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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
第3話 異世界移転者の平凡な日常
31/49

異世界礼賛 中 の 3

「さて、それじゃ朝食を作ろうか」


 異口同音で答えたメンバーが調理に取りかかる。取り敢えずは賄い――朝食の支度だ。

 現在は、加工肉以外の食材は全て、仕入れた品を使ってやりくりしている。チーズは別の菌が繁殖すれば物にならないから、衛生的な判断がし易い。そして牛乳は毎朝に自分たちで契約した農場に買いに行って、目の前で絞ってもらう。ここ最近ではやり方を覚えたので、自分たちで絞ったりもする。それからバターもシフト制で手作りだ。アバターの体力値が高いのは本当に助かる。生身なら相当しんどい作業なのだから。

 ちなみに、おやつは試作品で無い限り有料にしてある。そこまでは面倒は見きれない。


 現在異世界に来ているメグさんのところのギルドのメンバーは32人だ。ただ、メグさんのギルドから脱退した人間も何人か居た。そして新規加入者を含めた、残りの28人がこのメッツァーニャの課金別荘に引っ越してきた。――正確に言うなら、ここに引っ越してきたのは半月ほど前になる。

 メグさんから俺が連絡を受け、それからほむとメグさんが交渉してすぐ、元々持っていたメグさんたちのホームからヒヨさんの所有する別のホームに引っ越した。取り敢えずの措置らしいが、同時に受け入れ人数の確認を兼ねていたようだ。

 俺たちが――閉じこもっていた里香ちゃんたちが落ち着いたと、そうヒヨさんが判断したのが移転から1ヶ月半経った頃。そしてメグさん達は、それまで俺たちが暮らしていたメッツァーニャの課金別荘へと再度引っ越しをしてきた。


 店を開店させるためには準備が必要だ。登録して"跳べ"ば行き来は簡単だが、部屋も余っているし、同じ建物に住んだ方が早い。そんな理由が主らしいが、実は同居もほむが決めた条件のひとつだそうだ。

 ただ、この課金別荘全てを解放しているわけではなく、4階と5階は俺たち"カインがギルマスのギルメン"だけしか入れない設定になってはいる。一応、3階に決めた俺たちの部屋もそのままだが、部屋はまだ沢山余っていたし、3階以下だけでも充分過ぎるほど広いので何の問題も起きてはいない。


 むしろ問題が起きたのは引っ越す前。――異世界移転してから、そしてほむがメグさんと交渉を始めた時だったらしい。


 余程理不尽でない限り、メグさんはどんな条件でも飲むつもりだったので、交渉自体は2日程であっさりケリが着いたそうだ。

 そもそも課金別荘はヒヨさんの物だ。当事者であるメグさんが受け入れているのに、脇から口出しをしていいものではないから、俺は契約の全てを認知してはいない。ただ、条件が相当細くシビアで、それ故ギルドを脱退した人間も居たのだと、後でメグさんから愚痴めいてものを聞かされた。おかげで朧気にだが把握した。


 最初にほむは、「課金別荘に住むメンバーは"犯罪者キャラ"をデーターごと消去しろ」、と条件を出したらしい。

 ギルドに所属されるのも駄目なら、うっかりキャラチェンジをして、周りの人間が匿った仲間だと誤解される事のないようにと、そう説明したようだ。

 ――まぁ、俺も正直それは必須の条件だったと思う。ともすればマゾいクエストを達成し、手塩にかけてレベルを上げたキャラを消すのは惜しいとは思うが、なにせ見つかれば即、殺されるような指名手配キャラだ。実際これにはメグさん達も迷わず了承したそうだ。


 続いて、いずれ俺が運営する店のスタッフになる件とアンケートの話。――これも戦闘したくないメンバーは諸手を上げて歓迎した。

 たが、次の条件が色々と揉める問題になった。


 条件はこうだ。

「課金別荘に住めるのは、"現在のメグさんのギルドのメンバーのみ"で、これからギルメンを増やしても、その人間は受け入れる対象にはならない。また、課金別荘の使用料はギルドではなく各個人に請求し、月末締めで支払うこと」


 安全な場所で過ごす人間と群れたい、そう思ってギルドに加入する人間は居るだろうし、加入させること自体はメグさんのギルドなのだから好きにすればいい。俺たちは一切関知しない。そして1ヶ月の課金別荘の使用料は、高級宿屋を借り上げて頭割りにしたものと同じ金額。――そう、ほむは言ったらしい。


 この世界に移転されて来たプレイヤーの中には、親しいものの、メグさんのギルドに所属はしていなかった人間も居た。また単純に、ギルメンが仲良くしていたソロプレイヤーや、他のギルメンが移転せず、その結果的にソロになってしまったプレイヤーなども居た。

 ギルメンから要請されて、住居問題が解決したらそれらのプレイヤーの受け入れをしよう。と、そう考えていたメグさんには、結構な問題だった。さらに金銭的にも、現状持っていたルームやホームの維持費とほぼ同額でしかない。課金別荘の設備から考えれば破格だが、戦闘を再開できる見込みが経たなかった状況では頭割りにしても痛い額だった。


 結局、メグさんはギルマスとして、メンバーの生活環境を向上優先して条件を飲んだ。だが、納得できなかったギルメンは脱退して行ったらしい。

 ――もっとも、メグさんのとろこのサブマスの榊やライアンは、その件についてかなりシビアな意見を持っていた。


 メグさんのギルドは、移転してから交渉決定するまでのあの7日間で「住むところは自分で調達する。ただ独りで生きるのには不安があるから、今からギルドに所属させて欲しい」と、そう頼んで来た奴は随時加入させていた。そしてギルメンにも、その条件で良いならすぐに友人達を加入させるから連れてこい、と告知していた。約束を確約させる為に、ギルド加入条件にも特記事項として文言を入れ込んだそうだ。

 しかし結局、条件を飲んで新規で加入してきたのは3人だけだったようだ。


 榊とライアンは、ほむの言った「現在のメグさんのギルドのメンバーのみ」とは、交渉締結までに加入したギルドメンバーだと考えていたし、そしてどうやらほむも最初からそのつもりだった。

 課金別荘の使用料に関しても、「個人単位で払ってもらう」とは、すなわち、戦闘が無理なら俺の経営する飲食店で働いて返せばいい、と言う意味でもあった。――そもそも、月極で徴収精算するとは言っても、足りない分の支払いの期限を設定してない。


 だから脱退した奴と、ほむとの交渉締結前後に加入したいと言ってこなかった人間は、"安値で高価高水準な住処が欲しいだけの連中だろう"と、榊やライアンは言った。――ほむが置いて、榊とライアンがけしかけた踏み絵に引っかかったことになる。

 ……なんと言うか、やり方が今一つ。


「えげつない……」


 人参の皮を剥きながら呟いた俺に、隣で同じくジャガイモを皮剥きしながらメグさんが困った顔で相槌を打つ。


「ほむくんはカインとは違う意味で厳しいのよねぇ……」

「ギルマス――じゃなかった、メグさん変なところに甘いからそう思うだけで、ほむさんぐらいがちょうど良いんですよ」

「あらぁ、そんな事ないわよ? 私だってちゃんと厳しくしてるわ~」


 泥の付いた野菜を洗いながら榊が口を挟むと、メグさんが不満そうな顔で弁解した。――確かにメグさんも厳しく締めるべきところに、きちんと厳しい。……のだが。

 メグさんにかぶりを振った榊が、今度は俺の顔を見て溜息を吐いた。


「ゼロスさんもそうですけど、まず物事を"善意"から判断しますよね。平時ならそれでも良いですが、今はちょっと不味いですよ、それ」

「いや、俺は別に善意と言うか、当たり前の事だと……」


 俺が思わずメグさんと同様に言い分けをはくと、今度は野菜を洗うライアンが鼻梁にシワを寄せた。


「その"当たり前の事"は、日本人の価値観での道徳に沿ったものなので。――残念ながら今この異世界ではいい喰い物です。もっとザックリ割り切らないと、利用されて終わりますから」

「ザックリ……」


 俺は綺麗に洗われた人参の両端を切り落とした。


「ライアンの言う通りですよ。旨味だけを甘受しようとする人間にロクな奴は居ませんから、あれぐらい厳しく削ぎ落とさないと」

「削ぎ落とす……」


 ペティナイフ(ペアリングナイフ)を人参の上から下へと滑らす。親指と刃の隙間を抜けて、皮がボールに落ちた。

 ……ライアンと榊に突っ込まれ、俺はなんだか居たたまれない気分になった。なんと言うか、この2人は経済特区でビジネスマンをやっているだけあるのか、とにかく意見が厳しい。


「ゼロスさんが料理人らしく、限られた制限の中で最大限報いたいって気持ちも分からなくもないんですが――俺も一時期料理人目指してましたからね。向いてなくてすぐ辞めましたが」


 料理好きなだけじゃ駄目なんですよねぇ、料理人って。と榊が何とも言えない顔で呟く。ライアンが真面目な顔で頷いている。


「とにかく、2人とももっと色々警戒するべきかと思います。恩恵に与っている俺が言うべきことではないかもしれませんが」

「警戒と言ってもな。俺の意志が及ぶ範囲なんて店の事だけだ」


 真剣な2人の様子についていけず、俺は曖昧に笑って返した。俺の日本人独特の微妙な笑いを受け取った榊が、何とも言い難い顔で溜息を吐いた。そして諦めたように肩をすくめる。榊は手の水気を払うと、洗い終わったジャガイモとペティナイフを取り上げた。


「えーと、ポム・シャトーか……」


 榊が戸惑ったようにメグさんの手元を見て、それから納得したように頷く。


「洋食の時は7面取り……と。慣れないなぁ……」


 和食調理を習得していたらしい榊は、ジャガイモを眺めつつひとしきり観察している。手順をイメージしているのだろう。そして慎重に刃を入れた。

 面取りのコツは思い切って厚く剥くことだ。その方が上手くできる。榊がジャガイモを手のひらで包み、指で回しては面を落として成形していく。


 和食の丸い食材の面取りは六方むき(八面取り)が多いが、洋食は7面が基本だ。これは、そぎ落とす部位の廃棄率が7面以上でもあまり変わらないことから、最小手数を取った結果らしい。和食の六方むきは球に近く煮物で型崩れ防止の他に、素材が鍋の中で踊りにくい利点がある。器に盛った時の見た目も美しい。洋食の七面切りはラグビーボール型で長細い。長さが3CM程ならココット、その倍ぐらいでシャトーと言われる切り方になる。こちらも美しい見た目だ。

 ただ、店では切り落とした皮の方も別の料理にするので、正直何面になっても鍋ごとに統一出来ていれば問題ない。そして切り落とした皮付きジャガイモは、フライドポテトとして供していた。イヴァノエさんには「生ゴミ」などと揶揄されたが、要はロスコントロールの産物だ。


 旬が存在する食材は、一番良い時期の物を大量にイヴァノエさんから購入し、インベントリや保管庫――氷室もある――に保管してある。もちろんストックとは別に、毎日新鮮な物も納品してもらってはいる。

 先日大量に購入したジャガイモは、一旦4℃以下の低温で保管し、糖度を上げてある。もちろん糖度は鮮度との引き替えになるが、そこは料理に合わせて調整していた。


 ジャガイモの厚く剥いた皮を陶板に並べて弱火でじっくりと蒸し焼けば、さらに驚くほどの甘みが加。最後に表面を油で揚げて使っている。カリっと揚がったポテトは最初の歯ごたえを裏切って、中はホクホクとした芋本来の旨みが味わえる。単純な料理ながらとても美味い。おかげで"皮付きフライドポテト"は単純な料理だが、サイドメニューの一品料理としてプレイヤーには大人気だ。トマトケチャップ以外のディップも添えれば、目先も変わって良い。

 同じ味は量を喰いたくないと言うヒヨさんの意向を取り入れた結果、ディップは必ず3種類用意して供することにした。――まぁ、うんざりしていたのは、山ほど盛ってあったジャガイモを食べ尽くしたほむの所行を見た為らしいが。

 ちなみに肉料理の付け合わせるポテトは、同じフライドポテトを添えるにしても、一旦茹でた物を揚げて使う。皮付近はアクが出てきて食べにくい部分なので、料理によって調理方法を変えている。


「……榊、別に無理に7面にしなくても、物の大きさと面の数が同じになれば構わない。メグさんが下拵えした物とは鍋が分かれるから、問題ないさ」

「いえ。この際、俺は洋食の手法も修得してみせます。……ゼロスさんはきっちり和洋で使い分けてるじゃないですか」


 やりにくそうに動いていた榊の指が、ようやくリズムにのったのか滑らかに動いて皮を剥き落としだした。文字通り山とある野菜を剥かなければならないので、面の数に拘って時間をかけてもらっても困る。とは言え、この分なら大丈夫か。


「俺は生まれが純和食の料亭で、学校はガチな仏料理だったからなぁ……。それも欲張った結果の話で、使い分けるというか、包丁の種類と使い方が増えた程度の認識なんだよ」


 和洋食――と言うか、作りたい料理によって下拵えの仕方が違うのは当たり前の話だ。例えば俺が処理している人参も、和食なら薄刃包丁一本でたて剥く。洋食でも、エコノム(ナイフ型の皮剥き器)があったらそれで剥いていたかもしれない。出来上がりはどれも変わらない。単に習い性なだけだ。


「まぁ拘るのは好きにしてくれ。ただ、時間はかけられないからな。――なにせ、うちには腹減りモンスターが住み着いてるから」

「あー……」


 ジャガイモを剥きながら榊が疲れたように肩を落とした。メグさんも憂鬱そうに頭を振った。


「ほむくんがあんな食欲大魔神だと思わなかったわぁ……」

「ほむさんリアルでもモデル体型じゃないですか。どこに入ってるですかね、あの量」


 胃袋ブラックホール男……。とキディさんが遠い目をした。多分俺も似たような眼差しをしていると思う。


「俺もこっち(異世界)来てから知って驚いたよ。初日から物凄い食欲を発揮してたからな……」


 ヒヨさんが懸念していた異世界食料事情は、衛生と言う面ももちろん危ぶんだのだろう。だが、ほむのあの食欲も間違いなく恐れていたはずだ。リアルでもほむと仲の良かったヒヨさんだ、ほむの腹を満たす困難さを良く分かっていただろう。……初日、あの時ほむが狩ったグランゾ鶏は、俺が料理をしようとした朝までに半身になっていた。


「――とにかく、ほむの胃袋がなくても36人分の食事だ。サクサクやろう」


 はい。と声を上げた調理メンバーを頼もしく思いつつ、俺もジャガイモの皮むきに集中する事にした。



 36人。俺たちギルメン8人――里香ちゃんは浮遊都市に行ってしまったが、代わりにカインの身内が増えた。それとメグさん達28人。の、計36人だ。

 全員が3食食事を取るわけではないが、出来上がった料理は1人前ずつ課金別荘専用の食器に盛ってからトレイにセットし、個食化してある。定食式で大盛りと普通盛りの2パターンだ。さらにそのままギルド共通タブに保管して、いつでも食べられるようにしてある。

 課金別荘の食器は同じタイミングで料理を盛っておけば、アイテム欄は大盛り・普通盛りの2項目消費するだけで収納できる。また、ギルドの共通タブはアイテムを出し入れした記録が残るので、誰が何食食べたか分かる。さらにひと月に1度記録をまとめ、店の勤怠管理表と照らし合わせて賄い分を引く。

 これで課金別荘の利用代、つまりメグさん達ギルメンそれぞれへの請求額が決まる。――これら計算作業や帳簿付けも、そして料金の回収も、全てメグさん達のギルメンの仕事だ。もちろん必ずほむが要所毎に確認している。呆れるぐらい厳密だ。

 とは言え、メグさん達は元々人数が多い為ギルドの人間だ。大規模遠征時の経理作業は必須行為だったらしく、こういった事は慣れている人間ばかりのようだ。……むしろ、俺たちのギルドはこのあたり、いつも適当だった気がする。


 廃課金気味の里香ちゃんは、いつも気軽にアイテムをカインに渡していた。趣味にはお金がかかるものと言う認識だったらしく、一切の躊躇いがなかった。ヒヨさんは貢がれたレア装備やホームを、俺たちに貸し出してくれた。トウセもやはり貢がれたアイテムを配っていた。ほむやティーは効率の良い狩り場やアイテムの情報をそれこそ良く知っていたし、戦闘を効率化させるためのツールも提供した。

 なにぶん俺は他のギルドの内情を知らなかったので、持っている人間がアイテムを提供することがあたりまえの行為なのかと考えていたが、メグさん達を見るとどうもそれは違ったようだ。たかがゲームと言えど、きちんと割って考えていたようだ。

 ……やはり榊やライアンが言うように、俺は考えが色々甘いのだろう。



「メグさん。この料理、今日はもう売っても大丈夫ですよね?」

「あらぁ、これもう3日経っているのね」

「はい」


 ギディさんが夜用のメニューを木の板に黒檀で書き出しながら問いかけると、メグさんはギルドの共通タブからアイテム制作された日付を確認してから倉庫に移した。


「大丈夫よ~。全部売り切ってもらいましょ」

「わかりました。これらは今日の限定食ってことにします」


 榊が帳簿を付けて、俺も数を確認する。この料理は、メグさん達ギルメンに提供して、手をつけられなかったものだ。

 インベントリに入れた時点からアイテムは時を止めて変化しない。かといってしまいっぱなしにしても溜まっていくだけなので、3日経ったら食堂で定食として売りに出す。実のところ、ギルメン達に提供している料理の方が良い素材を使用する場合が多いので、余り物とは言えお得なメニューになる。必ずあるとは限らないし、数にも限りがある。ただ限定物好きは異世界にも居て、やたらと人気のメニューになった。


「はいユウちゃん、これが夜用のメニュー表ね」

「ありがとうございます、キディさん。毎日調理おつかれさまです!」

「ユウさんも接客がんばってねー!」


 よろしくね。とキディさんがメニューを渡すのを横目に、俺はシフト表から名前を探す。――無い……よな。


「ん……? ト……、ん。ユウは今日の接客、臨時の手伝いか?」

「はい。今日は夜シフトに人手が足りないみたいなので、お手伝いしますね!」

「ユウちゃんありがとう。シフトに入っていたテンちゃんが具合悪くて……急に頼んでごめんなさいね?」

「大丈夫です。わたし接客大好きですから」


 謝るメグさんにユウが微笑んで、受け取ったメニュー表を抱え「行ってきまーす!」と元気良く声を上げると食堂へと"跳んで"行った。


 店は課金別荘とは違う場所にある。メッツァーニャは住むには良い街だが、商売をするにはのんびりし過ぎている。食堂の需要があまりない。そんなわけで本来メグさん達のホームだった、今はヒヨさんが借り受けているホームを、食堂として使っている。

 王都にあったメグさん達のホームは、繁華街から少しだけはずれた場所にある。大きな通りに面していて、人を呼び込むにはちょうどいい位置だ。ギルメン達が集いやすい内装になっていたので、多少アレンジは必要だったが食堂に使うにも都合が良かった。


「ユウちゃんの助っ人頼もしいわ~。いつも元気だし、お客さんにも人気あるし」

「ああ、まぁ……。ユウはいわゆる姫プレイヤーで、接客的な行為は慣れてるからな……」

「いや、ユウちゃんのあれは姫プレイとかでなく、元気だし素直で可愛いから良いんですよ……!」


 ノッポくんがしみじみとした口調で口元を弛ませる。

 ……まぁ、一応かつての現実も今の異世界でも、姫プレイヤーとは言えトラブルを起こさないように節度を心掛けていたようだから、問題ないのだろう。実情はどうあれ、可愛いウエイトレスに給仕されるのは、客にとっても嬉しい筈だ。……多分。


「さて、俺たちは調理場を洗いましょうか」


 袖を腕にまくり上げながらライアンが号令をかけた。


 かまどへ屈み込んだノッポくんが灰を掻き出してバケツに落とす。中に舞う灰を避けて、顔を背けながら不満そうに唸っていた。


「最近は慣れたからスムーズに清掃できていますけど、やっぱりかまどのレンガに染み着く油とかが、全部は取れませんねー。オレこの手の汚れ、凄く気になるんですよー……」

「そう言った細かいところは、ヒヨさんにリセットかけてもらうしかないな」

「そうねぇ。でもヒヨコちゃんにリセットしてもらうと、物の配置もリセットされちゃうのよねぇ……」

「ひと月に一回くらいですし、大掃除だと思うしかないですよ。ギル――メグさん。たまに全体を見直すのもいいことです」


 メグさんを宥める榊の言葉を聞いて、俺は心中でメグさんに謝罪した。

 インテリアリセットは確かに余さず汚れを取り、綺麗な初期状態に戻す。置き場所を変えたアイテムも元の位置に戻る。――しかし、ゲーム内アイテムに限っては、任意の場所に置いた状態で、改めてその位置を登録することも出来る。実際に一度、俺の都合の良いようにレイアウトを変えてヒヨさんに登録し直してもらった。……登録してもらった配置はわざと不便にしてある。


 リセットばかりあてにしていると、「毎日厨房を掃除するべき」と言う意識に甘えがでる。使用した厨房を自分たちの手で清掃するというのは、料理に対する衛生観念を日々確認する、という大切な作業でもある。

 広い厨房を毎日丸洗いするのは大変だが、調理器具はインベントリ洗浄で楽が出来るし、アバターはステータスに底上げされた体力もある。現実と比べればどれほど楽な作業か。

 俺は素知らぬふりで、かき集められた灰を倉庫にしまった。


「ああ、ライアン。食物ゴミはこっちにくれ。まとめて片付けるよ」

「はい。お願いします」


 鍋をインベントリに入れるたびに汚れが真下に落ち、タライに剥がれ落ちた汚れが溜まる。インベントリ洗浄のコツとしては、汚れがばら撒かれないように、調理器具を大きなタライに入れて回収し、そのまま調理器具だけをインベントリ収納すると良い。現実では使えない無駄なテクニックだ。

 溜まった汚れはタライごと課金別荘の倉庫にしまう。"食物ゴミ"と表示されるこの汚物は、かまどから取り除いた灰や他のアイテムと調合し、コマンドすると肥料として庭に自動で撒かれる。至れり尽くせりで大変便利だ。

 純粋な生ゴミ――野菜くずはたいした量ではないがイヴァノエさんに引き取ってもらって、トリアーノさんの豚の餌になる。その豚は丸ごと購入し、一部は加工して保存、他は随時料理に使われる。

 毎日大量に出る灰も、油などの汚れが付くかまどの灰はもっぱら庭の肥料用。汚れない石窯の灰は、木材を購入している業者が欲しがったので渡している。灰はアルカリ性なので肥料の他にも洗濯に利用できるらしい。インベントリ洗浄の出来る俺たちは洗濯を必要としないので、火種の保管に使うものが多少確保できればそれで充分だ。別に金になるわけではないが、リサイクルするという意識は異世界でも大切だろう。ちなみに和食材の灰汁抜き用には、ジャッポン地区からワラ灰を別途調達している。もっとも大抵の物は米ぬかだけで済むが。


「水行きまーす!」


 キディさんの合図で泡だらけになった厨房をバケツで水をかけ、洗い流す。濡れた大理石の壁をスクイジー(ワイパー)で水切りし、床も水を流しながら床用の大型スクイジーで汚水を追い出す、最後にモップと雑巾でから拭く。――掃除用具を洗う必要もないのだから、本当に楽だ。

 ちなみにこのスクイジーは手作りだ。この街、メッツァーニャにある工房ボッティガに頼んで制作してもらった。ハケのゴム部分は、モンスの皮を代わりに挟んで仕立て上げてある。鯨モチーフのモンスを、ほむとティーに捕獲して来てもらって剥ぎ取ったものだ。適当に絵を描いて説明しただけだが、出来上がってきたスクイジーは使い勝手がとても良い仕上がりだった。職人はどこの世界でも尊敬に値する存在だと実感したものだ。本当に凄い。


「これで終わりかな」

「はい。あ、雑巾ください。片づけますから」


 屈んでディシャップテーブル(盛りつけ用の台)の脚を拭いていたライアンが体を起こし、腰を伸ばした。腰にキたのだろう。高ステータスのアバターと言えど、一日中作業すれば疲れはするのだ。

 雑巾を受け取ったキディさんが、バケツの中で雑巾をインベントリへと収納してくれる。最後に勝手口の外、排水溝の上でバケツを倉庫にしまった。

 厨房のすぐ外にある井戸でそれぞれが手を洗い、俺は顔も洗って一息ついた。

 白いタオルが夕日に照らされる。日が陰り、庭に濃い陰が伸びていた。オレンジ色が混じり始めた空の色を見て、今日の仕事が終わったとようやく実感できた。


《フライドチキン売り切れです。夜の分が足りません~! 明日から増量お願いしますっ!》


 "ギルドコール"で店に行ったユウから連絡が飛び込んできた。「あらぁ!」と声を上げて驚きながらも、メグさんは排水溝周りに綺麗な水をかけて丹念に洗い落す。


「まぁ……今日はこの時間でもう売り切れ? フライドチキンは本当に人気ねぇ……」

「プレイヤーがよくテイクアウトしますし、異世界住民からも人気だからなぁ」

「まだ早い時間なのに……売り切れは困るわねぇ……」

「明日は鶏を少し多めに取り寄せますか」

「そうだな」


 確認する榊に頷くと、インベントリから取りだしたメモに仕入れの増量を記入しておく。

 俺たち調理チームは、朝から夕方までしか調理をしない。

 その日納品された素材を使って、まずはギルメン達の食事をつくり、そして店に出す用のメニューを作る。食事は盛りつけて倉庫に保管されている。倉庫はどのホームも共通だからだ。そして注文された時点で、店のスタッフが倉庫から取り出して供する。

 店用の倉庫は、ホームの所有者であるヒヨさんがギルマス、店の責任者の俺とメグさんがサブマスの、新しく設立したギルドの専用倉庫だ。ログも残るので店のPOSシステム(販売時点管理)代わりにもなる。このギルドには、調理メンバーはもちろん、盛りつけ、接客スタッフも加入している。

 調理された料理は、いくら倉庫に収納すると言っても、倉庫の容量には限りがある。課金別荘用のインテリアでないと、一項目にまとめてしまえないからだ。だから基本的に、課金別荘から集めてきた食器を使用している。しかし煮込み料理などは、ある程度小分けして収納し、注文時に盛りつけする場合もある。いずれにしても売り切れ御免で、追加調理は一切しない。

 調理チーム6人で1日に提供できる料理は、せいぜ250食だ。そしてそのうちギルメン用に約110食分消費する。レシピの半分は定番料理なのでまだ楽だが、これが日替わりだけだったらギルメンの分だけで一杯一杯だ。


 厨房の窓が開いて換気が充分なことを確認して、勝手口の扉を閉める。このまま勝手口からではなく、裏庭を通って明日収穫出来そうな作物を確認しつつホームに戻るのが、調理チームの日課だ。


「そう言えば揚げ物類って、全体的に人気商品ですよね。もしかしてこちらでは珍しいのかな? ほむくんなら知ってるかなぁ……?」


 ズッキーニらしきものを手に取りながらギディさんが首をかしげた。土の匂いが強い。落ち始めた日差しを感じたのか、植物の青々した息が強く感じられる。良い感じに実っているな。明日の朝にヒヨさんに収穫コマンドをかけてもらおう。


「まぁ大量に油を使うしな。それなりに高級な料理の部類にはなるんだとは思う。……ただ、うちの店は別に庶民向けの価格帯じゃないから、あまり関係ない気もするな。多分、テイクアウトする方が気楽な層が居るんだろう」

「店内での食事はコースか定食になるから、予算が上がって駄目なのかしらねぇ?」

「かも知れませんね。テイクアウト料理はどれも単価が安い部類だしな」


 料理はまず1人分なのか、2人分なのかを量で決める。皮付きフライドポテトならその量から2人分になる。それから使用した材料費を計算し、物価指数をかける。物価指数には都市に納める税金と、サービス料15%を含めている。この異世界では、カード払いの手数料を計算しなくて良いので本当に助かる。現実世界では支払い手数料が死ぬほど高い。アホらしいほど高い。帳簿を付ける度絶望的な気分にさせられていたので、現金払いは心の底からニコニコ出来る……。

 そうして経費を換算した一皿あたりの原価率は、3.4を基本に上下させている。高すぎる素材を使用した料理をバカ正直に3.4掛けすると、とても高価な料理になってしまうのだ。とは言っても、素材に拘ってしまっているので、そもそもどの皿も原価率が高い。しかし、店はもともと"プレイヤーとブルジョア平民以上、下級貴族以下"、向けをコンセプトに作ったので、多少値段が上がったところで問題はない。――それだけの料理を出していると言う自負もある。もっと安い料理でいいのなら、それこそ他の店に行くべきだ。要は棲み分けの問題なのだから。


 ただし、見た目は高級店でも、売り上げ的にはあまり儲からない。インベントリに収納して保管して売り切っていけるからいいが、もし素材を余らせ、客席が空くような事になったら、あっという間に赤字に転落する。フードサービス業はいつの時代も素材費と人件費の上で綱渡りだ。世知辛い。

 いずれにせよ、現状俺たちの後ろ盾は"国から買い上げた課金別荘を所有している"と言う1点しかないのだ。あまり高級過ぎても、また庶民的過ぎるのも、トラブルが寄ってきそうで怖い。できたらプレイヤーのみを対象とした店なら良かったのだが、それではこの異世界定住の足掛かりにしたいと言う根本が崩れてしまう。本末転倒だ。


「揚げ物、ねぇ……。あとそうねぇ、プレイヤーの中の人が若いのもあるのかしら? もともと店では、和食よりは洋食の方が人気だもの」


 メグさんの分析に頷いて、そして思い直す。そういえばここ2,3日店に顔を出していない。せっかくだから客の意見を直接聞きたい。


「夕食まで間があるし、ちょっと店を見てくるか……」

「あら、それなら私も行くわ。ギルドのみんながちゃんと働いてるか、たまには見に行かなくちゃ」


 視察に乗り気のメグさんに、――どうしたのだろうか?――ライアンが微妙な表情を向けて挙手した。


「……それなら俺もお供しましょうか。榊はあの件頼む」

「OK。こっちはいつも通り適当にやっとく」


 手を振って合図する榊に俺が頭を捻ると、ノッポくんが「部屋の腐界度チェック、昨日引っかかった奴が居たんですよー」とそっと教えてくれた。


 課金別荘の4階から上は、ヒヨさんが毎日インテリアリセットをかけている。新たに設置したいインテリアがあった場合は、その都度セットし直してもらっている。しかし3階以下は共用部分だけが毎日リセットされ、個室は対象外で、月に2度しかリセットがかからない。

 ちなみに3階の部屋にはある風呂は、2階の個室には無い。ただ同じ2階に大浴場あるので、風呂の付いている3階の人間も大抵が大浴場を使用している。浴槽の掃除をしなくてすむからだ。

 いずれにしても、使用する人間が自分で掃除する必要がある。基本的には完全にプライベートな領域だ。……だったのだが、週に一度、メグさんや榊達が監査に入ることになった。短時間で部屋を腐界に変える人間が居た、と言うことだ……。


「じゃぁ、行ってくる」

「はい、気を付けて」


 ノッポくん達3人が転移エフェクトを被りながら手を振って見送ってくれる。

 夕日に染まる畑に白い転移エフェクトが羽虫の様に飛び散った。――閃光、そして一瞬の浮遊感。


「――え? あれ? ゼロスさん?」


 次に俺が目を開いた瞬間、驚いた顔のユウが見えた。


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