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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
第2話 異世界移転者の日記
13/49

中 その 4

 青空に浮かぶ太陽が地面の高さまで傾いてきた。長く伸びた黒い影が、時間とともにだんだんと薄く消えるのが分かる。

 高所に浮かぶこの都市は日が落ちるのがとても早い。ただ、地面より下にお日様が去ったとしても、"残り日"という現象が起こり、下のオアシスと同じ日照時間を保てる。地上から見るとこの"残り日"の間、浮遊都市は光のドームに覆われて淡く光って見え、大変に美しい。

 その"残り日"が始まる頃にキャロルの屋敷の前に着いた。門の向こう、屋敷の中から誰かが出て来る。見たことのある顔、そう思ったところで声をかけられた。


「おや、これはこれはアレク様。お久しゅう御座いますなぁ」


 いかにも悪徳商人な風貌の男からもみ手をされつつ挨拶される。ええと、たしか名前は……。


「ザハト商会の……」

「はい。いつもご贔屓ありがとうございます」


 この悪徳商人風の――いや、実際に悪徳商人なのだけれど――蛙っぽい容姿を持つ太った男はザハト商会の商人で、以前私にジュリアを売りつけた奴隷売り、あの男の兄らしい。

 2人ともよく似た容姿の持ち主で、あえて弟との違いを探すとすれば、年齢による老け具合と若干痩せていることだろうか。どちらにしても凄くカエルだけど。私はまだ見たことはないけど、さらにもう1人弟が存在していて、やはり良く似ているらしい。DNAってほんと残酷……。

 蛙が私の影に居たキャロルに気付いて、その顔面をニタリと歪めて笑う。


「おお! これはこれはキャロル様。実にご機嫌麗しく。相変わらずお美しいことで! 誠に……誠にっ、お美しい……っ!」


 やたらと感極まった様子でキャロルを賛美している。舐めるように自身を見る商人にキャロルが嫌悪に顔を強ばらせて、私の腕に添えた手に力をこめた。蛙商人がギラギラとした目で一心にキャロルを見つめている。

 ちょっと、なんなのこの食いつきっぷり。確かにキャロルは美人だけど、その目つきはちょっと失礼じゃない? 

 咎める視線を蛙に向けると、セクハラ蛙の後方、お屋敷から梱包した大きな荷物を持った人達が続々と現れる。


「ザハト様。納品と引き取りが終了いたしました」


 門の前に止めてあった荷馬車いっぱいに荷物を積み込んで、それから綺麗な女性が蛙商人に報告した。金色の髪と碧い瞳が綺麗な美女。終始無表情で、アレクを見ても能面を張り付けたように表情が動かない。

 なんだか勿体ないな……。笑ったらキャロル同系統の華やかな美人にカテゴライズされると思うんだけど。無表情な美貌は凄みがでるのね……。ちょっと怖い。なんというか、クールな美人秘書って感じの人なのかな? タイトなスーツを着せれば、それっぽいかもしれない。


 「ふむ。よろしい」


 表情を一転させた蛙が重々しく頷いている。強ばった顔から表情を完全に抜け落としたキャロルが、裏腹に私の腕にいっそう強くすがる。


「――父がまた何か?」

「いつもありがとうございます。こうして、今日もまた私どもハット商会をご贔屓してくださいまして――今回も、お引き取りと納品をさせて頂きました。このように御用を伺えるのは、私どもとしても誠に光栄なことでございまして……。末永く、お使い頂ければ何よりでございます」

「そうですの」


 言い捨てるかのうようにキャロルが冷たく答える。

 冷淡なキャロルは、あの美人秘書さん同様の迫力があった。そんなキャロルを嬉しそうに見て、ニマァ。そんな擬音が付きそうな笑みを蛙が浮かべる。思わず頬が引き攣りそうになって、かろうじて堪えた。

 ああソレ、普通に笑ってもその顔なのね? そうなのね? やっぱりDNAって残酷……。


「アレク様も、どうぞいつでもお呼び立てください。アレク様には色々とお買い求め頂いておりますしねぇ。そうそう、お届けしたホロフー鳥の羽毛布団はいかがでしたでしょうか?」


 ホロフー鳥の羽毛布団はあちら(現実)で言うアイダー・ダウン、つまりオオケワタガモの綿羽と同じ物だと思う。凄く軽くて温かくて、とてもふわふわとするけど、どうしても海鳥特有の臭いがする。そして私はその臭いが昔から苦手だった。

 それでも羽毛布団が欲しくて、ジュリアを引き取ったその直後に注文した。納品されるまで3ヶ月かかったが、届けられた時は本当にびっくりした。――実のところ、注文したこと自体が奴隷売りに対する嫌がらせだったりしたからだ。

 ホロフー鳥の羽毛布団が、NPCのセリフで相当な希少品だと知っていたし。なにより、ホロフー鳥の生息している場所が、私たち高レベルの冒険者でも踏み入った事のない、"ゲーム未実装フィールド"だったのだから。


 私たち冒険者はレベルを上げることで土地を渡り、ポータルを解放しゲートを繋げ、そして世界を広げてきた。しかし、広げられるのは実装されたフィールドだけ、仕様で許される範疇内だけだ。――そう。ゲームだった頃は。


 移転されて来た当初からこの世界を詳しく調べていたギルメン曰く、"冒険者未到達地"、つまり実装されていないはずのフィールドも、この異世界では当たり前のように存在しているのだそうだ。それと同時に。未到達地にも人間が存在し、彼ら原住民の様子を伝え、特産品を獲得し、この異世界全てのフィールドを渡り行く存在――つまり商人たちが居ることを確認した。


 「冒険者が未だ行くことの出来ない場所へ行き、手に入れる事のできないアイテムを調達してくる」

 商人とは、この異世界におけるある意味最強の存在だった。



 ジュリアを高く売りつけてきた悪徳商人だと知っているし、嫌がらせ目的で商品を注文したけれど、同時にこのザハト商会が有能だと理解はしてる。納品された羽毛布団は、あちらで使っていたものとなんら遜色ない品だったから。だからそれからも時々、手に入れにくそうな物を注文しては届けてもらっていた。


「やはり臭いがちょっと気になるかな……。ああそうだ、もう1度ハーブを焚いて欲しいと思っていたんだった」

「おや、そうでしたか。それはいけませんでしたね。ホロフー鳥は海鳥ですから、微量とは言えもともと匂いに特徴がありまして――同じ極寒の地に生息する水鳥のバァーフィーならば匂いもあまりないようですが、いかがでしょうか? 質はホロフー鳥同等の極上品ですし、今ならお待たせすることなくお届けできます」


 すかさず蛙が売り込みにかかる。相変わらず抜け目が無い。でも水鳥なら臭いがもっと少な目なのか。そっか……。


「……ああ。それなら買い替えようかな……。何度もハーブ焚くのも面倒臭いしな」

「それでは明日にでも一式お届けしても?」

「うん、頼むよ」

「これはこれは! 誠にありがとうございます。私どもハット商会はこれからもアレク様のご希望を叶えますので、どうぞご贔屓くださいませ! それでは、わたくしどもはこれで。――キャロル様。またお会いできる日を、本当に、楽しみにお待ちしております」


 ニタァー。と粘っこい笑みを私とキャロルに披露して、蛙が大仰なジェスチャーで頭を下げる。そして荷物を詰め込んだ荷馬車に、美人秘書と共に乗り込んだ。荷馬車は大きく、貴族の御用伺いをするだけの事はあって実用一辺倒なデザインではない。鑑賞に値する優美な作りになっていた。

 しっかり固定された積み荷を少しでも揺らさないようにか、馬車がゆっくり走り出していく。インベントリの概念が無いNPC――この世界の人達は物の移動ひとつとっても大変そうだ。


「……あの、アレク様。アレク様は羽毛布団にこだわりがありますの?」


 ザハト商会の荷馬車をなんとはなしに見送っていると、腕にそえられていた手から力が抜けて、そっと離れていった。不思議に思ってキャロルを見れば、口元に手を当ててなんとも言えない微妙な顔をしていた。


「いや別に。布団が重いのが苦手でね、それで羽毛布団にしてるだけで。しかしあの臭いはちょっと慣れないから、水鳥のものが手に入るのは助かる」

「そうなのですの。まぁ……。それだけの理由でしたのにお取替えになりましたの……」

「うーん、毎晩気になるからね。私にとってはそれだけの理由ではないんだが」

「ええ。そうですわね。そうでしたわね……。わたくし、アレク様に失礼なことを言ってしまいましたわね。お許しくださいませ」


 キャロルが何だか酷く物憂げな上に、歯切れ悪く言いよどむ。少しだけ眉が寄った顔に、僅かとはいえアレクに対する嫌悪を感じる。どうしたんだろう?


「大丈夫、失礼だとは思わないよ。ただ、もしかしてキャロル、――羽毛布団にアレルギーがあるとか?」

「い、いえ。そんなアレルギーなんて……。――ああ、いえ。そうですわね。これもアレルギーと言えばアレルギーになりますかしら……」


 今度はさも悲しげに微笑まれた。そのしぐさに距離を感じて、心の中でさらに頭を捻る。……キャロル、急にどうしちゃったのだろう? 羽毛アレルギーじゃないなら一体なんなの?


「キャロル。どうしたんだ? もし何か私に出来ることがあれば――」

《――里香さん!》

「アレク!」


「カイン? えっ!?」


 いきなりカインからの"コール"と共に名前を呼ばれる。慌てて振り返って声の聞こえた方向を確認すると、すぐそこにカインが立っていた。


「アレク! 久しぶり」

「カイン! お久しぶりです!」


 走り寄るカインに私も嬉しくて駆け寄る。駆け寄ったとたん、いきなり広げた腕の中に抱きしめられた。


 ――え? ええ!? ええええっ!! ど、どうしちゃったの!? カインてばっ!


 動揺するあまり、手に持っていたお菓子を入れた袋を取り落としそうになった。カインは驚いて硬直する私をぎゅっと強く抱き締め、背中を撫でるように滑らせて肩に手を置いてくる。そしてそっと体を離し、にっこりと――いつもの穏やかな笑みとは違って、すごく眩しい全開の笑顔で――笑った。


「ようやく会えましたね! 元気そうで良かった。アレク……」


 いつも心配していたのですよ。と気遣うように言って、私の頬に手を添え親指でゆるりと肌を撫でる。指が唇の端を掠めた。


 ――カイン……!


 頬を愛おしげに撫でるいつもと違うカインに、私はとにかく恥ずかしくて、嬉しくて、顔も耳もそして全身が熱くてたまらない。


「あ、ああ、アアアレク様!? あの、その、どなたですのっ!? その、手が、手がっ、手がっ!」


 キャロルの声に我に返った。心臓が激しく鼓動し、耳の奥で血管を通る血がどくどくと流れていくのが分る。私の前髪をカインの指がそっと払ってくれる。労るようなその動作に、頭に血が昇るあまり額に汗が滲んでいたことに気付いて狼狽する。恥かしさに思わず手顔を覆って、叫びそうになる口元を押し止めた。――ああもうっ、指の先まで赤くなってるし!


「アレク、彼女に俺をご紹介して頂けますか?」


 気恥ずかしくておろおろとする私の肩を抱いて、カインがキャロルに向き合う。私を引き寄せるカインの手が肩から背中へと滑り降り、そしてそのまま私の腰にまわった。腰に添えられたカインの手が、酷く、熱くて、それで、


 ――うわっ! うわっ! うわわっ! どうしたのどうすればいいいのどうしよう私っ!


「アレク? 紹介しては頂けないのですか?」

「あ、ああ、ごめんなさい! えっと、えっと、うちのギルドの長、ギルドマスターのカインですっ!」


 涙目で赤面したまま、慌ててカインを紹介すると、ぱかりと口を開けたキャロルがそこに居た。今まで見たことのないそのまぬけな姿に、虚を突かれて目を瞬かせる。気の抜けたようなキャロルのその横で、侍女たちも同じ様に茫然と立ち尽くしていた。

 侍女の足元には取り落としたらしい蔓のカゴと、そこから転がり出たお土産のお菓子の包みが落ちていた。キャロルがやたらとどもりながら、声を掠れさせてぶつぶつと呟く声も聞こえてくる。


「ああ、ああ、そ、そうなのですね。そうなのですね! アレク様、そうだったのですね……!」


 壊れた玩具のような微妙な動きで、キャロルの手がふらふらと空をさまよっている。いきなりおかしくなったキャロルとは正反対に、私は動揺から立ち直った。自分より錯乱している人が居るとかえって冷静になれる、の法則だろう。あまりにも挙動が不審過ぎるキャロルが心配で声をかけてみる。


「キャロル?」

「そうなのですの。そうなのでしたのね、それで、ええ、それで……」

「キャロル!? 一体どうしたんだ!?」

「いえええ!? なんでもありませんわっ! ああああああっ! わた、わたくし、わたくし今日はこれで失礼いたしますわね! ええ! ええ……!」


 そう言ってキャロルが慌てて踵を返したとたん、ネジが切れたようにぴたりと止る。そして、ギギギと音を立てそうなぎこちない動作で振り返り、今度は全身を小刻みに震わせ始めた。

 キャロルが震える指でスカートを摘んで、深く、綺麗なお辞儀を披露してきた。


「えと……キャロル?」

「……あの、アレク様本当にありがとうございました。その、わたくし素敵な夢が見られたと、そう思います。――そう、夢でしたの……。夢でしたのに……!」


 さようなら、アレク様! そう言って、泣きそうな顔で私を振り切るように駆け出した。走り去るキャロルを見てようやく我に返った侍女と女騎士が、慌ててカゴと包みを拾い上げ、キャロルの後を追う。追いかけながらも私を気にするように何度か振り返って、最後に頭を軽く下げた。

 ゆっくりと閉まっていく門の向こう、屋敷の中へと3人の姿が消えた。


 ポカンとしたまま、キャロル達を見送ってしまった。あまりにも唐突な出来事をどうすることも出来ず、ただ呆然と見ているだけだった。

 カインが私の隣で「困ったな」と呟いて苦笑した。


「どうやら、誤解されてしまったようですね」

「――え? 何がですか?」

「つまり、男色家だと。そう誤解されたのかと」


 カインの言葉に一瞬で血の気が引く。

 男色家っ?! 嘘でしょ! アレクはっ、アレクは男色家じゃないの! でもでもでも! 誤解された相手はカインで、私本当は女性だから、中身は女性だから……。でもでもアレクは男で。でも……。


 がっくりと肩を落とし落ち込む私の背中を、カインがそっと叩く。


「すみません。俺がうかつな事をしてしまいました。さっきの彼女は、里香さんが女性だと知らなかったのですね? それなのに。俺、里香さんに会えたので、つい嬉しくて……」

「い、いえ。あの、いいんです。大丈夫です……。私もカインに会えて嬉しかったですし……」


 嬉しかったけど、カインに会えて嬉しかったんだけど……! ……でも、明日からどうしよう……。キャロル誤解してたよね。「さよなら」って言ってたよね。「また明日」とかの言葉は口にしてなかったよね……。もしかして、明日からもう会いにきてくれないのかな……。


 呆然としつつも屋敷を見直す。固く閉ざされた門が再び開く気配はない。ここから見える窓にもキャロルの姿は見えない。……どうしよう。

 途方に暮れた私に、カインが頭を下げた。


「本当にすみません」

「いえ、本当にいいんです。あの、しょうがないことだし……」

「すみません。……もう、行きましょう? このままここに居ても……」


 促されるままによろよろと歩きだす私の背中を、慰めるようにカインが撫でてくれた。さらに、危うい足取りの私の肩を抱いて支えてくれる。


「……里香さん。こんな時に何なのですが、いや、こういう時だからこそ、この都市を離れてみませんか?」

「――え?」


 突然のその言葉に、ぼんやりした頭でただカインの顔を見る。困ったような、すまなそうな表情でカインが説明した。


「仕事をお願いしたとは言え、1年近くもこの都市に定住して、こうして色々なしがらみも出ててしまいましたし。気持ちを切り替えた方が良いかと思って。……ただ、一緒に暮らしている――ジュリアさん?」

「ええ、はい」

「ジュリアさんは、ここに残ってもらわなくてはなりませんが。里香さん、少し環境を変えることを考えてみて頂けませんか? ――俺と、一緒に」


 その言葉に、失っていたはずの血の気が一気に戻る。嬉しさと驚きに目を見開いてカインを見つめたら、優しく微笑まれた。

 私は慌てて――露骨に食いつかないように気を付けながら、カインに確認をとる。


「一緒、に?」

「ええ、俺と2人で」

「2人で……!」


 ――どうしようどうしよう、どうしよう! 嬉しい!

 赤くなって落ち着きを無くした私に、カインは「ただ……」と言い辛そうに口ごもった。


「ジュリアさんなのですが。難しい問題になるとは思うのですが……」

「あ! あの、ジュリアなんですけど、実は」


 大丈夫、大丈夫。ジュリアのことはもう決まってるし。だから大丈夫!

 ジュリアの事情を説明する私に、ひとつひとつカインが肯き返す。


「なるほど、そうですか。それなら憂いもなく安心して行けますね。――里香さん、俺と一緒に来てくださいますか?」


 ばくばくと心臓が早鐘を打つ。カインを見ると、カインもまた私をじっと見つめ返した。


 "残り日"が終わりかけ、街がゆっくりと薄暗くなり、代わりに街灯が淡く光り出す。道に沿って据えられた灯りが強くなり、家々の窓からも燈された明かりが漏れ出てる。カインが街灯に照らされて浮かび上がるように見えた。


優しく私に微笑むカインのその姿に目を奪われながら、私は確かに肯いた。





「ただいま」

「アレク様! おかえりなさい!!」


 ホームの扉を開け、声をかけるとバタバタとした足音と共にジュリアの声が聞こえる。そばかすの浮いた顔を高揚させて、ジュリアが私のもとに駆け寄ってきた。


「あの! 夕食上手く作れました! 楽しみにしてくださってたでしょう?」

「ああ、そうだね。ありがとう。楽しみにしていたよ」


 朝の約束を思い出してにっこりと笑う。私の――アレクの笑みを確認して、ジュリアも嬉しそうに笑った。


「そうだ、お土産があるんだ」

「嬉しいです! アレク様、ありがとうございます!」


 お土産のフリュイ・コンフィを渡したら、包みを見たジュリアの顔が一瞬強張った。


「ジュリア?」

「あ、ありがとうございます! ここの店の砂糖漬け、美味しいですよね! 私大好きです!」


 不振を感じたが、ジュリアはすぐに笑顔に戻り、丁寧な手つきで包みを受け取る。


 ――そうだよね? 好きだよね、間違いなく。だっていつも美味しそうに食べてるし、無くなると寂しそうだし。……もしかして、ジュリアこそダイエット始めたのかしら? でもジュリアももう少し太った方が――って、駄目だ駄目だ。女の子は自分が気になるからダイエットに励むんであって、外野が何言っても気になる所は気になるんだもんね。しょうがないことだもの。

 ……って、そう言えばキャロルがエリザベスのこと言ってたんだった。もしかして、それ絡みなの?


 そう思って、――思ったら、本当は後で切り出そうとしていたことを口にしていた。


「ジュリア。夕食の後で、少し話したいことがあるんだが」

「はい! 分りました。アレク様楽しみにしていますね! あの、もう夕食出来てますから、お席にどうぞ!」


 言ってしまった。でも、言わなくてはいけない事だったから。そう、ずるずると引きずってはいけないもの。きちんとしなくては。

 パタパタと軽い足取りでキッチンへと向かうジュリアを見て、今夜話すべきことを、頭の中に並べていく。


 ジュリアを幸せな形で送り出さなければならない。ジュリアは私と離れて自立すべきだし、私もまた自分の幸せを見つけなくてはならない。私たちの――私とジュリアの将来のことを考えると、それが最善なのだから。

 それから。キャロルから言われていることも確認しなくては。


 決心すると、ジュリアが用意してくれているだろう夕食を取るべく、私は部屋へと足を向けた。


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