三章(1)
ところで、オレはあの日以来異常なまでに空へ執着するようになった。
その衝動が抑えられなくなったら、こっそり二階の窓から飛び降りたりして過ごした。
あとあと聞けば、実は奉助も似たようなことをしてたらしい。
あいつの場合は「異常なまでの破壊力」。
田舎に帰ったとき、岩やら木やらを破壊して己の限界を試してたそうだ。
……どこまでホントか知らねえけど。
オレたちのこの「異常さ」の原因は、夏休みが明けて、文化祭前日に明らかになった。
オレの平凡な人生の「転」換地点。
三限目 文化祭
「明日はいよいよ文化祭ですねえ、みなさん」
「そうですねー!」
時は十月初旬。本来ならば九月中に行われていたはずの文化祭は、夏休みに起こった特別棟全焼事故の後処理の関係上、二週間遅れの開催とあいなった。
「一年生にとっては初めての瑞木祭。今日は一日準備日となっていますので、張り切って! 準備をして下さい」
「はーい!」
入学して半年ほど経って、生徒と一緒になってペンキにまみれてたり、意外とコタツさんはノリがいいことが分かった。オレらのクラスはミラーハウスをやるんだけど、実際はどっちかっつーとお化け屋敷だ。
「あと、午前中いっぱいは校庭は立入り禁止なので気をつけて下さい。では、解散!」
先生が出席簿を閉じる音と同時に、クラス中の人間が立ち上がる。
「和泉ー。行くでー」
「おう」
部活の展示準備のためにオレは嵐と教室を出る。ちょうど、桐生も生徒会の展示準備のために飾り付けの荷物を持って廊下へ出たところだった。
「あ、桐生。悪いけど、オレ今日は一日こっちやることになってるから、生徒会のほう頼むな」
「分かりました。今日は斉藤さんも別件で出ているので、王子が大喜びでした」
「あ、そ……」
桐生は一般棟の最上階にある生徒会室へ、オレたちは渡り廊下を渡った先の特別棟にある新・第二理科室へそれぞれ向かう。
「なあ和泉。さっき連ちゃんが言うとった斉藤さんって誰や?」
「ああ、生徒会唯一の男の先輩だよ。オレに鍵開けの方法を伝授してくれた先輩」
「あー、夏休みの屋上か」
「本名が山口一さんだから、新撰組の斉藤一からとって『斉藤さん』だってよ」
「なるほどな。だから王子こと、牧ノ宮先輩が喜んだと。女子だけになるから」
「当たり。つか、よく分かったな。『王子』が牧ノ宮先輩だって」
「まー生徒会で王子が喜ぶとくりゃなあ。あの人しかおらんやろ」
「それもそうだな……ん?」
その途中、渡り廊下の窓から外を見ると、なにやら校庭に人だかりができていた。
「どないした?」
「いや、アレちょっと見てみろよ」
「どれや?」
校庭の北にはスキンヘッドの人間を筆頭に三十人ほどが団体になり、南側には全員茶髪の集団が二十人ほど。
「なんやアレ。不良集団の決闘みたいやな」
「マンガの読みすぎ。つか、そもそもアイツらウチの学校か? あれ、どう見ても学ランだろ」
「せやなあ。この学校の制服はブレザーやし……。けど、さすがに他校の奴があんなぎょうさん入ってくるか、普通?」
「まあ入ってこねえだろうな。ウチの学校VS他校なら分かるけど、どっちも学ラン着てるし……」
学ラン、か。
口の中で小さく呟く。オレの頭の中で学ランは、例の特別棟が全焼した日の朝、学校へ行く時に会った異様な二人組を連想させる。もっとも、今にして思えばアレは学ランというよりは軍服に近かったようにも思うけど。
「あ、牧ノ宮先輩」
窓ガラスに映った美形の生徒会長を、嵐は見逃さなかった。
「何をしている。見たところ、準備の最中のようだが」
「え、ああ、まあそうなんですけど。ちょっとアレが気になってもうたんですよ」
校庭を指差す。その先を追って、途端に先輩はその端正な顔をはっきりと歪ませた。
「ああ、アレか……。アレはただのならず者の集まりだ。お前たちが気にかけるような奴らではない」
「え、マジで不良同士の決闘なんですか?」
嵐が驚いたように牧ノ宮先輩を見る。冗談半分だったのが、まさかの事実。
「というか、まず第一に、アイツらウチの学校なんですか?」
「そうだぞ。着ているものがが違うからそう思ったんだろうが、まあ校則違反だと注意しても正そうとせんし、なにより男であるしほっておくことにしたんだ。本人たちは『はおるのは、ブレザーより学ランのほうがカッコいいからだ!』なんてほざいていたが」
「あ、そうですか……」
「今回はなにやら番長の座をかけた対決とか言っていたな」
「番長⁉」
「マジすっか。また古風っつーか、昭和的っていうか…… 」
「禿頭のほうが現在一応三年二組に属してる雲崎竜太郎で、反対側の茶髪の集団を率いてるのが一応二年五組の風間虎之介だ」
「一応?」
「ほとんど……いや、一切授業に出てきてないからな。これで二度目の三年と二年だ」
「はー……。いるんすね、そんな奴実際に」
「普段は幾つかの協定を結んで互いに不可侵を守っているが、無関係の者に手を出さないことと設備など何も破壊しないことを条件に、要請があったときだけ校庭を貸し出している。ま、ただ暴れられるだけも面白くないから、盛り上げる余興も用意してあるがな」
「なんですか? それ」
「賭け事だ。どっちが勝つかのな。無論、賭けるものは金品以外と決めているが」
「……まさか、山口さんの別件って」
「そうだ」
……マジかよ。
「なんかもう……なんというか、もう……なんでもアリっすね」
そうとしか言いようがない。どこをどうつっこめばいいのかも分からん。
「あー。もしかして、午前中いっぱいは校庭立ち入り禁止って……」
「無論、奴らが使っているからだ。あの中に好んで入っていく奴がいるとは思えんが、念のためだ」
「なるほどー」
なんて言ってる間に、戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。
「よく来たな、虎坊! 今日こそはその生意気なツラを屈辱に染めてくれるわっ‼」
「アンタこそよく逃げずに来たな、雲崎のジジイ! 今すぐてっぺんから引きずり落としてやるぜっ‼」
うおおっーと、それぞれの仲間から鬨の声が上がる。それに応えるように雲崎は木刀をたかだかと振り上げ、風間はテーピングした拳を突き上げた。
二人の大将の体から燐光がゆらゆらと立ち昇り、たちまち空には雲が立ちこめ、轟々とうなりを上げて風が吹き荒れ始めるっ!
「って、ちょっと待てえーーいっ‼」
全力でストップをかける。いや、かけたい。
「なんやねん、和泉。これからええとこやのに」
「なんだじゃねえよ! なんだじゃ! おかしいだろ⁉ どう考えたっておかしいだろ⁉ さっきまで真っ青の快晴で全然風も吹いてなかったじゃねえか! なのになんであの二人がしゃべったとたんこうなってんだよ⁉ あと、なんだあれ⁉ なんであの二人光ってんの⁉」
「なんでってオーラやろ? 定番やん」
「そりゃマンガではな! マンガを盛り上げるための演出でな!」
「少年マンガには必須やで、オーラってのは。それが不良たちの戦いという見せ場ならなおのこと。むしろ、この場でオーラが出ないなんてことはありえんのや!」
「いや、これ少年マンガじゃねえし! 普通に現実だし!」
「お前、これ見て心躍らんって男ちゃうで。大丈夫か?」
「お前が大丈夫か⁉ いや、そんな『お前何言ってんの?』みたいな目で見るなよ! それ言いたいのマジでオレの方だから!」
「……易経に曰く、『雲は竜に従い、風は虎に従う』だそうだ。何も間違ったことは起きてないと思うが」
「先輩までなに言ってんですか⁉」
あれか? オレがおかしいのか? いや、オレはおかしくないはずだ。こんなことをさも当たり前かのように受け入れてる二人がおかしいんだ。
「すっげー。見ろよ、アレ」
「かっこいい〜」
「オレたちも修行したらできるようになるかな」
なるかっ!
全力でつっこむ。心の中で。
なんだ? 二人だけじゃなくて周りの皆まで当然って態度なんだけど。え、なに。マジでオレだけおかしいのか? いや、オレは間違っちゃいない。マンガの中ならともかくこれは現実で、現実でオーラやら人が自然を操るとかできるわけねえ。うん。
「行くぞっ! 雷雲剣山‼」
雷が雲崎の握る木刀に落ち、ただの木だったものは電気を帯びた剣へと代わった!
「来いよっ! タイガー・アクション‼」
途端に腕の筋肉が盛り上がり、学ランの袖が弾け飛んだ!
……だから、言ってるソバからなんか発動してんじゃねえーーっ!
これが心の中でのツッコミなのか、とうとう堪えきれずに外側へ発してしまったものなのかは自分でも分からない。
大将がそれぞれの武器を構えてお互いに向かって突進したとき、そのちょうど中間地点に何かが撃ち込まれ、爆発とともに轟音がしたからだ。
「なんっ……⁉」
激しい砂埃で校庭の様子はうかがえない。渡り廊下の窓が閉まっていなければ、みんな目や喉がひどいことになっていただろうが、一つ残らず閉まっていたおかげで、ここにいる全員が今の砂埃を〝熱い戦い〟の一環と捉え、さらに盛り上がっていた。
「すっげえ! すっげえよマジで!」
「こんなん人生で二度見れるかどうかだよな!」
だけどオレには分かる。今の爆発は、もっと別次元の、危険でヤバそうなものだと。
「おい、嵐。なんかヤベエよ。ここから離れようぜ」
「いや、まだもうちょい時間いけるやろ。ギリギリまで見とこうや」
「そういう問題じゃなくてだよ!」
オレがそう言って無理矢理嵐を引きずっていこうとしたとき、砂埃を裂いて一筋の光が飛来した。それはちょうど一般棟を囲うように植えられている花壇に命中したらしい。
ドッカーンという物騒な音とともに訪れる震動。さすがに、その場にいた全員が不安そうに互いの顔を見合わせた。
「全員退避! 即刻この場から離れろ!」
いち早く現実に立ち返り指示を出したのはこの人、私立水ノ木学園高等部第五十七代生徒会長・牧ノ宮立芳だった。
「自分の教室へ戻り、指示があるまで外へ出るな! 他の者にもそう伝えろ!」
弾かれたように生徒たちが動き出す。先輩はスマホを取り出し電話をかけながら、オレに言った。
「和泉翼。お前はこの四階渡り廊下に残り、避難誘導の指示を出せ」
「分かりました!」
思わず敬礼して応える。先輩はそんなオレの姿などもう見ておらず、「愛莉か。すぐに放送で……」と指示を飛ばしながらどこかへ駆けていった。
「つーわけだ。オレはここに残らなきゃいけねえから。お前はさっさと教室に戻って、奉助を見張っててくれよ。あいつが一番外へ行きそうだ」
「オレも同じこと思った。ほな気いつけえよ。和泉」
「分かってるって」
足早に教室へ戻っていく嵐を見送ってまもなく、放送や口伝えに指示を聞いた人たちがどっと渡り廊下に押し寄せてきた。
落ち着いて下さーい。押さないでー。外は危険ですから、戻って下さーい。
何度も同じことを言って生徒たちを誘導、時には首根っこを捕まえて引き戻す。ようやく人をさばききり、オレも自分の教室にそろそろ戻ろうかと思ったとき、
視界の右端が光った。
何が起こったとか、頭で理解するよりも早く現実がオレを襲う。
爆発とともに飛んで来た瓦礫が腕を打つ。そしてオレの足下に亀裂が入り、たちまちのうちに崩壊した。
「う……わ、あああああーーーっ‼」
全身に瓦礫を受けながら、オレは真っ逆さまに落ちていった。




