異世界礼賛 下 その8
「あら。このパンすごく美味しいわ」
シチューに躓き気味のメグさんが、パンを食べて目を輝かせている。俺もライアンもパンを一口分ずつちぎって貰ってみたが、確かに素晴らしく旨かった。
小麦の香ばしさと、甘みが口いっぱいに広がる。小さめのパン・トラディショナル(フランスパン)をふたつにカットしたものなのだが、焼き色といい、綺麗に広がったクープの深さや角度といい、見た目も抜群だ。これは純粋に凄い仕事だな。
メニューを見て確認すると、パン単体の値段は安かった。値段の下に括弧書きで公都都市名と、よく分からない単語が小さく書かれている。もしかして使用した小麦か何かの名前だろうか? 聞いたことがない品種だ。覚えておいて後で調べなくては。
「うーん旨い。凄いな」
「本当ですね。このパンはプロ並みに旨いな……」
この世界はイースト菌が売っていない。酵母から作らないと駄目だ。パン種が安定するまで俺も四苦八苦した。ちょっと気温が上がるとすぐに酸味が――舌で感じる味ではなく、鼻で感じる酸味だ――きつくなってしまう。
さらに小麦の種類も現代とは違う。小麦に含まれる灰分と蛋白が常に一定ではないので、微調整に神経を使った。ただ、挽き立ての小麦はとにかく香りが素晴らしいので、苦労して余るだけの味にはなる。
俺たちが旨い旨いと言いながらパンを食べていたせいなのか、帰ろうとしていた4人組の1人がパンを注文していた。
「モッチーさん。パンください」
「はい、いくつですか? ――あ、と、ごめんなさい。パンのテイクアウトやめたんですよ」
え!? と声を上げた4人組とは別に、中にいた2人組とさらに俺たちも揃って声を上げた。店員が――モッチーさんと言うらしいが――恐縮して何度も頭を下げる。店内の全員から非難を浴びたと思ったらしいが、俺が声を上げたのは非難の意味ではなく、ただ驚いたからだ。
「ええーマジすか。パン売り切れたの?」
「いえ、そうじゃないんですが。ごめんなさい」
「むしろ今までパンのテイクアウト出来ていたのか……凄いな」
呆れたようなライアンの口調に、やりとりと見ていた2人組がおやっ目を見開いて疑問の視線を投げかけてきた。
「パンを単独で持ち帰るような行為は、パン屋協定に抵触しますよね? 特にトトはフランス基準の土地だから、田舎村だからと言ってもそれなりに厳しい筈では?」
「えーと、はい」
ライアンの指摘に、気まずそうにモッチーさんが言いよどんだ。恐らく警告されてテイクアウトを止めたのだろう。だが店内では提供できているなら、カルテルとの合意を基に解決された事案だろう。営業が続けられて良かったことだ。
「そんな協定あるんだ、めんどくせぇ……」
「協定なんて客側が気にする必要のないことだしな。むしろ営業停止を喰らわずに、こうして経営を続けられて良かったですね」
パンを購入するだけなら知り得ないだろう事柄だ。ライアンの説明に驚いた様子の4人組へ、俺は内心でさもありなんと嘆息する。
そもそもテイクアウトだけでなく、店で供する料理にも協定はかかってくる。現実世界――史実でも、パリにレストランが誕生した際には各協定との様々な軋轢が起こったらしい。それでも結局『レストラン』という商売が成り立ったのは、カルテルの支配権が弱まった当時の情勢の影響が多分にある。
もちろん、客――店の求める裕福層が盾になった事、それにかつて貴族に使えていたと言う料理人の出自と資金力(後援者)による圧力もあっただろうが。
うちの店で言うなら課金別荘が後ろ盾で経営権を手に入れて、王都に提示した行為が該当する。
フランスモチーフのエリアは誰でも出店出来るが、レストラン業自体にカルテルが存在せず、他カルテルとの調整を自分でしなくてはならない。食事処として主に抵触するのは宿屋協定。それ以外にもパンだの肉焼きだの砂糖菓子だのと協定にうるさいフランスモチーフの土地と比べて、店のある王都ミロンと、課金別荘のあるメッツァーニャはフランス要素も混じってはいたが、メインモチーフはイタリアだ。飲食店のあり方が違う。
イタリアは現代も街の人口に対して飲食店の出店数が都市によって厳密に決められている。出店の権利さえ手に入れれば都市に協定ごと保証される。
俺が店を出す際、ヒヨさんの資金提供を受けて潰れかけたレストランを権利ごと買い取った。そして場所を移転しつつリニュアールしたとする体裁を取り繕った。いずれにしろ権利が獲得できたからこそ、あの王都に出店出来たとも言える。
もっとも協定が緩いと言っても、店では相応に気を使って持ち帰り商品を限定していた。例えば、『焼いた』のではなく油で『揚げた』フライドチキンだとか。
パンも種類を変えて――パンは種類によって、作り方や大きさ、形、クープの数、重さ、使用する小麦の量、材料などが厳密に定められている。例えばパン・トラディショナルなら、長さと重さの違いによってバゲットとパリジャンに分けられる――そう言った規定に該当しないパン作る。あるいはパン単独でなく、間に色々挟んで――最近は照り焼きチキンが人気だ。これも焼いただけの肉とは違う――中身がメインになるサンドイッチだとかだ。
正直言い訳がましい誤魔化し方だが、その誤魔化すという行為自体がこの場合は大事なのだ。――少なくとも協定に抵触する『そのまま』の商品を売らないのだから、『そのまま』を売る専門店への配慮になる。
ただ、こうした後ろ盾の使いどころは、あくまで局面的なものだ。小手先の誤魔化しで良いから、常日頃から協定と競合しないアピールをする事が大事だったりする。勝手の分からない異世界でうかつな事はできない。
と言うか、開店前にその辺りのローカルルールを調べなかったのだろうか?
現代日本だとしても、経営には調理師免許取得者が保健所から許可を得るのは常識だろう。異世界だとしても、その土地に腰を下ろして店を構えるなら、某かの許可をとる必要があるのは想像できるはずだ。
……いや、海や山で無断狩猟して逃げるプレイヤーが居るのだから、案外盲点なのかもしれない。料理屋用の店舗を借り受けること自体は、金さえ有ればそう難しくはない筈だろうし。
「何とかなんない? 俺たち誰にも言わないからさ、今だけこっそり売ってよ。――そうだ。売る、ってかトレードしようぜ。パンとアイテムを何かを交換とかすれば言い訳立つんじゃない?」
「そんなの無理ですよ。前回は賠償で済んだけど、次回はリアルに処罰されるって言われてて……。それに賠償金が高額で資金的に余裕がなくて。この店も村長から格安で借りてる物件で、追い出されるとあとがないし……」
旨いだけあって諦めきれないのか、4人組がまだ食い下がっている。
畑を挟んで建っているあの屋敷はやはり村長の物らしい。ホームではないとは分かっていたが、この異世界でプレイヤー向けでない物件を選んで、格安で借りられたのなら良い手腕だ。だがしがらみ分だけ色々と面倒な事が発生しそうだな。
……それよりも、その村長に料理屋経営のルールなどを聞かなかったのだろうか? いや、この世界の住人にとっては常識の範疇か。経営自体に許可が必要なわけでもないし、カルテルと村長では権力違いだろうしな。
「あらぁ……そう。賠償……ってことは犯罪者認定受けたのねぇ」
「いえ! さっきも言った通りもう賠償済だから! パンさえテイクアウトで売らなければいいだけなんで、もう大丈夫だし」
「まぁ、そうなのね。それじゃなおさらパンは売っちゃ駄目よね。とても残念だけど、犯罪者にさせたら悪いもの。私もパン欲しかったけれど諦めるわ」
メグさんがまだ諦めていないらしい4人組に牽制するように口を挟んでいた。
「パンじゃなく、おにぎりならテイクアウトできますから」
「えー、おにぎりかぁ……。マジでパン駄目かぁ」
「犯罪者認定はキツいし……。先日いきなり自警団が来た時には、その場で斬り殺されるかと思って……。リアルに死んだかと思ったぐらいで」
「自警団も騎士団もプレイヤー即死させるものねぇ。怖かったでしょう? 大変だったわね」
「そうなんですよ! その場では村長に何とか取りなしてもらえたんですけど、結局、賠償金払わないといけなかったしさ。それにギルドの皆と金かき集めて賠償したはいいけど、犯罪者認定が解除されるまでかなり時間がかかって、その間ずっと生きた心地がしなくて、ほんと大変で」
メグさんの後押しで力を得たのか、モッチーさんが賠償話を披露している。――が、大丈夫なのだろうか? そのまま売って不味い物はパンだけではないのだが。まぁそれでも一度失敗した以上、ちゃんと調べているだろう。
俺も客としての意見なら大歓迎なのだが、たとえヒヨさんと言え、経営的な意味では店に口を挟まれるのは好みではないので、ここで口出すことはしまい。
《……どこかで聞いた話ですね。よくある事なのか……?》
《ライアン?》
俺に答えずに、ライアンは首を傾げてなにやら思案していた。
「しょうがないなー。諦めて遠出するかぁ」
「ごめんなさい。また来てください。ありがとうございました」
遠回り面倒ー。とぼやきながら4人組が店を出て行った。――閃光。ホームへのジャンプだろう移転エフェクトをまき散らした4人の姿が消える。ジャンプは本当に便利だな。
「フォローしてくれてすみません」
モッチーさんがメグさんに向かって頭を下げてくる。
「あらぁ、そんなつもりじゃなかったのよ。ただ大変そうだと思っただけだから口を出しちゃっただけなの。むしろあれこれ言ってごめんなさいね?」
「いや、助かりました。すみません」
「店の思惑関係なしに注文するのが客だから、次回からメニューに『パンのテイクアウトは出来ません』と明記した方が良いと思いますよ」
メニューにあるテイクアウト記述をライアンが指し示すと、「あ、はい。そうですね、そうします」と、モッチーさんが恐縮した風に頷く。
「あの……お客さん達は協定のことに詳しいですけど、もしかして料理店やろうとしてますか? それで、うちには偵察に来たとか……。あ! 別にそれが悪いと言ってるわけじゃないですけど!」
ライアンが一瞬迷ったように俺に視線を寄越したが、料理店を経営している事は、別に隠す必要はない。そもそもこの店とは根本的にターゲットにしている客層が異なる。俺はライアンの代りに紹介することにした。
「いや、ここには客として普通に家庭料理を食べに来ただけですよ。ただ料理店自体は既に経営しています。和食ではなくてフランス料理ですが。エリア『マルクト』の王都ミロンでフランス料理店をやっていて――」
「もしかして『ツージ』ですかっ? 本格的なフランス料理やってる!」
さっきの2人組の片方が声を上げた。まるでヒヨコのように柔らかそうな金髪の持ち主――半ズボンでいかにもショタキャラだ――の少年が、もの凄くキラキラした目で俺を見ている。
「ええ、俺の本名が辻なので。安直な名付け方ですが」
本当に安直な名前だが、飲食店の権利を買い上げって名義変更したおりにほむが勝手に登録してしまった名前なので、もうどうしようもなかった。それでも『ゼロス』でないだけまだましだったが。
「え、本気で? あの美味しい店ですよね? あの店有名ですよ、凄え!」
「現実でも料理人で、フランス料理を作っていましたので」
「お! やっぱ元々プロい人だったんですね。確かに盛りつけとかもガチくさかったし」
大変嬉しい評価だが、他人の店の中では実に居たたまれない事態だ。俺は賞賛の言葉に頭を下げるだけで応えた。
店の主であるモッチーさんに申し訳なく思いながら顔を伺うと、彼の方が余程俺よりも罰の悪そうな顔をしていた。……なんでだ?
「いかにも高級店って感じで敷居高かったから、なかなか入り辛くて、俺たち最初はずっとカフェでテイクアウトの食べたりしてましたー」
「そうそう。あとやっぱちょっと値段高いのがなー。でもあの味だし、あんなもんか」
「食材の原価が高いの。ごめんなさいね」
「あーあの味はやっぱり特別な食材使ってるんですねー」
「誉めてくださってありがとうございます。ただこちらは別のお店の中なので。すみません」
メグさん盛り上がり始めた2人組に俺は慌てて制止に入る。
俺はもう一度2人組に向かってお辞儀をした。それからモッチーさんにも謝罪の意味で頭を下げた。
モッチーさんを気にしていたら後手に回ってしまった。ライアンは何を考え込んでるんだ。メグさんもメグさんだ。嬉しそうに話に混じるまえに止めてくれ!
「あ。モッチーごめんごめん。でも普通の和食ならここの店だから」
「そうそう。フランス料理って毎日食べるもんでもないし」
「あ、うん。全然気にしてない、大丈夫」
軽く謝っているが……客が正直に言ってるからこそ、なおのこと料理人には一番堪える言葉だった。俺の心臓――モッチーさんもだろうが――に、ぶっすりと刺さって痛い。
そうだよな……。いくら美味くてもフランス料理は毎日食べないよな。高いし、毎食は飽きるだろうしな……。
いや、客に美味いと思われただけでもマシだ。また食べに来たいと言われたら吉。再来店させたら成功だ。日々精進。料理人としてそれを忘れたり怠たったりするのが最悪。改めて肝に免じよう。俺は真っ当な料理人で在り続ける!
「さて、ごちそうさま。俺たちもパン買ってから帰ろー」
「おう。モッチーまた食べにくるね」
「はい。ありがとうございました」
二人組がジャンプではなく、歩いて店を出て行く。手を振って見送ったモッチーさんが俺を見て、「あはっ……」と、どうにも気まずげにから笑いした。
「あ、せっかく本職の――」
「モッチーお兄ちゃん」
場違いな違和感を覚えて、かけられた声につられるまま振り返ると、子供が居た。
「あの、モッチーお兄ちゃん……」
凝視してくる俺達に戸惑っているのか、単に言い出しにくいからなのか、あまり身なりが良いとは言えない――いや、村に入った時に教会で見た、施しを与えられていそうな子供が二人、所在なさげに立っていた。
「ああ、アルちゃん。ほらそこ座って。その子は昨日言ってたアルちゃんの友達?」
「うん……。サックって言うの」
「サックくんか。よし、ちょっと待ってね」
モッチーさんに促されるまま、子供二人が外にあるテーブル席に着く。
店内に席を取った俺達からはそこそこ距離はあるが、なんとも微妙な状況だ。モッチーさんを見ると、厨房で手早くサラダを作り、さらに皿にカレーらしきものをよそっていた。そして子供の元へと運んでいく。
「はいどうぞ。大盛りだよ」
「ありがとう、モッチーお兄ちゃん!」
「ありがと……」
満面の笑みでお礼を言う子供と、上目遣いで窺いながら追随する弟分。
俺が既視感を覚えて頭を振る前で、ライアンは三人に呆れたような眼差しを送っていた。まぁ、気持ちは分かる。
カレーを口いっぱいに詰め込んでかき込んでいる子供に水を渡す。微笑んで見守っていたモッチーさんが、如何にも満足げに頷きながら側に寄ってきた。子供を見ていた俺達に照れたように肩を竦める。
「あの子達はその、孤児で。なんて言うか、うちのギルメンにお人好しって言うか、それも通り越してなんか聖女って言うか――外見もそんな感じで可愛いし、とにかく優しい子が居るんですよ」
彼女ほんといい子で。と、俺達の物言いたげな視線を感じたのだろう。聞いても居ないうちから、自分のギルメンをモッチーさんが教えてくれる。
「それでこの村に来た時、彼女がアルちゃん――女の子の方を見つけてきたんですよ。孤児で満足に食べられてないみたいで、俺達にはレストランやろうとしてて食料だけは豊富にあったので。それで、それ以来ご飯あげてるんです。他人から言わせると偽善なのかもしれないけど、俺らとしてはお客一号って感じなんです」
「食事なら、教会でも施しをしているみたいなんだが」
「ああ、みたいですね。でもあれって安息日だけで、量も少ないから」
俺の疑問にモッチーさんがあっさりと答える。
「ああ教会に食料を提供はしてないのか。では、子供たちを引き取って育てるつもりはないですか?」
「は? ええ、いや、そこまではいくらなんでも無理ですよ」
ライアンの質問に意外な事を言われた、とばかりにモッチーさんが目を瞬いた。
「本当はウエイトレスとして雇うつもりだったんだけど、なんか普段は村を回って、雑用とかして食事やら寝床を貰ってるらしいんですよ。そっちの手伝いをしてもらわないと困るからって、大家の村長から色々条件付けられて止められてて……。でもホラ、可哀想じゃないですか。そんなんじゃ育ち盛りの子供には足りないし」
「そうなんですか」
意外だ。こう言ってはなんだが、この村の村長からは完全に善意で支援して貰っているのか。家賃のことといい、騎士団の取りなしのことといい、正直、冒険者を取り込もうとするような他意があるのかと思っていたが……。
《孤児とは言え村人か。この村の村長は真っ当な人間のようですね》
《ああ、そうか……。そっちか。俺はまるきり逆の事を考えてたよ……》
「お兄ちゃん、ごちそうさま!」
ライアンの言葉に納得した俺の前で元気な声が上がった。流石、食べるの早いな。ほむ並のスピードだ。
「あ、アルちゃんちょっと待って」
再び厨房に引っ込んだモッチーさんが、何やら包みを持って出てくる。竹の皮に包まれた物を子供に渡し、手を振って二人を見送った。……弁当か?
「ところで、あの」
と、モッチーさんが空になったカレーの皿を片手に俺に切り出した。
「せっかく本職の人と会えたし、俺もフランス料理も作ってみたいので、今度辻さんに教えてもらってもいいですか? プロの料理人に教えて貰えたら凄いですよね」
「申し訳ない。経営しているのは料理屋だけで、料理教室とかはやってないんですよ。俺の性格上、教師役はどうも向いてなくて」
俺は口調を軽く、しかし本気で断った。
「ああ、そんな大げさに構えなくても大丈夫ですよ。なんかこう、コツとかを軽くちょっと教えてくれれば」
「コツはある意味秘伝みたいなものですから、俺の超スパルタ指導を受けて耐えきった人間だけにしか伝授しませんよ。ああ、それより金払ってくれる生徒さんにスパルタ出来るかどうかの方が心配かな? 受講料も幾らぐらいに設定したらいかも分からないですしね。俺が教えている間は店の調理が止まるから、売り上げを時間で割って、生徒の数で頭割りして……」
俺が指折り数えると「そんな本格的にしなくても全然かまわないんで」とモッチーさんが慌てて手を振る。
「賠償したてで貧乏なので、金はちょっと……。厨房の隅で見学させてくれるだけでいいですよ。邪魔にならないよう端で見ますから!」
「刃物と火を使う現場ですから。見学者を入れて料理人の気も散ると危ないので駄目ですね。衛生面も気になりますし」
「あ、じゃあ見学だけじゃなく、調理も手伝いますよ。野菜切ったりとか」
「いや、うちのギルド手が余っている人間が多くて、調理やりたい人間が大勢居るんです。外に手伝いを頼む前にギルメンに仕事出してやりたい。移転して以来、ホームの維持費でみんな貧乏になってしまいましたしね」
俺に畳みかけられるように断られて、流石にモッチーさんの表情が曇った。
「あらぁ、そう思ってくれているなら、今からでももっとギルメンを厨房に入れて欲しいわ。いつでも大歓迎よ」
「流石にこれ以上素人調理人を増やしたら、味のコントロールが出来ないな。指導できるの俺だけですから。今以上の人数を使うと、かえって店が立ち行かなくなる」
「うちのギルドは人数だけは多いですからね。金の稼げる仕事が足りなくて困る。ああ、この店でバイト募集とかはしていないのですか? シフトに入れなくて接客担当も余っていますので、うちのギルドから人材派遣できますよ」
ライアンの悪びれない笑顔に、気まずそうにモッチーさんが首を振った。
「いや……うちもギルメンの接客担当がいるので」
「そうですか。人数多いと何かと大変ですよね。同じ料理屋としてお互いがんばりましょう」
モッチーさんを言葉でぶった切ってライアンが笑っている。
きつい対応だが仕方ない。無償でくれたり、与えて貰ったりされて構わないのは、現実世界でも義務教育の間だけだ。
現代でもネットやウィキでは専門知識がたれ流されているが、あれら殆どが根拠と保証のない有象無象な情報で有ることを忘れてはならない。「専門家のお墨付き」という名の保証は常に有料だ。無料公開が詠われる陰で広告費が確実に支払われているのだから。図書館は別枠だが。