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彼女は宇宙人

作者: Say10
掲載日:2026/11/08

 僕のクラスには、少し変わった女子がいる。

 彼女は、自分のことを「宇宙人」と言っている。

 もちろん、角が生えているわけでも、腕が四本あるわけでもない。給食では牛乳を飲むし、体育の授業では普通に息を切らす。テスト前には隣の席にいる僕からノートを借りる。

 それでも、彼女は毎朝教室に入ってくると、窓の外を見て言う。

 「今日も、地球の空は綺麗だね」

 僕たちは、それを聞いて笑う。

 彼女も笑う。

 だから、その笑顔が彼女にとって、「地球人」のふりをするための練習だなんて、誰も知らなかった。


 ある日、彼女が学校を休んだ。

 先生は「体調不良のため」と説明したが、クラスのみんなは好き勝手なことを言った。

 「宇宙に帰っちゃったんじゃない?」

 「隕石を止めてるのかも」

 「地球人で実験してるのかもよ」

 言い方はさまざまだったが、どれも彼女の「宇宙人」という設定を少しからかうような、軽い噂ばかりだった。

 その日の放課後、先生が僕に声をかけてきた。

 どうしても届けなければならないプリントがあるとのことで、クラス委員である僕に、彼女の家まで届けて欲しいのだという。

 どうして僕が、と思わないこともなかった。

 けれど、以前、彼女からこんなことを言われていたのを思い出した。

 「もし私が学校を休んだら、届け物とかしてくれると嬉しいな」

 僕は、彼女の様子を見に行くのも兼ねて、先生から渡された住所へと向かった。


 彼女が住んでいるという家は、「宇宙人」が住んでるとは思えないほど、どこにでもある普通のアパートだった。

 彼女の部屋の前まで行き、インターホンを押す。けれど、しばらく待っても誰も出てこない。

 もう一度押そうとした時、部屋の中から、何かが落ちる音が聞こえた。

 やがて、ドアがほんの少しだけ開き、彼女が顔を出す。

 学校にいる時とは違い、髪は乱れ、制服ではなく、体に合っていない大きな服を着ていた。頬は少し痩せて見え、唇も乾いている。

 彼女は片手でドアを押さえ、僕を家の中へ入れまいとするように、隙間から見える部屋の中を隠していた。

 けれど、わずかに開いたドアの向こうが見えた。

 玄関には、何日分あるのか分からない郵便物が積み重なり、脱ぎ捨てられた衣服が靴の上まで覆いかぶさっている。部屋の奥には、現れていない食器や空になったペットボトルが散らばっていた。窓は締め切られ、薄暗い室内には、こもったようなにおいが漂っている。

 冷蔵庫の音だけが、部屋の中で妙に大きく響いていた。

 そして、いつもの彼女と何よりも違っていたのは、その顔に大きな痣があったことだった。

 僕の表情に気づいたのか、彼女は痣を隠すように手を当てた。

 「まだ地球の重力に慣れてなくて。それでできた傷」

 彼女はそう言って笑った。

 けれど僕は、その笑顔に対し、いつものように笑い返すことができなかった。


 彼女と話していると、部屋の奥から女性の声が聞こえてきた。

 「誰を連れてきたの?」

 「その子にも、宇宙人だなんて言ってるの?」

 彼女は、その言葉を取り繕うように、慌てて説明した。

 「違うの、家の中でも宇宙人って冗談で呼んでるだけで、特に深い意味はないの」

 けれど、その声が聞こえるたびに、彼女の表情は少しずつこわばっていった。

 「ここじゃなんだから、近くの公園に行かない?」

 彼女は僕の返事を待たず、逃げるように部屋の外に出た。

 僕もそのあとを追い、二人でアパートを離れた。


 公園のベンチで、僕は彼女に問いかけた。

 「宇宙人っていうのは、いつから言ってるの?」

 「地球に来たのは小学四年生の時。地球に墜落したの」

 彼女はいつものように、冗談めかして言った。

 けれど、僕が真剣な顔をしているのに気づいたのか、彼女はしばらく黙ったあと、ゆっくりと話し始めた。

 「お母さんがね、私のことを拾ったって言ったの。病院で取り違えられたんだって。『うちの子なんかじゃない』って。最初は、そんなことないって思ってたの」

 「でもね、違うって言われ続けられたら、違うほうが楽なの」

 彼女は空を見上げた。

 「私が人間だったら、どうして愛されないのか分からないでしょ? でも、宇宙人ならしょうがないの。だって、地球人と宇宙人だから」

 

 僕はすぐに、警察や先生に連絡すべきだと彼女に伝えた。けれど、彼女は強く首を振った。

 「誰にも言わないで」

 「言ったのがばれたら、もっと酷くなる」

 助けを求めることさえ、彼女にとっては恐ろしいことなのだ。

 しかし、彼女はしばらく黙り込んだあと、震える声で続けた。

 「でも、このままなのも嫌」

 「教えて。自分じゃどうしようもない時、地球人はなんて言うの?」

 彼女の痩せた頬を、一筋の涙が伝っていった。


 誰に相談するか悩んだ末、僕たちは、いちばん身近な大人である先生に相談することにした。

 「僕から先生に、全部を説明することはできない。だから、君自身の言葉で話して欲しい。話せるところだけでいいから」

 彼女は僕のスマホを握りしめ、震える声で、少しずつ電話の向こうにいる先生へ話し始めた。

 「家に帰りたくないです」

 「でも、どうしたらいいか分かりません」

 彼女はしばらく黙り込んだ。

 それから、先ほど教えた言葉を、ゆっくりと口にした。

 「先生……助けてください」


 それから僕たちは、先生が児童相談所の職員と一緒に迎えに来るまで、二人で話をしていた。

 好きな本のこと。

 おいしかった食べ物のこと。

 好きな教科や苦手な食べ物、苦手な教科のこと。

 できるだけ彼女が嫌な記憶を思い出さずに済むように、僕は他愛のない話を続けた。

 僕と話している彼女は、年相応の笑顔を見せていた。

 その姿は、とても「宇宙人」には見えなかった。


 先生と一緒に来た児童相談所の職員によると、彼女はそのまま児童相談所で保護されることになったそうだ。

 少なくとも、あの家に戻ることはない。

 それを聞いた彼女は、ほっとしたような、それでいて少し寂しそうな表情を浮かべていた。


 数週間後、彼女は再び学校へ戻ってきた。

 顔にあった痣はすっかり消えていて、見た目だけなら、学校を休む前と何も変わっていなかった。

 「宇宙に帰らなかったんだ」

 クラスメイトの一人が、からかうように声をかける。

 彼女は以前のように笑おうとした。けれど、途中でその笑顔をやめた。

 「うん、帰る場所がなかったから」

 教室が静まり返る。

 けれど彼女は気にする様子もなく、僕の隣の席に座った。

 そして、少しの沈黙のあと、僕に向かって言った。

 「地球にも、もう少し住んでみようかな」


 彼女が帰ってきた日の夜、彼女からメッセージが届いた。

 「ここに来て、初めて自分の食べたいものを選んだの。地球には、こんなにたくさんの食べ物があるんだね」

 僕は、彼女に返信した。

 「明日の学校で、君の好きな食べ物について教えてよ」

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