3.「神移し」の謎
あの後、どこをどう歩いたのか覚えていない。気付くと、知らない街が夜の喧騒にまみれていた。目に留まったホテルで塒を確保する。上着のポケットに財布が入っていた。その中身に頼らざるを得ないことは俺をさらに追い込んだが、睡眠が心の疲弊を多少なりとも癒やしてくれた。
翌朝、俺は「カミウツシ」と「ナリカワリ」について調べることにした。「神の悪戯」と関係があるかもしれない。だが、ここにはネット検索のような便利なものは無い。調査は手探りだ。情報源は本や新聞ということになる。
語感的には、前の世界でいう「神隠し」みたいなものだと想像するが、ここは昭和のような時代とはいえ文明社会だ。そんな迷信じみたものを、ユウが本気で信じているとはちょっと思えない。巫女さんの血筋とも思えないしな。
ホテルを出た俺は、道行く人に訪ねては、街の中心部にある公共施設が集積されたエリアに辿り着いた。役所や図書館、ホールなどが並んでいる。土地勘が無いところで、地図を持たずに移動するのは骨が折れる。
図書館に入った。伝承、ミステリー、ホラー。それらに属する本を適当に開き、関係しそうな記述が無いか探してみるが、なかなか当たらない。素直に司書に尋ねてみようか。オカルト好きな変な人だと、思われないかな?
「神移しですか?それは、歴史や事件として扱われているはずです。最近もどこかで読みましたね。私もその手の話は結構好きなので。つい最近なので、まだあると思いますよ。雑誌コーナーに。」
「本当にあった奇妙な事件 Vol.3」
美人女性司書が教えてくれた、安っぽいタイトルロゴが印刷された本にたどりついた。こういうのを読むタイプなの?あの人。その雑念を振り払って本を広げる。目次をなぞると、真ん中あたりに「神移し」の文字があった。
「神移し」は「神が魂を移すこと」を意味し、「成り代わり」は「死人に成り代わった人」を意味する。生き返った後に中身が別人になった人を「成り代わり」と呼び、その現象を「神移し」と表現する。
この現象は、信憑性のある「事実」として現代の人々にも信じられている。そう頻繁に起こるものではないが、実在した歴史上の人物が「成り代わり」だったと記されていた例もあり、それが史実とされている。
最後に確認された「神移し」は約六十年前。その村に現れた「成り代わり」は他の人間と何ら変わらず、忌み嫌われこそしなかったが、亡骸を奪われた遺族から迫害を受けて最終的に村を追われた。その後は、離れた土地で暮らしたそうだ。
ここまでの経験から、やはり「神の悪戯」の結果が「神移し」なのではないか?六十年前だから、この「成り代わり」はまだ生きているかもしれない。しかし、具体的にどこで暮らしたのかは記載されていなかった。
俺は本の出版元に電話をして、著者に繋いでもらえないかと願い出た。しかし、その著者は既に故人となっていた。記事は数年前に書かれたもので、最初は文芸誌に掲載されたらしい。この本は再掲なのだという。行き詰ってしまった。
そういえば、記事には村の地図が記載されていた。そこから場所を特定できないだろうか?そのページを開き直すと、随分と簡略化された地図だ。何軒かの家、その間を縫う道路、それを貫く川の下流に池がある。こんな地形、どこにでもありそうなもんだ。
諦めたい気持ちをひっこめて、俺は時代が合いそうな古地図を持ち出した。一致する地形を見つけるべく、ひたすら地図を眺め続ける。季節の描写から「暖かい地方ではない」と目星をつけ、今居る街から北側を順に潰していった。
「ここか?」
特徴的なY字の道路と、川と池の位置関係が一致する。幾つかある建物も、同じ配置に見えた。今度は現代の道路地図を広げる。同じ場所を確認すると、今もその集落は残っていた。バイパスらしき道路が新しく通っているが、それ以外はあまり変化は無いようだ。
「よし!」
他にアテもない。心の中で「元のカズヤス」に頭を下げて、俺は長距離列車でその場所を訪れることにした。
~ ~ ~
日が傾いてきた頃、俺はその集落にたどり着いた。その中で「一番大きな家」の前に居る。ここまで来て怖気づいても仕方がない。呼び鈴を押すと、しばらくして玄関から中年男が現れた。
「突然すみません。この辺りに神移しについて、ご存じの方はいらっしゃいませんか?」
男の顔が瞬時に曇った。
「その様なご用件には対応いたしません。お引き取りください。」
そういって引き戸を閉めようとする男に、俺は慌てて伝えた。
「俺、自分が『成り代わり』かもしれません!助けてください!お願いします!」
男はそれを聞くと手を止めて、俺の顔を見た。
「ここでお待ちを。」
と言って家の奥に入っていった。しばらくして戻った男は、小さなメモを差し出した。
「この場所を訪ねてください。あなたが本当に神移しに遭ったのか、彼女ならすぐに判ります。」
俺はその足で駅に舞い戻ると、逆向きの列車に飛び乗った。メモに書かれた住所は、もと居た街からさほど遠くない場所だった。郊外のアパートの前に到着した頃には、夜も更けていた。こんな時間に訪ねて、大丈夫だろうか?
「こんばんわ。」
控えめにノックして声をかけると、開いたドアの隙間から女の子が顔を覗かせた。
「ああ。もう来たのか。早かったな。話は聞いておる。早速だが、質問だ。お前は『神の悪戯』に乗った口か?」
繋がった!
「はい!神サマの『悪戯』を承諾して、ひと月ほど前にこの世界に来ました。」
女の子は目を見開いて俺の顔を見た。
「そうか。それは災難だったな。」
そう言うと、女の子はチェーンを外してドアを大きく開けた。
「私は『ミスズ』という。お前と同じ『成り代わり』だ。」
俺と同年代だろうか。それにしては色気がある。好みかどうかで言うと、圧倒的に「好み」だった。それに、Tシャツに短パンというラフな恰好。俺は目のやり場に困って、視線を泳がせた。
「んん?ああ。スマンな。早くても明日だろうと思って、着替えてしまったのだ。お前、名は何という?」
「カズヤスです。よろしくおねがいします。」
「カズヤスか!よろしくな。たったひと月で、良くあそこにたどり着いたもんだ。驚いたぞ。だが今日はもう遅い。ちょっと遠くて悪いが、明日もう一度『あの家』に出向いてくれぬか?『仲間』にも声をかけておく。詳しい話は明日しよう。」
「え?あの、、、」
「ああ。着くのは何時でも構わんぞ。皆が揃うのは夕方以降だろうが、上がって待っておればよい。何なら泊まって帰れ。家の者には私から伝えておく。ではな。」
そう一方的に言い終えると、彼女は「バタン!」とドアを閉めた。
彼女は今、自分も「成り代わり」だと言った。年齢的に六十年前の成り代わりとは別人だろう。それに「仲間」に声をかけるとも。想像したより数が多い。神サマが仲間にはまず会えないと言っていたことを思い出した俺は、
「神が嘘をつくなよ。」
と心の中で悪態をついた。




