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短編

三十男vsメルヘン極道魔女っ娘組合【企画競作スレ】

作者: まめ太

 三十を過ぎても童貞を貫いた漢は、大魔法使いになるという。

 だが、多くの漢たちは、その道半ばにして斃されてしまうともいう。国際機関が結託し、彼らが大魔法使いになることを阻止するための秘密組織を作ったからだと言われている。

 その組織の名は『世界平和維持機構グランドサザンクロス』だが、噂の中ではもっぱら、『メルヘンな極道魔女っ娘組合』と呼ばれている……。

 噂の真偽は定かではない。

 三十を間近に控えたある日に突然、組織からのエージェントがやって来るだの、美人局に始まり、恫喝やら強姦に近い形で漢の操を奪われてしまうだの、どうにも男の側に都合の良すぎる嫌いのある話が実しやかに囁かれている。

 そも、三十を過ぎたからと魔法使いになれるという話自体も荒唐無稽なものである。が、とても低い確率だが、本当に大それた力を身につけてしまう者が居ると言われているのもまた事実。

 そのような人物が居たならば大騒ぎになっていよう、という理屈に対しては、産まれ出た大魔法使いたちは、この世界から吸い出されてしまうのだ、と返される。

 この世界には魔法がない。だから、大魔法使いなどというバランスブレイカーは、それに相応しい場所へ移動、ということになるのだ、と。

 いつしか、その説には続編が生まれた。

 三十年の長きを不遇の中で研鑽し、過酷な逆境を耐えた彼らではあるが、その多くは性格が捻じ曲がってしまい、吸い出される直前には「世界までが俺を否定するのかー!!」と叫び、自棄になり、出先の異世界では魔王になってしまうらしい、と。

 あるいはハッチャケて「ひゃっほい!」してしまい、これまた出先の異世界に大迷惑を及ぼす。

 挙句、返品の憂き目に遭った大魔法使いたちの処遇にも困る始末となり、この世界の各国首脳が苦肉の策で作り出したのが、世界平和維持機構であるとのこと。

 組合員は、これも最近になってこの世界に溢れ始めた魔法少女たち。彼女らは口を堅く閉ざして出生の謎を語らないために、なぜこうも多数の魔女っ娘が溢れかえる事になったかは知れないらしい。

 彼女らは不思議な力を持ち、歳をとらず、精神も熟成されずで社会から落伍した存在だ。本当のところの年齢も、あやふやなものだという。

 そんな彼女たちの数少ない活躍の場が、グランドサザンクロスである。

 創設初期の頃には、返品された大魔法使いたちの軟禁、懐柔、管理が主な仕事であったという。しかし、キリがなく送り返される三十路童貞たちに辟易した彼女らは、活動の範囲をひろげ、発生するまえに刈り取る手段に出たというのだ。

 大魔法使いとなる前の、漢たちを狩る。童貞ハンター。


 今日もまた、魔女っ娘たちと大魔法使い寸前の漢たちとの、壮絶なバトルが密やかに繰り広げられる。

 ……噂である。あくまで、ただの噂話に過ぎない。



    ◆◆◆



 ピンポーン。

 このところ、月に一度、大家が催促のために鳴らす以外では鳴ることのなかったチャイムが鳴った。

 家賃の振り込み日はまだ先だ。大家なら振り込み日の三日後くらいが常である。度々支払いが遅滞する者の部屋を、丁寧に一人一人と訪問するが、振り込み日より前という前例はない。

 誰だろう。

 軽く引きこもりぎみなフリーター、只野道定(ただのみちさだ)は首を捻った。


 もう一度、チャイムは鳴らされ、面倒そうに腰を上げた道定をさらに急かすように、三度目が鳴る。

「はーい、」

 聞えよがしの返答を返しておいて、道定はせっかちな来客に対して眉根を寄せた。

 およそ勧誘か配達員であろうが、子供でもあるまいし、この時間帯に非常識である。

 くたびれたGパンに穿き替え、ジャージを羽織る。今までパンツ一丁にアンダーシャツという姿だったため、さすがにこれでは外へ出るわけにはいかなかった。真冬にこの恰好は頂けないが、とにかく金がない。外出着を少しでも保たせるために、室内では脱ぐようになった。炬燵(コタツ)に潜って袢纏(はんてん)を巻きつけ、寒さを凌ぐのだ。

 せっかちな訪問者は、よほど忍耐力がないと見えて、ひっきりなしにチャイムを鳴らす。

 もう夕食時だというのに、近所迷惑を考えない辺りは、名の通った運送屋の社員ではないのだろう。新聞の新規勧誘か、悪徳商法のセールスか。

「うるせぇなぁ、」

 口の中で文句を転がして、道定は舌打ちを鳴らした。鳴らされたチャイムに重なって、自身の口からピンポン、と鳴ったかのように聞こえた。

 良く出来た偶然に、苦笑が浮かぶ。


 狭い部屋である。

 安普請の、古い木造アパートは生活破綻者の一人暮らしにはうってつけの格安物件で、住民の半数がやもめ男で占められている。それぞれの事情で、金には縁がない。

 立てつけの悪い玄関ドアを開くと、生活臭が澱んでうっそりとしているこの建物には似つかわしくない、華やいだ存在が視界に飛び込んできた。

 ぷっくりとしたピンク色の小さな唇はぬめったような湿り気を帯びて、男の視線を釘付けにする。

 ぱっちりとした大きな瞳が、上目遣いに見上げる角度で道定を捉えていた。視線は嫌でも下部へと向かい、極ミニ丈のスカートから覗くまぶしい太ももへと注がれてしまう。

 小柄な女の子。いや、女子学生。

 清楚なグリーン系の制服に、白いカーディガンを羽織ってはいるが、防寒対策になっているとは思われない。小さな肩が小刻みに震え、首をすぼめて何かを訴えかけている。

 ショートボブの髪がさらりと流れて、道定の横を過ぎた。いい香りがあたりに漂った。

「寒いんだからぁ、早く中に入れてよね、」

 女の子はなにを勘違いしているのだか、一言吐き捨てると部屋の中へ侵入した。

 躊躇なく靴を脱ぎ棄て、勧められもしないのに、さっさと奥へと進んでいく。呆気にとられていた道定が我に返る数秒のうちに、ちゃっかりと炬燵に潜り込んで座っていた。

「すぐヤッてもいいんだけどぉ、あたし、お腹が空いてる感じぃー。」

 少女の言葉でピンと来る。

 これは……援助交際だ、某巨大掲示板でも時折目にするアコガレ、もとい、不届きな単語である。


「ちょ、おい、なに勘違いしてるんだよ、俺はお前なんぞは知らないし、呼んでもないぞ。」

 焦りが先にたって、言葉を選ぶ余裕を失った。

 もう三十路間近だというのに、これだから、うだつが上がらないフリーターなのだ。自己嫌悪。いや、実際は数年前まで社員として勤めていたのだ。ただ、業績不振で会社が潰れた。

 再就職までの繋ぎのつもりのアルバイト生活が、思いのほか長く続いて、やさぐれているだけだ。

 そう思い直す。

 無理やり気持ちを奮い立たせねば、潰れてしまいそうな、現実。

 この、降って沸いた幸運に、少しばかり胸をときめかせても罰は当たるまい。


「えー。だって、ここって言われたもん。ねぇ、あたしぃ、お腹すいたんだってばぁ。」

「どこかの部屋と間違えたんだろ、ここは二階。一階か裏の棟じゃないのか?」

「さむーい、そこ閉めてよぉ。」

 話しにならない。

 防衛策で開け放していた玄関を、仕方なくで閉ざしながら、道定はため息を吐いた。やせ我慢と言われようが、威厳は失いたくない。わざと横柄な態度を取って、立ったままで少女に対峙した。

 見下ろす先に、イマドキな服装の美少女が可愛らしく小首をかしげて見上げている。

「どしたの? 座んなよぉ、自分の部屋なのにおかしいのー。」

 破顔した彼女は、さらに可愛さに磨きがかかった。


「しょーがないなぁ。ちゃっちゃとやれって言うんでしょ、どうせ。ご飯奢ってくれるかとか期待したのになー。ケチー。」

 言いながら、名も知らぬ少女はいきなりカーディガンのボタンを外し、その下のブラウスのボタンも外し始める。小ぶりな胸元を隠す白いブラが顕われた。

「待て待て待て、」

 慌てて少女の傍へ寄り、手元を押さえて阻止する。

「なによぉ。どっちなのよ。あっ、ご飯奢ってくれるの?」

 あたし、ピザが好きー。能天気な声で少女は道定の腕に自らの腕を搦めて、胸を押し付けた。

「違うっ、そうじゃない! 服を脱ぐな、話を聞け、いや、聞きなさい。」

「あっ、ホック外れちゃった。」

 どうした拍子か、胸を包む布の留め金が外れた。ぽろりと露わになる未成熟な肉の弾力に慌てて目を背けて、飛び退いた。

「仕舞え!」

「はーい。やった、ご飯奢ってもらえるー。あたし、マルゲリータとー、ジンジャーエールね!」

 能天気な少女は、自らの置かれた状況の危険さすら関知しない様子で、上機嫌に鼻を鳴らした。

 甘えるような小さな音色は、それが男のものである場合とでは雲泥の差で、何とも言えない情念をくすぐる。特に、産まれてこのかた生身の女にはついぞ縁のなかった道定には目の毒だ。

 もうじき三十。なのに、灰色の青春を過ごして、肌に触れることの叶った女は母一人。否、幼少時ならいざ知らず、自身が色気付いた頃にはピザデブと化していた母は、女に数えるべきでない生き物である。

 人生は残酷だ。

 美しい母は、思い出の中だけに棲息する。


 成り行きで、携帯のボタンを操作する真似をしながら道定は思考の整理にかかる。このままではマズイのだと、理性のシグナルが危険を察知して教えている。

 未成年の女学生がこの時間帯に部屋に居る不自然、部屋の主は三十路のやもめ男。フリーター。

 なにもかもが拙いフラグに思えて仕方ない。

 これがゲームなら、まさにハプニングイベントの只中で、選択肢によってはバッドエンドが確定する流れだろう。潰れた会社は、弱小のゲームプログラミングの下請けだった。

 最近の高校生は何を考えているんだと、呆れるやら腹立たしいやらで、もう何を言えばいいかも解からないほど混乱している。

 デリバリーへ注文を入れるフリで警察へ……、いや、近頃の女子高生は悪質だ、こっちの責任にされたらまず間違いなく負ける。泣き真似でもして、この男が、とやらかされたらお終いだ。

「ねー、まだー?」

 やかましい。

 道定の内面のパニックをよそに、能天気な美少女はどこまでも能天気だった。


 ひとしきり、他人の奢りのピザをぱくつき、ジュースを飲み下し、ご満悦の少女。腹が満タンになったなら話も通じるだろうと、道定はもう一度事情説明を試みた。

「だから、人違いじゃないのかって。俺は、その……君のような類いの子に連絡を入れた覚えはないから。」

 援交の二文字はあえて伏せ、道定は少女の顔色を窺い見る。逆切れされては堪らないと、慎重に言葉を選んで相い対した。会話が成立するようになれば、援交なんぞ止めろだの、お母さんは泣いているぞだの、なんとでも言いようがあろう。会話さえ成立するならば。

 少女は所在無げに視線を周囲へ彷徨わせ、ふと何かを見つけて目を輝かせる。

「あっ、AVみっけ。」

「話を逸らすな、て、それはダメ! やめろー! 俺のいつみちゃんに触れるな!」

 AVテープを放り出した少女の手は、ためらいなくその傍にあったコレクションボックスのガラス戸を引きあけ、中に仕舞われていたフィギュアを掴んで引きずり出した。

「魔法少女、いつみ! ……やだ、こっちのが良かったのか、えっ? なに?」

 途中の言葉はぼそりと、覆いかぶさる男の身体にもまるで怯える素振りもなく、謎の美少女は平然とフィギュアを遠ざける。奪い返そうとする道定の手が空振った。


「限定フィギュアなんだぞ! 手垢がついたらどうして……!」

 我に返る。伸ばした右手はいいとして、床についたはずの左手の感触がなんだかおかしい。

「痛いです、」

「ごめん!」

 半眼で睨む少女の上から飛び退いて、掴んでいた乳房を手放した。

 柔らかく生温い胸の感触が手の平に残って生々しい。興奮で鼻の奥がツンとする。鼻血でも噴きかねない状態に、我ながら情けないと思いつつ、男の生理は如何ともしがたく、乱れた服装のまま横たわる少女の身体をねめ回してしまう。

 近頃の女子高生はいったいどういう教育を施されているものか。散々注意をしても聞く耳持たず、食事の段になっても、服のボタンも外れたホックも頓着無しだった。

 はだけた制服の胸元があらわにされて、小ぶりな乳房が丸見えになっている。目の毒、というレベルではない危険物だ。

「ふ、服を着なさい。本気で警察に通報するぞ、」

「ふふふっ。……出来るなら、やってみれば?」

 挑発的な視線を向けて、美少女は唇に指先を当てた。軽く投げるキスの仕草で、男を誘ってくる。

 しくじった、罠に掛けられた。寒いのなんのと言った言葉も嘘なら、話が通じない様子も嘘だったか。もしかしたら、部屋を間違えたという事すら、あるいは、……いや、それはない。希望的憶測を即座に排し、こんな美少女と縁がある自分ではない、と結論付ける。

 たぶん、他の誰かと間違えたのだ。けれど、金を貰うだけなら誰でもいい、と、そういう算段なのだろう。相手の男は男ではなく、客である。現金、札束、諭吉さんなのだ、彼女等から見れば。違いなどない。


 据え膳食わぬはなんとやら、と、世間では言うのだろう。お互い様と。

 金で片付く相手は都合がいい? 否、そんなものに一円の価値もあるものか。

 目の前の少女は確かに美少女だ、しかし、哀れな女の子だ、身勝手な理論の上で、自分で自分を傷つけている。多くの身勝手な他者から傷つけられている。愚かさを利用された犠牲者だ。

 憐れむ対象ではありえても、愛でるべき対象ではない、否、愛でるべきでない。

 身体は本能に忠実であっても、だ。

「んー。しょーがないなぁ。素知らぬ顔してれば、バレないかと思ったんだけどなー。」

 少女はようやく自身の非を認め、部屋を間違えてチャイムを鳴らしたことを肯定する言葉を紡ぎ始めた。話が通じなかった理由はこれで解かったものの、まだ、すべて解決というわけには行かない。

 少女は身を起こし、可愛らしい仕草を作って道定に交換条件を提示してくる。

「もう今さら行く気もしないし、ご飯奢って貰っちゃったし、おじさんでいいよ? お金無さそーだし、泊めてくれるならタダでしてあげるっ。」

 援交美少女は、家出美少女でもあったらしい。


 マズイ。ますますマズイ。

 外へ放り出すにも時間が時間だ。素直に帰るとも思えない少女にどこぞで野宿でもされたら寝覚めが悪いなんてものじゃない。かと言って、警察を呼べばこのしたたかさだ、きっとこちらが不利になる。

 ここを追い出しても別の男を探すのは目に見えて、そうと解かって追い出すのはむしろ、援交に手を貸すようなものか?

 散々悩んで、道定が出した結論は。

「……明日になったら、家に帰れよ。」

「やった! おじさん、大好きーっ。」

 抱きついてこられると、自然に顔が緩んでしまうのは仕方がない。男という生物の基本仕様だ。

 もちろん、未成年者に手を出すほど落ちぶれてはいない。否、いつみちゃんの居るこの聖域で、そのようなフシダラな行為に及ぶことなど言語道断。

『道定、あたし、信じてるよっ、』

 リフレインのように、脳内再生される福音の音声。

 華麗なる魔女っ娘美少女・いつみのフィギュアが数体、黒光りするコレクション・ボックスの中から道定を見つめていた。

 魔法少女いつみ。

 幼女であることを示す等身の絶妙なるバランスと、可愛い中にも大人びたクールさを感じさせる知性溢れる顔立ちと、なによりも責任感と悲壮感の多大な重責にも健気に耐え抜く、純粋なその魂のひたむきさ。これが幼女の醍醐味、やがて少女になりゆく幼女たちのほんの短い一時の美学!

 生身の人間など、この二次元の桃源郷から見れば、ただ生々しいだけだ。汚らわしいとまでは言わないが、さほどの魅力も感じられない。

 スイーツともなればなおさらだ。頭の程度も知れようという中身のない話題に耽り、男の話と誰かへの嫉妬と文字通りお菓子の話しかしない生身の女たち。

 さほどに道定は、リアル世界に幻滅してしまった人種だった。


「おじさーん、はやくあっためあおうよー。」

 感慨に耽っていた道定の思考を中断させるように、声がかけられた。

 いつの間にやら、美少女は下着姿でベッドに潜りこみ、道定に向けて手招きをしている。

 け、けしからん! いつみちゃんが命懸けで守ったこの世界は、この世界は、こんな下らないものじゃないんだ! いつみちゃんの為に、俺は勇気を出して戦う! いつみちゃん、俺に勇気を!

 無理やりに思考を勘違いの痛い方面へでも向けてしまわねばきっと間違いを起こす、と。咄嗟の判断で道定は、魔女っ娘フリークの仮面を被った。魔法少女最高、俺最強。

 みるみるうちに塗り固められていく、鋼鉄の意志にしてセラミックなコーティング。宇宙へと打ち上げられてもビクともしない自信が湧き上がってくる。

「そうか。おやすみ。俺は炬燵で寝るから。」

 向けられた背中に、援交少女の睨みつける視線が突き刺さった。


 どのくらいの時間が経過しただろうか。

 半裸の美少女がベッドに横たわっているのを承知の上で、安眠出来るほどに枯れ果てた仙人ではない。悶々と、浮かんでは消える幻覚と戦いながら、己の煩悩を押さえつけている。眠れるはずもない。

 明日は日曜日。そういえば、今夜が自身の誕生日でついに二十代最後の夜になるのだなと、感慨深く浮かぶ涙をこらえていたところへ、それは突然やってきた。

「マジカル☆ハイパーボディアターック!!」

 胃の辺りを正確に襲う一撃に、声も出ない。

 なにが起きたのかと、涙目のままで視線を彷徨わせた先に、道定は二人の少女を見つけた。

 片方は、件の援交家出美少女。

 いつの間にか、服を着込んで仁王立ちで道定の前に佇む。その服装を見て、道定はコレクションのコスプレ衣装を勝手に着られたかと最初は思った。

 いや、夜中だというのに、やけに室内は明るく、なにより彼女らがその光源であることが知れると、言い知れない恐怖が沸き起こってくる。

 異常事態発生。自らが太陽であるかのごとくに周囲を明るく照らすコスプレ美少女が二人。

 テレビ画面のように、彼女たちはくっきりと、色鮮やかな姿でその場に降臨した。

 コスプレなんかじゃあない、これは、この少女たちは、本物……、

「ぐえ!」

 踵の鋭いヒールで踏みつけられた。

「え? 炬燵で寝るとか、ありえないし。

 超絶美少女を前にして、何かとありえない貴方って、いったい何なの?」


 超絶美少女……どこかで聞いたフレーズに、道定の記憶回路が刺激される。

 ふっ、と薄く笑って少女は姿勢を正した。

 これもまた、どこかで見たポーズ。

「……哀れなものね、心卑しき者たち。この世界の何処にも、貴方たちの安息の地など作らせはしない。

 悪は根絶やしにしてあげる。超絶美少女、ここに参上。……あたし、お安くないわよ。」

 高飛車な態度と、小生意気でもどこか悪戯っぽく微笑みながらのウィンクは、どこかで見た。いや、はっきりと記憶に蘇る、かつて世間の大きいお友達たちを夢中にさせた魔法少女だ。

 番組の悪役たちと同様に道定は呻き声で答える。

「せ、戦闘妖精ユキ、か……。」

 いや、しかし、あれはアニメ作品の、二次元のアイドルだ。

 混乱した道定の頭上に、これも聞き慣れた声とセリフが降りかかる。

「許さない! この世界は、この世界はわたしが守りたい世界!

 それを変えてしまおうとする、貴方のことは、絶対に許さない!」

 呂律の回りきらない、舌っ足らずなこの発声は。

 恐る恐ると首を回した道定の目に飛び込んできた、ポーズを決める小学生。

 ファン垂涎ものの変身シーンのオマケ付きで、彼の溺愛するアニメ、『魔女っ娘美少女☆ファイナル・いつみ』の、幼女アイドル、いつみが降臨した。



   ◆◆◆



「ほらほら、オニイサン、貴方の大好きな魔女っ娘だよー。いつみちゃんだよー。」

「いつみでーす☆ ご指名ありがとうでーす☆」

 何が楽しいのか、幼女と女子高生の二人がキャッキャウフフで、四角いフィルム包装を部屋中にバラ撒いている。未使用コン○ームのパッケージには『世界平和維持機構グランドササンクロス謹製』とピンクの丸文字書体で印刷されていた。まるでキャンディのような、可愛らしいラッピング。

「本来なら、児童育成条例違反だのなんだのあるけれど、今回ばかりは政府も目をつぶってくれまーす。遠慮なくっ、やりたいよーに、やっちゃってくださーい。」

「はーい。やっちゃってくださーい。」

 言ってる意味が解っているとは思いたくない言葉と、その反芻。

「ちがうっ!」

 断じて。滝となって流れ落ちる涙を拭うこともせず、道定はよろめきながらも立ち上がった。

 満身創痍、それでも立たねばならない。そんな日が、漢にはあるのだ。

 涙、滂沱として、止まらず。

「俺のっ、俺のいつみちゃんは、そんなんじゃないっっ!」

 魂の叫び。

 それを受け止めるべき可憐で健気な美幼女アイドルは。

「……自己補正かかっちゃってるじゃないですか、ヤダー。」

 軽蔑を含む眼差しが痛い。小学生にSUN値を極限まで持っていかれる、この屈辱。


「夢の3Pへご招待っていってるのにー。なんで逆らうかなー?」

「うるせー! 帰れ、悪魔ども!!」

 夢も希望もズタボロにされた。

 希望の星、大きいお友達のアイドルだった二人の美少女は、今や悪夢の手先と化した。こんな現実は、現実とは認めない。悪夢、否、凶悪な罠に違いない。

「あのねぇ、あたしたちは貴方を救うために来ているのよ? このままでは、貴方はこの世界から放逐されてしまうかも知れないから。噂くらいは聞いてるでしょう、大魔法使いの……、」

「そんなもん、今どき信じるような奴が、」

 言いかけて、言葉を止めた。現実に今、目の前にその噂話の一端が居るわけで。

「とにかく、時間がないの。貴方がどういう考えであろうと、あたし達の邪魔は許さない。

 我々グランドサザンクロスは、ただ正義を為すだけよ。本日、12時がタイムリミット。それまでに、貴方は誰かとエッチしなくちゃいけない。方法は問わないわ、喩え強姦であってもね!」

 まさしく極道の理屈! 己の正義を貫くだけ! ついでにナニも貫くぜ!

 逃げようとした道定の髪を掴んで投げ飛ばし、ベッドへ放り投げる。魔法少女の戦闘力はダテじゃない。「受け入れなさい、さもなくば……明日の日曜日は、呪われた一日となるわよ。」低く囁く脅し文句は、神回と言われた名場面を彷彿とさせた。

 泣きたい。

「ドーテーは悪っ! ドーテーは悪っ!」

 さらに追い打ちをかける幼女の容赦ない煽り文句が重なる。

「うるせぇ! 好きで童貞なわけじゃねー!!」


 噂はもちろん、知っている。調子に乗って、関連スレで擁護だか信者だかの数名とヒートアップしたレスの応酬だってやらかしたものだ。

 援助交際と偽って、見知らぬ男の家にあがりこみ、コトを為したら意気揚々と引き揚げる。それも、揃いも揃っての美少女たちが。そんな夢のような話があるか。妄想設定乙、厨二病乙、と小馬鹿にしてやったものだ。まさか実在するとは思いもせずに。


 すると彼らも、犠牲者だったということか。

 うかうかと誘いの手に乗って、やっちまったなオイ!という状況に至ったら、彼女らは手の平を返して、相手を間違えた、どうしてくれる、このエロオヤジが、等々と散々な悪態を残して退散すると言っていたが。

 金をふんだくられなかっただけマシだとか、いい思いした事に違いはない、もげろ破ぜろ爆発しろ!と、スレでも同情を得る以前に散々になじられていたが。

 それさえ、計算だったのか。

 被害者も、未成年とコトを為したという負い目がある、これは警察への通報や外部にリークされて騒ぎになることを阻止するためか。

 なんにしても許すまじ! 男の純情、踏み躙りやがって! 男は生理的欲求には惰弱な生き物なのだ! 目の前に好きな女の裸体を出されて飛びつかない男なんかいねぇ! 騙し討ち、美人局っていうんだ、そういうの! 俺の清純可憐ないつみちゃんを返せ!!


 うおおお!と叫び、三度び立ち上がった道定。

「俺は! 俺は!」

『大魔法使いに、俺はなる!!』

 そしてお前らを叩き潰す! びしぃ! と指を差し、魔女っ娘二人と対峙する道定の瞳は燃えていた。



   ◆◆◆



「いつみちゃん! オジサンと遊んでくれるのかい!?」

 大袈裟な身振り手振りでいたいけな幼女を追いかけ回すと。

「ぎゃー! いやー! おかあさーん!!」

 並み居る怪人たちには滅法強くても、変態には免疫がないらしい魔女っ娘いつみがマジ泣きで逃げ出した。とっ捕まえて、膝に乗せ、薄いお尻を平手でパーンと勢いよくひっ叩く。

「うえーん!!」

 ゲームならばさながら、『ターゲットは残り一匹です』のアナウンスが入るような場面。

「ほれほれ、大人を舐めてっと大怪我すんぞっ!」

 マジ泣きで逃げる辺り、どうやら幼い子供が児童買春紛いのコトをやらされているわけではないらしい、と、ひとまず安心して。

 道定はサブターゲットBの捕獲を完了し、残るメインターゲットに向き直った。


「なかなかやるじゃん、オヤジのくせに。」

 人を舐め、小馬鹿にする笑みを浮かべるメインターゲット・ユキ。

 こっちはスレた不良少女テイストをぷんぷんとまき散らしている。たかが十数年しか生きていない分際で、世の中をナナメに見ようというその根性が気に入らん、と道定も嘲笑の笑みをそっくり返す。

「くそガキが口だけは一丁前だな。お前もおしりペンペンしてやろうか。」

「変態! 変態っ!」

 ベソベソと泣いていた幼女がここぞとばかりに食ってかかった。捕獲されたままという事が念頭にない辺りはやはり子供だ。速攻で、尻を叩く快音が響く。

「とっとと家へ帰れ! お子様は寝る時間だ!」

 開放してやると、派手に大泣きしながら、いつみは玄関から飛び出していった。


「だいたいが気に入らなかったのよね! こぉんな美少女を前にして、なにが魔女っ娘よ! ふざけんなってのよ! 聖域だか何だか知らないけど、キモいのよ!

 触われる女より触われない女の方に夢中って、舐めてんのか、おっさん!!」

「バカヤロウ! 触われる、触われないの問題じゃねぇだろ、こっちは必死になって理性で踏ん張ってんのに、解かんねーからガキだってんだよ! 触われる女に遠慮すんのは地獄なんだぞ、こんちくしょう!!」

「遠慮すんなって言ってんのに、遠慮するからじゃんか、バーカ!!」

「てめぇで勝手に産まれてきたみてーな口聞いてんじゃねぇ、このバカ娘! こんな事してんのが親に知れたら泣くぞ!? ええ!?」

「へーんだ、好きでもないオヤジとヤルわけないでしょ! 魔法でちょちょいっとすりゃ、別のオバサンとチェンジ出来んのよ! そうとも知らずに感激しちゃって、バーカ、バーカ!!」

「てめ……! 絶対に許さねー!!」

 道定、いや純真なヲタク魂、絶叫。

 極悪非道の限りを尽くす、メルヘン極道に怒り心頭に達した。


 ボーン、ボーン、ボーン……

 時よ、止まれ。

 しばし二人はヒートアップした魂の燃焼はそのままに、ふいに訪れた静寂に耳を傾けた。

 低い鐘の音はきっかりと12回鳴り響き、しじまに消えた。

「……」ちゃっ、と魔法少女が携帯を取り出して、慣れた指先で操作した。「もしもし。3024号、不発です。どうぞ。」

『オーケー。帰投してください、お疲れ様でした。どうぞ。』

 短いやり取りの後、美少女はもはや道定には目もくれず、さっと玄関から外へと飛び出していった。

「……え? なに? なんなの、この敗北感……。」

「あっ、忘れ物!」

 出ていった美少女がひょこっと首を出した。

「えいっ、」

「あ?」

 魔女っ娘スティックを一振りすれば、あっという間に不都合な記憶はさっくり削除。

 派手な音をたてて、三十路童貞男がバタリと倒れた。



   ◆◆◆



「え? そんなの、本気で信じてるんですかー?」

 レジの隣に並んでいた美少女がくすくすと笑う。

 そりゃ、信じてるかどうかと聞かれりゃ、信じてるわけあるかクソボケがぁ、と答えるしかない話だが。道定は頭をボリボリと掻きながら、口を尖らせて黙った。

 三十まで童貞を通した男は大魔法使いになる。それを阻止しようと企む悪の組織があるらしい、と。

 話のネタに振ってみただけの事で、別段、自身も信じてなどいなかった。

「でも、そーゆートコもかわいいーっとか思っちゃいます。」

「大人にかわいいとか言うんじゃないよ、恥ずかしいだろ。」

 火照る顔に、手の平で風を送る仕草で誤魔化しにかかる道定に、美少女は可愛らしく笑みを零す。

 最近、バイト先のコンビニで知り合いになった女子高生だった。

 なんだか、自身に気があるんじゃないかという素振りで、妙な期待感を与えてくれる女の子だ。もちろん、こんな三十路のおっさんにこんな美少女が興味を持ってくれるはずもなく、単なる社交辞令の延長か何かに違いはないだろう。

「ユキちゃん、次のシフト表渡しておくから、都合悪い日のチェック頼むね。」

「はーい。あ、クリスマス、どうします?」

 バイト仲間の若い連中が、クリスマスパーティなるものを計画しているのだ。もちろん、道定も誘われていた。……多分にお義理臭かったが。

「そうだなぁ。……ちょっとくらいは顔を出そうかな、と思ってるよ。」

 どうせ、財布が目当てなのだろうが。ラスト付近で顔を出せばいいか、と思っている。少々、痛い出費になりそうで、今から憂鬱だ。

「只野さんが参加するなら、あたしも出ようっと。」

 道定が、びっくり、という顔を作って彼女を見ると、彼女は悪戯っぽく、ぺろりと舌を出した。

 今日びの女の子は……、思いつつも顔がにやけるものをどうにも出来なかった。

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