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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
幕間2:移転者は異世界で眠れない
18/49

移転者は異世界で眠れない 下

「今日の話はこれで終わり?」


 おとなしくソファに座って沈黙していたほむほむらぶは、仲間たちへと同意を求める。

 収束した場の空気を確認したカインが頷いた。


「今のところは。……他に何かありましたか?」

「無いならちょっと外に出ようかと思って」

「どこ行く?! 何して遊ぶ?!」

「うわっ」


 上半身を覆っていたクッションの山を床にまき散らしながら、ティーザラスがソファから跳ね起きた。ほむほむらぶはお茶をこぼさないように素早く湯飲みを窓枠に置いて避難させる。驚いたバルサが声を上げて、湯呑を持ったままソファから慌てて逃げした。

 もう。と、溜息を吐いたバルサが、驚いた拍子に手にかかったらしいお茶をインベントリから取り出したハンカチで拭いている。お茶の熱で赤みを差した手が火傷だとスキルに判断されて自動回復がかかる。赤色が瞬く間に引いて、元の肌色へと戻った。


「ティー! びっくりさせないでよ」

「うん。ごめんよぅ。――で、ほむドコ行く? 街? それとも砂漠?! 俺は砂漠がいーおっ!」

「いや、娼館。さすが貴族御用達の学園が在るだけあって、治安良くて全体的にクオリティ高いよ、この都市。たまにはティーも一緒に行く?」


 気色を浮かべていたティーザラスが、答えを聞いたとたん顔をしかめてソファに突っ伏す。そのままクッションを抱え込んで、ソファの背に額を押しつけて無言で丸まった。


「……クオリティ高いのか……」


 先ほどの衝撃を未だに引きずったらしいゼロスが、思わず独り言ちている。カインが気の毒そうにゼロスを見た。


「貴族の若い子弟向けなのか、あざともなく擦れてない感じのが多いらしいですよ? 最初の愛人候補と言う形で。王城に近い方は至極一般的な高級娼館だそうですが」

「カインも通ってるのか……」

「俺も男なので。それなりに」

「最初の愛人候補?」


 カインの解説にバルサが首を傾げると、待ってましたとヒヨシが楽しそうに詳細を披露しだしす。


「色に夢中になって、操られた挙句、頭傾かせると不味いんだろ。政治に口出されても困るだろうしな。だからかやたらと素人っぽいというか、家庭的というか、頭が軽いというか、深く物を考えないというかかなんというか、そういうオツムと知識が制限された娘専門の店も1部にはあることは、まぁあるな。娼館と言うより疑似恋愛斡旋所と言った方が分かり易いか。まぁ、その分食い散らかされるのを嫌って客にも厳しいんだが。なにしろ契約が細かすぎて、店行くのもやたらと面倒臭ぇのよこれが。――で。ギルマス、どの店のどの娘がお勧めよ」


 ヒヨシは好奇心を隠すことなく顔を弛ます。追求をかわすように、いっそにこやかな笑みをカインが浮かべた。


「残念ながら俺も話を聞いただけなので。むしろヒヨシさんの方がお詳しいみたいですが?」

「新規開拓に余念がないのよ、俺。せっかくの異世界なんだから新境地を開きたいの、俺」

「アンタむしろ、新境地どころか異次元まで開通してるじゃない」

「人は慣れて飽きる生き物なの。悲しいことにこれ、本能なのよねー」


 バルサの冷めた皮肉に、「ほんと残念だわー」と、言葉とは裏腹の満面の笑みで答えて、ヒヨシがカインに向き直った。組んだ足をほどいて床に降ろした代わりに両手の指を絡ませる。あからさまな好奇心を表すように身を乗り出して、ヒヨシはさも愉しげにカインへと笑いかけた。


「ところで、ギルマスに娼館を紹介してくれたってのは例の商人?」

「ええ。そうです」

「へぇ。実は両刀なのかね?」

「単純に接待用に情報を集めているそうですよ。そう言えば、里香さんにお会いしたらしく、大変気に入られていました」

「ま、"ガワ"は極上だからなぁ。よくあるマッチョ趣味じゃなくてコレ幸い」

「夢にまで見た理想の"男性"だそうで」

「ちょっと待って! ……カイン、一体何の話だ?」


 解り合ったように会話を進めるカインとヒヨシの言葉に不穏を感じ、慌てて片手を掲げたゼロスが制止をかける。何でもないことのようにカイン微笑んで、そして告白した。


「ビナーで取引している商家の方が、里香さんを気に入られたそうで」

「気に入るって、いや、だって商人は男って……。いや、まさか……!?」

「ええ、男性です。もともと男色家らしいのですが、正に運命の出会いだと」

「待ってください! ……その男、里香ちゃんが女性だと知ってるんですか?」

「いいえ? 説明したところで理解されないでしょう? 俺たちが異世界の人間で、かつ元々の"肉体アバター"と"精神(中の人)"が別の存在だなんて」


 にこやかに笑いながら説明したカインに、バルサが不信を顔に浮かべた。探るような視線をカインに送りながら、バルサがひとつひとつ確認するように問う。


「……サブマス、これからビナーに住むんですよね? 確か船も、その商家の帆船に便乗して行くって、ギルマス言ってませんでした?」

「ええ、その通りです」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。……不味くないですか? それ。トウセじゃないですけど、良くない環境だと思いますが」


 ゼロスの意見にカインが困ったように首をかしげる。


「そうは言っても……。里香さんは立派な成人女性ですし。相手ももちろん成人されていますから、お互いの意見を尊重しつつ恋愛は自由にすべきかと。それに、ヒヨシさんがお聞きしたところによると、里香さんはこの異世界でも恋愛の対象は男性のみとか」

「言ってた、言ってた。"ガワ"に関係なく、男と恋愛したいんだと」


 あとエロエロするのも。そう追加したヒヨシの言葉に、ゼロスが憤死しそうな顔で呻いた。憤るあまり、撫で付けた髪を派手に掻き散らした。


「それは里香ちゃんが普通の女性だからでしょう?! 男性と付き合うのと、男色家と付き合うのじゃ、まったく別の話ですよ!!」

「ぶっちゃけ"ガワ"が"ガワ"なだけに、どう恋愛したってガチホモだわー。薔薇いわー。うほっ、いい男アーッ! だわー」


 ヒヨシの軽口にバルサも「そうよねぇ」と納得したように肯く。


「ねぇ、そんな言うならゼロス、あなたがサブマスと付き合えばいいじゃない」

「無茶言うな! 俺は無理だっ!!」


 バルサの提案に、ゼロスは首筋に鳥肌を立てて絶叫した。うんざりとした顔でバルサが鬱陶しげに手を振る。


「じゃぁ黙ってなさいよ。……もう、話がこんがらがって面倒臭いわ」


 苦笑したカインが2人を取りなすように説明を追加した。


「先方も、誠心誠意尽くして、絡め手なしで口説くと確約してくれましたし。幸せになれるように応援するのが筋かと思います」

「ちょ……! そんな約束までしたんですかっ!?」

「既に2人が会ってしまいましたから。情熱にあかせて強引にことを進められるよりは、ある程度の節義を最初から求めた方が建設的でしょう? 里香さんは大切なギルメンの1人ですし、ギルマスとしても事態を放置するより良いと判断しました」

「なんてこった……。どうしてこんな……」


 とうとうゼロスが椅子に座り込んで、頭を抱える。そのゼロスを無感動にながめていたバルサが、突然思案顔になった。


「ギルマス。一応聞いときますけど、相手のその商人ってまともな人なんですか? ホモなのは置いといても、見た目とか、性格とか」

「男色家なのはさて置き。人間としても勿論、商人としての腕も評判良い方ですよ。正直、俺から見ても同性として格好良い方だと思いましたし」

「だから! ……その、同性愛者なのが1番問題なんだが……」

「もう、いちいちウルサイわね。そんな正論吐いてもしょうがないでしょ。それにサブマスって面食いの年上好みだから、相手がまともな人間ならそれで良いじゃない」


 顔を上げて喰いつくゼロスに、呆れたバルサが言い伏せた。バルサのその意見に、カインは鷹揚に頷いてみせる。


「里香さんは年上好みでしたか。それなら本当にぴったりですね」

「普通に"アレク"が好みのタイプなんだと思いますけど……」


 バルサがにこやかに肯くカインから目を逸らした。視線が思い出す様に揺れ、床を彷徨っている。


「……サブマス、携帯機でプレイする時が多かったし、VRでロールプレイしてたわけでもないし。それにサブマスのキャラ、全部"アレク"でしょう? 自分でキャラメイクしたらしいですし、拘りがあるんじゃ?」

「ああ、なるほど。"アレク"とは若干タイプが違いますが、女性に大変持てはやされる容姿をされていました。ですので見た目に関して懸念はないかと。――あとは、当人達の気持ち次第ですね」

「いやいやいや! 里香ちゃんの好みのタイプが"アレク"と言うなら……」


 ゼロスが横目でほむほむらぶを見る。気怠げな様子でほむほむらぶはにソファに座っていた。我関せずと言った表情のほむほむらぶが、窓の外を眺め、そして退屈そうに欠伸をした。

 話を巻き戻したゼロスに呆れたように、バルサは咎めた。


「確かに、ほむのリアルは"アレク"と同系統の正真正銘の美形だけど。コイツ、良いのは本当に"ガワ"だけ、でしょ。性格がコレで、あと年下だし」


 もっともサブマス、オフ会で顔合わせた瞬間に目がハートになってたけど。そう付け加えたバルサにほむほむらぶは底冷えする視線を向けて、鼻で笑った。それ見たことかとバルサが肩をすくめる。


「ほらこの態度でしょ。ほむのことは、サブマスの中じゃ無かった事になってると思うけど? そもそもほむ、サブマスとはろくに口利かないし。それに、やっぱり年下だけど今ならギルマスにご執心なんじゃないの? 今日の席でもそうだったでしょ。分かり易いんだもの、サブマス」

「あー……」


 納得するゼロスとバルサがカインを見ると、困ったようにカインは微笑んだ。そして注がれた視線を目を伏せてかわして、カインは湯飲みに口を付けた。


「俺は恥ずかしながら狭量なので、見た目も中身も異性でない人間は対象にならないんです」

「いや、まぁ狭量って言うか、俺もそうだからなぁ……。生理的な物はどうしようもないよな……」


 瞬間、ヒヨシが吼えた。


「――リア充は地獄に堕ちろッ! イケメソはタヒねッ!!」

「はぁ!?」


 いきなり隣で叫んだヒヨシに、ゼロスが面食って椅子ごと後ずさる。と、その目の前を緑の物体が通過してヒヨシの顔面に直撃――せずに、直前に受け止められた。


「甘酸っぱい青春とか死滅すればいいのに……」


 ほむほむらぶから投げられたクッションを両手に抱えて、沈んだ声でヒヨシが呟いた。立派な体躯で背筋を丸めクションを抱いて落ち込むヒヨシの姿に、ゼロスが顔を引き攣らせる。ゼロスが椅子を静かに引いて、座ったままヒヨシからさらに距離をとった。

 バルサが全身から露骨に嫌悪を零す。


「なにアンタ、気持ち悪いわ……」

「ほんと女ってこういう時容赦ないわぁ……。もうちっと、こう……ドリーミーで少年ファンタジーな男心を労わってくんない?」


 いじけた風のヒヨシに、ソファ身を乗り出したほむほむらぶは据わった目で睨みつける。


「意味わかんねぇっす。あとマジ殴っていいすか? ほんと、頼むから1回ぐらい殴らせてくださいよ」

「殴ればいいじゃない、殴れば。ああ! 殴るがいいさ! 親父には殴られたことないけどな!」


 さぁ来い! と、ヒヨシがクッションを持ったまま腕を広げる。辟易した顔のほむほむらぶは言い捨てた。


「そう言って、いつも避けるじゃないすか」

「そら避けるよ? なに言っちゃてんの、お前」


 むしろアンタがなに言ってんのよ。そう言ってバルサもゼロスと同じように顔を引き攣らせる。多分に軽蔑を含んだ目をヒヨシへ向けた。


「――その視線、堪らないわぁ……!」

「やめて変態。ほんと気持ち悪いから。マジやめて、この変態っ」


 我々の世界ではご褒美です! ヒヨシが目を細めて相好を崩し、バルサが投げつけてきたクションを掌で捕えた瞬間にインベントリへと収納する。

 苦笑したカインが場を宥めるように話を戻した。


「ヒヨシさん、ご自分の趣味を堪能されるのはその辺で終わりにしてください。セクハラです。――取り敢えず。里香さんの件は、当人達の自由意思に任せるということでお願いします。ゼロスさんもそれで納得してください。里香さんも相手の方も成人されていて、誰かに強要されて恋愛するわけでもないですし。そもそも、恋愛まで発展するかもまだ解らないのですから」

「あ、ああ……。わかった。まぁ、そうだよな。恋愛になるかなんて解らないものな」


 少しだけ安心したように言うゼロスに、バルサが容赦なく棘を差し込んだ。


「でもサブマス本当に面食いだし。口説かれたら速攻落ちると思うけど」

「おまっ……! ――バルサ! あのなぁっ!!」 


 頼むからそういう事は言うなよッ!! ゼロスの悲鳴が部屋に中に響いた。

 ゼロスが肩を上下させて荒い息を吐いている。興奮したままのゼロスを全く意に介さず、ほむほむらぶは終了を促した。


「で? 俺これから娼館行きたいんだけど」

「ええ、話も終わりましたし、自由にしてください」


 解散を要求するほむほむらぶに、カインはにこやかに微笑んで答えた。

 そ? じゃぁ。と頷くと、ほむほむらぶはゼロスへ嬉しそうに笑いかける。


「せっかくだし、ゼロスも一緒に行く? いいトコ知ってるよ、俺」

「いや、あのな、ほむ。お前……。いやまぁ、男だから解らなくもないんだが、そのな」


「……私もう寝るわ。おやすみなさい。あとは男だけで存分に楽しんで」


 バルサが疲れたように深いため息を吐いた。飲み干した湯呑みをゼロスに渡して、そのまま扉の向こうへと立ち去る。

 ゼロスは何も言えないままバルサを見送った。受け取った湯呑を、持て余すようにテーブルへと置く。


「……失敗した。バルサの前でまずい話だった……」

「いやぁ? 言葉通り気ぃ使ってくれただけだろ。嫌だったら普通に文句言うからな、バルサは」


 この変態! って。笑うヒヨシに、ゼロスが苦い顔でかぶりを振る。


「いや、そう言われるのヒヨさんだけですから。それにこれ、女性対してとても失礼な話でしたから。配慮が欠けてました」


 ゼロスの眉が寄り、陰欝な顔になる。後悔して落ち込むゼロスに、ほむほむらぶは満面の笑みを浮かべてちゃちゃを入れた。


「一応女向けの店もあったよ。バルサに奨めてみる? あと、男娼専門の店もあったな。俺は絶対嫌だけど」

「俺だって御免だ! ……だからそう言う話じゃなくてな……。あのなぁ……」


 ゼロスが脱力して椅子に背を預けた。ヒヨシが慰めるようにうなだれたゼロスの肩を叩く。


「次回への反省はさて置き。夜だし、酒入ってるし、せっかく女性が大目に見てくれたんだから楽しもうや。それからゼロス、行ったこと無いなら今更だとはいえ、後学の為に娼館行くのお勧めよ? 華やかでも間違いないこの世界の暗部の一種だしな。悪いこたぁ言わんから、ほむにヤバイとこの見分け方習ってこいや。普段見れない人種が居るから、モンスよろしくエネミー認定正しくしとかないと」


 ま。たまにそれが原因で、余計トラブったりもするんだけどもネー。そうヒヨシはお気楽そうな口調で語る。そしてほむほむらぶに向かってクッションを放った。


「と言うわけで、今日はお前のお勧めの店にご案内ヨロシク」


 嫌そうにクッションを受け取ったほむほむらぶが、仕方なくソファから腰を浮かせた瞬間、


「つまんないぃっ!!」


 唐突にティーザラスが起きあがって吠えた。叫びながら、抱えたクッションを手のひらで何度も叩く。


「つまんないつまんないつまんないぃっ! つまんないのっ!」

「ティーぃ? 自分で"詰まる"ようにしなさいって、いつも教えてるでしょ」


 むくれたままクッションを叩いて埃をまき散らすティーザラスに注意すると、どっこらしょー、と、わざとらしくヒヨシが声を出して椅子から立ち上がった。


「ま、いいや。どれ、今日は俺と遊ぶか。トランプでもする? それとも砂漠行ってキャンプファイヤーごっこする? 月見するのもオツだし、花火打ち上げるのもアリだな」

「……砂漠。花火する」


 ティーザラスが頬を膨らませて言葉少なめに返事を返した。ヒヨシは拗ねた様子のティーザラスに笑い、ひとさし指を立てて号令を掛ける。


「よし、じゃぁ砂漠行くか。出発する前にまずはおやつの確保だ。さっき下の厨房にプリンを確認した」

「プリン!? プリン食べるっ! プリン!」

「ちょっ……、待て! それ明日の分だ、今日は食べるな! もう寝る時間だろ、食うなっ! ティー! ――待て!!」


 気色を浮かべたティーザラスがソファから飛び降りて、そのまま1階の厨房まで駆け降りていく。「ヒヨさん、恨みますよっ!」ゼロスが焦った様子で叫び、慌ててティーザラスの後を追った。開け放たれたままの扉の向こうへと声が遠ざかっていく。

 ほむほむらぶが羨ましそうに呟いた。


「あー……。プリン、ちょっといいかも……」

「明日ゼロスにもう1回作ってもらえ。ところで」


 椅子から立ち上がって、ヒヨシは開け放たれたままの扉を閉めた。そしてお茶を飲みながら静かに傍観していたカインへと、楽しそうに笑いかける。


「サブマス紹介してどうよ? あれからどんだけ譲歩して貰えたん?」

「なかなか渋くて……。結局最初の条件のままです。――色の値段はあまり高くはないようですね」


 困った様に首をかしげるカインに、ヒヨシは大げさに嘆息して頭をかいてみせる。


「そりゃなぁ、この世界の奴隷見りゃ想像できるだろ? 愛でるだけの人間にたいした値は付かんさ。維持費が掛かり過ぎるんだもんよ」

「勿論、そこは理解していましたが。冒険者ですし、もう少しなんとかなるものだと思っていました。生活基盤はこちらで用意していて、ランニングコストも低い筈です。直接会った後も相当気に入ったらしく、極めてご機嫌な様子だったのですが」

「確かに"ガワ"は稀な美形ではあるが、そんな気に入ったのかよ。わぁー、その趣味疑うわー。男色趣味者、マジ相容れないわー」


 両手で自分の体を抱きしめてわざとらしく嫌がるヒヨシに、カインは苦笑した。


「あちらの風土からすると、いわゆる女性的要素の強い美少年や美青年が好かれるようですね。それから、見た目はもちろん、女性に一切なびかないところが余計に気に入られたそうで」

「そういやハーレムよろしく、美人と可愛い子の4人も侍らしては袖にしてたか」

「……特に、オフィーリアみたいな美女に全く興味を示さないところが良いとか」


 意味ありげにカインに微笑まれて、ヒヨシは片眉を軽く上げて自分の頬をさする。


「ぶん殴るんだもんよ。マジそういう性癖なのかと疑うわー。バイオレンス過ぎてヤバいわぁ。少なくとも俺は絶対無理だわー。まぁ順当に巧くいったとして、あんまりべったりのめり込まれると、それはそれで困るんだけどもね。あっちで脳味噌ピンクで暴走されるの怖いのねー。この異世界で圧倒的少数の、異端者である自覚を忘れられるのは、流石に色々と不味かったりするしねぇ」


 迫害怖い怖い。さも楽しそうに言い紡ぐヒヨシの言葉にカインが深く頷く。


「近くに俺も住みますし、あまり度が過ぎるようなら見守り方を変えたいと思います。適度な横槍はスパイスとして必要でしょう?――ヒヨシさんの今日のその姿も、里香さんへのスパイスではないのですか?」


 軽く肩をすくめたヒヨシが、置き去りにされた急須へポットから直接お湯をそそいだ。


「自分で紹介した以上、あくまでスパイスとやらの範疇で留めなネー。ド本命とゴールインってな自作自演ENDとか、恥ずかしくて目も当てられないのねー」

「若造の俺には、年齢的にも里香さんはちょっと荷が重いですね」

「あの女の子も当然そう思ってるだろうな」


 急な話題の転換に一瞬カインが言葉を失う。カインの湯飲みを横から奪い、ヒヨシは自分の湯飲みと交互に急須からお茶をついだ。


「……トウセですか」

「彼女が認識してるのは"トウセ"だけだ。どうするよ? "ギルドマスター"」

「……ギルドの不利益になる場合は。――残念ですが、追放も致し方ないかと思います」


 逡巡のち素っ気なくカインは答えて、なみなみとお茶を煎れられた湯呑を受け取る。こぼさないように慎重に腕を引くカインを、ヒヨシが喉の奥で愉しげに笑った。そして、困り顔を張り付けたまま、首をかしげてみせた。


「それでおとなしくなってくれるといーんだけどね。自分で転んでも喚き散らす性分だし。あー心配心配」

「……そう言えば。久しぶりに里香さんとお会いしたので、念のため、自衛用の洗脳従属魔法をかけ直したのですが。――ヒヨシさんもいかがですか?」

「いや? あれからギルマスレベルアップしてないだろ。自然解呪されない以上、かけ直しは必要ないねぇ。――解呪された瞬間、術者はそれに気付くしな」

「そうでしたね」


 朗らかな笑みを浮かべてカインが肯いた。


「他に何か懸念されていることは?」

「そうねぇ。もう今更だけども。正式に商家立ち上げて商業取引を始めるってことは、実質的に、この世界に完全に腰を据える羽目になるわけで。ギルマスはそれでいーのね? ギルマスのキャラ、使える手持ちももうないんだろ? バックレ無理ぽよ?」

「心残りは既に何もありません。後はただ、必要なことを必要なだけして、この世界が終わるのを待ちます」


 漠然と過すのは時間の無駄ですから。カインは真剣な顔で断言した。ヒヨシが感心したような目線をカインへと向ける。


「成る程なるほど。身内への義務は果たしたし、ギルメンもとうにそれぞれ好き勝手してるし、それなら安心して自分の未来に邁進できる、と。そーゆーことよね?」

「そうです」

「――もし、あちらに無事戻ることができたら?」

「内定先での留学研修が決まっていましたので」

「そういや、エリートコースに乗っかってたんだったな」

「はい」


 嫌みはなく当たり前の事のようにカインは肯定する。ヒヨシが無言のまま頷いた。

 追想するようにカインは目を細めて、おごそかな様子で口を開く。


「あちらでどのくらい時間が経ったのか解りませんが、手遅れならば、成るように成すつもりです」

「間に合うようなら?」

「人生を全うします」


 ただいつもの微笑みを浮かべ、何でもない事のようにカインが告げた。


「全うする……ねぇ」


 出涸らしか。自分で煎れたお茶をひと口飲んで、残念そうにヒヨシが呟いた。


「そんなもんかね。まぁ、これで終わりかな」

「それでは。――これからも引き続きよろしくお願いします。ヒヨシさん」

「ギルマスもね。ゆっくり頑張っていってね~」


 はい、もちろん。そうカインは微笑んで、受け取った湯飲みをそのままテーブルに置く。手を振って見送るヒヨシに会釈して、部屋を出ようと扉を開けた。


「プリンあるよっ! プリン!」

「おっ……と」

「こら! ティー、全部食うなよっ!」


 両手にカップを持って、嬉しそうにティーザラスが部屋に飛び込んでくる。ティーザラスは叱るゼロスを無視したまま、慌てて身を引いて避けたカインに、プリンの入ったカップを掲げて見せびらかす。


「ギルマス要る!? プリン要るお!? 美味しいよ! 1個あげよっか!」

「いや俺は。……ありがとう。1つ頂きます」


 頼むから受け取ってくれ。ティーザラスの背後からそう目で訴えるゼロスに気付き、カインが神妙な顔でカップを受け取った。


「おお。よしよし、ちゃんとおやつを確保できたな」

「プリーン!」


 ゲットだぜぃ! そうティーザラスは胸を張って高らかにカップをかざす。そして意気揚々とヒヨシにもカップを渡した。とたん、ヒヨシ背後に、ソファに座ったまま手を差し出したほむほむらぶを見つけて硬直した。

 


「ティーぃ。俺もプリン欲しい」

「……ん」

「なんだ? プリンあげたくないんか? ほむは仲間外れにするんか」


 ヒヨシにからかわれて、ティーザラスが渋々とインベントリからプリンを取り出した。そのまま重い足取りで近づいて、カップをほむほむらぶに突き付ける。


「ん」

「やった! ティー、プリンありがと」

「んー……」


 嬉しそうに受け取るほむほむらぶを見て、ティーザラスが落ち着きをなくしてヒヨシを振り返る。ヒヨシが助けを乞うティーザラスの眼差しに軽く首を傾けると、ティーザラスはまごついた態度でほむほむらぶとヒヨシに視線を行き来させ、口を開いた。


「……ほむも砂漠、一緒に行こぅ。花火、したいよ?」

「明日にしようよ。そしたらさ、バルサも誘えるじゃん?」

「……んー。うん……、わかった。……約束するぉ?」

「うん、約束な」


 約束を取り付けたものの、それでもしょんぼりと肩を落とすティーザラスにヒヨシが笑った。


「じゃあ、今日はオアシスで夜釣りでもするか。何釣れるか知らんけど」

「……うん、そぅする。――満月だし、月見魚のレア釣れる? かも」

「おお、あれか。要求スキル糞やっかいなヤツな。縁起物だし、釣れたらせいぜいみんなに見せびらかして、ついでに砂漠を渡る商人に売りつけてみるか? 目の色変えるから楽しいぞぅ」

「うん! そーする!」


 ようやく機嫌が回復したティーザラスが元気よく返事をする。カラスの鳴き声だな。と、苦笑したゼロスが一言付け足した。


「おやつは程々にな。朝食いらないって言うのは駄目だぞ」

「ご飯も食べるよ! 魚釣って来るから、ゼロスは美味しーぃの作ってね!」


 弾んだ口調でティーザラスが宣言した。動静を見守っていたカインは、興味を惹かれた顔でティーザラスに聞く。


「魚釣り、ですか? 黄色い月見魚は知っているのですが、レア種が居たのですね」

「うん。居るよ! 綺麗な青い色した、ちぃちゃくてひらひらしたヤツ。あれねぇ、INT(知力)とLUK(運)すんごく高いんだお! そんでね、んっとね、釣りスキルはねぇ、メンドクサなんだぁー。道具とかエサとか時間とかの条件の他にも、色んな水場に居る魚釣っといてコンプ率上げとかないと釣れない魚、出てくんのー。雨振った後の水たまりとかにも魚居たりして、超ヘンテコー」


 ティーザラスの解説ひとつひとつに頷くカインへ笑顔を向けて、指折り数えながらティーザラスが嬉々として説明を続ける。


「あとねぇー。趣味スキルってキャラじゃなくて、アカウントに対して設定されてんのねぇー。エリア解放率に対するエリア踏破面積、それから釣り上げた通常種に対しての希少種、それぞれのパーセンテージでスキルの傾向値とクエ解放のされ方が違ってくんのー。この辺はー、他の趣味系スキルと似てるけどぉ、自分で全部やらなきゃ駄目なところがメンドイのねー。それにねぇー、魚ばっか釣ってても要求ステ値が足りなくなるから、結局レべ上げ必要になんのー。エサも強いモンスだったりとか多いしさぁー。あと、お金もねぇ沢山かかんの。課金アイテムとか意味ないしぃー。釣りとか虫取りとかのスキルって、そーゆーぅおまけクエばっかなのねー」


 感心したようにカインが大きく嘆息した。


「なるほど、面白いですね。レアの月見魚が縁起物と言うのは、INTとLUK値が高いからですか」

「ぅんー? えーとね、違ぅよー。そんだけじゃなくて確かぁ……砂漠に住む魚の青が、オアシスとか、水とかを連想させるのがいーの。そんで、オアシスみたく人に須要にされる? みたいなのとかぁ、常に水に困らないとかぁ、懐も潤うとか色々言って、縁起いーんだってさぁ」


 でも俺も1回しか釣ったことないよー? そう言ってティーザラスは小首を傾げた。ヒヨシが笑ってティーザラスの背中を叩いて肩を抱く。


「レアな青い蓋の地球瓶に入れると、ボトルアクアリウム風にお手入れロスで飾れるらしいぞー。そらもう買い手が入れ喰いの踊り喰いだから。せっかくだし、異世界完全踏破の海千山千商人相手に、変な要求織り交ぜつつ高く売りつける駆け引きとかやってみるか? ゲームみたいなもんで、やると中々ハマるぞぅ?」


 ヒヨシの提案に、残念そうな顔のティーザラスが唸る。


「ぅー。んー、でも俺、地球瓶持ってないよ? 課金ガチャのインテリアアイテムだったから興味なかったしぃ」

「俺のをやるよ。楽しいぞー、交渉事は。強気過ぎて若気に至ってみたり。勿体ぶったフリして引いてみせたら、追撃されてマジで弱り果てたり。仕方なく譲歩して恩に着せたつもりで、はなっから仕向けられてたりとか。足元すくってしてやった瞬間、全包囲されたあげく身動き取れないなんてコトあったりやられたり。対等の立場勝ち取ったつもりで、実はまんまと飼い馴らされたりとか、――してたりされたり、な」

「いや、してたりされたりって。それじゃぁ常に、後手でしてやられてばかり、って事じゃないですか」

「俺上手くやるもんねぇー。だからぁ、早く釣り行こーよぅっ!」


 ヒヨシの言いざまにティーザラスが憤慨する。口元を僅かに強張らせたカインに気付かないまま、ゼロスが苦笑した。

 そして頭を振りながら、理解できない、とゼロスは笑う。


「そんなので本当に交渉して楽しいんですか? せっかく稀な魚なのに」

「いやぁ? そういうままならなくて足掻くトコが堪らないのよ? とってもね。――そこがね、傍で見てて実に面白くも可愛らしいワケでね」

「早く行こぅ! 釣りすんのっ! 朝までしか釣れないんだよぅ!」


 よしよし。そんじゃ、出発しますか。と、ヒヨシは手に持っていたプリンのカップをインベントリに入れた。そして、「いかん忘れてた」そうひとつ手を叩いて両腕を高らかに広げる。


「3人とも、今宵のエロス担当はお前らに任せたわ。後で微に入り細入った娼館体験のレポート提出よろしくねっ! 絶対に提出してネー。出さねェと枕元に立つんぞ。じゃ、レポート楽しみにしてるわー。マジ楽しみにしてるわぁ!」


 宣告したヒヨシがわざとらしい含み笑いを振りまいた。そのまま片手をひらめかせ、ヒヨシは釣りに急くティーザラスを伴って部屋を出て行った。

 残されたゼロスが脱力して椅子に座り込んだ。頭を抱えて呟く。


「……何と言うか、ヒヨさん本当に……。遠慮ないって言うか、自由って言うか……。あー……」

「俺も頭数に入って居たのか……。――ひとまず、今日出かけずにいておけば、レポートを書く必要ないのでは?」

「ああ! そうか。そうだな、なるほど確かに」

「それ無駄」


 カインからの助け舟にすがったゼロスに、ほむほむらぶは容赦なく切り捨てる。ヒヨシから受け取ったクッションをほむほむらぶが投げ捨てると、ソファに積まれたクッションの山が崩れて床になだれ落ちた。


「マジ頭おかしい人だから、無理。ちゃんと提出するまでしつこく追ってくるよ、前に寝込みに襲撃されたことあるし。ほんと、ガチで頭おかしい人だから。――性格クソ過ぎんだよ」

「ほむ、お前……。いや、でも仲良いいだろ、お前たち」

「慣れてるから」

「慣れとか言うなよ……」


 そっけなく言ったほむほむらぶに、ゼロスが天を仰いだ。


「……いや、そうか。そう……だな、慣れがいるよな……あれは……」


 呻いたゼロスの声が部屋に虚ろに響いて、消えた。





――そして、今日の移転者は異世界で眠れない。


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