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霊騙り

 バカの考えは読まれません。でもバカになるって大変ですのよ。 ……ハンドルネーム:『粘膜皇女三世』




 桑名零時

 多門洋介

 早川恒和

 内田守 × :一日目襲撃死

 木島ナオキ

 西山良子

 赤嶺マミ

 粕壁あおい

 神田瀬純

 前園はるか

 浪野なにも


 残り10人


 人狼2狂人1占い師1霊能者1狩人1村人5

 現在は『二日目:昼パート』です。

 


 個室を抜けるとまずは回廊があった。洞窟のように薄暗く湿っぽく冷たい、そんな回廊だ。

 回廊を抜けると、そこにはガラスのような透明な壁のある空間があった。透明な分厚い壁の向こうには、クリアな海の景色を覗くことができる。美しい沖縄の海。ご丁寧に壁の傍にはソファと机まで置かれている。

 天井の色は冷たい青色のままだったが、その空間は他の場所よりいくらか温度を感じることができた。ふかふかしていそうなソファ、顔が映るほど磨きぬかれた机、ドリンクバーに冷蔵庫なんてものまで見える。そして景色は沖縄の海中。パーティ会場としては申し分ない空間だ。

 「桑名くん。……何をひきましたか?」

 そういったのは、ソファに腰掛けて一人思いつめた表情をしていたはるかだった。

 「はるかちゃん。……オレはその、何もひいてないよ」

 何もひかない、なんてことあるか。ここは『村人をひいた』というところだ。やべぇ、と早速のミスを桑名は自覚する。しかしはるかは、その回答を受けてしばらく桑名の表情を見て、それから安堵したように

 「……良かった。あ、でもこういうの聞くのって、本当は良くないですよね?」

 「え? なんで?」

 「だって……もし桑名くんが『占い師』とか『狩人』とか、大事な役職だとするじゃないですか。もし桑名くんがそれを言っちゃって、バレたら、『人狼』に襲われちゃうし……わたしがそのために桑名くんにそれ聞いたんだって……疑われちゃう」

 「……あ」

 なるほど思慮深い。

 「わたし。怖いんです、……わたしが皆さんに疑われないかどうか。疑われて、投票っていうので、選ばれちゃわないか……」

 「どうしてはるかちゃんが疑われるの?」

 「わたし一人だけよそ者だから……。皆さんは同じ高校の修学旅行生じゃないですか。なのにわたしだけ、ただの一人で来た旅行者。皆さんに信頼関係があればあるほど、わたしが真っ先に疑われちゃうんじゃないかって……」

 その疑いは確かに正当なものだ。実際問題、桑名もこの中で『2』を選んで『人狼』になったものがいるとするならば、それははるかと浪野ではないかとまったく思わないわけではない。自分の仲間が『2』を選んだなどと思いたくないものだ。

 「それってさ。先に言っちゃうことで『自分は人狼じゃありませんよ』ってアピールしてるだけだよね」

 そう言い放ったのはリョーコだった。剣呑な顔ではるかを見やり、探るような視線を向けている。

 「やめようよ。そういうの」

 言ったのはマミだ。

 「私たちがいがみ合っててもしょうがないじゃん」

 「……そうだけど。ごめん」

 しかられた子供のように、リョーコは引き下がる。はるかは息を飲み込んで、その場でうつむいたように下を向く。

 「全員、そろいましたかね」

 その声に振り向くと、そこにはさっきのバニーガールが立っていた。浪野なにもだ。

 浪野は例の完璧な笑みで高校生の一同を見回すと、ぱんと両手をたたいて合図をする。全員の注目を集めた後で、おだやかな顔で切り出した。

 「それでははじめましょうか。『人狼ゲーム』。この中にいる人狼はだれか? 話し合っていきましょう」

 「は、話し合えっつっても情報なんもないじゃん。どうするわけ?」

 言ったのはヨースケだ。震えた声でマミの傍に立ち、探るような視線を一人一人に向ける。その視線が桑名を通過する際、桑名は思わず息を飲み込んだ。長い付き合いの友人に、自分が『狂人』を引いたことを見抜かれるのではないかと思ったからだ。

 「な、名乗りでようぜ。誰だよ、『2』なんか選んだの。おふざけだったんだろ? 本当は金なんかいらないんだろ? そう言えって、みんなで帰ろうよ」

 「あははは。クッソワロタ。名乗り出る訳ないし」

 そう言って腹を抱えるのは、誰であろう粕壁だった。

 「名乗り出てゲームが終わるの? 終わる訳ないでしょ? バカなの死ぬの?」

 「そ、そんなこと言ったってさ……」

 「情報強者は話し合いですよ。誰が疑わしいか。まずあたしちゃんは除外だよね。一千万なんてあたしにとってはした金って知ってるでしょ?」

 「信用できっかよ!」

 錯乱した声で言うのは早川だ。

 「っていうかおまえだろ? あんなふざけた選択肢選ぶのは? 白状しろよっ! おまえだろおまえっ!」

 「論理性皆無杉内ワロタンゴ。まあでも確かに、今はそういう印象ってか人となりで考えていくしかない罠。その意味じゃ早川おまえ除外な。童貞祖チンのおまえじゃ『2』なんか選ぶ度胸ないよね」

 「ど、童貞じゃねーしっ! なに言ってんだよバカにしてんのか」

 「はいはいDT乙。とにかくそこは『シロ』けってー。逆に『クロ』っぽいのはそーだ、マミとか?」

 言って粕壁はマミに視線を向ける。それに噛み付いたのはリョーコだった。

 「なに言いがかりつけてるの? マミが『2』なんか絶対選ぶわけないでしょ?」

 「いや言いがかりちゃいますわい。だってさ、マミゾウさんこないだあたしに言ってこなかったっけ? なんか金になるバイトある? って。サクラでもなんでもいいから短期で稼げるバイトって。いるんだろ進学費用? それでアレ紹介してやったんじゃん……プププ……ア・レ。うっは……今思い出しても笑いが……ププ……プヴォフォっ!」

 そう言って粕壁は腹を押さえながら太ももを手でたたく。性悪く笑うその姿ですらさまになっているのは、彼女のその優れた容姿のなせる技だろう。

 「……私がお金に困ってるから、怪しいといいたいのかしら」

 マミはそう言って真っ向から粕壁の主張を受け止める。

 「確かにマミは苦学生だが……。彼氏の俺が良くしってる」

 ヨースケが検討するように首をかしげる。

 「ちょっとヨースケまでっ!」

 リョーコが噛み付いた。ヨースケはしどろもどろに「いやちげーよ、疑ってなんかねーっ!」と両手を突き出して強調する。

 「……えっと。これ、負けたら死ぬんだよね」

 と、その事実をはじめて共有しようと持ちかけたのは、誰であろうジュンだった。

 「『2』を選んだ人……『人狼』を見つけださないと、死ぬんだよね。それでその、『占い師』とか『霊能者』とかいろいろあって……」

 「うん。そのはずだ」

 ナオキがそれにうなずいて

 「話し合うのもいいんだけどさ。重要なのはその『役職者』じゃないかなって、ぼくは思うんだ。これってゲームなんでしょ? こっち側に有利なギミックだって用意されてるんだ。それを利用して」

 「じゃあその役職者に出て来いっていうの?」

 言ったのはリョーコだった。

 「おかしいの?」

 ジュンが首をかしげる。

 「だって村の仲間の人なんだよね? それに『占い師』って、誰が『人狼』かわかるんだよ。出てきて教えてくれないと困るよ?」

 ……『占い師』おそらくこれがもっとも重要な役職だろう。夜時間ごとに一人人物を選んで『占い』をし、その人物が『人狼』か否かを確認する。もうすでに夜時間は一度与えられているから、『占い師』はすでに一回分の『占い』結果を知っていることになる。

 「でも『占い師』が出て来たら真っ先に『襲撃』されるよね? 人狼陣営にとっても『占い師』とかの役職者が一番邪魔なんだから。軽々しく出させるものじゃないよ。ジュンちゃんはそんなに『占い師』を引っ張り出したいの?」

 「そんなこと考えてないよ。ただ出てもらいたかっただけだよ、ごめんね」

 そう言ってジュンはしゅんとした様子で下を向く。リョーコも言い過ぎたことを自覚したのか、少し気まずい顔になって目をそむけた。

 「でもいつかは出てきてもらわないとダメだよね」

 ナオキが思いつめた様子で言った。

 「そうだっ! じゃないと誰が敵かわからないじゃないかよっ! 『占い師』を出せっ! 『占い師』引いちまった時点で襲われるのはもうしょうがないじゃないかよ。出て占った結果を伝えて、おれらの代わりに襲われればいいんだ」

 早川は目を赤くして言う。こいつは一番冷静さを欠いている。しかしその意見が受け入れられないであろうことはすぐに理解できた。この場にリョーコがいるからだ。この手の誰かが犠牲になる話には、必ずリョーコが食いついてくる。

 「ちょっと。どうしてそんなことがいえるのよ?」

 ほら来た。

 「じゃあどうするんだ? 『占い師』を出さないなら誰を処刑するんだよ?」

 桑名はそう言って手をふってやる。リョーコはそこで思いつめたように口を閉ざし

 「それは……」

 ともごもごいうだけだ。

 こいつは感情で意見をしているだけだ。建設的な提案がまるでない。桑名はいらいらとした気持ちになる。

 「だけど『占い師』を出して結果を伝えてもらっても、その日の『夜パート』のうちに襲われちゃうわ。さっきの五分間、つまり一日目の夜パートの分の占い結果しか私たちは知ることができなくなる。それはもったいないじゃないかしら」

 マミが冷静に意見をする。

 「あの。じゃあこういうことにしましょうか」

 はるかがおずおずとした様子で口にする。自分たちにとっての部外者であるはるかのその挙動に、一同の注目が集まる。

 「『占い師』がすぐに出たら襲われてもったいないです。けれど、『占い師』がいないと『人狼』を見つけられません。だったら、『占い師』には『人狼』を一人見つけてもらうまで隠れてもらっていて、『クロ』を引き当てた直後の議論の、第一声のタイミングでカミングアウトしてもらうんです。

 こうすれば『占い師』を長くもぐらせておくことができ、一人は確実に『人狼』を見つけられます」

 「妥当じゃね?」

 ヨースケが同意した。しかし反論があがる。

 「は? じゃあ今日は『占い師』が誰かわからない状態で誰か処刑する訳じゃん? それで『占い師』が処刑されたらどうすんの?」

 粕壁だ。

 「そうですね。このまま処刑に入れば、『占い師』はもちろん、『占い師』が占って『人間』をと出た『シロ』を処刑してしまいかねません。また『狩人』『霊能者』村人陣営を味方するさまざまな役職者、これらを処刑してしまうリスクもあります。処刑に関しても、村の皆さんは細心の注意を払うべきでしょう」

 そういったのは、浪野だった。彼女こそ部外者の中の部外者だ。

 「皆さんの話し合いには重要な意味があります。どうぞ、どの役職をどう扱うか、存分に議論なさってください」

 「他人事だな」

 桑名はつい口にする。浪野はニコニコとこちらを向いて

 「他人事ではありません。ゲームに敗北すれば殺されてしまうのも、襲撃されれば獣に噛まれるのも、処刑されれば首を吊られるのも、皆さんと同じですよ」

 「あ?」

 桑名は目をむく。どういうことだ? こいつはこのゲームを主催している側の人間ではないのか?

 「全員が公平な条件でなければこのゲームは成り立たないのですよ。わたしはすでに同じゲームを三回ほど行い、どうにか生き残って来ました。腹には獣に噛まれた跡もありますよ」

 「……なんでそんな目にあってんの?」

 「アルバイトですよ。皆さんだってそうでしょう? 『村人』陣営で勝てば百万円、『人狼』陣営なら一千万円、勝利報酬が得られます。もっとも、わたしはゲーム運営のほうにもかかわっているので、それ以外にも別の報酬を獲得できますが。それに本来、このゲームの報酬は一億円以上が相場なのですよ。学生の皆様のアンケート結果が少々控えめだったというだけで。いずれにせよ、短期間でこれほど稼げる方法はなかなかありません」

 「……仕事選べよバニーちゃん」

 「選べません。選べるような状況で選ぶ仕事ではないですから。リスクはどうでもいい、ただ短期間で、多くの金を。わたしが求めるのはそれだけです」

 そう涼しい顔でいって

 「ただ。今回はわたしは村人側ですのでご安心ください。わたしの陣営に限っては、完全にランダムで選ばれますので」

 「……そうかよ」

 だったらなおさら怪しい。『2』を選んで一千万を欲しがったのが二人もいると考えるよりは、一人いて、もう一人はたまたまくじで『人狼』をひいたこの女と考えるのが自然なのではないだろうか。

 「このゲームの内容は現在カメラに収められています。会話を文章にしている者もいます。それらの媒体は極上の娯楽作品として取引されます。皆様はその役者として選ばれたわけですね」

 「ふざけてる」

 粕壁はそう言って舌打ちをした。

 「で? どうするの? 今のとこ吟味しなきゃいけないのは、『占い師』を出すか出さないか、だよね」

 「……出す方のメリットは、『すでに一人判明しているはずの占い結果を知れる』出さないほうのメリットは『占い師が襲撃されにくくなる』だったわね」

 マミがそう言って首をひねる。

 「出せよっ! 『占い師』のやつがどうなろうと知ったこっちゃねぇっ!」 

 早川は焦れたように言う。

 「俺は潜らせとく派かな。前園さんの意見が一番妥当だぜ。『クロ』を一人見つけるまで潜伏させて、それから出せばいい」

 ヨースケが意見を出す。そこでジュンが不安そうに

 「でも『占い師』が処刑されちゃったら大変だよ? 占ってどうだったか教えてくれる前に殺しちゃったらどうするの?」

 「そうね。……どっちにもリスクがあるように思えるわ。でも選ばなければいけない」

 マミがそう言って腕を組む。しばし沈黙が降りた、そのときだった。

 「じゃあさ。もぐらせておくとして、今日はぼくを処刑してよ」

 ナオキがけろりとした表情でいった。

 「おまえ……それどういうことだ?」

 桑名は思わずその顔を覗き込む。

 「ぼくはふつうの『村人』なんだ。一番なんでもない平凡な役職だね。だからさ、今日はぼくを処刑しておけば『占い師』は死なせずにすむ。『狩人』や『霊能者』だって守れるでしょ?」

 「……やめてよナオキくん」

 ジュンがぐずぐずと、泣き出しそうな声で

 「それナオキくん死んじゃうじゃない。いやだよ、わたし」

 「本当に死ぬわけじゃないからさ。どうせ『村人』でしかないんだからこのままいても役に立たないし。これでいいはずだよ」

 「でもリスクはありますよ。『襲撃』であんなに酷い目にあっていたんです、『処刑』だって同じくらいひどい目に……」

 はるかが顔を青くしていった。心配げなその視線を、ナオキは手をふって

 「いいよ。ぼくはどうせ、遠からず脱落しそうな気がするし。だったら、『処刑』のほうが『襲撃』よりは楽そうな響きだしね」

 「柱に出るということですか? お勧めはしませんね」

 浪野が言った。

 「ちなみに『処刑』にかけられると、死亡寸前まで首吊り縄で拘束されます。首に血液が回らないので、脳に障害を負う危険性が非常に高い。わたしは経験ありませんが、『処刑』されてなお生き残った同僚には、性格が極度に怒りっぽくなったり、盲目になったりしたものもいます。酷いものだとほぼ廃人同然ですね」

 それを聞いて、一堂は騒然となった。これは無理だな、桑名は思う。ナオキもこれで撤回するはずだ、自分を処刑するのは止せと、大きな声でわめくようになるはずだ。そしてそのことを誰も責めやしない。

 ところが。

 「そのくらいなら喜んで犠牲になるよ」

 と涼しい顔でいうのだった。

 「ナオキくん!」

 ジュンがすがりつくように言う。

 「やめてよ。ナオキくんの目が見えなくなるよやだよ。性格が変わっちゃうのもいや」

 「ごめん。だけど誰かが犠牲になったほうがいいタイミングだと思うんだ。ぼくはこのやり方が最善だと思うし、言いだしっぺだから貧乏くじだってすすんで引くよ。それに本音を言うと、先に抜けられるほうが気が楽なんだ。

 ぼくは誰のことも疑うのはいやだし、疑われるのだって怖い」

 「ナンセーンスっ!」

 そう、大声で叫んで机を蹴り上げる者がいた。

 粕壁だ。

 「やだわー本当偽善者やだわー。なんも考えてない似非善人ウザすぎワロタ」

 「な、なにかいけないことがあったかな?」

 ナオキが恐る恐るという空気で話しかける。

 「あのね、あんたを『村人』として『処刑』すると、『人狼』を始末できるチャンスがいっこ減るのね。そんであたしちゃんが『襲撃』されるリスクも確実に一回増えるの。だから非合理なんですそれ」

 「そ、そんな勝手な……」

 リョーコが噛み付く。粕壁は首ふるって

 「人のせいにする奴。あのね、それってリョーコちゃんおまえにとってもそうだし、ぐずついてる『占い師』にとってもそうなわけ。そもそも『処刑』ってこっちが人狼陣営に対抗できる唯一の手段じゃない。なんでわざわざ村人がわざわざ自分にそれを使わせるの? バカなの死ぬの?」

 「そのとおりですね」

 その意見を補強するように浪野が口を出す。

 「ここで柱をやってしまうと、これからノーミスで人狼陣営を処刑しなくてはならなくなってしまいます。

 処刑ができる回数は限られています。今は10人が生存していて、ここから処刑と襲撃で二人ずつ減っていきます。10人から10→8→6→4→2と減っていき、二人になった時点でゲーム終了。なので、処刑に使える回数は四回、そして敵陣営は人狼二人狂人一人の三人。柱を使ってしまった時点で吊り余裕がゼロになってしまうんですね」

 「なるほど。村人だからといって軽々しくは処刑できないんですね」

 はるかが納得したように言う。

 「じゃあどうするつもりなんだよ?」

 ヨースケが困惑したように口を出す。粕壁が首をひねって

 「おまえ基本自分じゃ何も考えないよな? 追従して目立たないようにしてるように見えるんだけどどうなんすか?」

 「そんなんじゃねぇよ。アタマが回ってねぇんだはっきりいって。そういうおまえははっきし言って、ちょっと冷静すぎるように思えて不気味なんだけど」

 「あたしちゃんアタマいいんですよー。誰かと違って」

 「そうかよ。それでおまえはどうするつもりなんだ?」

 「あたしの意見? それはねー今日のうちに『占い師』をもうだしちゃおってことでーす。はい分かりましたか?」

 その発言に、はるかが不安げに

 「え? でもそんなことしたら『襲撃』にさられちゃいませんか?」

 「ちった自分で考えろクソビィッチっ! あのね、このゲームには『狩人』っていうのがいんの? イケメソ狩人に護衛されてる人は、『襲撃』されても死なないの。分かる? 『占い師』を出して『狩人』に護衛させておけば、『人狼』は狩人を襲い終わるまで『占い師』に手を出せないわけ。最低二日品質保証占い師ねこれ。だからあんたらが『ウラナイシダスノハーリスクガー』っていってたの全部無駄でした乙!」

 ……『狩人』そういえば、その存在を完全に失念して議論してしまっていた。夜時間の間に人物を一人選んで『護衛』することができる。『護衛』された人物は人狼の襲撃を免れ、生き延びる。『占い師』などの重要な人物を護衛するのが通常だろう。

 「なんだそれ……もっと早く言えよ」

 ヨースケがうなだれたようにいう。

 「おまえらが低脳なのが悪いってだけ。つー訳で? 出せばいいじゃない『占い師』。もうすでに一人占い終わってんだろ。結果はよ」

 「それでいい? みんなも」

 マミが粕壁の意見の正当性に気づいたのか、皆に促す。

 「うん。いいと思うよ。ごめんね、確かにぼくが短慮だった」

 ナオキが笑顔で請け負う。ジュンが安心したように首を縦に振る。

 「…………」

 リョーコは思い悩むようにうつむいている。なんだよ、思いながら、桑名はその場でうなずいてやった。

 リョーコを除く全員がうなずいたところで、どこからか小さな声があがった。

 「……そうですね。じゃあ狩人はわたしのことを守ってください。お願いしますね」

 そう言って、おずおずと手を上げた人物がいた。はるかだ。

 「占い師をカミングアウトします。昨日占ったのは浪野さんです」

 「オッケーはるかちゃん。襲撃を恐れずに出てくれてありがとう。占い先としては納得だな」

 ヨースケがうなずく。それもそうだろう。浪野はこの中ではっきり言って一番怪しい。こいつ一人だけは『人狼』になるかどうか自分で選んだのではなく、ランダムだったといっている。自分たちの仲間が『2』を選んだとするのよりはよほど妥当な可能性のはず。

 それになにより。クラスメイトが敵だと思うより、いきなり現れた謎のバニーガールを目の敵にしてしまいたいという思いは、確かにある。

 「結果は『シロ』、人間でした。……敵は皆さんの中に紛れ込んでいるようです」

 はるかの申告に、一同から落胆のため息が降りる。仲間の中に裏切り者がいる、その事実を突きつけられ、緊張と、そして信じたくないという思いが浮かび上がるのだろう。桑名も信じられない思いだった。いったい誰が金目当てに『人狼』になんか。

 「じゃあ『狩人』は今夜は前園さんを護衛ね。それで今日は……浪野さんと前園さんに以外から処刑すること」

 「意義なーし!」

 マミがまとめ、ヨースケが恋人の尻馬に乗る。ほかの皆もうなずいた。反論する理由がないからだ。しかし……。

 「ちょっと待って。そいつのこと信頼すんの?」

 面倒くさい声があがった。リョーコだ。

 「え? 信頼しちゃだめなの? どうして? 占い師なんだよね?」

 言ったのはジュンだ。目を丸くしてリョーコに見入っている。なんでケチをつけてくるのかまったく分からない様子だ。

 「だって『占い師』ならもっと慎重に出てこない? 自分が襲われるかもしれないのに、いくらなんでも思い切りが良すぎるよ」

 「『狩人』が『護衛』してくださると思ったんです。むしろそちらの方が、潜伏しているよりも安全という風にも考えられます。それから何より、皆さんで同意したことですから」

 はるかが『占い師』として名乗り出た理由を語る。まあそんなところだろう。桑名は思う。彼女は自分たちグループにとっては招かれざる客であり、信用を獲得するのが難しい位置だ。出るに最適なタイミングを逃さないのは当然だろう。

 「前園さんは残念だけれど……偽者ね」

 リョーコはいった。はるかは戸惑ったような表情で

 「そんな……。どうしてですか? そう思う理由をもっと教えてください」

 「だって……ワタシが本物の『占い師』だからよ」

 そういった瞬間に、一同が騒然となった。

 「『占い師』をカミングアウトするわ。『狩人』は護衛をワタシにちょうだい。いいわね」


 ○


 一人しかいないはずの『占い師』が二人登場するこの事態には、『狂人』の桑名も相当びっくりした。え? なに。なんで二人? 占い師って一人じゃね? おかしいだろおいふざけてんのか、やめろよそういうのマジびびるから。

 「あーはいはいワロスワロス。まあこうなりますよねー分かります」

 そういったのは粕壁だった。

 「ど、どういうことなんだよ……?」

 ヨースケが問いかける。粕壁は小ばかにしたような顔で

 「だから片方偽者なんだろ。常識的に考えて」

 そういわれ、桑名は息を呑む。二人出てきて、占い師足りえるのが一人という時点で、片方は偽者……というのは確かに自然、いやそうとしか考えられないのではないか。

 「なんでそんなの出てくるんだよ?」

 ……などと言ってから。『狂人』として冷静に考えてみると、これがどういうことなのか分かった。

 片方が桑名の仲間なのだ。それはつまり、はるかとリョーコのうちの一人が、『人狼』、『2』を選んだ人物だということを示している。

 「そうか。嘘つきがいるんだね」

 ナオキが暗い表情でいった。

 「な、何のために? なんでそんなことするの?」

 ジュンが困惑した様子で言う。こいつは村人だとしても襲撃されないだろう。桑名は思った。

 「出てきている偽者が『人狼』ならば、自分を本物だと思わせ、本物占い師を偽者として処刑するために出た。

 『狂人』ならば、『狩人』の護衛を奪い取って本物を殺害するためというのが、濃厚な線といえるでしょう」

 浪野が冷静にそうコメントした。ヨースケが「どういうこと?」と、浪野のいうことがどうしてそうなるのか掴みかねたように言った。

 「『人狼』が占い師を騙ることの目的。これは信用勝負に勝って、村人たちに自分を本物の『占い師』だと思わせることです。人狼にとってそれは勝利に直結します。『本物』認定を受ければ、占い師を騙った人狼本人は当然、その偽者が偽の『シロ』を出した人物も処刑されなくなり、自分と仲間を生き残らせることができるようになるのです。

 逆に『狂人』が信用勝負に勝ったとしても意味は相対的に薄い。『狂人』が生き延びても人狼陣営の勝利とは無関係ですからね。また『狂人』には『人狼』が誰だかわからない以上、『シロ』を打って仲間をかばうこともできません。なので、『狂人』の仕事として考えられるのは、『狩人』の護衛を奪い取って『襲撃』のアシストをし、その上で自分自身が処刑されることで処刑回数を消費させることです」

 「なっげーな。寝てたんだけど」

 粕壁がけだるげに言う。

 その話を聞いて、桑名はこの仕事は自分がしなければならなかったということに気が付いた。『狂人』として勝利を目指すためにはただ呆けているだけではだめなのだ、村人陣営の役職者の振りをし、村に疑心暗鬼をもたらすこと、それが自分の役割なのだろう。

 ……今からでも間に合うだろうか。

 「『狂人』には『人狼』が誰か分からないのか?」

 ヨースケがたずねる。浪野はニコニコと

 「そうです。そしてその逆に『人狼』にとっても『狂人』が誰かは分かりません。ゲームの中でお互いに特定していくことが求められます。よって仲間を探そうとしている向きのある人物は疑うべきでしょうね」

 「だったらさ。『狂人』が護衛を奪えたところで、『人狼』にはそれが分からないわけじゃん。本物の方を襲わなきゃいけないのにそれは困るっしょ」

 「『狂人』が自分が狂人であることを人狼にアピールすればいいのです。『村人』らしき人物に『クロ』判定を出すとか、その逆であるとか。また、仮に『狂人』を襲ってしまったとしても、村が『襲われたほうが本物』と考え違いをして本物占い師が処刑されてしまうことも十分に考えられ、失敗とは言い切れません。

 そして何より人狼陣営にとって重要なのが……『占い師を本物一人だけが名乗っている状況』を作り出さないことです。『二人いてどちらかに偽者がいる』という状況を作り出せること、それ自体が重要なんですね。村を致命的に混乱させられます」

 「えらい人狼陣営の都合に詳しいじゃねえか」

 噛み付いたのは早川だった。

 「それはおまえが人狼だからじゃないのか?」

 「わたしは前園さんの『シロ』です。わたしを人狼と思うのならば、はるかさんを偽者と確定させるということですね」

 瀟洒に笑う浪野。

 「敵を知り味方を知れば百戦危うからず。わたしがこのゲームに三連勝して生き残っているのは、それなりに勉強したからなんですよ」

 「どうだかね。それでリョーコ、あんたの占い先とその結果いいなさいよ」

 マミにそういわれ、リョーコははっとした表情で

 「そうね。肝心のそれをいわなきゃ話にならないわ。遅れてごめんなさい」

 こいつは大丈夫か……などと思い、自分が心配する義理ではないことを思い至る。こいつと仲間同士……こいつが人狼かどうかも分からないのだし。

 いやしかしリョーコが人狼? あるだろうか。家は裕福だし金に困っていないだろうし、何せふざけて『2』を選ぶような性格ではない。本物だと思わしき人物……けれどその場合『2』を選んで人狼になったのははるかだということになってしまうのか。

 「占い先は桑名くん。結果は……『人間』だって」

 桑名はぼけっとした表情で振り向いた。

 「オレ占ったん?」

 「……悪いかしら」

 桑名は『狂人』だ。人狼陣営の自分に『シロ』出すって……仲間? いや、『占い師』に分かるのはあくまでも『人狼』か否かということだ。桑名を占ってもほかの村人と同様の結果が出る。

 「いやどうして?」

 「……なんでもいいでしょ。説明する必要とかあるの?」

 「そりゃあるだろチャーハン野郎」

 粕壁が小ばかにした声で割り込む。

 「占い理由が自然で恣意的でないか、これ大事ね。自然な占い先で理由しっかり言えるならそれでいいけど。不自然で無理やりでっちあげたような理由なら、それは『仲間をシロで囲った』って疑えるじゃん、っていう?」

 「……たいした理由じゃないわ。コイツのことが気になったからだよ」

 「だからなんで?」

 「……ワタシたち昔付き合ってたの。だから。これでいい?」

 「オッケ。スイーツ、かっこ笑い。みたいな?」

 粕壁がそう言って両手をさらす。

 「……状況を整理するわね。

 占い師を宣言しているのは、前園さんと、リョーコ。前園さんは浪野さんにシロ、リョーコは桑名にシロね。つまり今の状況は……」


 暫定占い師

 西山良子:桑名零時○

 前園はるか:浪野なにも○


 グレー(まだ占われていない) 多門洋介 早川恒和 赤嶺マミ 木島ナオキ 神田瀬純 粕壁あおい


 そう言って個室から持ち込んだであろう紙に記入してみせる。分かりやすい。

 「こういうことになるわね。そしてリョーコと前園さんのどちらかが……残念だけれど、偽者で、敵ってことになる」

 「……わたしが本物ですよ」

 はるかがいった。

 「本物アピールとしてはつたないかもしれません。ですが、わたしはこの中では部外者です。『占い師』だと嘘をついて皆さんを騙そうとするには不利な立場です。わたしが『人狼』や『狂人』なら、騙り役をわざわざ買って出るべきではないと思います」

 「それを言う為にあなたが出たというだけで説明できるから、本物アピールにはならないね。そもそもあなたと浪野さんが二人で『人狼』なら、あなたが出るのは何も不自然じゃない。あなたと浪野さんなら相対的に言って、浪野さんのほうが怪しまれる位置にいるはず。だから、まだ信用を得やすいあなたが、『シロ』で囲ってあげたともいえる」

 「それはそうですけれど。でももしもわたしと浪野さんで『人狼』なんてことがあったら、そのときは『狂人』に騙り役は任せる……と思います。どちらも信頼を得るには不利ですから」

 「『狂人』はあなたたちに指示されて動けるわけじゃない。『狂人』が出なかったから、あなたが出た、それだけということも考えられるんじゃない?」

 「いいえそれはないでしょう」

 ゆったりと言ったのは浪野だった。

 「前園さんは『占い師を出すべきだ』という話になった際、あなたと比べてかなり早いタイミングでカミングアウトをしています。『狂人』が出てくるかどうかの様子見など感じさせませんでした」

 「様子見したっていうなら、むしろ後から時間を置いてでてきた西山の方じゃね? 事前に『騙り』を決めておかなかったからでるのもたついたんですね分かります」

 粕壁が言う。

 「ちょっと言いがかりつけないでっ! 何度も言ってるように、ワタシは占い師を初日で出すのには反対だった。襲われるのがいやだったし、こういう事態だって予想できたものっ!」

 「まあそう言い訳できる程度には『占い師は潜るべき』って前から言ってるのなコイツ。微妙なとこねこれ」

 つまらなさそうに粕壁が言って、そこで応酬が終わった。

 「……で」

 沈黙の中を、ジュンの弱気な声がする。

 「どっちが本物なの?」

 教えて欲しい、とでもいいたげにナオキのほうを向く。ナオキはその不安げな恋人を安心させようと懸命にアタマを動かしているようだ。

 「そうだね……。まだどっちともいえないと思うけど……でもさ、逆にこう考えようよ。二人もいるってことはさ、どっちかは本物だって。もしこれで内田くんが『占い師』引いてたりしてたら目も当てられなかったけど、二人出るなら安心できるよ」

 「え? 最初に襲われた内田が『占い師』? そんなことあんの?」

 ヨースケが戸惑ったように言う。浪野が落ち着いた笑みで

 「ありますよ。初日犠牲者とて参加者です、なんらかの役職を持っています。『狂人』なら村人陣営が有利ですし、『占い師』『霊能者』『狩人』なら村人陣営が不利。もっとも可能性の高い『村人』欠けでフェア、というところでしょうか」

 「それで結局誰が怪しくて誰を今日処刑するんだよっ!」

 痺れを切らしたように早川が言う。

 「怪しいんだよどいつもこいつもっ! 浪野、あんたが一番怪しい。モニターに写ってたってことはこんなクソみてぇなこと企画した連中の仲間なんだろ?」

 「わたしの役職はランダムで選ばれています。企画側の人間であることが怪しまれる理由にはなりません。また、今日わたしを処刑するということは、前園さんが本物占い師であるという可能性を完全に切り捨てるということになります」

 「そんな理屈はどうでもいいんだよっ!」

 そう、早川は啖呵を切る。

 「おまえが怪しい。だから投票する、だよなっ! みんなっ!」

 そう言って皆を見回す早川……しかし、同意はまるで得られなかった。

 「……なんでだよ? なんでみんな賛成してくれないの?」

 「いや。何も浪野さんが敵って決まった訳じゃないし」

 ヨースケだ。自分が常に引っ付いて慕っている兄貴分に否定されて、早川の表情は真っ赤に染まる。

 「じゃあオレらのうち二人が『2』選んだっていうの? そんなんあるかよ? どう考えても浪野が怪しいだろうがよ……」

 「なくはないじゃん。というかおまえ落ち着けよ。ちゃんと考えてものいえって、いくら怪しいたって浪野さんは今日投票しちゃだめだって。『シロ』なんだから」

 「『シロ』だって? そんなん嘘かもしれないじゃないか」

 「嘘ではありません。わたしは本物です。浪野さんのことが信用できなくても、わたしのことを信用してくださいませんか?」

 はるかが懇願するように言う。早川はいらいらとした表情で「できっかよっ!」と吐き捨てる。

 「誰も信じられねぇよ。あんたみたいな部外者なんて特によっ!」

 「そんな……」

 「だいたい浪野は小理屈くさいこと並べ立ててるだけで、誰が怪しいとか具体的なことを言ってねぇっ! テキトウにべれべら講釈垂れてるだけじゃねぇのか?」

 「……あ。それはあるかも」

 桑名はつい関心してつぶやいた。

 「そういう意味じゃマミだって怪しいだろ。みんなの意見まとめてるだけで本当に敵のこと探してるのかよ? 神田瀬だってびくびくしてばっかりで碌なこと言わないしっ! 桑名だってそうだ、いつもと比べて口数少なくねぇか?」

 「……なんか。君のこと疑わしく思えてきた」

 そういったのはリョーコだった。早川は目を丸くして

 「なんでだよっ!」

 「誰にでも疑い向けたらいいってもんじゃないよね? あちこちに疑いを塗りつけて。自分が処刑されないようにほかの人に攻撃してるみたいな……」

 「ちげぇよ言いがかりだってっ! おれを処刑したいのか? なんで? おまえが敵なのか?」

 「いや君の理論だと浪野さんに『シロ』出した前園さんが敵でしょ。それはあってるんだけど、なんでワタシに疑い向けるの」

 「もう誰も信じらんねーっ! ちくしょうっ! こんなとこいたくねーっ!」

 「あはははっ! じゃあ黙って個室帰ればいいじゃん。ノイズくん」

 言ったのは粕壁だった。腹を抱えて笑ってる。

 「『こんなところいたくない。私部屋に戻る』はい残念でしたそれ死亡フラグだから。そしたら明日の朝の死体あんただから童貞ノイズ野郎」

 「なんだよノイズって……。おまえが一番怪しいよ……クソ、なんでこんなことに」

 そう言って早川はその場で下を向きアタマを抱え、沈黙する。錯乱している、とても使い物になりそうもない。

 こいつが『人狼』? まさか。一千万目指して桑名たちを殺そうなどと試みる度胸のある人間では絶対にない。『2』を選んだならそれは間違いなくただの悪ふざけ……そしてもしそうなら確実にこいつの場合、顔に出る。

 よってただの使い物にならなくなっているアホ……なのだが、皆の疑惑の視線は早川のほうに向きつつある。リョーコの皆の疑い先を誘導するような発言がその理由だった。

 「……でも実際のところ。今日は誰を処刑するわけ?」

 ヨースケが言った。

 「誰からも占われていないグレーな人からか、『占い師』二人から、よね。『占い師』のシロの二人を処刑する理由はない、それは『占い師』を偽者で決め討つときだから。『占い師』より先に処刑する理由がない」

 マミが言いまとめる。こいつの情報処理能力はなかなか悪くない。リーダーシップもあるし、おそらく人狼陣営にとっては邪魔な存在だ。

 「『占い師』からだったら二分の一より大きな確率で敵を引けるよね。はずしたときのリスクは大きいけど」

 ナオキが思い切った提案をする。

 「うん俺もそれ思った。グレーに敵がいたとして二人なんだろ? 六人いて二人、よりは、二人いて一人のほうがいいような……」

 ヨースケが追従する。粕壁がそこで口を出す。

 「はいはいワロスワロス。それ絶対に本物を外さない自信があるときしかやっちゃダメですからー。今日はグレーから処刑しろください」

 「あ。でもね思ったんだけど。どっちか偽者なら、両方処刑? っていうのやったら、確実にどっちかの敵が殺せるよ。どう?」

 ひらめいた、とばかりにジュンが言う。リョーコが「は?」と目くじらを立てて

 「本物のワタシまで巻き添えにするの? やめてよそんなの」

 「ご、ごめん。だけどそうしたら確実に一人、人狼が倒せるって思って……」

 「ジュンちゃん、それ自体は間違ってないと思う。だけどやっぱりぼくは怖いかな。二日かけてどっちの占い師も処刑して、その上で後二人残っている敵を探すのは大変そうだよ」

 諭すように言うナオキ。ジュンは

 「……分かった。ナオキくんが言うなら……」

 と引っ込んだ。

 「今の怪しいなぁっ! 『占い師』両方殺して自分が見つからないようにしたかったんだろっ! なあっ!」

 恫喝する早川。「え?」と戸惑った様子を見せるジュンを、ナオキはかばうようにして

 「ジュンちゃんは自分が考えてくれたことを言っただけだよ。それにジュンちゃんは隠し事ができるような子じゃないんだ。だから信頼してあげて欲しい」

 その発言に一切の欺瞞はない。完全な信頼、この二人はお互いが味方同士だと信じきれるのだろう。

 「……本当かよ……? バカの振りして人狼なんじゃないのか? それか本物のバカ!」

 「今のは侮辱かな?」

 ナオキは低い声で言う。いつもは柔和にゆがめられているその表情が、剣呑なものとなっている。早川はそれに驚いたのか、顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。

 「あ、怪しいもんはしょうがないだろっ! バカって言ったのは取り消すけどさ」

 「それならいいんだ」

 ナオキはそう言って目をそらす。

 「……私はグレー派。リョーコのこと信じてるけど、前園さんが本物の可能性も切りきれないし」

 そういうマミに、リョーコは悲しげな顔で

 「それって……信じてくれないってことだよね」

 「……『2』をえらんで私たちを殺そうとしてるなんて思っていない。けど『狂人』だっていう可能性がね、どうしても、その、切れないの。リョーコは責任感が強いから、『狂人』を選んだら同じ陣営の仲間のほうのことを考えて動きそう。……そっちに自分の友達がいたらどうしようって」

 そこまで考えての疑いらしい。しかしリョーコにはその思慮深さが伝わらない。ただ自分を盲信してくれないことを悲しんだような、そんな表情でいじけている。

 「西山さんを処刑してくださらないなら、今日はグレーでかまいません。ただその場合、このままだと『霊能者』や『狩人』を処刑してしまうリスクがありますね」

 はるかが言った。確かにそのとおりだ。どんな風に処刑をしたところで、村にとって有益な人物を処刑してしまう可能性というのは残る。

 「『占い師』はそれがいやだったから出てきてもらったんだよね? 他の役職も出てもらったら?」

 ジュンが言う。こいつは思いつきだけで発言しているような節がある。桑名は言った。

 「いや……それはまずいっしょ。特に『狩人』なんか出てきたら一発で襲われるじゃん? なあ浪野さん、『狩人』って自分のこと守れたっけ?」

 「守れません。教われたら死にます、絶対に」

 「だよな……。そしてその次の日から人狼は誰でも襲い放題になっちまう。出すのはだめだろ絶対、気合で処刑しないようにするしかねぇ。んで『霊能者』の方だったら……」

 『霊能者』確か『処刑した人物が人狼だったかどうか分かる』という特性を持っていたはずだ。

 「つーかこの役職っているのか? 処刑した奴のこととか、別にそこまで重要じゃなくね?」

 「『占い師』の真偽判定が主な役割です。例えば一人の人物に、異なる占い師二人が『シロ』と『クロ』で別々の判定を出したとします。シロとクロですからパンダですね」

 「かわいい」

 ジュンが場違いな発言をする。笑ったのは粕壁だけだった。

 「それでその『パンダ』を、処刑することにしたとします。翌日、『霊能者』が『霊能結果』を出しますね。これで『占い師』の真偽がはっきりします」

 「『クロ』なら『クロ』を出した奴が本物、『シロ』なら『シロ』を出したほうが本物ってわけか」

 ヨースケが腕を組む。

 「だったらさ、最低限度一人処刑するまでは、出てこさせる必要ないと思うんだよね。あれ? 俺さえてね? これまでずっとろくなこといえなかったけど今の俺さえてね?」

 「そうでしょうか」

 反論するのははるかだった。ヨースケはあからさまにうなだれて

 「……あ? やっぱダメ? やっぱ俺アタマつかうのダメな人?」

 「いえその……多門さんの意見にも一理あると思うんです。そういう考え方もあるなって。

 ですけど……もしも今日『霊能者』を出さずにグレーから処刑をして、この明日以降に『霊能者』を出てこさせたとします。カミングアウトしたのが一人だとしても、その人を信頼できますか?」

 「……え? 一人しか出なかったら、信頼するしかないんじゃね?」

 ヨースケが間抜け面で言う。

 「今現在、死亡している『霊能者』候補は内田さん一人だけです。この状況で名乗り出るならほぼ『信頼できる』といえますよね。しかし明日となれば条件は大きく変わります。処刑と襲撃で、二人、『霊能者』候補が死亡するんです。信用を考えるなら、『霊能者』は早いうちに出ておくほうが良さそうに思えるんですよ」

 「あ……まあそうか。なるほどなるほど」

 ヨースケはそう言って首を振る。これは半分くらいは理解していないときの顔だ、幼馴染の桑名には分かる。ただなんとなくすべらかな論調に押されただけだろう、実際のところ。

 「早めにカミングアウトしてもらっておけば、誤って『処刑』してしまう可能性もなくなりますし……カミングアウトした人を『暫定霊能者』として扱うことで、人狼の隠れ蓑である『グレー』を一人減らすこともできます。もし二人出てくるならそれは尚更、敵がいるであろう場所が分かりやすくなりますし……今日出てもらうことにメリットはあるとわたしは考えます」

 はるかが自分の意見を語る。ここだ……桑名は感じた。『狩人』はしばらく出てこないだろう。『狩人』は潜伏が前提の役職者だ。しばらく騙る機会を得られないはず。よって『狂人』として桑名が仕事できるとすれば、もうこのタイミングで『霊能者』で出るしかありえない。

 「はーいっ! オレっちが『霊能者』っすっ! よろしくっ!」

 と、元気な声で挨拶する桑名。ついニヒニヒという品のない笑いを浮かべてしまう……が、皆の反応は深刻なものだった。

 周囲は皆、吟味するように桑名のほうを見つめている。おいおいなんだよ信用しろよ、と半ば本音で全員を見回す。十秒ほど、誰も口を開かない時間が流れ、そして

 「良かった……」

 はるかが言った。

 「え? なにが?」

 「いえその……。桑名さん以外に『霊能者』を名乗る人はいないんだなって思って。安心しました。これでほぼ桑名さんは『本物霊能者』として扱えます」

 「あ? オレ本物霊能者? あっそう?」

 桑名はそう言って額をかいた。まずい、うそをついているという緊張感があると、ついアタマのどこかを触ってしまう。悪い癖、おそらくリョーコやヨースケには見抜かれている癖。やめないと、やめないと……。

 ……え? っていうか『霊能者』名乗るのオレだけ?

 桑名はそれを認識し、驚いた。うそだろ? 本物どこだよ。どこだよ本物? いないの? いないのか? いないのだとすればこれ、内田だったってこと?

 獣に足をかじられて気を失っていた内田のことを思い出す。奴は猿轡をかまされていた、おそらく自分の役職が何かを伝えることはできなかっただろう。厳密には血文字を使うなどといった方法もあったはずだが、あのドンくさい野郎にそれが思いつけるとは考えがたい。よって本物霊能者は内田が確定……なのだが。

 ……乗っ取った?

 間違いない乗っ取った。『霊能者』を乗っ取った。一人しかカミングアウトしないなら、誰もが桑名を本物だと考えて動くはず。しかし実際は桑名は『狂人』であり敵であり倒されるべき敵だ。つまりこれは村人にとってひっじょーに厄介な事態であり、人狼陣営にとって極めて都合の良い状況だといえる。……生き残りに大きく近づいたといえるだろう。

 「……やった」

 「ちょ、おま。キモいってのニヤけてるぞ」

 そう言って粕壁が嘲笑する。まずい、顔に出ていた。

 「っていうかさ。おまえどうして出たんだよ『霊能者』に」

 言われ、桑名はそれにとぼけた顔で

 「へ? だからさ、言ってたじゃん処刑されないためにって。それに『狩人』の護衛がオレに入れば死ななくてすむし。あ、基本『占い師』のほう守ってもらっていいけど、オレ護衛もちらつかせる感じでお願いね『狩人』さん」

 こういっておかなければ自分が『人狼』に襲われかねない。『人狼』にも誰が『狂人』か分からないのだから。味方に襲われて手足を食いちぎられてはたまったものではない。

 「処刑されないため? なにそれワロタ。おまえさ、西山の『シロ』だろ。処刑されないじゃんどの道? なんででたの? おかしいだろ?」

 ……言われてみればそうだ。え? なに? ミスった? ミスったのオレ?

 「いえその。わたしが言ったのは翌日以降、死亡した『霊能者』を敵陣営に名乗られて乗っ取られるリスクのことですから。仮に襲撃されたとしても桑名さんが『霊能者』だったと分かるようにしておけば、敵による乗っ取りを防ぐことができます。ここで出るのは何もおかしなことではないかと思います。偽者のものとはいえ、『シロ』を出された立場である以上、襲撃される可能性が高かったですし……」

 「おK。桑名『霊能者』で、村に気づかれないまま『襲撃』で死なれるのが一番面倒くせぇってことは理解できるの。だからここで桑名が出る理由には納得。でもあたしが言いたいのは、なんでそれを桑名の口から説明できなかったのかってこと」

 そう言って粕壁は腕を組んで

 「出たってことはさ。出る場合のメリットとか、出なかった場合のリスクを理解して考えて出たってことだよね? むしろそうじゃなきゃ困りますしお寿司。でも桑名のこの出方と発言の感じじゃ、何も考えてないように思えるんだけど。なんというか、視点とか考え方が本物『霊能者』らしくないというか」

 ……いやに鋭い。こいつは何気にゲーム始まってからこっち、発言とか考察とか、結構イイ線いってるのだ。同じくらいに『人狼』じゃないかと思える人物でもあるが。

 「じゃあレイジが敵だっていうのか? 『霊能者』には一人しか出てないのに?」

 ヨースケが信じがたい、とでも言いたげな口調で言った。親友である桑名のことを信頼して……のものだろうか。

 だとしたら……桑名は思う。自分はこれを都合がいいと考えるべきなのか、罪悪感にかられるべきなのか。その辺の割り切りが、桑名には正直、できる気がしない。

 一つ確かなのは……自分はこれから確かにこの親友を裏切る、裏切って、殺さなければならないということだ。友情よりも自分の命のほうが桑名にとってははるかに重要だからだ。命よりも絆が大事だなどと空虚な奇麗事は、桑名のもっとも嫌いなものだった。

 「人狼陣営が『霊能者』を騙る理由は大きく分けて二つですね」

 そういったのは浪野だった。他の面子よりも経験の多い浪野の話に、皆が耳を傾ける。

 「まずは村から信頼されて『本物』霊能者として扱われることを狙うという目的。もう一つは、本物に重ねて名乗り出て本物もろとも処刑されるのを狙うという目的」

 「……え? 本物もろとも処刑って、『占い師』にはそんなことしないのに、『霊能者』だとするの?」

 ジュンがいった。『占い師』の両方処刑を言い出した彼女だ、それは当然の疑問だろう。

 「戦略の一つとしてありますね。少なくとも、『占い師』よりはローラーされる……両方処刑される可能性の高い役職といえるでしょう。

 『霊能者』は『占い師』ほど重要な意味を持ちません。その仕事は『占い師』の真偽判定の手助けと、『人狼』が残り何匹残っているかを村人に伝えることくらいのものです。なので二人『霊能者』を名乗るものが出た場合、無理に真偽を決め討たずとも、本物を見捨てて両方処刑しても大きなリスクがないのです。

 また、この『霊能者ローラー』という戦略には『占い師を守る』というメリットもあります。『霊能者』をカミングアウトしている人物を処刑している間は、『狩人』を処刑してしまうリスクはなくなりますから。その間『人狼』は護衛成功を恐れて『占い師』を襲撃しにくくなるのです」

 「長いから分かりやすく三行で」

 面倒くさそうな表情で粕壁が言う。浪野はニコニコ笑いながら

 「霊能者は所詮ぼろ雑巾重要度はさほどでもない。

 だから処刑しても痛くないから二人いるなら両方吊っていい。

 逆手にとって本物もろとも処刑されるため狂人あたりが騙ることあるから要注意。

 ……これでいいですか?」

 「オK。理解した」

 粕壁がそう言って手をたたく。

 「ねえ。これは個人的な意見なんだけど」

 そう前置きした上で、口にしたのはナオキだった。

 「桑名くんが偽者っていうのは、ちょっと考えにくいと思うんだ。少なくとも『人狼』ではないと思う。

 だってさ。彼は西山さんから『シロ』判定をもらっていたよね? それって彼が人狼だとすれば、仲間にかばってもらったって状態じゃない。せっかくかばってもらえて生き残りやすくなった『人狼』が、『ローラー』で本物もろとも処刑される可能性のある『霊能者』に名乗り出るって言うのは、ちょっと考えにくいんじゃないのかな?」

 「ぐう正論」

 粕壁はそう言って引き下がる。

 「偽者なら『狂人』で見るべきだろうなこりゃ」

 「そうすべきでしょうね。では今日はどうします? 『霊能者』の位置もはっきりして安心してグレーから処刑できるようになったわけですが。単独宣言の『霊能者』である桑名くんはどう思います?」

 「え……? や、ならオレもグレーから投票でいいって思ってたとこ。『占い師』から処刑するのは、なんかリスクがでかそうだしさ。グレー六人に最大二人紛れているなら、気合で処刑することもできるっしょ? 意見ある?」

 桑名が言うと、ぼつぼつと賛成の声が上がり始める。

 「ああ。おまえが言うなら従うぜ」

 そういったのはヨースケ。次にナオキが

 「かまわないよ。六分の二なら見込みはあると思う」

 「……ナオキくんがいうならそれで」

 ジュンもそれに続いた。

 『占い師』に手をつける戦略を主張していた三人からも、早々に同意が得られた。良かった、桑名は思う。これで完全に村人たちに信頼された流れだろう。後は上手に『人狼』のアシストをできれば良い。

 「……今現在、誰にも占われていないグレーなのは……」

 そう言ってマミが一人ずつ指差して

 「私、ヨースケ、早川、木島くん、ジュンちゃん、粕壁の六人だね。この中から投票してみようか」

 そうして意見がまとまりかけた……そのときだった。

 「待てよっ! なんだよ『グレー』から処刑ってっ! そんなにおれを殺したいのかよ」

 早川だ。マミが面倒くさそうに

 「誰もあなたを殺したいだなんていっていないの。ずいぶんと過敏ね。何か隠していることでもあるのかしら」

 「ちげぇよっ! なんでグレーの中からだけ選ばれなきゃならないのかって言ってるんだ。不公平じゃないか」

 「グレーから処刑対象を選ぶ理由をもう一度説明いたします」

 そう言って浪野が流暢な、聞き取りやすい声で解説する。アタマの悪い子供に施すようだ、と、桑名は少しだけ思った。

 「まず暫定占い師から選ばない理由ですが、これは単純に西山さんと前園さん、どちらが本物か分からない以上、両方ともキープするしかありません。となると、当然二人の暫定占い師の『シロ』も処刑する理由はなくなりますね?

 よって。消去法とはなりますが、まだ占われていない『グレー』から処刑するのがもっとも安定するのですよ」

 「知るかクソ女っ! おまえ自分が処刑対象にされたくないからって長々とっ!」

 「あこりゃあかん奴ですわ。なんも考えていらっしゃらないようですね分かります」

 粕壁が愉快そうに言う。

 「なんつーか天然でノイズって感じ。もう放っておこうよどうせ村人だろこんなの」

 「いえ……ワタシは怪しいと思うのだけれど」

 西山がぽつりとつぶやくように言う。

 「特に怪しいとは思いませんが、あまり後半まで残しておきたい人ではありません。十人も残っている今はまだいいですが、後半、六分の一、四分の一の投票権を持つようになってしまうと非常に厄介です。占うのももったいないですので、今のうちに処刑しておくべきでしょう」

 浪野が流暢に早川処刑を誘導する。早川は半狂乱で「やめろっ! おれは敵じゃないっ!」とわめく。

 「せっかくですし、この際皆さんがグレーの中の誰を疑っているか話してみませんか? 自分が処刑される可能性が高いと分かれば、処刑される前に自身の持つ役職など伝えられますから」

 「なにそれ臭い」

 粕壁がそう言って頭をかいて

 「といいますと?」

 「今でてこないで潜伏してる村人陣営の役職って『狩人』だけでしょ? 処刑されそうだからって、『狩人』に宣言させて意味あんの?」

 「は? だって『狩人』って村の大事な役職だろ。処刑しちゃダメじゃん」

 ヨースケがそう言って首をかしげる。粕壁は小ばかにしたような口調で

 「で? 処刑しないで済んだとして意味あるの? 処刑は免れても、どっちにしろその日の晩に襲撃されるよ」

 「そうだけどさ。処刑しちまうよりマシじゃね?」

 「……いえ。少なくとも今日の段階では、たとえ『狩人』だとしても、黙って処刑されるべきだと思います」

 考えながらそう口にするのは、はるかだった。

 「どうして? 村で『狩人』殺しちゃ駄目じゃん」

 「いえその……『狩人』が生きているかもしれないというプレッシャーがある限り、『人狼』は『占い師』を襲いにくいと思うんです。今日、処刑されそうだからといって『狩人』がカミングアウトしてしまうと、その日の晩にその『狩人』が襲撃され、次の日の晩には確実に占い師のわたしが襲撃されてしまいます」

 「それな。だから、処刑されそうなら『狩人』は出て来い、みたいな発言した浪野は少し臭い」

 粕壁がそう言って浪野のほうを見る。浪野は余裕のある笑みで

 「これは失敬いたしました。このゲームについてはそれなりに理解しているつもりだったのですが、今回はどうやら粕壁さんの意見のほうが正しいようです」

 「アッハイ」

 そう言って粕壁は両手をさらした。

 「怪しませてしまったならわたしが今後村人陣営に貢献していくことで挽回しましょう。ですが今はグレーに目を向けませんか? 大切なのは目先の処刑先なのですから」

 浪野は言った。ふと壁掛け時計を見ると、夢中になって議論していたためか、もうそろそろ一日の議論時間が全て尽きそうになっていた。

 「『狩人』にカミングアウトさせるというのはなしにしても、誰が誰を怪しんでいるのかは話しておくべきかと思います。村人同士が思考を開示しあうことは大切ですよ。誰に投票するつもりか……一人ずつあげて行ってください」

 その意見に、反対するものはいなかった。実際に誰を処刑するのは、その具体的な議論をなさなければならないことは、皆がよく理解していた。


 ○


 誰を処刑したいのかを開示しあう。しかし浪野のその意見が受諾されてから……流れるのは沈黙だった。そりゃそうだ、桑名は思う。

 誰を処刑するか、というのは、誰を怪しんでいるか、誰を裏切り者だと踏んでいるかという話だ。そんな話は避けたいに決まっている。

 できるだけ摩擦は起こしたくないものだ。『処刑』された人間がどうなるか、それは浪野の口から提示されている。死亡する直前まで首を絞められて、脳に障害を負わされるという仕打ち。そしてそれはこの中から一人確実に選ばれる、なので誰かを投票対象にするということは、明確にその人物と敵対するということに他ならない。

 命のかかった状況でさえ……命のかかった状況だからこそ、敵など作りたくない。空気を読んで、目立たず、誰からも怒りなど買いたくないはずだ。だからここで発言するのは、とても勇気のいることだ。

 「……そうだね。じゃあ、ぼくから言うね」

 と、その中でも、停滞を破ろうとするものはいる。ナオキだった。

 彼のこの行動は、一つの勇気であり、本当の意味で皆を救う前向きな行為といえるだろう。沈黙の中で消費される時間を、村が勝つための有用な時間へと変える。自ら出る杭になってでも停滞を破ろうとするその行為は、協調と偽善で良い人間に見られようとするだけの人間にはできやしない。

 「ぼくが投票するつもりなのは赤嶺さん。赤嶺マミさんだ」

 「……意外なところだな。別に極端に臭いとは思わないが」

 言ったのは、マミの恋人であるヨースケだ。

 「そうよ。なんでマミなの? 全然怪しくないんだけど」

 リョーコが口出しをする。マミには味方が多い。しかしナオキはひるまずに意見を言い重ねる。

 「ぼくにはゲームの中での振舞いで人の嘘や隠し事を見抜くなんてことはできない。だから、『2』を選ぶとすれば誰かという方向で考えたんだけど……。苦学生で一番お金を欲する理由のある赤嶺さんが一番妥当かなと思った」 

 「私が金に目がくらんだといいたいわけ?」

 マミの視線が少し険しくなる。ナオキは悲しそうな顔で

 「そう思ったということになる。それが君にとって不愉快なのも否めないことだと思う。

 自分の夢や目標のためにお金を欲しがることを悪いとは思わない。むしろ、そういう理由なら理解できるってくらいの気持ちだ。この中に、悪意や短慮なおふざけで『殺し合い』の『2』なんて選んでしまう人がいるとは思えないことが、赤嶺さんを怪しく思う理由かな」

 『2』を選らんでいたとしても軽蔑しなくてすむ人間が、マミだったということか。ナオキらしい考え方であるとは思う。

 「そういう考え方はあると思うわ。私は確かにお金に困ってる。けれど、そのことは議論の中の発言で全然払拭可能なはずよ。私のゲーム中の言動はどう見てるわけ?」

 「赤嶺さんは、皆の発言や状況を取りまとめるようなことは言うけれど、立場としては中庸気味だよね。赤嶺さんならではの意見を出さなくて、特別人狼陣営を探している気配はない。この状況に困惑して自分の考えを出せていないのかなとも思ったけれど、その割にはすごく冷静な印象も受ける。言動を見て特別怪しい人は今いないんだけど、この中に『人狼』の気配を消しながら話せる人がいるとしたら、しっかりものの赤嶺さんくらいだろうという風にも感じた」

 「そう。それがあなたの意見ね」

 マミはそう言ってナオキのことを見直し

 「疑われたから疑い返すって訳じゃないんだけど、私が今日処刑したいと思ってるのは木島くん、あなたよ」

 そういわれ、ナオキは息を飲み込んだ。 

 「……ナオキくんは絶対にわたしたちの味方だよ」

 ジュンが確信を持ってそう口にした。

 「あなたには悪いのだけれど……私はやっぱり木島くんが怪しく思える」

 「どうして? ナオキくんはすごく村人陣営のこと、考えてるよ? 『占い師』を守るために、自分を処刑してくれなんて、怖いことも言ったし……」

 確かにあの『柱発言』は村人陣営よりのものだ。決定的といってもいいくらいに村人らしい行動。『占い師を潜伏させたまま処刑を始めるのは危険。だからただの村人の自分を処刑してくれ』なんて、『人狼』が言えるだろうか? 言うメリットがどこにあるというのだ?

 「あれって結局、『占い師』を出させる流れになったじゃない? というか、『占い師』を処刑させないために『柱』なんかやるくらいなら、『占い師』を出させて『狩人』に守らせたほうがいいって考えくらい、木島くんには思い至ったと思うのよ。だから、たとえ『柱』発言をしたとしても処刑されることはないと踏んで、『村人アピール』として柱発言をやったんじゃないかしら」

 「……ぼくはそこまでアタマがいいわけじゃない。だから心配しないで欲しい」

 ナオキは険しい顔でそういった。

 「いくらなんでもそりゃうがちすぎってもんじゃねぇの? ナオキがそんな腹黒いこと考えて決行するか?」

 ヨースケが冷静に意見する。マミは思いつめた顔で

 「正直言って、私もそう思うわ。けれど、じゃあ木島くんを『村人』で決め討てるかって言ったら、それは危険だと考える。さっきも言ったとおり、木島くんがとてもアタマの良い『人狼』で、巧妙な『村人アピール』をやったという可能性がある限りね。

 今後、木島くんは『占い』の対象になりにくい場所になっていくと思うわ。あの『柱発言』の所為でね。誰からも村人に思われそうだもの。でもだからこそ敵だったときにとても厄介。木島くん自身が『自分はただの村人だから処刑してもかまわない』と主張しているこの日のうちに、ケアしてしまったほうが安心できると私は思うわ。その場合『狩人』を処刑するリスクもなくなるしね」

 「『自分処刑容認』を言い出す人は、望みどおり処刑してしまおうという考え方ですね」

 浪野は微笑んだまま

 「そしてそれをやるとしたら、処刑余裕がある今のうちしかない、と」

 「そういうこと」

 マミはうなずいた。

 「……わたしが処刑したいのはマミちゃん。理由はナオキくんを疑ってるから」

 ジュンがじっとマミのほうを見つめながら言った。マミは険しい顔でそれを受け止める。

 「理由雑すぎワロタ。アタマん中スイーツですねマジでマジで」

 粕壁が嘲るように言う。

 「なにそれよくわかんない。ナオキくんは絶対に村人だよ、なんで分からないの? それなのにナオキくんを処刑しようとするなんておかしいし怪しいよ。だからわたしはマミちゃんに投票したい」

 これでマミに二票、確定した。処刑候補は六人で票は全部で十。マミはこれで十分危険な位置に入ったといえる。

 摩擦を避けるためならこのまま多数票貰いのマミに票を集めるのが賢いといえる。そうすれば『ほぼ全員がマミに投票した』という事実を作れ、軋轢を発生させずにすむようになる。もし票もらいが粕壁のような嫌われ者ならばそれは同調圧力として成立しただろうが、しかしこの場合二票もらいが味方の多いマミ。これ以上の嫌疑は集まらない。

 「俺は粕壁に投票する。この状況で冷静すぎるのが気になる。口数多くて言いがかりが多いのも気になるしな」

 ヨースケだ。彼は間違っても彼女であるマミに投票しない。

 「おれも粕壁だ。どうせ敵はおまえなんだろっ!」

 早川がそれに同調する。まさにコバンザメの所業だと、桑名は思った。早川はこのゲームが始まってパニックを起こしてからも、ヨースケにだけは一度も突っかかっていない。そしてヨースケが投票するといった位置にかぶせて来ている。

 「はいはいチンパン乙。あたしちゃんとかどう見ても村ですから」

 粕壁はそう言って両手をさらすだけ

 「そうですね。粕壁さんは言動は少し乱暴ですけど、誰よりも積極的に敵を考察して自分の意見を皆さんに落としている人に見えます。処刑するよりは占って色を確かめたい位置じゃないでしょうか」

 弁護するように言ったのははるかだった。

 「なので、わたしが投票したいのは早川さんです。誘導的ですけど、誰が敵かを考えてしゃべっているようには思えません。敵陣営を本当に探している気配がないというところと、誰が処刑されても良さそうにしているところ、この二点から疑わしいと思います」

 痛烈だ。桑名は思う。おだやかでおとなしそうに見えるはるかだが、意外にもクレバーな思考の持ち主であることが伺える。

 それに続いて、浪野がおだやかに口を開く。

 「さっきも言いましたが、わたしが投票するのも早川さんです。仮に占って『シロ』が出たとしても、あまり戦力にならなさそうなので残す価値を感じません。かといって占いも処刑もせず放置しているには不穏すぎます。なので余裕のあるうちに処刑してしまうのが安定するでしょう」

 浪野の投票理由はあまりにも冷淡だ。だがしかし、納得はできる。どうせ早川なんぞ『襲撃』されないだろう。人狼は自分たちにとってもっと邪魔な奴を消したいはずだ。つまり処刑しない限り村に残り続ける。それを歓迎できるほど有力な戦力であるとは、早川は言いがたい。

 「……偽者の『占い師』と同じ意見でいやだけど。ワタシも早川を処刑したいと思う。誰にでも疑いを擦り付けるのが印象悪いの。占ってもいいんだけど、そしたら誰を処刑しようって話になるし……」

 リョーコが言った。これで三票、早川の表情が青くなる。

 「二票以上もらってるのはあたしちゃんとマミゾウとDT早川の三人か。こん中ならまあマミゾウだろうな。童貞は村だろ、童貞だし。正直グレーに臭いのはそんないないんだが、マミゾウは貧乏人で金がいるって言ってましたし、まあ死んどけば。これでDT早川と同じ三票もらいになっちゃいましたね。ねぇねぇ今どんな気持ち? ねぇねぇ?」

 さて。自分の番が回ってきた。

 『狂人』の桑名としてはより村人らしい人物に投票しなくてはならない。ここで『人狼』が処刑されてしまうのは望ましくない事態だ。どうするべきか。

 今現在、早川とマミに三票ずつ入っている。マミに三票も集まるとは正直意外だった。理由として挙げられるのは、議論の序盤で粕壁から『マミは進学費用に困っている』という情報が殊更強調されたことだろう。

 実際、これは怪しいといえるか。

 ……特別怪しいとは思えない。金を欲しがる理由なんて、マミのように切実なものでなくとも誰にだってあるものだ。桑名だって欲しい。だから金の問題がイコール怪しむ理由というわけではないが、マミはなんだか冷静すぎるのが鼻に付くようにも思える。

 二票もらいの粕壁も怪しい。とうのマミを容疑者に仕立て上げたのは粕壁の仕業だ。ヘイトを貰いやすい自分が処刑先にされないための、スケープゴートを事前に作っておいたとも判断できる。

 そして……逆に早川は村人らしいといえる。こいつの反応は非常に村人らしい混乱だ。こいつが人狼だとすればいくらなんでも楽勝すぎる。そもそもこれは『狂人』の桑名にしか見えていないことだが、彼が『人狼』だとすれば、『占い師』に出ているはずの仲間はなぜこうも頼りない奴を『シロ』で囲ってやらなかったのかという疑問が残るのだ。

 「オレは早川に投票する」

 結論として、桑名はそういった。

 「そこを処刑すれば敵陣営が処刑できると思う。だってさほら。あちこちに疑い向けてて? その、誰が処刑されても良い『人狼』っぽく見えるっつか。なんか隠し事があってパニくってるように見えるっつか。とにかくそんな感じなんで」

 「桑名てめぇっ」

 早川は顔を真っ青にして

 「オレ三票入ってるんだぞ? 処刑されちまうじゃねぇか? 分かってんのか?」

 「今の擬似投票は議論を活発にするためのものであって、そのとおりに行うわけではありません」

 浪野が言った。

 「変えたい人は変えればいいのです。だからあなたが処刑されない可能性は十分ありますよ。今の擬似投票というのは、処刑先にされそうな人に説得の機会を与えるものでもありますしね」

 「ここまで疑われたら説得なんか用を成さないだろ。あかん奴や」

 粕壁が言った。

 「おいカスっ! てめぇの投票のしかたくせぇよな? ある程度みんなが投票を済ませるまで待っておいて、多数票もらいの中から選んでたよな? 自分が多く票を貰うのを見越して様子見して処刑されそうな奴らの中から選んだんだろ?」

 早川がつばを飛ばしながら言う。粕壁は飄々と

 「鋭いじゃんDT。まーねあたし処刑されたくないですし当然ですよ。でもマミゾウ疑ってるのは本当。誰が処刑されてもいいんなら最多得票のDT、おまえに票を入れてる。誰かさんみたいにね」

 そう言って露悪的な表情をこちらに向ける。桑名はどきりとした。

 「確かに粕壁は臭い。あれだけいろんなところに突っかかっておいて、結局は無難な票もらいのマミを選んでる。それも『疑わしいから』という積極的な理由ではなくて、ただの消去法だ。おまえはゲームが始まってからこっち、結構多弁だったけど、結局誰を疑っているんだ?」

 ヨースケが粕壁に追求する。粕壁は面倒くさそうに

 「『占い師』からなら後だしで出てきた西山のほうが若干信用低め? 様子見してからカミングアウトしたように見えますた。しかも桑名占った理由が『元カレ』なんつーテキトーさ加減。その桑名も出て来方が杜撰な上黙りがち。『霊能者』には『霊能者』の見え方があるだろうに、それを村人に話そうとしない。桑名の偽要素ねこれ。

 対してクソビッチ前園は結構多弁な中で、思考がすごく本物占い師っぽい。占い先もピカイチ納得の浪野。今のところこっち本物よりに見てる。

 んで暫定占い師二人に誰占って欲しいかっつったらマミゾウか多門。あたしの考えはこんなとこ」

 ……自分が偽だというのはこいつには見抜かれているらしい。それ自体は村人よりの思考だろうか。それとも暫定霊能者の桑名の信頼を下げようとするものなのか? 分からない。

 「ただし前園本物よりで見るといっても、その前園が『シロ』を出した浪野がピカイチ村人っぽく見えるかというとさほどでもない。つらいとこねコレ」

 「前園さんを本物『占い師』で決め討つならば、わたしのことも『村人』で決めうってくだされば良いでしょう。

 それからこれは村アピールになりますが。わたしは自分の持ちうる限り人狼ゲームについての知識やセオリーを、皆様に適切に伝えてるつもりです。この貢献がはたして人狼陣営にできるのかというのを考えてみてください。わたしが敵であれば、ここまで皆さんにアドバイスをする利点はありませんよ」

 「アッハイ」

 「ところであなたは西山さんを偽者よりに見る発言をしながら、前園さんの『シロ』であるわたしを怪しむというダブルスタンダートな主張をしています。両方の『占い師』の信用を下げられるようにしている風にも感じられますが、いかがですか?」

 「あたし『人狼』として、なんで両方の『占い師』の信用を下げる必要があるのか意味不明杉内。本物の信用だけ下げとけばいいだろ」

 「占い師が『本物』+『狂人』で、『人狼』のあなたにもどちらが本物か見分けがついていないという風に考えればつじつまがあいます。その場合桑名くんが本物となり、グレーに『人狼』が二匹潜んでいることになります。十分に考えうる話ですので少し疑わしく思いました」

 飄々とした様子の浪野。粕壁は首をすくめて

 「まだ『占い師』のどっちが本物か分かってないだけな。

 いうかあんた早川に投票予告したよね? あたしその早川から投票予告されてるじゃない。早川疑うなら尚更あたし人狼ってのはないでしょ。あ、これあたしの村人アピールね」

 「わたしが早川さんに投票したのは、村でもいらないと判断したからです」

 「アッハイ。つまり人狼を探していないってことですね分かります」

 それっきり、二人の応酬がやむ。そこで、わめきちらすように、早川は粕壁を指差して騒ぐ。

 「やっぱりこいつ怪しいってっ! ダブルスタンダート? してて、どっちの『占い師』が偽者でもいいみてーだっ! そもそも『人狼』なんか選ぶのってこいつくらいだろ?」

 つばを飛ばし、赤い顔でわめき散らして

 「みんなこいつに投票しろよっ! いいな?」

 指を刺す。粕壁は自分のふとももをたたきながら

 「処刑されそうだからって必死すぎワロタ。首きゅーっと絞まるの結構気持ちいいらしーよ? 後でいいから首吊った感想キボンヌ」

 「おまえが死ねカスっ! クソ、クソクソクソっ! どうしたっておれがこんな目に……」

 自分が生きようとするからだ。桑名はそう考える。人間社会において、自分が苦しみたくない、損をしたくないという当然のはずの感情は、見苦しいものとされる。そういう感情を隠さないという点で粕壁と早川は似ているといえ、それがこの二人が全体の票の過半数を集めた理由と言えるだろう。

 もうすぐに投票の時間がやってくる。早川はまだわめいている。自分ではなく粕壁に投票しろとわめいている。粕壁はそれをただ嘲り笑っているだけだ。

 ジュンとナオキは身を寄せあって、疑心暗鬼の疲れを少しでも癒そうとしている。信じられるものがあるこいつらは、強いだろう。寄せ合う体の距離が二人の結びつきの強さを指し示している。

 たいしてヨースケとマミはというと、同じソファには座っているものの、距離を測りかねたように微妙な空白が開いていた。ヨースケは早川をなだめることに終始していて、マミはというと憮然として黙り込んで、どこへともなく視線を流しているだけだ。

 全体を見回していると、ふと、はるかの方と目があった。

 視線が合うのに気が付いて、はるかはただ、愛想よくにこりと微笑んだ。つられてこちらも、にへらと笑ってしまうような、そんな奇麗な笑みだ。こんなことをしている状況ではないのにと戒めても、どうしようもならない。

 ……なんだろう。今の微笑みは。

 「なあ」

 桑名はふと、はるかに話しかけた。はるかは目を丸くして、「なんですか?」と応答する。

 やわらかく緩められていたその表情が、皆の視線の集中とともに、引き締められる。その表情の変化に戸惑いつつも、桑名は尋ねた。

 「オレのこと信じてる? その、『霊能者』なんだけど……」

 「大丈夫ですよ。桑名さん」

 にっこりと、はるかは分かった。

 「わたし信じてます」

 その回答に、桑名は胸の奥がちくりと痛むような感覚がした。

 それが多分、これから自分が生き残るために捨てていかなければならない感情であろうことは、理解していたのだけれど。


 ●


 投票結果


 (0)桑名零時→早川恒和

 (0)多門洋介→粕壁あおい

 (5)早川恒和→粕壁あおい

 (1)木島ナオキ→赤嶺マミ

 (0)西山良子→早川恒和

 (2)赤嶺マミ→木島ナオキ

 (2)粕壁あおい→早川恒和

 (0)神田瀬純→赤嶺マミ

 (0)前園はるか→早川恒和

 (0)浪野なにも→早川恒和


 早川恒和さんは村民会議の結果処刑されました。


 ○


 白い紙袋をかぶせられた早川が、モニターの中で階段を上らされている。

 十三階段だ。桑名は昔見た映画の内容を思い出していた。死刑囚はゴトーと呼ばれる首吊り縄を首にかけられて、階段を上らされた後、最上段の床が開くことによって吊り下げられるのだ。

 階段を上れば処刑されると分かっていても、容疑者は前に進むしかない。両手を後ろで縛られ、紙袋を被せられた早川の視界は暗闇で、その場でうずくまる以外には、指示されるままに階段を上るしかないのだ。そしてその場でうずくまりでもすれば、容赦なき制裁が待っているだろうことは、階段の下で銃を構える黒服を見るまでもなく明らかだった。

 十三段目にたどりついた早川の足場が、下向きに観音開きにされる。

 早川の体が急速に落下する。重力に従って吊り縄は限界まで伸びきった後、ものの原理としてゴムのように縮んで早川の体を宙に投げ出した。バンジージャンプでもしているかのようだ。早川の肉体が振り子のように大きく揺れる。首に手をかけてもがき続けながら左右に振り回される早川だったが、時間をおかずに事切れて、両手をだらりと投げ出した。

 死体のように静かになった後も、早川の体は吊り縄に振り回され続けた。


 ●


 二日目:夜パート


 あれで死んでいないというのか。桑名はモニターを食い入るように覗き込んで、思った。

 人間の体の仕組みは詳しく分からない。ただ、首を吊ればふつうは人は死ぬのではないだろうか? はたして早川はあそこから蘇生するのだろうか。処刑されただけでは死なないとは言うが、あんな映像を見せられてどうして信用されるというのだろう。

 桑名はその恐怖的な映像に震え、息を飲み込む。人を何かに決意させ、駆り立てる感情の一つは間違いなく恐怖だ。慣れ親しんだ友人が吊り縄にかけられるその映像を見て、桑名は自分はああなってたまるかと強く誓った。その決意はすなわち、村人陣営にある仲間たちを裏切って、勝利をもぎ取るという意味に他ならない。

 仲間を裏切りたくはないなんていう奇麗事は、言いたくない。そんなことをぼやきながら、どうして自分の命を守れるというのだ。

 ……迷いはない。迷いは、ないのだ。

 自分に言い聞かせる。息を吸い込んで、それから思考を切り替えた。

 二日目以降の『夜時間』は、初日のそれと比べて長く取られている。十五分間、プレイヤーには明日のための準備をする時間が与えられる。『人狼』にとっては、その日の夜の襲撃対象を決め、今後の生存戦略を練り直す時間。『村人』にとっては、誰が敵なのかを落ち着いて推理し翌日につなげる時間となるはずだ。

 狂人の桑名にとっても、考えなければならないことは膨大にあるのだ。


 ●


 一度思考を切り替え終わると、桑名のアタマの回転はそれなりだ。スクールカースト上位に属し続け、要領よく日々を送る桑名の思考力は悪い訳ではない。

 まず最初に考察すべきことは、『誰が自分の味方なのか』ということだ。『狂人』の桑名の役割は、味方である『人狼』を生き残らせること。そのためには、誰がその『人狼』なのか見当をつけておくことが求められる。

 まず一人、『人狼』がいるであろう場所が確定している。『占い師』を宣言したはるかとリョーコのうちの、どちらかだ。

 村人の視点からは『前園はるか』『西山良子』の二人の暫定占い師の内訳は、『本物+狂人』『本物+人狼』『人狼+狂人』『人狼+人狼』の4パターンが考えられる。が、『霊能者』と乗っ取った『狂人』の桑名の視点では『本物+人狼』のみに限定される。はるかとリョーコのどちらかが『人狼』ということだ。はるかとリョーコの違いはいろいろあるが、もっとも重要で目に見える情報は、占い先とその結果だ。


 西山リョーコ:桑名零時○

 前園はるか:浪野なにも○


 単純に言って、西山リョーコは今現在は嘘の結果を出していないことになる。桑名は『狂人』であり、占っても『人間』判定の出る役職。少なくともリョーコは仲間の『人狼』に『人間』判定を出して守るという動きはしていない。

 たいしてはるかはというと、プレイヤーの中ではもっとも疑われやすい位置である浪野に『シロ』判定を出している。初手で仲間を囲ったと疑うには十分な結果ではあるだろう。


 人狼 はるか>リョーコ 本物


 しかし、単純な占い先とその結果だけでなく、彼女らの言動の方に着目するならば、これははるかの方に『本物』の目が強いと言える。

 まず一つ。はるかは『占い師は早めにカミングアウトすべし』という話になった際、すばやく自分の役職を宣言している。リョーコが出てきたのはこの後、はるかが出たのを確認してからだ。

 はるかが『人狼』であれば、『狂人』に騙り役を任せるつもりは、はじめからなかったと言える。『狂人』に騙りをやってもらいたいなら、黙って様子を見るのが得策であるからだ。はじめから信用勝負を仕掛けるつもりで騙る心積もりをしていたと考えられる。

 だがこの行動ははるかの立ち居地とは矛盾する。生き残らなければならない『人狼』の騙り役は、『狂人』のそれと比してより信用獲得が強く求められる。その点、所詮はよそ者のはるかが騙り役を買って出るかという疑問が残る。

 対して占い師に出るのがやや遅れたリョーコだが……これは単純に狂人(=桑名)の出方を伺ってからのカミングアウト、という風にも考えられる。狂人である桑名が占い師に出てこないのを確認してから、自分自身が騙り役となって出てきたという訳だ。

 そしてもしそうだとすれば、リョーコの占い理由が『昔の恋人だから』という杜撰なものだったことにも説明が付く。もともとは『狂人』に騙りを任せるつもりでいて、追求されても適当な占い理由を言えなかったという理屈で通る。


 占い結果

 人狼 はるか>リョーコ 本物

 言動

 人狼 リョーコ>はるか 本物


 結論として、まだ『どちらがどちらともいえない』となってしまうのが実際のところだ。小理屈をこねくりまわして考察の真似事をすることはできても、土台になる思考や経験がなければ、自信を持って『どっちが人狼』と決め討てるわけもない。

 そこから導き出される桑名の結論は……『保留』。今はこれしかないのが事実だった。よって、桑名としてはどっちが『人狼』の場合も想定して考えておかなければならない。



 そしてこれは桑名にとってもっとも重要な問題。『人狼』にとって、桑名がどう見えているかということ。

 『人狼』視点では、今現在『狂人』の居所が分からない状況のはずだ。桑名は単独カミングアウトの『霊能者』であって、人狼にとっては邪魔な状態。『占い師』に『人狼』が出ているのなら、それは尚更だ。桑名の霊能結果によって偽者であることが露呈してしまう可能性が常にあるのだから。

 よって桑名は『人狼』に自分が偽者、つまり狂人であることを速やかに伝えなければならない。さてどうするか。

 簡単だ。早川の霊能結果を、真実とは逆に伝えれば良い。『人狼』は仲間が誰かを知っている、当然早川が『人狼』か否かも理解している。偽の結果を出せば狂人アピールは成立するはずだ。

 では、早川は人狼なりや?

 答えは、NOだ。分かりきっている、99パーセント間違いがないだろう。

 これは本当に確信をもっていえる。決して印象の話などではない。何故ならば、早川は『占い師』を名乗っている二人、はるかとリョーコに票を投じられているからだ。

 はるかとリョーコのどちらかが『人狼』である以上、彼女ら二人から投票された早川は『人狼』ではない。増して早川はあんないつ処刑されてもおかしくない、強く怪しまれている位置、身内投票など論外。よって早川は『村人』で決め討てる。

 だからこそ、桑名は早川に『クロ』を打つ。『人狼』だったと村に、仲間の『人狼』に伝える。

 狂人アピールはそれで成立する。


 ここまでが、『霊能者を乗っ取った狂人』としての桑名の視点であり、思考。しかしそれだけを考えて勝利できる訳ではないことを、桑名は当然心得ている。

 そう。村人から見て桑名はあくまで『本物濃厚の暫定霊能者』なのだ。よって、それらしく見える発言を心掛けなければならない。

 桑名は本物『霊能者』になりきって考察を始める。本物霊能者視点……『占い師』の内訳はどうなるか?

 しかしこれも簡単だ。桑名は早川に『クロ』を討つ。先ほど桑名が『早川は村人陣営』という思考に行き当たったのと、同じ思考をたどればいい。『人狼』である早川に二人の暫定占い師は投票している、人狼が人狼に投票しない以上、占い師の内訳は『本物』+『狂人』でしかありえない。こう言い放ってしまっていい。


 早川に『クロ』を討つことで『人狼』への狂人アピールを成立させ、『村人』からは単独カミングアウトの本物『霊能者』にしか見えない。

 完璧だ。桑名は手ごたえを感じた。完璧……そう、今夜中に『襲撃』さえ来なければ、だが。

 残る桑名の『夜時間』は、そのお祈りのためにささげられることと相成った。

 なにを隠そう、彼は小心者なのだ。

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