三章(4)
* * *
帰りの車の中は、行きと比べて静かなものでした。私たちが聞かされたことを考えれば、当然のこととも言えるでしょう。特に、異世界人の再襲に備えて力の制御を覚えるために修行するべきだと言われたイノウエ君と白の君は。
修行場所や方法は茉莉花の姫(注:住吉先輩を指す)が用意して下さるようですが、親になんと説明したものか。そもそも、いきなり戦えと言われても納得がいかないのでしょう。私たちは異世界人の目的も知らず、こちらが戦う理由もはっきりしないからです。
ちなみに私も神から力を与えられた戦士ですが、どう考えても鍛えようがなく、戦闘向きとも言えないので修行に関しては特にお声はかかりませんでした。
茉莉花の姫の家から四十分も走れば、私のマンションです。
「今日はいきなり呼び出してすまなかったな。ゆっくり休んでくれ」
「いいえ。送迎のお車まで出していただいて、こちらこそすみませんでした」
「じゃあね、連ちゃん」
「はい。また」
車のドアが閉まり、静かに走り去りました。それを見送って、私は五階にある自分の家へ帰りました。今日の話は、お父さんとお母さんには黙っておくのが吉だと思いながら。
「お帰り、連」
「ただいま帰、り……」
挨拶は中途半端なところで消えました。それほどまでに、我が家の中は粛々とした雰囲気だったのです。
「連」
玄関からまっすぐに見えるリビングのソファに横たわって、お父さんが私を手招きしています。
「……もしかしてお父さん、天への梯子が見えたりしたんですか……?」
昨日家に帰ってきたとき、お父さんは意識不明瞭の状態でベットに寝ていました。真夜中までには体を起こせるぐらいまで回復していたので、今日は王子様のお誘いを受けたのですが……。
「いやいや。まだ死神の声も聞いちゃいないよ」
お父さんは笑いましたが、以前ほどの快活さがありません。そろそろ本当に覚悟したほうがいいかもしれませんね。
……こんな風に冷酷なほど冷静でいられるのは、私が『不動天女』だからでしょうか。それとも、私がお父さんのことを本当は慕っていないからなのでしょうか。
「実はな、連。お前に話しておきたいことがあるんだ。私の口から、直接」
「話しておきたいこと?」
「ああ。彼方ともよく相談したんだが——」
なんでしょうか。お父さんとお母さんのなれ初めは何度も聞いたし……。そういえば、お父さんの過去は聞いたことがないかもしれません。それでしょうか。
それはピンポイントで正解でした。ただし、私の予想をはるかに超えたものでしたが。
「私は、この世界の人間ではないんだ」
「……え?」
「私は、昨日お前が会った奴らと同じ世界から来た異世界人なんだ」
手からかばんが滑り落ちて、鈍い音を立てました。
「……それは……本当、なのですか……?」
「すぐには信じられんだろう。今まで黙っていてすまな……「お父さん!」
お父さんもお母さんも、少し驚いたように私を見ました。そういえば、私が声をあげることってそうはありませんでしたね。
「ど、どうした、連」
「……コホン。つまり、お父さんはあの二人の正体や目的が分かるのですか?」
「ああ。だいたい察しはつくが」
それを聞くや否や、私は落としたかばんの中から携帯を取り出して王子様に連絡しました。今ならまだ、そのあたりを走っているはずです。
「な、なんだ。いきなりどうしたっていうんだ、連」
「お父さん、お母さん。その話は、私だけが聞く話ではありません」
「? それはいったいどういう意味だ?」
「他にも聞くべき人がいる、ということです。なぜなら、私たちは彼らと戦うために、神から力を与えられた戦士なのですから」
お父さんたちが唖然としている間に、私は王子様にそのことを伝え、「すぐに向かう」という返事をもらいました。そして王子様たちが着く前に、慌ただしくお父さんたちに戦士のことを説明したのです。
* * *
夜九時。オレは自分の部屋のベットに横になっていた。十年以上住んだ家の天井は、新築のころよりもずっと黄ばんでしまっている。
(今日一日で、いったいオレはどれだけの真実を知ったんだろうな……)
それも、平々凡々な生活をしている奴なら絶対に知ることのない世界の真実だ。
今日の夕方、もうすぐオレの家に着くってところで誰かから電話を受けた牧ノ宮先輩は、いきなり車を反転させた。向かった先は桐生の家。そこでオレたちは、自分たちのぶっ飛んだ力の正体を聞いた時と同じくらい、衝撃的な話を聞かされた。
「私たちの先祖は、遠い昔に神を殺した」
そんな風に異世界人・桐生真さん——本名はマカオート・ウレイセスというらしい——は口火を切った。
「その事実はまったく歪まず、子孫にまで語り継がれている。故に人間同士で争うことはなく、この種族としての凄まじい結束力は急速にして巨大な発展を促してきた。些細なもめ事も、仲がいいことの証のようなものだったよ。……環境が異常をきたし、人類絶滅の危機にさらされても」
「っ⁉」
「え、はあ⁉ なんだそれ、人類滅亡⁉」
「ああ。……いや、むしろこれは、第二の、人類が力をあわせて乗り越えるべき課題だという、傲慢とも呼べる考えすら広がっていた」
オレたちの驚きに反して、真さんは淡々としていた。焦りも憤りもない。
「……いったい、何があったのですか。我々は、そのようなこと、映画やマンガの中でしか聞いたことがない」
「残念ながら、原因は今も分かっていない。確かなのは、突如爆発的に広がった有機物毒素によって世界は汚染され、人類は特殊なドームの中に立てこもることでようやく生き延びることができたということだ」
「特殊なドームってなんだ?」
奉助が身を乗り出して話を聞いている。授業中でもそんなことないのに。そう言うと、あいつはこう返事してきた。
「だってあいつらのことだろ? 敵と戦うにはまず敵を知ることから始めよってじいちゃんが言ってたし」
真さんは真面目な顔で頷いた。オレとしては、お前のじいさん何者だよって感じなんだけどな。
「特殊なドームというのは、リドランジウムというあの世界にしか存在しない鉱石で建てられたものだ。その鉱石だけが毒素に侵されていなかったから、人類は自分たちの周りにその鉱石を積み上げて、外から毒素が入るのを防いだんだ」
「へー」
「科学者たちはその石の研究を進める一方、除染の方法も探し続けていた。……もっとも、その方法が発見される頃には、ドームの外にとんでもない怪物がいることも分かったんだがな」
「とんでもない怪物?」
「毒素に汚染された世界に適応し、突然変異を遂げた動物たちだ」
「うえっ⁉」
「あ、あの、それってドラゴンとかケルベロスみたいなものですか?」
不謹慎なのは分かっているが、こういうファンタジックな話で『怪物』とかなると、どうしても聞かずにはいられないオレたちサブカル世代。
真さんはちょっと困ったように笑った。
「私たちは単純に害獣と呼んでいたが、この世界の人に分かりやすく説明するなら、そんな感じで大丈夫だよ」
「おお……!」
オレたちはちょっとどよめいた。繰り返し言うが、不謹慎は重々承知なんだ。でも、純粋にちょっと見てみてえ。
「除染を進めるためには、害獣を討伐する必要がある。そのために用意されたのが、コア・コルーンと呼ばれる兵士だ」
「コア・コルーン⁉」
聴衆七人の中で声をあげたのは、オレだけだった。
「知ってるの、和泉くん」
「あ、ああ……一応」
「なんで知っとるんや、和泉」
「昨日、女のほうが言ってたんだよ。『お前たちは怪しい。なのに計器はコア・コルーン反応を示さない』って。そういや奉助、お前も聞こえてたんじゃねえのか?」
「え、覚えてねえ」
まあ、オレにしても、よく覚えてたよなーって感じだしな。
「では……なんだ。奴らはお前たちの戦士としての能力を、コア・コルーン反応とやらと誤解していたと? ならば、あいつらはコア・コルーンを探していたのか?」
「ほぼ、間違いなく」
牧ノ宮先輩が一人呟いたことに、真さんは肯定の言葉を返した。
「それじゃあ、あの人たちが探しているコア・コルーンというのは、お父さんのことなんですね」
異世界から来た人間が探している異世界の兵士。そんな人は、オレたちの目の前に座っているこの人しかいないだろう。
はたして、真さんは頷いた。
「ああ。彼らが探しているのは私だろう。心当たりもある」
「コア・コルーンというのは、どんな人のことを言うのですか?」
桐生が身を乗り出す。
「……こういう人間のことだ」
真さんが静かにシャツを脱いだ。
「いっ⁉」
「ええっ⁉」
「な、なにそれ⁉ どうなってんの⁉」
真さんの鍛え上げられた逞しい胸には、青い鉱石が埋め込まれていた。
「この鉱石がリドランジウムだ。人に埋め込まれたものをコアと呼んでいる。あの世界のほとんどの人間がこんな状態だ。そして、日夜害獣と戦っている」
彼方さんを除いて、誰もがこの異様な光景に言葉が出ない。
「……なんなんですか、それは。どうしてそんなことになっているんです」
住吉先輩の不思議な力をよく知っているせいか、牧ノ宮先輩は立ち直りが早かった。
「リドランジウムは生命エネルギーを吸収し、人体に様々な影響を与える。研究が進んだおかげで、安全かつ確実に、私たちは能力を発現し、行使することができるようになった。だから私たちはドームの外でも毒素を恐れることなく、数千種もいる害獣たちと対等に戦えている」
「能力……」
「そういえば、昨日の女のほうだけど、腕が黒く変色してた。すっげえ固くって、パンチも痛かったし、蹴りを防がれた時も鉄を蹴った時みたいに足が痺れたんだよな」
「オレが見た男のほうは、手の平からビームを出してたぞ。……そういや、あのとき青い光が見えたよな。それを見たらあいつら、血相変えてどっか行ったんだったな」
「ああ、それは私だ」
まさかすぎる返答に、オレはやや取り乱した。
「え、そうなんですか」
「私もコア・コルーン反応計器というものを持っていてね。まさかこの世界で、それも連のいる学校で反応があるとは思わなかった。コア・コルーンの能力は全て攻撃性が高いからな。連に何かあっては遅いと思ったら、居ても立ってもいられなくなってね。だから彼方に無理を言って、街の北にある山まで連れて行ってもらった」
「? なんで場所を移動したんですか?」
「彼らが探しているのは私……いや、正確に言うなら、私のこのコア——リドランジウムだ。これは、コア・コルーンが死ぬとその体から取り外され、別の人間に埋め込まれる。リドランジウムはべつに無尽蔵にあるわけではなく、リサイクルなんだ。異世界から戻ってこない私の生死はともかく、コアだけは回収しなくてはならない。そうしないと、次に引き継ぐコアがひとつ足りないことになるからな」
「……なるほど。それが先ほどの『心当たり』ですか。そう言う理由があるから、奴らはコア・コルーン反応とやらを気にしていたんですね。その反応がある場所に行けば、コアがあるはずだから」
「そうだ。この家で私のコアを発動しては、この家が破壊されてしまう。だから、彼方には面倒をかけたが、山まで移動したんだ」
「…………あの、お父さん」
深く息を吐いた真さんに、心なしか顔を青くした桐生がおそるおそる呼びかけた。
「ん? なんだ、連」
「昨日、お父さんが倒れたのは、コアを発動させたせいなんですか? コアが生命エネルギーを吸収するなら、お父さんは……お父さんの体はもう……」
全員ハッと息をのむ。真さんは微笑を浮かべると、桐生の頭を優しくなでた。
「大丈夫さ」
「! でも……」
「この世界に来てからは、今まで一切能力を使わなかったせいだろうな。久々すぎて体に堪えただけだよ」
「……本当、ですか?」
「もちろんだよ。お前たちを遺して、そう簡単にはくたばらんさ」
桐生の顔は晴れない。真さんの手を握ったままだ。
「心配性だな、連は」
「そりゃ心配もしますよ!」
真さんの苦笑混じりのセリフに身を乗り出して返事をしたのは、なぜかラッキーだった。さらに、ラッキーは背後から桐生に抱きついて、一気にまくしたてた。
「だって真さんは連ちゃんのお父さんじゃないですか。血の繋がりがあろうがなかろうが、もう十年以上ひとつ屋根の下で暮らしてきたんでしょう? じゃあもう立派な家族で親子ですよ。なーんの気兼ねもいらないじゃないですか。子を心配するのは親の特権じゃないです。家族の心配をするのが家族の特権です! 連ちゃんを泣かせたりしたら、私が許しませんっ!」
オレたちが口を挟むヒマなんてなかった。
一拍あいて、彼方さんがプッと吹き出した。
「ハハッ。言われっちまったな、真。どうする? 連を泣かしたら許さないってさ」
「だが……私は大事なもののために命をかけるよう訓練した兵士だ。その私が戦わず、自分の娘やその友人たちを戦わせるなど、私にはできない。そもそも彼らの狙いは私なんだ。私が戦うのが筋というものだろう?」
「「却下ぁ‼」」
間髪入れず、オレと奉助は叫んだ。ハモったことにお互いびっくりした顔を見合わせたが、そんなもんは後回しだ。
「あいつらとはオレたちが戦います!」
「おっちゃん病気なんだから無理すんなよな!」
「だいたい、なんで真さんが戦うの前提になってるんですか!」
真さんは面食らったようだった。
「そ、それが道理というものだからだよ。彼らがこの世界へやってきて、能力を行使した原因は私にある。ならば、君たちが危険な目にあった原因は私だということだ。その責任を私は取らなければならない」
「「違ぁーう‼」」
あ、またハモった。
「おっちゃんが責任感じる必要ないだろ! あいつらが勝手にやって来て勝手に暴れてんだから!」
「オレたちは神から力を与えられた伝説の勇者的なやつだから、絶対戦わなきゃいけないもんなんです!」
「これからがんばって特訓もするしな!」
「そうです! だから大丈夫です!」
「だ、だが、コア・コルーンは物心ついた時から戦いの中に身をおいている。そもそものスタートラインが違うんだ。一朝一夕の修行などでは、勝てない」
真さんは譲る気なんてないようだ。でも、こちらとて引けない。
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃないですか!」
「おれは強いから勝てる! つーか、勝つ! あんな負けっぱなしみたいなのとか、性に合わねえし!」
「真さんも父親なら、娘を悲しませるようなことをするな! 喜ぶことをしてやれ!」
娘という単語は、真さんに大きく響いたらしい。
「……無理な戦いに参加せず、連や彼方と平穏に暮らせと言いたいんだね」
「そうだ!」
体が熱い。体の中、心の奥が燃えているみたいだ。こんな昂揚感は初めてだ。
「若いやつに任せて、真さんは休んでたらいいんだって。桐生はそうしてほしいって言ってんだからよ! ラッキーだけじゃねえ。桐生を泣かせたら、ここにいるオレたち全員があんたを許さないからな!」
今や、おれは真さんの胸ぐらを掴みかねない勢いだ。分かっていても止められない。この熱く滾る炎は、何ものにも消せやしない。
「大事な人の大切な人が狙われている。そんなこと絶対にさせねえ! 必ず守ってやる! オレたちは絶対に勝つ‼」
言い終えた時には、ハーハーとすごく息が切れていた。深呼吸をして息を整えると、オレは牧ノ宮先輩のほうに振り返った。
「先輩、一日も早い修行をお願いします! オレは、強くなりたい!」
「……分かった。できるかぎり早く手配しよう」
「お願いします!」
待ってろよ、異世界人ども。すぐにお前たちをそっちの世界へ叩き返してやるからな!




