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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
第3話 異世界移転者の平凡な日常
39/49

追幕 : 現代ゲーム事情

ノクターンへ投稿した話と同一の内容です。

 "Annals of Netzach Baroque"の公式公表されたAnnals(年表)中、オープンβ終了直前の時期に「使徒の堕落と追放」と記された部分が存在していた。

 いかにも恰好をつけた一文に仕立て上げてあるが、実はこれは運営の中の人――GMの、個人情報取扱いにおける汚職にまつわった追放事件を記したものだ。そしてこの事件を扱うならば、そこには必ず"伝説のネカマ"ことオフィーリア、つまりヒヨさんも語られる。

 ……当時からヒヨさんと知り合いだった俺も、まんまと巻き込まれた。おかげでユーザー編纂のクロニクルにゼロスの名前も残っていた……。


 「使徒の堕落と追放」――オープンβ時において、"とあるプレイヤー"の個人情報を取得しようと、違法な行為に手を染めたGMの転落記だ。


 そもそもGMとは、ゲーム内におけるトラブル解決屋であり、苦情受付係であり、公式の矢面に立たされ、運営イコールGMとして何かにつけて非難の的にされる。「トラブルには24時間戦えますよね?」と、プレイヤーから当然のように要求される、わりと不遇な人たちでもある。だが、時にはその治外法権な力で、神のごとき采配を揮ったりもする。

 ただし。GMに与えられた権限は全て、あくまでゲームが円滑に運営できるよう、マニュアルと誓約に沿って使われるべきであって、個人の嗜好で行使して良いものではない。当たり前の話だ。ゲームはユーザーであるプレイヤーが楽しむ娯楽であり、GMはその娯楽を提供するための単なるサポーターなのだから。

 しかし件のGM達は、そのサポーターたる立場を踏み越えてしまった。


 プレイヤーが取得するアカウントは、個人情報の塊だ。

 取得されたアカウント情報は、GM達が管轄するゲームデーターとは全く別の領域に存在し、触れることは出来ない。また、プレイヤー自らが公表しない限り、個人を特定できる機会など無い。

 ゲームプレイ日記などと言って、ネットでブログをやりつつ、リアルな日常ネタも織り交ぜて書いてしまえば特定も可能かもしれないが、ブログもやらずただゲームに邁進するプレイヤーの個人の情報を得るには、リアルな意味で仲良くなるしかない。日常会話でさりげなく探りを入れたり、ゲーム外のメールアドレス、電話番号を教えてもらったり、ゲーム以外の要素で親しくなればいい。

 或いはリアル知り合いがいたら、その人物と話す日常会話を聞いて辺りを付ける方法もあるらしい。完全にストーカーの所業だが。

 もっと手っ取り早くやりたいならば、そのプレイヤーの使用しているコールやメッセージなどのログを閲覧して検証してみるのもいい。――できるならば、だが。


 問題のGM達は、個人情報を得たかった"とあるプレイヤー"ことオフィーリアのログ追い、GM権限を使ってメッセージやコールを盗み撮り、余さず収集し、オフだけではなくオンでもストーキングした。そして最終的に「見抜きのドンちゃん事件」と呼称され嘲弄される事件を起こし、MMORPG業界自体に盛大に地雷を炸裂させた。



 オフィーリアはオープンβ時、最前線で戦闘する廃人たちのあいだ、極地的な場所でしか知られていなかった。

 正式公開に向けた短い期間、他人よりもひとつでも多く攻略要素を身に着けたい廃人系プレイヤー達は最前線に篭りきる。ヒヨさんもその廃人系プレイヤーの1人だ。たかがアバターが稀な美形でも、それはプレイヤーの一部の要素でしかなく、あまり重要視されない。それでも馬鹿をやる人間はどこにでも居る。廃人というメンツの固定されるなか、村八分を恐れず迷惑行為を行うプレイヤーがやはり居た。

 廃人らしく、システムの仕様を駆使したセクハラを受けたオフィーリアことヒヨさんは、即座にGM通報した。――オフィーリアの演技のままで。

 そして事件の主犯格、チームFのGMリーダー志藤辰夫しどう たつおことドンちゃん(32歳)は、GM通報してきたオフィーリアに一目惚れした。……らしい。


 ヒヨさんはその時すでに、同じく廃人だったティーとほむと親しくなり、ギルドを結成していた。メンテの度にリアルで連絡を取り合い、仲良く遊んでもいた。だがゲーム内では徹頭徹尾オフィーリアだった。

 VRゲームは音声も弄れる。HMDヘッドマンウントディスプレイに内蔵されたマイクに取り込まれた時点で、任意の音声に電子信号変換される。合成音声なのか本来の声なのかどうかなど、リアルで会って確かめない限り判断できない。また、ネカマを貫くヒヨさんは、指定した人間にしか聞こえない"コール"も、文字で伝える"メッセージ"でも、常にオフィーリアのままだった。


 当初、志藤は自分のシフト内だけでオフィーリアの行動をストーキングしていた。そうこうしている内にリアルで親しい人間がオフィーリアには居ると気付き、自分の部下を巻き込んで、ティーとほむのログも閲覧し始めた。巻き込まれた部下も部下で、女性プレイヤーをストーカーするような常習犯として、社内では元々監視対象だったらしい。チームリーダーだった志藤は、問題児として扱っていた部下を大いに活用したわけだ。

 さらに志藤はオープンβのプレイヤーアンケートを辿り、登録されたアカウント情報を手に入れるまでに至った。

 そうしてヒヨさん達3人のログを追い続けた志藤は、首尾良く個人情報とオフでの予定を手に入れ、リアルでもストーカーに変貌した。志藤は現実でのヒヨさんを見ても失望しなかったのだ。何故なら、ヒヨさんが当時同棲していた恋人を、オフィーリアだと勘違いしたからだ……。


 やはり20代半ばの美人の恋人――俺は見たことがないが、ほむの言う事には「オフ会に付いてきていた女と同系統」だそうだから、間違いなく美女だと考えて良い――そのヒヨさんの恋人がオフィーリアの中の人だと確信した志藤は、親しくなろうとゲーム内でオフィーリアに近づいた。

 志藤曰く「メンテ日しか表に出ないオフィーリアの中の人と親しくなるのは、ゲーム内で出会う方が不自然でない」のだそうだ。正直俺は、その理由の半分は嘘だと考えてはいる。

 当時のヒヨさんは足の怪我が原因で、通院以外の理由では滅多に外出しなかったらしい。ヒヨさんに会うために、同棲相手である恋人の家に出入りしていたほむを見て、志藤はリアル出会いを諦めたのではないかと思った。オフの容姿でどうやっても適わなくても、オンでなら中身で勝負できる。そんな風にストーカーだった志藤が思い違いしてもおかしくない。――ほむは興味ない人間への応対の仕方がすこぶる悪い。残念なことに、ひと目で分かるくらいの駄目な対応だ。特に女性に対してはこれ以上ないぐらい冷淡だ。顔見知りだったらしいオフ会に付いてきていたヒヨさんの恋人に対しても、挨拶されたのにも関わらず顔も向けなかったぐらいだ。

 とにかく、ゲーム内での志藤は、一般のプレイヤーのフリをして廃人組のオフィーリアに近づいた。――GMしか知り得ない攻略情報を手荷物にして。



 水面下で起こっていたストーカー事件など全く何も知らず、俺も半ば廃人組の仲間入りをしていた。入院中で行動制限されていた俺は、せめてもと虚構の太陽を求めてゲームに没頭したのだ。そして俺はヒヨさん達とも、志藤とも知り合いになった。


 オープンβ当初、俺はVRゲーム自体が初めてで、歩くのも覚束ないド下手プレイヤーだった。その上ゲームマナーもろくに知らなかったので、上手く戦っている人にコツを聞けば良いなどと安易な考えを持っていたのだ。その為、チュートリアルを一通り済ませた俺は、歩きの練習を兼ねて散歩よろしくフィールドを闊歩し、結果、場違いな狩り場へと迷い込んでしまった。

 普通ならここであっさり殺され、ゲームオーバー&リトライになるはずが、ひたすら運が良かった俺は、狩り場でも格上のモンスに殺されることなく散策できてしまった。さらに、素人の俺が見て分かるくらい巧みな動きをしていたプレイヤーを発見し、せっかく遭遇したからと、戦闘終了を見計らってそのプレイヤーに話しかけすらした。――それが、俺とティーの出会いだ。


 ティーは何故かド素人丸出しの態度でいきなり話しかけた俺を気に入ったらしく、何これと構いアドバイスをしてくれた。「教えてあげる」という立場が新鮮で面白かったのかもしれない。なにせ周りは廃人ばかりだ。攻略で争いはしても、師事されるなんて事はまず無い。すっかりティーと仲良くなった俺は、その後すぐに合流したヒヨさんとほむの2人にも紹介され、そして現在に至るまで懇意でいる。


 志藤と親しくなったのも、俺の下手くそな動きにアドバイスをくれたことがきっかけだ。

 オフィーリアの姿に全く興味が無く、仲は良いがリアルではまだ親しくなかった俺は、志藤にとっては下心を警戒させずにオフィーリアに近づく為のいい人材だったらしい。格違いな初心者の俺に、戦闘のアドバイスを嫌がることなく、懇切丁寧に教えてくれた。それがオフィーリアへのアピールとして最高だったと。

 ただ、ティーは志藤にはさほど懐かなかったので、ヒヨさんとほむも志藤からどこか引いたところが見受けられた。既にリアルのティーを知っていた2人は、ますティーの意志を優先して行動していたからだなのだろう。ある意味2人は、当時からティーを過保護気味に甘やかしていたとも言える。



 俺を介在させることでオフィーリアとの間を詰めようと画策した志藤は、ある時俺が入院していることを知って、ゲームメンテ日に見舞いを口実にしたオフ会を企んだ。だが、ヒヨさん達3人は志藤の提案を拒否した。

 ところがその直後のオフ日、拒否した筈のヒヨさんは、定期検査のついでだと言って俺に会いに来た。何のことはない、ヒヨさんも同じ病院に通院していたのだそうだ。俺の入院先は、日本では最先端医療が導入されることで有名な総合病院で、認可されたばかりの光線過敏症治療法を受けていた俺と同様に、ヒヨさんもそこで特殊な治療を受けていたらしい。


 リアルでヒヨさんに会った俺は、まずアバターとの差違に驚愕した。そして次に、ヒヨさんの徹底したロールプレイを讃辞した。――今思えば実に痛い話だが、とにかく俺はゲームに馴染みがなかったのだ。当時はネカマがどうかとか言うことが分からず、ただVRゲームにはそんな遊び方もあるのかと感心しただけだった。それに、少なくともリアルで初対面のヒヨさんは、ごく真っ当な大人だった。

 見舞いには何故か弁護士も同席していた。弁護士は俺に名刺を渡しながら、何かあったら自分がお役に立ちますからと胸を叩いてみせる。俺はそれがセールストークなのか軽いジョークなのか、場所が場所だけに笑えないと思いつつも無難に返した。車椅子に乗るヒヨさんの怪我の原因が、とばっちりの事故に巻き込まれたものだと説明されていたからだ。

 いずれにしても、何も知らなかった俺は、思いがけない突然の見舞いを、ただ単純に喜んでいただけだった。


 リアルでの連絡先を教えて貰った俺は、早速メールで見舞いのお礼を返すことにした。だが、ヒヨさんからの返事はメールの他に、何故かメンテが明けたゲームの"メッセージ"でも同じ文章が返って来た。

 多少気にはなったが、ゲームではオフィーリアとして徹したいヒヨさんの意向を汲んで、それ以上リアルでのことに触れたりはしないことにした。しかし、メンテの次の日に会った志藤は、何故かヒヨさんが俺の見舞いに来たことを知っていて、そして冗談めいた嫌みを俺に言ってきた。

 てっきりティーかほむが教えたのかと思ったが、志藤から距離を置く2人が、わざわざリアルのことを口にする筈はない。そもそも見舞いの席に2人は居なかった。何よりもおかしいのは、志藤が車椅子の男性を、オフィーリアの中の人の兄だと勘違いしていたことだ。

 完全に混乱した俺が電話で確認してみると、ヒヨさんは運営を訴えた際に証言して欲しいと頼んできた。どうやら見舞いの顔見せはその為の布石だったらしい。――弁護士まで同席させて、実に至れり尽くせりな話だ。

 俺はただ唖然とした。


 その後何日かして、ネット上に「見抜きのドンちゃん」の名前に相応しい動画が流された。"コール"で一方的に実況されていた音声が、生生しくも最悪な動画だった。


 ヒヨさんがどう志藤を引っかけたのか、俺は知らない。ほむが「マジで色々全部がえげつねぇ」と言っていたのは知っている。だが俺の精神衛生上、詳しいことを聞く気にはなれなかった。当時俺はオフィーリアと仲の良いプレイヤーとして渦中に巻き込まれていたから、心の余裕がまるでなかったと言うのもある。ただ黙々と戦闘して逃避していたような気がする。


 アップロードされた動画の説明文はこうだ。

「セクハラされたと泣きつかれたので、録画させて証拠として流してみた。運営に何度訴えても揉み消されたんだってw セクハラしてるのは、オフィーリア曰くGMらしいよww どうみても普通のプレイヤーなんですけどwwwww」


 動画をアップロードしたのは、当時オフィーリアと仲の良かったやはり廃人の女性プレイヤーで、セクハラの相談を何度もされて、証拠集めも手伝っていたそうだ。GMからのセクハラを今一つ信じて居なかったその女性プレイヤーに、「証拠集めをしている最中だし、確証を得られるまでは絶対に内緒にしていて欲しい」と約束させて動画を渡したらしい。――しかし約束は反故され、不意打ちで動画はアップされた。

 どうやらオフィーリアの美貌を焼っかんでいたその女性は、中の人を晒し者にするつもりだったらしい。

 騒動の最中、動画をアップしたプレイヤーとはまた別の女性――ネカマだったらしいが――プレイヤーが相談のログをキャプチャして公開し周知になった事実だ。

 そしてその2人以外にも、オフィーリアから相談を受けていた"善意の第3者"達が、祭りに浮かれあがって次々と内情を暴露し始めた。


 当初は運営に対する言いがかりとして上げられ、妄想激しいプレイヤーの晒し上げ祭りとなって終了する筈の事態は、暴露話でさらに炎上し、収拾がつかないまま燃え広がった。

 そして結局、運営からの正式な謝罪と、GM達の処分を公開した事で、ようやくあらゆる意味で鎮火された。



 現代のVRMMOゲームの主流はFPSだ。

 ZEEGAゼーガ社のFPSが、それこそキング・オブ・ゲームとしてゲームマニアを越え、一般的な娯楽として一大ムーブメントを築いていた。ポッド専用ゲームだったZEEGA社のFPSユーザーは、プロゲーマーが多く、また、有力ゲーマーはスポーツ選手のように持て囃されていた。

 世界ランキングTOP10に入れば、巨額の賞金を手に入れ、一躍スターダムにのし上がることができ、一般企業のスポンサーも付く。ただのゲーマーがセレブの仲間入りが出来る。まさにFPSドリームの金字塔と言うゲームだった。

 しかし "Annals of Netzach Baroque"β開発時、その一強だったZEEGA社のFPSゲームに陰りが出た。世界ランク1位保持者が引退し、チャンピオンが交代したのだ。

 新チャンプが別に悪いわけではないのだが、それまでのチャンピオンがあまりにも偉大過ぎた。ゲーム公開初年度から一度も転落せず不動のトップであり続けた男、ゲームの顔として認知され"キング"と称えられたその人間、ついでにカリスマと容姿にも恵まれ、学歴も揃っていた。

 ――そんな人間の引退は、ゲームはやらず、プロゲーマーをタレントのごとく扱いって流行に乗っていただけの一般人やメディアから興味を引き離した。さらに水面下で進んでいた人気ランカー達の世代交代も影響して、MMOFPS自体に影を落とすことになったのだ。


 "Annals of Netzach Baroque"はFPS流行の陰りが囁かれる中、RPG人気を復権するという期待を背負ったゲームとして、VRRPGでは老舗の大手メーカーから満を持して発表された。

 圧倒的なボリューム、広大なフィールド、有名デザイナーによる華麗なグラフィクス、重厚な世界観。味方討ち(フレンドリーファイア)が採用されたリアルな戦闘方式。法律で許される範囲での最大限の自由さ。そしてMMOゲームでは付き物になる、ユーザー同士のトラブル解消の為の手厚く厳密なGMサポート。――大手老舗ならではの安心感と保障。

 クローズドα、クローズドβから公表されてきたAnnals(年表)は生きた世界の歴史そのままで、それまでFPSしか認識していなかった一般人をも惹きつけることに成功した。

 ゲームに興味はあってもFPSはとにかく操作が難しくせわしない。一般人には敷居が高いのだ。しかしRPGは、戦闘だけでなくコミュニケーション要素も強い。まったりと自分のペースで楽しめる。メディアでも盛んに特集された。そんなわけで、"Annals of Netzach Baroque"オープンβテスター募集時には、近年のMMORPGでは異例な数の応募が殺到した。


 だが、盛り上がるMMORPG人気に思いを馳せていたメーカーの思惑とは裏腹に、「見抜きのドンちゃん事件」は起こった。さらに動画がネットで公開され、炎上し、大々的な祭りになってしまった。

 追い風に乗っているMMORPG人気に水を注したくない。しかし動画が公開されてしまった以上、謳い文句の「手厚く厳密なGMサポート」をユーザーに示さなければならない。


 運営メーカーも奔走した。

 できることなら揉み消したいが、内部調査した結果、どうやら本当にGMが犯人のようだ。ならば出来るだけ内輪の話で納めたい。被害者には新しいアバターを用意して便宜を図り、アバター・オフィーリアはメーカーが買い取ろう。一般プレイヤーから受けたセクハラはその都度きちんと対応していたので、それを公表することで世間の避難から矛先を逸らせる。件のオフィーリアは、過剰反応気味のクレーマーとして扱われるだろうが、アバターの買い取り条件に入れ込んで、文句を付けさせないようにすればいい。

 そう画策していたメーカーはヒヨさんと交渉して、震撼した。――初っ端から本人ではなく代理人、つまり弁護士が応対したからだ。


 ヒヨさんは弁護士を立て、ゲーム内での証拠も集め証人達(俺含む)も確保どころか、現実でもストーカーだった志藤の行動記録も出してきた。調査会社に依頼もしていたのだ。もう完璧な臨戦態勢を整えていた。

 メーカーは慌てた。これ以上ことが大きくなった挙句、正式公開前のゲームが裁判沙汰になって悪評が立ち、ユーザー乖離が起こるのは困る。なんとか裁判だけは回避したい。

 示談にして欲しいと泣きついてきたメーカーに、ヒヨさんはあっさりと応じた。――ただし、公式で謝罪し、GM達はメーカーが訴えて正式に処分する、と言う条件で。

 最初こそ公式謝罪を渋ったメーカーだったが、準備万全で待ちかまえるヒヨさんを認識し、折れ、そして公式に謝罪した。


 実はヒヨさんが簡単に示談に持って行ったのには理由がある。使用していたアカウントの登録情報は、ヒヨさんではなく同棲していた恋人のものだったのだ。

 VRゲームをプレイするにはIDカード登録が必須で、アカウントの共有は禁止事項に当たる。だが、携帯機と家庭用機は個人でなく家族で共有してしまう人間も多い。施設に行って個人レンタルして使うポッドほど、ID登録が厳密ではないのだ。

 メーカーとの交渉は代理人である弁護士が全て対応し、ヒヨさん本人は一切表に出なかった。IDが別人のものだったせいで、メーカーにすら完全に「自称ネカマのプレイヤー」だと思われていた。ゲーム内でも徹底的にオフィーリアとして過ごしていたし、そもそもストーカーの志藤が女性と思い込むぐらいだ。バレようがない。――しかし裁判になれば、別人だと露見せざるを得ない。

 だからヒヨさんにとっても、表沙汰にならない示談は望むところだったらしい。


 お陰で未だにヒヨさんがネカマだと主張しても、「中の人は、ネカマの振りをした女性。しかもどうやら美人らしい」と勘違いされている。

 いずれにせよ、仕方なくメーカーは正式な謝罪文を公開し、そしてオフィーリアは伝説となった。……酷い話だ。



 そうやって苦渋の決断をしたメーカーだったが、結局MMORPGの人気は盛り上がり切れず、事件の収拾とともに沈静化してしまった。

 FPS人気の陰りを狙い、満を持して発表したゲームだったが、寄りによって内部汚職が露見し、せっかく集めた一般人が退いてしまったのだ。


 賞金ランキングやスターなど分り易い目標がないRPGでは、ゲーマーでない一般人を集客させる為に、まずはゲームのブランドイメージを高め、単なる娯楽以外の付加価値をユーザーに感じさせる必要がある。「このゲームをしたら、ホニャララ出来ました!」と、そんな夢を与えなくてはならない。

 それなのに、まさかのオープンβでの内部汚職。しかも個人情報漏洩、さらにストーカーに性的嫌がらせ。

 ――3コンボだ。まず一般人なら引く。間違いなく退く。それまで盛んに盛り立てていたメディアも潮が引くように逃げた。俺もゲームを辞めそうになった。しかし俺は一応辞めることなく留まった。入院で暇過ぎたからという事もあるが、事が済んだ後に改めて、ヒヨさんが俺を巻き込んだことを謝罪しに来てくれたからだ。



 メーカーのその後の世間的な動きとしては、FPSプロゲーマーを支え、ZEEGA社の最大スポンサーとして君臨する某企業に大量に株式を取得されてしまったらしい。これでもう、頭を押さえられたRPGがFPSを越えた人気になることは無い、――けしてさせないだろう、とそう分析されている。

 事実、陰りが見えていたFPSの人気は、あの事件の後すっかり上向きに戻った。ZEEGA社が仕掛けたFPSのイベントが成功し、上手く盛り返すことが出来たという理由もある。だが、次世代娯楽として注目されていたRPGが、盛り上がる途中で、この事件のせいで萎ませられたことが最大の原因と分析されていた。メーカー(運営)が勝手にコケたとは言え、RPGに期待し、主流にしたかったメーカーにとっては痛恨の極みだ。


 MMOFPSはその賞金の額、人気と影響力からくる利権に纏わって、色々と黒い話が多い。かつてランキング絡みの殺人事件が起こったこともあるし、スポンサー企業間で怪しい噂も耳にする。またランカー達のゴシップなら腐るほど存在する。おかげでこの事件も、FPSスポンサー企業が仕掛けた罠に嵌ったのではないか? ……などとの見方もされていた。

 俺自身は間近で見ていたので、仕掛けも糞も有り得ないと分かってはいるが、まぁそう言われてしまうぐらいの出来事ではあった。

 ヒヨさんがオープンβ終了後に消えるような事態があったのなら、実は工作員だったのか?! と、大いに俺も怪しんだのだろうが、現在までもごく普通に――、普通ではなくアレな所が多いが、それなりに普通にゲームをプレイしている。……しかしそれとは逆に、オフィーリアがセクハラの相談相手に選び、ログ暴露し、祭りの舞台に上がったプレイヤーはことごとく消えた。消えざるを得なかった。

 法律に認められた完全なる被害者のオフィーリアと違って、彼女たちは半・加害者としてMMORPGの純粋なファンから非難の対象になってしまった。娯楽の提供側であるメーカーと違って、擁護できる要素が見あたら無かったせいもある。自業自得の要素が強かったとは言っても、体のいいスケープゴートであることは間違いなかった。


 俺が把握している中で、ヒヨさんが踏んだ最大の地雷がこの事件だが、他にも色々とあった。もう思い出したくもない。

 オフィーリアを擁護する人間がまず口にするのが、オフィーリアはただの被害者である、という言葉だ。最終的に物事が大きくなるだけで、オフィーリアに落ち度はない、と。――ただしこれは、リアルなヒヨさんの性格を知らない人間の意見だ。

 「見抜きのドンちゃん事件」で、確かにオフィーリアは一方的な被害者だった。しかし間違いなく、ヒヨさんは好んで地雷を踏みに行っている。


 ヒヨさんは秘しておくべき証拠の動画を、相談すると言う名目で第3者に渡してしまった。動画をアップロードしたあの女性プレイヤーも、ログを暴露したプレイヤー達も、"女性である"と言うただ1点を除いて、どんなに好意的に見積もっていたとしても、全員が相談事に相応しい性格ではなかった。


 ――俺ですら簡単に分ることを、あのヒヨさんが気付かないわけがない。


 俺はそれ以降、誰に何と言われて後ろ指をさされようが、ヒヨさんが地雷を踏みに行く時はなりふり構わず、全力で逃げることにしている。


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