2.再開(1)
「痛い痛い痛い!!」
俺は激しい痛みで飛び起きた。こんな痛みは生まれて初めてだ。
「起きた!?まだ生きてんじゃん!ねぇ!大丈夫!?いま先生呼ぶから!」
見知らぬ女の子が叫びながら飛び出していった。どうやらここは病院のベッドの上だ。腕も足も包帯だらけで痛くて動かせない。そうだ、「コイツ」は死んで、その代わりに俺がこの世界にやってきた。それにしても痛い。また気絶しそう。
医者と看護師が彼女と共に駆け込んできた。俺を見るなり、医者が声を上げる。
「これは奇跡だ!確認する限り、先ほどは間違いなくお亡くなりになっていました。なんてことだ。ともかく、バイタルを確認しましょう。」
機材が搬入され、俺の体のチェックが次々と進んでいく。
「う~ん。信じられません。命の心配をする必要はもうありません。先ほどまでの状態を考えると奇跡としか言いようがない。峠は超えました。」
顔を見合わせて動揺を隠さない医者と看護師を見ながら、
「まさしく神が起こした『奇跡』だよ。」
と心の中で呟いた。
「良かった!カズヤス。本当に、、、神様、、、」
女の子が泣き崩れた。
不思議なことに言葉が解る。記憶喪失になっても日常生活には支障が無い、という話は聞いたことがある。個人を個人たらしめる部分だけが入れ替わるのかもしれない。俺の名はここでも「カズヤス」と聞こえるが、記憶にある前世の人物名や地名などは、どの様な音になるのか解らなかった。
俺は「記憶を失ったことにでもしておけ」という緑色の神サマの言葉を思いした。その時は難しそうだと思ったが、いざこの場所にこうして現れてみると、簡単なことだと気付いた。この世界のことも、彼女のことも、コイツの過去も、俺は本当に何も知らない。
女の子をよく見ると、俺好みの可愛い子ではないか。そして、このシチュエーション。もしかすると彼女はコイツの『彼女』?ひょっとして、労せず可愛い彼女をゲットしたのか?こんなラッキーがあっていいの?
しかし、浮かれた俺はすぐに気が付いた。この後、俺はこの子に「何も覚えていない」と告げなければならないのだ。コイツが生き返ったことを、泣いて喜んでいる彼女にだ。そんな残酷なことできるか!
「やっぱり罰当たりだった。止めときゃよかった。」
安易な選択を悔やんでも後の祭り。誤魔化そうにも、俺には彼女の名前すらわからない。ここで「神の悪戯」について説明をしたところで、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。良い方法は、思い浮かばなかった。
俺は震える声で言葉を絞り出した。
「あの、すみません。あなた、どなた?俺は、誰でしたっけ?」
それを聞いた時の彼女の顔が、目に焼き付いて離れなかった。「あの世」でどんなに記憶を洗っても、消える気がしない。その像が酷く歪んで、俺の目から涙がこぼれた。俺の新しい人生は、最悪の気分で再開した。
~ ~ ~
俺は病院のベッドに横になって、「ブラウン管」テレビを見ていた。
テレビは便利だ。ここに来て数日ほどで、この場所のことがある程度わかってきた。一言で言えば昭和末期の日本のような所だ。地形は全く違うが、もとの世界の別の国より余程日本に近い。女の子の神サマが、良く色の合う魂を見つけてくれたのだろう。
ベッドの脇には「彼女」が座っている。彼女についても色々わかった。名前は「ユウ」。恋人どころか妻だというからびっくりした。結婚したのは半年ほど前だそうだ。子供が居なくて良かった。居たら大変なことになっていた。
ちょっと前まで「彼女が欲しい」と騒いでいた自分が、今は子供の心配までしている。バカみたいだ。しかし、この状況にいったいどう対処すればいいのか、まったく見当が付かない。今は病院だからまだいい。退院して二人で家に帰ったら、いったいどうすりゃいい?
「カズヤス。」
と彼女が俺を呼んだ。
「はい。何?でしょう?」
実にぎこちない。この可愛い女の子が、自分の妻だと思うとやたらと意識してしまう。なんの関係もない子が相手なら、気楽に話せるのに。
「あのね、時間がかかるかもしれないって、先生言ってた。折角夫婦になったんだから、気負わずがんばろうよ。」
彼女の言葉は、俺に向けているようで、自分に言い聞かせているようだ。数日前、精神科医から俺の病状について説明を聞く彼女を、俺はこっそり覗き見していた。精神科医はこのように言っていた。
「会話や日常生活に支障はなさそうです。だた、よくある記憶喪失、たとえば精神的ショックで一時的に記憶を閉じ込めてしまった場合などは、その状態でも記憶が多少は表に出てきます。しかし彼は、自分のこと、家族のこと、この街や国のことまで、完全に失っている。これは診たことがない。一度死んだことが影響したと考えるしかない。元に戻ることは期待しないほうが良いかも知れません。お辛いでしょうが。」
その見立ては正しい。それを聞いた彼女は、その後ずっと泣いていた。もしかしたら、コイツがそのまま死んでしまうよりも、余計に辛い思いをさせているのかもしれない。
「そうだね。大変な思いをさせて、申し訳ない。ユウ、、、さん。」
俺がそう答えると、彼女は俺に微笑んで見せた。
この人をこれ以上悲しませたくない。そう思っているのに、どうすることもできない自分に、俺は苛立ちを覚えた。いっそ、別人であることを白状したらどうか?それで、諦めがつくのなら、その方が良いのではないか?
「私はそろそろ帰る。また明日くるから。ちゃんとご飯食べなよ。まずは、怪我を治さねば、始まらんよ?」
彼女は優しい。毎日その笑顔で、怪我の痛みを忘れさせてくれる。
「わかりまし、、、いや。うん、わかった。また明日。ありがとう。」
手を振る彼女の顔を見て考えた。このまま騙し続けて良いはずがない。




