6.Side Story ~ミサコの恋物語~(1)
「あの堅物。どう攻め落とそうか?」
私には今、気になる男性がいる。職場の上司である「コウタロウ」だ。課長の肩書を持つにしては随分若く見える、丸いメガネの男。仕事には厳しいが、時々とても優しい。顔はあまりタイプではないのに、彼と会うために会社に行っている自分を自覚している。
だが、彼との接点は、業務以外にはほとんどない。お昼も一人で食べているようだし、飲み会にも参加しない。プライベートな側面を全く見せない彼を、「引き籠りエリート」と揶揄する同僚もいる。もちろん、他人の評価など私には無関係だ。
私は日々、彼をつぶさに観察しながら、お近づきになる機会をうかがっている。それなのに一向に突破口は開けない。ぎこちない雑談の中で、なんとか独身であることだけは確認したのだが、とにかくガードが硬い。
「課長。たまにはお昼食べに行きませんか?」
「今日の飲み会、皆が課長にも来てほしいと言ってますよ?」
「課長!私の悩みを聞いてください!」
こんなふうにアプローチをかけてみても、
「あ。今日はいいです。ごめんね。」
「僕は残業するよ。明日までの書類が出来てないから。」
「素人の僕より、社内カウンセラーのほうが確実だと思うよ?」
とつれない返事。私はますます意地になって、罠に掛ける事を思い付いた。今日の午後、課長と私の二人で参加する打合せがあるのだ。彼には面倒くさがりな一面があって、電車の時刻を同行者に調べさせる「癖」がある。
「『ミサコ』さん。この後の打合せ、何時に出れば間に合うかな?」
「確認しますね。えーと。『一時十五分』にここを出れば丁度です。」
「そう。わかった。ありがとう。」
私は心の中で「クックックッ」と笑った。今度こそ、彼と二人で私的な会話をするチャンスが巡って来るはずだ。
私たちは目的地のビルの前についた。時計を見た課長が声を出す。
「あれ?まだ一時間以上あるよ。どうして?」
「申し訳ありません。私、時刻表を見間違えたのかも、、、」
「そうかぁ。ミサコさんにしては珍しい。仕方ない。ロビーで座って待つか。」
「課長!あの、その辺でお茶しませんか?私、喉が渇いてしまって。」
「ええ?いいよ君。行ってきたら?僕はここで待ってるから。」
「そんなこと言わずに課長もご一緒に!ここで一時間呆けていても仕方ないでしょう?私も一人では暇なので。お願いします!」
「やめてやめて!こんなところで頭下げてたら、僕が悪者みたいじゃない。わかった。行くから。しょうがないなぁ。もう。」
「わぁ、嬉しい。やっと誘いに乗ってくれましたね。」
二人で同じビルの地下にあった喫茶店に入る。四人掛けのテーブルに、向かい合わせに座った。課長は「ふー」といって、いつもとは違う表情を見せる。仕事モードがオフになったのだろうか。緊張した私は、いろいろ聞き出そうと考えていた頭が真っ白になった。
「ミサコさん、こういうお店によく来るの?」
課長から雑談を向けられるのは始めてかもしれない。
「あ、はい。紅茶が好きなので、紅茶の美味しいお店を選んで。」
「そうなんだ。僕もね、コーヒーよりは紅茶が好きなんだよ。オフィスにも紅茶を置いて欲しいんだよなー。」
「私もそう思ってました。要望出してみましょうか?」
「二人だけじゃ通らない気がする。他にも同志を集めないとね。部内でアンケート取ってみるか、、、」
なんだ!全然普通にしゃべる人じゃないか。
「君、この間何か悩んでるって言ってたでしょ?大丈夫なの?解決した?」
ちゃんと覚えていてくれたんだ。悩みがあるというのはもちろん口実で、社内カウンセリングにも行っていない。「あなたのことで悩んでいる」とは流石に言えない。他に何か悩みを抱えていなかったかな?
「あの、弟!弟が!就職活動で悩んてまして。内定は貰ったのですが、内定者向けのイベントで社員たちと交流しているうちに、自分には向いてないかも、と言い出して。ウチと同じ業界なんですけど。」
この話は嘘ではなく、実際に弟が私に相談してきたものだ。だが、社会人経験の浅い私では、役に立ちそうな返事をしてやることができなかった。
「ああ、そうだったのか。ごめん。それは社内カウンセラーの領分じゃなかった。よくある悩みではあるけど、最初の会社って人生に結構影響するからな。どこの会社か解る?もちろんオフレコで。」
そう言って人差し指を口に当てる課長は、これまで見た中で一番悪い顔をしていた。私が社名を伝えると、課長は弟についての質問をいくつか交えつつ、その会社の表と裏を教えてくれた。以前、ウチと取り引きした際に揉めたらしい。
「今の話を伝えて、後は弟さんがどう判断するかだね。ウチも含めて、どの組織にも良い所と悪い所があるから。」
「ありがとうございます。課長に相談してよかった。帰ったら弟と話をします。せっかく頼ってくれているのに、私だけでは全然役に立たなくて。」
「ははは。弟さんにも、僕からの情報だというのは、秘密にしてね。僕がこんなこと言ったってバレたら怒られちゃう。ところで!」
「はい?」
「ミサコさんの知ってる、紅茶の美味しいお店、教えてくれない?」
色々聞きだそうと意気込んでいたのに、会話は終始課長のペースで進んいく。気付けば一時間のオフタイムは終了していた。喫茶店を出ると、課長の仕事モードはオンになり、いつも通りの彼に戻っていた。
自社に戻る途中、歩きながら課長が話を始めた。
「ミサコさん。君が僕に気を配って、色々と誘ってくれるのは嬉しいのです。ですが、僕には皆さんとあまり仲良くできない『事情』がある。僕は、意図的に皆さんとの交流を避けているのです。」
私はその言葉を聞いて悲しくなった。確かに職場の人間関係は仕事上だけのものかもしれない。でも、彼の素顔を垣間見たばかりの私は、温かい心を持つ彼が普段そんな思いで職場に居ると考えるだけで、悲しかった。
「そんな!どうしてですか?仲良くすればいいじゃないですか?せっかく同じ職場に居るのに。そんな淋しいこと、、、」
そう言った私に、彼は笑いかけた。
「あなたは優しい人ですね。紅茶のお店、教えてくれてありがとう。とにかく、僕に気を配るのはもう止めてください。これは、上司からの命令です。僕は忘れ物を思い出しましたので、先に会社に戻っていてください。」
課長は回れ右をすると、速足で元来た道へと消えていった。




