13.その時
この世界に来てから七十年が経過した。
今も変わらずミスズが傍に居る。俺たちは、毎年互いの誕生日を祝う。誕生日といっても、この世界で「亡き骸」を引き継いだ日だ。亡き骸の主の命日でもあるので「おめでとう」とは言わない。俺の誕生日、ミスズは必ず元妻の話をする。
「丁度七十年か。永いな。逢いに行かなくて良かったのか?ユウさん。まだ間に合うかもしれないぞ。」
これは、俺に対するミスズの最大限の心遣いなのだと、理解している。
「生きているとしても百歳近いよ。それに、昔の話だ。彼女は上手くやったと思う。」
「そうかな?」
「そうだよ。俺だってこうして上手くやってる。ミスズには感謝してる。」
「ありがとな。でも、忘れないでやれよ。よく言うだろ?覚えている限り彼女は心の中で生き続けるとか。私も大勢の男との経験を、今でも覚えているからな。」
「うわ。それはちょっと嫌。言い方が。忘れさせてやる!」
「わははは!ちょっ、ちょーっと。待った待った!こそばゆい。死ぬるぅ!」
彼女に逃げられた俺は、手のひらサイズの通信デバイスを手に取ってニュースを読み始めた。この世界の通信インフラも随分と発達したが、ここまでくるのにかなり年月がかかった。テクノロジーの進歩は、前世の世界よりだいぶ緩やかなようだ。
ここ一年、世界は平和だ。以前なら絶えることのなかった大国同士の諍いは、全く聞かなくなった。世の中全体が良い方向に向かっているのかな?と思った。気になるのは、やたらと地震があること。ここにきて自殺も多くなったかもしれない。
「また人身事故だって。」
「えー?自殺か。多いな。どこ?」
「学園都市南北ライン。」
「昨日も同じこと言ってなかったか?都会は荒んでおる。」
前回の引っ越しの時、都会の煩わしさを嫌って田舎を選んだのは正解だったかもしれない。
「自殺したら管轄外だって、シュウが言ってたよね。どこの管轄になるんだろう?」
「私の神サマが言うには、自殺した魂に手厚いケアをする専門の神サマがいるんだと。その後は他の魂と変わらず次へ進むらしい。自殺したら成仏できないってのは迷信なんだ。大昔にはそんなこと、誰も言わなかったぞ。」
俺はその話を聞いて少し安心した。
「私は買物に行ってくる。備蓄のパック飯の期限が切れておった。念の為な。」
「ありがと。気を付けて。今日は天気良いね。」
「ああ。外は気持ちが良さそうだ。」
彼女を送り出した俺は、通信デバイスを持ち直すと引き続きダラダラとニュースを眺めた。その画面に「政府広報」のアラートが表示される。見たことのない仰々しいアラートだ。
・今居る場所にとどまること。
・戸締りをすること。
・テレビかラジオをつけること。
なんだこれ?そこへ、ミスズが慌てて帰ってきた。
「テレビつけろ!近所の人が変だって騒いでる!」
テレビを付けると、通信デバイスのアラートと同じ文章が、合成音声のアナウンスと共に繰り返し流れている。
「なんだよ。ちょっと怖いな。」
と言いながら、ミスズは窓を閉めて鍵をかけた。
彼女が座り直すと、テレビの画面が切り替わった。国家元首がアップで映る。この国で初の女性元首だと、最近話題になったばかりの人だ。何の前置きもなく会見が始まる。
「この放送をお聞きの方は、作業を止めてください。移動中の方は、その場で立ち止まってお聞きください。国民の皆様へ、本当に大切なお知らせとなります。
約一年前、各国の宇宙研究機関がほぼ同時期に、私たちが暮らすこの星の軌道が変化し始めたことを観測しました。その後も軌道のずれは加速度的に拡大し、現在も継続しています。なぜこのような事象が生じたのか、根本原因についてはいまだ解明に至っておりません。
社会の安定のため、この事実は各国政府により厳重に隠蔽されてきました。しかしながら、最新の観測データにより、状況がもはや変化し得ない最終段階に入ったことが確実となったため、本日公表するに至りました。
各国の観測結果には多少の幅がありますが、今から約三十分後に軌道のずれが限界を超えると予測されています。この星は現在の軌道を維持できなくなり、星系の中心である恒星に向かって落下を始めると見込まれております。
軌道を外れる際、星全体に大きな力がかかります。大気と水は高速で移動し、宇宙空間へと放出されます。星の構造そのものが崩壊する可能性も指摘されております。残念ながら、我々人類を含む全ての生命は、この厄災を乗り越えることができません。
現時刻をもって緊急事態宣言を発令し、国民が政府の許可なく移動することを例外なく禁じます。これは、無秩序な移動や暴動により、残されたわずかな時間が悲惨なものにならないよう配慮するものです。
同様の通達は、同盟主要国はもちろん、ほとんどの国において同時に行われております。どうか最期の時を、安寧をもってお迎えください。親愛なる国民の皆様へ、私からの最後のお願いです。」
元首が口元を抑えながらマイクの前から立ち去っても、画面はそのままだった。慌てふためく記者達の姿がチラチラと映る。その画面が一瞬乱れると、放送が途絶えた。
ミスズが震える声を出した。
「なんだこれ。映画じゃないのか?嘘だろう?」
俺は、シュウから「神の伝言」を聞いた後、繰り返し想像しては忘れるよう努めてきた「最悪のシナリオ」が的中したと思った。
「何が『対策』だよ。あの悪魔。」
すぐに仲間に連絡をとろうとするが、電話は繋がらない。メッセージも送信エラーとなってしまった。遠くから悲鳴が聞こえる。何かが爆発する音がした。
「嫌だよ。カズヤス。怖い。」
ミスズは目に涙を浮かべていた。俺は窓の外を一瞥するとカーテンを閉めた。
「外に出たら危ない。ここに居よう。」
俺は彼女に部屋の隅に移動するよう促す。二人でピタリとくっついて座った。ミスズはずっと震えて泣いている。俺はその手を握る。灯が消えて、部屋が薄暗くなった。
ミスズは小さな声で話を始めた。
「やっと終わる。永かった。もう十分だ。」
「俺はまだ終わりたくない。全然足りない。」
「百年近く生きたろ?欲張りだな!」
「七百年近く満喫した人に言われたくない。」
「私はお前と出会ってから本当に幸せだった。」
「俺は今も幸せだ。こうして一緒に居てくれる。」
「わははは!もっと一緒に居たいよな!もっと。でも、カズヤスとはきっともう逢えないんだろ。世界は無限にある。」
「この世界に来てよかった。ミスズ。ありがとう。」
「礼を言うのはこちらのほうだ。この後、神サマに山ほど文句を言わねばな?」
「全くだ!」
地鳴りがする。
風が吹く。
家が大きく揺れ出した。
離れ離れにならないよう、力を込めて彼女を抱きしめた。彼女も俺にしがみ付く。俺は彼女の温もりを感じることに意識を集中した。そのまま体が宙に浮いたと感じた直後。
「パンッ」
とはじけて全てが塵となった。




