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斬る  作者: 東 洋
4/13

斬る4

「じゃあ、この事件の首謀者はハイダムさんだって言うのか?」

 サルージャがこくりと頷くと、長官は思わず噴き出した。しばらく笑って、やがてそれが落ち着くとすごい形相でサルージャを睨めつけた。

「ふざけるな!ハイダムさんは俺たちのリーダーだぞ!?いわば今回のクーデタの首謀者だ。なのになんでハイダムさんが俺らを裏切るんだ!?」

 他の隊員も皆、同じ意見のようである。それもそのはずだ。今日知り合ったばかりの乞食に比べたら、長い付き合いの上司の方が信頼度がある。しかも、この乞食の言い様はハイダムをバカにしているようですらある。この時ばかりはずっと彼らの肩を持っていたグリオンでさえ見損なったといわんばかりの失望を露わにしていた。

 しかし、サルージャは折れなかった。

「無礼は重々承知しているさ。確かに取り越し苦労にこしたことはねえが……」

 サルージャはそこで一拍置き遠くを見つめた。

「何か…いやな予感がするんだよねえ……」

 サルージャの言葉には理屈では捉えられないような重みが含まれていた。それゆえにグリオン達は一蹴することができなかった。

「…何でそう思うんだ?」

 グリオンは恐る恐る尋ねてみた。サルージャの真意を見抜こうとしたのである。

「今のあんたらみたいなことを、昔起こしたことがあったからさ」

 一同は耳を疑った。

「何か似てんだよなあ…昔の俺の境遇に……」

 サルージャは自嘲気味に言った。

 しんとした重苦しい雰囲気の中、おもむろに長官は口を開いた。

「昔お前にどんなことがあったかは知らんが、お前はお前、俺たちは俺たちだ」

「ごもっともだ」

 サルージャは肩をすくめた。

「とにかく、俺たちはハイダムさんを信じている」

「そうかい」

「とはいえ、お前の言い分も全くありえないとは限らない。だから長官である俺が直接ハイダムさんにあって事の真相を聞いてこよう」

 その言葉を聞いて隊員たちはざわついた。そのうちの一人が長官に意見した。

「そんな…もしサルージャの行ったことが正しかったらどうするんです!?」

 長官は意見した隊員の方を向いて答えた。

「まずあり得ないが…その時はその時だ。俺の身に何かあったら、お前らは何としてでも生き延びろ」

 長官という立場から一番ハイダムとかかわることの多かった彼としては、何よりも自分の目で真偽を確かめたいと思っていた。長官はふうとため息をついてから窓越しに見える小さな山を指した。

「あの小高い山の頂上に見張り台の小屋がある。もしハイダムさんが本当に敵だったらこの村に進軍しないとも限らんからな…あそこに行けばこの村に被害はないだろう」

 そこで長官は隊員一人ひとりを見回した。 

「いいか、五人そろってあの小屋で俺が返ってくるのを待ってて欲しい。いいな必ず五人で待ってろよ」

「はい」

 グリオン達はそろった声で返事をした。長官は満足そうに、そして自分の意思を固めるかのように神妙な顔でうなずき、部屋を出て行った。



「さてと…それじゃ、俺たちはどうしようか」

 しばらくして、陸は伸びをしながら誰にともなく一人言ちた。彼にしてみればこれ以上グリオン達にかかわる義理はなかった。しかし、かといって一人になるのはどうにも心細い。何より彼も敵に顔が割れているわけだから護衛が欲しかった。あんな少女と相対するかもしれないと考えただけで、陸は身震いをしてしまう。本心から言えば、サルージャに護衛をしてほしいのだが、とてもそんなことを言える空気ではないし、大の男に女の子から自分を守ってくれとは言いにくい。そのため、「俺たち」と、さりげなくサルージャも含めた言い方をしてみたのだ。

 陸の一言にそんなこざかしい考えが含まれているとはつゆ知らず、一同は真剣に陸たちの処遇について考えてくれていた。何も考えずこのまま帰してしまっては、どこで敵の軍と出くわすかわからない。そうすれば陸たちが危険なのはもちろん、彼はグリオン達の所在についても把握しているわけだから、隊員たちも危険にさらされることになる。とはいえ、グリオン達自身も今まさに危機に瀕しているわけだから他人のことなど考えていられないというのが本音である。

 いまいち考えるという行為に身が入らず、ただ何となくぼんやりと時間が過ぎていった。そんな中、ふと陸はあることを思い出した。

「なあサルージャ、そういえばお前の武器、結局何だったんだよ」

「ああ、あれは神器といってね」

「神器?」

 サルージャの説明によれば神器とは鋼よりも重く硬い黒い物質で構成されているもので、神器を扱う者、ユーザー以外には扱えない代物だという。ユーザーは驚異的な身体能力を持っており、その他にも、他のユーザーの気配が分かったり、五感が鋭くなったりと、さまざまな能力を有する。しかし神器は生物を引きつける不思議な魅力を持っており、ユーザー以外のものが神器を持つと、神器に支配され暴れ出してしまうのだという。また、ユーザーにも神器を扱える容量というものがあり、それを超えてしまうとユーザーも神器に取り込まれてしまう。さらに、ユーザーは神器と「契約」することにより神器を自分の体にしまうことができるのだそうだ。

 サルージャの説明を一通り聞いた陸はうんうんと、神妙な顔で頷いていた。

「なるほどな。だからあのゴスロリ少女から咄嗟にグリオンをかばえたわけだ。なあ、ちょっと見せてくれよ」

「いやあ、悪いがそれは勘弁しておくれよ。神器を体から出すのは結構疲れるのさ」

「なあ…」

 不意に隊員のうちの一人がぼそりと呟いた。サルージャはそちらの方に振り向いて続きを待った。

「このまま、俺たちと一緒に行動してくれないか?」

 彼は救いを求めるように懇願していた。目の前で自分の仲間の無残な死を見て正気でいられるはずがなかったのだ。こうなってしまってはもうどうしようもなかった。彼らは、恐怖という感情を必死に隠し、押し殺していたのだ。そして、いわばダムのようにせき止めていたものが、決壊したのである。彼の言葉を皮きりに、他の隊員も口々にサルージャに頼みだした。これに一番動揺したのは陸である。慌ててその意見を却下しようと口を開いたが、その前にある人物が発言したために阻止されてしまった。その人物とはグリオンである。

「みんな、俺たちは何のために戦っているんだ?無辜の民を救うためだろう。なのにサルージャ達に頼るなんて…」

 グリオンとしては、民衆の平和という目的の為に民衆を犠牲にしているのも同然であった。しかし彼のセリフはすぐに反駁されてしまった。他の者からしたらなりふり構っていられないのである。死んだら元も子もないのだ。

「もうカッコつけてる場合じゃないだろ!こいつがいなかったら死ぬしかないんだぞ!それこそ皆を守れないだろ!だったら…」

「うるせえ!」

 次に言葉を遮ったのは陸であった。彼は後先考えず、一瞬の感情に身を任せることが多かった。そのために彼は先ほどの村でも爆音を聞いた途端引き返したし、これ迄の人生でも色々と受ける必要のない損を被ってきた。そして、今もまさにそうであった。彼にとっては自分が死ぬのは嫌だが、知り合った他人が死ぬのも嫌だった。突然声を張り上げた陸にグリオン達の視線が集まる。

「ようはあのゴスロリがいるからアレなんだろ?だったらこれから俺達でそいつを倒しに行ってやるよ」

 炯眼を煌めかせてドヤ顔で言い放った彼を待ちうけていたのは、しかし拍子抜けのするものであった。

「いや、お前は別に…」

「そうだろ…ええ!?」

 グリオン達にしてみれば、神器を扱い、あのゴスロリ少女と対等に渡り合える可能性のあるサルージャが重要なのであって、陸などはどうでもよかった。どうどうと宣言したため、引っ込みもつかず、陸はへどもどするばかりであった。なんだかおかしな空気が流れて行く中、不意にサルージャが口を開いた。

「いや…こいつは意外と使えるよ」

「おお、やっと会話に参加したか。今まで誰のことで争ってたと思ってるんだよ…てか、意外とってどういう意味だ」

 渡りに船といわんばかりに陸は再び立ち直った。腑に落ちぬと言いたげなのはグリオン達である。

「陸が使えるってどういうことだ?こいつはお前みたいに特殊な武器も持ってないし…」

「いや、陸君は体が武器みたいなもんさ、なあ」

「まあ、腕っ節にはちょっとばかり自信があるぞ」

陸はこれ見よがしに腕を直角にして筋肉を盛り上げた。

「いや、ちょっとばかりって…」

 グリオンは呆れたと言わんばかりに指を額に押し付けた。だからどうしたとでも言いたげである。それを言うなら、グリオン達こそ曲がりなりにも厳しい訓練を積んだ屈強な兵士なのだ。腕っ節にももちろん自信がある。戦争を知らず平穏に暮らしてきた日本人に負けるはずがなかった。

 しかし、サルージャは考えを変えようとはしなかった。むしろ、一層確信を深めているようでもある。

「そうさ、ちょっとばかりじゃない、かなりさね。グリオン君、ちょっと俺を抱き上げてみな」

「はあ?」

 いきなり何を言い出すのかと、グリオンは顔をしかめたが、結局はいいからと促すサルージャに押し切られ、サルージャを持ち上げようと試みた。しかし、どんなに力を入れて力んでみても一向に持ちあがらない。他の隊員も挑戦してみたが結局上がらず、最終的には全員で協力して、ようやく少しだけ持ち上がった。一同はただただ呼吸を乱して、一体全体何が起こっているのか理解できないという表情をしている。あの骨と皮ばかりの痩せこけた乞食のどこにそんな重みがあるというのか。 

「重いだろう?俺の体内には神器が入っているからな…。だが、陸は違う」

 サルージャはそう言って今度は陸に自分を持ち上げるように促した。陸は陸で、何でグリオン達はサルージャを持ち上げることができないのだろうと、彼を延々と引きずった経験のある身としては不思議でならなかった。そんなことを考えながら陸はサルージャを軽々と抱き上げた。それはさながら赤子を掲げて高い高いをしてあやしているようであった。グリオン達にとってはそう見えるほど陸は軽々と持ち上げた。隊員たちはいよいよ狐につままれたような顔をして、納得がいかないといった様子である。

「すげえ、俺たちは五人がかりでも持ち上げられなかったのに…」

 グリオン達があっけにとられているのを見て、陸は満足げである。そんな陸の肩にサルージャは手を置いた。

「な?こいつの人間離れした腕力はあのねえちゃんとの勝負にも役に立ちそうじゃねえか」

 陸はいよいよ、大いに胸を張って自分を誇示するのに必死である。

「確かに…だが、あの素早さはどうするんだ?いくら腕力があってもその前に……」

 陸はそこで我に返った。確かに自分は力が強いかもしれないが、それはその力を相手に与えることができた時のみに言える話である。当たらなければ意味がない。しかもあのゴスロリ女は早いだけではなく、握力で人間の頭を砕けるほどの力を持っているのだ。陸は血の気が引いて行くのを感じた。勢いで自分とサルージャがあの少女を倒すようなことになってしまったが、逆に今は自分が殺されるイメージしか浮かばない。陸は今更ながら自分の言動の軽率さを後悔した。

「安心しろ。そこは俺が何とかする」

 頭を抱えた陸はその言葉で顔を上げた。サルージャはさらに続ける。

「俺とあの嬢ちゃんが組み合ってるときにお前があの嬢ちゃんを殴ればいい」

「なるほど!そこは俺に任せろ!」

 陸は再び胸を張った。しかし、グリオンは猶も溜飲が下らないようである。

「それなら、わざわざ陸がいかなくても、銃を持ってる俺らのうちの誰かがあんたに付き添えば…」

 サルージャは首を振った。

「わかってないねえ。それでさっき失敗したじゃないか。あんな奴に銃なんて正攻法は効かないのさ」

 「そうか」

 いまいち納得しかねているようだが、グリオン達はしぶしぶ承諾した。第一、彼らは彼らで五人で行動しろと言われているし、はっきり言ってあのゴスロリ少女に勝てる気がしなかった。彼らはこの二人にかけるしかなかったのだ。

「まあ、とは言ってもだ…」

 陸は伸びをしながら話した。

「実際、そのゴスロリ少女の居場所が分からないことにはなあ…」

「いや、それならすでに見当が付いている」

 サルージャは腕を組みながらそう答えた。

「へえ」

「たぶん、そのハイダムってやつといっしょだろうなあ」

「貴様!まだそんなことを―」

 隊員のうちの一人が怒鳴った。彼らの中では、ハイダムはまだクーデタ派のリーダーであるのだ。

「そうじゃなきゃあの村でのマリクの行動が説明できない」

 しかしサルージャはいたって冷静であった。

「自分の部下ならそいつの能力だって把握していてもいいはずなのに、あいつはひょこひょこと無様に逃げまどい、そのせいであの嬢ちゃんは引かなきゃならなくなった。あれは多分、ハイダムがマリクに嬢ちゃんを貸したんだ」

 そこで陸は合点したように手をあごにやった。

「そうか、ハイダムはマリクを守るために…」

 だが、陸の思案はサルージャによって否定された。

「いや、ハイダムにとってマリクは目の上のたんこぶみたいなもんだろ。奴が生きていても、百害あって一利なしだ。あるいはもう、マリクは始末されているかもなあ」

「おい、いい加減に…」

 再び先程の隊員が噛みついてきた。サルージャの肩をぐいと掴み、そこで怒気は抜けてしまった。サルージャのとても懐かしげで、そして何かを悔やむような顔を見てしまったからである。

「少なくとも、俺の経験じゃ、そうだったのさ」

 何とも言えなくなった彼は、舌打ちをして、掴んでいたサルージャの肩を乱暴に離した。そこで、再びいつの間にか一人ぶつくさと思案していた陸がぱっと顔を上げた。

「おい、でも、本当にそうだとしたら、あのかみなり長官、やばいんじゃねえか?」

 陸の言葉に戦慄が走る。これに対し、サルージャはあきれ顔で返した。

「お前さんは何言ってんだよ。それを覚悟であの長官は行ったんだろう?こっちだってこれから具体的な作戦を…」

 実際、陸はとてつもなくやばいことに気付いたような雰囲気を出しているが、サルージャは長官に予めハイダムの裏切りについて示唆していたし、長官はそれでも行くと言ったのだ。確かにサルージャもなぜハイダムが裏切っているか等の説明を十分にしたとは言えないが、それは、むしろ長官が話を聞こうとしなかったことが大きい。第一、そんな説明をしている暇もなかった。

「馬鹿、そんなこと言ってる場合かよ!?今から行けばまだ間に合うかもしれねえんだぞ」

「おい、俺たちも手伝うぞ」

 しかし、陸と、さらにはグリオン達までもがそんなことは今初めて知ったと言わんばかりに慌てだし、一同には俄かに焦りが生じ始めた。サルージャはいまいち状況が読めず、右往左往している。

「は?いやいや、お前さん達はあそこの山の小屋で待ってろって」

 サルージャが止めるも、グリオン達には毫も意味がないようである。

「お前の言っていることが正しいとは信じたくないが…長官が危ないのにじっとしていられるか!」

「いや、もともとそれが前提で話してたんであって…」

 不意に陸がサルージャに近づき、その胸ぐらを掴んだ。

「おい、いい加減にしろよ!?確かにあいつは嫌みな奴だったけど、だからって見殺しにする気かよ!?見損なったぞ!」

「あれえ!?今までのやり取りの意味がなくなっちまうよ!」

 サルージャの胸ぐらを掴んでいた陸の肩に、一人の隊員が手を置いた。

「おい、長官は嫌みな奴じゃ…」

 陸はサルージャを放してから、自分の肩に置いてある手を乱暴に払った。

「うるせえ!てか、結局ハイダムのいる場所ってのはどこなんだ」

 陸の問いに、また別の隊員が答える。

「それならおそらく、ここから南東に街があるからそこだろう。内の指導者は皆あそこにいるんだ。幸いここには車もあるから、それで急いで追いかけよう」

 かくして、一同は村をあとにした。

 サルージャは陸をただ体に恵まれた、類稀なる怪力を持つ男としか認識していなかった。しかし、先程のことで彼は認識を改めた。陸の一番優れた能力はその、本人も意図せずに、場の空気を自在に操れるということであった。事実、彼の一言でグリオン達は命令を無視して長官を救いに行くことを決めたのである。これは明らかにサルージャの深読みであったが、彼にとって、陸の発言を発端とするこの一連の流れは、それほどまでに鮮烈なものであった。このいつ死んでもおかしくない状況で、皆が自分の命の保身を考えずに行動するというのは、サルージャにしてみれば、あり得ないことだったのである。陸の一言には、良くも悪くも、誰もが耳を傾けて、そして思いもよらぬ行動をとってしまう、そういう力があるのではないか、サルージャはそう考えずにはいられなかった。


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