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第1話概要:「変態だ――!!!」(AA略)
オフィーリアは力が抜けた身体を叱咤した。
半日以上かけて余すとこなく酷使され汚れた身体は、愚鈍で指先を動かすことすら困難だ。やっとの思いで腕を持ち上げ、背を向けた男たちへと伸ばした。
「……ぁ。……お願ぃ……ぃかないで……ぇ」
振り向いた男たちにねだるように、物足りなげに腰を動かす。
「……おいおい」
哀願するオフィーリアのあまりの姿に、部屋を出ようとした男たちは足を止めた。
男の満足した筈の怠い体に再び力が篭る。勝手に湧き上がってくる唾を喉を鳴らして飲み込んだ。
最高の女だ。何度やってもいい。体つきもいいが、なにより顔がいい。滅多に見ないほど美しい女だ。
だが美しさよりも、恐怖に怯え、強淫に戸惑い、咽び泣く様が堪らなくそそる。
堪えるように男の服の端を握り締めるのも初心くていいし、時折縋るような目を向けるのが、余計に気持ちを高ぶらせる。汚されてなお輝く銀髪も、涙に濡れた紫紺の瞳も、奴隷として売る時に価値を一層高めるだろう。だが。
男は周囲に視線を走らせる。
取り囲んだ自分の部下たちも、いや自分も、この女を売るなんてもはや出来ない。少なくとも"損なった"、と感じるまでは。今までは自分も部下も売り物として壊れる様な扱いはしないできた。だが、理性を吹き飛ばすような気に駆られるのはなぜだ? 破壊衝動などこれまで感じたことは無かったはずだが……。それにしても。
オフィーリアを舐め廻す様に見ると、無精髭の生えた顔に下卑た笑みを浮かべ、嘲罵を浴びせた。
「見ろよあの淫売、まだ足りないらしいぜ」
「あーぁー。すっかり好き者になっちまって」
「可哀想になぁ……」
「まぁ、俺達がこれから毎日たっぷり可愛がってやるから、安心しろよ」
哄笑する男たちの言葉が聞こえたのかオフィーリアは嬉しそうに笑う。
「もっ……とぉ……」
男たちの視線が一瞬交差する。肩を竦めて笑い合い、腕を伸ばして誘うオフィーリアへと近づいた。
「……しかたねぇなぁ……」
そう、満更でない声でぼやいたはずの男の言葉は、音になることはなく頭部ごと消え去った。
吹き出した体液が薄汚れた天井を塗り変え、盛んに滴を垂らす。
まるで雨のように降り注いでは、視界を鮮やかに染めていた。オフィーリアは赤白の体液に濡れた体を振わせて奔る快感を反芻し、身体中に粘りついて零れ落ちる感触に煽られては、息を荒げる。咽せるほど立つ血臭は男達に与えられ続けた体臭でとうに麻痺し、気付くことも出来ない。
「はぁ……っ!」
愉悦の溜息を吐く。そのひどく艶かしい姿を見る者が居れば、本能に抗えずに襲いかかっただろう妖艶さだ。だがもうここにオフィーリアを目にする者は居ない。先程まで一晩中オフィーリアをもて遊んでいた男たちは、その逞しい胴体のみを残して床に倒れ、事切れていた。
充分に噛み締めた快感を名残惜しげに払って、ゆっくりオフィーリアは立ち上がる。肩を回し、首も解す。散々酷使した身体を存分柔軟し終えてからようやく、その形の良い唇に酷くそぐわない言葉を吐き出した。
「あ"~たまんねぇ。女の体ってほんといーわぁ……!」
――キャラクターネーム"オフィーリア"こと、アカウントネーム"ヒヨシ"は、筋金入りのネカマ、だった。
異世界の中心で、これが俺の性癖です!! と、高らかに叫びたい。
眉を顰め白眼視され、変態と罵り蔑まれようが――ありがとうございます! 我々の業界ではご褒美ですっ!――俺は信じた道を逝く。我が人生に一片の悔いなし! 今更かつての常識もネットマナーも糞もあるか。ここでは肉体が女なら、女以外の何物でもない。文句を言われたところで、もともとネカマですし? 最初からオフィーリアは姫プレイ専門で作ってますが何か? ってな感じだ。
開き直りかよ! って? いいえ、違います。むしろおっさんだからこそ、男だからこそ、今あえての女体化。自主的女体化プレイ! 異世界で必須のTS展開万歳ッ! である。
育て上げたキャラクターはとても可愛い。ちくりちくりとレベルを上げ、職業とスキルの選定に散々悩んだのだ。可愛いに決まっている。愛着もある。何よりどんだけアバター設定に苦労したと思っているんだ。仕草ひとつ、話し方ひとつにだって死ぬほど気ぃ使っていたわ!
――だがしかし、所詮は"キャラクター"だ。
そもそもこのゲーム"Annals of Netzach Baroque"において、キャラとは切り替えの出来る手札にすぎない。いや、これは廃人の弁か。
一般的な話をするならば、1アカウントに対し、通常2キャラを制作できる。1人2垢までだ。それ以上は発覚次第、手持ちアカウントをランダムにBANされる。BOTザマァ! と言うわけだ。
2nd以降のキャラ制作条件は、最初に作ったキャラのレベルを初回上限までカウンターストップさせることだ。カンストといっても廃人と呼ばれるほどやり込む必要はない。RPG慣れしていれば初回上限程度、普通の人間でもたいした苦労もせずに到達できるだろう。たった160時間程度だ。
2ndキャラ制作可能になると、1stキャラの初回上限は解除される。
もし2ndキャラ制作後にさらに別のキャラを作りたくなったのなら、高い金をその都度運営に振り込めばいい。1アカウント最大5キャラまで増やせる。
また、最初のキャラと切り替えて遊びたいなら、ホームや街にある倉庫ヘのアクセスポイントで簡単に切り替えられる。いちいちアクセスポイントに戻るの面倒臭い? だったら、さらにクソ高い金を振り込め。これで特殊状況以外ではいつでもキャラチェンジ可能だ。便利だね。
――ただし、それだけだが。
はっきり言おう。1stキャラを初回上限カンストさせるまでがこのゲームのチュートリアルである。ご丁寧に [ Congratulations ! Please enjoy continuing ! ] と表示されるくらいだ。運営はタヒね!
つまり、2ndキャラからが真のゲームスタートであり、ゲームの本番。いわゆる1つの神髄というヤツである。
1stキャラでは選べなかった職業、スキル、立ち入ることの出来なかったエリア。これは負けイベントなのか!? と勘違いさせる、課金アイテムを湯水のごとく使用しないと絶対に勝てなかったあのモンスターとのタイマン。ゲームをフルに楽しむための要素の、その取っかかりがようやく解放されるのだ。
そして1stキャラの育てやすさとは一体何だったのか!? と疑問に思うくらいレベルが上がり難い2ndキャラに気付き、必要経験値を調べてはそのあまりの量に唖然とし、なりたい職業に欲しいスキル、その解放クエストの膨大さに絶望する。それがこのゲームだ。
マゾゲーと呼ばれ、ガチ糞ゲーと揶揄されるこのゲームは、それでも世界でTOP3に入る素敵なVRMMORPGだ。ホント真面目に。
廃人をゲームの名前をもじって、ネットバーカとかメッチャバーカ呼ばわりされたりもするけども。わりとガチで。
しかし廃人達はどう呼ばれようとも、ネトゲー特有のマゾさをものともせず嬉々としてキャラを育て続ける。
だって、みんなに頼られ尊敬される俺が画面の向こうの世界には存在しているから! ワールドワイドかつ膨大な人間が存在するこの鯖――世界で、素敵で無敵な俺が羨望の眼差しを受ける。
なんて素晴らしい! 俺はなんて凄い人間なんだ! だってみんなミンナ、俺が居ないと死んじゃうから!
――そうして俺らは、数値と自己愛を積み上げてのめり込む。
耳を澄ませば、シュプレヒコールが聞こえてくるだろう。ああ、この世界でずっと生きていたい。この世界こそが現実であればいいのに……!
と思ってはいたが、本当に異世界に来たのなら話は別だ。帰りたい。切実に。
何せ不便すぎる。娯楽は無い。あってもタルい。アナログとかマジキチ。息抜き用の別ゲーもない。現実ではそろそろ神と崇めるあのゲームの続編が発売する筈だ。なんでフラゲッターの俺がネタバレ喰らう立場にならにゃいかんのよ、発売までに帰らねばならない。なによりここには命の保証も人権もないのだ。ああ、日本て素晴らしい国だったのね。
とにかく面倒臭過ぎるのだ。今まであたりまえにあった安心感どこ行った!? お前の隣で寝てる? ふざきんな! それは俺のモンだっつーの! え? そのクソ高いステータスと、ため込んだゲーム内通貨を生かして生活しろって?
バカ言うなよ、働いたら負けだろうが常考。
――とかまでは言わなくても、ノーコンテニューで生活基盤を1から作れとか。どんなクソゲーだよ。ハッピーエンドかベストエンド、最悪でもノーマルエンドしか認めないよ、俺。バットエンドがリアル即死とかなにそれ、面白いわけないだろうがそんなゲーム。いや現実。第1シミュレーションゲームとか門外ですから! マジで!!
そんなこんなで移転当初のたうち回ってた俺は、ある日唐突に秘められた能力を覚醒させたのだった。
異世界移転ジャンルのお約束である。それでこそ主人公! 流石すぎる俺!
――ただし、覚醒したのは力ではなく性癖だったのだが……。