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パンダ

 自分を信じてもらおうとする気持ちと行動に、人も悪魔も違いはない。 ……ハンドルネーム:『ハムスター人間』




 三日目:朝


 木島ナオキさんが無残な姿で発見されました。


 桑名零時

 多門洋介

 早川恒和 × :二日目処刑死

 内田守 × :一日目襲撃死

 木島ナオキ × :二日目襲撃死

 西山良子

 赤嶺マミ

 粕壁あおい

 神田瀬純

 前園はるか

 浪野なにも


 残り八人


 人狼2狂人1占い師1霊能者1狩人1村人5

 現在は『三日目:昼パート』です。


 『木島ナオキさんが無残な姿で発見されました』。

 そのアナウンスが響き渡った時、桑名はまずはその場で立ち上がり喝采をあげた。それから拳を握り閉めて「よっしゃっ!」と叫び、高揚した気分を抑えることもせずに部屋中を走り回った。

 桑名にとって、この一晩だけが正念場だった。この一晩だけは、桑名にも他の村人たち同様襲撃される可能性があった。それを切り抜けたことで、桑名の生存率が跳ね上がったのは事実だった。

 落ち着く間もなく、個室の扉が開かれる。桑名は意気揚々と議論会場へと歩いて行った。これほどすばやく決意を固めて議論に迎える人間は桑名くらいのものだろう。

 おおよそ一番乗りだろう、そう思っていた桑名だったが……しかし先客があった。

 「おはようございます。桑名くん」

 そう言って微笑むのは、はるかだった。ソファの一つに上品に腰掛けて、こちらに笑顔を浮かべている。

 その品のある表情に、桑名は少しだけ違和感を覚える。命のかかったゲームの最中に、深刻さが欠けているのではないか。能天気にしていられる理由のある桑名と違って、はるかは最優先で襲撃される『占い師』なのだから。

 いぶかしみつつも、桑名は向かいのソファに腰掛ける。はるかはうれしそうに笑んだ。

 「あの。前園ちゃんさ。どう思う?」 

 「どう思う、といいますと?」

 はるかはにこにこしている。

 「いやその。誰が怪しいとか村人っぽいとか。対抗占い師のリョーコはどう見えるとか……」

 「少なくとも、桑名くんのことは信用してます」

 はるかは綺麗な声で言い切った。

 「桑名くんはわたしの味方。わたしはその実感を持ってこのゲームをプレイしています。だから、わたしは何も怖くないんです。こうやって、ふふ、余裕を持って笑っていられるのも、そのお陰なんですよ」

 そういうはるかだが……彼女は自分が『狂人』であることを知らない。桑名はそのことに胸を痛めつつも……その一方で冷静に思考もしていた。

 ……オレを信頼すると言って油断させに言っている? だとすればはるかが『人狼』なのか? いや、単独カミングアウトの『霊能者』である自分に媚びたいのは、本物『占い師』だって同じはず。

 「桑名くんには、わたしがどう見えます?」

 そう言って、はるかは見透かすような視線をこちらに向ける。

 桑名はつい言いよどんだ。『狂人』としてはるかが『人狼』か否かを考察はしてきた。それでも結果は出なかった。

 「分かりませんか。ふふ。いいですよ」

 そう言ってはるかは余裕ありげに

 「桑名くんは、桑名くんの仕事をしててください。わたしの中身が分からなくてもかまいません。わたしもわたしの仕事をします。そうすれば必ずわたしたちは生き残れますよ」

 確信を持ったように、はるかは口にする。昨日の議論中の、緊張感あふれる彼女の物言いが嘘のように、楽しげな口調だった。

 「でもさ。それってやっぱりオレのこと信用してくれて初めて言えることだよね? なんでオレのことそんな信用すんの?」

 「桑名くんはわたしの救世主だからです。この世界にたった一人だけ、わたしが自分の味方だと……自分を救ってくれる人だと思えたのが桑名くんだったからです」

 はるかはよく分からないことを言った。

 「……それって?」

 「やっぱり。覚えていないんですね」

 少しだけ寂寥感を表情ににじませながら、しかし笑顔を崩さずにはるかは言った。

 「それでかまいません。桑名くんには、桑名くんの楽しい人生があります。お友達、昔からあんまり変わっていませんよね」

 「ちょっと待ってよ。何? なんでそんなん知ってるの?」

 「わたし、昔桑名くんとクラスメイトだったことがあるんです。本当は、気付いてもらいたかったんですけど。……こんなゲームになっちゃいましたし、ゆっくり話す時間ももうないと思うので、今言います」

 そう言ってはるかはにこりと微笑みかけて、とっておきの秘密を暴露するようにしていった。

 「『カエル』です」

 そう言われ、桑名は困惑して目を回した。カエル? 日本人が最初に思いつく両生類? そのカエル? 

 桑名はこれまでの短い人生の記憶の糸をたどる。はるかは自分の過去の知り合い、クラスメイトだと言った。しかし自分は前園はるかなんて知らない。いや知っているかもしれないが、記憶と結びつかない。それほど印象の薄い人間だったのか? それとももしかして、過去の記憶の中の『前園はるか』は、『前園はるか』でない別の名称で桑名の記憶の中にインプットされている……?

 『カエル』

 それは過去に、小学生の頃に、自分たちグループがいじめていた女子の蔑称だ。

 イボガエルのようにイボだらけの顔をしていた。ウシガエルのように太った体をしていた。そして何より目が大きかった、誰かが最初にカエルと呼んだのはそれが理由だった。

 黒板消しで体をたたき倒して真っ白にしたり、給食を配膳してやらなかったり、ものを隠したり壊したり……。仲間はずれにしていじめて、最後には転校して行ったカエル。

 「死んだインコのことで。桑名くんにかばってもらったことがありましたよね?」

 はるかは感慨深くそう口にした。

 「あの時はかばってもらって本当にうれしかったです。桑名くんと公園で遊んでもらった時のことは、今でも人生で一番楽しかった記憶です。ずっとお礼をいいたかったんですが……」

 そんなこともあった。過去に桑名は、教室で飼っていたインコの足に紐をつけ、空を飛ばせて遊ぼうと思ったことがあった。しかし鳥かごから出す段階で、乱暴に扱いすぎてインコを殺してしまった。そのことは黙っていたが、黙っていたために当時飼育当番にあったはるかに疑いが向けられた。

 学級会が開かれて、『カエル』は弾劾を受けた。それは学級裁判という名のただのつるし上げだった。『カエル』は悪い奴で自分たちの敵、その敵に少しでも疑える要素があるのならば、当然犯人に間違いはない。それが小学生だった自分たちの思考。同調しないものこそは敵の味方だとされた。

 桑名はカエルが泣き出すまでずっと黙っていた。泣き出しても黙っていた。それが賢いことだと知っていたからだ。

 しかし……カエルがやってもいない罪を告白し始めた段階で、桑名は立ち上がって言ったのだ。

 『いやー実は殺しちゃったのオレなんだわー。ごめーん』

 教師は呆れ、クラスメイトたちもあっけに取られた。しかし桑名が保身のために小粋なジョークをいくつか飛ばすと、教室の雰囲気は一瞬、バカらしいものになる。やった、しらけた、これでよし、と思った次の瞬間には、教師の弾劾とクラスメイトの批難の視線が桑名に降り注いだ。

 その後、桑名は少しだけ罪悪感を持って『カエル』に接した。何故そんなことをする気持ちになったのか、それは今でもあまり理解していない。あのまま『カエル』が犯人になるのならそれでよかったはずだ。なのに。

 「苗字変わったんだな」

 あの『カエル』が『樋口』という苗字だったことは、かろうじて思い出せた。下の名前が『はるか』だったことを覚えているのは、自分たちの中でも何人いることやら。

 「はい。父が蒸発して、今は母方の苗字を名乗っています」

 「気付かなかったよ。いや……」

 理由はそれではない。『カエル』の外見はあまりにも変わりすぎた。大きな目という特徴だけを残して、はるかは小作りな顔と上品な鼻立ち、かわいらしく柔らかそうな唇と黒い長髪を持つ美少女へと変貌を遂げていた。華奢で少女らしいそのプロポーションには、ウシガエルのようだった過去の面影は何一つ存在しない。

 「綺麗になったよ。うん」

 「ありがとう」

 はるかは照れたように、幸せそうにそういった。

 それからはるかはうれしげに過去の思い出話をし始めた。『カエル』と呼ばれる前にまで話をさかのぼらせれば、彼女にも小学生の頃の楽しかった思い出というのはいくつかあるらしい。その会話によって、桑名は彼女がまことに『カエル』だったことを確信するにいたっていた。

 どうして自分たち二人が二人きりでここまで話しこんでいられるのかに、桑名は最後まで気付かなかった。


 ○


 「ハケーンっ!」

 桑名とはるかの会話を切り裂いたのは、そんな声だった。

 「密談ミツケタヤッタ-っ! おいおまいら沈黙しる。まず桑名から話を聞くから、こっち来て。クソビッチ前園は誰か抑えといて」

 粕壁だった。ニコニコと後ろから現れた浪野が、その指示に従ってはるかを拘束する。はるかは困惑したように桑名から引き離される。桑名は叫んだ。

 「お、おい何するんだよ?」 

 「いや何すんだはこっちの話ねこれ。これどう見ても密談だから」 

 そういった粕壁の後ろから、不振がるような視線が自分たちに送られる。

 「そもそもどうしてあなたたちだけ先にこられたのかしら?」

 マミが言った。桑名はそこで叫ぶようにして

 「いやだからなんでもないんだって! 扉開いてすぐにこっち来ただけだっつの? おまえらが遅いんじゃねーか?」

 「まあ。そういうことなんじゃねーの? オレとか大分ビビって外出てこられなかったし。また始まっちゃうよどうしよーってちんたらしちゃってたし」

 そう言って桑名を弁護したのはヨースケだった。

 「各個室からここまでの距離は大きく違います。それに合わせて扉が開かれる時間も調節されています。全員がすぐに扉から出てくる前提で、全員がほぼ一斉にここにこられるように調整されているはずです。それが逆に集合できる時間帯の不一致を生んだのかもしれません」

 浪野が言う。

 「そう考えるならば。今ここに多門さん、赤嶺さん、粕壁さん、わたし、前園さん、桑名くんの五人しか来ていないのも、不自然なことではありません」

 「だろ? 密談はいぶかしみすぎじゃね? そもそも『人狼』同士は夜時間に話ができるんだろう? ここで密談なんてする必要あんのかよ?」

 「『狂人』と『人狼』ならどうなん?」

 粕壁が言う。するとマミが

 「それだと単独『霊能者』の桑名が敵陣営ってこと。最初に襲撃された内田がたまたま『霊能者』だったってことになるけど」

 「十分ありえるだろ常識的に考えて」

 「じゃあどうする気なの?」

 マミが冷静な視線を粕壁に向ける。粕壁のやろうとしていることを代弁したのは、浪野だった。

 「桑名くんと前園さんのお二人に、なにを話していたのかを別々に聞けば良いでしょう。もし内容が食い違えば、それはお二人が人に言えない話をしていた証左に他なりません」

 「そういうことね」

 言って、粕壁は桑名の耳をふさぐ。

 冷たい手だな。桑名は思った。そして少しだけ、本当に直接触れて見て分かる程度にだが……震えている?

 何も聞こえない。粕壁がなにやら話しているのだけが分かる。彼女の手を通して、粕壁が声を出していることが伝わってくる。絶対に何も聞こえないように力を込める粕壁の両手はしかし、信じられないほどに弱々しかった。

 ……さっきまではあんなふてぶてしい態度しやがって。結局はおまえもびびってんじゃねぇのか?

 そう思っていると、桑名の両耳を覆っていた手が放される。

 「ほらクソビッチ前園は終わったから。桑名、何話してたか、言ってみ?」

 「前園さんとオレはどうやら昔知り合いだったようなんだ。そのことについて話したんだよ。詳しい内容まで聞くか?」

 「あっそ把握」

 そう言って粕壁は桑名を開放する。

 「一致しましたね」

 浪野がそう言って微笑む。

 「そうね。クソビッチはともかく、桑名にこの状況で口を合わせられる脳みそがあるとは思えない」

 心外なことをいう粕壁だが、しかし嫌疑は晴れたらしい。良かった。桑名は思う。こんなどうでもいいところから、疑われるようになったのではたまらない。

 「……何をしていたの?」

 現れたのはリョーコだった。遅い奴だ。マミがリョーコに状況を説明する。桑名は粕壁から離れて、ふてぶてしくソファに座りなおした。

 「粕壁」

 桑名は粕壁のほうに視線を向ける。粕壁は足を組んで座り、「何?」とどうでもよさそうに視線を向ける。

 「おまえ実は、この状況にブルってんだろ?」

 そういわれ、粕壁は表情を赤くした。それから確かめるように自分の手元に視線を下ろし、片手を添えて、そこで始めて気付いた様子を見せる。

 自分でも気付かない程度に、この女も緊張を感じていたのだ。それを認めて、粕壁は悔しげな表情をこちらに向けると

 「そうみたいね。ありがとう、気付いてくれて」

 と、粕壁は途端にしおらしい表情を浮かべた。

 「こんなゲームに巻き込まれるなんて思わなかったから。みんなのためにがんばってみたけど、やっぱりダメみたい。桑名くんに言われて気付いたわ。あたし、ずっと怖かったようなの。もう耐えられないかもしれない」

 そう言って、粕壁は席を立って桑名の傍にやってくると

 「隣にいさせてくれないかしら。手をつないでもいい? 桑名くんとこうしていると、ちょっとは不安がまぎれる気がする。自分でも気付かなかったことに、桑名くんだけが気付いてくれた」

 そう言って粕壁は桑名に体を寄せ付ける。柔らかい体の感触、押し当てられる乳房。近くで見た粕壁の顔立ちは、整い過ぎるほどに整っている。桑名はどきりとした。

 そして、どきりとしたのが、顔に出てしまったらしい。しまった、そう思う桑名を見て、粕壁は途端に腹を抱えて大笑いをし

 「ちょ、おま。この程度でデレんなよ。あたしちゃんと手ぇ繋ごうなんてDQNには十年早いんだよ。残念でした」

 「死ねクソ女」

 「しにましぇーん」

 そう言って粕壁はけらけら笑う。性格はゴミの癖、自分の魅力を分かっているのだから性質が悪い。

 「何やってるのかな」

 リョーコが不機嫌そうに言う。桑名は肩をすくめる。粕壁は未だ腹を抱えていた。

 「無駄なことやってないでさっさと議論始めてよ。真剣に話をする気がないって訳? 命がかかってるのに?」

 「そうはいいますが」

 はるかが目を伏せて

 「まだ最後の一人が来ていませんから。ゲームに関わることはそろってからの方が、いいですよね」

 「いいえ」

 浪野が回廊のほうに目を向けて

 「来たみたいですよ」

 現れたのは、泣きはらした顔をしたジュンの姿だった。敵意に満ち溢れた表情をして桑名たち一人一人に視線をやると、最後にマミのほうに殊更強い悪意を放射して、それから低い声で搾り出すように言った。

 「誰がナオキくんを襲ったの?」

 「それを今から議論するのです」

 浪野がニコニコといった。

 「それでは。三日目の議論の開始ですね」


 ●


 席についたプレイヤーたちにまず訪れるのは、お互いの出方を伺うような沈黙だった。それはただの一秒、あるいはそれ以下の時間かもしれないが、しかし一瞬のプレッシャーは隠し事を抱えている桑名にとってとてつもなく重い。

 「ちょっと思ったんだけどさ」

 と、ようやく口火を切ったのはヨースケだった。

 「昨日の粕壁の投票先……あれなんだ? おまえマミに投票するんじゃなかったのか? なんで早川に入れてるんだよ?」

 もっともな疑問だ。視線を受けて、粕壁はけだるそうに髪を払ってから、挑発的にその白い足を組み替えて発言した。

 「別に? 一番処刑されそうなDTに投票しただけですしお寿司」

 「なんでそんなことするんだよ? おまえ早川は村人だと思ってたんじゃないのか?」

 「そうですがなにか?」

 「ふざけるなよ。なんで村人だと思う奴に投票するんだ? 自分に票が集まった時の為に、保身目的で一番処刑されそうな早川に投票したんじゃねぇのか?」

 その疑惑を受けて、粕壁はけろりとした顔で応答した。

 「そうだけど?」

 絶句するヨースケに、粕壁は余裕の表情で

 「あたしちゃん『処刑』とか気味悪いの嫌だし。DTが代わりに死んでくれるならそっちの方がいいに決まってるじゃないって」

 「そんな……。てめぇやっぱり保身に走ったんじゃねぇかよ。おまえが『人狼』だからか?」

 「『村人』が処刑を嫌がったらダメなの? 疑うだけならかまわんですよ? あたしちゃんとかふつうに見れば村人だけどね。でもんなことよりもっと重要な話があるでしょ常識的に考えて」

 「そうね……。それよりまずはリョーコと前園さんの『占い』の結果と、桑名の『霊能』結果を聞きたいところね」

 そう言ってマミがメンバーを見回す。待ってましたとばかりに桑名は宣言した。

 「おう。『霊能』結果だ。早川は『人狼』だった」

 どうだ。桑名は胸を張る。これで『人狼』二人に自分が『狂人』であることは伝わったはずだ。早川が『人狼』などあるはずもない以上、偽の結果を出した桑名は『狂人』以外でありえなくなる。

 「……へえ。ワタシも投票した一人だけれど……そう実際に明らかにされるとなんともいえない気分だね」

 リョーコがそう言ってうなずく。

 「『人狼』をひいたからあれだけ取り乱してたってこと? でも彼が『2』を選んで人狼になりたがるような人かな」

 投票して処刑に加担しておいて、ふざけたことを抜かす女だ。

 「きっとおふざけだったんだろうぜ」

 桑名は言った。

 「……マジでいってんのか?」

 信じられないという様子で、ヨースケが桑名を見つめる。桑名はうなずいた。

 「ありえねぇ。あいつに『2』を選ぶ度胸あんのか? あいつが『人狼』だったらふつうあんな取り乱し方はしねぇぞ? もっと挙動不審になって防御的な反応を取るような……」

 いぶかしむヨースケ。測るような視線を桑名に向ける。桑名はそこで、ついうろたえてしまう。どう返していいものか、と逡巡している間もなく、はるかが口を開いた。

 「ですが実際に『人狼』だったんです。彼の態度は攻撃的でしたが、それはぼろを出さないように必死だったからこそじゃないのでしょうか? それからやはり、誰もかもを攻撃していた態度は、誰が処刑されても問題ない立場だったからこそだと言えると思います」

 「人から処刑されたくなかったから、自分からがんがん人を攻撃して処刑対象に仕立てていたってことか?」

 「そう解釈するしかないと思います。そして、そこから一歩踏み込んで考察すると、彼に攻撃されていた人物は『人狼』とは考えにくいという考察を立てられますね。

 まず、彼から投票された粕壁さんは、『村人』で決め討って良いんじゃないかなと思います。粕壁さんは二票もらいで、昨日の時点で処刑されてしまってもおかしくはない人でした。彼女が『人狼』であれば、身内から投票などされるはずがありません」

 「あたしちゃんを『シロ』で考えるのはセンスいいね。けどさ前園、おまえ桑名のこと随分信用してる口振りだよね?」

 粕壁ははるかに視線を向ける。はるかはうなずいて

 「桑名くんは本物霊能者で見ても良いと思います。というより桑名くんが『偽者』だとして、『霊能者』に出るメリットが考えられません。彼は偽者とは言え暫定占い師の西山さんに『シロ』判定を受けている身です。その上で『占い師』と比べ軽視されがちな『霊能者』に出る必要がまったくないんです」

 「霊能者ローラー戦略については昨日話しましたよね? 重要度が低くかつ真偽判断の材料のない『霊能者』は、偽者が出れば本物ごと両方処刑してしまってかまわないのです。そんな危うい立場に、せっかく『シロ』を貰った人物がわざわざ出てくることは考えづらいのです」

 浪野が強調するようにして言った。粕壁は釈然としない表情で

 「でも実際桑名が臭いもんは臭い。それから早川が『人狼』にどうしても見えない。あのDTが『人狼』なんか引き当てたらもっと分かりやすくファビョるだろ絶対」

 「粕壁さんの主観ではそう思えるのでしょうね。ですがあの局面で『シロ』もらいが『霊能者』を宣言するメリットは限りなくゼロです」

 「それはこのゲームに詳しい浪野の考え方でしょ? 桑名が同じことを思いつかなかった偽者ってーケースもあるし」

 「では桑名さんがどういう目的で『霊能者』に出てきた偽者だと考えますか?」

 「それは……なんとも言えんね」

 「そういうことです。彼が合理的に動いているなら『偽者』ではありえないのです。ですが、ならばこそ桑名さんにはより本物らしい態度で動いていただきたいところではありますね」

 最後にそうダメだしをして、浪野は綺麗に微笑んだ。

 実際のところ、粕壁の推理は相当に的を射ている。実際桑名は偽者の『霊能者』。どういう目的で『霊能者』に出たのかといえば……『何も考えていない』が正解なのだ。

 論理的な思考の積み重ねでは、『何も考えずに霊能者に出てきた狂人』という桑名の正体には結びつかない。よって桑名はある程度安心していられる。自分が思考停止したが故に、安全圏にいるのだという事実には、少なからず情けないものがあったが。

 「じゃあ次は『占い師』は結果をお願い」

 マミがそう言ってリョーコとはるかに視線を向ける。口をあけようとするはるかを制するように、リョーコが前に出た。

 ……余裕がないな。

 桑名にはそう思えた。

 「『占い』結果発表だよ。占い先はマミ。結果は『シロ』」

 リョーコが言った。お? マミは『シロ』なのか。いや、マミに『シロ』を出すのか、というほうが的確だろう。

 「理由はよ? あんたがなんで仲良しこよしやってるマミゾウ占うのかあたし興味あるなー」

 粕壁がたずねる。リョーコは真剣な面持ちで

 「……潔白を証明してあげたかった。それだけ」

 「その理由は……積極的だとはいえませんね」

 浪野がいぶかしむように言った。

 「なんかヘン。なんで『人狼』を探してくれないの? ナオキくんは襲われて酷い目にあってるんだよ? どんな姿になってるか……分からないんだよ?」

 ジュンが悲しげに言った。ナオキが今、どうなっているのかは、分からない。人が良くて、勇気があり、拙いながらに人狼ゲームにも必死で取り組んでいたアイツ。

 見せしめとされた内田と異なり、ナオキの映像が流されなかったのは、なんらかのサインを利用して村にゲーム中で有効な遺言を残されるのを嫌ったためだろう。指を立てて死ねば『狩人』、それ以外なら『村人』というようなことができてしまわないように……。

 「潔白を証明する為に、人間だと思った人を占ったの? それとも仲間をかばったってことなの?」

 ジュンがそう言って首をひねる。リョーコは堂々として

 「違うよ」

 「でも、赤嶺さんってナオキくんのこと疑ってたよね? それでわたしとナオキくんの二人から投票されてたよね? このままだと疑われちゃうから『シロ』を出してあげたんじゃないの?」

 よりしろであるナオキが襲撃されたことで、ジュンは少なからず攻撃的になっているようだ。特に彼女にとって、ナオキに投票した唯一の人物であるマミへの『シロ』が印象良いはずがない。リョーコは首を振るって

 「理由なんてなんでもいいでしょうっ! ワタシがどうしてマミを疑ったかなんて……」

 「リョーコ。言いな。それがあんたのためよ」

 マミが冷静な声で言った。リョーコは途端にしおらしくなって、それからぶつくさともらし始めた。

 「ごめんなさいマミ。理由は……木島くんがマミを疑ってたのと同じ。この中で『2』を選んで『人狼』になるとしたら、それはお金が必要な人だと思ったの」

 「それだけ?」

 「……マミの昨日の動きが、ちょっと場をまとめているだけみたいに見えた。マミが村人ならもっとこう、積極的に発言して『人狼』をばんばん暴き出すんじゃないかなって……思ったから」

 親友に対する過度な期待が、裏返って疑いへと昇華されたということになる。悲しいことだ。もしもリョーコが『占い師』でなくただの村人なら、彼女は親友の真偽を確かめることもできずに疑い続けることになっていたのだ。

 「別にいいわよ。むしろこちらから謝るべきね。私がもっとしっかりしてたら、『占い』を無駄に使わせはしなかったのに」

 「……そんな」

 「どっちも悪くないって」

 ヨースケがとりなすように言った。

 「ほらこんなゲームじゃん? それにこうもいうじゃん? まったく疑わないままで成される『信用』はただの『妄信』だって。疑った上で分かり合うからこそその信頼関係には価値があるって。平成の剣豪ミヤモトマサシの言葉であーる」

 その意味不明な台詞に、マミとリョーコの表情が少しだけ弛緩した。ヨースケは見事に場を和ませることに成功している。三人の間で信頼関係が生じようとした、その瞬間だった。

 「では次はわたしの番ですね」

 はるかだ。その切り口に、皆の注目が集まる。

 「どうだった?」

 ジュンが期待の目で尋ねる。彼女は信じる占い師をこちらに決めたようだ。はるかはうなずいてから宣言する。

 「わたしが占ったのは赤嶺さんです。偽者の西山さんと同じですね」

 その発言を受けて、マミの方に注目が集まる。

 はるかは後出しなので、偽だとすれば『本物の結果に被せた、合わせた』という解釈もできる。よって、重要なのは『占った理由』のほうだろう。もしも今でっちあげた占い理由であれば、そうそう納得のいくものは聞けないはずだ。はるかの言葉に皆が注目する。

 「占い理由は、強く村の勝利を求めて発言しているようには思えなかったことです。

 状況を紙に書いてまとめたり、皆の進行役になったりと、存在感を出している人ではあったと思います。ですが、偽者の西山さんの言葉を借りるようではありますが、積極的に自分の視点での意見を出してはいないように見えたんです。また投票先も木島くんという『村人』にしか見えなかった人物で、理由のほうも『もし敵だったときに困る位置だから』という中庸なものでした。疑われたから、疑い返して、投票先に誘導しようとした、という風にも解釈できます。

 『村の勝利に積極的でない』という視点でいうと、他の人の意見に追従している発言ばかりの多門くんも上げられます。ですが昨夜は、やや言動に刺のある印象のある赤嶺さんを優先して占いました」

 「今起きた。三行!」

 粕壁がだるそうに目を開ける。はるかは苦笑してから

 「長すぎましたかね。でも三行なんて……夜時間ずっと使って考えてたことなので、そこまでまとめるのは少し……」

 「いいからあくしてよ」

 促されて、はるかは困ったように「うーん」と少しうなってから

 「存在感を見せてはいますが中庸で強く主張しません。

 投票先が浮いていて理由にもやや納得できない感があります。

 同様の位置である多門くんと比べて言動に刺があり防御的です」

 言ってから、少しだけうれしそうな顔で

 「できました! 理解してもらえたでしょうか?」

 「おk理解。リョーコのと比べたら大分しっかりしてる。それで結果はよ?」

 「はい」

 それから、結果が宣告されるまでの時間は、ほんの一秒にも満たなかっただろう。しかし桑名にはそれが恐ろしく長く思えた。それは、次の彼女の言葉が発せられる前と後とで、あまりにも状況が隔絶しているために後からそう思えるという話なのかもしれなかったが。

 「良いことなのかもしれません、ですが皆さんにとっては残念なのかもしれません。

 赤嶺さんの結果は……『クロ』。『人狼』でした」

 その結果に、リョーコとマミが目をむいてはるかのほうを見つめた。


 ○


 「私に、クロね」

 そう言ってマミははるかの方に鋭い視線を向ける。この表情だ。桑名は思った。敵対した人物に向ける悪意と敵意に満ち溢れたこの表情。気弱な女子なら一撃で陥落させてしまうこの攻撃性の為に、小中高と彼女はクラスの女子グループの女王であり続けたのだ。

 「どういうつもり?」 

 「……どういうつもりでもないです。あなたが『人狼』だった、その結果を伝えました」

 強い意志を持ってその視線を受け止めるはるかだが、しかしその肩がわずかに震えているのが見える。『人狼』という脅威におびえているのか、それとも偽るもの故の怯えか、いずれにしてもマミの気迫に押されてのものであろう。

 「ごめんねリョーコ。あなたを少しでも疑っていた私が悪かった。この女が敵ってことは、あなたが本物の占い師ということね」

 「そのとおりだよ」

 リョーコがうなずく。この二人のラインは完全に確定している。はるかが本物である場合、『人狼』はリョーコとマミの二人だ。

 はるかとリョーコのどちらかに人狼がいるのは確定している情報、はるかが本物だとするとリョーコが人狼となる。そして本物のはるかが『クロ』を出したマミこそもう一人の『人狼』となる。

 ではリョーコ視点。まずはるかが『人狼』で、残りのもう一匹はまだ占っていない『ヨースケ』『ジュン』『粕壁』『浪野』の中に潜んでいるということになる。

 これらは桑名が『狂人』であるからこそ知っている情報だ。村視点ではまだどうとでもいえる。ただどちらが本物であるかといえば、状況的に……。

 「これ前園のほうが本物っぽいアトモスフィア」

 粕壁が言った。

 「はあ? なんで?」

 リョーコが噛み付く。粕壁は飄々として

 「桑名から『クロ』出てる。それが本物にせよ偽者にせよとにかく『人狼』一匹処刑されてるって桑名は主張してるよね。その上で前園がマミに『クロ』出して、処刑させるたら? そうしたらどうなる?」

 「どうなるって……」

 「ゲームが終わる、ってことだな」

 言ったのはヨースケだった。

 「桑名は早川に『クロ』。前園さんはマミに『クロ』。もし桑名と前園が両方本物なら、今日マミを処刑した段階で二人『人狼』が処刑されてゲームが終わる。おれ達が勝つはず。逆に言えば今日マミを処刑して終わらなければ、前園さんは偽者濃厚ということになる」

 「……そうだね。前園さんが偽者なら、『クロ』なんて出せないんだっ!」

 ジュンが納得したようにいった。

 「ちょっと待ってよっ! そんなの考えてなかっただけかもしれないじゃない?」 

 リョーコがすぐさま反論する。桑名はこれに的確に切り返すことができたが、それをするかどうかの判断が付かない。リョーコとはるか、どちらが本物かなんて、分からないからだ。どちらの信用も下げられない。

 「前園さんはこの中でも考えてしゃべっている方に見えます。霊能者から一つ『クロ』が出ている状態で、『人狼』判定を出す意味が分からない訳はないでしょう」

 そこで、浪野が的確に切り返した。リョーコはうろたえたように

 「……そうだけど。だからって……」

 「考えられる理由その一。前園さんは『狂人』で、自分が処刑されることを厭わない」

 マミが冷徹に切り返す。

 「本物占い師の『シロ』である私に『クロ』を被せて処刑させることで、もう一匹の『人狼』が潜伏している『グレー』を多く取ることができる。それで翌日ゲームが終わらなかったことで前園さんが偽だと証明されるわね。そこで前園は処刑されるけど、これは全然痛くない。前園は『狂人』だから生存する必要がないもの」

 「すばらしい考察です。それなら前園さんがここで『クロ』を出した理由が説明できますね。自分を『処刑』させるというリスクを前園さんがどう取ったか、がネックとなりますが」

 浪野が納得したようにうなずく。

 「理由その二。前園は桑名を『偽者』と主張する気でいる。今日私を処刑して明日が来たとしても、百パーセント前園が『偽者』とはならない。人狼が残り一匹だと主張する『霊能者』の桑名が偽者であれば、当然前園は占い師として破綻しない。つまり前園は私と桑名、二人を議論の中で処刑するつもりでいる」

 そう言って測るようにしてマミは桑名とはるかに視線をやる。桑名には、これがありえないと分かる。桑名は『狂人』であって、それを仲間の人狼に伝えてもいる。自分を処刑しようと動くはずがない。

 「まあ。桑名を処刑するっていうのは、『人狼』にとってとても難しいと思うし、これは薄いと思うわ。きっと前園さんは『狂人』で、玉砕覚悟で私を処刑しに来たのでしょう」

 マミがそういって締めくくる。

 「じゃあさ。前園が偽者で『クロ』を出した理由その三……桑名が偽者で、グレーにいる仲間を守るため……ってのはどうこれ? 自分の仲間を処刑させないために、『村人』のマミに『クロ』を打ったっていう」

 それを主張したのは、マミではなく粕壁だった。

 「それはありえません」

 はるかがぴしゃりと反論する。

 「粕壁さんの言う仮定……わたしと桑名くんが共に偽者という場合でも、わたしが赤嶺さんに『クロ』を出すメリットは皆無です。今日『村人』の赤嶺さんを処刑して、粕壁さんの言うとおり『人狼』二人と『狂人』の残った状態で明日を迎えたとします。その場合なら当然ゲームは終了しませんから、わたしか桑名くんが偽だと露呈します。こんなことをする必要性はないんですよ」

 綺麗な反論だ。桑名は思った。

 「そもそもそれをやるなら、村人に『クロ』でなく仲間に『シロ』を出すでしょう。村が桑名くんを信頼するなら、今現在処刑余裕は一つあるということになっています。『シロ』が出ている人が安易に処刑されたりはしないはずですから、明日わたしが破綻することを防いだ上で仲間を守れるのですから」

 「……ぐう正論。だよな言ってみただけ。スマソ。桑名の真偽に関係なくこの状況で『クロ』出せるクソビッチ前園はやっぱ本物よりね」

 粕壁もこれには納得せざるを得なかったようだ。

 「粕壁はどんだけ桑名を偽者に仕立て上げたいんだよ……。つかさ、粕壁が言ってた前園さんと桑名両方偽ってのありえなくね? 前園さんが偽者ならリョーコが本物だろ? 桑名はリョーコの『シロ』じゃん?」

 ヨースケが主張した。浪野が流暢に反論する。

 「そうとは言い切れません。『狂人』という線が考えられます。『狂人』は占っても『人間』判定しか出ませんので」

 「そも桑名は偽なら『狂人』って位置だ。『シロ』貰ってから『霊能者』に出るメリットは『人狼』には薄い。本物の『霊能者』もろとも『処刑』されるなら『狂人』の仕事としては十分……つーか『占い師』に出ないならそのくらいしかないとも言える」

 粕壁が浪野の主張を引き継いだ。

 「そうだ。これなら桑名が本物に見えないのにも納得がいく。桑名は『狂人』……。うっはあたしちゃん天才杉内」

 そう言って粕壁はうれしそうに自分の足をたたいた。

 桑名としては、このどんぴしゃりの考察には反論するしかない。

 「待てよ。オレが『狂人』ってことは内田が『霊能者』だったってことだろ? 内田が『霊能者』引いてる確率って何パーセントだよ?」

 「十一人いて『人狼』意外の役職が九人だから九分の一? 割とありえますし?」

 「十分レアだよ。だいたいオレが『狂人』でも『霊能者』になんかでねぇって。だってさ、その、ローラー? っていうのに巻き込まれるかもしれないのに出るかよ」

 「だから『狂人』が生きてることは人狼陣営の勝利条件に含まれてないの。むしろ『人狼』の代わりに処刑対象になるくらいの心積もりがいるだロッテ」

 「あるかってんだそんな心積もり! なんでそんなにオレを偽者に持って行きたいんだよ?」

 桑名は弱り果てたようにして言った。実際のところ、桑名に『処刑』されるつもりなど微塵もない。首を絞められて吊るし上げられる早川の姿を見てからは尚更だし、そうでなくとも『処刑』なんて気持ちの悪い響きの行為を自分が受けるなどありえない。

 「……まーそうだわな。桑名に仲間の人狼のために処刑されようなんて根性あるとは思えない……のよね」

 「ほらみろオレは本物なんだよっ!」

 桑名は啖呵を切った。単独カミングアウトの『霊能者』、この事実は桑名にとって非常に重たい。何も考えずに宣言して手に入れた立場であるが故に、如何に論理的に考えても桑名が『狂人』という事実を確信することはできない。

 「今のは粕壁が桑名を無理やり偽者に持っていこうとしたように見えるな。そもそも桑名は一人しか出ていない『霊能者』だ。『狂人』なんてありえないよ」

 ヨースケが言った。

 「粕壁やっぱりおまえが一番怪しいんだよな。『2』を選んで『人狼』になりたがるのなんておまえくらいのもんじゃねぇのか?」

 「ううん。それは違うよ。粕壁さんはたぶん『村人』だと思う」

 言ったのはジュンだった。自分から発言することの少ないジュンの言動だ。皆が注目する。

 「あのね。わたし本物占い師は前園さんだと思う。赤嶺さんはナオキくんが疑ってた人だもん、きっと『人狼』だよ。その『人狼』に『クロ』を出してるなら前園さんが本物だよね? 

 それでね? 前園さんが本物なら『人狼』って赤嶺さんと早川くんだよね? 粕壁さんは人狼じゃないんだよ」

 「おまえな……」

 桑名はついそう口にした。ナオキが疑っていたから、完全にマミを『人狼』で決め討つ。その思考が土台にあるならば確かにその考察は成り立つだろう。しかしいくらなんでもそれは、思考停止そのものなのではないか?

 「なんで木島くんに疑われてたってだけで私が『人狼』になるのかしら?」

 マミは忌々しげにジュンに尋ねる。ジュンは毅然とした様子で

 「だって『人狼』はナオキくん襲ったでしょ? じゃあナオキくんが疑ってた赤嶺さんが『人狼』なんでしょ?」

 「なにそれ乱暴すぎるよ」

 リョーコが困惑した様子で

 「冷静に考えてジュンちゃん。そんな単純な襲撃をしてくるはずないって」

 「じゃあ『人狼』はどういう理由でナオキくんを襲撃先に決めたの? ナオキくんに疑われてた、以外にナオキくんを襲いたくなる理由って?」

 ジュンは透明な目でリョーコを見つめた。

 「そんなのいくらでもあるじゃない? マミを疑ってた以外で木島くんの主張に『人狼』が邪魔と思うのがあったとか。単純に『村人』だと思われてた人を襲ったとか」

 「ナオキくんは一票、赤嶺さんから貰ってた。少なくとも一人から疑われてた。もし『村人』だと思われてる人を襲うなら、グレーなのに零票だったわたしか多門くん、それか『霊能者』の桑名くんか『シロ』の浪野さんを襲撃するよ!」

 ジュンはそう強い口調で言った。おもしろいな、桑名は思った。昨日はまるで役立たずなジュンだったのに、ナオキが死んだ途端、仇討ちに燃えるようにして一気に多弁となっている。特にマミに対する攻撃性は見ていてもすさまじい。マミをナオキを襲った『人狼』に持っていくための推論を、さまざまな要素から貪欲に取り込んで主張している。

 「でも……確かにナオキが襲われたってのは興味深いよな。なんであいつだったんだろう?」

 ヨースケがいぶかしむ。

 「彼の意見が邪魔だったのは間違いないと思います」

 はるかが答える。

 「『人狼』が襲撃先に選びたい人物は、大まかに分けて三通りあると思います。

 まずは『占い師』や『霊能者』などの、『本命』となる村役職者。

 次にその『本命』を守る役割を果たす『狩人』。

 最後に『人狼にとって不利な意見を持っている人』。

 この三つのうち、木島くんにありえるとしたら最後の一つ以外にないはずです」

 「……どういうことだ?」

 桑名ははるかに尋ねる。

 「まず木島くんは占い師でも霊能者でもないですよね? それから、『人狼』から見ても彼は『狩人』には見えなかったと思うんです。

 だって、木島くんは『自分はただの村人だ』と宣言して『柱』に出ていました。もしも彼が『狩人』ならばそんな行動には絶対に出られません。『人狼』にも木島くんはただの『村人』に見えたはずです。その上で彼が襲われたということは……」

 「『意見噛み』以外にないってことか」

 ヨースケはつぶやいた。

 確かにそのとおりだ。ナオキが襲撃される理由はそれ以外にない。ナオキが考え主張していたことのいずれかが『人狼』にとって邪魔だった。

 ……だとすれば、どの考察がそうなのだ?

 「クソ偽善者木島が目立って主張したのって、『役職保護の柱』と『占い師から処刑なら二択で敵が殺せる』と、あとは『マミゾウが怪しい』くらいだよな?」

 粕壁が腕を組んでそう言った。

 「『柱』は重要でもなんでもないただのアホのアホ発言。『占い師から二択』もろくに考えてないことが良く分かる。『人狼』が嫌がりそうな主張なんて『マミゾウが怪しい』しか残らない件」

 「そうだよ。やっぱり赤嶺さんがナオキくんを襲ったんじゃないの?」

 ジュンが主張する。マミは首を振るだけだった。

 「そこまで声高に主張されたら、あなたが『人狼』なんじゃないかと思えてくる」

 「わ、わた、わたしがナオキくんを襲ったってっ! い、言ってるのっ!」

 顔を真っ赤にして、ジュンはマミに詰め寄った。唇を振るわせて、怒りに冷静さを失っている。

 「なんでっ! そんなことありえない。絶対にない! わたしはナオキくんを酷い目にあわせたり絶対にしないっ!」

 「お、落ち着きなよジュンちゃん」

 リョーコはジュンの肩に手を置くが、すぐに振り払われる。それから息を荒げてマミを見つめて

 「おまえなんか処刑されちゃえばいいんだっ! それでゲームが終わるはずだもんっ! ナオキくんに謝ってっ!」

 「……話にならないわ」

 マミはそう言って首を振るった。

 「しかし現時点で赤嶺さんを処刑するというのは、非常に合理的な進行に思えます。もしマミさんが村人でゲームが終わらなかったとしても、前園さんの真偽をはっきりさせられるのですから。二つ目の『クロ』である赤嶺さんを処刑してもゲームが終わらなければ前園さんは破綻です」

 「マミを処刑するの?」 

 リョーコが不服そうに言う。浪野は静かに答えた。

 「それで間違いないと思います。

 今現在八人残り、処刑と襲撃で二人ずつ減りますから、8→6→4→2で三回処刑のチャンスが残っている。早川さんで『人狼』が一人処刑できていますから、敵が二人で処刑回数が三回。一つ余っています。前園さん視点では自分の『クロ』を処刑でき、西山さん視点ではもともと余っている一回の処刑を使用するだけ。なんの問題もありません」

 それに反論したのはマミ自身だった。

 「生き残りたくてあがいてるように見られそうで嫌だけど、反対しておくわ。今日のうちに『占い師』のどちらかを決め討つ……つまり前園さんを処刑するべきよ」

 「それは前園さんを偽できめ討つしかないあなたの視点です。フラットな視点では、余裕があるうちは『占い師』の真偽決め打ちは、ぎりぎりまで先送りにしておきたいんですね。本物占い師の処刑は村人陣営の敗北に直結します。判断材料をできるだけ増やして行うために、今日あなたを処刑するのがもっとも安定するのです」

 浪野の意見はすさまじく正しく見えることだろう。桑名にはそれが理解できるが、しかし実際には村人の迷妄であることを知っていた。浪野の主張する『処刑余裕一つ』が、そもそも幻想なのだ。桑名の嘘が作り出した、幻想。それに、浪野は惑わされているだけに過ぎない。

 「私はリョーコの『シロ』よね? 私を処刑してもリョーコが、つまり本物占い師がまだ占い結果を出していない『グレー』は狭まらないわ。前園が『狂人』に思えるって話はさっきしたわよね? 明日前園を処刑したとしても、その翌日の最終日に『多門くん』『神田瀬さん』『粕壁さん』『浪野さん』の四人が『グレー』として残る。四人中一人の『人狼』を的確に当てるのは難しいはずよ」

 「西山さんは明日以降も占い結果を出してくるはずです。『クロ』が出ればそれでよし、『シロ』が出れば『人狼』の潜伏範囲を狭めることができます。明日と明後日で最大二回、『占い』結果を出すことができるのです。十分に戦える範囲ではないかと」

 「リョーコが明日以降生き残れるとは限らないわ。今日私を処刑すれば前園は占い師として破綻する。『狂人』の前園は人狼に切り捨てられて、すると当然リョーコが襲撃されるわよね? 前園を生き残らせる必要がない以上、対抗しているリョーコを残す理由は人狼にはないんだから」

 「西山さんは死なないでしょう。『狩人』の護衛が入っていますから」

 「どうしてそういいきれるの? 『狩人』が前園を本物で見ていたら? それともあなたが『狩人』だとでもいうの?」

 「『狩人』を探す発言はいただけませんね。

 いいですか? 赤嶺さんを処刑した場合、狩人は絶対に今夜以降西山さんしか護衛しません。何故なら、赤嶺さんを処刑しても『夜時間』が来る時点で、前園さんは偽者濃厚の『占い師』となるのですから。護衛は西山さんに入ります、狩人が生きていれば、ですが」

 そういわれ、マミは今気付いたとばかりに目を見開いた。

 「……なるほど。確かにそのとおりね」

 「西山さんが今夜襲撃される可能性があるとしたら、それは『狩人』が早川さんか木島さんか内田さんのいずれかがであった場合のみです。今日赤嶺さんを処刑しても、西山さんの占い結果があれば十分勝算がある。

 今日赤嶺さんを処刑すれば、前園さんが本物なら村人陣営の勝利。西山さんが本物でも、彼女の本物を確定させた上で処刑2回人狼一匹で勝負ができる。

 なので赤嶺さんは村人だとしてもここで処刑してしまうのが最善なのです。おとなしく処刑されてはいただけませんか?」

 言われ、マミは反撃の言葉を見失う。その表情は、処刑への恐怖でわずかに青ざめていた。

 「あーなに? そんな顔しちゃう? ていうか言い負かされちゃいますかそうですか。そんだけ無駄に足掻くんであれば、確かにマミゾウ人狼はあるかも分からんね」

 そういったのは粕壁だった。

 「赤嶺人狼の前園本物占い師が本線だとは思うけど。でもあたしちゃんマミゾウ処刑には賛成できないんですね」

 「どうしてでしょうか?」

 そう言って目を細める浪野に、粕壁は両手をさらして

 「あんたの今の意見は『早川で人狼を一人処刑できている』が前提なんですね。でもあたしちゃんはそうは思ってない。だから今日の処刑先には桑名を推しておく」

 「はあ? んなもん認めるかよ」

 桑名は叫んだ。

 「マミを処刑しとけば問題ないって言ってるだろうがよ? なんで邪魔するようなことをいうんだ?」

 「な……マミを処刑って、桑名あんたまでっ! 村人を処刑って正気なの?」

 リョーコが叫ぶ。うざい、ノイズでしかない。

 マミは仲間の人狼である可能性のある人物だが、しかし自分が処刑されるのに比べたら百倍マシだ。

 「桑名が『偽者』なら当然処刑してしまって問題ない。偽者なんだから死ねばいい。

 本物だとしても問題ない。桑名は早川で『人狼』が処刑できたと主張している。桑名偽の可能性をケアする余裕があるなら、ケアするべき。実際桑名は臭い」

 粕壁は主張する。それを受けて、はるかが深刻な顔で

 「確かに桑名くんを処刑すれば、早川くんか桑名くんのどちらかで敵陣営が一人処刑できていることが確定させられますが……。ですがわたしの立場から賛成することはできません」

 それはそうだろう。はるかは自分のことを『本物』で見ると言っていた。いや、それ以前に……

 「そもそもわたし視点では赤嶺さんという絶対に敵だといえる人がいるんです。今日わたしが処刑先として主張するのは、彼女以外にありえません」

 「それ言えるなら印象良いよ。でもあたしちゃんとしては桑名処刑したくてたまらんね。というかみんなガチで桑名『霊能者』、そんでDTが『人狼』だった信じてる訳?」

 「……そこだよな。早川が『人狼』ならもっと取り乱すっつーか」

 ヨースケがそう言って暗い顔をする。

 「というかさ。レイジか早川のどっちかが敵とか……マジ勘弁してくれよって感じなんだけど」

 「どっちか敵なら思考停止して両方処刑すればいいだけね? 簡単なことねこれ」

 粕壁がそう言ってヨースケに視線を送る。ヨースケは深刻な顔でそれを受け止めて……

 「処刑させないよ。桑名くんはワタシの『シロ』なんだよ?」

 リョーコが主張する。ありがたい。味方でも敵でも、偽者でも味方でも。非常にありがたい援軍だ。

 「当然マミだって処刑させない。ワタシが今日主張するのは西山さんの処刑っ! 今日ワタシを本物で決め討ってっ! それが一番勝利への近道のはずだからっ!」

 全員の主張が入り乱れ、場は途端に混沌としてくる。特定の指揮役、村人陣営だと確実に言える立場の決定役がいればこうはならないが……もっともそれに近い立場の桑名も粕壁に強く疑われている状況だ。

 「……埒があきませんね」

 激しい議論の中で、浪野が静かに声を発した。それから、おだやかながら良く通る声で、言った。

 「決を採りましょう」

 捻じ曲がった議論の中で、発せられたその一言に、皆が振り返った。

 「このまま闇雲に投票に入るのは得策ではありません。全員の意見をまとめて、今日の進行を決めておくべきです」

 そう言って、浪野は机の上にノートとペンを投げ出した。

 「まずは今の状況をまとめるところから。いいですね。皆さん」


 ●


 ☆暫定占い師

 西山良子:桑名零時○ →赤嶺マミ○

 グレー:浪野なにも 多門洋介 神田瀬純 粕壁あおい

 前園はるか:浪野なにも○ →赤嶺マミ●

 グレー:多門洋介 神田瀬純 粕壁あおい


 ☆暫定霊能者

 桑名零時:早川恒和● 


 襲撃:内田守→木島ナオキ

 処刑:早川恒和→?


 「決を採るって……そんな必要あるのか? 投票時間で決めちまえばいいだろ?」

 そういったのはヨースケだった。それに首を振ったのは粕壁だった。

 「組織票ありますし? 人狼と狂人で三票もってる。ここで話し合ってきめとかないと、投票の時否応なく村人陣営に三票入りますんでそこんとこ」

 「……そんなのここで決をとっても同じじゃねぇかよ」

 「単純な多数決しかしないならそうでしょう。しかしこうして話し合いの中で決をとれば、恣意的に議論を誘導しているグループを発見することはできます。それに、今日の処刑先として決定したその後の対応もできるようになります」

 浪野は言った。それに続けてマミが

 「ありがたい申し出だわ。このまま投票に行ったら問答無用で私が処刑されそうだもの。その『組織票』とやらも絡みそうだしね。……何より、こうやって話し合うことで、もう一人残ってるはずの『人狼』の位置も特定できる」

 そう言ってマミは鋭い目線を向け始めた。

 「さて、今日の処刑先候補ですが……」

 浪野は瀟洒なこれまでに出た案を紙に書いてまとめてみせる。

 「これまでに出た意見は処刑先の三通り。『赤嶺さん』『前園さん』『桑名さん』の三択ですね」

 処刑先候補に自分の名前があるのを見て、桑名はすぐに食って掛かった。

 「おい本気でオレを処刑するのを検討するのかよ? オレは本物霊能者だ」

 「わたしもその可能性が濃いと見ています。ですが意見として出ている以上は、皆で検討するべきでしょう。あなたのするべきことは、自分を処刑するのが如何にばかばかしいかを主張することです」

 浪野は流暢に答えた。

 「まず『赤嶺マミ』さん処刑ですが。これは彼女に『クロ』を出している前園さんを信用する処刑先というよりは、霊能者の桑名さんを信用する処刑先といえますね。

 桑名くんが本物前提で、前園さん本物ならその時点でゲーム終了、偽者だとすればそれが露呈するというメリットがあります」

 浪野が言うと、それを引き継ぐようにはるかが声を発した。

 「正確には『わたしか桑名くんのどちらか』を信用する処刑先ですね。桑名くんが仮に偽者だとしても、わたしが本物占い師である以上、赤嶺さん処刑は無駄になりません」

 その捕捉が終わると、浪野が静かに頷いてペンを手に取り、今の内容をまとめた。

 「次に『前園はるか』さん処刑について。これは明確に、西山さんを本物できめ討った処刑先ですね。

 西山さん本人と、前園さんから『クロ』を出されている赤嶺さんはこの立場では、この処刑は『敵陣営を始末する』ものとなります。ではフラットな立場でのメリットはどうでしょうか?

 桑名さんを本物とした場合、前園さん視点では早川さんと赤嶺さんで二人の『人狼』を見つけきっている状態になります。彼女を処刑すれば、ノーリスクで明日に回すことができるという訳です」

 浪野は流暢に垂れ流す。しかし、その処刑はフラットな村人陣営にとっても意味が薄いんじゃないか。『真偽不明』で前園を処刑しても、結局明日以降に前園か西山のどちらが本物かを考えなければならないことに違いはない。ならば今日は赤嶺を処刑して、真偽判定の要素を増やすべきのはずだ。

 「わたしは反対だよ」

 ジュンが意見する。

 「難しいことは良く分からないけど、でもわたしは前園さんは本物だと思うし。それに処刑回数は限られてるんでしょ?」

 「お花畑神田瀬にも分かることですね。なに今の」

 粕壁がいぶかしむように言った。

 「『人狼見つけきってるから処刑していい?』あんたの言うことには思えないンゴ。わざとアホな理由挙げて却下させるスタイル?」

 「メリットとして考えられることを挙げただけですよ。というより、両占い師をフラットに見るのであれば、それくらいしか前園さんを処刑する理由がないとも言えます」

 マミは憮然としている。リョーコは何か言いたげに波野を見ているが、割り込む隙がないという具合だった。感情的に突っかかったところで、自分たちの印象を悪くするだけだ。

 「最後に『桑名零時』さん処刑について。これは両占い師どちらに寄った意見でもありません。あくまで『桑名くんを偽者で見る』処刑先ですね。

 フラットな立場でのメリットとしては、『桑名さんか早川さんで確実に人狼陣営を一人始末できる』というものがあります。デメリットとしてはもちろん、桑名くんが本物であった場合、処刑回数の浪費となってしまうということです」

 以上のことを、浪野は用紙に書いてまとめてみせる。


 赤嶺マミ処刑

 メリット:前園と桑名が本物なら村勝利。桑名偽前園本物なら人狼を一人処刑できる。この処刑の後四日目が来れば、桑名か前園のどちらかが偽者と確定。

 デメリット:西山が本物なら処刑の浪費。


 前園はるか処刑

 メリット:西山本物なら敵陣営を処分可能。桑名本物の場合、前園が人狼の騙りでないことが判明。

 デメリット:前園が本物なら処刑の浪費。


 桑名零時処刑

 メリット:桑名か早川のどちらかで敵陣営が一人処刑できる。桑名偽の場合のケア。

 デメリット:桑名が本物なら処刑の浪費。


 「客観的な事実だけを書くならばこんなところでしょう。何か捕捉や訂正はありますか?」

 誰も声を挙げない。書かれているのは客観的な事実ばかりだからだ。

 「得られる情報は、マミを処刑したときが一番多いのか」

 ヨースケが難しそうに言う。

 「何より、もし前園さんが本物だとすればそのままゲームが終わっちまうっていうのが、とんでもなく魅力的だな……」

 「終わらないよ。絶対に」

 リョーコが強い口調でそういった。

 「桑名くんは本物で見てもいいと思います。今日赤嶺さんを処刑して被害を食い止めましょう」

 被害を食い止める、という前園の言葉に、ヨースケは殊更反応したらしい。

 「……被害を食い止めるどころじゃないわ。拡大することになる。私という村人を処刑することによってね」

 マミは言う。粕壁はへらへらとしながら

 「あれ? マミゾウさん随分と生き汚くない? あんたが『村人』ならここは自分を処刑してくださいっていうべきなんじゃないん?」

 「なんで村人が柱に出るのよ。木島くんが同じことした時あなたものすごく批難したじゃない」

 「状況が違います」

 言ったのははるかだった。マミは険しい視線をはるかに向ける。はるかはそれを受け止めて、プレッシャーに耐えながら主張した。

 「桑名くんが本物であなたが村人なら、あなたが処刑されることでわたしの偽が証明される、ずっとその話で進んでいます。あなたが村ならこれに乗っても良いはず。それができないのは当然、あなた自身が『人狼』の最後の一人だから……」

 「黙れブスっ! 私が『柱』とかする訳ないだろゲロ女っ! 」

 マミのその一喝で、場の空気が引き裂かれたようにうごめいた。はるかは息を飲み込んで身を引く。マミはかつていじめっ子だった時にも見せたことがないような形相で

 「村人を処刑していいはずがないでしょうが! 偽者がぴいちくぱあちくさえずるなっ! ぶち殺すぞっ!」

 言って前園の髪の毛を掴み上げ、顔を近づけて絶叫する。その剣幕はすさまじいものだったが。前園は顔を引きつらせ、恐怖に震えて何もいえない。いつ心臓が止まってもおかしくなさそうな白い顔で、瞳を凍りつかせ口を半開きにしたまま全身を恐怖に震わせている。

 「薄汚いよそ者っ! 私に『クロ』なんて出してどうするつもり? 殺そうっていうの? 私を殺そうっていうの? ねぇ! なんとか言えよほらクソ殺人鬼っ!」

 マミのほうも必死なのだ。早川の処刑を見て彼女も相当の恐怖を覚えたに違いない。冷静に振舞ってはいても、自分が処刑されるという恐怖が彼女の潜在的な凶暴さを引き出している。誰もが何もいえなかった。

 「おまえがくたばれっ!」

 言ってマミは髪を掴んでいたはるかをその場に乱暴に放り出した。ふつうなら尻餅くらいはつけただろうが、全身が凍り付いているはるかはそれすらできずに全身を地面に投げ出してしまう。

 息も絶え絶えのマミに、ヨースケが駆け寄った。激昂したマミの表情はしかし青かった。その恐怖を悟ってか、ヨースケがマミの肩を抱いてソファに座らせる。リョーコはおろおろとしていた。

 息を吐き出すマミを、はるかは呆然とした表情で見つめていた。依然肩は震えていて、瞳からは恐怖の涙が流れ落ちている。うずくまり、吐き出しそうな声を発して、体を丸めてはるかは顔を隠した。床には雫が落ちている。

 その姿は、確かに虐げられた後の樋口はるかだった。『カエル』と呼ばれ誰からも軽視されいじめられていたかつてと、なんら変わりない無力な姿。桑名は彼女に駆け寄ってやろうと腰を浮かせたところで、すぐにまた座り込んだ。

 ……オレは『狂人』だ。

 傷ついた女の子に駆け寄ってあげたい? 無様な綺麗事だそんなのは。女を落とすためのパフォーマンスとして行うのならともかく、自らの独善的な心配で駆け寄るその行為は、桑名の美学にもっとも反することだ。

 何故ならオレはこの子を殺そうとしている。この子を殺して自分だけが生き残ろうとしている。その事実を改めて桑名は反芻する。その事実に行き当たるからには、桑名が彼女に善意を持つことはならない。殺そうとしている相手を心配して駆け寄る? オーケー、最悪に偽善的で醜悪だ。

 「おらクソビッチ。泣いてんな」

 言って、はるかの腕を掴んで乱暴に立たせるのは粕壁だった。無理矢理立たされたはるかは、恐怖に歪み弱りきった表情で粕壁を見る。粕壁はそれを見て、はるかの両肩を掴んでソファに押しこんだ。

 「あんたが本物ならあたしの命運はあんたがかりなのよ。しっかりしてよ」

 その言葉にいくらか慈悲が込められているのを桑名は感じた。はるかは「すいません」といって目元をぬぐい、ポケットからティッシュを取り出して鼻をぬぐった。

 「議論は再開できそうですか?」

 浪野が冷徹に場を仕切る。ヨースケが「ちょっと待ってくれ」とマミの背中をさすってやりながら言った。

 「ちょっともう、大丈夫よ」

 言ってマミがヨースケの手を跳ね除ける。しかしまだ興奮が冷め遣らぬ様子で、血走った目ではるかを捉える。はるかは怯えたように身をすくませた後、息を飲み込んで、それからマミのほうを見据えて言った。

 「……さっきわたしがした主張は、そのまま赤嶺さんが『人狼』である証左たりうると思います」

 強いな。桑名は思った。髪を掴まれて怒鳴られたことで泣き出してしまう脆さと同時に、それから立ち直り尚マミに言葉の刃を向ける強さをはるかは持ち合わせている。自らの占い結果が真実であると証明する、強い意志。あの『カエル』のどこにそんな勇気があったのだろう。

 「赤嶺さんが村人なら自分を処刑させることでわたしの偽を証明できるのです。それをできない以上彼女は最後の『人狼』。これはわたしが桑名くんを信用する理由にもなります」

 ……はずれだ。やはり自分はこの子をだましているのだ。しかしだとすれば妙だ、マミの激昂は自らの死への恐怖を下敷きにしていたように思える。しかしマミが処刑されてもすぐに死ぬという程ではない、早川を『村人』で見る限り、はるかが本物でもマミのほかにもう一匹リョーコという人狼がいるはず。ここまで焦る理由はないはずなのだが。

 「前園さん。こいつが今キレたのな、死にたくないからとかじゃないと思うんだわ」

 ヨースケが弁護するように言った。

 「前園さんが本物かどうか、こいつが人狼かどうかは分からんよ? でも一つだけ。マミは看護士になるんだと。国家資格だしな、なれれば家族の助けになるし、一生ものの資格取って安定した人生送ることは親孝行でもあるとかって。だけどな、看護士ってのは首吊りされて体のどっかにでも障害残ったら、なれる職業じゃないんだわ」

 その言葉を聞いて、はるかは何も言わない。口を強く結んで、歯をかみ締めるようにしながら押し黙った。

 「死ね。氏ねじゃなくて死ね」

 粕壁が言った。

 「今そんなこと話す時間じゃないですしお寿司。どうでもいいわ、んな平凡な将来設計。目標がある真面目な人間は素敵ですか? 素敵な人間は生死かかったくらいじゃキレませんか? 村人ですかそうですか」

 「だから俺が言いたいのは……」

 「おまえ前園偽で見るん?」

 酷く具体的な粕壁の問いかけに、ヨースケは押し黙る。

 「わかんねぇよ」

 恋人を村人と盲信している訳ではないらしい。ヨースケの立場はゲームが始まってからずっと中立だ。あやふやで、意見をはっきりさせないといっても良い。

 こういう奴こそが案外に怪しいと言えるのを桑名は知っていた。隠し事のある人物ほど、目立たたないように、うらまれないように、自分の立場をはっきりとさせようとしない。

 「……わかんねぇけど。でも悪いけど俺マミの彼氏なんだわ」

 と、ヨースケはとんでもないことを口にした。

 場の空気が途端に凍りつく。へ? と、桑名は口を開けていた。ヨースケが続ける。

 「マミの味方なんだわ。こいつが人狼かどうかなんてわかんねぇよ? だから前園さん、悪いけど君に投票するよ」

 「前園さん本物かもしれないのに? どうしてそんなことするの?」

 ジュンが言う。ヨースケは憮然とした顔で

 「前園さんが本物でマミが人狼ならそれはしゃーないわ」

 「恋人だから村人と信じてるってか?」

 アホか? とつけくわえたい気持ちで、桑名はヨースケに迫った。単純に、桑名はヨースケのあり方に違和感を覚える。自分の命よりも、自分たちの勝利を目指すための合理的な考察よりも、そんなわけの分からぬ奇麗事を優先するのか?

 「そんなつもりはねぇよ。つかそれおかしくね? マミだって場合によっちゃ『2』選んで人狼になるだろ? 特にこいつは金がいるんだし」

 「じゃあ尚更なんでんななんも考えないみたいなまねするんだよ」

 「だって俺マミの彼氏だし」

 「い、意味わからん」

 桑名は絶句した。呆れることすらできない。ただただ目の前の親友が理解できない。私生活ではこいつは仲間同士の情に厚い奴だった。仲間のやることならなんでもへらへら笑って受け入れた。いい奴だった……普段なら。

 「おまえには分からないだろうなぁ……。いやまあそういうおまえのこと愛してるんだけどなソウルフレンド」

 「意味分からん気持ち悪いおまえ」

 「辛辣だな。いやさ、マミを信じる云々じゃなくてさ。マミが人狼で大金欲しがってるなら別に俺はそれでもいいのよ。どっちにしろマミに味方するだけっつか……いや死ぬのは嫌だけどマミを殺すような真似はできないっていうか……」

 マミは押し黙った。恋人のすることなら、大金ほしさに自分たちを出し抜くことですら許容する。それは愛情には他ならず、それでいてどこか、どことなしに。

 「それって多門くんらしいけど、最低だよ正直」

 そこで、リョーコが口を挟んだ。

 「だってそれさ。多門くんは、マミに裏切られること自体は受け入れてるんじゃないの? マミが多門くんのことを殺そうとしているかもって、それは認めてるってことだもんね」

 普段は気の合わないリョーコの意見だが、その時の桑名にはとても納得の行く言葉だった。

 「それって結構酷いよ」

 「酷いか。俺彼氏失格か」

 ヨースケは困ったように言ってうなだれる。

 「思考停止する奴。面倒くせぇまあいいや決採るんでしょとっとと多数決するよ? あ、ちな前園と西山と赤嶺と桑名は投票禁止な」

 粕壁そこで声を出す。前園が頷いて

 「心得てます」

 そう言ってソファに座りなおして膝に拳を置いた。

 「はあ? なんでよ?」

 リョーコが目をむいて主張する。浪野が流暢に

 「フラットな立場にないからです。前園さんは前園さん自身に投票しません、赤嶺さんと西山さんは前園さんにしか投票しません、桑名くんは桑名くん自身に投票しません。なので公平な立場と目線から投票ができないのです。だからフラットな人間のみで決を採ります」

 「そ、そうなの?」

 ジュンがうわづった声で

 「えっと。とにかくわたしは投票していいんだよね?」

 「はいどうぞ自由に」

 「じゃあわたし、赤嶺さんに投票する」

 舌ったらずなその声に、マミは緊張したように息を呑んだ。

 「俺は前園さんに入れる」

 ヨースケは吹っ切れた顔で言った。はるかは何も言わない。何も言わずに、唇を結んでじっとヨースケとマミのほうに視線を向けている。何かをこらえているようだ、桑名はそう思った。

 「主張は変わりません。赤嶺さんを処刑して情報を増やすべきです」

 浪野が静かに言った。凛としたその声には妙な存在感がある。思えば議論を取り仕切っていたのは、この二日目から三日目を通して彼女だった。

 「あたしちゃんはずっと言ってるとおりね」

 粕壁は言う。リョーコが金切声を発した。

 「はっきり言いなさいよっ! マミを殺すんでしょ?」

 「日本語でおk。あたしちゃんが殺したいのは桑名ね」

 「一緒じゃないっ! ここで前園に入れないのはマミを処刑させるだけの行動よね! 汚いわ」

 「汚いって何それ意味不明杉内。あたしちゃんは桑名が偽者なんじゃないかって懸念が吹っ切れない。本物で見るのが濃厚な位置なのは分かるずっとずっとそうなの。でも怖い最後の最後で敵って分かりそうで怖い。だから今ケアしたい余裕が一つある今のうちに処刑したい。そうしないと安心できない」

 普段の砕けた口調が消えている。彼女も必死なのだ。

 「あなたたち投票変える気ない?」

 粕壁がそこで投票権を持つヨースケ以外の二人に視線を向ける。

 「ありませんね」

 浪野は言った。ジュンも頷く。粕壁はあきらめたように

 「ですよね」

 ヨースケには視線も向けない。ただ一人正解にたどり着きながらも、その主張は受け入れられずに消えた。ここを逃せば、桑名が脱落する機会はもう訪れない。明日ははるかが処刑されるだろう。そしてリョーコが本物認定を受ける。そして桑名は、そのリョーコの、『シロ』なのだ。

 「……実際の投票はこれとは違うはずよ」

 マミは言った。その声は心なし震えていた。

 「実際にそれぞれの立場で投票を行えばきっと前園が殺せるはずだわ。私とリョーコはそこに投票するんだから」

 「いや。それをするならフラットな四人で多数決した意味がない。あたしちゃんはしゃーないからマミゾウに入れるよ。桑名処刑できないなら、村で決めたことに従うまでですし」

 粕壁は言い切った。

 「桑名あんたもマミゾウに投票な。人狼陣営は組織票使って村陣営を処刑してくる。村がそれに対抗するには投票を合わせるのを徹底しなきゃ。訳わかんないまま村人が処刑されたら大変だから」

 「……おまえはオレを信用しないんじゃないのか?」

 「信用してないから言ってる。あんたが人狼陣営にせよそうでないにせよ、村の言うことに従わせておけば投票はひっくり返らない」

 粕壁はあくまで冷淡だ。

 「そうしていただくのがいいでしょう。今日は満場一致で赤嶺さんを処刑します」

 浪野はこの世界中を探ってもこれ以上はないほどに見事な笑顔を浮かべたが、それが笑っているのだと気付くのに桑名は数秒の時間を要した。自然な経過で笑顔に至ったように見えて、その脈絡も意味も桑名には想像できないからだ。浪野はいつも笑っている。いつも完璧な笑みを浮かべている。

 「あなたが村人ならその意思は次いであげますよ。きっと村人陣営は勝利します。あなたの犠牲は、無駄になりません」


 ●


 三日目:投票パート


 (0)桑名零時→赤嶺マミ

 (0)多門洋介→前園はるか

 (0)西山良子→前園はるか

 (5)赤嶺マミ→前園はるか

 (0)粕壁あおい→赤嶺マミ

 (0)神田瀬純→赤嶺マミ

 (3)前園はるか→赤嶺マミ

 (0)浪野なにも→赤嶺マミ


 赤嶺マミさんは村民協議の結果処刑されました。


 ●


 首吊りの光景が映し出される。マミの抵抗は早川以上のものだった。

 紙袋を被せられて登場したマミの様子は、どこかしら疲弊しているように見えた。ここまで来るのに、酷く暴れたのだろう。学生服から露出した体の部分良く見れば、痣の跡が散見される。

 ヨースケはこれをどういう気持ちで見守っているのだろうか。

 村人陣営の者たちからすれば、この処刑は希望そのものであろう。はるか―桑名のラインが本物であれば、これでゲームが終了するのだから。

 しかし。そうはいかない。仮にはるかが本物だとしても……早川が人狼というのは桑名視点ではほぼないといって良い可能性だからだ。

 抵抗するマミの体が処刑台から投げ出される。縄が完全に伸びきった後、バンジージャンプのように鋭く持ち上がるマミの体を見ていると、首吊り以前に落下の衝撃で首の骨が折れてしまわないかという疑問を感じざるを得ない。

 しかしマミは自分の首の縄に手をかけながら、左右に揺れながらもがいている。まだ生きている……そして、すぐに、動かなくなる。

 「赤嶺マミさんは村民協議の結果処刑されました」

 アナウンスが響き渡る。

 「これから夜パートを開始します」

 そのアナウンスは、村人たちにとって絶望的なものとなっただろう。


 ○


 マミが処刑されても尚ゲームが続いている時点で、『はるかー桑名』ラインは完全に崩壊。桑名かはるかのどちらかに人狼陣営(=狂人の桑名)が混ざっていることがばれてしまった状況だ。

 故に明日、四日目の昼パートで議論の焦点とされるのは、桑名かはるかのどちらが嘘つき、処刑対象なのかという議論になってくる。

 桑名は決して弁論に弱いという訳ではない。これまでは自分が『狂人』であることが露呈しないよう、余計なことは言わないよう心掛けてきたが、明日ははるかの方を処刑するためにいっそう攻撃的になる必要がある。

 その時はリョーコが味方してくれるはずだ。はるかを処刑しきることは彼女が勝利するための条件でもある。リョーコ本物に持って行ってはるかを処刑すること、それが明日桑名が生存するために求められる条件という風にいえる。

 そのためには、桑名は『本物霊能者』に見られることが必要だ。よって『本物霊能者』として自然な思考に見えるよう発言しなければなるまい。

 明日は当然、桑名は霊能結果を『シロ』で宣言する。そうしなければ桑名自身が破綻するからだ。早川『クロ』、マミ『シロ』の人狼一人生存中、リョーコ本物のはるか偽者というのが本物霊能者としての桑名の視点だろう。

 本物霊能者:桑名から見えている(ということになっている)村の役職者の内訳はこうなる。


 本物占い師:リョーコ

 本物霊能者:桑名

 人狼:早川(処刑済み)+α(はるか?)

 狂人:はるか?

 グレー(人狼の可能性のある人物):浪野・ジュン・ヨースケ・粕壁


 これを主張し、まず『人狼または狂人』であるといえるはるかの処刑を推し進めることとなる。桑名はそこまでの考察を済ませた。


 しかしこれは当然、本物霊能者としての桑名の視点であり、真実ではない。『狂人』としての桑名から見た場合の内訳の真相、というところに桑名は思考を傾けた。

 まず占い師の内訳だが、当然どちらが本物でもありうる。桑名―はるかラインが崩壊しているために『どちらかが偽者』というのは村視点明らかだが、ならば桑名が狂人であるからはるかが本物かというと、そうではない。

 何故なら、下記のような内訳すら考えられるからだ。


 本物占い師:リョーコ

 本物霊能者:内田(襲撃済み)

 人狼:はるか+α

 狂人:桑名

 グレー(人狼の可能性のある人物):早川・マミ・浪野・ジュン・ヨースケ・粕壁


 リョーコを本物占い師とした場合の視点はこうなる。すなわち、桑名とはるかで『どちらかが偽』ではなく『両方偽』として考えた場合の内訳だ。

 この場合はるかは当然人狼になる。もう一人の人狼位置として、まず除外できるのは早川とマミ。早川ははるかから投票対象にされて処刑されており、マミははるかに『クロ』を出されている。

 よって浪野、ジュン、ヨースケ、粕壁の中にいるということになるが……ぱっと考えただけでは、ヨースケ人狼というのは少々薄い。ヨースケははるかに投票し、マミ処刑を妨害している。はるかと仲間であるからこそ対立しているように見せ掛けた、と解釈できない限り『村人』でいい位置だ。

 同じく、粕壁が人狼というのも薄そうだ。粕壁は昨日一日を使って桑名を狂人で主張していた。早川が非人狼ならば、そこに『クロ』を出した桑名は人狼には狂人に見えていなければおかしい。そこを攻撃し続けるというメリットは人狼陣営にはあまりにも薄い。

 よってリョーコを本物で考えた場合の『人狼』位置は、自然に考えるならば『はるか+ジュン』あるいは『はるか+浪野』というところだろう。


 しかし実際にはるかが『人狼』なのかと言えば、やや考えづらいとはいえる。

 はるかが『人狼』だとして、この状況でマミに『クロ』など出せるだろうか、という疑問がどうにも尽きない。桑名は誰よりも早く率先して霊能結果を、そして自分が『狂人』であることを表明した。そこでわざわざ、狂人の桑名とラインの切れる結果を生む『マミ人狼』などと言い出すメリットがどうしても思いつかない。桑名が『人狼』ならば、あそこは仲間の『人狼』に『シロ』を出しておくタイミングだ。

 はるかが人狼だとすれば、村人の早川に『クロ』を出した時点で、桑名が狂人なのは見えているはず。単独霊能者の桑名から『クロ』が出た時点で村には処刑余裕が一つある(ように見えている)。余裕が一つある以上、占い師から処刑する必要も、占い師の『シロ』から処刑する必要もない。よって『グレー』処刑になるのは明白であり、仲間の『人狼』を『シロ』でかばってやっておきさえすれば、人狼陣営が処刑されるリスクは消えてなくなる。

 それは昨日、まさにリョーコがマミに対してしようとしたことだ。しかしその狙いははるかがマミを占ったことによって崩壊したのだ。


 本物占い師:はるか

 本物霊能者:内田(襲撃済み)

 人狼:リョーコ+マミ

 狂人:桑名

 その他は確定で村人陣営


 ならばこれは人狼陣営にとってまずい状況なのかといえば、そんなことはない。桑名が本物霊能者に見えている以上、はるかの信用は今ガタ落ちしている状況だ。翌日はるかを『偽者』として処刑できれば、最終日リョーコと桑名が共に生き残ってどうにでもゲーム終了に持っていける。

 おそらくこれこそが、桑名が目指すべき結末だ。桑名はその考察を終え、翌日に備えて深呼吸をする。

 生き残る。誰と対立しても、なにを犠牲にしても。

 はるかは今、なにを考えているだろうか。自分が『霊能者』の偽者だと知って、信じているといった自分に裏切られて、なにを感じているだろう。

 賢しく、そして卑怯になれ。桑名は自分に言い聞かせる。


 ●


 夢を見た。

 小学生の頃の夢だ。桑名が学級会で、鳥を殺してしまったことを告白した後のことだ。『カエル』は無実で自分が犯人なのだと、そう立ち上がって言い放った放課後のことだ。

 桑名はいつもの遊び場の公園で、仲間から異端なものとして弾劾されていた。何故『カエル』をかばったのかと。被差別者を味方したものは被差別者となる。わずかでも情を与えることは自分たちのグループにそむくことだ。……くだらない仲間意識ではあるが、桑名はそれに特別嫌悪は感じなかった。そんなくだらないことを徹底しなければ結束が続かないことを、良く理解していたから。

 『うるせぇよ』

 桑名はただこれだけ答えた。本当に悪いのは自分だから、無実の罪で吊るし上げられる『カエル』が気の毒だったから、本当のことを黙っているのはいけないことだから……。だなんて、そんな奇麗事を自分の口から言うのは、桑名にとって最高に格好悪いことだ。だから桑名は押し黙って『黙れよ』『うるさいよ』とだけ言い続けた。

 『もうこいつ放っとこうぜ』

 とばかりに、桑名は公園に一人取り残された。ため息をついて、つばを吐いて、ベンチに横になって空を見上げた。『正直』で『良いこと』をしたからといって、桑名の心に晴天は現れなかった。むしろ今にも鈍い雨が降り出しそうな、灰色の心地がずっと続いていた。

 湿り気を帯びた冷たい空気の中で、曇天の下で、桑名は見つけた。

 『カエル』だ。

 そいつは桑名の方におずおずとした視線を向けていた。近づくでも離れるでもなく、ただただこちらを見つめていた。桑名は仏頂面で立ち上がって、『カエル』に手を差し伸べた。

 『なんかして遊ぼうぜ』と。

 『カエル』はその遊びの中で、桑名に何度もアタマを下げた。自分ではなく桑名が弾劾されたことを、おずおず謝罪までした。引け腰なカエルに桑名は、少し尊大に、ぞんざいに、ぶっきらぼうに『いいよ』と繰り返した。

 その時の桑名に、自分が『カエル』に対して同情的になっていることを意識できた訳ではない。ただ、他に相手もしないからなんとなく、という気持ちでしかなかった。

 それっきり……それっきりだ。『カエル』がどうしたのかは桑名は覚えていない。彼女が転校して行ったのははたしていつだったか。その翌日以降の『カエル』の記憶がまったくないことから、ひょっとしたらその日を最後に『カエル』は学校を来なくなったのではないか? 元から休みがちなところもある女子だったし、そのまま気が付けば一日も桑名の前に姿を現すことなく転校していったとしても、記憶に矛盾はないはずだ。

 インコ。殺されたインコ。桑名が殺したインコ。あの時『カエル』はクラスのペットを殺した疑いをかけられていて、桑名はそれを傍観する真犯人の立場だった。

 容疑を認めない無実のものと、それを嘘つきと追求する何も知らない者たち、そして隠れている真犯人。そんな構図はこの世の中のどこにでも成立する。

 あの時、自分の罪を告白した桑名は愚かだったのだろうか。罪を告白して自らの立場を失墜させた桑名の判断は良かったのだろうか。そんなはずはないと卑怯者の桑名は冷静にそう考えるし、その一方で、どこか自分の中にもある良心らしきものが顕現したのだという、ごく当然の事実を認める気持ちもある。

 桑名零時は要領の良い遊び人である。といってもそれはまだ、彼のことを好意的に言い表したセンテンスだろう。彼のような振る舞いをする人物を毛嫌いする人間に言わせれば『小ずるいチャラ男』とでもなるだろうか。さらに言葉を選ばずに真実を言い表すならば、『軽薄な卑劣漢』ともいえるだろうか。

 そんな彼にも、確かにあるのだ。奇麗事を心から嫌悪する彼にも、わずらわしい良心らしきものが。そして騙しあいの場において、保身の場において、それは彼の身を打ち滅ぼす決定的な猛毒になりうる。

 ゆえに桑名は厳重に封印する。自らの善性を。

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