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劇場建設は順調に進んでいき、やがて大成功を収めるが……

―そして月日は流れ、遂に劇場が出来上がりました―


 嘗て、痩せた土を枯れ草が覆い『枯れ怨みの丘』と呼ばれていた場所は、マキルの同盟者による決死の緑化計画が功を奏し、今や様々な草木の生い茂る広大で長閑な丘陵地へと姿を変えました。

 長きに渡り人々に恐れられ忌み嫌われてきた『人食い沼』も、中に溜まったオレンジ色の物体(人々がそれに気付くのは何百年も後の事になるでしょうが、その正体は極端に大型化したある種の菌類でした)を凝固させて焼き払い、水路で河川から水を流し込むことで魚や水鳥の戯れる美しい池に姿を変えていきます。

 最早そこは『枯れ怨みの丘』でもなければ『人食い沼』でもありません。根拠のない陰鬱で不気味な数多くの言い伝えも、何れ忘れ去られていくことでしょう。


 マキルの計画によって建てられた劇場は、計画発足当初こそ周囲から嘲られてばかりでしたが、いざ出来上がったとなれば話は別です。

 質素ながらも荘厳で風格のあるその外装は直ぐさま人々の注目を集め、設計士の緻密な計算と建築家達の技術によって(当時としては)極限まで観客が過ごしやすいようにと作られた内装はその話題をより大きなものにしていきました。

 そして劇場がオープンすると、その人気は凄まじいものになりました。結果として地域経済は活性化し、劇場に携わる人々を中心に外部から移り住んでくる人々も増えたため人口は拡大し、過疎化とは無縁なほどに勢力を拡大していったのです。


―しかし、そんなある時―


 劇場がオープンして三十年が経った頃、タルティアと死別し独身のまま座付き作家として原稿に励んでいたメサの家のドアを勢い良く叩く者が居ました。


「はいはい、今行きますよ~」


 メサがドアを開けると、そこには年若い鬼頭種の女性が佇んでいました。

 酷く慌てた様子で落ち着きがない彼女の名はラゴ。今は亡きリッシェードに代わりマキルの侍従を務めています(因みに元々は使用人の一人であり、かつてマキルにメサを薦めたのも彼女だったりします)。


「おや、誰かと思えばラゴさんじゃないですか」

「め、メサ先生!良かった、ご無事でしたかっ!」

「無事も何も私はこの通り相変わらず元気ですが……一体何があったんです?」

「それが……領主様が、領主様がっ……」

「イスタウル卿が、どうしました?」

「領主様がっ……仕事中に、突然倒れてて……」

「――ッ!?」

 メサは思わず絶句しました。

 唐突に告げられた衝撃的な事柄に思考が混乱し、思うように言葉が出せないのです。

「とにかくお屋敷へいらして下さいっ!」

「……わかりました」


―屋敷―


 屋敷へ着くなり、メサはラゴの案内も聞かずに大慌てでマキルの部屋を目指します。

 劇場の建設計画以降、仕事の打ち合わせ等で度々訪れていたので大体の間取りは頭に入っていたので、恐らく倒れたマキルが居るであろう場所―彼の寝室へ辿り着くのに、そう時間はかかりませんでした。


「イスタウル卿っ!」


 メサが寝室に飛び込むと、予想通り簡素ながらも風格溢れるベッドに横たわるマキルの姿がありました。その顔には何時もの活気が見られず、かなり衰弱しきっているようでした。

 そんなマキルを囲むように佇むのは、緑色の皮膚をしたマキルの主治医たる老人と、彼と付き合いの長い二人の友人達でした。


「あぁ、メサ……来てくれたのか……」

「イスタウル卿っ、一体何があったんです!?先生、彼の……イスタウル卿の身に何が!?」

 感情的になったメサは思わず老医師に掴みかかり、必死の形相で肩を揺さぶりながら問いかけます。

 しかし天性のインテリで気が小さい老医師は、性格に似合わない恐ろしげな異形の姿をしたメサが怖くて思わず失神してしまいました。

 それを見かねた友人の一人、奇怪な髪型をした尖耳種のテムジュが呆れたようにメサを宥めます。

「とりあえず落ち着こうか。医者が気絶しちまった」

「あ……」

「全く、貴様の見て呉れは必要以上に怖がられるから気を付けろとあれほど言っただろうが……」

 などと言うのは、青白い鎧のような外骨格を持った長身痩躯の竜属種・ヨリトです。


 この二人とマキルは、少年時代にある一件で三つ巴の壮絶な戦いを繰り広げた仲であり、成人してからも掛け替えのない親友としてお互いに協力しあう関係にありました。

 この時代にしては珍しく他の大陸とも積極的に取引をしていた大商社の筆頭であるヨリトは経済面で他の二人を支え、テムジュは死者の心を読み幽霊や平行世界の存在と対話するという異能と高度な魔術を駆使しあらゆる面で多才に活躍し、マキルの多才な知識や知恵とそれの本質を余すところ無く活用する卓越した行動力はどんな危機をも退けてきました。


「すみません、筆頭」

「プライベートだ、ヨリトでいい」

 ヨリトが無表情のまま事の詳細を話し始めようとした、その時でした。


「メーサーせーんせーっ、待ーって下さぁぁーい」


 締まりの無い声で部屋に入ってくる者が居ました。侍従の少女・ラゴです。


「あら、ラゴさん。随分とお疲れのようですが、どうしたんです?」

「『どうしたんです?』じゃありませんよー。お屋敷に着くなりろくに話も聞かずに走り出したの、先生じゃないですかー。

お見舞いには誰が来てるとか、領主様は何時頃に倒れたとか、お医者様の診断結果とか、歩きながら話すこといっぱいあったのに……」

「すみませんね。居ても立ってもいられなくて。それで、話とは?」

「はい。お見舞いに来たのは見ての通り、テムジュ様とヨリト様です。他に親族の皆様や『太陽劇場』運営陣の方々も来られてたんですが、別件につきお帰りに」

「薄情者だなんて思わないでやってくれ……個々の用事を優先するように言ったのは、私なんだ……。

ただ、テムジュとヨリトだけは何が在ろうと帰ったりはしないと言い張ってね……」

「当たり前だ。どんな目に遭っても最後は無傷で不気味に笑いながら帰ってきたお前が倒れるなんて、並大抵の事じゃない」

「貴様はテムジュ同様、この我が対等と認めた数少ない傑物だからな。テコどころか鉄砲水でも動きはせん」

「とまぁ、こちらのお二人は相変わらずなんですが……領主様が倒れたのは10:09頃。先生の新作原稿を読んでいる最中に激しい頭痛と目眩に襲われたそうです。お医者様は疲労と仮定されましたが、詳しい病名はまだ解らないという事です」

「……そういう、事だ……すまない、メサ……君の原稿は、今回も最高だった……」

「ありがとうございます。こちらこそ、今の私が在るのはイスタウル卿のお陰だと思ってますよ」

「そう、か……それは良かった……」


 床の上で穏やかな笑みを浮かべるマキルの顔からは、普段の有り余るような活気が丸ごと抜け落ちたように消え失せていました。四人は忽ち心配になり、メサ達三人はマキルに内緒で屋敷に泊めて貰いながら彼を見守り続けました。時には話し相手になったり、老医師からの指示に従って精一杯の看病をしたりしました。

 しかし四人の努力も虚しくマキルは日に日に衰弱していき、老医師も必死の思いでマキルの病について調べましたが、有力な情報が得られないまま、ただただ時間ばかりが過ぎていきました。

次回、失意のメサが下した決断とは?

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