上 の した
変態は滅べばいいのに。
ギルマスからのコールを終えて、ため息を吐いた。なぜギルマスはいつもあの男と私を組ませるんだろう。スキルの相性がいいのは分かっている。でも日常で組む必要はないと思う。……多分、上手く納得できないのは私だけなんだとも思う。あの男はただ、自分に正直なだけ。そしてそれは悪いことでは無いはず。――私と関わりないのなら。
仕方ない。いつものように図書館に向かうしかない。なるべくゆっくり時間をかけて行こう……。
赤い屋根、白い壁の家が建ち並ぶこの街は、中位レベルのフィールドに存在している浮遊都市だ。
モンスターが闊歩する砂漠を5日ほどかけて渡り、巨大オアシス都市の中心にある光の柱――ワープゲートの様なもの――を通ってたどり着く、ちょっと不便な都市になる。
そもそもこの世界地形は、何というか、運営の都合が良く解るつくりになっている。
まずは山に丸く囲まれた最初のフィールド、初期限界エリアでチュートリアル・フィールドのイェソドがある。その丸の四方にまた大きな丸いフィールド4つあり、さらにその隙間を埋めるように小さめの丸いフィールドが4つ存在する。それら大小9つのフィールドを納めるように、四角く切り取りとられたのがこの世界だ。
丸といっても真円ではなく、多少いびつな形をしているが、基本的なイメージではそんな感じだ。各フィールドにはそれぞれ複数の国や、海川、山や森があり、広大なマップを構成している。
今、運営によって実装されているフィールドは、大丸が3に小丸3だけだけれど、その全てが踏破されている訳ではない。とにかく広すぎるのだ。
そしてこの浮遊都市は、そのうち5つ目のフィールドに存在している。
この都市の特徴は空に浮いていることだけでなくて、ワープゲートが無いことが有名だった。
普通の都市は、各地より飛ぶためのワープゲートが存在するのに、この都市にも、その下のオアシスにも他から飛べるゲートは存在しない。ワープ自体が禁止されているエリアなのだ。唯一存在するゲートは、ただ地上と浮遊都市を繋ぐ光の柱だけ。
だからこの都市に来るためには、延々と続く砂漠――モンスターとのエンカウント率がとても高い――を抜けるしかない。もっとも、レベルが高くなれば、ワイバーンやグリフォンなどの飛行系モンスをテイム(飼い慣らす)して、エンカウント無しかつ数時間で移動できるようにはなるけど。
ゲーム時代は、微妙なレベルのプレーヤーが募って、小さなオアシスこと"ログアウト位置記録ポイント"たる"シンボル"を経由しつつ、集団で砂漠を横断する光景がよく見られた。
行き来が面倒臭いのにも関わらず、この浮遊都市にプレーヤーが訪れるのは、この都市に王立図書館が存在するからだ。
王立図書館は大量の隠しストーリーや、スキル解放クエストのフラグが存在していて、中位はもちろん上位レベルのプレーヤーも、何度も何度も行き来する羽目になる。
飛行系モンスのテイム自体もかなり複雑な手順と、なにより相応のレベルが必要になるので、手に入れるまで本当に面倒臭かった。
見知らぬプレーヤーと旅団を組んで、何日もかけて移動するのも確かに楽しいけれど、ああも頻繁だと疲れる。……運営はもう少し考えればいいのに。
ギルメンは全員、現在実装されている最速の飛行系モンスをテイムしているから、行き来はそれほど手間じゃない。手間じゃないけど、過去にイヤほど味わった思い出が強すぎて、今でも面倒臭いと思ってしまう。
それに通行が楽になっても、他にもいくつかある制限に引っかかることも多い。
例えば、倉庫の存在だ。
倉庫は通常、主要施設やギルドホームに設置されていて、どこにいても自分の倉庫にアクセスできる。ところがなんとこの都市の倉庫はだけは独立していて、他からアクセスする事ができないのだ。
さらに、ギルメンやフレンドで共有し、アイテムのやりとりが出来るウィンドウすら使えない。メッセージやコールで会話をやりとり出来ても、物理的な物の交換は出来ない仕様になっている。
だから、アイテムや装備はこの都市内で賄うしかなくなる。――そして、ここの物価は他と比べてかなり高い。
ゲーム攻略的には色々イライラする場所だけど、住むにはいい場所だと思う。
南欧リゾートのような美しい街並み、浮遊都市の中心は王城と王立図書館や、貴族子弟が各地から集まり学園都市を形成している。文化と芸術、それにリゾート。凄くいいところだ。
下のオアシス都市も素晴らしくて、浮遊都市から流れ落ちる水と、それを巻き上げて上に戻す光の柱が幻想的で、1日中眺めていても飽きることはない。
物価が高いのが難点だけど、今の私には気にする程の物でもない。ゲーム時代にここの倉庫にも色々ため込んだし、何も不自由することなく暮らしている。
ゆっくりでも歩き続けていたら、都市のそこかしこに設置されている噴水が見えてきた。噴水にはベンチがあり、この都市では憩いの場として利用されている。いつもなら常に人がたむろい井戸端会議に精を出しているはずなのに、今日は何やら人が遠巻きにしているのが解った。なんだろう?
目を凝らして見れば、冒険者が仲間割れしているようだった。
遠目でも判る豪華な装備を付けた前衛職の男が、他のメンバーに一方的に糾弾されているみたいだ。うーん、凄い美青年。いや美少年? 泣きそうだし、なんだか可哀想だなぁ……。でも公共の場所で揉めるなんて迷惑なパーティーだ。どこのギルドだろう? せめてホームで話し合おうよ……。
パーティーの揉め事に首を突っ込んでも良いことはないので、気にしつつ横目で見ながら通り過ぎる。
ただでさえ気分が下降したのに、さらにケチがついた気がして気が滅入った。後で、なんか甘くて美味しいもの食べよう……。
図書館の入り口に向かう。紺の屋根と白地の壁に、抜ける空と同じブルーで塗られた木の窓枠。小高い丘に張り付くようそびえ、群れ建つ王城と王立図書館は緑の木々と壁に這った色とりどりの薔薇に埋もれている。メルヘンチックな景色は壮観で、すごく乙女心をくすぐった。
意匠を凝らした門をくぐる。優美な彫刻の施された白乳色の大理石の柱に傍に、さらに優美な麗人が美術品のごとく、しかし周囲の品々を霞ませて圧倒的な美貌を晒しながら佇んでいた。
――変態は滅べばいいのに。
あまりに隔絶した存在は、人が触れるのを躊躇わせるらしい。ちらちらと、でも声も掛けることも出来ずに、囲むようにうろつく男たちの群がそこにあった。
もの凄く通路が通りにくい。
近づく私に気付いたその美女はアメジストの眼差しを潤ませる。宝石のような美しい紫の輝きに嫌な予感を感じた――瞬間、紫の瞳が私に向かって女神の慈愛のごとき微笑みをたれる。取り巻いていた男どもが一斉にどよめいた。そして向けられた笑顔に頬を染めながら、原因である私を睨み付ける。
――今すぐ変態は滅べばいいのに。
朝露に濡れた蜘蛛の糸のごとく輝く銀の髪。私にとっては不吉の元凶でしかない忌々しい紫紺の瞳は、今はけぶる睫が影を落として酷く物憂げに見えている。白乳色に溶ける絹の肌。それから頭のおかしい主張を繰り出す、薄桃色にとろけたかたち良い唇。
束ねた銀糸を瞳と同じ色の組み紐で結い上げて、複雑かつ優美な編み目から、零れ落ちた光のように銀髪が覗く。まるでそれ自体が銀細工の宝飾品のようだが、頭の中身自体はとうに炭化している。服はシンプルにボディラインの出ないようにローブを纏っていたが、謀ったように晒された細い首や華奢な手がスタイルを想像させて、かえって人の目を止めさせていた。
妖精もかくや、といった儚げな風情のこの希代の美女は、うちのギルドに属するメンバーの1人だ。10人が10人とも振り返るような美貌の持ち主だが、中身は男。つまりネカマだ。そして変態だ。
私は久しぶりに会うこの男に、盛大に顔をしかめた。
そもそもこの男と最後に会話をしたのは、もう1年近く前になる。うっかりギルドホームでこの男と2人きりになった時の話だ。
2人きりだからといっても別に身の危険を感じたわけじゃない。私は不本意ながら男キャラしか持って無かったし、この男も女キャラしか持たなかった。だから自分の身に危険が訪れるなんて、有りようもなかった。
私がこの男を危険視し、避けていたのは、ひとえにこの男の趣味――ひどく特殊な趣味を受け入れることがどうしてもできなかったからで、それ以外には何も思うことは無い。特殊な趣味があると知って尚、大切なギルドメンバーの一人なのだと思っているのだから。
特殊な趣味――女として男とセックス……できたら複数人と乱交したい。それがこの男の望みであり、今現在の生き甲斐らしい。
はっきり言って、失礼ながら、極めて変態的な趣味だと私は思ってる。――違う。その告白が成された時、ギルメンは全員この男を変態呼ばわりした。間違いなくこの男は変態だ。万人が認める変態だ。しかし、同じギルメンとして、あからさまに避けるのはいけない事だと思う。私たちは仲間なのだから。
そう、確かこの男と30半ばの筈だったもの。いい年の人間として、男として、ゲームではないこの世界――現実で、いきなり女性の生き方を強要されるのはさぞかし苦痛だろう。私だって同じだ。本人は性癖解放とか言ってゲラゲラ笑っていたが、これは女としての性を何とか受け入れようと模索しての空元気だって考えるべきだ。
それなら私も毛嫌いせずに受け止めなきゃいけない。サブマスとして、同じギルドの仲間同士としても、溝があるのは良いことじゃないから。
それに私も、今はまだそんな気にはなれないけれど……同じように解決すべき問題があるし。
だから私はうっかり、勇気をだして告白してみた。――してしまった。
「実は……その。私も男のキャラしか持ってないでしょう? 女キャラが居ないから……。でも私は女だから!」
きっと心の底では私同様に苦しんでいるだろうから。だから少しでも楽になれるようにと、お互いの悩みを分かち合えるようにと、そう私は思って恥ずかしさをこらえて口に出した。
「だからその……男相手にセックスしてみようかと考えてみたりしてるの!」
顔が赤くなっているのが分かる。心臓がばくばくと勝手に早鐘をうち、額から汗も噴き出してきた。
よかれ、と思ったのに。凄く、もの凄く勇気を出して言ったのに。なのに、私の精一杯の告白をこの男は――。
「え? サブマス、俺が男キャラ持ってんの知らなかった?」
驚く――思わず呼吸をするのも忘れて、心の底から驚愕した私に奴は言い放った。
「というか、男同士って! 大便にちんこ突っ込むのと一緒じゃん。無理! ないわー、絶対あり得ないわ!」
私は、そのお綺麗なツラを全力でぶん殴った。
――そしてそれ以来、口も聞いていない。
「あの時は本当に……」
美しい、とても美しい顔で品よく嘆息する。切なげに細められた紫紺の瞳が本当に忌々しい。あの時ぶん殴った頬に当てた手は、抜けるように白い。すらりと長い指の先に、薄紅色の爪が宝石の様に貼り付いていた。妖精だとか、女神だとかが存在しているのなら、正にこの姿を取るだろう。そんな完璧な美しさ。
「貴方はSTR(筋力値)が高いのですから、どうかその力を振るう時はよく考えてからお使いください。不要な問題を背負うことを、貴方は望んではいないはず」
鈴を振るような美声で話す。これで中身が男なんだからたまらない。叶うなら一刻も早く辞めてほしい。腹が立つから。女としてどうしても腹が立つ。
「で、用件はなんですか?」
無視して、図書館の椅子に座る。と、四方からギンッとした鋭い視線が飛んできた。声も掛けられず、さりとて諦めきれずにただぐずぐずと後を追ってきた有象無象の男ども。それらアホ共の殺気と嫉妬が形として見えそうだ。
――そうね。端から見れば、優麗な美女を袖にする不遜な男にしか見えませんよね。中身は逆ですけどね!
「なんですか?」
返事が無いのを不振な目で見ると、外見だけは典雅な美女が僅かに戸惑ったような仕草で、自分の前にある椅子の背へと手を伸ばしている。なんでそんな恐る恐るといった動作しているの? 訴えるようなその紫の視線、大変鬱陶しいんですけど。
と、こちらを伺っていた男がたっと小走りで近づき、キザったらしい動作で椅子を引いた。
「どうぞ、美しい方」
唐突に現れたその男に大きな目を見開いて、中身はただの変態が花の様に微笑んだ。
「親切なかた。どうもありがとうございます」
「とんでもない! 男として当然のことです」
引かれた椅子に安心して、笑みを浮かべた変態がゆったりと気品溢れる動きで座る。
なるほど、エスコートがいるのね。ああ、そう。私は男だし、あんたは女で、しかも大変な美女だし?!
ムカムカとしたものが胸の奥から沸き上がって溢れそうだ。
「ところであ」
「悪いがこちらが先約だ。後にしてくれ」
――この変態がッ!!
お腹の底からマグマの様な怒りが噴き出す、2人纏めて睨みつけると、私の本気の殺気を感じたのか、ご親切な男は無言で後ずさって行った。さらに未だ未練がましく声をかけようと、タイミングを計っている周囲の男共を見渡す。視線を向けた瞬間、ヤツらは一斉に肩を跳ね上げ、よろめく足でばらばらと遁走して行った。――どいつもこいつもッ!!
こらえきれない怒りに勝手に声が震える。
「ロールプレイもそこまでにして頂きたいのですが、ヒヨシさん」
「今はどうぞオフィーリアとお呼びください。アレクさま」
――この変態! 変態! 変態野郎がッ!!
拳を机に叩きつける。このフロア中の視線を集めたが知ったことか! 腹が立つ。腹が立つッ!!
「アレクさま。どうかお気をお鎮めください」
私の剣幕に大きな瞳を動揺で潤わせ、机に叩きつけた拳にさも労しげに手をそっと添えてきた。
はっきり言いたい。ソレが余計に気を煽るのッ!! 腹が立ってしょうがないのッ!!
結局その後、目の前の変態に何を言われようと、私が話を聞く気になるまでは顔を伏せたまま、がんとして無視し続けた。
――ああもう! 変態は滅べばいいのに!!
MMORPGゲームの"Annals of Netzach Baroque"には、公式から詳細な歴史は発表されてはいない。
ただし、クローズドα(開発者テスト)、クローズドβ(関係者限定公開)、オープンβ(一般公募テスト)とヴァージョンが変わるごとに世界観に合わせた大雑把な年表が追加されていくシステムになっている。
クローズドαがこの世界に神々の居た時代、クローズドβが神々の子、英雄が居た時代。つまり旧暦であり、オープンβ以降が新暦になる。
ようは開発者のデバックを神々の世界創造と名付けて、その後はただびとの歴史としたわけだ。――夢があるんだか、ないんだか。凄く気取ってはいるけど、ゲームとしてはこのぐらい凝っていた方が悪くはないと私は思っている。
そして初期フィールド、基礎の意味を持つイェソドから、プレーヤーの冒険は始まる。
バグにパッチが中てられるたび、あるいはヴァージョンアップ等、運営の手が入る毎に歴史が追加される。その中には、プレーヤーが新フィールドに到達したと言う、プレーヤーの攻略自体が歴史的な出来事として公式公開もされたりする。
私達プレーヤーは正しく冒険者であり、世界の歴史を彩るただびとなのだ。
クローズドβの頃から動画やスクリーンショット、掲示板などネット内で交わされるテストプレイヤー達の体験談を受けて、有志で――運営が仕掛けたとも言われている――公式発表のAnnals(年表)の隙間を埋めるChronicle(編年史)が制作されている。
だからゲームを始めたばかりの新規プレーヤーも、クロニクルを参照することでプレーヤーによるゲームの動きや流行が理解できるのだ。
ちなみに各フィールドに複数存在する国々の歴史は、NPCやクエスト、施設内設置された本などから垣間見ることが出来た。こちらも詳細は発表されていないし、時折新しいエピソードが追加されている。
壮大な歴史設定を作ったように見えるが、実は公式――同じゲーム会社から、今まで発売されてきたゲームから転用されているので、同ゲーム会社のファンはニヤリと出来るらしい。
正直ちょっとオタク過ぎる思う。おかげで各国史まとめwikiが、製作会社の歴代ゲーム史まとめみたいな事になってるし……。
この浮遊都市はフィールド・ダアト(知識)に存在してる。
そして、"Annals of Netzach Baroque"で恐らく最大規模だろうと推測されている、書物の収集機関である王立図書館を有していた。
「それで? 本題はなんですか? どう言うご用件で?」
胸がムカムカする。私は机を指でカツカツと叩いて苛立ちを主張しながら、いかにもぞんざいに聞いた。
「アレクさまが編纂されていた物を、頂きに伺いました」
「それだけ?!」
別にコイツが来なくてもいいじゃない!
増々私の気分が悪くなり、胸の中が黒く濁る。カインが来ればいいのに……。
「勿論、他のメンバーも追ってこちらに着来る予定です。……多分、夕刻には」
微笑む変態に苛立ち、頭の毛穴から何かが噴き出している気がする。確かに砂漠の外からだと倉庫も共通ウィンドウも使えないけど、別にコイツがいちいち来る必要はどこにもないのに!
「個人的にも、調べたいことがありますので」
……調べたい事? ちょっとだけ好奇心が出た。でもこの変態のことだから……。
私を見ながらニコニコ笑う姿も、何もかも変態男の罠に思えてしょうがない。もともと人をからかっては遊ぶタイプの男だ。人の地雷を踏んで歩くこの変態男にうっかりツッコミした挙げ句、自爆なんてしたくない。
好奇心を宥めて聞き流す。意味有り気に微笑む変態を無視し、自分のインベントリからノート束を取り出そうとして、手こずる。
ええと、たしかこの辺の……。むにゃむにゃと呟きながら探しだして、ようやく取り出して、無言で変態男に押し付けた。蒼い表紙のこれらのノートは、私が気に入って常に愛用しているものだ。
変態男は嬉しそうに大量のノートを受け取った。
「ありがとうごさいます」
丁寧な手つきで1冊手に取ると、ノートをそっとめくって中を確かめていく。
「素晴らしい物です。とても解り易く纏めてあると思います」
ノートの中身はこの世界の歴史だ。ゲームに仕込まれていた国の歴史ではない。"ただびとたちの歴史"であり、本来ゲームとしての仕様ならば決して存在するはずのないもの。かつての世界では公式発表され、あるいは有志にまとめられて、wikiに書き込まれていたもの。
それらが歴史書として形を変え、この図書館には所蔵されていた。
私はこの1年間、歴史家によって書かれたそれらを探しだし、まとめ、ノートに書き写していた。もともと歴女とかまではいかなくとも、歴史物は好きだし、読書も得意だ。なによりも、そうしてくれとカインにお願いされたから。だから……。
「何か気になるところ、ある?」
「まずは読み込んでみます」
大事そうに文字を追い、美しい指でなぞる。
私が書いた文字は日本語だ。この世界の文字も言葉も独自の言語だが、私たちプレーヤーは母国語として理解できる。異世界のお約束とは言っても、ちょっと面白い現象だ。
ちなみに、友人でプレーヤーのメグさんはハーフで、英語がネイティブで話せる。こちらの世界でメグさんが英語で話しても、私たちには翻訳が勝手にかかって日本語に聞こえる。ただし文字はちょっと特殊で、この世界ではアルファベットは使用されていないせいか、英文は英文として見え、翻訳はされない。変なの。
変態はノートを閉じて、大量のそれを一瞬でインベントリに仕舞い込む。……微妙に腹立たしいのは何故だろう。他のギルメンならただ凄いと思うだけなのに。
変態男は濃いスミレ色の瞳を瞬いて、不思議そうに聞いていた。
「アレクさま。そちらのバスケットは一体……?」
私が大事に抱えていた、昼食入りの籠だ。
ゆったりと首を傾げ、とても可愛らしい籠です、そう褒めてきた。
褒められてもあげないから! たしかにビジュアル的にアンタの方が持つのに相応しいけど、このゴハンは絶対譲らないから!
私は籠を腕に抱えて隠す。変態男の目に面白そうな色が差した。呪われそうなアメジストに見つめられて嫌な悪寒を感じる。私の腕に手をそっと乗せ、変態男がその美しい顔を寄せてくる。慌てて体を引こうとした瞬間、耳元にため息がぼそりと落っこちてきた。
「食い意地はってんなよ、サブマス」
――なぜ中身を知ってる?
そして知ってるくせになぜわざわざ聞くの?! ――って言うか、変態は死ねッ!!
一瞬固まって、そして我に返った私が再び殺意を抱く間に、ヤツの姿は目の前から消えていた。……ああ、神様。ここは異世界だし、殺しても罪にならない人間っていると思うんです。
本当に、本っ当に! 変態は死ねばいいのにッ!!!!