第8話 チャーハン、と言うか、炒め飯にも種類があってだな・・・
彦摩呂と総司と別れてから、知らない道を散策しながら家に帰っていたら20分経っていた。今は11時50分だ。今から昼食を作ればちょうど良い時間に食べることが出来るだろう。
鍵を開けて家に入った瞬間、パリーン、という何かが割れる音が鳴った。俺は泥棒かと思い、靴も脱がずに台所に向かった。こっちに引っ越してからまだ一週間だぞ。不運すぎるだろ。
次の瞬間俺の目に飛び込んできたのは、皿を割ってしまってオロオロしている凪沙の姿だった。手には泡の付いたスポンジを持っていて、蛇口からは水が出ている。
(まるほど、皿を洗ってたのか)
泥棒じゃなくて良かったという安心感と、凪沙が家事をしようとしてくれた嬉しさで半々な気分だ。でも皿を割ってしまったのも事実。片付けるのは面倒だな。
俺はため息を吐きつつ、頭を掻いた。って凪沙あああ!そんな今にも泣き出しそうな顔をしないでくれ!怒ってるわけじゃないから!ため息と頭を掻いたのは怒ってるって意味のジェスチャーじゃないから安心して!頼むから泣かないで!と、思っていたら凪沙の顔は泣き出しそうなのは確かだが、必死に泣くのを我慢している顔でもある。・・・・・・凪沙、お前は強い子なんだな・・・・・
俺は靴を脱ぐために玄関に戻り、スリッパに履き替えたあと箒とちりとりを持って台所へ向った。その途中で「いたっ」て聞こえたから俺は急いで台所へ行くと、人差し指から血を出してそれを口に咥えている凪沙がいた。そうかそうか、皿の破片を片付けようとしてくれたんだな。って!また泣き出しそうな顔しないでくれ!今度は「ふえぇ」とか口に出てるし・・・・・可愛いじゃねぇか・・・・・いやいや、そうじゃなくて!俺ため息も頭も掻いてないよ。・・・・・もしかして、今の俺って怒ってるように見える?無表情のつもりなんだけど、その無表情が逆に怒ってるように見えるのかな?さっき無言でここを立ち去ったのもそう見えたのかな?
しまったな。ここれくらいの歳の子は、たぶん相手の感情に敏感になってるはずだ。そこに配慮が足らなかった俺にも責任がある。なら、ちゃんと怒ってないということを伝えなければ。
「凪沙。俺は怒ってないから、そんな泣きそうな顔をするな。それと、皿洗いしてくれてたんだよな。しかも俺に任せず自分で片付けようとしてくれた。ありがと」
笑顔を作ってるつもりだけど、作れてないかも知れない。そんな不安がちょっとあるけど、とりあえず伝えてみた。
「その・・・すいませんでした」
「うん。ちゃんと謝ってくれたし、反省してるのなら、尚の事よろしい」
そう言って、俺は俯いている凪沙の頭をなでる。凪沙は手を置いた瞬間目をつぶって、手を離すとこっちを見上げてきた。微妙に顔が赤い気がする。まあ今はそれは置いといて、片付けないとだな。
「凪沙、ここは俺が片付けるから、指に絆創膏はっとけ」
凪沙はうなづいた後、トテトテと歩いていった。
「さて、片付けるか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イテ、指切った・・・・」
皿を片付け終わって、指にも絆創膏を張り終わった後、凪沙がこっちに来た。
「あの、私、チャーハンが食べたいです」
「・・・・・・まじで?」
「ダメ・・・ですか?」
「いやいや!そんなことない!」
そう、そうなことはないのだ!だっていつもは「なんでもいい」って言う凪沙が、今日は自分から希望を教えてくれたんだぞ!これはかなりの進歩だろ!学校では焼きそばにしようかな~って考えてたけど、もうそんなことはどうでもいい!俺は今からチャーハンを作るゥ!そして冷蔵庫よ、お前の中にはちゃんと卵も葱も肉もあった。さすが我が家の冷蔵庫。お前のこと信じてたぜ!
というわけで、俺はチャーハンを作り始めた。といっても、チャーハンにも種類があるわけだ。チャーハンというよりは炒め飯だけど、キムチチャーハンとかケチャップ味とかソース味とか。・・・・俺が凪沙に作ってあげたチャーハンは普通のしょうゆ味のみ。ということは、凪沙はしょうゆ味のチャーハンが食べたいということだ。下手に違う味を作ってまずいといわれるよりは、確実なものを作ったほうがいい。違う味はまた別の日に作って、凪沙にどの味が好きか聞いてみよう。
今回は凪沙がリクエストしてくれたんだし、ちょっと頑張ってみよう。俺はチャーハン以外にお吸い物を作り始めた。
味付けは、適量のお湯に鰹節粉末、醤油、塩を加えるだけだ。最後に卵を少しずつたらせば、卵のお吸い物の完成。我ながらいい出来だと思う。
なんやかんやで完成したチャーハンとお吸い物。食べている凪沙に感想を聞いてみました。
「・・・・うまいか?」
「おいしい」
え?そう?そんなにおいしい?なーんて、ちょっと嬉しくなってしまうわけです。俺と凪沙の距離が縮んだような気がするから、俺はこんなことを言ってみた。
「凪沙。別に、敬語使わなくてもいいんだぞ?家にいるのにそんな固苦しい生活してたら疲れるだろ」
「・・・・わかりました・・・・あっ、わかった」
やっぱすぐにとはいかないか。少しずつ慣れてけばいいよね、うん。・・・・・でも、凪沙はホントに気を使ってくれる子だからなぁ。敬語使わなくていいって言ったら、敬語使わないように気を付けることになって逆につかれるんじゃないか?今の話し方が自然な物だったら、無理に直さなくてもいいよな・・・・
「逆にため口が使いにくいんだったら、敬語でもいいよ。自分の話しやすいように話せ」
「わかりました」
やっぱ敬語なんだね。無理して使ってるわけじゃないなら問題ないし、俺も気にしないよういしよう。
俺と凪沙は今、凪沙の通っている小学校に向かっている。どうやら先生に保護者を連れてきてほしいと頼まれたらしい。凪沙の案内で受付まで行くと、女性の先生が現れた。綾野圭子と言う人で、凪沙のクラスの担任らしい。
綾野先生にどっかの教室に案内されて、先生と俺のマンツーマンの面談が始まった。凪沙は学校のどっかをうろついてもらてる。
「今日ここにお越しになってもらったのは、新垣さんの事です」
ですよねー。
「新垣さんの両親がお亡くなりになったことは、学校の方でも把握しております。しかし、その後のことが学校側が把握できておりません。保護者も、まだお亡くなりになった新垣さんのご両親ということになっていますし」
要するに、書類とかの問題があるってことか。
俺は今の凪沙の状況について説明した。凪沙が伯父さんに引き取られたこと。俺と一緒に暮らしていること。正式な保護者は伯父さんだが、学校に出向いたりするのは俺になるということ。うまく説明できたかどうかは知らんが、とりあえず説明した。
その後は大量の書類に必要事項を書き込んだ。今住んでるところの住所。保護者の住所。電話番号などなど。いろいろと・・・・・
書類上は何も問題は無かったので、すぐに解放。さえれたらよかったんだけど、凪沙の精神状態がどーのとか、心のケアを心がけてくださいとか、そういった話が延々と続いた。こうやって改めて今の状況を認識すると、情けない話だが不安が込み上げてくる。・・・・なんとかなると信じたい。
凪沙は教室の前で待っていた。さっきの話聞かれたかな?
「秋人さん。私、秋人さんがいるから寂しくなんかありません!」
聞かれていたようです。
凪沙の言葉はめちゃくちゃ嬉しい。でも本当に無理してないか?以前、凪沙は盛大に泣いたこともあるけど、それだけで何とかなるとも思ってない。凪沙の様子には細心の注意を払っておこう。
「そっか、ありがとな。でも抱え込んでじゃだめだぞ?寂しかったら寂しいって言って、泣きたかったら泣いていい」
「はい!」
・・・・凪沙、お前はホントに強い子だよ・・・・
小学校からの帰り道で、俺はいつもの質問をした。
「夕飯は何がいい?」
「なんでもいいです」
・・・・・そうですか。じゃあ、今夜の夕飯は焼きそばと昼のお吸い物の残りかな。