戸惑い
細々活動中~
「ん~………保健室、か?」
窓から力強い西日が入ってきているところを見ると、すでに放課後になっているらしい。
カーテンの生地が風を受け、ゆっくりとたなびいている。
「今の、夢…か?妙にリアルに感じたな……」
上体を起こす。
額に手を当てると、じんわりと汗が浮き出ている。
未だに心臓の鼓動が落ち着かない。
(……ん?)
膝のあたりに黒いカードがある。
「……おいおいおい」
手にとって見れば、表面にはカードの四隅に赤、青、黄色、緑の小さな丸い陣があり、それを金の縁取りがつなげてあるだけ。
それ以外は、ただ黒一色。
おそらく、こちらが表側なのだろう。
裏面を見ると黒の下地に銀で六芒星を中心とし、曲線と直線が絡み合い、複雑で立体的な紋様が描かれている。
厚さはおよそ1センチ。
『―――黒一色の中心部分に望みのものが映し出されると、それが手に入る』
(は、まさか、な…)
敬司の噂が頭をよぎる。
カードの裏面を見つめる。
「……俺の、望み?」
今まで、何かかしら欲しいものがあった。
手に入らないもののほうが、多かった。
だが、本当に手に入れたい、というものがあったのかどうか・・・
そっと、カードを撫でる。
感触は不思議なものだった。
どこまでも押し込めそうな、皮のような柔らかさを感じるが、
軽く押し込んでみると、ビクともしないような鉱石のようにも思える。
不安、焦燥、壁…
「…冒険への扉、か?……んなわけない、か」
ふと一人ごちてみるが、突拍子もないと苦笑する。
考えてみれば、水泳を始めたのもその思いがあったからかもしれない。
普段と違う環境。自分の体を閉じ込めようとするかとおもえば、四肢を思い切り動かすと、まるで後押しするかのような流れをみせる。
特に、海は・・・
ガラァ
扉が開く音と同時に、悠人は思わずカードをズボンの右ポケットに隠した。
「あら、もう起きて大丈夫なのですか?」
「・・・姫?」
「どうしました?まだ体がダルイようであれば、気付けがありますが?」
ゆったりとこちらへ歩いてきながら、にこやかに話してはいるが・・・
「武術の気付けは、勘弁してほしいな・・・ また寝ちまう」
「それは残念です。新しい方法なのでぜひとも、と思ったのですが」
非常に物騒である。
「水泳部員ともあろう人が、気を失うとは情けない。寝不足ですか?」
「・・・最近暑いからなぁ」
柊は、悠人が夏バテしていると思っているようだ。
これ幸いと話をあわせながらも、脳裏に浮かぶのはやはり、あの異世界の風景だった。
力強く、生命力にあふれ、実に多種多様な風景を魅せる、雄大な世界。
ヒュッ
風をきる音を聞いた瞬間、悠人はベットに仰向けに倒れていた。
「――ッ ・・・いきなり、何をする」
「反応は鈍っていないようですが・・・水泳のやりすぎで体よりも先に精神がふやけましたか?女性との話の最中に、呆けるとは失礼ですよ?」
「もうちょっと、穏便に、あ、いえ、なんでもないです。ごめんなさい」
起き上がりながら、謝るが少し頭の中を整理したい。
体を起こしつつも、頭を下げる器用な悠人。
「御爺様もいたく気にしているようなので、ぜひとも道場に顔をだしてください」
「ぜひとも、遠慮したいんだけど?」
「拒否権があるとでも?看病していた、私に?」
「・・・・・・今度の休日にでもお邪魔させて頂きます」
その返答に満足したのか、柊は椅子においてあった鞄を手に取り扉へと向かう。
「……ひとつ、言い忘れが」
ふと、立ち止り背中越しに振り向く。
「?」
「隣のベッドに桂司がいるので、連れて帰ってください。」
「……え」
隣を見てみれば、桂司が確かに横になっていた。
頭に包帯を巻き、首にはシップが貼られ、白目をむいている。
「これはまた、ひどい状態に・・・」
「そうも言ってられませんでした。気を失っている冴島君を盾に、水泳部の更衣室へ――」
「置いて帰る!」
即答した。
「姫、このバカの悪行、止めてくれてありがとう!本当に、心の底から、御礼を言わせてくれ!!」
「で、あれば桂司を連れて帰ってください。誰かが目付けをしないと、他の女性が危険です」
「……わかったよ」
その答えに満足した柊は、さっさと保健室から出て行った。
(やれやれ、病み上がりの男に重労働を任せていくかね?)
とはいえ、女子生徒に男子生徒、平均体格を上回る桂司を任せるわけにもいかない。
「――――多少の擦り傷は、我慢してもらうか」
自宅までの長い道のりを覚悟して担ぎだそうとしたとき、
再び保健室の扉が開く。
「不覚ぅ~、こ~んなバラ現場に遭遇するなら~、こっそ~りくればよかったぁ~」
「高瀬?」
唐突に入ってきたのは、女王こと高瀬唯。
彼女は、1枚の紙を机の上に置くと、棚からいくつかの消毒液や包帯などを手に取り、手提げの袋へ入れていく。
「ゆっちーは、叩き起こしたほうがぁ、早いよぉ?」
「どうするのさ?」
肩を貸して、かろうじて立ち上がりかけ……
前かがみでぐったりしている桂司。
「鳩尾にぃ、一撃?」
「追い討ちかよっ!?」
「にゃはははは、じゃあ、私がやるよぉ~」
「え」
言うが早いか、その場で身をかがめると、あろうことか全身全霊をこめて、桂司にとび蹴りを放ってきた。
「ちょっ」
その蹴りは見事に桂司の鳩尾に決まり、桂司をベッドに叩き込み、悠人を転倒させる。
「痛っつ~。なんだってんだ?」
「本当にこれで気がつくのかよ・・・」
ケロリとした表情で起きてくる桂司を見ると、自分の行動が無意味に思えてならない。
「まぁまぁ~、帰る面倒が省けたわけだしぃ~冴島悠人君はぁ、楽っしょ?」
「かもな・・・帰るか」
「姫もぉ待ってるしぃ~」
「お前ら、俺の扱いぞんざいじゃね?」
桂司と高瀬と共に、姫を追いかけつつカードの入ったポケットへ手が伸びる。
(俺の、望み・・・?)
久々の投稿です。
い、異世界へ・・・
どういこう?
悠人「おいっ!」