浮かべていると、ぐいっと廊下に連れ出された。
「実はここ一週間ぐらい来てないの。いや、来れないと言ったほうがいいのかな」
ラッキーがこそこそとオレたちの耳元で囁く。
「来れない? なんで?」
「お父さんがいつ死ぬか分からないからだって」
「う————モガモガ……」
そんな話、一言も聞いてなかったんだろうな。たぶん「うそだろー⁉」って叫びたかったっぽいけど、それを予想していた嵐がすぐに口を塞いだ。
「和泉くんは知ってたの?」
「あー。それらしいことはチラッと……。でも、そこまで悪くなってたのか」
「うん。私と嵐くんは、毎日ノートとか届けるついでにお見舞いしてるんだけど、なんか、変だった」
「変?」
「ああ。普通、死にそうな人って痩せ細っとるやん? けど、真さんは違た。声もまともに出えへんで、動きも鈍いのに、パッと見た感じ、体は健康な人間そのものなんや」
「え、あのムキムキ状態ってことか?」
二人とも神妙な顔で頷く。
「マジでか……?」
「そっかー。そんなに危ないなら、おれたちも見舞いに行ったほうがいいよな? そんで、おれたちこんな修行してきたんだぜー! っていう報告もついでにしようぜ!」
「だな。じゃあ今日の放課後とか……」
オレが両手を頭の後ろに回した時、警報が鳴り響いた。
ウゥ〜〜……ウゥ〜〜……。
「な、なんだなんだ⁉」
オレと奉助がわたわたとしている横で、ラッキーと嵐は焦ったようにお互いの顔を見た。
「これって、もしかしてアレかな?」
「もしかしなくても、アレしかないやろな!」
「なんだよ、アレって!」
「ええから早よ教室入れ! あとから指示が……」
そのとき、警報の音に紛れるようにして、スピーカーから怒鳴り声が響いてきた。
『相川奉助、和泉翼! 両名ともいますぐ生徒会室へ来い! 繰り返す! 相川奉助、和泉翼……!』
「牧ノ宮先輩⁉ なんだよ、いったい何が起きてんだよ⁉」
「分かんねえけど、とにかく行ってみようぜ!」
生徒会室はこの一般棟の六階だ。
「気をつけてねー!」
「無茶するんちゃうで、二人とも!」
後ろでラッキーと嵐がそう叫んでた。……もしもーし。イヤな予感しかしないんですけどー?
「失礼します、牧ノ宮先輩! 相川と和泉、来ました!」
生徒会室のドアをバンッと開けると、中では新役員の人たちがバタバタと走り回っていた。そこに先輩の姿がないので、戸惑う。
「あり? 牧ノ宮センパイは?」
「さあ……?」
「こっちだ、二人とも!」
ドアが開いていた隣の会議室から先輩の声がした。
会議室を覗くと、ドアに口をあけてコの字型に長机が並べられていた。先輩は校庭側の窓に手をつきながら、オレの目玉が飛び出すようなことを言った。
「いいか、例の二人組がもうすぐやってくる」
「っ、はああ⁉」
二人で先輩に向かって一目散に詰め寄った。思いっきり両手を机に叩き付ける。
冗談じゃない、いきなりすぎる! 心の準備できてねえよ!
「い、いったいどういうことなんですか!」
「なんでそんなこと分かったんっすか⁉」
「……実は、桐生の両親の許可を得て、彼女の家に愛莉が用意した異世界人を探知するレーダーを設置しておいたんだ。それが、つい先ほど反応を示した。この警報は、一般人を避難させるために用意したものだ、あの力で町中好き勝手に暴れられたら、さすがに庇いようがない」
「なるほど〜」
「つか、なんで今なんですか」
「さあな。もしかしたらコアの在り処を特定したのかもしれんし、元々目を付けていたお前たちの居場所を掴んだのかもしれん」
「うそぉ……」
思わず頭を抱えたオレに、さらに先輩は追い討ちをかけてきた。
「突然で悪いが、お前たちには迎撃に向かってもらう」
「えっ⁉」
「待ってましたー‼」
怯んだオレと対照的に、奉助は両拳を上へ突き上げた。
「お前! ちょっとは焦れよ!」
「なんでだよ。アレだろ、ついに修行の成果を見せるときが来たな? ってやつだろ?」
来たな? ってドヤ顔してんじゃねえよ!
「怖いか、和泉」
「! そ、そんなわけないじゃなくないですか?」
「どっちだ」
「おっしゃるとおりで」
至極真っ当な先輩のツッコミに、オレは頭を下げる。
「怖くて当然だろう。だが、お前たち以外に奴らと渡り合えるものはいない。他人任せでなんとも情けないと思うが、お前たちにがんばってもらいたい」
先輩の言葉だけじゃなくて、顔が悔しさを物語っていた。
……オレだって、分かってる。分かってるから、今まで修行してきたんだ。
「大丈夫ですよ。やらないなんて言いませんから」
「そうか。すまん、ありがとう」
ワガママを言った気恥ずかしさやら、礼を言われて照れくさいやら、ムスッとした顔になってしまった。
「そういえば、桐生はどうするんだ? あいつも一応、戦士じゃん」
「でも、体張って直接相手と戦りあうような修行してたか?」
思い出したように言う奉助に、オレも疑問を口にする。先輩は途端に渋い顔になった。
「桐生には、避難場所から通信でお前たちに指示を出してもらう……はずだった」
「だった?」
「警報は町中に流れるようになっている。警報が鳴った直後、桐生からすぐさま連絡があってな……」
『父が死の淵にあります。私たち家族がずっと暮らしてきたこの部屋で、静かに最期を迎えさせてやって下さい』
そう懇願してきたのだと言う。
「じゃああいつは一番危ないところから動く気がないってことですか⁉ あの二人組が真さんのコアを狙ってるなら、桐生の家が一番危険ですよね⁉」
「ああ、そうだな。本当はおとなしく避難してもらいたいんだが、和泉の言う通り、敵の狙いが桐生の父親である以上、彼の避難先が危険になる可能性も危惧される。それを利用しようにも、危篤の人間に無茶はさせられんし……」
「なに考えてんだよ! そりゃ言いたいことは分かるけどよー!」
思わず頭をかきむしった。
あいつだってあの二人組がどれだけヤバいか知ってるはずだろーがっ!
けど、奉助はあっけらかんとオレの背中を叩いた。
「大丈夫だって! おれたちが守ってやればいいだけじゃん」
「そういう問題か⁉ だいたい、そんなこと簡単に言うなよな。桐生が避難しないってことは、あいつのことを気にかけながら戦わなきゃいけねえんだぞ? 絶対、背後っつーか周り? を気にせず戦えたほうがいいだろ。だから桐生にはなんとか避難を……」
「え、なんで?」
「は? 何が?」
きょとんとした顔で首を傾げる奉助の言ってることが、一瞬本気で理解できなかった。
「『戦士にもっとも必要なのは、何かを守りたいという意志だ』ってじいちゃんが言ってたぞ。だから、桐生にはいてもらったほうがよくねえ? あー、もちろん桐生が避難したいって言えば別だけどさ」
「いやいやいや。マンガじゃねえんだから……。必要なのは、どっちかっつーと、絶対勝つぞっていう気持ちだと思うんだよな。勝ったら生きる、負けたら死ぬ的な戦いなんだぞ? オレは死にたくない」
「おれだって死にたくねえよ」
「だろ? だから考えてもみろって。あの二人組は普通に建物とか道路とかバッキバキに壊せるんだぜ」
「おれたちもできると思うけど」
「〜〜それはおいといて! オホンッ。そんな化けもん相手に戦わなきゃいけねえのに、あそこには桐生がいるから〜なんて悠長なこと考えてられるか? できるわけねえだろ。何の遠慮もなく、誰に気兼ねすることもなく、戦えるほうがいいに決まってんじゃねえか。オレたちはたった二ヶ月の修行しかしてないんだ。勝つことに、死なないようにするだけでいっぱいいっぱいになることは目に見えてんだろ!」
「そんなの分かんねえじゃねえか! だいたい、そういう余裕がないときこそ、周りを見るようにしなきゃいけないんじゃないのかよ!」
「現実的に考えろ! そんなの無理に決まってんだろうが!」
「やれるって! ビビってんなよな!」
「ビビってんじゃねえよ! 無理なものは無理だから無理だっつってんだよ!」
「無理じゃねえ!」
「無理だ!」
「無理じゃねえ!」
「むり……「いい加減にしろ、貴様ら!」
互いの胸ぐらを掴まんばかりに言い争っていたオレたちの頭に、牧ノ宮先輩の怒号とともに鉄拳が一発ずつ落ちた。
「「いっでえ⁉」」
涙目のオレたちを先輩が一喝する。
「そんな下らん口論に時間を割いている余裕がないことも分からんのか⁉」
「「でも……「でもではない! 和泉翼!」
「ハイッ⁉」
自分でも驚くような裏返った声が出た。自然と背筋も伸びる。
「お前は今まで何のために修行をしてきたんだ?」
「あ、あの二人組をぶっ飛ばすためです!」
「そうだ。忘れてなくてなによりだ。勝つことも死なないことも、後回しだ。とにかく、まずあの二人組をぶっ飛ばせ。簡単だろ?」
「簡単に言いすぎですよ……」
ちょっと肩の力が抜けた。先輩はフンッと鼻から荒い息を出して言った。
「それぐらいのほうが無駄に気負わなくていいからな。少なくとも、私が前線に立つならば、それぐらいに目的を簡略化する。ごちゃごちゃ考えるのは、戦場の雰囲気に慣れてからでも遅くはないだろうからな。……ついでにもう一つ、なぜあの二人をぶっ飛ばす必要がある?」
「え? えっと、それは、あいつらが真さんを狙ってるから……です」
「そうだな。あの二人組は、桐生の父親が持つコアを手に入れるために、何をしてくるか分からない。神の戦士であるお前たちが守ってやらないとな」
「当たり前じゃないですか!」
力を込めて答える。そう、それがきっかけなんだから。
「では、桐生のことも守ってやれるな?」
「当然! ……って、あれ?」
勢いで頷いたけど、今なんかおかしくなかったか? あれ?
「なんだ、和泉。お前は桐生に危篤の親のそばを離れろというのか?」
「えっ⁉ いや、そんなことは言いませんけど……」
「あの二人は桐生の父親を狙っている。そのそばには桐生本人がいる。お前は桐生の父親を守ると言った。つまり、桐生も守るんだろ?」
「そう、そうっすっけど……。でも……あれぇ? 何の話をしてたんだっけ?」
だんだん頭が混乱してきた。
「お前が桐生を守るか、守らないかの話だ」
「! 守るに決まってるじゃないですかっ! 怪我の一つもさせねえ!」
とっさにそう言いきると、先輩はニッと笑った。
「またずいぶんと、大きくでたな」
…………んん?
「言葉は口に出すことで力を持つようになる。決してその誓いを破らないことだ」
…………なんか、先輩のいいように問題をすり替えられたような気がするんだが。いいのか? いいのか?
「返事はどうした、和泉」
「は、はい! 絶っっ対桐生も真さんも守ります!」
慌てて返事をすれば、先輩は一瞬怪訝そうな顔になった。え、なんかオレ間違えた?
「ま、その意気だ。しっかりやれ」
「はい!」
先輩が軽くオレの肩を叩いた。気合い十分の声でそれに答える。
そして先輩は、オレのとき以上にきつい目で奉助を睨んだ。その迫力に、さしもの奉助も体を固くした。
「相川奉助。やる気があるのは結構だが、これはゲームじゃない。分かっているのか?」
「わ、分かってるよ! あ、分かってます!」
慌てて言い直す。
「リスタートもないし、セーブもできない。何より、持っている命は一つだけだ。やり直しはできない。気を抜けば死ぬんだ」
「大丈夫っすよ! ちゃんと修行したし!」
奉助の裏表のない笑顔は、これからの戦いを楽しみにしていると言わんばかりに輝いていた。それを見て、先輩はさらに眉間にしわを寄せた。
「それだ」
「へ?」
「お前の態度は軽すぎる。真剣味が足りない。楽天的にもほどがある。ゲームじゃないと、本気で分かっているのか?」
奉助が少し目を伏せた。ほんのわずかな間、沈黙が降りた。警報がまだ鳴ったままだったことにようやく気がついた。
「……分かってるよ」
今度は言い直さなかった。
「あいつらがどんなにヤバくて怖い奴らかなんて、戦ったおれたちが一番よく知ってるんだ。でも」
そして顔を上げた奉助は、笑っていた。
「「!」」
オレと先輩の体に、電気にも似た衝撃が走った。
「だからおもしろいんじゃん」
「おもしろい……?」
「そう。敵うか敵わないか、ギリギリの相手と自分の生身の体で戦うって、すっげえわくわくしねえ? 『おれ戦ってる‼』っていう感覚。普段じゃ絶対に味わえない、あのどくどくの感覚。マジで最っ高」
(独特、だろうが)
我知らず、苦笑が零れた。いきなり奉助が見知らぬ人になったような気がしたけど、安心した。やっぱり奉助は奉助だ。
「すっごくやばい。いますぐ戦いたい。そして今度こそ、あの女に勝つ!」
グッと顔の前で右手を握る奉助。目が爛々と輝いていた。
それに感化されたのか、オレも熱くなってきた。不安のドキドキが楽しみのワクワクに変わってきている。なんでかな、オレならやれるっていう気がしてきた。
「……全ての生物が生き残っていくために持つ闘争本能、欲求。戦士というのは、それをこうも引き出すのか……」
牧ノ宮先輩が何か言ってたけど、昂揚感に酔っていてよく聞こえなかった。
「何も心配しなくてよさそうだったな」
フッと笑うと先輩は手を叩いて、オレたちの意識をこの場に引き戻した。
「その身に、その魂に、刻まれた闘争本能。それに抗うことはない。奴らを相手に存分に暴れてこい。もうすぐうちの車が来るはずだ」
「はい!」
そしてドアから飛び出して行こうとしたオレと奉助の背に、「ただし!」という先輩の鋭い声が突き刺さった。
「これだけは言っておく。二ヶ月前、お前たちは桐生の父親に『桐生を泣かせたら、ここにいる全員が許さない』と言ったな。今、私も同じことを言おう。お前たちに何かあっても桐生は必ず泣く、それを忘れるな。桐生を泣かせたら、私がお前たちを絶対に許さん! そう思えっ‼」
オレと奉助は一瞬だけ顔を見合わせると、振り返って答えた。
「「イエッサー!」」




