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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
幕間2:移転者は異世界で眠れない
17/49

移転者は異世界で眠れない 上

「ちゃんとこの世界に馴染んで一般市民として暮らさなきゃね。どうやったって私たちみたいには成れないし」

「んー……。でもあの女の子さぁ」

「ティー、口の周りに食べカス付いてる」


 不思議そうな顔で言いかけたティーザラスが思わず頬に手を当てると、ヒヨシがインベントリから取り出したナフキンを渡した。もらったナフキンでおざなりに口をぬぐって、再び口を開こうとしたティーザラスに、ほむほむらぶは自分の頬を指さす。そして細かく指示を出してはティーザラスに顔中を綺麗に拭かせた。

 ナフキンを渡すヒヨシの指が自分の顔を差して弾くような仕草をしたことに気付いて、カインはわずかに眉を寄せていた。視線を一瞬だけヒヨシに向ける。だがすぐに何事もなかったかのように表情を浮かべ直して、里香へと微笑みかけた。


「里香さん」

「え? あ、はい!」

「少し話があるのですが、良いですか?」


 里香を促して部屋を出るカインをほむほむらぶは横目で追った。それからティーザラスへと顔を寄せる。


「ティーぃ。サブマス気にしぃだから、もうあの女の子のこと話さない方がいいよ?」

「ぅーん? そうなん?」

「確かに里香ちゃんは色々気にするタイプだからなぁ……。独立したとは言え心配事には違いないし、普段はなるべく彼女のことを蒸し返さない方針を取るのが良いとは思うが」


 どこか不満気なティーザラスを宥めるようにゼロスも口を出した。

 肩を竦めたバルサがゼロスに皮肉気めいた視線を返す。トングで、皿に綺麗に盛りつけられた料理を、無造作に寄せ集めて挟み込んだ。自分の取り皿へと料理を移しながら、バルサは「気にするタイプと言えばタイプだけど」と、素っ気なく口を挟んだ。


「サブマスのアレ、ぶっちゃけ優越感でしょ」

「いやちょと待て。流石にその言い方はないだろう? 1年も一緒に暮らしてたんだぞ、邪推し過ぎだ」

「直視したしくない事実を見ない振りで無視するのは、自己防衛と逃避の1種でしょ。それでプライド守ってるんだから。サブマスもギルマスもそう言うとこよく似てて、あの2人ほんとお似合いだわ」


 料理に散らされていたパセリの葉とケッパーが、ぞんざいに返されたトングの端からテーブルにこぼれ落ちる。辛辣なバルサの意見に不快感を覚えて、ゼロスが顔を顰めた。

 ギルドメンバー達のやりとりを、ヒヨシがただ面白そうに眺める。口を出すことなく、ただ喉の奥で笑う。そして寄せられて崩れたまま残った料理だけを器用に浚って、そっと自分の皿に盛りつけ直した。


「これ美味いわ」


 どこ拭く風で料理を口に運んで感嘆したバルサにゼロスは眉を寄せて「バルサあのな、いくら何でもその解釈は酷すぎる」と諫める。


「カインにも里香ちゃんにも失礼だぞ。悪く取りすぎだ」

「あらそ? 本当に親身なら、なりふり構わず育てればよかったのに」


 バルサがそっけなく答えて、白ワインで蒸されたアーティチョークを食べた。バルサに同意して小首をかしげたまま「んねー」と頷くティーザラスに、ゼロスの眉間のしわがますます深まった。


「年頃の女の子だったんだろ? いい加減手に余るだろう。いくら引き取った責任があるからって、常識的に考えても里香ちゃん1人で親代わりになるのは無理だ。それに彼女、里香ちゃんの"ガワ"に片思いしてるとか言ってなかったか? そんなんじゃ将来泥沼確実だろう」

「ぅーん、違う。違うよ、そうじゃなくてさぁ」


 両手に持ったカトラリーの柄をテーブルに突き立て、もどかしげにティーザラスが否定の言葉を返す。ほむほむらぶは皿から顔を上げて、言いよどんだティーザラスにすかさず口を挟んだ。


「ゼロスあの子に会ったことないから。とにかくティー、もう終わったんだし、どうでもいいじゃんさ」


 ティーザラスを窘めるほむほむらぶに、ゼロスが怪訝そうな顔を向ける。その不可解そうなゼロスの表情に目を止め、「ああそういうこと」と堪え切れずバルサがため息を吐いた。

 ティーザラスが頬膨らませてむくれている。当時を思い出してなお言い募った。


「一緒に遊んでみたかったの! でもさぁ、近づくだけでさ、怖がられたしさぁ。せっかく色々教えてあげれたのにぃ」


 ティーザラスのどう聞いても単なる子供だだに、呆れたゼロスが寄せた眉を下げた。


「男怖くなってたのは仕方ないだろう……。だいたいお前が何を教え……。――もしかして、彼女、お前の好みの可愛い子だったのか? ティー、お前彼女好きだったのか!?」

「っぇえ? なんで!? 違うよっ!」


 いきなりの話題転換に目を白黒させて、ティーザラスが狼狽えた。慌てて手を振りながら否定するものの、独りで盛り上がったゼロスはそれに構わず感嘆の声を上げている。バルサが痛々しげな目をゼロスへと向けた。


「確かに彼女、可愛い顔してた」

「なんてこった……!」


 女の言う同姓の可愛いってほんと微妙だな。そう呟くほむほむらぶを余所に、おもむろにゼロスが席から立ち上がった。そして感動した面持ちでティーザラスに向かって何度も頷きだす。


「あ~……そうだよなぁ……ちょっと年上だが、それでもまあ年も近いし。ティーも年頃だもんな。そうか、そうかぁ! ティー、俺はお前を応援するぞ!」

「ぅえ?!」

「ゼロス。そういう言い方すると、ほんとおっさんだわ。止めて頂戴」

「いや待て、俺はまだ20代だ。それに、だって、ティーだぞ!」


 燃え上がるゼロスにバルサが水を掛けたが、ゼロスは拳を握りひたすら熱弁を続けていた。慌てたティーザラスが高速で手を振る。


「違うってば! 違ぅう!」

「ティーが、このティーザラスが、そんな、恋愛ごとなんて……!」

「29も30も、たいして違いないわよ」

「違う!」

「なに言ってるんだ、全然違うだろ。だいたい女性の方が、三十路とか気にしてるじゃないか」

「違ぅのっ!」

「自虐ネタなだけで、今時女はそう拘らないわ。三十路なんて、魔法使いでもあるまいし、いちいち指折って気にすんのは童貞だけでしょ」

「どっ……。女性がそう言うこと口に出すなよ、慎みのない!」


 ぶばぁっ。

 海中深くから壷が水揚げされたような、水が沸き立つ鍋にカップを落としたような、何とも言い難い音が聞こえた。発生した音へ4人が目を向けると、腹を押さえて体をよじるヒヨシが居た。

 引きつけを起こしたように身体を痙攣させ、目尻に涙が滲み、とうとう声を上げて笑い出した。――しばし爆笑。

 喉を震わせ、何度も荒い呼吸を繰り返したあげく、仰け反る。椅子ごとひっくり返そうになって、ようやくヒヨシが体勢を立て直した。


「お……おも、面白過ぎる……! マジほんとおもれぇわ! お前ら最高! あ"~たまんねぇ!」


 身体を折り曲げて笑い転げるヒヨシに、ティーザラス頬を盛大に膨らませた。握った拳でテーブルを叩く。


「違ぅもん! 別に俺あの子のこと好きじゃないもん! あんなんどうでも良ぃーもんね!」

「もんもん、知ってる、知ってる。うん。お前が話しかけても返事もしてくれなかったしな、あの子」


 目尻に涙を滲ませながらヒヨシが何度も頷く。マジたまんねぇ! と堪えきれないように自分の椅子の背を1度叩いた。

 声を上げて笑ったヒヨシに、ゼロスがようやく我に返って目を瞬かせた。


「え……。違うんですか……?」


 呆けたように呟いて、それからゼロスはティーザラスを見直した。不満に頬を膨らませながら睨みつけてくるティーザラスにたじろいで、ゼロスは救いを求めるようにヒヨシへと視線を送る。


「誠に残念ながら。しかしまぁ、言うに事欠いて、好きとか嫌いとか恋愛とか、むしろゼロスがお年頃だねぇ。ちと思考にドリ~ム入ってね?」

「いやだって、ティーザラスがですよ、女の子のこと気にしてるって言うから……。あー……」


 ヒヨシの揶揄に額に手を当てて頭を抱える。そして深くため息を吐いて、ゼロスが頭をさげた。


「……ちょっと暴走してた感じはしました。ティー、すまん。どうにも、ちょっとな。ついな……」

「んー……」


 すっかりむくれたティーザラスが、それでも不承不承と、ゼロスの謝罪に顎を縦に動かした。唸りながらテーブルの上の揚げじゃがいもに手を伸ばして、やけ気味に口に詰め込んで、噛み砕いていた。

 これ以上話したくないという解り易いティーザラスの態度を汲んで、ほむほむらぶは空いた皿をゼロスに突き出し、替わりに受け取った料理を無言で並べる。



「なんか……。さっきすっごいウルサかったんだけど」


 寝起きの掠れた声とともに部屋の奥のドアが開いて、気怠そうなトウセが姿を見せた。

 トウセが寝起きの顔を手でこすり上げる。ぼさぼさになった髪の毛ごと、撫でつけて整えようとしていた。背の低く細い体躯に、大きめのネマキを着ている。眠気に目を瞬かせるトウセは、どこかしら甘く幼い顔立ちが、よりいっそう子供じみて見えた。

 危うげな足取りで、体を引きずって歩いているトウセの姿に、ヒヨシが笑った。


「ようランナー。遅い真打ち登場だな。砂漠のフルマラソンどうだったよ」

「良いわけぇねぇ! ……っーです。 っんとクソだあの砂漠っ!!」


 反射的に毒づいたトウセが、相手がヒヨシと気付いて微妙な言い回しで取り繕った。それでも収まりきれなかった感情を顔を背けて吐き捨てる。八つ当たりするトウセに、バルサが心底呆れた表情を浮かべた。


「鈴もテントも忘れたあげくにキャラチェンジし損ねて、連絡途絶えさせるからでしょ。自業自得じゃない」

「ぁあっ!?」

「バルサ言葉がキツ過ぎる。トウセもちょっと落ち着け。……しかしキャラチェンジし損ねた? 砂漠渡るのにトウセじゃなかったのか?」


 いきり立つトウセの肩を、ゼロスが宥めるように叩いた。それから水を注いだグラスを渡す。

 礼も言わず、グラスを受け取ったトウセは、一息で水を飲み干した。そのまま乱暴にゼロスの隣席へ腰を下ろす。


「トウセはテイムスキルねぇし。エンカウント中でキャラチェンする余裕なかったし」

「でもトウセ以外はギルド登録してないし。だからフレンドコールで連絡してきたのよ、この馬鹿」


 頬を憤懣にひきつらせて吐き捨てたトウセに、素早くバルサが注釈を入れる。トウセの顔が一瞬で赤に染まった。


「コール途中で切りやがって! このクソ女っ!」

「あんたが延々どうでも良い悪態わめくからでしょ。マジうるさいわ時間の無駄だし。それに一旦フレンドコール切らなきゃギルメンにコール出来ないじゃない。ほんと頭悪いわね」

「ざけんな! うっせぇっんだよっ、このくそビッチが!」

「おい! トウセっ!」

「ホーホー。俺をお呼び?」


 バルサの容赦のない暴露話に、トウセが暴言を吠えた。

 思わず声を荒げかけたゼロスに、ヒヨシが軽いノリで手を挙げて制す。そのままトウセへと、ヒヨシは椅子を寄せてにじり迫った。


「ほいほい。ご指名あんがとさん」


 筋肉質な成人男性の体躯のヒヨシが、オフィーリアの仕草そのままに頬をに手を沿えてしなを作る。そしてトウセの華奢な肩に腕を回して引き寄せた。トウセが顔を引き攣らして目を泳がせる。

 どこか怯えるようにトウセが体を震わせた。弱々しくヒヨシの腕を押しのけて、さらに椅子から身体を傾けて逃げる。


「……自覚あんのかよ。……あっち行ってくださいよ。呼んでねぇし……マジで……」

「ビッチとかマジ俺だわー、譲れないわー、上等だわぁ。とりあえず指名料代わりにこれもらうわ。サンキュウありがとまたヨロシク」


 ヒヨシはいかにも愉しげに笑いながら、トウセの前から皿をかっ浚った。そのまま不在のトウセの為に確保されていたミートパイへと囓りつく。目を細めてパイを堪能するヒヨシの姿に、ティーザラスが大きな生牡蠣の殻を両手に持ったまま目を釘付けにされている。

 そうしてティーザラスが心底羨ましそうに唸った。


「ぅー……。いいなぁ……。もぅ1個食べたい……」


 ヒヨシ相手に文句を言えず、ただ口を噤んで苦い顔をしたトウセがフォークを手に取る。乱暴に取りあげられたカトラリーと同時に音を立て、扉が開く。扉のむこう、トウセの背後から、カインと里香の2人が姿を見せた。




「お疲れさまです。里香ちゃんどうでした?」


 ゼロスが食事に使ったテーブルを拭きながら、部屋に戻ってきたカインへと声をかける。


「浮上できているみたいですよ、別れ際も元気でした。旅行楽しみにしていると言っていましたし。明日は正式に商家の人たちに紹介して、必要品の買い出しでしょうか?」


 カインの説明にひとつ頷いて、ゼロスは畳まれたフキンの面を開いて変えた。そしてまたテーブルの端から丁寧に磨き直しだす。


「そうか……。家の片づけとか、手伝いは必要ですかね?」

「物をインベントリに入れて、そのまま倉庫に仕舞い直すだけですから。人手は必要ないって言っていました。そんなに物が多いわけでもないようですね」

「それなら良かった。――よし、片づけ終わり」


 屈んでいた背を伸ばし、腰を叩いてゼロスが軽く息を吐く。カインがゼロスへ軽く頭を下げた。そしてにこやかに微笑む。


「お疲れさま。いつもありがとうございます。今日も美味しい料理でした」

「こちらこそお疲れさまです。――リアルと違って、片づけが楽なのは助かるよ。猫の手が本当にあてにならないから」

「俺手伝ったよ! ちゃんと皿運んだもんね!」


 苦く笑うゼロスに目敏く気付いて、部屋の隅から抗議の声が上がった。

 窓際に据えられた巨大なソファにだらしなく寝そべる猫の手――ティーザラスが、積まれたクッションを振り回して文句を垂れる。その隣で、同じくだらけた様子のほむほむらぶとバルサが茶をすすっていた。


「皿綺麗にして、片付けたもーん! もぅする事ないから見てろって、ゼロスが言ったんじゃんか」

「インベントリに皿仕舞っただけだろうが……。まぁそれで皿が綺麗になるんだから楽だな、この世界は」

「じゃぁいいじゃん。俺ちゃんと手伝ったもんねぇー」

「私に手伝うなって言ったの、ゼロスでしょ」


 ティーザラスの言い分に呆れて、ゼロスが溜め息を吐いた。腰に手をあてて「いいかお前ら」と説教を垂れ始める。


「手伝いってのは、料理の仕込みから最後の片付けまで全部、ってことだ。――ああ、バルサはいい。バルサは頼むから止めてくれ。とにかく、ティー、ほむ、お前らついさっきだって、俺が部屋掃除してるのにお茶煎れてくれだとか、お茶請けも欲しいだとか、そう言って腰を折ってただろうが。それのどこに手伝いだと主張できる部分があるんだ」

「ゼロスがお茶煎れた方が美味しいし。俺も床掃除したし。あとお代わり欲しいし」


 ほむほむらぶは右手で持っていた湯飲みを突き出した。ゼロスの説教などどこ吹く風で、お茶の追加を要求している。湯呑みを振ってアピール繰り返すほむほむらぶに、ゼロスはうんざりとした顔で肩を落とす。


「いやだからな、最低限作業が終わるまで待てが出来てたら文句は言わん。まったく……。ああ、カインもお茶飲むか?」

「ありがとうごさいます。頂きます」

「俺にも煎れてくんない? でもってギルマスお勤めごくろうさん」


 タイミング良く扉を開けたヒヨシが声をかける。そして片手に持っていたトレイをゼロスに渡した。

 トレイに置かれた皿に、ゼロスが顔を弛ませて頷く。


「ああ、全部食べたんですね」

「まぁフツーに腹減りだろう。寝っぱなしだった上、さっきもろくすっぽ食わずにトンズラこいたしな」

「トウセもなぁ……。もう少しこう……」


 みなまで言わずゼロスがため息をつく。そのゼロスの肩をヒヨシが笑って叩いた。


「思春期、思春期。覚えあるでしょ、自分にも」

「思春期って……。トウセ俺のひとつ下ですよ」

「いやいや? 厨2病も高2病も、一生涯、発症可能な思春病でしょ。俺も絶賛発病中よ?」

「……絶賛発病中って……」

「ってなわけで、お茶よろしゅう頼んます」


 思わず天を仰いだゼロスへヒヨシが催促する。何とも言えない表情で頭を振りながら、ゼロスが足早に厨房へとお湯を取りに広間を出て行った。


「ヒヨシさんすみません。俺だとトウセ、話をしてくれなくて」


 礼を言ったカインが頭を下げる。ヒヨシはただ笑って軽く肩をすくめた。

 つまらなそうに2人を眺めるバルサが、湯飲みの底で円を描くように回してお茶を冷ましている。すっかり湯気の立たなくなった湯飲みに、さらに息を吹きかけてから中身を慎重にすする。そして息の代わりに言葉を吐き捨てた。


「トウセ、基本的に年下の言うこと聞かないものね。ゼロスはゼロスでトウセの異次元論理が理解できない。あと、年上でも女は馬鹿にしてるから。その割に幼女マンセーとか言うけど。アイツほんと頭おかしいわ」

「……バルサさんとは仲が良さそうに見えるのですが」

「私は女扱されてないから。心底ありがたいけど。それに私に弱みがあるから、アイツ」


 冷めた口調で説明するバルサの隣で、居心地悪そうにしていたティーザラスが、積まれたクッションの間へと唐突に頭を突っ込んだ。クッションを抱えて固まるティーザラスの背中を、ほむほむらぶは慰めるように撫でる。

 ヒヨシが綺麗に拭かれたテーブルから椅子を引き出してカインに勧め、その隣席に自分も腰をおろした。


「ま。話したいことがある風に、チラっチラのもじもじだったし、明日にでもギルマスんトコに連絡行くでしょ」

「話したいことですか」


 勧められるまま椅子に座ったカインが首をかしげた。目を細めたヒヨシが、喉の奥で転がすように笑う。


「少なくとも家を引き払う前には」

「もしかして、この浮遊都市に残りたいとか言うの? アイツ」

「多分ネー」

「馬鹿じゃないの……」


 ソファの背中に身体を預けて天井を仰ぎ、バルサが大きくため息を吐いた。

 タイミング悪く広間に戻ってきたゼロスが場の空気に一瞬たじろいで、片手で持っていたポットが大きく揺れた。計るように周囲に視線を走らせる。戸惑いながらも、結局無言でお茶を煎れ始めた。

 ゼロスが人数分の湯飲みに、沸かしたばかりのお湯を注ぐ。そして茶筒を開けた。はじき出された空気が茶筒を鳴らして、辺りに柔らかく青いお茶の匂いが広がっていく。


「とりあえず、最初にギルマスの許可貰えって言っといたから。よろしく」


 で? ギルドマスター、どうするよ。からかうような口調でヒヨシがカインに問う。のぞき込むように顔を伺うヒヨシに、カインが酷く真剣な顔のまま目を伏せた。


「そうですね……。あの家はもう使えませんので、使用申請されても却下します。浮遊都市に住むこと自体は自由ですから、家は自分で調達してもらいましょう。里香さんの時のように仕事を頼む訳でもないので、ギルドから提供することは筋が違いますしね」

「28歳のネカマに付き纏われるとか。あの女の子可哀想だわ……」

「それなんですが、女の子の方はトウセをどう思っているのでしょうか?」


 嘆くバルサにカインが意見を求めると、お手上げ、とジェスチャーを取って、バルサはさも嫌そうに口を開いた。


「サブマスに片思いしてたんでしょ? まぁ見た目だけは抜群だし。なんだかんだ言って、最後までネナベバレしなかったみたいだし? ごく普通に年上の美形男に片思いしてた女の子が、今度はオナベもどきのあのトウセと恋愛とか。まずあり得ないわ」

「しかしトウセも、中の人は年上の成人男性なわけですから」

「だから、その中身があのトウセだから。外見もアレだし」

「そう言うものですか。……ああ、ありがとうございます」


 腕を組んで考え込んだカインの前に、湯飲みが静かに置かれた。ゼロスから湯気の上がる湯飲みを受け取り、ふぅ、と声を出して息を吹きかけて、ヒヨシは旨そうにお茶を飲んだ。

 お茶のお代わりを配りながら、目に憂いを浮かべたゼロスが首を振る。


「問題起こさなきゃいいんだが……」

「既に起きた後だけどな。大量トレインでMPKもどき。これがゲーム時代なら、晒されてちょっとした祭りになってるだろ。――とはいえ。現在この異世界でもゲームと同じ仕様が継続していて、"プレイヤー"ではなく"キャラ"単位で社会に認識されてるからな。オイタするキャラがギルド未所属なら、ぶっちゃけ問題が起こったところで構わないわー。――どうでも良くね?」


 楽しげに語るヒヨシにゼロスが眉を寄せた。


「それはちょっと、無責任すぎませんか?」

「なんでよ? とっくに成人した人間の後始末を、ギルドが肩代わりする必要ないだろ。はっちゃけて勝手してる時のキャラは、当然俺たちもギルドから外してんだから」


 STOP! 一蓮托生。NOT! 連帯責任。指名手配喰っても、安心のキャラチェンジ。素晴らしいね。そう、ヒヨシが笑いながら茶飲む。非難に苦く顔をしかめたゼロスがヒヨシへ向き直った。


「いや、俺が言ってるのはギルドのことだけじゃなくて、あの女の子に対する責任の話ですよ」

「それは引き取り先の保護者の領分。俺らはトウセに、ストーカーは引かれるから止めとけ、エロスが暴走しても無理矢理迫るなよ、と忠告するぐらいしか出来んわ」

「大丈夫じゃない? アイツ典型的なネット弁慶のチキンだし。女の子に耐性ないから」

「それ、かえって暴発怖いわー。弾けちゃうわー。加減しようがないわー」


 地雷をあえて踏みたい性分の俺としては、実に見守り難い事態だわぁ……! と、全く深刻そうにない軽い口調でヒヨシが怖がる。ヒヨシの戯言を聞き流して、訝しげにゼロスが頭を捻る。


「……そのわりに、里香ちゃんとバルサに辛辣すぎないか?」

「20歳過ぎた女はババアであり得ない。だから私とサブマスは完全対象外」


 真顔で言い切ったバルサの言葉にゼロスが動揺に喘ぐ。狼狽するあまり、湯冷ましに注いでいたお湯がこぼれてテーブルに飛び散った。


「は!?――ちょっと待て、意味が解らない。トウセ28だぞ。おかしいだろ!? その理屈は」

「トウセの異次元論理。私に言わないで本人に解説してもらって。聞いてるだけで疲れるから、私の居ないとこで議論お願い」


 未成年とか、2次元以外ありえないわー。ヒヨシがのんびりと呟いた。テーブルを拭くこともせずただ唖然として立ち尽くすゼロスの様子にカインが苦笑する。


「取り敢えず、浮遊都市に留まるようなら、ギルド所属外のキャラで居てもらいます。それから住む場所と倉庫内アイテムも含め、ギルドの物は利用を許可しないことで決定したいと思います」


 混乱のあまり茫然と佇んでいたゼロスを含め、全員が了承するのを確認してからようやく、カインは冷え切ったお茶に口をつけた。


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