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三章(3)

 次の日、オレたちは牧ノ宮先輩が寄越してくれた車(なんとベンツ!)に乗って住吉先輩の家にお邪魔していた。家っつっても、連れていかれたのは道場みたいな板張りの広い部屋だったんだけどな。

 「今日お前たちを呼んだのは他でもない。昨日の妙な出来事について話すためだ」

 オレ、桐生、奉助、嵐、ラッキーを順に見回す牧ノ宮先輩。

 「それはなんとなく分かってましたけど、オレらだけですか?」

 嵐の疑問はもっともだ。全校生徒が体験したのに、なんでオレらだけ?

 「私の言う『妙な出来事』には二つ意味がある。一つは、謎の二人組による襲撃そのもの。もう一つは、和泉翼と相川奉助の二名に現れた常人ではありえない現象についてだ」

 「え、奉助にも何かあったんですか?」

 オレの場合は誰の目にも明らかだ。この世界のどこに、背中にゲームの天使みたいな羽を生やす人間がいる。だが昨日、じっくり見れたわけではなかったが、奉助には特に変化があったようには見えなかった。

 「雲崎たちの話では、相手は素手で地面に穴をあけ、オーラをまとった二人を易々と殴り飛ばしたらしい。荒事に関して実力もあるあの二人が骨を折るほどの重傷を負っている一方で、相川が擦り傷しか作ってないのはおかしなことだろう?」

 「……コイツの生まれつきの頑丈さが、とかでは片付けられんのですか。それは」

 「分からん。とにかく昨日、和泉翼の常人ではない姿を目撃したのはお前たちだけだからお前たちを呼んだのだ。指示を聞かずに飛び出した春野由宇たちと被害状況を確認していた私以外の者は、教師の引率で廊下に避難していて目撃していないからな」

 「なるほど」

 生徒は全員一般棟の自分たちの教室に戻るよう言われていたし、円形の一般棟の廊下には窓がないから目撃されるはずがないか。

 「つまり、王子様たちは白の君に起こった不可思議なことについて何らかの説明ができるということですね?」

 桐生が再確認するように尋ねれば、先輩は鷹揚に頷いた。

 「それで……私が一番気になっていたのは、住吉先輩のその格好なんですけど……」

 ラッキーがしげしげと住吉先輩を見つめる。先輩は白いドレスを着て、なかなか凝った拵えの木製の椅子に腰掛けていた。板張りの和風な部屋だけに、とても不釣り合いだ。

 「これはね、住吉家の女の正式な衣装なのよ」

 ベールの下で住吉先輩は苦笑したらしい。らしいってのは、何枚も重なった白いベールが完全に顔を覆ってしまって見えないから、声の調子で判断するしかないからだ。顔だけじゃない。ドレスは首から指先、足下まですっぽりと先輩の全身を覆っていて、一切の素肌はオレたちに晒されていなかった。

 「愛莉の家は『神降ろし』という技術を持つ家でな。お前たち、イタコというものを聞いたことがあるか?」

 「タコの仲間?」

 牧ノ宮先輩の問いかけに真っ先に答えたのは、食い意地の張った奉助だった。

 「霊媒師のことですよね」

 さらりと奉助を無視して桐生が正しい答えを言う。

 「まあそうだ。東北地方で主に呼ばれているが、先祖の霊などを呼んで霊の言葉を自分の口で伝えることができる巫女のことだ。愛莉の『神降ろし』も似たようなものだが、その身に降ろすのは霊ではなく神だというところが大きな違いだ」

 「へ?」

 全員の口から間抜けな音が漏れる。え……マジで?

 「嘘くさく聞こえると思うけど、本当なのよ」

 やっぱり苦笑気味な住吉先輩。かと思えば急にいたずらっ子みたいな声で、

 「世界百五十カ国に同じような人たちがいてね、歴史もある超巨大組織なのよ」

 と言った。

 「……コホン。一口に神と言っても、色々いらっしゃると思うんですが」

 非現実なことを聞かされて混乱する中、桐生の立ち直りが一番速かった。

 「もともと神様は一人——ひとりって数えていいの分かんないけど——しかいらっしゃらないわ。それが、時代や地域など様々な視点から捉えられて、八百万どころか数千万種類の神様が生まれたってわけ」

 「へえ〜。そうなんだあ」

 「なんかすっげーなー」

 オレも含めて、感心の声を漏らす。あんなことでもなかったら、こんな素直に話を聞けなかっただろうなって思いながら。

 「時間もない。あとは神に直談判だな。愛莉」

 「はいはい」

 住吉先輩が体の前で手を組む。全員が息を止め、一切の物音を立てずに見守る。

 先輩の声はまったく聞こえてこないが、辺りに異様な——だが物々しい感じはせず、むしろ洗練された——空気が部屋を漂う。

 ふいに住吉先輩から高くもなく低くもなく、とても穏やかな声がした。

 『はじめまして、と言うのでしょうか。小さな輝く子供たち』

 たとえるなら、赤ん坊に無条件で安心を与えてくれる母親の子守唄のような。ひたすら温かく、慈しみに満ちた声だった。

 「え、えーとー。その……神さま? ですか?」

 『ええ。私は、貴方たちが生まれ、これからも育つであろうこの世界を統べる者です』

 本能で分かる。今オレたちの目の前にいるのは、オレたちの理解を超えた『とんでもなくすごい存在』(曖昧で分かりにくい言葉で、ごめん)だと。

 だから、みんな萎縮して何も言えない。聞きたいことは色々あるのに、言葉が出ない。

 『私は』

 オレたちが何も聞けず、動けもしないことが分かったのか、神様から話しかけてきた。

 『この世界の全てを知っています。誰がどこで何をしてどんなことを思っているのか、全て知っています。その中で、貴方たちの時間感覚でいう昨日、不可思議なことが起こりました』

 「……貴女様でも不可思議だと思うことが起こりうるのですか」

 『ありますよ。私と関わりがない生物、事象に関しては私にも理解できないのです』

 「しかし、先ほどは全てを知っていると仰っていませんでしたか?」

 『一から説明しましょう。分かりやすいようににんで数えますが、まず貴方たちが『神』と呼ぶ存在は、私を含めて101人います。そしてもう一人、私たち101人の上に立つ方がいらっしゃいます。私たちに名前はありませんが、便宜上この方を『大神おおがみ』と呼びましょう。『大神』が私たち101人の『神』を管理し、101人の『神』が原則として一人につき一つの世界を管理しています』

 ゆっくりと紡がれる言葉を急いで理解しようと努める。奉助も今日ばかりは頭から煙を出さずがんばっている。

 「つまり、この世界の他にあと100個世界があるってことですか?」

 『そうです。世界の管理方法は、その世界を管理する神によって様々です。全ての創造物がひたすら自分に服従することを好む『神』もいれば、人口の増減も作物の実り具合も全て自分で支配する『神』もいます」

 「それでは、貴女様はどうなのですか。現在を生きている私どもは、一度たりとも神がいると信じたことがございません」

 『私は基本的に放任主義をとっています。今在る世界の始まりを創造した後は、全ての生き物の生死にも関わっていませんし、天候も含めた全ての事象に干渉したことはありません。……そう、唯一の例外を除いて、私はいつも眺めるだけでした。私が最初に設定した中で輝き消えていく子供たちを』

 「その例外っていうのは……」

 『他の『神』が関わってきたときです』

 「他の『神』が関わってきたとき……?」

 『そうです。私がこの世界を管理して以来、何度かそのようなことがありました。その全てが『神』が自分で創造した事物の実力を試してみたい、という腕試しでした。その度に私も、私が創造したものの血を引く者たちに力を与えて抵抗しました。……そう、今の貴方たちのように』

 「なるほど。白の君は神に選ばれし勇者ということですね」

 『翼抱く子だけではありません。鋼砕く子も心凪ぐ子もですよ』

 「え?」

 一瞬、ざわめきが広がる。だが詳しく聞こうとする前に先手を打たれてしまった。

 『その話はまたあとでするといたしましょう』

 「あーっと、とりあえず今回も腕試しだってことか? まったく、はた迷惑だよなー」

 『……いいえ』

 「え?」

 今までの流れなら、奉助が言ったことは間違っていないはずだ。なのに、どうして。

 『今回は違います。今回のことに『神』は関わっていません。なぜなら、あの黒服の男女は『神』がいない世界からやってきた者たちだからです』

 ……は?

 「え、いや、ちょ、ちょっと待って下さい。意味分からんのですけど。世界にはそれを管理してる『神』がいるって話やなかったですか」

 『原則的にはそうですが、何事にも例外というものが存在するのです』

 「え、え、つまり何? どういうこと?」

 「おれにも分かるように説明してー!」

 ラッキーと奉助が目を回している。オレも、ようやく収まってきていた混乱がぶり返した。まあ、話がものすごくぶっ飛んだものだしな。規模がでけえよ、規模が。本当に。

 『あなたたちの時間に換算して、およそ一万年ほど前でしょうか。あるひとりの若い『神』がいました。彼は、自分の創造物を奴隷か玩具のようにしか考えていませんでした。その支配にある時、創造物のひとつである『人間』が反旗を翻したのです』

 その声音は、どこか懐かしむようなものであるようにも思えた。

 『長い戦いでした。『人間』たちは『神』と戦い続け、ついに『神』を殺したのです。それが、三千年ほど前のことです』

 「はっ⁉ 神って死ぬのか⁉」

 『ええ。私たち『神』にも寿命があり、死があります。無論、あなたたちから見れば途方もない年月ですが。本来であれば、『神』が死んだら『大神』がまた新しく『神』を生み、その世界の管理者として後がまに据えるのですが……。あの事件は、『大神』にとっても予想外の出来事でした。創造物が創造主に刃向かい、あまつさえ殺してしまうなど、信じられないことでした。そこで『大神』は、その世界を異端因子として監察対象に置き、また別の新しい『神』と『世界』を創り、全体のバランスをとったのです』

 「……で、ほっといた結果、しわ寄せがオレたちに来てるってことですか」

 突如崩れた平凡。押しよせる不安。それが、オレたちが関係したくてもできないところで、まさに雲の上で、遥か昔に話し合われた結果だってのが腹立つ! ふざけんな!

 『そう思われても仕方ないでしょう』

 「仕方がない、じゃねーよ! そうとしか思えねえだろうが! オレたちにどうしろっつーんだよ⁉ 戦えってか⁉ 冗談じゃねえ! すっげー怖かったんだぞ⁉」

 神への不敬罪とかになるよな、これ。でも、オレの本音なんだ。

 『彼らの目的は、私にも杳として知れません。しかし、昨日の一件で彼らはあなたたちのことを覚えたでしょう。また襲ってくるかもしれません。彼らにとって、あなたが彼らを恐れていようがいまいが、関係ないのです』

 「……っ」

 『彼らを退けることは容易ではないでしょう。しかし、私は私の世界を滅ぼさせはしません。あなたたちに与えられるかぎりの加護を授けましょう。それをどう扱うかは、あなたたちに委ねます』

 「なにそれ。ずいぶん適当じゃないですか?」

 次に不満をぶつけたのは、ラッキーだった。

 『分かって下さい。『神』には『神』なりの規則があるのです』

 一瞬、沈黙が降りる。

 「もう聞きたいことはないか?」

 牧ノ宮先輩が時計を見ながらオレたちを見回す。

 「愛莉から、神降ろしの限度は一時間だと聞いている。そろそろタイムリミットだ」

 「……では、最後にひとつよろしいでしょうか」

 桐生が遠慮がちに手を挙げた。住吉先輩(の体)がわずかに桐生のほうを向く。

 『なんですか。心凪ぐ子』

 「それです。貴女様は先ほどもそうおっしゃいました。神に選ばれし勇者は、翼抱く子と鋼砕く子、心凪ぐ子だと。いったい、どういう意味ですか」

 ああ。そういや、かんじんのそれ聞いてなかったな。

 『そうでしたね、その話がまだでした。私が力を与えた者たちは戦士ラ・スタンと呼んでいます。この場にいるのは、柔らかい翼を持つ『幼天使ようてんし』、純粋な力を持つ『不知火しらぬい』、そして大樹の如き落ち着きを持った『不動天女ふどうてんにょ』。この三人です』

 「えーっと……」

 オレたちは互いを指差し合った。

 「和泉が『幼天使』だろー? で、おれが『不知火』」

 「和泉が翼抱く子やったら、奉助が鋼砕く子やろな」

 「え、じゃあ『不動天女』って……」

 五人分の視線が桐生に注がれる。

 「残った心凪ぐ子の私、でしょうね」

 『そうです。あなたはいかなる状況にあっても平時と変わらぬ行動ができます。何にも動じず、惑わされない』

 神様にそう言われた時の桐生は、どこか複雑そうな顔だった。

 「……なあ、この力をちゃんと使えたら、おれたちはアイツらに勝てるんだよな?」

 自分の手をじっと見つめていた奉助。

 『あなたがそう望むのであれば、必ずや』

 力強い神様の言葉に、口角をあげて右の拳を左手に叩き付けた。

 「よっしゃ。じゃあ、大丈夫だ。次会った時はこてんぱんにしてやる!」

 『頼もしいかぎりですね』

 そして、突然住吉先輩は椅子から崩れ落ちた。

 「! 先輩⁉」

 「愛莉!」

 慌てて全員で駆け寄り、助け起こす。息も荒かったし、かなりしんどそうだった。

 「だ、大丈夫よ。ごめんなさい、こんな、中途半端なところで、切れちゃって……」

 「いやいや。もう特に聞きたいこともありませんでしたし、大丈夫ですよ!」

 「こちらこそスイマセン。そんな大変なことをさせちゃって……」

 「気にしないで。これが、私の役目なんだから」

 涙目のラッキーの頭をよしよしと優しく撫でる。それを見てから、牧ノ宮先輩は住吉先輩を軽々と抱え上げた。

 「お前たち、駐車場までの道は覚えているな? 先に行って車に乗っていろ。もうここにいる必要はないからな」

 「あ、そ、そうですよね」

 「私は、愛莉を母屋に運んでから行く」

 去って行く牧ノ宮先輩を見送ってから、オレたちはなんとなく顔を見合わせて、無言のまま駐車場へ向かった。

 神様との対話は、終わりだった。


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