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斬る  作者: 東 洋
8/13

斬る8

 朝になって、長官は本格的に隊の指揮を執ることになった。250人いる少年兵をどう配置するかに悩んでいると、ハイダムがやって来た。

「やあ、おはようございます、長官殿。作戦指揮はどんな具合ですかな」

 上官に対する礼儀としてあげた腰を、長官はハイダムに手で静止される。再び腰をおろしながら、長官は答えた。

「まだ指揮を取る段階ではありません。こんな大人数の部隊は扱ったことが無いですから、少々隊の配置に悩んでいます。10人もいない相手を300人で取り押さえるわけですからね。まあ、全員は使いませんが」

 ハイダムは自分が座るための椅子を長官が使っている机の前まで動かして、座ってから言った。

「いいえ、その必要はありません」

「……は?」

 長官は机に広げられている地図に落としていた目を上げた。その目は自分の上司の真意を探ろうと、ハイダムの目を見据えている。

「スパイからの報告がありましてね。どうやら少々奇妙なことになっているようです」

 ハイダムはしっかりと上官の視線を受けて返した。その目は少々いらついているようだ。

 長官はどんな言葉がハイダムから飛び出してきてもいいようにと、椅子に座りなおした。

「少年兵は使えなくなりました」

 そう言ってハイダムは眼鏡をはずす。

 状況の見えない長官はハイダムの次の言葉をただ待つしかない。

 ハイダムはたっぷりと時間をかけて眼鏡を拭いていた。

「どうやら各地の村人が彼らと一緒に行動しているようです。どういう経緯でそうなったかはわかりませんが……」

 それからハイダムは目頭を右手でもんだ。

「そのために彼らは機動力を失ってしまい、全員で正面から突入するようですよ」

 ようやく眼鏡をかけ直したハイダムは大きなため息をついた。内心相当穏やかではないようだ。面白くない、というのが行動や言葉の端々からひりひりと伝わり、長官は慎重に言葉を選ぶ。

「確かにそれでは少年兵は使えませんな。もし目の前で親を見たら、彼らは寝返るかもしれません」

 しかし、長官の回答をどうやらハイダムは気に食わなかったようだ。

「かもしれないではなく、確実にそうなるでしょうね」

 フルフルと首を横に振った後、ハイダムはそう答え、長官を冷たい目でとらえた。長官はそれだけで冷や汗がたんまりと出る。

「農民やクーデター班とは別に、二人の男が行動を共にしているようです。彼らを御存じで?」

 長官はどきりとした。まさかあの二人もいるのか、このことである。長官は腹を括り重々しく答えた。

「……ええ」

「なぜ報告しなかったのでしょう」

 これは明らかに自分の落ち度である。長官はようやくハイダムがなぜそんなにいらついていたのかを理解した。ハイダムの問いに何も答えられずにいると、やがて彼はふう、とため息をついた。

「困りますね、長官殿。どうやらあなたには何かしら目に見える形で示さないと、効果が無いようだ」

 その言葉を聞いた途端、長官の脳裏に一つの光景がよぎる。

「待って下さい!報告を怠ったことは誤ります。私としても彼らがまだ隊員たちと一緒に行動してるとは夢にも思っていなかったのです」

「ではこれからどうするつもりかお聞かせ下さい」

 ハイダムとしてもここで長官をさばくつもりはない。のちのち禍根となるようなことを起こすのであれば、そんなことよりも徹底的に相手をつぶすべきである。彼にはまだ利用価値がある。ハイダムとしても、これ以上長官の恨みを買うことは、百害あって一利なしである。

 長官はギュッと目をつぶって、先程脳裏に浮かんだ光景をかき消した。

「正面から来るとわかっているのであれば、残りの兵をそこにおいて一掃すればよいだけのことです」

「向こうからまた何か報告があれば知らせます」

 ハイダムはそう言って席を立った。

 一人残された長官はようやく肩の荷が下りたと言わんばかりに大きくため息をついた。これは一つの賭けである。長官はハイダムに、サルージャがあのゴスロリ少女と互角に渡り合えたことを話してはいないのだ。それは、彼らからすれば一つの光明となりうるものであった。長官はまだあきらめてはいなかった。

 そして、隊員たちの足手まといになっていることにつくづく自己嫌悪する。自分の弱さのために、彼らをこのような危険にさらしている。そう思うにつけて、長官はある一つの決意を固めるのであった。




「まだ歩くのかよ……」

 そうぼやいたのは陸であった。彼らは今ハイダムのいる町を大きく迂回していた。

「仕方ないだろ、誰かさんがスパイだったんだから」

 それは昨夜の話である。深夜、誰もが寝静まった頃、サルージャは隊員の一人の不審な行動を観察していた。そうして、彼が何かを話し終えた後、拘束してすべてを話させたのであった。

 自分たちの行動がばれているというのにも驚きであったが、それは同時に一つの勝機にもなりえた。その情報を逆手に、相手の裏をかけばよいだけの話である。

 そんなこんなで、陸たちは村と町の直線ではなく、右側から攻めようということになったのである。

 しかし、人数が多いため徒歩であるので、移動時間はかなりかかる。

 ようやく街に着いたのは、夜になってからであった。町と言っても、あまり変わりはない。人の住んでいるのかもわからない廃屋のような家が点々とあるだけである。グリオン曰く、もう少し中心部へ行けばそうでもないようである。

「アーあ疲れた。今夜はここで野宿しようぜ」

 陸が伸びをしながら提案した。

「いや、だめだね」

 サルージャが即座に切って捨てる。

「はあ!?何でだよ。もうくたくたなんだけど」

「敵さんの視界が悪くなる今のうちじゃないとせっかくの不意打ちが台無しだろ」

「いや、俺は別にいいけどよ」

 陸はそう言って顎でサルージャに後ろを見るように合図をした。

 促されたとおりに陸の後方を見、サルージャは溜息をついた。長老をはじめほとんどの農民がへたっているのである。それもそのはずである。彼らはほとんど休みなしで歩いていたのだ。これ以上動けという方が無理な話であろう。

「大丈夫じゃ。わしらはまだまだ……」

 そう言って長老はせき込んだ。

「おいじーさん、あんまり無茶するなよ」

 長老は爺と言われたことに反論する気力もないのか、ただ陸を睨むばかりである。

「仕方ないな、休もうか」

 サルージャはため息交じりにそう言って、今夜は野宿をし、早朝に攻め込むことが決まった。しかし、不思議と緊張や焦りは感じなかった、むしろ安堵感さえ感じている。敵地のど真ん中でこれから無防備に野宿をしよう、というのにである。自分も少なからず疲れていたのだろうか、それとも今の状況が現実離れしていて理解が追い付かないのかもしれない。いや、ここまで考えてサルージャは首を振る。周りを見渡すと、明日の朝には死ぬかもしれないというのに、グリオンをはじめ、誰もそのことについて気にも留めてなようですらある。

 思い返せば、今日ほど行き当たりばったりな日も珍しい。話し合ったことがすべて覆されているような気がする。こうなると、もうどうにでもなれというか、なるようにしかならないと思えてくる。余計な心配をせず、ただ自分のできることを精一杯すればいいと思えてくるのだった。

 皆野宿の準備ができたようで、それぞれ横になり始めた。気の早いものの寝息も聞こえてくる。ふと、サルージャは陸の方を見た。彼もすでに大きな寝息を立てている。ふ、と自然に笑みがこぼれた。そうして、サルージャも心地よい眠気に身を任せるのであった。


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