斬る3
いよいよ家屋に燃え移った火の手が激しくなった。陸とサルージャ、グリオン達は速やかにその場を離れて別の村に移動した。この村はグリオン達の一派が拠点としている村の一つである。一同は村の空き家を借りて、現状を話し合うことにした。始めに口を開いたのは長官であった。
「始めに、お前らは何なんだ?」
長官は見るからにいらついていた。それも当然のことであろう。誰もマリクにあんな人間離れした護衛がついてると予測できなかったにしても、長官たちは任務を失敗してしまったのである。これにより、ハイダム派のクーデタが最悪の形で明るみに出てしまったのである。いずればれることとしても、そこには綿密な計画があったし、その要として今回のマリク暗殺作戦は絶対に成功させなければならなかった。敵側のリーダーを残したまま、ハイダム派は一気に劣勢に立たされた。もうすでにハイダムへ敵側の軍が進攻しているかもしれない。そう考えると長官は何かに掻きたてられるような、ひどい焦燥感を覚えた。それは、皆も同じであったが、長官はこの作戦の指揮者であっただけに、人一倍責任を感じていた。
そんな緊迫した空気の中、陸とサルージャだけは平然としていた。長官の威嚇のような質問にしても、二人は何の気なしに答えた。
「いや、俺らは別に…、ただの日本人と―」
陸が右手の小指で耳をほじくりながら答えると
「―ただの乞食さ」
サルージャが後を引き取った。
途端に長官が怒声を発した。
「そんなことを聞いているのではない!」
陸は先ほどとは打って変わってびくりと震えあがり、サルージャの後ろに隠れた。サルージャは一向に変わらないでいる。
「じゃあ、何だね」
「あの時、お前は始めから我々にずっと反対していたな。…まるで、こうなることが分かっていたようだ」
長官の一言により、一瞬で張り詰めた琴線のような空気が作られた。みんなの視線がサルージャに集まる。それを受けた当人は、たった今意図に気付いたような間の抜けた声を出した。
「ああ、俺をスパイだと疑ってんのかい?そいつは残念ながら見当違いだねえ」
サルージャは肩をすくめた。
「何だと!?」
長官は猶もサルージャに食いついた。
「それに、俺だってまさかあんなことになるなんて思ってもみなかった」
サルージャの言葉に、今度は陸が割って入って来た。サルージャの後ろに隠れていたので、後ろから顔を出して覗きでもしているようである。
「そう言ってもお前、あのゴスロリ少女に対抗してたじゃねえか。ってか、お前剣なんてどこに隠し持ってたんだ?」
「あれは神器といってだね……、ああもう、お前さんは話をややこしくするね…」
サルージャは自分の背中にいる陸に返答するため、振り向くようにして答えた。
「ああ?」
「その話は後でするさ」
「無視をするな!」
話の腰を折られた長官は髪を逆立てて怒っている。再びの怒声に、陸は再度サルージャの後ろに隠れた。
「だから話を戻そうとしてたんじゃないか…。まったく」
サルージャは長官の怒声に耳を押さえながら、不平を洩らした。
「とにかく、お前がスパイじゃないという証拠を上げろ」
「そう言われてもねえ…」
サルージャが返答に窮していると、今度はグリオンが進言した。おずおずと律儀に手を上げて、恐縮しきっており、声も震えていた。厳つい顔とは裏腹に視線を泳がせている。
「長官、彼らは私を助けてくれました。それだけでもスパイじゃないと言えるんじゃないでしょうか」
「貴様は黙っていろ!」
長官はグリオンの方を振り向いて一喝した。
発言をするものが誰もいなくなり、ただ興奮して息を荒げている長官の呼吸する音だけが辺りに響いた。何を言っても叱られると判っているのだから、それも当り前である。この場で何かを言えるとしたら、それはただ一人だけである。
「確かに俺は自分がスパイじゃないってことを証明はできないが…」
サルージャは一拍置いて溜息を吐いき、頭をバリバリと掻いた。どれくらい頭を洗っていないのであろうか、そこらじゅうにふけが舞い散った。彼のすぐ後ろに隠れていた陸などは、ふけをもろにかぶり、慌てふためいている。そんな陸を無視してサルージャは言葉を続けた。
「代わりにこれからあんたらに起こることを教えてやるよ」
「何!?」
隊員たちはざわめき出した。長官は彼らを静かにさせるために怒鳴ってから、再びサルージャの方へ向いた。
「どういうことだ?なぜそんなことが分かる?大体、そんなことが分かること自体、お前がスパイであるという証拠ではないか」
「いや、スパイだったら、こんなこと教えないんじゃ…」
サルージャの後ろに隠れていた陸が再び割って入り、再び怒鳴られた。サルージャはこれを無視して話し始めた。
「まず初めに、あんたらはクーデタを起こした犯罪者として追われることになるだろう」
これは当然であるといえた。長官たちは事実、クーデタを起こそうとして、成功したならまだしも、失敗したからである。マリクはまだ生きているし、依然として権力、軍事力の大半を保持しているのだ。マリクは彼らを含めた、ハイダムをはじめとする今回のクーデタに関与した者全員を粛清するだろう。
「そんなことは分かりきっている」
長官はだからどうしたと、半ばやけくそなのか、開き直っている。サルージャは長官の言葉にかぶせるようにして、さらに言葉を続けた。
「でも、裁かれるのは、あんたらだけだ」
長官は腑に落ちないという表情で聞き返した。
「それは…どういうことだ……?」
時を同じくして、マリクも村を離れ、自軍の宿営地に向かっていた。隣には先程のゴスロリ少女もいる。少女といっても背はかなり高く、代わりにすらりとしていた。ぱっちりとした二重の瞳はどこか暗く、それが黒いドレスと相まって憂え気な雰囲気を演出している。
やがて前方に車が一台走って来て、目の前で止まった。騒ぎを聞きつけた部下がマリクを迎えに来たのである。一斉に車から降りた部下の内の一人がマリクに水の入った水筒を渡した。マリクはそれを乱暴に奪い取ると、一気に飲み干してそのまま地面に叩きつけた。
「くそが!あいつはどこにいる!?」
部下が慌てていると、助手席から痩身の男が出てきた。眼鏡をかけた優しそうな顔つきで、これまた場に似合わずスーツを着ているため、一見サラリーマンのようである。マリクはその男を見るや怒髪天を衝く勢いで怒鳴り散らした。
「ハイダム!貴様、どういうつもりだ!」
「何がです?」
ハイダムと呼ばれた男は手で髪を後ろになでつけながら聞いた。風が強く吹いているのでセットが乱れるらしい。
「何がじゃないだろう!危うく死ぬところだったんだぞ!」
「そのために護衛をつけたんじゃないですか」
そう言ってハイダムは眼鏡をはずしてハンカチで拭いた。そんなハイダムを見てマリクはいよいよ顔を真っ赤にしている。
「大体、お前があの村を見てこいなんて言わなければこんなことにはならなかったのだ!」
「マリクさんだってノリノリだったじゃないですか。…それに、これはあなたが襲われなければならなかった。現状最も発言権のあるあなたが襲われなければ、彼らのクーデタという名目も成り立たない」
ハイダムは眼鏡をかけ直して続けた。
「まあ、ここまでくれば、もうあなたの役目は十分です。後は私に任せてください」
「…何?」
言うが早いか、マリクの後ろにいた少女はマリクの首を絞めた。突然のことにマリクはパニックになり必死でもがいたが、少女のどこにそんな力があるのか、一向に腕は外れない。やがてマリクはそのまま力尽き、泡を吹いて死んでしまった。
不幸なのは偶然この場に居合わせて、何となく一部始終を見てしまったマリクの部下達である。一同が唖然としている間に、自分の上司は死んでしまった。そして、その目撃者ということで自分たちは始末されてしまう、彼らの脳裏にはそんなことがよぎった。だから、彼らは、ハイダムが自分たちの方に振り向いただけで身をすくめた。まるで蛇に睨まれたカエルである。反撃できればよかったのだが、身がすくんで動けない。ハイダムの凄惨な笑顔がそれをさせなかった。
しかし、それは杞憂であった。
「君達、そこの死体を片づけてくれたまえ」
ハイダムの一言は彼らからすれば思いのほか拍子抜けのするものであった。死体を処理するということは、このことの共犯者になれということである。別段マリクを特別に慕っているというわけでもない。彼らは黙ってそれに従った。
「全く、ここいらは埃っぽいですねえ。また眼鏡が汚れてしまいました」
ハイダムはそう独り言つと再び眼鏡をはずした。
どうでもいいんですがこの後書きを書いてる人と作品を書いてる人は別人です。