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仲間に加入するキャラの話というわけじゃないが敬語調
カタル・ティゾルの大地は、海に浮かぶ広大な六つの大陸と、地球同様南北の両極に存在する北極と南極という八つの陸地で構成されています。
この内、六大陸の中で古くから固有の文化が根付き、公にその特色が知られているのは、ノモシア、ラビーレマ、イスキュロン、アクサノ、ヤムタの五つであり、これら五つの大陸は文化・商業・政治など多方面での交流が盛んなほか、出版や放送なども多く共通のものが存在します。
しかしその一方、六大陸の一つでありながら詳細があまり知られていない大陸というものがありました。
その名はエレモス。南半球に位置する大陸でしたが、周囲を取り囲む空域・海域の天候や生物相が天然のセキュリティシステムとして働き、空と海両方からの進入を阻みます。更に大陸の外へ出てくるものも極めて少なく、出てきたとしても自身がエレモス民だと明かす者はほぼ居ないに等しいのです。
そのためエレモスに関する情報は極端少なく、公的な文書でさえ「謎めいた未知の大陸」と表記されるほどでした。
では、そんなエレモスとは実のところどんな大陸なのでしょうか?その答えを知るには、ざっと1500年ほど時代を溯らねばなりません。
その昔、まだ人々が王侯貴族による統治の元で動いていた時代のノモシアに、一人の作家志望者が義母と共に住んでいました。
その男は名をメサと言いました。この当時のノモシアではまだはっきりとした種族が判明していなかった、異形の姿をした青年です。
孤児であったのをある魔術師の女タルティア・エレモスに引き取られ、得体の知れない実験によりバフォメット(山羊の頭と尾を持つ西洋悪魔)の白骨を思わせる異形の姿へと成り果ててしまいますが、それでもその心は思いやりと慈愛に満ち溢れており、元は冷酷で残忍であったタルティアをも改心させた程に穏やかな心を持っていました。
そんな彼はやがて文章の才能を開花させてゆき、やがて接客業の傍ら作家を志すようになっていったのです。
―そして、月日は流れまして―
メサが22歳になったある日の夜、彼の家を訪ねてくる者が居ました。
その名はリッシェード。この近辺を統治する領主・イスタウル卿の執事兼護衛役を名乗るハゲタカ系羽毛種の大男でした。イスタウル卿の命令でやって来た彼は、メサに『イスタウル卿の屋敷へ招待したい』と言いました。
いきなり何事かと思ったメサは詳しい話を聞こうとしましたが、『卿の意向によりそれはできない』などと返され、仕方なく『タルティアも同行する』という条件付きで屋敷へと向かいました。
理由を明かされないまま未知の場所へ招待されるというのは、例え相手から向けられている感情が好意や善意であったとしても不安や恐怖を駆り立てるものです。この場合、相手が威圧的な外見のリッシェードだったため、メサとタルティアの心中についてはここで言及するまでもないでしょう。
―そして、馬車に揺られて四十分―
二人はイスタウル卿の屋敷へと辿り着きました。
近辺で最も大きな建物として知られるその屋敷は一見地味な外観でしたが、それが逆に独特の味を醸し出しており、風格溢れる仕上がりになっていました。
「イスタウル卿、例の方をお連れしました」
「そうか、御苦労だったなリッシェード。
初めまして。私が領主のマキル・イスタウルです」
「あ、はい、どうも。作家志望のメサ・エレモスって言います」
「母のタルティアと申します」
イスタウル卿ことマキル・イスタウルは、長い白髪に浅黒い肌と少々肉食獣じみた顔つき(恐らく、親戚に禽獣種が居るのでしょう)が特徴的な青年でした。年齢自体は恐らくメサとそう変わらないでしょう。
マキルは二人を高級感漂う木製の椅子に座らせると、自らキッチンに向かい、紅茶とショートケーキを用意して二人に差し出します。普段こういった雑用は執事であるリッシェードの仕事なのですが、マキルは二人への敬意を示すため、お茶とお菓子を自分の手で用意したのです。
「さて」
改めて椅子に腰掛けたマキルは、紅茶を一口啜って話を切り出しました。
「いきなり呼びだしてしまってすみませんね。さして急ぐ話でも無かったのですが、『計画の肝は早さ』とも言いますから」
「いえいえ、滅相もないですよ。こっちこそ、領主様のお屋敷に招いて頂けるなんて本当、幸せもんだなぁって」
「そうですよ。しかもこんなに良くして頂いて、何だか申し訳ないですわ」
「お気になさらず。息子さんは本計画の要ですからね。更にそのお母様までご同行と来れば、接待しないわけにはいかないのですよ」
「計画?」
「そう、計画ですよ。ほら、西に『枯れ怨みの丘』なんて不名誉極まりない名前で呼ばれている痩せた丘陵地があるでしょう?」
マキルの言う『枯れ怨みの丘』とは、町はずれの何処か寂しい場所にある植物の育たない丘陵地でした。昔から縁起の悪い言い伝えばかりが伝わるこの場所は、極端に土が痩せているため農耕に向かない上に雰囲気が不気味なため、隣接する『人食い沼』と呼ばれるオレンジ色のどろどろしたものが溜まっている大きな窪み共々人々から恐れられていました。
「あぁ、あの人食い沼が隣にあるあそこですね。あそこが何か?」
「はい。実は私……地域経済の活性化や街の過疎化防止を目的に、観光地となりうる物を何か作りたいと思ってまして。いっそあそこの辺りにね、劇場でも建ててしまおうかと計画してるんですよ」
そんなマキルの一言に、二人は思わず絶句しました。幾ら土地が無いからと言って、数々の不気味な伝説で恐れられている枯れ怨みの丘に劇場だなんて、どう考えても正気の沙汰とは思えなかったからです。
更に問題はまだありました。枯れ怨みの丘の直ぐ隣にある人食い沼です。
この沼と呼ぶのも躊躇われるような謎の窪みは、枯れ怨みの丘と違って近付く者に実害をもたらします。その名の通り、窪みに溜まった謎の物体が近付くヒトや動物を捕って食べてしまうのです。
太い角柱状に伸びたオレンジ色の物体に捉えられた物体は抗うことを許されず、取り込まれればジワジワと時間を掛けて生きたまま取り込まれてしまうのです。こういうわけですから、人食い沼は枯れ怨みの丘諸共特殊な障壁で囲われており、並大抵の者では近付くことさえ出来ません。
もし仮に、枯れ怨みの丘へ誰もが立ち入れるようにするならば、その障壁は当然解かねばなりません。それはつまり、人食い沼に餌を与えることと同義と言っても過言ではありません。
「そんな……失礼ですが領主様、あの場所は危険すぎます。立ち入るだけでも危険だというのに……」
「母さんの言うとおりですよ。記録によれば人食い沼はドラゴンだって食っちまう得体の知れない化け物です。そんな場所の近くに劇場を建てるなんて……」
その余りに無謀と思える計画に二人はすぐさま反論しますが、しかしマキルはそんな二人へ宥めるように言いました。
「ご心配なく。手は打ってあります」
「え?」
「どういう事ですの?」
「手付かずである枯れ怨みの丘へ劇場を建てようなんてつもりはない、ということですよ。
既にさる筋の方々に手を回すよう言ってあります。もう一月か二月半もすれば、枯れ怨みの丘も人食い沼も、素敵な土地に生まれ変わっている事でしょう。その件についてはご安心下さい」
穏やかながらもどこかしっかりとしたマキルの言葉には奇妙な説得力があり、二人は彼の言葉を信じることにしました。
「さて、話が逸れましたが本題に戻りましょう。時にメサさん」
「何です?」
「単刀直入に言いましょう――メサさん、私と共に演劇を作りませんか?」
「演劇、ですか?」
「はい。思うに我が劇場には、あなたのような座付き作家が必要なのですよ」
そう切り出したマキルは、劇場を建てるにあたり設計士や建築家の他、役者や雑用係など運営に必要な人員の殆どを短期間で揃えられたものの、演劇の脚本を手掛ける座付き作家だけがどうしても見付からなかったのだと話しました。
「座付き作家無しの状態で始めるにしても、既存の物語では少々打点不足な気がしてならない。
そんな中、使用人の子から『このヒトなら適任なのでは』といって、あなたの投稿した作品が掲載されている雑誌を見せられましてね」
「それで俺の名を……」
「あなたの書いたものを読んだとき、直感的に悟りましたよ。我が劇場の座つき作家に相応しいのは、他の誰でもなくあなただけだとね」
それから暫くマキルと交渉を続けた二人は、『暫く考えさせて欲しい』と告げて一旦家に帰りました。
そして二人で話し合った末、マキルの計画に協力する事を決意したのでした。
次回、メサに悲劇が!