斬る7
パタンという扉のしまる音とともに、長官は牢獄に閉じ込められたような気がした。ハイダムが長官の妻子にあてがった部屋をあとにすると、長官はハイダムに連れられて彼の書斎に入った。ハイダムの部屋は最上階である五階にあった。
ハイダムの部屋には物が全くと言っていいほどなかった。長官の妻子にあてがわれた部屋の方がまだ物があるように長官は思ったほどだ。だだっ広い部屋に、彼の机がぽつねんと設置され、その存在を主張していた。長官は先ほどの自分の妻子の部屋を見た時に、ある種の無機質な感じを受けたが、それはハイダムの部屋に一層強く感じる。いや、無機質というよりも、ここまで来ると無気味ささえ感じた。自分が廃墟にいるような錯覚を受ける。
ハイダムは自分の机のいすに腰掛けた。ゴスロリ少女はハイダムの隣に控えている。
「すみませんねえ。ここには椅子もないのです」
「いいえ…」
ハイダムは両肘を机の上に置き、手を組んでから続けた。
「では、さっそく本題に入るとしましょう」
「俺をどうするつもりですか」
長官はわずかに身構える。ハイダムの言うことにはすべて従わなければならないということは承知しているが、それでも、無駄だとわかっていても、できる限りの抵抗を試みるつもりである。
そんな長官を見越してか、ハイダムはくっと笑った。
「そんなに構えないでくださいよ。どうせ無駄だということは、百も承知でしょう?なに、簡単なことです。あなたにはこれからクーデターを犯した輩を捕らえていただきたい」
「それは、俺も含まれるのではないのですか」
ハイダムはふうとため息をつき、眼鏡の位置を直してた。
「そうだったら、あなたを捕らえた意味が無いでしょう…。無駄に時間を引き延ばそうとしないでくださいよ、面倒くさい。あなたの部下を捕らえて下さいということです。出来ないなんて言いませんよね?」
「しかし、さすがに私一人では…」
「そこは私の部隊をお貸ししますよ。あなたの部下を捕らえるわけですから、色々と彼らの癖などを知っているあなたが指揮を執った方がいいでしょう。現在、この街には300人の兵がいます。お好きにどうぞ」
「300人も…」
長官は驚愕した。ゲリラ兵が一つのポイントに300人も集まるというのはちょっと異常である。彼らは機敏性を保つために基本、少数のグループでバラバラに行動する。第一、そうしなければ食糧もままならない。ゲリラ兵というのは何も生み出さない。略奪だけである。腹が減れば昼時に近隣の村を襲い、丁度昼飯を作り終わった村人を追い払い、それにありつき、その村の食料を食べつくせば、また別の村を襲う。そんなことの繰り返しである。彼らには守るべき正義も理念も信条もなかった。そんな彼らだから、元は同じチームに所属していたはずなのに、その中で勝手に派閥などを作りその派閥間での抗争も起きていた。
長官たちの国は数年前から混沌としているのだった。
「それにほとんどがガキですからね。代わりならいくらでもつくろえます」
「……」
住民の支持の無いゲリラ軍は慢性的な兵の不足に悩まされている。その悩みを解消するための打開策が少年・少女兵だった。彼らは通学中の子供たちを攫い、逃げる子供は容赦なく殺した。そうして捕まった子供たちは三週間の戦闘訓練を行い、それぞれの部署に配属される。
幼い子の父である長官には、そういったことがいやでたまらなった。
「そういやな顔をしないでくださいよ。……ああ、知り合いがいないと心細いですかね?なら、あなたの息子さんを……」
「息子は関係ないでしょう!」
長官は自分の立場を忘れて怒鳴った。それを受けてハイダムは肩をすくめる。
「冗談ですよ、冗談。しかし、あまり自発的に動かないようなら…冗談ではすまなくなるかもしれません」
そう言ったハイダムの顔にはあの凄惨な笑顔は浮かんでおらず、代わりにマネキンのような無表情で、ただその目だけが冷酷であった。彼の眼窩から漂う静かな殺気に充てられて、長官はひるんだ。彼の反応をみるとハイダムは満足そうに頷いてから、再び凄惨に笑った。
「では、今のところはこれで。彼らの情報が入ればまた連絡します」
長官は気を取り直して彼の言葉に頷いた。そうして、何か違和感を感じた。それは、彼がひるんでいたために、始めハイダムの言葉をちゃんといなかったからかもしれない。何か聞き逃したのだろうか、そう考えた長官はドアまでの数歩の間、彼の言葉を頭の中で反芻してみるが、やはり、特にそう言ったことはなさそうである。なさそうではあるがしかし、ではこのもやもやは一体何なのだろうか…。長官が違和感の正体に気付いたのは、丁度ドアノブに手をかけたところであった。ドアノブに触れて、金属の冷たさに改めて驚き、自分の脳が再度覚醒したような感を覚えたと同時に、長官はそのことに気付いたのだ。
「ちょっと待って下さい」
長官は首を傾けながら、クルリと身をひるがえした。それが丁度、俗に言うところの、いわゆるシャフ度であったことは、私をはじめ読者諸君らも想像に難くはないであろう。もちろん、長官は日本のアニメなどは全く知らない。では、なぜ長官がシャフ度を再現できたのか。それは全くの偶然の賜物であるという他に、著者には説明ができないということに、読者諸君に申し訳なさと自分の学の無さに内心忸怩たるものでいっぱいであるが、それでも、それなりの、ある種のそれっぽい、そうと聞かされたらそう思わんでもないような、結局のところ所詮はへ理屈でしかないのだけども、そういった説明をつけさせてもらえるのであれば、人間というものの行動モデルはそれなりに共通というか、決まっているところがあり、所詮そのパターンの範囲内でしかアクションを起こすことはできないということである。てかこの小説まじめんどくさい。書いてるのがつらい。何でこんな設定で書いちゃったんだろう。この先どうしよおおおおおおおおおおお。
「何でしょう?まだ何か?」
ハイダムはおや、と片眉を上げた。
「どうやって彼らの情報を掴むのですか」
「ああ、そのこと。それならば簡単です。だって彼らの中には私のスパイがいますからね」
「どういうことだよ…」
予想だにしなかった光景にグリオンは思わずそう呟いた。今、彼らの眼前にはおびただしい数の村人が、武器と呼ぶにはあまりにもお粗末な棒きれなどを抱えて立っていた。そして、彼らをぐるりと囲んでいる。皆一様に思い詰めたような、それでいてこちらを侮蔑しているような、見下しているような視線を向けていた。グリオン達は思わずたじろいだ。陸などは慌てて車の中に入ろうとして、隊員の一人に引きずり出されている。
それは陸とサルージャがようやく車に乗り込もうとした時であった。ドアを開けた陸がふと何気なく後ろを見ると、武器を持った彼らがどこからともなく現れてきたのだった。彼らは四方からどんどん増えてゆき、あっという間に陸たちを囲んだのだ。
サルージャは開きかけたドアをバタンと閉めた。
「何なんだい、お前さんたちは?」
人数から察するに、一つの村だけから来ているとは思えない。少なくとも2,3の村から集まっていると考えるのが妥当と思わせるような、それほどの規模である。しかし、隣接する村にしても、隣の村に行くには歩いて半日もかかるほどである。しかも、それぞれの村人が、皆申し合わせたようにここに集まっている。すべての村に電話があるわけではない。
サルージャの問いに対して、一人の年老いた老人が前に出てきて言った。
「もういい加減にしてくれ。お前たちは一体何なのじゃ」
「……は?」
陸は思わず問い返した。
「何だよって言われても…、俺たちは別に……」
「それじゃよ。何と問われても答えることも出来ん。お前たちは所詮そういう存在なんじゃよ。周りに迷惑をかけるばかりで、何も役に立たん」
グリオン達は老人の言葉を聞いてさすがに何かを言い返そうとしたが、しかし言葉に窮している。それを見た陸は頭をバリバリと掻きながら数歩前に出た。
「おい、そんな言い方は無いんじゃねーの!?こいつらだってなあ――」
「――お前らが!お前らがやったことといったら、俺たちの村の子供を奪ったことぐらいじゃろうが!!」
老人は陸の言葉を遮り怒鳴った。
「何……だと!?」
陸は老人の言葉を聞いて、驚愕した。思わずグリオンの方を振り返り、問いかけた。
「おいグリオン、どういうことだよ?」
「違う!俺たちはそんなこと…」
グリオンは狼狽している。彼らにとって、それは認めたくない事実であった。
要領を得ないグリオンに陸は聞き返した。
「はあ?」
「確かにそういうことをしている部隊はいるが、いや、殆どだけど…、だからこそ俺たちはそういうところを改革したくて……」
「ふざけるな!お前らも同罪じゃ!」
老人は激昂し、辺りが水を打ったように静まり返った。当の本人は声を荒げたためか、せき込んでいる。しばらくは老人のせきの音しか聞こえなかった。隣にいた村人に介抱されていた彼は、ようやく落ち着くと、今度は打って変わって弱弱しい顔つきでグリオン達を見つめた。
「もう沢山じゃ……頼むから、子供らを返してくれ」
こう言われると、もうグリオン達は何も言えない。
しんと静まり返っているこの状況では、さすがの陸も余計なことは言えないらしかった。しかし、彼には先程から一つの疑問が浮かんでいた。陸はそれとなくサルージャに耳打ちをしてみた。
「なあサルージャ、何でゲリラ兵が子供を攫わなきゃいけないんだよ」
「ん?…ああ、彼らは慢性的に兵士が不足しているからね。だから子供を攫ってそれを補っているのさ」
「何だって!?」
突然大声を出した陸をサルージャがはたいた。
「いきなり大声を出すんじゃないよ」
ひそひそ声でサルージャが陸に注意する。
「わ、悪い。でも、何で子供なんだよ」
「そりゃお前さん、考えてもごらんよ。子どもは軽くて攫いやすいし、腕力だってこちらが圧倒的に上で、すぐに抑えられるさ」
「確かに」
陸は、今度はグリオンの方へ向いた。
「おいグリオン、お前らそんなことしてたのか」
グリオンは苛立たしげに声を荒げた。
「だからしてないと言っている!俺たちはそういうことがイヤだからクーデターを起こしたんだ」
「まだ言うか!」
老人もグリオンの言葉に反応して再び叫んだ。そして、彼に言われるとグリオンは言葉に窮してしまう。
陸は二人の間に割って入った。
「でもグリオン、お前らの行動は、この爺達からしたらえらく迷惑みたいだぞ」
「誰が爺じゃ!」
グリオンは老人を無視して下を向いた。
「それは……」
陸は右手の親指で後ろを指した。
「たぶんこの爺達は「だから爺言うな!」うるさいな!わかったよ!…たぶんこいつらはさ、もうお前らには何も望んじゃいないと思うぜ。つらいかもしれないけどさ、こいつらからしたら、もう問題を起こしてほしくないんだよ」
グリオンは何も答えなかった。
陸は彼に近づいて腕を彼の肩に回した。
「報われねえよなあ。でもさ、村人の為に何が一番いいのかって考えたらさ、それはもうクーデターとかじゃないんだよ、きっと。お前はそれを守るために闘って来たんだろ?あいつらを守るのはさ、きっと別な方法なんだよ」
グリオンは消え入りそうな声で呟く。
「俺たちは……間違っていたのか?」
「間違っちゃいねえさ。だって、マリクがこのまま生きてたって、あいつらはきっと、もっと苦しんだ。でも、マリクはもういない。まあ、ハイダムはまだいるけどさ。あいつも倒したら、もうお前らのクーデターって仕事も終わって、ゲリラ兵も終わり。また新たなやるべきことが出てくるさ」
彼の肩に回した陸の手から、グリオンが震えているのが伝わってくる。足下に目をやれば、数滴のしずくが、そこだけ土の色を変えていた。ふと気づけば、他の隊員も同様に俯いている。
陸は手に力を込めてグリオンを抱き寄せた。それと同時に堪え切れなくなったのか、グリオンの目からは堰を切ったかのように大粒の涙があふれ、嗚咽を漏らしながら泣きだした。
そんな彼らを見てサルージャが村人たちに向かって言った。
「なあお前さんたちの気持ちもわかるが、もういいだろう。グリオン君たちだってこんなに泣いているんだから」
先程の老人は腕組をしてそっぽを向いた。
「ふん、泣いたからといって何かが変わるわけもない。わしらの子供たちは帰ってはこんのじゃ」
「子供たちは俺らが連れて帰るよ」
陸の答えを老人は鼻で笑った。
「どうだか。なにも出来んお前たちに果たしてそんなことができるのかのお」
「やれますよ」
サルージャはにっこりと笑って見せた。要領を得ない彼に老人は少々いらつき気味だ。
「そんなことを言ったって、お前らじゃ子供たちをかえって危険にさらすのが関の山じゃ。もう何もするな」
剣呑な空気を感じ取ったのか、陸が再度割り込んだ。
「まま、じゃあ、こうしようぜ。じじ…じゃなかった。お前らも一緒についてこいよ」
彼の一言に辺りはざわついた。それもそのはずである。陸は村人たちに一緒に死にに行こうと言ってるようなものだ。
「陸さんよ、お前さんは何を言ってるんだい」
慌ててサルージャがたしなめにかかるが、当の本人はまるで自分の言葉の意味を理解していないようである。
「え?だって、そうすれば俺たちが何かやらかさないか、こいつらもちゃんと見張ってられるじゃねーか」
これは泣いている場合ではないと、グリオンも目をこすった。
「だからといって彼らを危険な目に合わせるわけには…」
「いや、行こう」
まだ言い終わらないグリオンの言葉の上から言いかぶせてきたのは老人であった。彼の言葉には何の迷いもないようなりりしさが響いている。
「村長!?何を言っているんですか」
老人の周りにいた村人のうちの一人が止めにかかる。が、村長と呼ばれた老人は彼の諫言を黙って聞き、やがて明朗とした調子で言った。
「面白いじゃないか。わしらだっていつまでも受け身なだけではいかん」
「おお、じじい!話がわかるじゃねーか」
陸は両人差し指で村長を指差した。
「だから爺言うな!その代わり、わしらをちゃんと守れよ」
その一言に陸は静かに、しかし力強く頷いた。
「ああ」
辺りはもうすっかり暗くなってしまい、今夜はここで野宿をし、明朝出発することとなった。
陸や隊員たちはさすがに疲れたと見えて、ぐっすりと眠っていた。村人たちも数キロ離れたこの村まで歩くのに疲れたのか、皆静かである。皆横になっていて、聞こえてくるのは小さな寝息ぐらいだ。
そんな中、一つの者影がおもむろに起き上がり、周りから少し離れたところまで移動した。手には何かを持っているようである。彼は辺りを見渡し誰もいないことを確認してから、手に持っていた小さな機械に小声で何やら話し始めた。