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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
第3話 異世界移転者の平凡な日常
21/49

初日 上 の した

 あわてて足を踏ん張る。

 肩から崩れそうな里香ちゃんを支え直しながら、眩しさに目を瞬かせる。目の奥で弾けるように赤い花火が散った。見えない視界に苛立だって顔を巡らせたら、鼻孔に草の青い匂いが感じられた。


「――目ぇ、痛い」

「確かに痛いけど。ティーはさっきから目、擦りすぎ。赤くなってるよ」


 笑うほむの声が聞こえる。それに風の音、草や木の葉擦れ、鳥の声。――森の中か? そう確か、このダンジョンの入り口は森の中の廃屋だった筈だ。


「うーん。ふっつーのフィールドだな。まぁモンスが近くに居なくて良かったことよ」

「いやこのエントランス、モンス最初から居ないですよ。地下のダンジョンからでしょ、モンスは」

「前と違って好きに生息してそうじゃない? 俺がモンスならフリーダムに生きるわー」

「頼むから自分と一緒にしないでくださいよ。モンスが可哀想だ」

「お前のその博愛精神が俺に痛いっ! ……ああ、ティーもう目を擦るな。今の内にキャラチェンジしとけ。そうだな、髪が茶色いアレがいいな、即死耐性付いてるし」


 涙の滲む目を声の方に向けた。僅かながらもぼんやりとした人影が浮かび上がってくる。


「――ヒヨさん。分かってたんなら目を閉じろって声かけてくれませんか? おかげで何も見えませんよ」


 そこに居るだろうヒヨさんに声をかけると、楽しそうに笑う声が聞こえた。


「あー、ゼロスまともに見ちゃってたのねー。悪い悪い。次は気を付けるよ。それにまだ転移エフェクト出たままだから、目ぇ見えなくても大丈夫。無事に転移して良かったネー」


 言葉に全く反省が感じられない。ごく軽い口調でヒヨさんが謝った。


「周囲に脅威になるものはない?」

「ないねー。……おっと、訂正。すんごく遠くにモンスが見えました。フラッグ立てて安全領域にしてあるから安心してネー」


 固い声で尋ねたカインにヒヨさんが軽く返す。オフィーリアの足元辺りに、朱い目立つ旗が刺さっているのがおぼろげに見える。

 朱いフラッグは鈴やテントと違ってモンスターを避けるアイテムではなく、一定距離に寄せ付けない為の課金アイテムだ。水平半径5M、垂直4M(地下1M分含む)でできた円柱状の狭い範囲しか確保できないし、制限がいくつかある。それでもキャラチェンジやログアウト、回復したい時にはとても便利だ。


 制限は色々あるが、例えばフラッグを複数使用して領域を拡大させることは出来ないし、既に建てられた安全領域にも入れない。領域解除はフラッグを刺した本人だけが可能だが、使用者本人が領域を出た瞬間に解除される。利用可能な時間は1時間だけで、ずっと放置することは出来ない。

 うっかり道を塞ぐように使用したりすると、GM通報されて強制解除を受ける。その際、使用者と同パーティに警告がなされ、再び同じことをした場合には厳しいペナルティが課せられる。フラッグの利用停止と一時的なPKプレイヤー(GM警告)としての認定だ。

 ダンジョンとして設定された場所では使えない。使用するタイミングや場所をきちんと考えないと、モンスターに取り囲まれる場合がある。鈴やテントと違って、モンスターから身を隠すような効果はないし、ターゲットを取られている場合にも使用できない。

 また逆に、安全圏内だからと安心して戦闘を始めると、最初の攻撃が発動した瞬間にフラッグが折れて効果も解除されてしまう。領域はあくまで回復と一時離脱ログアウトの為のもので、使用することで戦闘を有利に進めることは出来ない。

 フラッグは使用方法より、その利用に対する警告文と誓約が長いことである意味有名な課金アイテムだった。


「――まったく。やっとはっきり見えるわ。転移エフェクトの演出ちょっと派手すぎない?」

「ほんとだったら、HMDに光量制限されるから問題なかったんじゃないの?」

「……ああ、そういうことね……」


 ほむの推測に、疲れた声でバルサが呟いた。発光しているようだった景色が徐々に落ち着き、ようやく周りが見えるようになる。――朽ちた館。

 崩れ落ちた屋根からは青い空が見える。天気が良い。空に白い雲が浮かんでいた。朽ちかけた壁と倒れた柱。敷き詰められていただろう石の床から、草が生え茂っている。石畳の隙間に朱の旗が刺さり、境界線の円が淡く光る。壁に絡みついた蔦がカーテンの様に窓を覆っていた。


 ヒヨさんが覗く窓、その蔦の隙間から遥か遠くに徘徊する2足歩行のモンスターが見えた。

 グランゾ鶏か。レベルもそう高くないモンスターで、人の背丈ほどある大きな鶏だ。地面を滑走するように突進攻撃をしてくるが、スピードはともかく動きに分り易い癖があり、倒しやすいモンスターでもある。そして羽ばたきはしても、空は飛べない。NPCの説明では確か、野生の鶏として卵も含めて食用に使っているという設定があったはずだ。

 グランゾ鶏はアクティブモンスターだが、あれだけ距離があるなら大丈夫だろう。


 大きな館のエントランス部分にあたるこの場所は、魔術師クエストのダンジョン入口として設定されていた。30m四方の広いエントランスにかつて美しかっただろう調度品の残骸が土に埋もれている。

 もとは階段だっただろう場所に、バルサが腰を降ろして溜息を吐いた。その横に、キャラチェンジをして髪の色が変わったほむとティーも座り込む。ティーが眠たそうに欠伸をすると、ほむに寄りかかって目をまた擦った。


「里香ちゃん、ここに座って」


 階段跡まで行くには足場が悪く遠い。仕方なく安全領域ぎりぎりの、すぐ近くに倒れていた柱に里香ちゃんを座らせた。里香ちゃんの腕を肩からそっと外す。俯いたまますすり泣き、促されるままに座る里香ちゃんの様子に、俺は不安を覚えた。

 里香ちゃんの隣にトウセも腰をかける。


「見えない間いろいろ試したけど、ログアウトもGMコールも項目自体が無いね。フレンドコールとかメッセージは生きてっけど……」

「そうだな……。他のプレイヤーがどうなっているのかを確かめる前に、まず俺たちの安全を確保したいとこだが……。ギルドホームへの"ジャンプ"、どうやら可能みたいですね」


 トウセの言葉にカインが応える。眉を寄せて腕を組んだカインの視線が斜め上に向いている。恐らくその辺りにウィンドウが見えているのだろう――以前と同じように。

 射し込む日が陰り唐突に影が差す。視線を上げたままカインが目を見開いて呻いた。


「っう」

「――動くな」


 ほむが鋭い声を発したと同時に、急に訳の分からない動悸と寒気が襲ってきて指先が震えだした。


「朱フラッグ生きてる。安心して。攻撃しなければ大丈夫」


 眠そうなティーが上を見て欠伸をする。一瞬苦笑したほむが目だけで空を見上げた。

 ほむの視線に合わせてぎこちなく頭を動かし、太陽を遮るものを確認する。誰かが悲鳴と息を飲み込んだ音が聞こえた。廃屋が軋んで揺れる。先ほどまで見えていた青空の代わりに毛むくじゃらの大きな目玉が見えた。いや、目玉に俺たちが見られていた。


 朽ちた屋根に手をかけ、隙間から単眼の巨人――キュクロープスが覗き込んでいた。


「何故……ここに、こんな高レベルのネームドモンスが……」


 掠れた声でカインが呟く。引き攣ったカインの額から汗が滲んで、流れた。いつもの軽い口調でヒヨさんが答える。


「うーん、ばっちり見られてるなぁ。みんなすまんね。俺たちがキャラ変えたせいだわ。立てたクエストフラグが順調に継続してたらしいのネー」


 酷い悪寒を堪える。隣で震えている里香ちゃんの体を、同じように震える手で抱いて、俺はキュクロープスをなんとか観察した。


 15M程――4階建ての建物ぐらいの身長の巨人が屈んで、俺たちを睥睨していた。キュクロープスの黄色味がかって濁った白の中に、淀んだ深淵の黒目が滑るように動く。瞬きすることなく、俺たちひとり1人を舐めるように見回いしては黒い沼に1人ずつ姿を映しとり、そしてまた次へと視線を動かした。

 睫の代わりに濃い体毛が体中を覆い、風になびきもせずに顔に張付いていた。鼻の孔から覗く棘のような毛が吸い込んだ大気に風切音を立てる。時折、口元が咀嚼するように動き、口内から木の枝を折るような音が聞こえた。


「ヒヨシさん……。このまま放置して、キュクロープスは去りますか?」

「わからん。いつもは遭遇したら即、戦闘だったからな」

「――て、転移! 転移すれば――!」


 慌ててトウセがインベントリから転移クリスタルを取り出そうと身動ぎ、カインが小さく叫んだ。


「駄目だ! フラッグが折れるッ! コマンドするな!!」


 トウセがクリスタルを持ったまま固まった。トウセを宥めるようにヒヨさんが軽口を叩く。


「トウセ、クリスタルをしまってくれ。大変"危険が危ない"のねー。コマンドした瞬間にフラッグが折れて、転移待機中にキュクロープスの1撃喰らう羽目になるぞー。……さて、どうしたもんかね」

「俺たちで、倒せますか?」

「いや~、無理でしょ。クエスト受けた俺たちは別として、必須スキル持って無いでしょ。最初の1撃目がアホみたいに重いし、その時点でお察しくださいって感じか。ま、気合で頑張れば瀕死で済むかもね。――せっかくだし、試してみる?」

「そんな冗談……」


 トウセが悲痛な声を上げた。そのままぎこちない動きでインベントリに転移クリスタルを入れ直す。血の気が引きすぎて白くなったトウセの顔が増々白く、紫がかっていた唇がさらに青くなって震えた。

 竦んでまごついただけの俺たちを嘲笑うかのように、キュクロープスが唇を釣り上げて赤く濡れた歯を見せる。――赤?

 まるで痰を吐き出すように、キュクロープスが俺たちに向かって何かを吐き出す。朽ちた屋根の隙間から、俺たちの中心、刺さった朱い旗に目がけて"それ"が叩きつけられた。


「フラッ……ッ!」


 一瞬、フラッグが描いた境界円が消える。


「――我慢比べかね」

「殺った方が早くないすか?」


 抜けたフラッグが地面を跳ねる。

 跳ねたフラッグの横、抜けた穴のすぐ側に別のフラッグが土深く鋭角に刺さっていた。――ほむが投げつけたもの。フラッグが抜けて、領域解除される瞬間を"見越して"、新しいフラッグを刺していた。俺たち全員が囲える位置。そして、ヒヨさんもまた、左手に次投用のフラッグを構えていた。

 叩きつけられた"それ"が地面に転がって動きを止めた――人間の腕らしき物。手首に課金アイテムが嵌っている。恐らく、冒険者"だった"モノ……。

 押し殺した声でカインがヒヨさんに聞く。


「フラッグ、何本ありますか?」

「んー、そうねぇ。数の心配より、根気の問題かな。タイミングが糞ほど面倒い。おっさんの俺には、ほむのような芸当が出来るかちょっと微妙だわぁ。そしてほむ、キャラチェンジしてみ。クエスト進行変わるかもだ」


 再びフラッグを構えたほむが肩を竦める。バルサが震える両手で自分の口を塞ぎ、一瞬目を瞑り、眉を寄せて泣きそうな顔でほむを、ヒヨさんを見た。


「俺、アレいらない。早くみんなと一緒にお家行きたい」


 眠そうな顔でティーがぐずる。ぐずって、いつのまにか手に持っていた小さな筒の紐を引いた。


「ティーッ!?」


 まずい、と思わず叫んだ俺に「大丈夫、単なる花火」とほむが声を上げる。空に向かって花火が真っ直ぐ打ち上がる、屋根の隙間を抜け青い空に登り、そして眩い光の球が浮かんだ。まるで雷のような激しい閃光を纏わせている。

 キュクロープスがその光に動揺して、大きく体を揺らす。手を乗せていた廃屋の梁が軋んだ音を立てながら朽木を散らし、俺たちの頭に埃と木の欠片が降り注ぐ。屋根が壊れそうで怖い。

 キュクロープスが、空に浮かんだ光から1歩、2歩と後ずさる。大きな目を守るように手を顔の前にかざし、慌てて踵を返して早足で駆けだした。

 背を向けて逃げ出したキュクロープスの姿が薄く透けだして、そして、あっけなく消えた。


「……は? なんで?」


 キュクロープスの逃走を唖然と見送る。


「――今の。花火は、……なにかキーアイテムなのか?」


 掠れた声でカインがティーへと尋ねると、眠そうなティーが目を擦りながら気の抜けた声で答えた。


「キュクロープスに使ったら逃げたって、クエストNPCの子供たちが教えてくれるよ? 俺、みんなで花火しようと思っていっぱい買っといたの」

「俺、全部倉庫にしまった」

「俺も花火は倉庫に有るわー。お前のお陰でみんな助かったよ。良かった良かった。あ、心配しなくても、クエストフラグ立ててるのこれだけだからね。安心してネー」


 ティー、目擦んないで。と、ほむが眠そうなティーをあやして背中を撫でる。

 俺は安堵して深く溜息を吐いた。緊張で震えた手で里香ちゃんの背中を撫でる。里香ちゃんは騒ぎの間もずっと、顔を伏せて啜り泣き続けていた。


「マッチポンプ止めて……っ!」

「ああ、すまんね。みんな、悪かった」


 バルサの泣きそうな声にヒヨさんは謝って、俺たちへ頭を下げた。カインがひとつ息を吐き、頭を軽く振って手で空を押さえるような仕草を重ねる。


「まぁ、ヒヨシさんもきっと混乱して失念していたでしょうし。……まさかクエストがこんな状況でも進行してるとは……。それより、早く安全な場所に行くことを考えよう」


 もっともなカインの意見に、みんなそれぞれ肯いた。

 クエストのポイントになっているような廃屋に、これ以上好んで居たいとは誰も思わないはずだ。俺も早く安全な――そう、ホームへと帰還したい。


「ヒヨシさん。悪いけどまた、ホームを貸してもらえませんか?」


 カインが思案顔でヒヨさんに聞くと、ヒヨさんはいつのまにか部屋の隅に移動して、キュクロープスが吐き出した"腕"に生き返り用のアイテムを使っていた。――変化なし。そして、"腕"インベントリへと収納した。


「腕だけでは復活出来ないのか。後で改めて埋葬するとしよう。

それと、ホームね。別にかまわんよ。しかしなんでまた、いつものトコじゃ駄目なんか」

「俺たちのギルドホームは設備的に貧祖過ぎる。広間は在ってもそれだけで、個室が無い。一旦非難するだけにしても心もとない気がします」


 俺たちギルドのホームは、みんなが集まるだけ、の場所だ。各フィールドのあちこちにホームを持ってはいても、どれも疑似的に住む為のホームではない。ホームへの"ジャンプ"を使用して、各フィールド間の移動を短縮させるだけの存在だ。

 だから内装や設備に括ったりはしていなかった。そもそもホーム購入だけでも相当の費用がかかっていて、そこまで手が回らなかったというのが正しい。

 ヒヨさん達3人は、別キャラをティーがギルドマスターのギルドに所属させている。そのギルドのホームを俺たちも時々使用させてもらっていた。内装にも括っていたらしいヒヨさんは、大量に課金することで――本人曰く、どうしても受け取って欲しいと貢がれたから、有難く頂いた結果、だそうだが――どのギルドホームも充実した設備を備えていた。


「なるほど? そうねぇ、設備的な意味での俺のお薦めとしては――」


 そうしてヒヨシさんが指を折りながらいくつか街の名前を挙げると、カインが頷いた。


「どれでも構いません」

「あらそうなん? あくまで設備的なお薦めよ? 立地とか考慮しなくて大丈夫なの"ギルドマスター"」


 カインの顔が分り易く強張る。ただ笑うヒヨさんに、俺は堪らず声をかけた。


「――ヒヨさん! こういう時にその手の意地悪するの辞めてくださいよ。ヒヨさんの1番良いと思う場所で良いじゃないですか」

「そう? じゃぁ公国んトコのホームにするか。メッツァーニャ、な」


 笑顔のヒヨさんが肩を竦めた。そして部屋の隅にある窓から外を覗くと、手招きして俺を呼んだ。


「あと、ゼロス。悪いんだけど、ちょっとこっち来て確認してくんない?」

「まったく……。確認ってなんですか? 悪い、トウセちょっと」

「いいよ、俺が見てるから。大丈夫」


 青白い顔をしたトウセが、里香ちゃんを宥めるように背中を撫でる。そのトウセの様子に俺は少し安堵して、そのままヒヨさんへと近づく。

 足場が悪い。植物が生えて押し上げられた石で足が取られそうになる上、ローブが邪魔で上手く歩けない。仕方なく装備のローブを外して、インベントリにしまう。

両手を広げるようにバランスを取って慎重に歩く俺の姿に、ヒヨさんが笑った。


「――適度に都会で適度に人が多い街。政治的にも気候的にも穏やかで、NPCも冒険者に対して好意的な反応をする街だったから、ですね」


 固い表情のままカインがヒヨさんに聞いた。喰い付くカインの真剣な眼差しに感心したような目を向けて、ヒヨさんは頬に手をあてて可愛らしく首をかしげた。――オフィーリアの仕草だ。


「そ。前に使ったことあるホームでしょ? 登録済みになってるはず。お好きにどうぞ。メッツァーニャはクエストの流行ハヤリが過ぎた街だから、プレイヤーもそう居ないでしょ。――ぶっちゃけると、他のプレイヤーとは当分接触したくないわ。錯乱したあげく、頭振り切った馬鹿が無双ごっこしそうで怖いんだよネー。つか、俺なら迷わず無双するわ」

「……なるほど。ではメッツァーニャのホームを貸してください」


 ヒヨさんの戯言をカインが丸無視する。俺も聞き流してカインの傍まで寄ると、声を潜めて言った。


「カイン、里香ちゃんがおかしい。トウセの顔色も随分悪いし、早くきちんとした場所で休ませたい」

「ええ、分ってます」


 話合う俺たちをよそに、ヒヨさんが手招きをする。


「ほむ、ティー、2人ともこっちに見に来い。ほらゼロスも。アレなんかどうよ?」


 手招きするヒヨさんに呼ばれて、ほむと眠そうなティーが座り込んでいた階段から立ち上がる。カインはヒヨさんに構うことなく、柱に座るトウセに声をかけた。


「――トウセ! メッツァーニャのギルドホームにジャンプします。里香さんを連れて行ってもらえますか? もう飛べるはずです。試してみてください」


 カインの言葉に頷いたトウセが里香ちゃんの肩を抱く。――トウセの方が遥かに体格に劣るので、どちらかというと、肩にトウセが張付く感じになっていた。トウセ達2人の身体の周りを白い光のエフェクトが漂った。

 ヒヨさんが窓を覆う蔦をそっと避けて、俺に外を見るように指さした。


「一体なんです? 確認て?」

「いやね、ああティーも見えるか? ほらあれグランゾ鶏だろ。喰ったら旨いってNPC言ってたよね? ついでだから狩って行かね? 今日の夕食の食材にどうよ。多分食事できるよね、俺ら」


 この期に及んで戦闘する気満々のヒヨさんに目を剥く。――狩る!? グランゾ鶏 を? そして喰う!? そんな馬鹿な!

 確かに旨そう。腹減ったし。そう、窓の外を覗きこみながら呟いたほむにも驚愕して、俺は思わず後ずさった。


「――待ってください! 何言ってるんですか!? これ以上の戦闘は俺ももう無理です。それに料理するつもりなんですか!? アレを!?」

「元料理人だったよね、ゼロス」


 笑顔を向けるヒヨさんが遠く感じた。頭が揺れて思考が歪む。とても同じ人間とは思えない発想に、疲れ切った頭がさらに疲れて混乱した。


「頭痛いわ……」


 階段に座るバルサが半目で額を押えた。


「俺にやらせるつもりですか!? 冗談辞めてくださいよ、あんな巨大な鶏の解体なんて出来ませんよ! 第一、肉なんて食うつもりですか!? 今日! この後でッ!」

「戦闘と解体は俺とほむでやるよ。料理だけお願いできない?」 

「んー……俺もやるぅ……。唐揚げ食べる……」

「だからティーよ、目ぇ擦るなって。――おっと、トウセが"ジャンプ"したな」


 背後で光が弾ける。

 振り返ると、朽ちた柱に座っていた2人の姿が消えていた。眠そうに眼を擦るティーが大きな欠伸をする。

 宙に視線を向けていたカインが大きく溜息を吐き、目を閉じて呟いた。


「……ああ、無事ホームに着いたそうです。里香さんから"コール"が来ました。良かった……」


 強ばったままだったカインの顔がようやくいつもの微笑を浮かべた。カインの様子に俺も安堵する。


「そうか、良かった……。じゃぁ俺たちも早く――」

「そりゃ良かった。じゃ。ほむ、ティーと一緒にグランゾ鶏よろしく。1羽でいいよ。上手く釣ってね。あと魔法はナシで」

「はぁ!?」

「へーい。じゃ、行ってきます。ティー行こ。剣技で首撥ねればすぐ終わるよ」

「んー……分ったぁ……」


 俺は馬鹿みたいに口を開けて、ほむがそのまま窓を乗り越えて廃屋を出ていくのを見た。ティーもその後を追いながら何かをグランゾ鶏に向けて投げた。――ナイフ? 

 走り去る2人の背中を呆然と見送る。コケッ! と、遠くからグランゾ鶏の短い鳴き声が聞こえた。


「フラッグの領域が解除されない……」

「うーん、不思議だわぁ」


 呟いたカインの声に俺は唖然としたまま、ヒヨさんに目を向ける。フラッグを片手に、ヒヨさんが楽しそうに肩を竦めて笑った。


「先ホームに行ってていいのよ? ――って、もう終わったか。流石に早いわ」


 ヒヨさんの言葉に慌てて窓に駆け寄る。窓から身を乗り出して2人の姿を確認するつもりが、2本足の変な生き物が羽根を撒き散らしながら滑走しているのが見えた。


「は?」


 思わず声が出た。瞬間、その奇妙な物体が音を立てて地面に倒れ込んだ。――グランゾ鶏。の、頭部、が、無い。


 気付いて背筋が凍る。

 頭を跳ね飛ばされたまま走り続けたグランゾ鶏が、完全に動かなくなったことを確認して、ティーとほむが駆け寄る。ティーが手で触れるとグランゾ鶏の姿が消えて無くなった。


「へぇ。さっきの腕といい、普通にインベントリに入るのね。グランゾ鶏はドロップに肉があったし、自動的に解体処理されると便利なんだけども……。――残念、インベントリの収納項目はまんま"グランゾ鶏(頭部以外)"だとさ」


 2人の姿を目で追いながらヒヨさんが解説する。カインが、ああ、と納得したように声を上げた。


「"コール"ですか? 先ほどの腕はなんと?」

「コールですよ。"冒険者の隻腕(左)"だと――さて、行くか」


 屈み込んで、ほむが投げ刺したフラッグを抜きながらヒヨさんがカインに答える。そして困った顔で呟いた。


「……地面に刺す時に手が触れてなかったからか? さっきのキュクロープスの件といい、検証する必要があるな」


 そう言ってフラッグをインベントリへとしまった瞬間、ヒヨさんの身体に白い光のエフェクトが纏った。――いや、俺たち全員の身体に光が纏っている。


「――唐揚げ、食べよう!」


 軽く息を弾ませながらティーとほむが窓の外に駆け寄ってくる。ティーの手に、大きなグランゾ鳥の羽毛が2本握られていた。柔らかい羽毛がティーの動きにふわふわと揺れる。手を離したらそのまま風に乗って飛んでいきそうだ。


「よしよし。ティー、良くやったな」


 ヒヨさんが俺の隣で窓から身を乗り出してティーの頭を撫でる。そのティーの体にも、隣に立つほむの体にも白い光のエフェクトがある。

 頭の隅でウィンドウを確認すると、今居る全員との同行転移マークが表示されていることが分かった。コマンド主はほむだ。


「……屋敷の外も同じ空間扱いか……」

「ゲームでも屋外と同じフィールド扱いだったしね。どうも距離だけで判断されてるみたいね、今の転移は」


 カインに言って、ヒヨさんが再び片目を閉じて手で覆う。流石に2度目なので俺も倣って目をつぶった。


 指の隙間からもれた光が強さを増す。また慣れない浮遊感。

 足を踏みしめて立つ。――そして。



 ようやく俺たちは"ホーム"へと帰還した。


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