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10.Side Story ~ケイゾウの再開~

男は胡坐をかいて座っていた。上も下も判らない、奇妙な場所だった。


「私は神サマです。」


男は声のするほうに顔を向けた。そこには髭を貯えた大黒様のような神サマが居た。男は口を開いた。


「あの。俺、もしかして死んだ?」


神サマが答えた。


「お気付きですか。どれどれ。お名前は『ケイゾウ』さんですね。漁船から嵐の海に落ちたのですか。それはお気の毒に。苦しまれましたか?」


「いや、大波に攫われて船から落ちたと思ったらモミクチャになって。これはもうダメだな、と思っていたらここに。」


「そうでしたか。あまり苦しまなかったなら何よりです。早速ですが、あなたの今後について、相談しましょう。よっこらしょっと。」


そういって神サマはケイゾウの正面に座ると、『あの世』行きと『生まれ変わり』について説明した。


「ご質問はありますか?どちらかを選択して頂くことになります。」


「神サマ、俺はまだ二十五歳です。あの世に行くつもりはありません。記憶を消されるのも御免です。なんとかしてください。嫁も貰えず、親孝行もできずでは、とても成仏できません。」


「成仏したいならあの世をお勧めしますよ。どのような魂でも、あの世で長い時をかけて記憶を洗い流せば、あなたの言う成仏をすることができます。」


ケイゾウはイライラを募らて声を荒げた。


「飯も食えん、女子もいない、そんなところで他人とごちゃまぜになって生活できるか!どうせなら飯の美味い世界に生まれ変わらせてくれ。美味い飯を食えば、女子を探しに行く元気も出るというものだ。」


「飯の美味い世界ですか?う~ん、食事と言うのは、限られた種類の世界にしかない概念です。運よく食事がある世界に生まれ変われる確率は、あまり高くありません。」


「その条件だけは譲れん!吞んでくれるまで俺は動かんぞ!」


ケイゾウは腕を組んで目を閉じた。神サマは彼が動き出すのを黙って待っていたが、ケイゾウは全く動かなかった。世界の狭間に時間の概念はないが、彼の現世の物差しで一か月に及んだ「根競べ」に耐え切れず、神サマは音を上げた。


「あの、ケイゾウさん?いい加減に折れて頂けませんかね?」


ケイゾウは全く反応しなかった。まるで死んでいるようだ。梃子でも動きそうにない。


「はぁ。致し方ありません。あなたには『悪戯』に参加して頂くことにしましょう。私は、このやり方には危険が伴うと常々言っているのですが、神の統治管理に問題があって止めることができないのですよね。」


ケイゾウは「カッ」と目を見開くと立ち上がった。


「なんでもいい!飯が美味い世界に生まれ変わらせてくれ!」


神サマは「神の悪戯」について、ケイゾウに説明した。


「なるほど?良く解らん!だが、『別の世界で死んだ同じ年頃のやつと入れ替わる』という所は理解した。要するに、そいつのフリをして生きてゆけばよいのだな?」


「その通りです。承諾されるのでしたら、準備しましょう。」


準備が整うと、神サマはケイゾウにピッタリの魂が来るのを待った。


「おい。まだか?」


とケイゾウが急かす。神サマは、正直なところ少しイライラしていた。


「はいはい。見つけましたよ!これなら良いでしょう。では、いってらっしゃい!あれ?」


ケイゾウは、


「あれ?って何!?」


と思いながら、光よりも明るい何かに包み込まれた。その直後、彼は落ちていく感覚を覚えて意識が遠のいた。


~ ~ ~


「生きてるか?おい!」


声が聞こえて、俺は目を覚ました。ここはどこだろう?


「おお、生きとった!昨夜の嵐に流されたんだろう?流れ着いたんだよ。運が良かったな。」


起き上がると、俺は波打ち際にいた。強い日差しと、穏やかな海の風を感じる。そうだ、俺は嵐の海に落ちたんだ。生き残ったのか。おかしな夢を見ていた。見知らぬ土地のようだが、おかに上がりさえすればなんとでもなる。俺は強い空腹を覚えた。


「申し訳ない。腹が減ってしまって。後で礼をするから、食事を恵んでもらえないだろうか?」


「ああ、構わんよ。こっちに来て遠慮なく食べればいい。」


案内された漁師小屋に入ると、鏡に自分の顔が映った。


「誰だ!お前は!」


俺は鏡に向かって叫んだ。そこには、四十歳をとうに過ぎていると思わしき中年男が映っていた。


「おいおい!あんた、大丈夫か?頭を打ったかね?落ち着きなさい。」


何度鏡を見直しても、そこにはその中年男しかいなかった。


「しくじりやがったな。ポンコツ神め!」


運ばれてきた食事を食べながら、俺は泣き出した。


「美味い!この料理、美味いよ。オヤジ!ありがてぇ!」


「ほう。俺の料理は泣くほど美味いか。いくらでも食え。働いてくれるなら、しばらくここに居てもいいんだぞ?」


そう言って俺を慰めるオヤジに感謝しながら、俺は新しい人生を再開した。


「永遠の中年男」として。


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