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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
第3話 異世界移転者の平凡な日常
30/49

異世界礼賛 中 の 2

「それで、今日のイヴァノエさんのお勧めはこれか」


 目の前に並べられたのはジャガイモらしき物だ。切り口が黄金色で皮が薄いが堅く、イヴァノエさんによって厳しく選別された物だろうに、表面に所々堅く変質した部分が見受けられた。


 リアル現実でも、マーケットに並ぶ食材は規格に合わせて選別されて厳選されたものだ。畑から掘り起こしたままの物を一山いくらで無造作に買うと、想像しているようなレベルの物が手には入らない。だから俺たちは生産業者から直接ではなく、イヴァノエさんたち商人を介して、求める一定規格の食材を選別してもらい、買い付けていた。

 価格的には高くなるが、商人を挟むことで物の信頼性も上がる。商売だけあって、俺たちの望む素材の必要な分量を必ず届けてくれるからだ。――素材の生産地に直接確認しにも行くが、それとはまた別の話だ。


 作業台の上には生のままの物の他に、茹でたもの、焼いたもの、揚げたもの、そして蒸したジャガイモが皿に乗せられて置かれていた。メグさんが蒸した物を切り分けて、店の調理スタッフに回している。これから全員で試食会だ。


「インカの目覚めだったかしら。外見はアレっぽいジャガイモね……」


 蒸かしたジャガイモを試食しながらメグさんが首をかしげる。拍子切りにして揚げた物を味わいながら榊も感想を発表する。


「香りが良くて甘みが強いな。ただ肉の付け合わせにするには、少しクドく感じられるかもね。ソースを工夫しないと付け合せに使うのは難しいかもしれない」

「あたしはこの甘さ好きです。付け合わせじゃなくて、フライドポテトの一種として出したら受けるんじゃないかな? ほら、サツマイモの芋けんぴみたいに。女性は芋類好きだし」

「うーん、それなら最初からサツマイモの方が甘み強くて良いと思うけど……。でもこれ甘みに癖が有り過ぎて、量を食べるのはキツいかな。一品で盛った時にトマトケチャップ的なものに合いにくい気もする」


 デザート担当のキディさんが女性の立場から意見を出すと、主に肉料理担当のノッポくんが疑問を呈する。「そっか、確かにケチャップとか甘さが半端で合いにくいかも」とキディさんが頷いて肯定した。


「付け合わせより、焼き野菜の一種として食べるとか、バターとミルクでこってりさせたスープで一品物か……ピュレにすると食感がどうなるかしら? でもバターと合わせてみたいわねぇ」

「短時間で焼いた物は甘みが半端な気がするな。スフレやタルトにしても良いと思ったが、最初に甘みを出してからじゃないと、せっかくの素材の味が半端になるかもしれない」

「そうねぇ、そうかも」

「一旦低温度で保管したとして、どれだけ糖度が上げるかな。ま、試してみるしかないか」


 焼いた物を食べつつ、メグさんと俺がまた違った意見を出す。

 イヴァノエさんから新しく紹介される食材は、全てこうして調理しては、意見を出して素材を確かめる。ある程度の量を納品してもらうので、この後は一通り調理して賄い――ギルメン達の朝食になる。そこでまた新しい意見が出ることも多い。


 納品されてきた"見知らぬ"素材は、いきなり店のメニューには使ったりしないし、できない。素材の特性を最低限理解できないまま客に出すのは、料理人として出来かねる。

 美味しい料理を作るためには、素材を常に選別する必要がある。たとえばこのジャガイモらしき物ひとつにとっても、どの種類がいいか、何処で穫れた物がいいかと選別をする。


 皮に張りがありシワなどは無い、芽も出ていない、重みがあって身が締まっているのも分かる。鮮度が良いのは当然のこととして、外見的にも合格だ。次はなぜこの種類のジャガイモがいいのか、どんな味なのか、どのように火を入れるのが適切か。ただ焼けばいいのか、あるいは蒸してから焼くべきか、茹でてからにするべきか。付け合わせに使うなら、どんな大きさで切るべきか、あるいは切り方自体をどうするべきか。そしてもちろん、このジャガイモがどんな地域の、どんな土壌、どのような条件で栽培されているか。

 それら全てを、ひとつひとつ確認をしていく。


「あの魚の方はどうなったんだ?」


 俺が聞くと、榊と同じくサブマスで、魚介理担当のライアンが深刻そうに眉を寄せて答えてきた。


「今の時期は雌のみの納品を約束させたのに、雄が混入していた件ですね? あれは今朝現地に"跳んで"、水揚げしている所を査察に行きましたが、漁師も卸も契約通りにしていました。ただ、その後あちらのホームに届いた時には雌雄混合されていましたので、販路の途中で故意に混ぜられている事になります」

「――商人のせい、ってことねぇ……。また別の商人探さなくちゃねぇ……。ねぇライアン、中間業者飛ばして、現地で直接買い付けるって駄目なのかしら?」


 やるせない溜息を吐くメグさんに、ライアンがかぶりを振る。


「横の繋がりが強いですから。業者を変えるのはまだ良くても、直接買い取りするのは後々問題になるかと思います。また、必要量分の海産物全部を毎日俺たちで買い付けるのは現状では難しい。……日本みたいに開けた卸相場ではありませんから、ビジネスに徹して中間業者を排除すると、購入自体を拒否される可能性が高い。義理人情を多分に考慮する必要があります。元々大雌だけ選別するという最初の注文時も、冒険者なのだから冒険者らしく自分で穫りに行ったらどうかと、散々野次られたぐらいですから」

「あらぁ……。そんなこと言って、本気にした冒険者が漁師に転向して、根こそぎ乱獲された挙句に漁場荒らされたいのかしらぁ……!」


 メグさんが半目で物騒な事を呟いた。そうとうお冠のようだ。

 過激な意見のメグさんを、ライアンが疲れた顔で宥めにかかる。


「えーとですね……漁師にだって色々な事情がありますから。分かってくれるまで何度でも俺が交渉しますので、その手の笑えない脅し止めてくださいね。ギルマス――じゃなかった、メグさん。とにかく、俺たちが特別ウルサイ方らしいですが、今はもう漁師側には了承された事柄です。まずは問題の商人への対策に重点を置きましょう」

「はいはい。わかりました」


 肩をすくめるメグさんに、ライアンがグチめいた口調で続ける。


「そもそも他の冒険者が――料理屋やっている奴がそれなりに居るみたいで、そいつらがかなり勝手なことをして問題になっていたと言っていましたよ。まったく余計な事を……」

「あの内海は、小島に出るモンス退治用に小型ボート買ったプレイヤーも多かったし、――もしかして勝手に魚穫ってた奴、居たのか?」


 不快感に眉を寄せて聞いた俺に、ライアンも苦い顔で頷いた。


「ゼロスさんの予想通り、最初の頃にそんな奴が居たようです。――リアル日本の海だって、漁業権持ってない人間が魚大量に穫ったり、貝を盗ったりするのは禁止されているって言うのに……。これだから一般人は……。ちょっとした釣り気分だったのか、異世界だから問題ないとか思っていたのか、やらかした冒険者が何人か居たそうで。地元民が抗議して賠償を求めたら、速攻で逃げ出して騎士団に指名手配されていました。まぁ、キャラチェンしてバックレたんでしょうね、そいつら」


 実家の祖父が元漁師らしいライアンは、さも忌々しそうに吐き捨てた。


 ゲーム時代でも釣りスキルはあったが、あくまで一本釣りで大量に穫るような仕様にはなっていなかった。そもそも冒険者が狩っていたのはモンスターであって、普通の魚や獣はではなかった。

 現実世界でも山で山菜を盗掘したり獣を狩ったり、認可されていない海で貝を穫ったりするのは禁じられている。そもそも最初に地主や地元の組合から許可を取る必要がある。――そしてそれは異世界だって同じだ。

 国が形成され土着の住民居る以上、そこには何らかのルールが存在している。法律として明文化されているかどうかは文化レベルによって異なるだろうが、何事にも不文律は存在する。

 きっと大丈夫だろうと楽観的に考えて、好き勝手に行動してしまえば、いずれ必ず「知らなかった」で済ませられない事態に陥る。

 ゲームに準じた異世界で、俺たちプレイヤーがゲーム本来の仕様を越えた行動に出る場合、それは誰かの権利の領域に踏み込んで居ると言うことだ。



「騎士団に指名手配受けちゃったなら、もうそのキャラ使えませんね……。自業自得とは言え、逃げちゃったら討伐対象になるのに……お金なかったのかな……?」


 見知らぬプレイヤーを心配したのか、キディさんが何とも言えない顔で呟いた。

 推測するキディさんにノッポくんが何度も頷いて同意している。


「あー、かもね。ゲームマネー不足のプレイヤーが、お金稼ぐために料理作って売ろうとしてたのかものね。戦闘、怖いもんなぁ……」

「だからって騎士団敵に回すとか! アイテムや装備売り飛ばしてでも、賠償すれば良いだけなのに……。命懸けるとか、馬鹿だなそいつらは」


 やれやれ。と、呆れた榊がかぶりを振る。俺も同じように頭を振って溜息を吐いた。


「ゲーム時代から、問題を起こしたプレイヤーをGM代わりに討伐していたからな……。システムが残ってる現在はどうなのかな? やはり指名手配喰らったプレイヤーに対しては最強なのか? その辺りのことはほむに聞けば分かるかもしれないな……」


 ゲーム時代、プレイヤーがプレイヤーもしくはNPCに対して問題行動を起こした場合、騎士団による指名手配が行われていた。

 ゲームの進行を妨げるような場合や、度を越した場合は他のプレイヤーが通報し、GM制裁がかる。だがそこまででは無い行為――例えば、一般のNPCに対するセクハラだとか、攻撃だとか、いわゆるリアルの生活で他の人間に対して行ったら犯罪として扱われる行為をした場合、システムで自動的に判別されて、騎士団へと通報される。ゲーム内で騎士団はリアルでの警察機関なので、そこで賠償金を払い、経験値を奪われ処罰される。

 各国の設定によって騎士団だったり軍だったり自警団だったりするが、呼び名と見た目が違うだけで全部同じだと思っていい。ちなみにゲーム的に騎士団は無敵設定されているので、騎士団を倒そうと思っても、攻撃をコマンドした瞬間に返り討ちにあって即死する。そしてさらにペナルティを倍増しで喰らう。


 ちなみに別のプレイヤーから"犯罪をな擦り付けられた"と冤罪を主張することも出来る。その場合はGMがログを参照して判断するが、主張が虚言だと判明した場合には厳しいペナルティを受ける。いずれにしてもVRはかつてのゲームとは違い"現実性が高い"ので、迷惑行為などには厳しい対処をするべきだとリアル法律で定められ、それが反映されていた。


 一風変わったところで"犯罪者プレイ"――これは運営から認められた行為になるが、特定のNPCから物を盗む、と言うクエストもある。だだこれは犯罪プレイ専用のキャラを作る必要があるので、かなりの制限プレイになる。あまり一般的ではない。


 プレイヤーはクエストを受け実行した時点から、騎士団の指名手配を受ける。見つかれば即討伐され、死――つまり一定の経験値を失い、そのキャラのインベントリを含めた持ち物がランダムでいくつか破壊される。大抵はレアリティの高い物からやられ、修復も不可能だ。そして銀行等施設に預けていた資金やアイテムも何割か自動で徴収される。当然クエストも失敗になる。

 クエスト発生の街で滞在しようとしても、プレイヤーを見つけたNPCから通報されるので行動に制限がかかる。また、時間が経つにつれて他の街へも手配書が廻り、他の街でも身動きが取れなくなって行くのだ。

 時間が経過すると、NPCのプレイヤー認識も落ちて通報されにくくはなるが、何日待っても指名手配自体は撤回されない。犯罪者キャラとして認知されたままなので、それ専用のキャラとして扱う必要がある。"犯罪者プレイ"専用クエストが用意されているとは言え、茨の道だ。騎士団に出頭して罪を償わない限り、一般プレイヤーとして社会復帰が出来ない。――これもリアルを反映した法律的措置だ。


 従って"犯罪者クエスト"を行うプレイヤーは普段は他のキャラを使用して過ごすわけだが、今度は倉庫とインベントリの問題が出てくる。

 倉庫とインベントリはキャラ毎に持っているので、違うキャラのあのアイテムを取り出すからと、キャラチェンジをすることもよくある。そして街中の施設に設置されている倉庫にアクセスしようと、うっかり"犯罪者キャラ"に切り替えて悲劇が起こる。施設に常駐している騎士団に"討伐"されるのだ。

 ゲーム時代は、そんな粗忽者の"末期の叫び(シャウト)"が街中でよく聞こえたものだ。


 ――だとしても、この"ゲーム的異世界"は既に現実だ。

 そして騎士団による討伐とは、プレイヤーにとっては現実の"死"になる。


「中位レベルまでのプレイヤーは、装備を売ったり買ったりしてやりくりするから、アイテムや装備に余裕がないのじゃないかしら? こんな異世界だもの、私ならたとえ戦闘しなくても、装備一式は手元に置いておきたいわ。――それにルームは月極のレンタルだし、ホームを完済しているプレイヤー以外はかなり金銭的に厳しい状態だと思うのよねぇ」


 ほんと、ヒヨコちゃんには感謝しなくちゃ。とメグさんがしみじみと嘆息している。


 ――ヒヨコちゃんとはヒヨさんのことだ。メグさんはヒヨコちゃんだとか、ヒヨちゃんだとか呼んでいた。オフィーリアと言う名は呼び辛いらしい。ちなみにヒヨさんの"ヒヨシ"は名前でなく、"日吉ひよし"と言う名字だ。


 そしてヒヨコちゃんに感謝、と言ったところで、メグさん達のギルメンがそれぞれ真剣な顔で頷いている。

 よほど以前のホームでの生活が厳しかったらしい。――まぁ、わざわざ汲み上げ設備を設置しておかない限り、風呂一つトイレひとつとっても水汲みから始めなければならなかったらしいから、当然と言えば当然なのかもしれない。また食事に関しては、そうとう酷いトラウマになったらしく、もう2度と外では食事したくないそうだ。

 ……メグさんところのホームは王都のど真ん中にあって、貧富の差がありありとした都市だったしな……。人口が込み合えば込み合うほど衛生面の悪さが浮き出た筈だ。


 俺は独りで納得すると、両手を叩いてみんなの視線を集めた。


「話が落ち着いたところで――逸れた議題を元に戻そう。海産物の仕入れは商人を変えることなるが、ライアン、当てはあったりするか? 今日は何とかするにしても、明日も足りないとなると苦しい。すぐに探す必要がある」

「ええ、大丈夫です。俺たちみたいな細かく括った物の扱いするような商人、そう居ないですからね。以前から仕入先を増やさないかとアプローチしてきたところにしようかと。あとやはり1社だけの取り扱いだと問題が発生した際に保険が利きませんので、別の地域の商人からも仕入れをするべきでしょう」

「ああ、それでいい。どうせ店だけじゃなく、俺たちも食べるしな。――あんまりやりたくはないが、インベントリに保存しておいて使う手もあるし……ま、保存用に干物にするのもいいかもしれない。無駄にはしないから、大丈夫。量の調節を上手くやれば仕入先を増やしても問題ないよ」

「はい。それでは2社で手配します」


 頷いたライアンを確認すると、俺は店のメンバーの顔をぐるりと見回して号令をかける。


「さて、それじゃ朝食を作ろうか」


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