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04.新しい名前ということは

 さて、宝刀はいつ抜くべきか。この人でなし冷血管、冷酷無比のくそ親父の顔色を変えさせてやりたい。娘に嫌われるという恐ろしさを味わうがいい。


 どうでもいいが、リュシーだったときは転生とか前世は空想の産物! 非現実的! とか思ってたけど、日本で生きてたことを考えたらこの世界ってひどい。非現実的なんてどの口で言えるのみたいなファンタジーだ。価値観の違いって怖い。


『――この子供に、生きるべく名を与え、その名に栄えある魔の力を欲す』


 ずっと聞き流していたが、ふっと意識が戻り耳に入ってくる。それにしてもこのイベント長い。もう大分この状況に飽きたが、神官っぽいお爺ちゃん、この世界では確か魔使官と呼ばれる――は、飽きもせず言葉を並べていく。


 このときのためだけに自宅に作られた儀式のセット。簡易な物の為あまり荘厳さは感じられないが、それでも招待客やくそ親父よりも立ち位置がかなり高く設定されているので全体の人間が見下ろせる。

 ただ同じ高さに居るお爺ちゃん(魔使官)からあんまり視線を逸らすのも微妙かと思い、横目でちらり程度見るだけだが。


 少しでも目を逸らすとお爺ちゃんからはバレバレだろうがそれはまあ、四歳という年齢で許して頂きたい。きっとこれでも大分お行儀の良い子に分類されていると思う。足が疲れた。


 そんなとりとめのない思考で、また目線を下げる。見下ろした中で、兄も弟も義母も見つけることはできなかった。そもそも参加すらしていないのだろう。

 オネットは正式な席なので儀式が終わるまで退室しているらしい。こんなに人が居て、イベントの主役なのに参加している家族がくそ親父一人とかリュシーまじかわいそう。他人事のような感覚で思う。

 記憶には無かったが予想はしていたので傷付くわけも拗ねるわけもない。というか参加してたらそっちのほうに驚く。



 それはともかくとして、やばい。最近寝てばっかだったせいで今日もかなり眠い。欠伸が出そうだ。手を口に当ててもやっぱり駄目かな。そう思い欠伸を噛み殺したせいで微妙な顔になったのは、きっとお爺ちゃん以外にはバレてない、はず。

 お爺ちゃんはそれを見て優しい笑顔を少しだけ見せてくれた。良い人そう。


「――今日より、この子供の名は、リュース・ライアスとする。魔の力の加護が与えられんことを」


 お。終わった。もしくは終わらせてくれた、のかな?

 それにしても、リュシーからリュースって……前と同じ展開で同じ名前であることが安心するような、黒歴史をつつかれているようで複雑な気分になるような。


 そんなことを考えるが表には出さないようにして、とりあえず終わったところで恭しく礼をしてみせる。静かだ。


 礼をしている間にもちらりと下に目をやると、物音ひとつ立てない狸や狐たちがよく見えた。

 これが本物ならとんだ可愛らしい動物園だ。躾が行き届いている。だが残念ながら現実には可愛らしさの欠片もない腐った野郎共だが。おっと女性もいたか失礼。



 堅苦しい儀式が終わってからは、リュース・ライアスとして父の後ろをついて回らされた。喋らなくていいと言葉をもらっているのでなかなかに気楽だ。とりあえず無言で礼をしとこっと。


「いやあ! いきなりのことで驚きましたが、これは立派なお嬢……いや、跡取り様だ! これで益々ライアス家も安泰ですな!」


 髭だぬき……そろそろ狸がかわいそうになってきた、髭親父は近寄るなりそう言う。個人的に何の根拠も無く相手を褒めて媚を売るようなヤツは、嘘とか適当な事しか言ってないと思う。いっそ褒めなきゃいいのに。大人って大変。


 記憶にもないような腹の出た親父に、うちのくそ親父は笑顔で世間話を持っていく。胡散臭い笑顔だ。いつも眉間に皺寄せてるくせに。


 暇そうな顔を出さないように努力していると、後ろから肩を叩かれる。振り向くと頬に刺さる指……

 普通にイラッとした。いや別に短気とかそんなわけじゃないんだよ。うん。


 不機嫌を隠さない顔で振り向くと、立っていたのは今のリュシーよりも五つほど歳が上そうな少年。



 キラキラとしたくすみのない金髪にまず驚き、相手の整った顔の可愛らしさにイライラが緩和され、まだ馴れないカラフルな瞳(赤)に一瞬意識がいき、――その全体の姿の見覚えがあり、確実な該当までさせて思わず……そう! 思わず、蹴りを入れた。決してわざとじゃない。あたった場所は相手の脛。決してわざとじゃない。


 くそ親父が見ていなくて幸いだった。何人かはまともに目撃したみたいだが、わざわざ言って来ることはないだろう。権力って偉大。目の前の少年改めクズは驚きで目を見開いていた。

 たった四歳の子供のしたこと。そこまで痛くはなかったようだが心底驚きはしたらしい。とりあえず明日から蹴りの練習を心に決める。


「すいません。足が滑りました」

 世間話を数人(増えた)でしているくそ親父に聞こえないように大人な俺は謝っておく。


 リュシーのとき、常にうざったらしく、常に邪魔してきたこのクズ、名前は確か……

「カス、クズ……?」

 なんかそんな名前だった気がする。


「カフクス! カフクス・アンストーンだよ!」


 ああ、そんな感じ。呟きにわざわざ身を乗り出すように訂正を入れてきた。訂正を終えたカフクズ? は微妙な笑顔で話しかけてくる。

 お呼びじゃねえよ、とは思うもののまだ幼いカスクズを見ると無下にもできない。蹴りはしたが。


 参加者の平均年齢を考えると飛び抜けて若い。というか小さい。カスクズ以外には子供は見当たらず、ギリギリで同年代となるのはコイツだけだ。


「ねえねえ女の子なんだよね? 兄弟居るのになんで跡取りなの? ていうか何で蹴ったの?」

 蹴った事を少しだけ根に持ったことが少しだけ感じ取れた。いきなりこんな質問してくるなんて失礼なやつだ。蹴った事は頬に指をさされたことで相殺できると思う。


 カスクズがこうして聞いてくるのは大人が見ていないからだろう。聞いていい事と悪い事、解ってるくせに大人が見ていないから聞く、無邪気な子どもの振りをするカスクズは心から気に食わない。だがここでまともに喧嘩を売るのは子どもすぎる。大人の対応をしなければ。

「黙れくそ野郎。口を開くな動くな目線を向けんな」


 四歳だし! 最近口が悪くなってきた。でも大人見てないし。

 

 カスクズの顔が固まるのを見届け、ふと、心に落ちてくる疑問。

 ――あれ、カスクズって、リュシーが女って知ってたか?


 リュシーのときを思い出す。いつもいつも変に絡んできて邪魔してウザくてウザくて鬱陶しいカスクズ。だが、リュシーが女だと知っている素振りもそれを周りに広める素振りもしてはいなかった。何でだ。


 疑問に思うが、吹聴するような真似をすればライアス家を敵に回すか。それなら納得する。なるほど、それでリュシーが女の身でいろいろ態度でかくてやらかしてるのが気に入らなくてあんなにうざかったのか。



 目の端でカスクズが復活するよりも先にくそ親父が話を終わらそうとしているのが聞こえた。そろそろ移動か。

 最後の餞別代わりに恭しく礼をしておく。

「ではカスクズ様、ごゆるりと」


「……カフクス!」

 それそれ。なんとなく間違っているような気はしていた。やっと復活して訂正を入れてくるカスクス。

「失礼しましたカスクス様」

「カフクス!」

 あ、くそ親父に手招きされた。じゃーね、カフスク。

「カフクスだからね!」

 ごめん。


 くそ親父にアンストーンの息子と何を話したか聞かれ、名前を教えてもらったといえば、あの家は便利だ、仲良くしておけと言われた。やなこった!



 くそ親父の後ろを付いて歩くと、記憶がある人と無い人の差が激しいことに気が付く。まあ、皆さん大半はご高齢だから仕方ないか。

 狸も居れば狐も居る。善人はあんまり居ないなあ。さすがくそな親父の知り合い。

 

 ひたすら人間観察ならぬ動物観察をしていたが、やっぱり眠い。寝るのに慣れたとかではなく、ここまでくると身体に引きずられている気がする。やっぱり子どもは寝てこそだ。


 眠いなあ、寝たいなあ、でもこのくそ野郎がそんな気を使えるようには思えないし……

 目がショボショボとして開けているのも億劫で、子供の特権としてそれを余すとこなく態度に出すがくそは気がつかない。いや、もしかすると敢えて無視してるのか?


 まだ下降の余地があったのかと思うほどくそ野郎の株が下がっているとき、肩に優しい手が乗せられる。


「旦那様、リュース様が眠そうになさっております。もうリュース様はこのあたりで……」

 救いの手、オネット! 親父さんは眉をしかめた。渋い親父だ。


「甘い事を。……まあ、今日のところは良いだろう。下がれ」


 最低! もう最低!! 『お父さんなんだか最近くさい』とか言われてショックだろう言葉を絶対に使ってやる!!

 ……なんだか精神年齢下がってきた気がする。やっぱり身体に引きずられてるみたいだ、精神。これが素とか思いたくない。


「リュース」

「……はい?」

 最後に声を掛けられる。予想外で一拍空いてしまった。自分がこの年のとき父親にどんな言葉遣いだったかも今更ながらに気になる。


 そういえば「リュース」って、前の「龍之介」の略みたいで親しみやすいからいいかと思い直したよ。もういいよ。いい名前だ!



「覚えておけ。お前は、ライアス家だ。その血筋からは、一生逃れられん」


 


 ……最後の最後まで。

 この人は結局、「おめでとう」の一つも言わなかったな。




 心の奥底から、嫌悪の気持ちが沸いてくる。二回目なら、仲良くできるんじゃないかと思ったけれど。それがまるで夢物語のように現実的なものではないと感じた。



 オネットと部屋に戻ると、やはり緊張していたのか、眠さに抗えず、小さな体はもう歩くことも覚束ない。


 今日、誕生日を祝ってくれたのは、オネットただ一人。それ以外は皆、新しい名前に祝福をしていた。まるで『リュシー』の存在を認めないように。

 記憶にはなかったが、こうしてリュシーは存在が消されていったのかとやるせない。


 眠る時に、オネットが手を握ってくれた。

 リュシーの家族はオネットだけのように思える。


 本当は、別に頑張らなくてもいいんだ。



 オネットは味方だし、むしろ父親と仲良くしようとしない方が、これから円満に生活していくことができるとわかっている。


 わざわざそんな茨の道を行くような労力なんて、本当は使わなくていい。


 どうすればいいのだろうか。自分はどうすべきなんだろうか。もう、父親と仲良なるのは別に良いような気がしてきた。

 せっかくやり直すのなら、仲良くしたいとは考えたが、自分自身が父親が嫌になっている。この自分は『リュシー』なのか『龍之介』なのか。

 


 明日からのことを憂鬱に感じながら、手の温もりを感じながら、ゆっくりと意識が薄れた。




―――



 その日、最初に感じたのは指先の冷たさだった。見ると、手だけが布団から出ていた。その事に違和感を感じ、無意識に目でオネットを探す。


 オネットはまだ来ていないのか、誰の姿もない。時間は解らないが、何時もの事を考えるとそろそろのはずだ。


 記憶に違わず、遠くから足音が聞こえる。慌ただしい音に珍しく寝坊でもしたのかと思う。

 とりあえず目をつぶり、タヌキ寝入りをしてみる。起こしてほしいという、ちょっとした甘えだ。


 そして聞こえる扉の開く音。遠慮のない音がかなり大きく響き、タヌキ寝入りを止めざるを得なくなった。

「おはようございます坊っちゃん」



 音を出した張本人……オネットよりも若く、几帳面そうに眉間に皺を寄せた彼女を、昔から苦手に思っていた。

 体を起こし、視線をさ迷わせる。

「おはよう……ございます。……オネットは、どうしたの?」


 二十代前半位だろう彼女は、黒の髪は前髪も残さず全て纏められており、後頭部でお団子にしている。髪の一本も残さず纏められている髪は窮屈そうで、いっそ痛そうだ。


 隠されることのない額には皺が刻まれており、眼鏡の度が合っていないんじゃないかと思ったりもする。


「オネット様は昨日より坊っちゃんの弟君様にお付きになられました」


 心臓が大きく鳴った。ああ、恐い。これも前のままだなんだろうか。生名の日のあたりでオネットが居なくなるのを知っていたはずなのに。これを想定していなかったのは痛かった。


「私は今日から坊っちゃん付きにと拝命を承りましたエリス・メルシアスと申します。教育係りも兼任させて頂きますので、どうぞお見知りおきを」

 潔癖そうなエリスは子ども相手でもニコリともしない。彼女を見て、思わず口にしてしまう。



「エリス、若っ!!」


 自分の記憶よりも若いエリスに思わず衝撃を受けてしまった。


 驚きのままに言葉を口にしてしまった自分に、エリスは少し疑問に思うような顔をしたが、すぐに口を開いた。


「よろしいですか坊っちゃん。年上の方とのお話をする際に、最初から相手を呼び捨てにすることは本来無礼です。確かに坊っちゃんは高貴な地位でいらっしゃいますが、それでも良いことではありません。それからどんなに驚くことがあろうと叫ぶなどということは」


 お説教だ。話が長いです。だが、呼び捨てと叫んだことの方が気になるらしく、叫んだ内容については特に何も言われなかった。ある意味天然な空気が伝わってくる。

 ……それにしても、俺四歳。確実に説教なんて理解出来ないだろう普通なら。そう思うも口を挟むことはできず、ただ彼女を眺めていた。



 それにしても衝撃的だ。記憶にある彼女は既に少し白髪が混ざり、実年齢よりも十は年上に見えた。そう思うと、今のエリスは年齢通りキャリアウーマンという感じだ。

「聞いていらっしゃいますか、坊っちゃん」

「聞いてるよ、エリス」


 いくら苦手であったからといって、今の若いエリスには思ったよりも態度に出なかった。というか、聞き分け良すぎたか? だがエリスも疑問には思わないらしくお説教は続く。


 『リュシー』の時に珍しく嫌いというよりも苦手という言葉がぴったりな彼女は、前と同じく説教が長い。でも、記憶にあるよりも言葉に棘が無いような気がする……というのは気のせいだろうか。


 だが四歳児相手にここまで説教するなんていうのはいくらなんでもやりすぎだと思う。もうそろそろ勘弁してお願いします。支度する時間をエリスに与えられ、ベッドの中から時間をかけて出る。


 やっぱり、オネットが近くに居なくなるのは辛い。まだ自分は『リュシー』に戻ったことに困惑していて、気持ちも固まっていないから。自分を認めてくれる存在が近くに居ない事が気持ちを不安定にさせてくる。リュシーは一人でこの気持ちと一人で戦ったのか。



 わざわざ誕生日の次の日にこうしてオネットを取り上げ、エリスを使わせた張本人を思い出す。

 父親なんて、嫌いで、大嫌いだった。尊敬も出来なくて、愛情なんて与えられなくて。「龍之介」になって初めて、親の愛情を知ったんだ。


『旦那様はきちんとリュース様を愛していらっしゃいますよ』

 幾度と無く小さい頃に言われたオネットの言葉。その言葉に何度希望を見出して、絶望させられてきたか。信じて裏切られてまた小さな希望にすがり付いて裏切られて。思い出すだけで諦めてしまいたくなる。どれだけ希望が薄いかなんて、身をもって知っていた。



 でも、まだ頑張りたい。『自分』はまだ何もして無い。


 前は駄目だったからこそ。今も、嫌悪感が顔に出そうなほど嫌いだけど、やっぱり親だから。どこかで嫌いきれないてないと思うし、仲良くなりたいと思うのは人一倍だ。


 覚悟してろくそ親父!!



 決意を新たに、小さくこぶしを握るとエリスに叱られた。

 とりあえずエリスを克服したいとは思う。オネットが早々に恋しくなった。


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