願いも思いも届くから
最近オレンジジュース美味しくて困ります。
「皆様お帰りなさいませ、魔王様は王の間でお待ちです」
セリスに案内してもらった道を戻り、城に着いたところで門が開き、メイドに出迎えられる。
「着いた瞬間に出迎えられるって思ってたより怖いな」
「メイドの嗜みでございますので」
どう考えても神出鬼没になる嗜みなど怖すぎるが、それを思っても口には出さない。なぜなら目が全く笑っていないからだ、誰が進んで墓穴を掘りに行くというのか。
魔王との謁見、いきなり国のトップと会うことになり、普通の人より大分ズレている彼等でも緊張――
「ちょっと眠くなってきたのです」
「そうだなぁ」
していなかった。
蛍も城に着き漸く自分を取り戻したのか、虚の背中に顔は埋めず歩いている。そもそも虚が欠片も緊張していないので、それが緊張しなくてもいい、という雰囲気を作り出していた。
それを考慮しても緊張しなさすぎではあるが。
「オレらは会ってねえが、虚だけ会ったんだろ? どんな奴っつーか、そもそもいつ会ったんだよ」
「翔が飛鳥とイチャついたり寝てた間かな、部屋が割り振られた後に呼ばれて……蛍が寝付いてからちょっと話したんだ」
イチャついてねぇよと反論するが、思い当たることでもあったのか顔は赤いし声も小さい翔。
「ある意味納得するだろうし、ある意味驚くと思うぜ? 流石に俺も最初は驚いたからな」
一度既に会っているから、余裕の態度の虚が意味あり気な台詞をニヤニヤしながら言う。
「しかし、王城となるとやはり広いね……僕達の格好がはこれで良いのか? 先程着替えたままだけれども」
「虚が言わないってことは大丈夫なんじゃありません? 元々固有装備とやらも今の服装も大差ないわたくしや奏士も居ますし、翔に至っては変わってないですし、慣れればきっと気にならなくなりますわ」
沙良は白地に金の刺繍が施された、儀礼服のようなもの――勿論男性用――を着ている。蛍はヴィクトリア調のメイド服であるし、虚は同じくヴィクトリア調の燕尾服にマントだが、シャツとマントの裏地の色がワインレッドになっており本人の雰囲気のせいもあり毒々しい。蒼華と蒼黄は深緑色の軍服を着ており、有栖は赤と黒のプリンセスラインのドレス、めだかはパンツ型の女性用スーツだ。飛鳥はロングスカートの白のワンピースに麦わら帽子でどこかの令嬢のようだし、イチとハナの先生コンビはイチが青でハナが赤のジャージ、極め付けは袖の部分が破けた黒の道着に赤の帯――下着は赤ふんらしい――を着た奏士と、完全に忍者な翔である。
初日は部屋に案内されただけであったし、城の奥まで入ることはなかったため気にならなかったが、改めてゆっくり観察すれば流石は王城、下品にならない適度に華美な装飾などもあり高貴な雰囲気が漂っている。
その中を歩く意味不明な集団である、周囲から見ると実に奇妙だが、勤めているのはメイドが十名のみであるのであまり気にはならない。
案内役もなしに虚を先頭にして進んで行くと、大きな扉がありメイドが立っていた。
「昨日ぶりでございますウツロ様、魔王様が中でお待ちでやがります」
「はいよ、お疲れさま」
どこが死んだような目をしているメイドが扉を開き、それを潜る、後半の暴言は聞こえないフリだ。扉はすぐに閉まり、少し離れた玉座に座る魔王が居た。
「……っ!」
息を漏らしたのは誰だったか。扉を一つ隔てただけで空気が変わったのだ。
「ようこそ魔王城へ!」
「歓迎……する」
そこには魔王と、さらに魔王妃が居た。
魔王の膝の上に魔王妃が座っている状態で居た。
加えて言うならイチャイチャしていた。
空気が変わったは変わったのだけれども、それは重い空気などではなかった。それはもう最上級に甘い空気だったのである。メイドの目が死んでいたり暴言が飛び出るのも、これでは仕方がない。
「え……あれ……?」
蛍は目の前の光景を受け入れ難いのか何度も目を瞬かせた。
「鋼兄様に、咲久……?」
「久し振りだね」
「蛍、久し振り」
二人の名前は『黒月 鋼』と『白雪 咲久』。苗字をみて判ると思うが、虚と蛍の親族――詳しく言えば、虚の兄と蛍の義妹――である。
二人は二年前に学校から帰宅する途中の公園で目撃されたのを最後に、忽然と姿を消し行方不明となっていた。手がかりもゼロで当時どれだけ探しても見つからなかった二人と再会できるとは思っておらず、じわじわと沸き上がってくるくる感動を抱える一方で、つまりは召喚されたから神隠しのような状態になった、手がかりがなかったのはそのせいかと納得をする一同。
「咲久ぅ……良かったですぅ……」
「蛍は、心配しすぎ……」
そうは言いながらもお互いに涙を溢れさせギュッと抱き合う二人は、どちらもお互いを強く思っていたのだろう。勿論、鋼も咲久も黒雪院の皆と面識があり、そこから先の話は身内ということもあり非常にスムーズに進んだ。
主に話した内容は四つ、一つ目はこの世界について、二つ目は世界の大まかな情勢について、三つめは現魔王と魔王妃……鋼と咲久の二人について。そして最後に、今後ハーティアでどうしていくか。
「……さて、そろそろ一度お開きにしようか、魔王としての仕事は殆ど無いからいつでも話せるしね……今日も泊まっていくといいよ、昨日よりはゆっくり休めるだろう? ユニオン申請書もちゃんと処理しておくから心配しないでね」
昔話も交えつつ話が進み、日もとっぷりと暮れた頃に区切りもついたので、鋼に部屋を割り振られ魔王城に皆で再度泊まっていくことになった。
部屋の割り振りは、蛍と虚、蒼華と蒼黄、翔と飛鳥、沙良と有栖とめだか、イチとハナ、奏士。奏士が一人余るのは、仕方がないこと――元々の組み合わせがいつもこうである事、さらに筋トレする奏士が非常に煩いため――なのである。
「嬉しいんですけれど、複雑な気分です……この割振りは」
「まあいいじゃん、蛍と二人なんていつものことだしな……ん?」
――やばい、全然いつものことじゃないぞ! 前と違って肉体的にちゃんとした男女じゃないか! でも、嬉しいのか……やっぱり長く一緒に居たし安心できるんだろうな、不安になってる蛍の弱みにつけこむような真似はしないようにしないと……。
数日前までなら余り問題はなかったが、今となっては大いに問題がある状態だった。
ちょっと頬を赤くして、もじもじしながらチラチラと虚を見る蛍。それに気付いて同じように頬を赤くして少し目を逸らす虚。
元々お互いに好意を抱き、更にお互いがはっきりと気付いていないだけだったとはいえ、ちゃんとした男女になり懸念する問題がなくなったからといって、直ぐに付き合えるわけではないらしい。
「……」
「……」
むしろお互いに気恥ずかしいという雰囲気を漂わせるので周囲からするとかなりもどかしい状態にあると言える。
「と、とりあえず風呂でも入っちゃおうか! やっぱり精神的に疲れてる時には風呂だよ風呂!」
「え!? は、はい! 虚が先に入ってくださいです!」
「うん、風呂付の部屋なんだしゆっくり堪能しなきゃな」
どの部屋にも備え付けの風呂があり、部屋の設備は自由に使っていいと言われている。
お互いに意識したままの空気に耐えられないのか、いそいそと脱衣所に向かう虚。何を想像しているのか、顔を更に赤くして「今のボクなら……」と蛍は呟いていた。
長い夜は、始まったばかりである。
長い夜(意味深)




