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三章(2)


         *         *         *


 校庭に突如現れた二つの集団を、私たちは自分たちの教室から見下ろしていた。

 「なにあれー?」「上級生の出し物の練習じゃない?」「派手だねー」

 クラスの内装をやるかたわら、そんなことをウワサし合う。すると、相川くんが窓にへばりついて「あー!」と叫んだ。

 「ど、どうしたの。急にそんな大声だして」

 「あっちのスキンヘッドのほう! おれの友達なんだよ。夏休みじっちゃんの家に行った時に一緒に遊んでくれたんだ」

 「へー、そうなんだ。名前は?」

 「え、知らね」

 がくっと肩が落ちる。

 「一緒に遊んでたのに名前聞いてないの?」

 「うん。……って、うおおーー!」

 「な、何⁉」

 再びかじりつくように窓の外を見た相川くんが興奮した声を上げた。つられて私も校庭に目をやり、同じように「わあー!」と叫んだ。

 さすがに二人も窓の外を見て叫んだら、みんな気になるよね、テヘッ。わらわらとクラスの皆が寄ってきて、口々にすげえすげえと連呼した。

 そのとき、生徒会室に行ってるはずの連ちゃんが教室に入ってきて、クラス全員が窓際に集まっている異様な光景に首を傾げながらこっちへやってきた。

 「幸さん、これはいったいなんの騒ぎで……?」

 「あれ、生徒会のほうは?」

 「ちょっと忘れ物をしたので、それを取りに。ですが、みなさんなにやら窓際にいらっしゃるので何事かと……」

 「うん! あのね、なんかいま校庭で二つの集団が闘ってるの。きっと同じ女性に惚れた二人がお互いの部下を率いて勝負してるのよ。ほら、連ちゃんも見て!」

 私は連ちゃんも外が見えるように、窓のそばまで引っ張っっていた。そのとき私たちはたしかに見たの。

 体育館の屋根からビームのようなものが校庭に撃ち込まれるのを。

 「なっ……」

 なに、今の。さっきまでの興奮が一瞬にして醒めてしまった。見たのは私たち二人だけだったのかもしれない。だって、他の皆はまだすげえすげえって言ってるから。

 けど、直後にやってきた揺れにはさすがにビックリしたみたい。

 「なんか……ヤベエ気がする」

 「え?」

 隣に立っていた相川くんがシャツの胸を握っていた。その顔は、今まで見たことないような、緊張した顔だった。

 「おれ……ちょっと下に行ってくる!」

 「えっ⁉ ちょっと⁉」

 「待って下さい、イノウエ君!」

 ドアから出る直前で、連ちゃんの手が相川くんの腕をとらえていた。

 「落ち着いて下さい。これは、私たち一介の生徒の手におえるものではありません。先生方の指示を待つべきです」

 「……できねえ」

 「どうしてですか?」

 くるっと振り向いた顔は、真剣だった。

 「下にいるの、おれのダチなんだ。友達が危ない目に遭ってるかもしれないってのに、見て見ぬフリなんておれにはできねえ!」

 その勢いにのまれたように、連ちゃんの掴んでいた手から力が抜ける。相川くんはニカッといつもの笑顔で言った。

 「それに、おれ頑丈だしケンカも強いから大丈夫だって!」

 だんだん小さくなっていく足音を聞きながら、私は連ちゃんを見上げた。

 「どうするの、連ちゃん」

 「……用務員室のドアを蹴り破った実力から、イノウエ君の戦闘力は高いと思われます。このまま私たちが追いかけるのも得策ではありません。ひとまず様子を見るべきかと」

 「……うん、そうだね」

 すると、渡り廊下から見覚えのある人たちが走ってきた。

 「全員自分の教室に戻れー!」

 「危ないから外に出んなってよー!」

 みんな口々にそんなことを言っていた。

 「連ちゃん! ラッキー!」

 「お奉行殿」

 私たちの上から教室を覗き込んで見回した嵐くんは、焦ったように言った。

 「なあ、あのアホはどこ行った? 今日は教室の内装をやるはずやったやろ?」

 「相川くんのこと? 相川くんなら、たったいま下に降りていったよ」

 「なんやて⁉ クソっ、入れ違いか!」

 そしてきびすを返そうとした嵐くんを止めたのは、またしても連ちゃんだった。

 「待って下さい、お奉行殿。イノウエ君は大丈夫だと言っていました。ならば彼を信じて、私たちは無用な混乱と手間を防ぐためにも、ここに残るべきではありませんか?」

 「せやけど、今回はちょっとガチでヤバそうやから……」

 「幼なじみを心配する気持ちは分かりますが、夏休みのとき同じことを言ってイノウエ君たちを止めたのは、他の誰でもなくあなたであったはずです。今回も同じですよ」

 嵐くんは苦い顔で連ちゃんを見下ろしていた。私はハラハラしながら二人を見守る。睨み合いが続いてどれだけ経ったか分からないけど、そんな中ひときわ大きな揺れが襲ってきた。軽いパニックになりつつ、みんな手近の固定されているものにすがりつく。

 そして、私たちは信じられないことを聞いた。

 「和泉くんが落ちたー!」

 私たち三人は息をのむと、ほぼ同時に窓に駆け寄っていた。

 「どいてっ!」

 「どこや!」

 震える窓ガラスを突き破る勢いで窓におでこをぶつけつつ下を見ると、たしかに、崩れていく四階の渡り廊下と一緒に落ちていく和泉くんの姿が見えた。

 「キャアアアーー!」

 「和泉ーーっ‼」

 「……っ⁉」

 私たちは、三者三様の悲鳴を上げながらも、ただ見ていることしかできなかった。


         *         *         *


 腕が、頭が、痛い。ジンジンと熱い。耳鳴りもする。

 けど、そんなもの全てを凌駕する恐怖があった。生き物が越えることができない死の恐怖。生存本能が警鐘を鳴らしている。 

 けど、どうしろって言うんだよっっ‼

 落ちる。ひたすら落ちる。コンマ何秒の世界で。

 死にたくねえ。でも、こんな、身動きが取れない状態で。

 いったいどうしろって言うんだよっ⁉

 『名前の『翼』の方から取ったのです。翼と言えばやはり『白』でしょう?』

 ふと頭をよぎったのは、半年前の入学式の帰り道での桐生の言葉だ。

 『オレには、翼があるんだ。見えないけど、それでもオレは、オレの背中に翼があると言ってやる』

 今度はつい二ヶ月ほど前、燃える特別棟から脱出する時にオレが言った言葉だ。

 チッ。これが世に聞く走馬灯ってやつか。

 「……に、た…………ねぇ……!」

 『貴方には、貴方自身の名に従って、大きな翼がある。貴方を支え、貴方を空中の支配者へと導く為の大いなる白き翼が』

 ああ、本当に。たとえなんかじゃなくて。今、オレのこの背中に翼があればいいのに。

 そうすれば、地面に叩き付けられて死ぬ運命だけは避けられるのに。

 くそ、くそっ、くっそおおお‼

 心なしか、背中が熱い。空気摩擦か、それともどこかでコンクリの破片がぶつかってたのか。

 チラッと視界に陥没した地面が映る。

 いやだ、いやだっ、いやだっっ! オレはまだ……生きていたいんだ‼

 「来い、オレの背に! ましろの翼っ‼」

 襲いくるだろう衝撃を予想してオレは強く瞼を閉じた。その闇が、一瞬白みを帯びた。

 

 ……おかしい。

 いつまでたっても、オレの全身を粉々に打ち砕く衝撃がやってこない。オレはおそるおそる目を開け、無言のまま何度もまばたきした。

 オレは宙に浮かんでいた。地面まであと数センチというところで頭が止まってる。ゆっくりと自分の背に手をやると、フワフワとしたさわり心地のいい感触がした。

 (えーっと)

 とりあえず、頭に上ってる血がヤバい。だくだくあふれてる。

 オレは倒立から降りるときの要領で、両足を前に倒す。体を動かすとあっちこっち痛んだけど、とりあえず足を地面につけれて安心した。

 さて、と改めてオレは自分の姿を省みる。肩口を見るだけで視界に入る白い羽毛。どれぐらいのサイズでどんな形なのか気になったが、あいにく一階の窓ガラスは爆風で全て割れてしまっていた。試しに、その場で「浮こう」と思って軽くジャンプしたら、浮いた。

 (えーと。……えー?)

 痛みと非現実な状況に、オレの思考は完全にフリーズ中。そこでオレは聴覚から新しい情報を得た。割れたガラスの上を走るジャリジャリした音と、

 「白の君!」

 いつもの如くオレを変なあだ名で呼ぶ桐生の声。

 「よう、桐生」

 そしてオレもいつものように片手を上げて返事をした。……そんな状況では全くないというのにな。

 桐生はオレの姿か態度か(もしかしたら両方かもしれねえが)を見て、音もなく口を開いては閉じ、閉じては開いてを繰り返した。

 「和泉!」

 「和泉くん!」

 そしてそれは、あとから現れた二人にも言えることだった。

 オレたち四人の間を妙な空気が漂う。が、それは唐突に破られた。

 「ぅぉおおおりゃああ!」

 ズザザザザと音を立てながら、両手を体の前でクロスさせ、腰を落とした奉助がいまだに土煙を上げる校庭から現れたからだ。

 「ほ、奉助……」

 「ん? おお、なんかカッケーのつけてんじゃん! 和泉、お前」

 「え、あ、おう。い、いいだろ……」

 いや、そういうことを言いたいんじゃなくて。一人ボケ&ツッコミをしてたら、我にかえったらしい嵐が奉助に歩み寄ろうとした。

 「せ、せや! 奉助、お前なんで勝手に外に「来るなっ!」

 付き合いの長い嵐ですら、聞いたことのないような鋭い声での制止。その理由はすぐに分かった。

 「本当に頑丈だな、お前の体。アタシの突きを平気で受け止めるとか」

 「平気じゃねえよ。すっげえ痛えし」

 「普通なら腕がもげている。……少し、怪しいな」

 土煙の向こうから現れたのは、シャープな顔立ちの女だった。ピンクのショートカットの髪に灰色の瞳。どこかで見たような顔だ、そう思うと同時に思い出した。

 「アンタ、夏休みのときの!」

 女はオレを見て片眉を上げた。その瞬間、こんなヤバそうな奴を指差したのはマズかったかと冷や汗をかく。すると女の目がすっと細くなり、ばっと奉助が構えた。

 「なんだ⁉ 和泉には手ぇ出させねえぞ。お前の相手はおれなんだからな!」

 「いや。お前もたしかに異常だが、その後ろの男。半年この世界を観察していたから分かる。背中に羽を生やすような奴など、存在しなかった!」

 女の姿が視界から消える。辺りを見回す暇もなく、オレは奉助に突き飛ばされた。

 ……一応言っておこう。オレは今、浮いているのだ。

 「おお、おおお⁉」

 「和泉⁉」

 ブレーキはかかるものの、ふらふらと不安定に揺れる体。手足をジタバタさせてどうにか姿勢を整える。

 その間にも、奉助は頭上から打ち落とされた女の手を捕らえて横へ投げ、着地と同時に飛びかかってきた女をカウンターで特別棟のほうへ蹴り飛ばしていた。

 「す、すっげぇ……」

 オレたちがひたすら感心していると「和泉っ!」と奉助に呼ばれた。

 「な、なんだ?」

 「こいつ、お前を狙ってるみたいだから、ちょっとどっか行っといてくれねえか?」

 そのとき、カラッという軽い音がして、全員が口をつぐんだ。器用にも、女は窓枠に手を置いて、壁に足をつけて立っていた。

 「きっかけはあの茶髪と坊主の二人だったが、現時点ではお前たちの方がはるかに怪しい。なのに計器はコア・コルーン反応をまったく示さない。どんな技術を使っている?」

 「こ、コア・コルーン反応? なんだそ、りゃ」

 オレの言葉を最後まで聞かず、再び奉助と女は激突した。オレたちは巻き添えを食わないように急いで避難。一般棟内へ逃げた三人に、オレは割れた窓の外から声をかけた。

 「なんかよく分かんねえけど、とりあえずオレはどっか別の場所に行ってくる」

 「いや、お前怪我しとるやん。まず手当てせなあかんやろ」

 「大丈夫だって。まだいける。走るよりずっと速く移動することもできるしな」

 そう言って笑ってみせると、つられて嵐も苦笑を浮かべた。しかし今度は桐生が「待って下さい」と言った。

 「だから大丈夫だって……」

 「いえ、違います。あの女性は、はたして一人で侵攻してきたのかと思いまして」

 「え?」

 「あっ! 体育館の上! ビーム撃ってた人!」

 ラッキーが体育館のほうを指差す。ここからは土煙で見えない。

 「そうだ。あの女、ビーム使ってなかった!」

 「ビーム撃てるなら、わざわざ素手で相川くんを相手にしなくていいはずだもんね」

 「それに、夏休みに会うたときは二人組やった。もう一人、金髪の男がおるはずや!」

 「体育館の上にいたんだよな?」

 「ええ。私たちが見た十分ほど前には。今もいるかは分かりませんが」

 「よし。じゃあとりあえず行ってみるわ」

 「ええ⁉」

 ラッキーが悲鳴にも似た驚きの声を上げる。

 「ちょ、待て! いくらなんでも危険すぎるやろ!」

 「だってそいつをなんとかしなきゃ安全に避難できそうにないじゃねえか。それに、聞きたいこともいっぱいあるしな」

 「だからって」

 「気をつけてれば、なんとかいけるって。んじゃな!」

 ふわりと体を浮かして一般棟の外壁を蹴り、特別棟へ。特別棟を校庭側を通って半周し、正面玄関の影へ。空を飛んでいるというよりは、水中を泳いでるイメージだ。一回翼をバサッと動かしてみたら、スピードが上がった。

 後ろで桐生たちが呼んでるのが分かったけど、戻らない。手が震えているのは、そう。武者震いだ。


 この学校の体育館は二階建てだ。一階がプールで、二階が普通の体育館。

 その体育館の屋根の端から目だけ出して覗いてみると、いた。金髪の男が。男はこっちに気づいてないみたいで、片手を校庭に向けていた。

 (何してんだ?)

 よく見ると、その手の平が光っているのが分かった。

 (まさか、手の平からビームを撃つとか⁉)

 そんなマンガみたいなことにも、今ならもう驚かない。とにかく、どうにかそれを止めないと……。

 けど、ちょっと身じろぎしたせいでカタっと音がしてしまった。心臓が縮み上がる。

 「! 誰だ!」

 見つかった。ならば迷う時間などない。

 「だああああ!」

 自分でも情けないというか変な叫び声を上げて、オレは精一杯翼を羽ばたかせるイメージで、男につっこんだ。

 男はオレの異常な姿を見て驚き、とっさの判断ができなかったようで、その手からビームが発射されることはなかった。それはオレにとって最大の幸運だった。ただ、ビームこそ撃たなかったものの、男はオレの決死の体当たりを軽く避けてしまった。

 「げっ⁉」

 慌てて潜水をするときみたいに頭を下にして、とりあえず体育館の外通路に逃げ込む。

 「貴様、なんだ今の姿は。この世界の人間ではないな?」

 「はあ? テメエらこそなんなんだよ! オレたちになんの用だ⁉ コア・コルーン反応ってなんだよ⁉」

 相手が一瞬押し黙る。

 「……真っ当なこの世界の人間ならば、その単語を知っているはずがない。捕獲対象と何らかの関係を持つと断定し、貴様を捕らえる!」

 「な、なんだそりゃ⁉」

 ここに留まるのは危険だととっさに感じて、慌てて横へ移動する。案の定、一瞬前までオレがいた場所を一本の光が真っ直ぐに降りていった。一瞬あとに聞こえた爆発音。

 「ちょ、ちょっと待て! コアなんとかはお前の仲間の女が言ってたんだって! 何か分かんねえからお前に聞いてるんだろ!」

 カンカンという音がする。こいつ、屋根の上を走ってんな。

 「ジートめ……。口を滑らせたか。だが、お前のその姿はこの世界においてありえる姿ではないだろ。十分疑わしい!」

 「は⁉ そりゃねえだろ!」

 オレがそうわめいたとき、ふっと目の前を青い光を横切ったような気がした。

 (なんだ、今の?)

 ピーッという甲高い音に意識がオレの上にいるはずの男に戻る。けど、男がオレに対して何らかのアクションを起こすことはなかった。

 「プレイシス!」

 「分かっている!」

 いつの間にか校庭のど真ん中で奉助と殴り合っていたらしい女は、上の男に声をかけると奉助を無視して北門のほうへ走り出した。男も屋根から飛び降りて女のあとを追った。

 「やっと見つけたぞ。逃がすものか……!」

 男がそう呟いたのをオレは聞き逃さなかった。

 「って、おい! 待てよお前ら!」

 奉助が二人を追いかけようと足を一歩踏み出したとき、先を走っていた女が振り向いて筒状の小さな何かを投げてきた。すわ爆弾かと身構える前に、痛いぐらいの白が視界を埋め尽くした。

 「うわっ⁉」

 「閃光弾っ⁉」

 たっぷり五分間は視力が回復しなかった。ようやく普通に物が見えるようになった時には、謎の二人組はいなくなっていた。

 当然、文化祭は中止。校舎の修理と原因の調査のため、生徒は一週間学校に入ることを禁止された。

 ちなみにオレの翼は、消えろって念じたら消えた。本当、なんなんだろうな……。


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