中 その 2
「こんにちは。今日も紅茶、容れてもらえますか?」
「おや、アレク様。……本当に、紅茶お好きですねぇ……」
貴族街を抜けてすぐの、商業区始まりに建つ狭い店のドアを開けて声を掛ける。
ドアの直ぐ側には小さな窓があり、様々な色使いの凝った形の缶が、センス良くディスプレイされていた。店のカウンターの向こう、姿勢良くこちらに挨拶してくれた初老の男性、店主のマルコスさんにインベントリから出しておいた水筒――もちろん空の、事前に綺麗に洗って乾かしておいた物――を手渡す。結構大きな、多分1,5リットルボトルを2本。普通の人間なら1日で飲み干すのは多すぎるくらいだ。
「リーフを買って頂いて、その都度淹れて頂くのがお勧めなのですが……」
「リーフももちろん頂きます。ただ、自分で入れるより、マルコスさんの淹れたのが圧倒的に美味しいんですよ」
「時間が経つと香りも消えるし、味も微妙に変質するのですが……ジュリアちゃんが淹れても駄目ですか?」
カウンターの向こう、水筒を受け取ったマルコスさんが、苦虫を潰したような顔で難色を示す。自分の扱っている紅茶に自身と誇りがあるのだろう。彼の背中には、様々なラベルが貼られた大きな缶が狭い店の壁、天井まで造り付けた棚一杯に並んでいる。中身は全部紅茶の葉で、量り売りしてくれる。品質は一級品で、薫りも高く、とても美味しい。そしてその美味しい紅茶を、さらに極上品に仕上げられるのがマルコスさんだ。
まとう服はいつ訪れても上品な白いシャツで、パリッと糊が利かせてあって染みひとつ無い。狭いながらごちゃついたところがない店の装いと共に、清潔感が感じさせられた。さらにシンプルなこの白いシャツは、彼の壮年らしく痩せた体をシャープに見せ、ダンディーさをいや増している。
う~ん素敵! ちょっと年上過ぎるのが残念だけど、若い頃もきっと格好良かったんだろうなぁ……。
「水筒の紅茶は、これから外で持ち出して飲むので。家ではジュリアに淹れてもらっていますよ」
「そうですか……。しかし、もとは薬の一種とはいえ、これではちょっと飲み過ぎのような気もしますが」
「美味しくて、つい」
そう笑うと、仕方ない、そう肩をすくめて受けてくれる。
ありがとうマルコスさん。でも、本当はこのままインベントリに突っ込んで、外でいつでも好きな時に取り出して飲んでます……。
ちなみに、意外なことにジュリアは紅茶を淹れる才能がある。いや、紅茶だけでなく、お茶全般だ。今朝煎れてくれた日本茶も美味しかった。だから家ではジュリアの入れてくれたお茶で、十分満足できる。
「ジュリアちゃん、お元気ですか?」
「ええ、もちろん元気です。貴方ほどではないが、ジュリアの淹れる紅茶は美味しいので、毎日入れてもらってます」
「――本当に飲み過ぎのような気がします」
苦笑する顔も渋くて素敵だ。ああ……、アレクも年を取ったらこうなるのかしら? 出来たらマルコスさんの様に、素敵に年を取って生きて行きたい。それから……。
「あら! アレク様!」
「シンシアさん。こんにちは、今日もまた来ています」
「まぁまぁ! 相変わらずのいい男っぶりで!」
見るたびに若い頃のあなたを思い出すわ! マルコスさんに体を寄せ、さらりとのろける。そして、さりげなくマルコスさんの体を押しやると、シンシアさんはカウンターから僅かに身を乗り出して聞いてきた。
「ジュリアちゃんもお元気です? 風邪引いてないかしら? なんだかこの間会った時、咳していたから……」
「いいえ? とくに調子は悪くなかったかと……。今朝も普通にしてましたよ。ああそうそう、今日の朝食は上手く作ってくれてました」
「あら! それなら良かった。この街は年中いい気温ですけど、その分体調を崩した時には注意しないといけないですし、なによりあの年頃の女の子は、ことさらデリケートだから……」
アレクの美貌をものともせず、ひたすらジュリアの心配をするシンシアさんに苦笑すると、それに気付いたらしいマルコスさんが眉をよせて口を挟む。
「シンシア……」
「あらあら、こんなに水筒を! アレク様また沢山お飲みになりますねぇ。さ、あなた、はりきって美味しい紅茶を淹れてきて。あなたの紅茶は天下一品ですからね! その間、私はアレク様に今日のお勧めを教授しますから!」
なんともいえない顔のマルコスさんを店の奥に追いやって、シンシアさんは悪戯っぽく笑った。
――この人も、若い頃さぞかしモテたんだろう。優しげな美貌としゃきしゃきっとした言動。年を取ってなお、美しいひとだ。……ちょっとパワフルだけど。
"もとの私"なら、こんなシンシアさんのような女性になりたいし、そうでなくても、いずれはお2人のような素敵な夫婦に、誰かとなりたいと思う。
シンシアさん達との関係は、この街の道端で偶然出会ったことで始まった。
この浮遊都市は雨の代わりに時折濃い霧が立ちこめる。シンシアさんはその霧で濡れた石畳に足を滑らせて挫き、動くこともできず座り込んだまま途方に暮れていた。そこに通りがかった私が――濃霧はアイテムで無効化して生活していた――シンシアさんを背負って家まで送ってあげたのだ。
無事家まで送り届けて立ち去ろうとする私に、シンシアさんはお礼をしたいと言って引き留めた。別にお礼が目的で助けたワケじゃないんだけど、盛んに引き留めるシンシアさんに根負けして、結局私は店に入ることになってしまった。でも、お店はとっても素敵で、店内にずらりと並べられた紅茶の缶に圧倒されたし、それらが見れて良かったと思う。
店内でシンシアさんの捻挫の手当をしているうちに、――なかなか戻ってこないシンシアさんを心配したのだろう、外に探しに行っていたマルコスさんが戻ってきた。そうして、お礼代わりに紅茶をご馳走してくれたのが、この店に通うきっかけだった。
偶然だけど、とってもいい出会いだった。だって本当にマルコスさんの紅茶は美味しいんだもの。それに……ジュリアのことも、色々相談させてもらっていた。
「ごめんなさいね、アレク様。でも気になって……」
「いいえ、ジュリアのことを考えて頂いて、本当に助かります。いつもありがとうございます」
「――それで……駄目だったのかしら?」
心配そうな、探るように哀願するシンシアさんの視線を受けて、私も真っ直ぐに見返した。ここに来て初めて――初めてだと思う――本気で考え、心に決めたことを口に出して言った。
「いえ、とんでもない。ちょっと自分の身の振り方も考えてまして……その、まだジュリアには話してないのですが、でも彼女にとっても良いことだと思いますし。……本気でお願いしてもいいでしょうか?」
「もちろんですよ! 私たちは子供に恵まれなかったし……。ね、ジュリアちゃんは本当にいい子で。……身より、無いのでしょう?」
「ええ……。そうはっきりと本人は言っていましたし。その……商人も、引き取った時にそう言ってました」
それを聞くと、シンシアさんはぎゅっと目をつぶって、細い腕で自分の体を抱きしめる。そして決心したようにひとつ頷くと、震える腕をほどいて降ろした。
「アレク様、それならどうかあの娘にお話してください。私も、マルコスも本気なのです」
乗り出したカウンターに置かれた手が小刻みに震えている。私はシンシアさんの僅かに潤んだ、ただ怖いくらい真剣な眼差しに、はっきり肯き返す。
「今夜、話します。彼女の将来の為にも、納得するまで話します。――必ず、納得させます」
「ありがとうございます。アレク様」
感謝しながらも、シンシアさんはどこか不安そうに言葉を紡ぐ。
もちろん、私たち夫婦が嫌いって言うなら、諦めますけど。でも――。
「アレク様は、あの娘を愛して、一生側に置いて暮らす気はないのですよね?」
「その、私は、……前に話した通り、昔からいいなと想い続けてる方がいますし。――いや、そうでなくても! その、……彼女は私の恋愛の対象には、絶対に、なり得ないので……」
無意識に心に浮かばせた相手が誰なのか、気付きかけて顔に朱が登りそうになり、慌ててかき消す。
今、誰考えたの、私!? 待って、ええと、嘘でしょう!? ――って、いけないいけない、今はジュリアの話を優先しなきゃ!
「ならばもう、一緒に暮らすのは、年頃の女の子には辛すぎますよ。……たとえ私たちのことが嫌いで、どうしても駄目だとしても、同じ家で暮らし続けるのはお互いの為にならないと、――そう、思いますよ。……私なら、一緒に暮らし続ける限り、想いを諦め切れたりしません」
悲しげに首を振られて、私はばつの悪さにうなだれた。
そうだよねぇ……、私だってそうだ。同じ家に暮らしてたら、いつか振り向いてもらえるんじゃないかって、期待し続けるだろうし……。
――そしてふと気付いた。
カインが、みんなが暮らすギルドホームから、ジュリアを、奴隷を買い取って来たとはいえ、私に別の家を提供したのって、つまり――……。
足下から震えが這い登る。動揺し、唇を噛みしめ目が泳ぐ。挙動不審に陥った私に気付いたシンシアさんが、心配そうに顔色を伺っている。
「アレク様? 大丈夫ですか? すみません。私が余計なことを……。アレク様だって冒険者をお辞めになられて、寂しかったでしょうに、勝手なことをさえずりました。申し訳ありません」
「……いえ、私がただ自分本位だったので」
とっさに押さえていた口元から手を離し、ゆっくりと深呼吸して心を立ち直させる。がくがくする足を踏ん張り、背筋を伸ばして胸をはる。
そうだ、私は格好いいアレクなんだから、醜態を見せてはいけない。カインがどう思ってるかなんて、今私が勝手に想像しただけ。それにカインだったあの頃、お身内の方が来て面倒を見る必要があるからって、ギルドホームには住んでいなかったじゃない。
そう、そうだった! 身内ですらギルドホームに連れてこないで外で暮らしてたんだから、赤の他人のジュリアと一緒に暮らせるわけないじゃない!
当たり前の事実をようやく思い出して、大きく安堵のため息を吐いた。
本当に私はうっかりしてるなぁ……。
「アレク様……」
「もう大丈夫です。すみません。私も色々甘えていましたので、つい」
不安そうに様子を伺うシンシアさんへ、軽く手を振って苦笑してみせる。ほっと安心した表情で、シンシアさんが笑った。
「ジュリアはお2人が居るから万全だとして、今度は、自分の身の振り方を心配しないと」
「まぁまぁアレク様! 身の振り方なんて……。意中のお嬢さんにお声を掛ければ、余程の事情がない限りアレク様がお断りされるなんてこと、ありはしませんよ? 私だって、マルコスのこと、それはもう愛しておりますけども、アレク様に言い寄られたら思わずよろめきますもの!」
まったくよろめきそうにない口調で言い切ると、シンシアさんは私を励ますように優しく微笑んだ。
「お会いしてもう1年近く経ちますけども、その間ずっとアレク様がジュリアちゃんにお優しく、なにより本当に真摯に、紳士的に対応していたのを知っていますもの! もしも想う相手の感触が芳しくなかったとしても、けして諦めてはいけませんよ? なんだったらこの店に連れてきてくださいな。それこそマルコスの美味しいお茶をお出しして、アレク様がどんなに素晴らしい方か布教してみせますから!」
「あ、ああ……。ありがとうございます」
ぱんっ、と自分の胸を叩いて請け負うシンシアさんに、私はちょっとたじろいで苦笑した。とりあえずありがたく肯いたが、これで本当に連れてきたらどうするつもりなんだろう――意中の"男性"を。
まぁ、アレクのイメージ壊れそうな気がするし、絶対やりたくないけど……。
「アレク様、どうぞ。それぞれお勧めのリーフで淹れてみました」
奥からマルコスさんが出てきて水筒をカウンターに置く。はたと、視線をシンシアさんの空いた手元に落として、今度こそ思いっきり眉を寄せて"苦虫た"。
「シンシア……」
何とも言えずに首を振るマルコスさんに、シンシアさんは悪びれず答えた。
「あら、あなた。いけない! もうこんなに時間が経っていたのねぇ。アレク様があんまりにも美形だから、うっかり見とれてしまっていたわ! いけないいけない。――アレク様、ごめんなさいね? すぐにお勧めのを出しますから」
わざとらしく慌てるシンシアさんを見て、マルコスさんが今度こそ深くため息を吐いた。そして私と目があって、お互い何とも言えず苦笑する。
「マルコスさん、今日淹れてくださったのがお勧めなんでしょう? それなら、この葉をください」
「しかし……」
「私の好みを把握してらっしゃいますし、あなたの審美眼を信用してますので」
ちょっと微笑んで、そうですか。と呟くと、マルコスさんはどこかしら嬉そうに、いそいそと缶を手に取り、1つ2つと小さな包みを取り出す。その様子を誇らしげに見ているシンシアさんを見て、私もなんだかこころが暖まった。
ああ、こんな夫婦になれたらいいなぁ……!
水筒と紅茶の包みを受け取り、代わりにお金を払う。また来ますと手を振って、そうしてすっかり弾んだ気分で店を後にした。
――よし、甘いもの食べよう! 今日は何にしようかな?
心機一転して、歩き出す。うん、天気もいいし、気分も良いし、今日はいい日だ!
貴族街により近い商業区の店は、洗練されたデザインで建てられた高級店が多い。本当の高級店は貴族街と学園区の間にあるけど、そっちはいわゆる貴族の御用聞きのお店で、冒険者の私には敷居が高くて、いつもはちょっと敬遠している。欲しい物は何でも揃うんだけどね……。
まだお茶の時間には早いので、せっかくだからウィンドウショッピングでもしながら時間を潰すことにした。
店の格になるだろう入り口正面のディスプレイは、その店の特徴を出しつつ、目玉の商品が並んでいる。私たち冒険者が使用するだろうアイテムはもちろん、ありとあらゆる生活用品があった。
靴、優美なレース、天然石のビーズ、美しい色合いの布、繊細な曲線を描くガラスの器、とろりとした厚めの釉薬がかかった陶磁器、細かい細工の銀の食器……。
ディスプレイも素敵だけど、店のドアや看板、窓枠もそれぞれ意匠が凝らされ、目を楽しませてくれる。
特に打ち出した鉄で出来た店の看板は、その店が扱う商品を簡略化させて平面に、時には写実的な立体的で造形して、こちらの世界の文字をまるで模様のように絡ませては、配置して飾りたててある。なんだか看板だけでも高く売れそうだ。遠くからも見えるように2階の高さに掲げられた看板は、見た目の面白さだけでなく、店の誇りも負っているみたいだった。
ディスプレイを冷やかしつつ、店の外観も鑑賞していると、マルコスさんの紅茶屋の看板を遠目に目を留める。ふと、店の2階――住居スペース?――の窓から、誰かがこちらを見ていたような気がした。
マルコスさんかなぁ? でも、細身のマルコスさんにしては体格が太めだった様な気がするし、シンシアさんも同じように細身だし……。他に店員さんとかを雇っているわけじゃないから、見間違いかしら?
ショウウィンドウの中で飾り立てられた、木と革で作られた鞄を見つけた。見比べるように、手に持っていたキャロルの蔦のカゴへと目を落とす。麻のレースと蔓で編まれた可愛い籠は、手に提げるのも、そのまま抱えるのも程いい大きさで、使い勝手が良かった。
マルコスさんの店を出た後は、すぐに水筒をカゴに入れる振りしてインベントリに仕舞ったけど、紅茶の包みはそのまま2つとも、ころりと底に転がっていた。――インベントリに出し入れするの難しいんだもの。水筒だけで四苦八苦したから、保温を考える必要のない包みまで入れたくない。
その茶葉が入ったカゴを見て考える。これ、すごく可愛いけどこの辺には売ってないのかな? それともやっぱりオーダー品なのかかしら? 一体なんの蔦で編んであるんだろう? この籠はキャロルに返さなきゃいけないけど、似たようなのが欲しいな……。
ハーブを入れて家で飾っても良いし、ジュリアのお使いでも使える。アレクが抱えていても……、誰かにプレゼントするって言う名目が中身にあれば、まぁいいかも? ジュリアが使うことを考えると、キャロルに聞くことも出来ないし、ここで見つけられるといいな。
立ち並ぶ店のディスプレイを、通りの端から1件ずつゆっくりと吟味しつつながめていると、十字架や鳩をモチーフにしたアクセサリーが並ぶ店にさしかかった。ロザリオ? クルス? の専門店なのかな? そういえばジュリアも確か、この手のアクセサリーをいくつか持ってた気がする……。
ちなみにこの世界も宗教のようなものがある。一見するとあちらの世界と変わらないが、細かいところは興味もなかったし、よく解らない。少なくともゲームの公式設定としては、"神々が去った後"、とある。だからどういう教義で、信者がどうやって信奉し、暮らしているのか、私にはそれすら謎だったりする。
ああ、でも治癒魔法や復活魔法は特定の神の御名の元で行われるって注説ついてた気がするから、神々が去っても影響力――世界から去ってはいるけど、見捨ててはないってことなのかも。それなら拝む人がいても不思議じゃないか。
それにしても、これ可愛いなぁ……。あーあ、私が女性の姿だったら、付けて楽しめるのに……!
こちらの世界に来て、そして男のアバターしか持たなかった私は、こういったアクセサリーを見ること自体避けていた。どうやってもアレクには相応しくないし。でも目に止めてしまったからには仕方がない。元の私が付けてるのを想像して楽しもう……。
そう吟味していると、いかにもジュリアに似合いそうなネックレスがあった。あちらの世界で"ジャネット"と呼ばれる、中央に鳩のモチーフの付いた十字架で、ビーズ? のようなものが十字の先端に控えめに付いていた。流石フランス的都市。素敵なセンス!
うーん、いいなぁ……。でもねぇ……、買ってプレゼントするのはちょっと……。
ネックレスやまして指輪じゃないから、そう意味ありげな贈り物ではないにしても、私――つまり意中の人アレクがジュリアのために選んで、彼女にそれを付けて欲しい、って言うのは、今はちょっと、ね……。って、あ、あれなんかキャロルによさそう……。
アクセサリーを贈るのは、実はとても難易度が高い。というか、贈り物すること自体がわりと難しいことだとは思うんだけど、その中でも常に身につけるものを贈ることは本当に難しい。誕生日の度にハズした贈り物をしてくる、かつての世界の許婚――親同士の決めた便宜上の人――を思い出した。
悪い人じゃないし、優しい人だけど、とにかくいまひとつ頼りないのがちょっと、ね。それにセンスが合わないのか、自分本位なのか夢見がちなのか、正直私のことをちゃんと見ているの? という物をくれる。例えば、小さい頃に買ってもらったテディベアを未だに大事にしてるって話をしたけど、今この年齢で新しくもプレゼントされても困るだけ。第一、あのベア顔、好みじゃないし……。
せめて贈る前に何が良いか聞いて欲しいのに。それとも、一緒に買いに行ってそこで選ばせてくれるとか……。
あ、でも"Annals of Netzach Baroque"の、このゲームのβテスターの権利ごとゲーム機をくれたのだけは嬉しかった。お試しでだしのんびり一緒にやろうって、そう言っておきながら、彼はゲームになじめずに早々に脱落していたけど……。
いずれにしても、あくまで親の決めた許婚だから、お互い良い人が出来たらそれで終わり、ってことだったけど、あちらはどうもお付き合してる人が未だに居ないっぽいし……、私は私で……。
カインの顔を思い出す。――正確には、オフ会であったカインの中の人の顔だけど。
終始穏やかで優しいカインこと篠甫くんは、それでもギルマスとして押さえるところはちゃんと押さえて、なぁなぁで流されたりはしない。頼りがいがあって、周りを見て判断できていて、プレイヤー間の調停も交渉もきちんとやれる人だ。
――あれで、せめて同い年だったら良かったのに……。
年下なのだ。しかも2歳も。
熱心にネトゲーにハマりながらも、大学3年時には早々に就職を決めたカインだったから、移転が起こったあの時期でもまだ長時間ログインできていた。けれど、もうすぐ本格的な研修が始まるからと、本当はひと月以内にギルドを解散させる予定だった。
もともと課金アイテムを大量に使用して、プレイ時間に対しては遙かに高いレベル帯にいたギルドだから、みんなは解散させる必要はないし、身辺が落ち着くまで待つと言ったんだけど……。私も一応OLやっているし、携帯機でプレイすればレベル上げも何時だって出来る。ルーチンな戦闘ならティーザラス――ティーくんが作って入れてくれたツールを使用すれば大丈夫だし……。
ただカインの仕事先の研修はかなり過密スケジュールらしく、無理だと説明されてもいた。今上手く選抜されれば良いとこまで道が開ける――って、それいわゆるエリートコースだと思うんだけど、そう言われたらしょうがない。
でも、流石カイン! やっぱエリートなんだ。頼りがいあって本当になんでも出来る人だし、凄いなぁ。
オフ会で連絡先は聞いてあるし、ゲームも引退する訳じゃないから疎遠になる訳じゃないけど、やっぱり寂しい……。だけど! 少なくともこの世界に居る間は何時でも会いに行けるし、毎日メッセージやり取りしてるし! なにより、元の世界に帰れるかどうか分らないわけだし……。
そうそう、もうカインのお身内の件も解決したって言ってたから、私もジュリアのことが片づいたら――年の差のことはひとまず置いといて、もうちょっと前向きに考えてアタックしてみよう! カインなら直接会って私の本当の姿を知っているわけだし、そう言う意味でもハードルが他の人よりひとつ減るよね? うん、そうそうそうだ、そうしよう。
「アレク様?」
ディスプレイを覗きながらそう考え、にっこりと笑ったところで後ろから声をかけられた。驚きすぎてびくりと肩が跳ねる。恐る恐る振り返ると、キャロルが何時ものごとく侍女と女騎士を従えて佇んでいた。
「キャロル……。奇遇だね」
「ええ本当に! 今日はお役目をもう終わられましたの?」
「ああ、今日は早めに切り上げたんだ。――食事、とても美味しかったよ。ありがとう」
礼を言うと、大輪の薔薇のようなキャロルが、それこそ花弁をまき散らすかのような輝く笑顔見せる。
「そうですの! お口にあって良かったですわ!」
嬉しそうに、そしてさりげなく私の――アレクの腕に手を触れて、そっと身を寄せてきた。そうして寄り添ったまま、先程まで私が見ていたディスプレイを同じようにのぞき込んだ。
う、忘れてた……。あのスープ、もうちょっと改善してほしいリクエストがあったんだった。ああ、でもタイミングを逃してちょっと言い辛いなぁ。喜ばしちゃったし。まぁ、また次の機会でいいか……。
「何を見ていらっしゃったのですか? ……ああ、ロサーリウムですの」
「あ、ああ。そう、なかなか可愛らしいと思って。キャロルもこの手の物を付けたりしないのかい?」
「――え?」
キャロルはいつもシンプルなタイプの服を身につけていて、ごてごてとアクセサリーを付けたりしていない。シンプルなドレスというのは、レースとか刺繍とかを多用するのではなく、布を摘んだりフリルで縁取りしたりする、いわゆるシルエットを重視したタイプのドレスを着用してる。
今日のキャロルはクリームイエローのドレスを着用していて、その真っ赤な髪の色をこれ以上なく引き立てている。胸元にはいつも、以前母親の形見だと教えてくれた、瞳と同じ黄金色の琥珀のブローチを付けていて、襟にはボビンレースの付け襟――これもお気に入りなのかよく付けているデザインの物で、蝶のモチーフがされている――でその身を飾っていた。
キャロルは本当に華やかな容姿なので、レースとか刺繍とかのどちらかというと繊細な飾りを付けるよりも栄えていいのだろう。……そう、レースとか刺繍とか繊細とかが似合のはあの変態――止め、止めっ! もう忘れるの! はい、お終い!
跳ばした思考を元に戻してキャロルに目を向けると、何とも言えない表情をして目をぱちぱちと瞬かせていた。
しまった。そう言えばこれって十字架だし、やっぱり宗教に絡むのかしら? こっちの世界でも、宗教に対する感情って色々複雑なのかも。
「ああ、すまない。宗教には詳しくなくて。今のは忘れてくれ。……そう言えば、これからお茶でも飲もうかと思うんだけど、一緒にどうかな?」
「え、ええ! もちろんご一緒いたしますわ!」
よし、キャロルを確保。これで入り辛いあの店に行ける! 思う存分物色して、お土産いっぱい買おうっと!