斬る2
壮年の男は名をグリオンといった。グリオンは地方のゲリラ活動グループに所属していた。上の役員どもは崇高な宗教的観念により自分たちの活動を正当化しているが、グリオンにとってはそんなことはどうでもよかった。ただ自分たちの国を自分たちで守りたかったのだ。内戦が泥濘化してた時、彼は始め、他国の軍が介入してくるのを歓迎さえしていた。それによる食糧などの供給を期待していたし、この紛争の混乱をまとめてくれるのなら誰でもよかった。しかし、彼らがグリオンにしたことと言えば、家にあったものを奪い、両親を殺して唯一の姉をレイプして散々もてあそんだ挙句、無残に殺しただけであった。彼はそれ以来、軍人を憎むようになった。自分の愚かさを後悔した。そして、そんな光景を目の当たりにしながらも我が身かわいさでそこから逃げ出した自分の臆病と無力を呪った。
それから彼は今のゲリラ団に所属した。罪滅ぼしの為に、自分のような存在を二度と生みださないために、他国の軍と戦ってきた。しかし、彼はすぐに現実を思い知らされることとなった。みんなを守るために入ったこの団体が行っていることは、かつて自分がされてきたことと同じことだった。敵から守ってやっているといううぬぼれから、各地の農村を搾取し続けていた。昔一度、こんなことはやめるようにと上に食いついたことがあった。しかしその要求を跳ね返された揚句、一週間にわたり懲罰を食らった。グリオンと同じように、ここの制度に疑問を持つものも少なくなかったが、多勢に無勢であった。以前、不満を持つ者の一人がある農村をけしかけて一揆のような反乱を起こしたことがあった。しかしこれはすぐに徹底的に鎮圧され、農村をけしかけた男は散々拷問を受けて殺された。そして今後二度とこういうことがないようにと、見せしめとして無作為に一つの村がつぶされた。それが今三人がいるこの村であった。ひと月前のことであった。
そんな折、グリオンら、不満を持つ一味の間にある話が転がり込んできた。このゲリラ団の権力を牛耳っているある指導者を殺して新たなちゃんとしたリーダーを打ち立てて、腐敗した者を一斉に排除しようというものであった。この話を持ちかけてきたのは、指導者のうちで、かなり権力の低いアスワン・ハイダムという男だった。彼もまたこのゲリラ団体を立て直そうという考えの持ち主であり、腐敗しきっている上層部としては稀有な存在であった。そのために疎んじられ、地位が低かったのだ。
グリオンらの一派は若い人間が多い。ハイダムは君ら若い力に期待していると、大いに彼らを鼓舞してくれた。
そして、今日がクーデターを起こす計画の当日である。壊滅させた村がひと月たってどのような状態であるのか、権力者が視察に来るということであり、そこを襲おうというものであった。表向きは村が勝手に乱を起こして、その鎮圧にあたったということになっており、本来は危険なので上の立場の者が来ることはあまりない。しかし、この指導者はとても傲慢で自尊心の強い男であるため、自分の下した作戦の成果を見たくなったのだ。そこで今回の視察は秘密裏に行われ、また、そうであるので護衛が手薄であり、グリオン達にしてみれば狙い目であった。
「グリオン、偵察の首尾はどうだ?」
この作戦の指揮を執る彼らの年長者が訪ねてきた。
「は、はい、長官、特に問題はないようです」
「どうした、怯えているのか?安心しろ。俺たちは正しいことをやっているんだ。ハイダムさんだって、俺らを応援してくれている」
彼はグリオンの背中をばしばしと叩いた。
「は、はい…」
グリオンは恐縮するばかりであった。
「今回の作戦、人数はわれわれが勝るが、相手は皆選りすぐりの精鋭部隊だ。はっきり言って俺は相手の方に分があると思う。しかし、それでも俺たちは何としてでもこのクーデターを成功させなければならない」
今回の作戦は七人の少人数で行われる。相手は護衛も合わせて五人なので、わずかに上回るばかりである。事が終ったあとのハイダムの護衛、各方面えの根回しなど、今回の作戦にばかり人員を割けないのが現状であった。
「は、はい…」
グリオンはそう答えるのが精一杯であった。
陸とサルージャは依然として家に隠れたままであった。
「おいおい、なんか大変なことに巻き込まれてるじゃねえか」
陸としては事態が把握できないでいた。対するサルージャは神妙な顔つきである。
「まずいな…」
「だからそう言ってるじゃねえか」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「あ?何言ってんだよ…」
「とにかく、お前さんはここで待っててくれ」
「は?お前はどうすんだよ」
「俺はあいつら止めてくる」
「馬鹿かお前?殺されるぞ!?あいつら銃持ってんだぜ!?」
正気か、と陸はサルージャを睨んだ。
「お前さんだってさっき…ああ、あの人の名前聞くの忘れてたな……なるほど、グリオンてのか」
「何で名前がわかったんだ!?」
「とにかく、お前さんだってさっき銃持ってたグリオンに楯ついてたじゃねぇか」
「いや、あれは腹が減ってたから……」
「あははは、まあ、ちょっと行ってくるからよ」
「ちょ…まっ……。一人にしないでええ!」
陸は慌ててサルージャを追いかけた。
「ようグリオン、お前さん、やっぱり何かしようとしてるじゃねえか」
家を出て開口一番、サルージャは大きな声でグリオンを呼んだ。
「ん?何だお前らは!?」
長官は二人を訝しげな目で睨みつけた。グリオンは慌てふためいている。
「あ、お前ら!出てくるなってあれほど…」
「まあまあ、グリオンさんよ、少し俺の話を聞きなよ」
「おいグリオン、お前こいつらと知り合いなのか?」
長官は二人に拳銃を突きつけた。陸は震えあがり尻もちをついて長官に動くなと怒鳴られた。サルージャは泰然としている。グリオンは仲を取り持とうと間に入って愛想笑いを長官に向けている。
「あ…いや、先程会ったばかりです……」
「貴様さっきは何も問題がないとぬかしたではないか!嘘をついたのか!?」
「す、すみません!」
グリオンが謝るのを見て、長官は拳銃をしまった。
「おい、お前ら!ここは今から戦闘があるから急いで立ち去れ!」
尻もちをついていた陸はすぐに立ち上がった。
「はい、すぐにでもそうさせていただきます。ほら、サルージャ!行くぞ!」
「ちょっとちょっと、勝手に話を進めないでもらえますかねえ。俺は今グリオン君と話してんだ」
「なんだと!?」
再び拳銃を引き抜こうとする長官をグリオンが慌てて止めた。陸は再び尻もちをついて長官に動くなと怒鳴られている。
「す、すみません、長官!こいつらすぐにどかせますんで!ほら、さっさと立ち去れ!」
「まま、そういきりなさんな。クーデターを起こすのは俺の話を聞いてからでも遅くは…」
「いい加減にしろ!ほら行くぞ!いや、ホントにすみませんねえ。あははは」
陸はサルージャの頭をはたいて、そのまま彼を引きずった。
「おい、ちょっと」
村を多少離れた所にある大きな木の木陰で陸はサルージャを引きずるのをやめ、開口一番怒鳴りつけた。
「お前マジで何考えてんだ!?」
怒鳴られたサルージャは恬然として、引きずられている間に付着した土などをはたいている。
「こりゃ驚いた。お前さん俺が重くないのかい?」
「ああ?お前みたいなガリガリ、何で重いんだよ?」
「あ、ああ。それもそうだな、あははは」
サルージャは頭をバリバリと掻いた。
「おまえ、マジで頭おかしくなったんじゃねえか?」
「いや、至って正常さ」
「そうかい、それじゃ、もともとおかしいんだな!銃持ってる奴に何が話を聞けだよ!」
「ああ、そうだった。お前さん、よくも邪魔しやがって…」
「ああ?」
「このままじゃ、グリオン君が危ないぜ」
「あいつはそれが仕事なんだから仕方ねえだろ!」
「そういうことじゃない、クーデター自体が危ないって言ってるんだ」
「そりゃ、危ないだろ…」
何をいまさらと、陸は呆れかえった。
「はあ、今お前さんに話しても無駄だな…、とにかく、俺は戻らないと」
「おい、いい加減にしろよ!?関係ないのに何でわざわざ死にいくんだ!お前丸腰なんだぞ!?」
「そうでもないさ」
「はあ?」
陸がふに落ちないといった表情でいると、突然大きな爆音と地響きが起こった。後ろを振り返ると、黒煙がもくもくと先程の村から立ち込めている。どうやら早くも戦闘がおこったらしい。
「いよいよまずいな…。おい、陸君よ、お前さんはちゃんと…」
そう言いながらサルージャは陸の方へ顔を戻した。しかし、そこに陸の姿はなかった。
「おい、何してんだ!?グリオン助けに行くぞ!」
突然声が聞こえたと思って再び振り返ると、陸は村の方へ駈け出していた。サルージャは苦笑を洩らしつつ、陸の後を追いかけた。
陸とサルージャが立ち去ってから、すぐに対象を見はっていた仲間から知らせがあった。もうすぐ対象がここへ到着するということのことである。にわかに一味に緊張が走った。長官の指揮のもと、七人はすぐに事前に打ち合わせをしていた配置に着いた。やがて敵の前衛が見え始め、十分に引き付けてから手榴弾を一斉に投げつけた。激しい爆音と地鳴りの中、家屋に火が移り、辺りは炎に包まれた。煙が引くのを待ってから、七人は現場を確認した。
「やったか!?」
グリオンたちは死体の数を確認した。といっても辺りに肉が四散しており、周りは炎に包まれているため、それは容易には確認できなかった。それでも何とか数えていくと、五人中三人の死体しかないことが分かった。
「だめです、二人足りません!」
「指導者のマリクと、護衛の一人でしょうね…」
「何としてでも探し出せ!この任務は必ず成功させなければならん!」
長官の怒声に隊員は大きくはいと答えた。
グリオンはわが目を疑った。七人が四方八方から爆弾を投げてそれで生存者がいることに狼狽を隠せなかった。あの爆弾の雨の中を切り抜け、しかもマリクを助けるなんて、その護衛がとてつもない化け物のように感じられた。あの攻撃をかわすやつを、果たしてたった七人で殺すことができるのだろうか。相手はもうすでに体制を立て直して反撃の隙を窺っているのかも知れない。今この瞬間にも自分は死ぬのかもしれない。グリオンはそう考えると激しい不安に駆られるのであった。動悸が激しくなり、目眩がして吐き気を催してきた。堪え切れずその場で嘔吐し、それでも楽になれず、しゃがみ込んで頭を抱え叫ばずにはいられなかった。
ふと、グリオンは背中に刺激を感じた。突然感じたしびれに思わず飛び上がり後ろを振り返り銃を構えた。しかし、グリオンはその銃をすぐに下した。同時に安堵もし、落ち着きを取り戻した。後ろにいたのは、襤褸をまとってガリガリに痩せた乞食と、無精ひげがだらしなく伸びた日本人であった。
「ようグリオン、しっかりしろよ」
「お、お前ら…何で……」
「何、弁当の恩返しだよ。気にしなさんな」
グリオンは思わず笑みをこぼした。隣にいた隊員が見かねて注意をしに来る。
「おい!お前ら!何やってんだ!ここは戦場なんだぞ!?さっさとここから……」
彼が突然しゃべれなくなったのは、背後から頭をつかまれたからである。
「なっ!?」
隊員の後ろには戦場には不釣り合いのフリルのたくさんついた黒いドレスを着た少女が立っていた。長い黒髪を両端でまとめている。いわゆるツインテールというやつだ。そんな見るからに華奢そうな少女が銃などを装備した大の男を片手で持ちあげているのだ。掴まれた男は自らの重みで指が食い込むのか、もがき苦しんでいる。
「おい!何だこいつ!?」
長官は叫びながら銃を構え少女に向けた。遅れてグリオンとほかの隊員も少女を囲むようにして銃をかまえた。しかし少女は泰然としている。四方を銃で囲まれて逃げ場などないはずなのに、こうも余裕でいられることにグリオンは恐れを抱いた。それはほかの隊員も同じらしく、銃をかまえている腕が震え、動悸が激しくなっているのが見て取れた。
突然少女に頭をつかまれている隊員が叫び出した。必死に頭をつかんでいる腕を取り外そうとしている。どうやらアイアンクローを食らっているらしい。
「あいつの苦しみ方、尋常じゃないぞ…」
陸のつぶやきを聞いて、グリオンの脳内にあるイメージが鮮明に浮かび上がった。それは、映画や漫画の中ならともかく、とても現実に起こり得ないことだとグリオンも頭の中では理解している。しかし、全身から吹き荒れる汗、それに伴う言いようのない焦燥感と恐怖の念、さらに少女の放つまがまがしいオーラとも言うべき雰囲気が実際にこれから起こることだと無理やり体に実感させている。すなわち、彼女の握力で持って大の男の頭蓋を握りつぶすイメージがグリオンの脳裏に描かれていた。彼は恐怖に打ち勝つために大声を出し、そのまま叫んだ。
「やめろ!」
脅しではないことを証明するために、銃口を少女に合わせて今にも引き金を引くそぶりを見せた。それを見て少女は、これに挑戦するかのように手に一層力を込めた。つかまっている隊員は一層苦悶の表情を深める。
矢庭に捕まっている隊員が怒声を上げた。先程まで捕まれた頭をはずそうと、むなしい抵抗を続けていた自らの右手を少女の手から離し、そのまま背中にしまってあったハンドガンを取り出して少女に突きつけた。後は引き金を引くだけである。しかし、それが実行されることはなかった。隊員がハンドガンを突き付けるのとほぼ同時に、少女は隊員の頭蓋を砕いたのだ。鈍い音と一緒に一度、骨の砕ける高い音が鳴り響き男はがくりと、先ほどよりも低い位置に落ちた。しかし少女の指に男の紙が絡まっているので、地面には落ちず、足だけが地面について依然としてぶら下がっている。頭の後ろを砕かれたのだが、顔面への影響もすさまじかった。始め顔の皮が後ろに引っ張られたかと思うと、手が食い込む分中に詰まっていたものを出さなければなるまいと、目玉がずるりと飛び出して、鼻、口、耳と、穴という穴から血が吹き出したのだ。一度顔の皮が引っ張られたものだから、今度はずるずると延びてしまい、まんべんなく顔にブルドックのような深い皺が刻まれてしまっている。グリオンの懸念していたことが起こってしまった。
一瞬間の静寂が訪れた後、長官が思いだしたかのように怒声を上げた。
「う、撃てええ!」
言うが早いか、グリオン達が引き金を引こうとした時、少女はもう動きだしていた。手に持っていた男の死体を少女の前方、丁度グリオンがいる場所に投げた。グリオンが嬌声を上げて怯むのと、四方から銃声が響くのは同時であった。しかし、もうすでに少女は隊員たちの包囲網を抜けて、あおむけに倒れているグリオンをまたいでいる。そして二人目を手掛けようと、死体につぶされているグリオンに拳を振り上げていた。
この刹那の間、人間離れをしている少女の動きについてこられたのはサルージャだけであった。グリオンに向かって構えられていた拳が振り下ろされると、サルージャはどこから取り出したのか、漆黒の内に日の光を鈍く反射している短剣で少女の拳を止めた。同時に鋼を合わせた時になるような甲高い金属音が鳴り響く。
「やっぱり神器だねえ」
サルージャはそう独り言ちると、今度は全体に聞こえるように大きな声で叫んだ。
「おいお前さん方、もう一人この近くに隠れているはずだから、そいつを探してきな!そいつを殺せばこの嬢ちゃんの負けだあ!」
隊員たちは一斉に散り、辺りを物色し始めた。少女は軽く舌打ちをしすると、もう片方の手でサルージャに殴りかかった。サルージャはそれをしゃがむことでかわし、そのまま肩から突っ込んで少女に体当たりをした。少女は堪え切れず後ろに飛びのいた。そのすきにサルージャはグリオンの手をつかんで起こし背中に付着した砂を払い落した。
「おい、あんた…」
「いいから行きな。長くは持たねえぜ」
すると状況の全く飲み込めていない陸が割って入った。
「おい、サルージャ!いったい何がどうなってんだ!」
「陸君よお、お前さんまだ行ってなかったのかい!話は後だ。この場を生き延びたければさっさと探しに行きな!ほら、長官さんも!何ぼさっと突っ立ってんだい!」
それまで茫然としていた長官はその一言で我に返り、取り繕うためにサルージャに食ってかかった。
「う、うるさい!いったい何なんだお前は!」
「いいからさっさと行かねえか!」
サルージャに一喝されて、長官は逃げるようにして陸とサルージャを引き連れてマリクを探しにかかった。
「よお、嬢ちゃん。待たせたねえ」
サルージャの呼びかけを少女は無視して、代わりにサルージャに突っ込んだ。二人の距離が段々と詰まってくる折、ある小太りな男が何事か喚き散らしながら物陰から飛びだしてきた。ゲリラ団の指導者の一人、マリクである。
「おい、いたぞ!」
隊員たちは一斉にその男の方へ向って行く。これを見た少女は急遽方向を転換して誰よりも早くマリクのもとへ駆けつけた。そのままマリクを担いでこの場から去って行った。
「深追いするな!」
長官が叫び、修羅場が過ぎたことを告げた。
家々は依然として激しく燃えており、陸たちにこれから起こる出来事の壮絶さを物語っているようであった。
主人公の名前はあれで馬酔木と読みます。
今の所グダグダ感が否めませんが、後半はきっと面白くなると思います。