柔らかな朝(意味深)
「さて、寝るか」
「あの……一緒に寝るのはダメですか?」
「えっ」
「その、嫌なのは判るんですけど、ダメでしょうか、怖くて……」
「……い、いいぞ」
「ありがとうですっ」ギュッ
「……おう」――何事も起きなければいいけど。
柔らかな朝。それは小鳥の囀りが響く朝。
柔らかな朝。それは暖かい日差しが窓から入り込む朝。
柔らかな朝。それは手の中にある柔らかい膨らみを堪能する朝。
――待て、おかしいだろう?
寝ぼけた脳で虚は思考する。昨晩はこれからの行く末に期待を膨らませた話を遅くまでしていたのだったと。時間が遅くなったところで、メイドがやってきて蒼華と蒼黄、奏士を各々の部屋へと連れていったんだったか……部屋割りには気にしないでおこう。
――メイドなんて初めて見たな、執事なら見慣れてたけど。
どうでもいいことを考えながら視線を横に移動させると、穏やかな寝顔の蛍が居る。
――随分とまあ、可愛くなったもんだよな。
女としては扱っていたものの、今では身体も完全に女の子である。それは、柔らかく瑞々しい手の中の膨らみも主張している。
――柔らかい、な……ん?
虚は冷や汗が溢れ出る。
――柔らかいじゃねえよ、ヤバいだろおい。
「……っ……ふ、ぁっ……」
動いていた手を止めて、手を抜こうとすると艶かしい声が響く。
――う、わ……。
初めて触れる女の柔肌も然ることながら、親友が漏らす艶がかった声が思考を痺れさせる。
「うつ、ろ……?」
――しまった……!
「あ、これ、は……だな」
身体を震わせながら、期待と不安に揺れる瞳がキュッと閉じられ、弱々しく掴まれたシーツが誘っているかの様に扇情的に映る。
「蛍……?」
「……いい、ですよ……?」
腰の辺りからゾクリと、何かが這い上がる感覚。
――こ、れは……反則だろ……。
壊したい、穢したい、この小柄な少女を思うまま貪れたら、どれだけ心地良いのか。無防備に曝された唇に、唇を重ねようと――。
「起きてる? もう朝よ?」
コンコンとノックが響き、二人同時にバッと離れる。
「大丈夫だ!」
「お、起きてるのです!」
「……? 開けるわよ?」
ガチャリと音を立てて、蒼華が入ってくる。
「おはよう、メイドさんが迎えに来てるから行くわよ」
「……あぁ」
――俺は馬鹿か? 縋ってくる親友相手に手を出そうとするなんて……飢えてるのか?
自己嫌悪に苛まれている虚ではあるが、人を待たせているのであれば急がなければとベッドから降りる。
「本当に皺も付かないんだなこの服」
皆最初に来ていた服を脱ぐことが出来なかったのだ。メイドさんが言うには、召喚された者が最初に装備している装備は汚れたり、破損する事も無い装備らしい。
身分証明書発行後になんとかしてくれるらしいが、どうせなら寝る前に着替えたかったのは間違い無い。ただ、驚いたことに寝心地には影響が出なかったので、実質気分的な問題が大きかっただけなのだが。
「装備が壊れないとか現実的に考えると凄いチートだな……」
「厳密に言うと壊れても復元する、らしいけどね」
「大差ないだろ、強いかは知らないけど」
蛍もいそいそとベッドから降りてくる。
「お、おはようございますです」
「ドレスにも皺が無いのか、凄いな」
――朝から、なんであんなことになってたんでしょう……恥ずかしいです……。
触れられている歓喜と、上手く働いていなかった思考に、甘美な疼き。つい負けてとんでもない事を口走ってしまった様な気がするが、なんでもない風に装わなければいけないと思い、考えないようにする。
「凄いですけど、早く行かなきゃ……待たせてるんですよね?」
――なんとも思っていなさそうだな、やっぱり主従関係の部分があるから、嫌々身を差し出したんだろうな……気をつけないと。でも、主従を続けるのなら、執事じゃなくてメイドになるのか? ……見たいな、いや何を考えてるんだ俺は。
――明らかに何かあったわね、二人とも判り易過ぎるのよね……ま、そこまで大事じゃないみたいだけど。
周りから見ていると、顔に朱を差した蛍に、難しい顔をした虚なのだ、隠す気が有るのかと言いたい。
奏士と蒼黄は起きていたらしく、メイドに連れられて城――昨日は各々が城内に部屋を与えられた――を出発する。
「魔王の国と言っても、普通に賑やかな国に見えるな」
「あくまで、治めている王の種族が悪魔であり、魔王の特性を持っているだけですので」
説明してくれたのはメイドのセリス。昨日から五人組の世話をしてくれているメイドである。
「ホタル様方の世界の『あーるぴーじー』とやらと同じと思っていただければ」
「まあ確かに雰囲気は中世ヨーロッパって感じがするな」
「テンプレよね」
「正直なところ、外観に関しては一部だけを大きく変えると違和感もあるため、昔の外観から大きく変えず過ごしているという面もあります、暮らしていくのに何かしらの不便が出るものでもないですし」
他の七名はもう向かっているらしく、セリスを含めた六人で雑談をしながら城下町を歩く。町並みは如何にもRPGと言うような雰囲気であり、召喚された者だと判っているのか、周りからの視線が結構ある。
「見られて、ますね」
「取って食われるわけじゃないんだから、俺に隠れるんじゃない蛍」
「はい、です……」
視線を恐れているのか必要以上に蛍が怖がっているが、この先外出しないことなど不可能なため、しっかり歩くよう虚が促す。
ギルドに到着するまで大体20分くらいかかったろうか。扉を開くと奥の方に見えるカウンター前には他の召喚された者が集まっていた。
「宜しくお願いします、ギルドサブマスターのミーシャと申します、今から鑑定をするから二人ずつ奥の部屋に入ってくださいね」
急かされるように部屋を割り振られる、ギルドも忙しいらしい。
「誰が一番希少だと思う?」
「私は悪魔の少年かな、あのゲスそうな顔の子」
「ゲスいとか初対面なのに酷いわね、私はあの幼女かな、10歳前後かな?」
「今回召喚された人、学校の生徒と先生らしくて全員16歳以上らしいわよ」
「えっ」
「えっ」
「あの幼女に賭けるわ私、2万Rでどうかしら」
「私もあの幼女に、凄い可愛かったし……同じく2万R」
「じゃあ私も……って賭けにならないじゃない」
賭け事に忙しかった様だ、キャーキャー騒いでいるのが部屋の中まで声が届く。仕事はどうしたのか、なんて疑問は持ってはいけないのだ。
――幼女ってボクでしょうか、確かに昔から背は小さかったですけど……前より視点がかなり低いような……。
目の前で何かの用意をしているミーシャが見える。他の人には別途担当が付いているが、蛍と虚にはミーシャが付いた様だ。
「あ、あの、ミーシャさん、身分証明書って身長とかも見れますか?」
「見れるわよ? あぁ、貴女背が小さいから気になるのね」
「うぅ…そ、そうなんです」
同性であるはずであるミーシャは不安気に瞳を揺らす蛍を見て、可愛さを覚えずにはいられなかったのであろう。
「大丈夫よ、女の子って小柄な娘は凄い可愛らしいし……特に貴女は心配要らないと思うわ」
と、先程より少し甘い声色で慰める。
「そうでしょうか……」
俯きがちに胸元で手をキュッと握るその姿は庇護欲をそそられ、なんとも言い難い魅力がある。
「ええ、間違いないわ! 少年もそう思うわよね!」
「あ、あぁ、その、蛍は可愛いと思うぞ」
「そう、ですか……えへへ……」
――笑顔を凶器と思ったの初めてだわ……!
――直視できないぞ……!
「え、えっと、まずは少年からね!」
「ああ、どうすればいい!」
「……?」
可愛さにやられた二人の気など知らず首を傾げる蛍。
「この水晶球に触れてくれるかな?」
「それだけで?」
もう少し面倒な処理が必要なのかと思っていたのか、虚はキョトンとした顔をしている。
「うん、まあ貴重な水晶球のおかげってことよ、深く考えないで、私も判んないから」
「適当だなぁ……ほい、これでいいかな?」
実際にこの水晶――識の神球のレプリカ――は神が作ったとされている『識の神球』という神器を元に作られているらしく、どういう仕組みの物なのかは公になっていない。
「ええ、これで……えっ?!」
赤銅色のカードを翳した途端、驚愕したミーシャ。鑑定結果でそういう反応を取られると不安になるだろ、と虚はちょっと顰めっ面になる。
「ええと……ウツロ君のカードはこれね」
渡されたカードの記載を確認する。
名前:クロツキ ウツロ
年齢:16
レベル:1
属性:火・水・土・風・闇・雷・氷・竜・虚飾・恐怖
魔力量:特級
種族:悪魔・竜人
【固有特性】
『虚飾の王』
『二王』
『悪魔化』
『竜化』
【特性】
『喪失×』
『守護○』
『シックスセンス』
『五感強化』
『道化師』
『奇術師』
【武技:10枠】
【術技:10枠】
「ええと、これって良いのか悪いのか判んないんだけど」
「物凄く良い、どころの話じゃないわ『二王』ってここ数千年出てないはずよ」
「数千年って、伝説級じゃないか……」
随分とスケールの大きい話にちょっと気が遠くなりかける虚。
「『虚飾の王』なんてそもそも聞いたことないし、どういった特性なのかしら……稀に個人特有の特性があったりするから、それかしらね……」
「俺がチートだとは……てっきり蛍かと思ったのにな……」
当てが外れたが、守れる力があるならそれでも良しとしよう。そうは思える分まだ良いけれど、結局面倒なことには変わりはなかった。
「正直、武技と術技の数も多くて5個くらいなのよ召喚された子でも7個とかがいいとこね……固有特性とは別に努力で手に入れるのがほぼ不可能な特性もあるし……規格外ね……」
相当に異常な潜在能力があるらしい虚は「レベル上げしたら面倒になるかもしれん」などと言っているが、そもそも現時点で面倒な状況に置かれるレベルの話である。
「ちょっと『ヘルプ』って言ってくれないかしら」
「……? ヘルプ……おお!?」
虚がそう呟いた瞬間ギルドカードの表記が変わった。
名前:クロツキ ウツロ
年齢:16
レベル:1
身長:168.8cm
属性:火・水・土・風・闇・雷・氷・竜・虚飾・恐怖
魔力量:特級
種族:悪魔・竜人
誕生日:10月22日(四之白月22日)
【固有特性】
『虚飾の王』
クロツキ ウツロの個体特性。
本来単純な個体に対しての特性は発現しないが。
異世界からの召喚など、特異な場合によって発現する可能性がある稀な特性。
・魔力を乗せた言葉を発し、その言葉のままに全てを変える事ができる。
『二王』
各最上位種の複合特性。
複合:魔王・竜王。
・バッドステータスの無効化
・全魔法耐性増大
・全魔法効力増大
・物理耐性増大
・身体能力増大
・体力・魔力自動回復
・体力・魔力上昇
・多重自動魔法障壁
・多重自動物理障壁
・障壁高速自動修復
・身体欠損修復
・思考加速
『悪魔化』
悪魔の中でも一部のみが扱える特性。
・特定の範囲内の味方と認識した対象への自動治癒能力の付与
・特定の範囲内の味方と認識した対象への能力補助の付与
・時間制限有
『竜化』
竜人の中でも一部のみが扱える特性。
・咆哮による術技の一斉使用
・身体能力の大幅な上昇
・消費魔力の大幅な減少
【特性】
『喪失×』
・何かを失う事に弱い
『守護○』
・守ることが得意
『シックスセンス』
・危機を感知する事がある
『五感強化』
・五感を強化する
『道化師』
・言葉に真実味を持たせる
・相手に猜疑心を植え付ける
『奇術師』
・注目され難くなる
・相手の意識から外れ易くなる
【武技:10枠】
【術技:10枠】
「なんか説明が出たけど……これはチート……」
「内容は貴方と貴方の許可した人しか見れないわ、許可する時はギルドカード同士を合わせて『登録』と言えばいいわ、基本的にはギルド内部でも情報が広がることはないし、信用している人だけに許可するといいわよ」
実際に詳細まで見てみるとそれは間違いなくチートだった。でも外見は魔王、なんともちぐはぐである。
「ミーシャさんなら登録してもいいよ、ギルドの他の人とはしないつもりだけど」
「……判ったわ、特性の内容はマスター以外には口外しないし、マスターにもできる限り口外しないよう伝えておくわ」
暗に、他の人には情報をやるつもりはないから広めるなということを伝え、ミーシャはそれを了承した。
「うん、ありがとう、信じてるぜ」
――よく言うわね、間違いなく信じてない……情報を伝えるにしても選ばないと駄目ね、恨みを持たれるのは得策じゃないでしょうし。加えるなら、サブマスターなんだからこれくらい言わなくても判るよね、そこを信じてるよって言われてるみたいね。
傍では蛍が「流石ボクの御主人様! 凄いのです!」と目を輝かせているが。そんなことは目に入らない……事はなく可愛いものは正義なのである、ここぞとばかりに横目で見る。
「……って御主人様?!ウツロ君貴方――」
「おいおい待ってくれ! 違う! 召喚される前に俺の専属(執事)だったんだよ!」
「専属(ペット)……! まあ酷い事はしてなさそうだしいいんだけど……」
「あ、あぁ……?」
何か誤解されているような、そう思ったのか虚は歯切れの悪い言葉を返す。
この誤解が後にギルド内部に大いに広がることになるとは、今は誰も知らない。
虚君ロリコン疑惑。