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異世界移転者の凡常  作者: 北澤
第2話 異世界移転者の日記
12/49

中 その 3

 白い石のアーチをくぐり、キャロル達と連れ立って店に入る。選んだのは、美味しいフリュイ・コンフィ(果物の砂糖漬け)が食べられる砂糖菓子専門の店だ。

 本当に美味しいから毎日通いたいんだけど、とにかく女性ばかりで入りにくい。もちろん私も中身は女性だし、べつに男の人が甘党でこういった店に居ても何とも思わないんだけど。私はアレクなので、1人で居ると大変なことになるので止めた経緯がある。……肉食系の女性は同性でも怖いの。無理だから、あれは無理。


 ディスプレイされた商品を選んで――紅茶と、お土産のお菓子用も沢山頼んだ――席に案内される。お店はサンルーム席と、内庭の席があるけど、今日もこの都市は天気が良いので内庭にある木陰の席に案内してもらった。

 丁寧に手入れされている青々とした芝生が、足あたりが柔らかくて気持ちいい。街は石畳ばかりで固いので、こうやって土の上を歩くと足に優く感じる。ほっと気持ちが安らいだ。


 店員に先導されて店の中へと進むが、さっきまで色々と見立てていたせいか、店に居る女性が付けているアクセサリーに何となく目が行ってしまう。よく観察すしてみると……形はアレンジされているものの、どの女性も十字架や鳩など宗教の象徴をモチーフにしたアクセサリーばかり付けていた。

 もしかして宗教とか関係なく流行りのアクセサリーなのかな? それともこの浮遊都市って、私が気付いてなかっただけで、実は宗教に熱心な人が多いのかしら? でもシンシアさんは付けていなかったし……。


 案内された席に座る。気になりすぎてとうとう、デリケートな問題なら答えなくてもいいんだけど……。と、キャロルに聞いてしまった。


「庶民が身に付けることが許されている宝飾品に値するものが、ロサーリウムだけだからですわ。彼女たちは貴族ではありませんもの」

「ん? 貴族じゃないって? でも」


 隣のテーブル席に座るいかにもお金持ちな身なりをしたマダムの指には、その派手目な服にそぐわない、そっけない程シンプルな指輪がはまっている。

 疑問に首をかしげた私の目線をキャロルが辿り、ああ、と納得したように肯いた。


「あれは宝飾品ではなく、マジックアイテムですわ。魔法関連の物に関しては、身を飾るものではなく実用品扱いになりますの」

「ああ、確かに……。なるほど。そう言う分類になるのか」


 確かにあの指輪は、ゲーム開始初期の頃使用した筋力値5アップの指輪だ。アレクには正直微妙な性能だったから、他のアイテムにすぐに鞍替えしたけど。


「じゃあ貴族以外の人は、お洒落したい時にはマジックアイテムを付けるんだね」

「え? ええ。まぁ、そうなりますわね」


 今一つ歯切れの悪い返事に頭を捻る。腑に落ちてない私の表情に目を瞬かせて、キャロルがごく控えめに――苦く笑った。


「冒険者だったアレク様は当たり前に使用されていたかもしれませんが、わたくしたちにとってマジックアイテムは、あまり身近な品ではありませんの」

「そうなのかな? でもこの浮遊都市でも、店で普通に売っているだろう?」


 この都市は凄く物価高いけど、でも、一応その辺で普通に買えるし。

 さらに納得できずに食い下がったら、キャロルが気まずげに視線を逸してそっと囁くような声で教えてくれる。


「その……。ある意味、宝飾品よりも希少なものですから。身に着けたくても出来ない人の方が多いのですわ」

「あ……。すまない。そういう事だったのか」


 ようするに。値段がとってもとっても高いから、庶民なんかが買えるわけはない。という事らしかった。

 そう言えば確かに、ゲーム時代のアイテムは今もゲーム内マネーで継続して売買できるけど、日用品に関してはそのまま支払える店は限られていた。


 例えばこの店はまあまあ高級なお菓子屋さんに分類されるから、そのままゲーム内マネーを実体化してコインで支払いが出来る。量を買わないとお釣りが面倒臭いことになるけど。

 けれど、食材などを市場で買う場合にはコインは使えない。コインの価値が高すぎるのだ。だから浮遊都市とオアシスを結ぶゲートに在る、公共施設で両替する必要がある。


 レートは毎日変動するし、インベントリに収納する場合もマネーでなく、アイテム扱いになる。その上、都市ごと……同じフールド内でも国別で種類が違うので、調子に乗って両替しているとインベントリの項目がお金だけで埋まる羽目になる。

 この浮遊都市の両替後の通貨は、かつての世界のフランス・フランとほぼ同じ仕組みだった。ただし、下のオアシスは同じ硬貨基準でもあまり流通しない硬貨もあり、使用を断られる場合もあるみたい。……私は下のオアシスは雑多過ぎて、買い物をしたことがほとんどないので、そうらしい、としか分らない。ただ、たまにジュリアが下のオアシスに買い物に行くので、そういうこともあると聞けた。


 でも、そっか……。この都市って食材とかの日用品が安いなって思ってたけど、実は逆で、冒険者用品がとても高かっただけなんだ。アイテムだけじゃなくてワープゲート――ポータルの利用料もゲーム時代から高かったし。そう言えば、課金しない限りは中期レベル帯ぐらいまで金欠で大変だって聞いたこともあったんだった。

 お菓子なんかの趣向品も、日用品と比べてあちら(現実)の物価換算でも妥当な金額だから……。普段私が通ってる趣向品の店って、ランク高めの店ばかりだったてことだよね。いつもゲーム内コインで支払えたし。うん、確かにマルコスさんのところも、この店も、凄く良い商品扱ってるし当たりだった。よしよし、ちゃんといい店通ってるな、私。



「お待たせ致しました。紅茶とスイーツの盛り合わせで御座います」


 店員さんがそう言って、テーブルの上に色とりどりのフリュイ・コンフィを乗せたお皿と紅茶のセットを置いてくれる。

 その女性店員は、ちらちらと私――アレクを見ては顔を真っ赤に染め、すかざずキャロルを見た。そしていかにもばつの悪そうな顔でお辞儀をし、がっくりと肩を落として去って行った。

 ……うん、そうね。キャロルは天然の美人だから……。確かに負けたって思うよね……。そうよね……。


「……さあ、美味しそうだし。頂こうか」

「はい。ありがとうございます。アレク様」


 小さなトングで"プラムのようなもの"、のフリュイ・コンフィを取って小皿に盛る。

 この店のフリュイ・コンフィは、果実を丸ごとシロップ漬けにして、最後に表面に砂糖でグラッセしているものだ。苦みの元になる種は漬ける前に抜いてあり、皮も丁寧に剥かれていた。

 磨り硝子で出来たような、淡い赤紫の小さな果実。それを銀の透かし彫りが美しい2股の細いフォークで刺して、鋭いナイフでプラムの果肉を切り落とす。そしてひと口に運んだ。

 果実に軽く歯を立てると、ごく薄い砂糖のコーティングが、パリッ、と小さな音を立てて破れた。ねっちりした果肉を噛み締める。口の中で濃いジャムのような――クドさの一切無い凝縮された果実そのものの甘みが、舌の上へにとろりと広がった。プラムの香りが鼻の奥でゆるゆると漂う。


 うん! 美味しい。凄く美味しい!

 加糖されているからとても甘いんだけど、それなのに後味がスッキリとしていて不思議。ジャムとかそのまま食べるとお茶が大量に欲しくなるけど、そういった事は全くなく、するすると食べ進められる。良い砂糖で作っているのだろう。ただ、あんまりにも食べ易すぎて、ついつい量を取ってしまうのが難点と言えば難点。でも、やっぱりこの店のフリュイ・コンフィは本当に美味しい!


 うん、と頷いてにっこりキャロルに笑いかけたら、キャロルも微笑み返してくれた。そしてキャロルも切り落としたイチゴのフリュイ・コンフィひと口食べた。


「本当に美味しいですわ。このお店の砂糖菓子は素晴らしいですわね!」


 顔を輝かせて美味しそうに口へと運ぶ。女の子が甘い物好きなのは万国共通だと思うの。ああ、本当に美味しい!

 主のキャロルが食べだしたのを確認して、下手のテーブルに控えていた侍女と女騎士も顔を綻ばせながら食べていた。……本当のことをいうと、このオマケの2人に奢るのは癪なんだけど、そんなことするとアレクが恰好悪い男になるし、でもジュリアへしたことは許しがたいし……。毎回そう悩みながら、でもやっぱり奢ってしまう。

 ――まぁ、お茶も無しで放置しておくって、事情を知らない人間から見ると人としてどうかと思う行動だから……、仕方ないか。


 ゆっくりと砂糖菓子を頂きながらロサーリウムの話を続ける。そうこうするうちに再び店員さんがやって来て、小さなワゴンをテーブルの傍に置いた。持ち帰り用に買ったフリュイ・コンフィの包みと、紅茶に追加する為のお湯が乗っている。


「キャロルは甘いものが好きだよね。普段はどんなのを食べているのかな? お薦めの店を教えてもらえると嬉しいんだが」

「普段は……その、あまり頂きませんの。こうしてアレク様と一緒の時ぐらいしか口にしませんわ」


 恥ずかしそうに告白するキャロルが意外で、瞠目した。

 ――って、しまった失敗。そうだね、女の子だもんね。ダイエットとか気にしてるよね。そうか、天然美人のキャロルでもそういう事に気を使っているのね。ちょっと安心した。

 でもキャロル、もうちょっと太めでもいいと思うんだけど。胸とかは充分以上にあるけど、この都市の人と比べてもちょっと華奢な方だよね? あのお金持ち風のマダムぐらいがボンキュッポンで、ちょうど良いと思うんだけど?


「その。父の、方針ですの……」


 ちょっとその言葉に驚いて引く。お父さん、華奢なのが好きなの? 娘に強要するタイプなんだ……。なんだかね。あ、でも。そうか確かに。

 後ろに控える侍女たちを見る。2人とも華奢な体型だ。特に女騎士なんて、本当にそれで大丈夫かしら? って心配になるぐらい細い。確かに筋肉はついてそうなんだけど……。あ、でも冒険者の私たちだって体型ってステータスに関係ないか。見た目は子供でも高レベルの冒険者なんて、ごく当たり前のことだし。


「それじゃ、これからもお茶に誘って大丈夫かな? キャロルが美容の為に控えてるとかの理由で、敬遠してる訳ではないんだね?」

「違いますわ! ……あの、手に入れられないだけですの。でも、だからではありませんけれど、こうしてアレク様と一緒に頂けて、凄く嬉しいのですわ……」


 語尾が小さくなる。恥ずかしそうにもじもじする姿が凄く可愛い。これで私が本当に男だったら速攻で落ちちゃうんだけど。


「その、本当は色々試してみたいのですけれど。父は食に括らない人間なので……」


 そう言いながらも、本当に好きなのだろう。せつなそうな顔でちらちらと砂糖漬けを見ている。あんまりにも可愛いしぐさに思わず笑えば、キャロルは頬を赤く染めて俯いた。

 沢山買った内のひとつ、詰め合わせセットの包みをキャロルの手元に置く。唇に人差し指をあて、いたずらっぽい表情で微笑んでみせた。


「ひとつプレゼントしましょう。お土産にどうぞ。――お父上には内緒ですよ?」

「まぁ! アレク様、ありがとうございます!」 


 大事に頂きますわ! そう目を潤めて、キャロルがお礼を言う。

 うーん。本当に私が男だったらなぁ……。



「あっ! アレク様っ、お店にいらっしゃっていたんですね!


 その声に思わず肩がはねる。キャロルも驚いて目を見開いた。

 ――ああ、会わずに済んだと思ってたのに……。

 思わず額に手をあてる。憂鬱さに深いため息が勝手に零れた。どんよりとした気分の私に構うことなく、声の主――エリザベスが高い声をさらに高くして、嬉しそうに席へと駆け寄ってくる。


「アレク様! お会いできて嬉しいです。もしかして……私に会いに来てくださったのですか!」

「こんにちは、エリザベス。今日もここの砂糖漬けを買いに来たんだ。――キャロルと一緒にね。この店のはとても美味しいから」

「もうアレク様ったら。エリザベスでなくベッツィーと愛称で呼んでくださいって言ってるのに!」


 内心を取り繕い損ねて、自分の顔が微妙に引きつっているのが分る。もちろんキャロルの顔も引きつってる。後ろに控えてる侍女たち2人は、引きつるどころか盛大に歪めて睨んでもいた。

 アレクより頭ひとつ以上低い背丈と華奢な体躯、動くたびにゆさゆさ揺れる大きな胸。――典型的ロリ体型。白くて人形のような肌に、少し垂れた大きな瞳はこぼれ落ちてきそう。唇は小さく、ぷるんとして赤い。綺麗な水色の髪の毛を高く結い上げ、同じ水色の瞳をきらきらと輝かせるエリザベスは、傍から見れば大変可愛い女の子だ。――傍から見てられるならば。


 埃が立つから走らないでねとか、なんで目の前に居るキャロルを完全無視して話してるんだとか、そもそもこの店の店員なんだから私語してないで仕事してとか……。そういう言葉を飲み込む。――言っても無駄だから。何度言っても無駄だったから。


「エリザベス、悪いけど今キャロルと話をしてるから――」

「やぁんアレク様! ベッツィーって呼んでくださらなきゃ駄目ですよ?」


 もうっ! と、そう言ってコブシを胸の傍で握って、脇をきゅっと締める。締めた途端、豊かな胸元がさらに豊かに強調された。

 ――うん、まぁFカップくらいかな……。いや、あれは盛ってそう。キャロルのと違ってかなり不自然っぽい寄せ感があるし……。

 典型的ぶりっこの仕草をくらって、黄昏て目がちょっと遠くなる。


「エリザベス。仕事をしないと駄目だ。後ろで他の店員さんが睨んでいるから、早く行かないと。私も今キャロ――」

「ええ!? あ、大丈夫です! あの人意地悪なので、すぐ睨んでくるんです。もういつも酷いの!」


 ――話が通じない。そう思った。

 とりあえず他の店員に目配せが出来たので、後ろから険しい顔でやって来たベテランそうな店員――エリザベス曰く、意地悪な人――がエリザベスをテーブルから追い立てる。


「エリザベス。あちらに行きなさい。貴女の担当はここではないでしょう。お客様に失礼です」

「今、アレク様がお話ししてくださってて――」

「エリザベス、君は仕事に戻るべきだよ」


 口答えを始めたエリザベスに、ベテラン店員さんを後押しする形で私も声をかける。もちろん、いつもの様ににっこりとは笑わない。完全に真顔で、だ。


「はい! アレク様、私お仕事がんばっちゃいますねっ。今日あと2時間で仕事終わりですから、ラストスパートしちゃいます!」

「エリー! 早く行きなさい」


 再びベテラン店員さんが叱ると、私にとびっきりの笑顔を見せてそのまま踵を返す。ベテラン店員さんにはひと言たりとも返事をせずに、いかにも早くお仕事しなくちゃ! 的な慌てた動きで去って行った。凄い。その徹底した駄目さ加減に、ある意味感動を覚える。


 私は女性なのでエリザベスの性格の悪さに速攻で気付いたけど、これ、絶対騙されて絆される男の人、結構な数居るよね。だってエリザベス、顔だけは本当に可愛いもの。

 あんな可愛い顔と可愛い声で、貴方の事好きです! って全身めいいっぱい表現して、目をきらきらさせながら付きまとわれたとしたら。単に、恋に溺れちゃって一途すぎる女の子、って思うよね?

「俺に媚びる前に仕事頑張って欲しいな。もうちょっと周りを見て欲しいけど、こんなに俺に惚れ込んじゃって、ほんと仕方ないなぁ。可愛い子だから今回は許すけど、やれやれ」って、フツーの男の人はそう思うよね?


 ――でもあれ、そういう演技ですからっ! 1から10まで全っ部理解した上での演技ですからっ!! よっぽどアホじゃない限りは、――いや、たとえ重度のアホ女だとしても、アレはありえないからっ! 男に媚びてる風で、実はちやほや甘やかされたい女の演技ですからっ!


 好きな人に良いとこ見せたくて仕事を頑張るなら、当然上司も立てるし、口答えしないから! そもそも他人へのネガティブな評価、軽蔑されるの怖くて会話に乗せられないから! ましてや、一緒に居るのが他の可愛い女の子だとしても、気を使って挨拶ぐらいはするから。無視なんて絶対しないから。と言うか、可愛ければ可愛いほど無視できないから!

 ……その女の子が、自分と同じレベルの容姿だと判断しない限りは、ね……。


 胸の内で暗い情念が渦巻く。頭を抱えてため息を吐いた私とキャロルに、ベテラン店員さんが頭を深く下げた。


「申し訳ありません。当店の店員が大変失礼を致しました」

「いや。大丈夫です。あー……」


 あなたも大変ですね、と言おうとしてやめた。これはお店に対して失礼だろうから。取り敢えず気にしてない事を伝えた。


「大丈夫です。なんというか。いつも砂糖漬け美味しく頂いてます。贔屓していますので」

「恐れ入ります。――本当に失礼なことを致しました。申し訳ありません」


 頭を下げたまま微動だしない店員に少し戸惑うと、キャロルが私を見てかぶりを振る。そして店員に向き直り、おごそかに口を開いた。


「アレク様がお許ししたから今回は仕方ないにしても、以後お気を付けなさいませ。店の品位を疑います」

「はい。大変申し訳ありません」


 いかにも貴族らしく尊大な態度でキャロルが手を払う。そのまま店員は後ずさって、背中を見せないまま去って行った。

 色々と気が抜けて、安堵のあまり大きく溜息してしまった。その様子をキャロルが心配そうに伺っている。


「あの……。アレク様、彼女とその後何かありまして?」


 その言葉にぎょっとする。

 とんでもない! あんな女に好んで会いに来るもんですか!


 ――そもそも、エリザベスとは出会いからして実にアレだった。




「誰か! 誰か助けて!!」


 女性の叫び声が聞こえる。思わず、ゼロスから分けてもらったばかりのアジの開きらしきものと、里芋のようなもので作った煮物を取り落としそうになって、あわてて抱え込む。周りを見渡すと、狭い路地で女性が男2人に絡まれていた。

 ――と、ここまではキャロルの時と状況がよく似ている。だから最初は、また似たクエスト発生したの!? 嘘でしょ! と思っていた。でもキャロルの時とは違うとすぐに分かった。――悲鳴を上げた女の子に、片方の男が、土下座しそうな勢いで頭を下げたから。


 思わず目が点になる。


 あっけにとられた私と、その女の子の目が一瞬だけ合った。合ったとたん、その子は頭を下げる男を突き飛ばして私の方に駆け寄り、いきなり腕を取って縋った。凄い勢いで身体をすり寄せ、巨乳をむにむにと腕に押しつける。


「助けてください! あの人たちしつこいんです! 私、イヤって言ってるのにっ!!」


 あの時、あまりに強く胸を押しつけられて、偽乳かどうかの判断が出来なかったのが悔やまれる。

 とにかくその女の子――エリザベスがアニメの声優みたいな可愛い声で喚くと、無事だった方の男がこちらを指してうんざりしたように声をかけてきた。


「あんたさ、その女の言ってること信じない方がいいぜ。コイツなんて――」

「――それでも俺は! ベッツィーの事が好きなんだッ!」


 突き飛ばされた方の男が地面に座り込みながら叫ぶ。せっかくのハンサムな顔が涙でぐしゃぐしゃになり、鼻水まで出ている。


「ベッツィー! 頼むからもう1度考え直してくれっ! お願いだ、キミを愛してるんだッ! なんでも買ってあげるから! ちゃんとどんな我がままでも叶えてみせるからっ」


 地面に這いつくばったまま泣きながら嘆願する男に、エリザベスは一瞥もくれずに私に必死な様子で訴えてきた。


「あの人たちストーカーなの! お願い! 私を信じて!」


 言い放ったエリザベスは、そのまま強引に私の腕を引っ張り、駆けだした。

 身体を引きずられて転びそうになり、とっさに足を合わせるとそのままつられて走ってしまった。


「え? いや待って、ちょっ!」

「こっちです! 早くっ!!」


 抵抗する私に業を煮やし、抱えた荷物――明日の朝食――を奪い走りだす。私は慌てて荷物を取り返そうとエリザベスを追走した。

 通りを1回曲がり裏道に入り直す。その瞬間、胸に何かが飛びつく。たたらを踏んで転ぶのを堪えたら、瞳をうるうるさせたエリザベスが体に縋り付いてきた。


「あの、助けてくれてありがとうございます。私本当に怖かった……っ!」

「いや、私は何もしてないから。それより荷物を――」

「怖かったんです、私!」


 その小さな背丈でギュッと抱きしめられて、頬を胸に擦り付けられる。エリザベスの身体から甘い匂いが漂ってきた。

 バニラと薔薇と、ジンジャーブロッサム? 甘ったるい香水つけているのね……。しかもうなじから香ってる。ちょっとそれ匂い効かせ過ぎじゃない?

 ――あとね。はっきり言って、その演技甘いの。こっちは中の人は女性で、そんな甘い演技お見通しだから。うちのギルドには鉄壁のネカマと伝説のネカマの2人が居て、不本意ながら見慣れてるの。あなたの演技、その2人に比べてちゃんちゃら甘いの! 安易に肉体を武器にする所とか、ダメを通り越してマイナス。爪が甘すぎる。 


 抱きしめられながらも一向に反応しない私に――アレクに、エリザベスは足を絡ませるように体ごと擦り付けて、上目使いの泣きそうな顔でさらに訴える。

 ぷっくりと柔らかい濡れた唇が僅かに開いて、赤い舌がちらりと覗く。私の身体に押し付けて持ち上がった巨乳が、可愛い顔の下にばっちり強調されていた。

 ――そのキス待ち体制、濃ゆいわっ! 


「……あの、貴方は私の恩人です。どうかお礼をさせてくださいっ。お願いします……!」

「取り敢えず、荷物を返して欲しいんだが」

「――やだっ。私ったら恥かしいっ! 夢中だったから忘れちゃってたの、ごめんなさいっ」


 冷めた顔で返したら色気が逆効果だとようやく気付いたらしく、エリザベスはぱっと私の体から離れて真っ赤な顔で狼狽してみせた。そしてドジっこ天然系演技――頬を染めて潤んだ目でぺこぺこと頭を下げて謝ってきた。


 ――つまりこの女、肉食系スイーツ。

 見目良い男を手に入れつつ、実はその男にちやほや甘やかされたい系。おまけに貢がせ疑惑アリ。


 それがエリザベスとの出会いであり、発見され次第付き纏われる生活の始まりだった。




「あの……。アレク様、彼女とその後何かありまして?」

「――まさか! ここに来る時は必ずキャロルと一緒に来ている。1人では絶対に来ないよ。だからこうして毎回、大量に持ち帰ってるんだ」

「まぁ! わたくしでよろしければ、いつでもお付き合い致しますわ!」


 ほんのりと頬を染め、恋心を隠しもせずに嬉しそうにキャロルが笑う。

 ああ、その笑顔に凄く癒される……。

 しかしキャロルはすぐに顔を真剣な表情へと戻した。


「アレク様。こういう話はあまりお聞かせしたくはないのですけれど。……大変、不愉快なお話だと判断して、それでもこうしてお話し致しますの。どうぞご理解くださいませ」


 キャロルが真っ直ぐ私を見て重々しく話を切り出してくる。


「既にアレク様は警戒して、彼女に対処されていらっしゃいますけれど……。それ以上に彼女はアレク様に執着しているみたいですの、――少々度が過ぎるほどに」

「ああ、それは。重々承知しているよ」


 深く肯く。エリザベスの行動は辟易するどころじゃないものだから、極力接触をしないように常に気を付けて生活している。そう伝えてなお、キャロルの顔が厳しい。

 背筋がきっちり伸びた綺麗な姿勢と、その固い顔は、美貌と相まってかなり迫力がある。


「……多分アレク様が思っていらっしゃるより遥かに。いささか非常識過ぎる方法を彼女は使用しておりますの」

「非常識? ……こう言ってはなんだけど、今のもかなり非常識だったが」

「その様子ではジュリアはお話ししていませんのね。……仕方ありませんこと」

「ジュリアが?」


 思わず眉を顰める。――どういうこと? エリザベス、ジュリアにまで何かしたの?


「アレク様、どうかわたくしの話をお聞き流ししないようお願い致します。何があったのかは、どうぞジュリアに改めてお聞きくださいまし。――彼女の身に起こったことですもの。わたくしからお話しすることは出来ません」


 怖いくらい真剣な表情で述べる。切々としたキャロルの言葉を真摯に受け止めて、そして私は誓った。


「帰り次第、必ずジュリアと話し合うと約束するよ。キャロル。教えてくれてありがとう」

「こちらこそ……。わたくしの話を受け止めてくださって嬉しく思います」


 ほっとしたように肩から力を抜いて、どこか切なそうな色を残してキャロルが笑った。

 そんな顔しなくても大丈夫。帰ったら必ずジュリアと話すから。今のキャロルの話と、――そしてマルコスさん達夫婦の話を。


 テーブルの上のお皿がすっかり空になる頃。もちろん、エリザベスの仕事が終わるよりも前に席を立つと、キャロルを家まで送るために店を出た。


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