斬る10
ハイダムは自室で仮眠をとっていた。昨夜一睡もしていないのでかなり熟睡している。もちろん、その間もゴスロリ少女は隣で控えている。ふと、彼女はいくつかの気配を察知した。神器と契約したものだけがかぎとれる別の神器の匂いが鼻につく。彼女はハイダムを起こし、緊急事態を伝えた。
「ふざけやがって!長官は何をしているんだ!」
ハイダムの寝起きは最悪だった。電話で長官を呼ぼうとしたが、繋がらない。彼は途方に暮れた。このこうな事態は彼の予定には入っていない。パニックで自分一人では何も解決できそうもなかった。とりあえず、話を聞くために、ハイダムとゴスロリ少女は長官の部屋へといくことにした。
少年兵達は長官の行方を何も知らなかったので、とりあえず長官の息子が心当たりのある四階の一室、つまり、自分と母親の部屋へ行くことにした。エレベーターを使うのは狙い撃ちにされる危険性があるというサルージャの提案から、一行は階段で登ることになった。このビルの階段はホールのようになっていて、それぞれの階へ上るごとに踊り場のようなものが出てきた。
すでに、入口の少年兵たちに自分たちは解放されたのだということを他の少年兵にも伝えるよう手はずを整えたので、もう少しでこのビルはもぬけの殻になるだろう。
彼らが四階へとたどり着くと、突然大の大人の叫び声が聞こえた。彼らは慌てて踊り場の少し壁が突き出ている裏側へと身を隠した。
「なんだなんだ!?」
動転する陸の口をサルージャは慌てて抑え、グリオンが人差し指を立てて静かにするよう合図する。長官の息子はグリオンにしがみついて震えている。陸はそれを見てやっと落ち着いた。この子供を守れるのは、今や自分たちだけである。ここで死ぬわけにはいかなかった。先程叫んだと思われる声は、よくは聞き取れないが猶もぶつぶつと何かをしゃべっているようだ。
「どうやらハイダムとあの少女のようだね」
不意にサルージャがそう呟いた。陸はなぜわかるのかと問いかけると、神器を持つものは別の神器の存在を察知でき、神器を持つもの、つまりあのゴスロリ少女と一緒にいる男と言えばハイダムである、とサルージャは答えた。
「よし、もうここで一気に片をつけようぜ」と、陸が小声で提案する。
「いや、向こうも、ハイダムはわからないがあの娘さんは俺たちの存在に気付いているはずだ。下手に突っ込んでも意味がない」
サルージャが反駁した。
「じゃあ、このままここでこうしてるだけだっていうのかよ。皆で突っ込んで、銃ぶっ放せばいいだけだろ」
「だから、そういう会話が無効にも筒抜けてんだよ。俺たちは五感がきわめてすぐれてるから、あの娘にも聞こえてるんだよ」
サルージャの話を聞いて、陸はうへえ、と心底嫌そうに「お前らって、色々と面倒くさいな……」と、愚痴をこぼした。
「どういう意味だい」
サルージャはうなだれながら言った。と、そこでまたしても怒声が聞こえた。
「おい、どこに行くんだ!?」
その声を聞いた陸たちは一瞬自分たちの居場所がばれたのかと肝を冷やした。しかし、自分たちはずっとここに隠れていた。どうやって見つかったというのか。その疑問には先ほどのサルージャとのやり取りが答えていた。あの少女も神器とやらのユーザーであり、神器を持つ者同士はお互いの居場所を察知できるという。つまり、あの少女が自分たちの居場所を知るのも不思議ではないのだ、そして、敵の居場所が分かれば、それらを始末するために彼女が動くのも不思議ではない。そこまで考えて、陸ははっとした。ということは、彼女は自分たちを攻撃しようとしているということだ。しかしこちらはただ隠れているだけで、相手を迎え撃つ準備など何も出来ていない。
「おいどうする……」
陸がサルージャに聞こうとしたところで、彼は矢庭に陸の頭を上から押さえつけた。
「伏せろ!!」
陸を抑えつけながら、他の二人にも呼びかけつつサルージャ自身も伏せ出したところ、突然四人が隠れていた壁が木っ端みじんに砕け散った。砕けたコンクリートの欠片がガラガラと降り注ぐ中、陸は自分の頭を押さえつけているサルージャの手をどかし、体ごと振り返った。見れば、そこにはまぎれもなくあのゴスロリ少女が立っている。壁を破るときに使ったのであろう右手は拳のままつきだされ、衝撃でそよぐ長くつややかな髪の間から鋭い炯眼が光っている。
一同は驚き叫び、彼女と距離をとろうと四つん這いになりながら逃げようとした。しかし、すぐ目の前には階段があり、これ以上は進めないと悟る。すぐに後方の少女の動向が気になり、四人は振り返った。しかし、少女に攻撃の意思は見受けられない。何事かと思うと、少女の後ろからハイダムが現れた。
「全く、何事かと思えば……これはこれは、長官のご子息ではありませんか。そしてあなたは長官の部下ですかな。ああ、あなた方がクーデタ達と行動を共にしていたとする日本人と乞食ですか」
そこに先程まで叫んでいたようなうろたえた様子はない。ハイダムは埃で汚れた眼鏡をはずして、それを拭きながら話を続けた。
「やれやれ、あなた方の長官にはしてやられましたよ」
そこで一同ははっとした。そうだ、長官は今どこにいるのか、このことであった。
「そうだ、今長官はどこにいるんだ」
すかさずグリオンが訪ねた。ハイダムはそれには答えず、ゆっくりと拭き終えた眼鏡をかけてから顎で右を差した。おそらく、壁で見えないが奥にいるということなのだろう。長官の息子はいてもたってもいられず駈け出した。それにつられて、他の三人もあとを追う。と、途端に長官の息子が立ち止まった。彼は今、階段の踊り場を出て、廊下を挟んでハイダムと少女と向かい合い、そのずっと奥を見つめていた。陸たちは追い付いて、長官の子供のそばに立ち、そして、彼がなにを見つめているのかを悟った。
「見るな」
陸はすかさず長官の息子の両眼をふさいだ。ハイダムと少女の後ろには血の海に横たわる長官とその妻の姿があった。
「おっと、言っておきますが、これは私がしたことではないですよ。私にとって、こんなことをしても何のメリットもないですからね。まあ、今は状況が変わったのでそうとも言えませんが」
ハイダムは不敵な笑みを浮かべて滔々と語っている。
「あなた方のおかげで私の計画は台無しだ。何でも他の村民も従えているのだとか。あなたたちは何がしたいのですか?大ぜいを引き連れてサーカス団でも始めるのですかね」
陸たちは何も答えない。
「あなた方がこのビルに来ているということは、私の兵たちや子供兵もどうなっているのか。本当にこの長官には色々とひっかきまわされましたよ」
そう言いながらハイダムはおもむろに自分の銃をとりだした。陸たちは身構える。ハイダムはそれを見て凄惨な笑みを浮かべながら銃をかまえた。しかし、その銃口は陸たちではなく自分の後ろ、つまり長官たちの方むけられていた。陸たちがその意味がわからずに怪訝な表情を浮かべる。そんな中、長官の息子だけが突然取り乱し、ハイダムを止めるべく動き出そうとしてグリオンに抑えられた。
「だめえええ」
最後の抵抗として必死に叫んではみるが、ハイダムはあたかもその声を合図にするように長官の死体に向かって何発も引き金を引いた。銃声が鳴り響き、あとには硝煙の匂いがほんのりと風に乗って漂うばかりである。あまりの凄惨さにグリオンの力が緩むと、長官の息子は力なくその場に膝を落とし、声もなくすすり声を上げた。
「てめえ……」
陸は憎しみをこめて呟いた。
「死者を愚弄するにもほどがある」
ハイダムもはき捨てる。
「そんなことを言ってる場合かね。次はお前らがこうなるんだよ。そして、クーデタを企てた犯人として永遠に恨まれるのさ」
「黙れ!」
ハイダムの言葉にグリオンは怒声を上げた。そして銃をかまえ乱射した。怒りにまかせて打ったので、辺りには先ほどゴスロリ少女が壊したコンクリートの破片や埃が舞う。カチカチと引き金を引いても玉が出なくなってから、ようやくグリオンは落ち着いた。しばらくして辺りに舞った煙が引いていく。ハイダムとゴスロリ少女の姿が段々とあらわれてくる。
ハイダムと少女を見て、一同は愕然とした。何とゴスロリ少女は自分よりも大きなコンクリートの破片を両手で抱え、グリオンの銃弾をすべて防いでいたのだ。あの突発的な乱射という攻撃の間に彼女はもう一度壁を壊してそれを防御したのである。あの合間、いったいどこにそのような時間があったのか。そしてそのか細い腕のどこにその常人離れした怪力を秘めているのだろうか。
サルージャはユーザーとしての自分とゴスロリ少女との間に途方もない力量の差を感じた。
四人があっけにとられる間もなく、少女は次なる行動を開始した。ゴスロリ少女は自分で抱えていたコンクリートの大きな破片を陸たちに向かって投げだしたのである。
サルージャは何とかグリオンと長官の息子を階段の踊り場へ押しどかしたが、それが精一杯で、あとは自分が陸の前に出て楯になるぐらいしかできなかった。サルージャと陸はコンクリートとともにゆうに十数メートルは吹っ飛ばされた。
グリオンは推し飛ばされた後に慌てて後ろを振り向いたが、そこにサルージャと陸の姿を目視することはできなかった。、一瞬彼らが消えたのかと錯覚したが、彼らが自分と長官の息子のために吹き飛ばされたのだと気付いて、すぐさま踊り場から出てゴスロリ少女とハイダムに背を向けた。
「サルージャ、陸、大丈夫か!?」
彼は二人のところへと駆けつけ、二人にぶつかり、廊下に叩きつけられた衝撃で砕けた瓦礫をどかした。
「逃げろ……」
サルージャがかすれた声でそう言った。手には彼の神器であるナイフが握られている。サルージャは咄嗟に神器を出してそれを突き立て、コンクリートの衝撃をもろに受けるのを防いでいたのであった。
「しかし……」
グリオンは踏ん切りがつかなかった。あのような危険な相手を前にして、彼ら二人だけを残すのは何とも後ろめたかったのである。
サルージャはグリオンの肩を借りながら立ちあがった。サルージャが退くと下敷きになっていた陸ものそのそと起き上がる。
「あんたら二人までかばえる力が俺にはない。長官の息子と一緒に逃げてくれ」
サルージャと陸はもともとはこのクーデタと全く関係がない。それなのになぜここまでできるのかと、グリオンは胸が熱くなる思いであった。鼻の奥がつんとしたと思うと、目の周りに熱がこもっていくのがわかった。今の自分にできることは、長官の息子を連れてこの場から逃げ、二人の邪魔にならないようにするだけである。
「すまない、ありがとう。……生きて帰ってこいよ」
後ろ髪をひかれつつもグリオンは二人から離れていった。
「大丈夫ですか、さあ、行きましょう」
グリオンは長官の息子を立ち上がらせた。
「でも、お父さんとお母さんが……」
「ここにいても巻き添えになるだけです」
グリオンが言っても、長官の息子は言うことを聞こうとはしなかった。グリオンの手を払いのけて両親の元へ向かおうとする。
グリオンはやむを得ず、長官の息子を抱きかかえて、その場を去ろうとした。長官の息子は必死に抵抗するも抱き上げられ、ただ自分の両親を泣きながら連呼している。
「逃がすな」
ハイダムは逃げる二人を阻止しようとゴスロリ少女に叫んだ。
その瞬間である。
ゴスロリ少女がカッと目を見開いたかと思うと、辺りの空気ががらりと色を変えたのである。
グリオンは急に動けなくなった。ハイダムの叫びを背後に聞いたかと思うと途端に体中に鳥肌が立った。今の今まで興奮から熱くなっていた体が一気に冷えたかと思うと、脂汗がどっとわき出たのである。呼吸は乱れ、地面についているはずの両足が宙に浮いたような気がして、膝の震えが止まらなくなった。脳が逃げろと命令しているのに、足が言うことを聞かない。心の中を真っ暗な恐怖が覆い、歯がかみ合わない。わけもわからず震えていた。ただひたすらに怖い、と思った。
一方、ハイダムにも変化があった。しかし、彼はこの恐怖の理由を知っている。神器の使用者だけが放つこのまがまがしい気配が彼らに恐怖を感じさせているのだった。すなわち、殺気である。
神器は使用者のあらゆる能力を飛躍的に向上させる。例えば身体能力であり、五感である。そして、それは自分の表す感情においても例外ではない。
熟練した使用者はそれをまた違った方面に特出させることができる。他の神器を感知したり、などである。つまり彼女は、自分の殺気を他人にもはっきりそれと感知できるほど表に出したのである。
サルージャは、ここまで大きな殺気を感じたことはこれまでになかった。自分も神器の使用者として、殺気を放つことはできる。しかし、ゴスロリ少女のように、ここまで大きな殺気を出すことはできなかった。
サルージャは自分の命がまさしく風前の灯であるかのように感ぜられた。
今、ゴスロリ少女の殺気の前に身動きできるものはいなかった。例外は殺気を放っているゴスロリ少女自身とそれを受ける必要のないハイダム、そして彼女の殺気を受けているはずの陸だけであった。
陸はグリオンとサルージャが動けない中、上体だけを起こしていた。そしてどこも見ていないような虚空の瞳で、自分の額に手を当てて、付着した血を見つめていた。と、途端に立ち上がり、砕けた破片をゴスロリ少女に向かって投げたのである。
ゴスロリ少女はうろたえた。過去、自分が殺気を放って動けたものは数えるほどしかいなかった。まして、神器の使用者でないものが自分の殺気を受けて立っているなどあり得ない。ゆえにゴスロリ少女は反応が遅れ、自分の顔面に向かって飛んできた瓦礫を両腕で視界をふさぎながらもかろうじて防いだ。
しかし、陸の攻撃はそれだけでは終わらなかった。ゴスロリ少女が防御した後、腕を下ろすとすぐ目の前に陸の顔があり、視界の左端に彼の拳が振り下ろされてくるのが見えた。彼女は慌てて下ろした腕を上げたが完全には防げず、陸の拳はゴスロリ少女の腕と二の腕の間に辺りながら、それでもその隙間を縫うように彼女の顔を捕らえた。
ゴスロリ少女は衝撃で左の壁に飛ばされた。
「ッざけんなよ!死ね!殺す!殺してやる!!」
陸は叫びながらゴスロリ少女に近づいて、地面に倒れている彼女を何度も踏みつけた。
怒るのとキレるのとは全く別のものである。怒りは感情の一つであるが、キレることはそうではなく、突発的である。怒るとは感情であるために言葉を発し、なぜ自分が怒っているのかを言葉で説明し、相手に伝えることができる。そして、表現する言葉を失った時、人はキレるのである。ゆえに人はキレた時言葉を発しない。口にしたとしても、それはただ叫ぶだけか、端的で直接的な単語による自分の要求でしかなく、理路整然としたものではない。支離滅裂でロリ整列である。ロリっ娘が整列した時、人はそれをハライソと呼ぶのだ。
陸は今、キレていた。ゴスロリ少女に吹っ飛ばされ、体中が痛みを訴える中、自分の頭からしとど流れる血を見た時、頭にカッと血が上った。すべてがどうでもよくなり、ただただゴスロリ少女に殺意が芽生えたのである。
ゴスロリ少女をはじめ、皆何が起こっているのかがわからなかった。が、陸のおかげでゴスロリ少女の殺気はどうやらとけたようだ。
「グリオン、今だ」
サルージャの言葉に、グリオンはようやく我に返り、その場を後にした。
「あ、待て!」
ハイダムが叫ぶも、グリオンの姿はもう見えない。ハイダムは舌打ちをして、ゴスロリ少女の方を見やった。
「おい、何をやっている!何のために高い金を払ってお前を雇ったと思っているんだ」
ハイダムは言いながら銃を取り出して陸に向けてはなった。が、それはサルージャに遮られた。なんてことはない、先ほどゴスロリ少女が防いで見せたように、瓦礫を盾にしただけである。しかし、それは陸の気を引きつけ、一瞬たりとも彼の攻撃を止めるのには役に立ったようだ。
ゴスロリ少女はその隙に陸の足を払った。よろける陸をサルージャが支えたところを彼女はすかさず立ち上がり、二人まとめて回し蹴りした。すぐ隣に壁があったので、そのまま挟んだような形になる。壁に頭をくっつけている陸の顔めがけて少女は拳を壁と平行に繰り出した。そこに陸の後ろから、彼の頭を覆うようにサルージャの腕が飛び出し少女の拳と陸の頭の間に彼の神器であるナイフを突き立てた。
「うおお!」
陸はものすごい光景が文字通り目の前で繰り広げられたことに思わず声を上げた。生きた心地がせず、頭に上っていたちはすでに降りてしまい、冷や汗が出た。
「ようやく落ち着いたかい?」
「くっ、うるせー。てか、耳元で喋んじゃねーよ。なんか変な感じがしたじゃねーか」
サルージャの揶揄に陸は答えながら、このような状況でも冗談をかます余裕のある彼に感心した。
ゴスロリ少女の拳はもろにナイフの刃に触れたが、切れているどころか、血の一滴さえこぼれていなかった。その代わりに、彼女の腕を覆っていたゆうに肩まである白い手袋の切れはしから、黒い、鈍く光るような物が覗いている。
「これではっきりしたねえ。あんたはその両腕が神器なんだ。それにしても、武器じゃないってだけでも珍しいのに、こんな人の一部の神器まであるんだねえ」
ゴスロリ少女はサルージャの言葉に答えずに、もう一度二人を壁に蹴りつけた。そしてすかさずもう一度、自分が先程蹴りに使った足を戻す。ついでにそれを反動とし、陸の顔めがけて壁と垂直に拳を突き出す。
サルージャは、今度、けられてすぐ陸の膝を曲げるために自分の膝を彼の膝にくっつけた。次に彼の肩を下に抑えつけながら膝を曲げ、彼を突き飛ばした。
ゴスロリ少女の打撃は陸には当たらず、その上、延長線上にあるはずのサルージャの顔にも当たらなかった。彼女はもともと反動をつけるためにちゃんと両足を地面につけていなかった。そこをサルージャが押した陸とまともにぶつかり、体勢を崩されたのである。そのまま陸にのしかかられる形でゴスロリ少女はあおむけに倒れた。
陸は無理やりしゃがむような体制をとらされたところ押し飛ばされたので、丁度顔が少女の下腹部あたりに突っ込んだ。
「何すんだて……」
すかさず起き上がろうと両手をあまり意識せずに突き立てた。
「っ……」
ゴスロリ少女が声にもならないようなか細い吐息を吐く。と、陸は自分の右手が何か柔らかいものを掴んでいることに気付いた。彼は今、サルージャに文句を言うために顔を後ろ、つまりサルージャの方に向けていた。なので、自分が今どこに手を突き立てているのかはわからないが、柔らかいし、温かいのでそれはゴスロリ少女の体のどこか、ということなのだろう。しかし、少し考えてみる。自分は彼女の下腹部に突っ込んだのだ。つまり、自分の体は彼女の下半身を下敷きにしているはずなのである。現に、自分の目は今サルージャを見ているが、視界の下の方には彼女のすらりとした綺麗な脚が覗いている。
ということはやはり自分は、女性の上半身にあるあの柔らかい双丘には触れてはいないのだ。そして何より、右手で触れている部分の感触が全く同じではない。特に中心に一本の柔らかい、大きさ的にはソーセージほどのようなものがあるのがわかる。
彼は恐る恐る顔を戻した。ゴスロリ少女の顔に思わず目が行ってしまう。人形のように整った顔をしている。なぜか顔を赤らめて呼吸を乱している所は西施が眉をひそめたかのようである。しかしそんなことはどうでもいい。陸は視線をもっと下に向けた。やはり自分の右手は彼女の股間に触れている。が、その感触が女性ではないと告げている。何より自分が同じものを持っている。陸の右手の感触、それは明らかに男性器のそれであった。
「よし陸さん、そのままその娘を抑えてるんだよ」
サルージャが陸に話しかけるも、彼の耳にはそれが届いていない。しかしサルージャはそれには気付かず、そのまま倒れている敵にとどめを刺すべくナイフをかざした。
陸は顎を少し上げた。そのうるんだ瞳と目があった。唇がわなわなとふるえ、陸はそれを確認せずには居られなかった。
「お前、お、男……?」
「これで終わりだよ!」
陸のセリフとかぶりながらサルージャはそう声を張り上げ、陸に覆いかぶさりながらナイフを突き立てようと振り下ろした。と、ゴスロリ少女は我に返り、両膝で陸のあごを蹴り上げた。「んがっ」という情けない声とともに陸は頭が上がり、サルージャの胸に頭突きをする形となってしまった。
一瞬呼吸が止まり、怯んだサルージャをしり目にゴスロリ少女、もとい少年は、今度は両足の裏で陸を蹴り上げる。二人はまとめて突き飛ばされ、その隙にゴスロリ少年は立ち上がり、体勢を立て直す。自分の性がばれて赤くなった顔を隠すためだろうか、仰向けで隙だらけの陸たちには目もくれず、俯きながらフリルのたくさんついたドレスに付着した埃を念入りに払っている。
「いてて、何やってるんだい陸さん。せっかくのチャンスを……」
サルージャは立ち上がりながら陸に文句を垂れた。しかし、陸はそれどころではない、という様子である。その顔は、まるで何かとてつもなく恐ろしいことを体験したかのように青ざめている。
「いや、確かに殺し合いだから怖いのはわかるけどさ……でもそれにしても今更じゃないかい。それとも今更ながらに実感したっていうのかい?」
的を得ていないサルージャの言葉に陸は苛立たしげに首を振った。
「違えよ!あいつ、あいつ……あいつ、男だったんだよ!」




