15.再再開
「痛たたた!」
俺は痛みを感じて目を覚ました。後頭部がズキズキする。俺の顔を覗き込んだ母が、声をかけてきた。
「起きた?良かった。和康、大丈夫?まだ寝ていた方がいいよ。」
「横になっているほうが痛むかも。少し起きる。なんでこんなことになってんの?」
確か、俺は買物に出かけたはずだ。しかし、今は病院のベッドの上。しかも頭に覚えのない怪我をしている。母が説明した。
「あんたの頭に、植木鉢が落ちて来たんだって。救急車で運ばれたんだよ。大事にならなくて良かった。全く、ビックリさせて。」
「俺のせいじゃないよ、ソレ。不幸な事故じゃん。くそ。痛いなぁ。花壇に花が咲いてたんだよ。かーちゃんの好きな、なんだっけ?オレンジ色の。」
「マリーゴールド?あれ、一階のおばあちゃんが良く植えてるよね。」
そこに看護師がやってきた。
「あ!矢崎さん、起きたんですね。良かった。精密検査の結果、異常はないそうです。念の為、明日までは入院になります。後ほど医師から説明がありますので。お母様ですかね?こちらの書類に、記入をお願いできますか?」
母は書類を受け取ると、俺たちが暮らす団地の住所に続けて、二人の名前を記入した。
「ええ~。フリガナ欄小さいなぁ。ヤザキ・カズヤス、ヤザキ・ユウ、と。よし!」
書類を看護師に渡した母は「やれやれ」と言って椅子に腰を下ろした。
「入院したら金かかるね。悪い。」
「保険が利くから困りはしないけど、退院したら自分の面倒くらいは見てよ。こっちも自分だけで手一杯だからね。」
俺はこれまでも、母と二人だけでずっとやってきた。裕福ではないが、不幸だと思ったことは一度もない。母も同じだろうと感じていた。だがこんな時だけは、やはり父親がいればよかったのに、と思ってしまう。
「なぁ。俺の名前、なんで和康なの?父親と同じ名前を付けるなんて、おかしなことをするもんだなと。恨んでるって言ってたじゃん。」
「今更?改まって何なの?そうだね。あの人のことは今でも恨んでるよ。地獄に落ちればいいと思ってる。でも嫌いにはなれないんだよ。若造には解らんかなぁ。次は地獄で会おうぜって、約束してるんだよ。」
「なんだそれ。さっぱり解らん。」
彼女すら居たことのない俺には、想像もつかない話だと思った。
「正直悩んだけど、どうしても他に思い付かなくてね。同じ名前で届け出ても、役所は何も言わなかったよ?あんたが生まれたのは、別れた後だったから。」
そう付け加えた母は、話題を変えた。
「そうだ。前に同じ団地に居た仁科さん、またこっちに戻って来るんだって。今度は駅前のマンションらしいけど。あなた、中学のときあの家の子と仲良かったでしょ。美鈴ちゃん、覚えてない?」
懐かしい響きの名前だと思った。聞いたことがあるような、ないような。
「覚えてないな。逢えば思い出すかも。」
「ふ~ん?確かに可愛らしい子だったよ。いよいよ孫の顔が拝めるかな。」
「そんな訳あるか。覚えてないのに。」
母は椅子に座ったまま雑誌を読み始めた。こうして病院のベッドで時間を持て余していると、これまで何を焦って生きてきたのかと、不思議な気がしてくる。頭を打って変になったんだろうか。妙に気持ちが落ち着いていた。
「退院したら、挨拶行こうか。仁科さんち。折角ご近所さんに戻るんだし。」
と俺は提案した。
「珍しいことを言い出すね。いいよ。ちゃんと下心は隠していくんだよ?」
「そういうんじゃないって。やっぱ止めるか。」
笑っている母の顔は、少し老いたように見えた。生きている限り、出会いと別れは必ず訪れる。でも、時には運よく再会することもある。何があっても、俺たちは普段通りに歩んでいくしかないのかもしれない。
人生を終える、その時まで。




